「フランス語100講」第12講 主語 (3) – 主語と主題のちがい

 フランス語では主語は無標の主題としてはたらくこと、そして主語は主題が文法化されて生まれたものと考えられることを見てきました。では主語と主題はどこがどうちがうのでしょうか。いくつかポイントを見てみましょう。

 

(A) 主語は必須だが主題はなくてもよい

 フランス語では主語は動詞の活用を支配し、文にとってなくてはならないものです。このため天候表現のように主語を考えにくい自然現象にも非人称主語のilが必要なのです。このように何もささないilを虚辞 (explétif) と呼ぶこともあります

 

 (1) Il pleut à torrents.

  どしゃ降りだ。

 

このように主語は文法によって規定され要請される要素です。これにたいして主題は、相手に何を伝えるかという談話レベルの概念で、しばりも緩やかなものです。文によっては主題がないものもあります。

 

 (2) Une vieille dame entra dans la salle d’attente de l’hôpital Cochin.

   コシャン病院の待合室に一人の老婦人が入って来た。

 

 この文には主題がありません。このようなタイプの文は、出来事文とか現象文と呼ばれています。これについてはまた別の所でお話しします。

 

(B) 主語は文に一つだが、主題は複数あることもある

 主語は動詞の活用を支配するものですから、文に一つしかありません。Paul et Jean「ポールとジャン」のように複数の名詞が等位接続されているものは、全体がひとつの主語になります。

 

 (3) Paul et Jean sont partis en voyage.

  ポールとジャンは旅行に出かけた。

 

 主題は文がそれについて語るものですから、文あたり一つなのがふつうです。しかしそうではない場合もあります。私の指導教授の一人だったキュリオリ先生 (Antoine Culioli) が好んで講義で挙げたのは次のような文でした。こういうものは何十年経っても覚えているものです。

 

 (4) Moi, mon frère, son vélo, la peinture, elle est partie.

    僕、お兄ちゃんね、自転車ね、塗装がね、剥げちゃったんだ。

 

 この例では最初に並んでいる moi, mon frère, son vélo, la peintureは、「僕」→「僕の兄」→「兄の自転車」→「その塗装」とまるでリレーのようにつながっています。一つ一つを主題と考えれば、この文には複数の主題があることになります。ただし、文の主語のelleがさしているのは最後の la peintureですから、これがほんとうの主題で、残りはそれを導くための呼び水のようなものと考えることもできます。

 

 (5) Les élections législatives, je m’en fous, moi.

       国会議員選挙なんて、どうでもいいさ、俺。

 

 この例では文頭の les élections législatives 「国会議員選挙」が主題ですが、文末にもmoiが付いています。この人称代名詞自立形のmoiは、Moi, les élections législatives, je m’en fous.「俺、国会議員選挙なんて、どうでもいいよ」のように文頭に置くこともできます。ですからmoiは文の主題としてはたらくこともあるのですが、例 (5) のように文末に置かれることも多いのです。このmoiは「私について言うと」くらいの意味なので、文末のmoiも主題と見なすならば、(5) にも二つの主題があることになります。ただし、文頭のles élections législativesは明らかに主題ですが、文末のmoiは主題というよりは、文の内容が誰に関わるものかという「関与」を表すというはたらきのちがいを認めることができます。

 

(C) 主語は動詞の前に置くが、主題はそうでないこともある

 平叙文では主語は動詞の前に置かれるのがふつうです。

 

 (6) Les vins français sont appréciés dans le monde entier.

   フランス産のワインは世界中で高く評価されている。

 

平叙文でも次の例のように主語が倒置 (inversion) されて動詞の後に来ることがありますが、これについてはまた別の場所でお話しします。

 

 (7) Sur le boulevard défilèrent les soldats américains.

   大通りではアメリカ兵が行進した。

 

 一方、主題は文頭に置かれることが多いのですが、文末に置かれることもあります。

 

 (8) Il est à qui, ce briquet ?

   誰の、このライター?

 

 この場合は、「誰の?」という言いたいことを先に言ってから、後から思いついたように「このライター」と付け加えています。Ce briquet, il est à qui ?「このライター、誰の?」のように主題を文頭に置く構文を左方転位 (dislocation à gauche) 、(8)のように主題を文末に置く構文を右方転位 (dislocation à droite) と呼びます。(注1)TVドラマ「太陽に吠えろ!」で松田優作が演じたジーパン刑事が腹を撃たれた傷に触れて、「何じゃ、こりゃ!」と叫ぶシーンはよく知られています。ここでも「何じゃ」と言いたいことを先に言ってから「こりゃ」と主題を後から出しています。日常会話ではよくあることですね。

 

(D) 主題は定だが主語はそうでなくてもよい

 主題とはその文で話題の中心になっているものですから、話し手も聞き手も知っているものでなくてはなりません。このために主題は定 (défini) である必要があります。定なのは、固有名詞と定冠詞・所有形容詞・指示形容詞が付いている普通名詞です。これらの名詞は次のように有標の主題にすることができます。

 

 (9) La Joconde, tu l’as vue ?

