第420回 菅野朝子『花巡る』

河原の砂に横とう黒き玻璃陽を釣りあげて炎えさかりゆく

菅野朝子『花巡る』

 「河原」は音数から「かわはら」と読みたい。河原に黒いガラス瓶の欠片が落ちている。そこに真夏の強い陽光が差していて、まるで燃え上がっているかのようという情景。その様が太陽を釣り上げているように見えるという。およそ和歌・短歌の素材として好まれる花鳥風月からはほど遠い景色である。一読して気がつくのは表現の強さで、原色で描いた表現主義の絵画のようだ。この表現の強さは等身大の日常の〈私〉を詠む現代のフラットな歌には無縁なもので、そこに時の流れを感じざるを得ない。

 菅野かんの朝子は1945年生まれの歌人。第一歌集『くれない』(1982年)を刊行後、未来短歌会に入会し岡井隆の選を受ける。第二歌集『どこまでも橋』(1986年)を上梓した後、しばらく会を離れて2023年に再度入会している。『花巡る』は38年振りの第三歌集。版元は現代短歌社。佐伯裕子の帯文によれば、菅野はかつて岡井の率いる朗読会で注目を集めた歌人であったという。

 本歌集は三章からなる。一の章には未来短歌会に出詠した歌や、他の短歌誌に掲載された歌が収録されていて、「音楽とのセッション」と題された二の章には、フルートやサキソフォンなどの楽器とのセッションで書き下ろした歌が収められている。三の章は未来短歌会に再入会して以後の歌で、ほぼ編年体で構成されている。東日本大震災が起きた時、作者は福島にいたらしく、三の章にはその折の体験を詠んだ歌や、海の彼方の戦禍などを詠んだ時事的な歌が散見されるが、何と言っても作者の力量が冴えるのは初めのふたつの章の歌ではなかろうか。

が窓ゆしずかに垂るるしろがねの帯は天なる水へ続かむ

そうやってあなたの海が退いてゆく視ているだけの二人掛倚子ラヴシートです

ああ鳩