   モナリザって見たことある?

 (10) Le nouveau prof de math, il est génial.

   新任の数学の先生やばいよ

 (11) Mon vélo, il est parti je ne sais où.

   僕の自転車どこかに行っちゃった。

 (12) Ces pommes, elles sont bonnes.

   このリンゴ、おいしいよ。

 

 不定冠詞と部分冠詞が付いている名詞は不定 (indéfini) で、聞き手が知らないものをさすので主題にできません。(注2)次の文はだめです。

 

 (13) *Une chaise, elle est cassée.

   椅子が一脚壊れている。

 (14) *Du café, je l’ai bu réchauffé.

   コーヒーは温め直して飲んだ。

 

 ただし不定冠詞が付いていても総称を表すときは主題にできます。総称 (générique) というのは、たとえばこの世にいる「犬というもの」全体をさす場合を言います。(注3)

 

 (15) Un enfant, ça salit tout.

   子供って何でも汚してしまう。

 

 このように主題を表す名詞句は定か総称でなくてはならないのですが、主語にはそのような制約はありません。主語は不定でもかまいません。

 

 (16) Un chasseur errait dans la fôret.

   一人の猟師が森をさまよっていた。

 (17) Des enfants jouaient dans le squarre.

   公園で子供たちが遊んでいた。

 

 ただし、すでに見たように主語は無標の主題ですから、無標とはいえ主題の性質も持っています。このため、実際に用いられる文では、主語は圧倒的に定が多数を占めています。エクス・マルセイユ大学のジャンジャン (Colette Jeanjean) の調査によれば、話し言葉では主語が不定の割合は2%〜2.8%にすぎないとされています。(注4)

 文頭を占める主語には定の名詞句や代名詞を置く傾向が強いため、たとえば (17)は次のように il y a構文を用いて表されることが多いのです。

 

 (18) Il y avait des enfants qui jouaient dans le squarre.

    公園には遊んでいる子供たちがいた。

 

 不定の主語として特に避ける傾向が強いのは、次の例のように部分冠詞の付いた名詞句です。このような文は容認度が特に低いようです。ですから定でも不定でもどんな名詞句も主語に使えるというわけではありません。次のような文は容認されません。

 

 (19) *De l’eau coulait sur le plancher.

   床に水が流れていた。

 

(E) 動詞は主語を選ぶが主題は選ばない。

 主語は動詞が表す意味に合ったものでなくてはなりません。たとえばmanger「食べる」という動詞の主語には、食べるという行為を行う人間か動物が選ばれるのがふつうです。(注5)これを動詞による主語の選択制限 (restriction sélectionnelle) といいます。(22)では石はふつうものを食べないのでおかしな文になってしまいます。このように動詞と主語のあいだには、意味の面でも緊密な関係が見られます。

 

 (20) Pierre a mangé une pomme.

   ピエールはリンゴを食べた。

 (21) Le chat a mangé du fromage.

   ネズミはチーズを食べた。

 (22) *La pierre a mangé du blé.

   石が麦を食べた。

 

 ところが主題はそうではありません。たとえば次の文では les huîtres「カキ」が主題ですが、それと呼応するような意味の動詞は文の中にはありません。主題はこのように文との文法的・意味的な関係が主語よりも緩いものになっています。

 

 (23) Ah, oui. Les huîtres, je crois que le restaurant de Paul est le meilleur.

       ああ、カキなら、ポールのレストランがいちばんだと思うよ。

                            (この稿次回に続く)

 

(注1)左方転位と右方転位のあいだには談話的なはたらきのちがいが少しあるが、ここでは触れない。また右方転位は後から思い出して取って付けたように置かれるので、英語ではafter thought「後からの思いつき」と呼ぶことがある。

(注2)ただし Des tiques, il y en a partout. 「ダニはどこにでもいる」のように、不定冠詞複数形のdesが付いた名詞は、中性代名詞のenで受け直すとき主題になれるが、この問題についてはあまりよくわかっていない。

(注3)(15)のように転位されている総称名詞句に不定冠詞 unが使われているときは、それを受ける代名詞はçaを用いる。これについてはまた別の所で論じる。

(注4)Jeanjean, Colette, “L’organisation des formes sujets en français de conversation. Etude quantitative et grammaticale de deux corpus”, Recherches sur la français parlé 3, 1981.

(注5)ただしmangerが比喩的に使われた場合は、Le soleil a mangé les couleurs du rideaux.「日光でカーテンの色があせてしまった」のように、主語が人間・動物以外のこともある。これは一種の擬人化である。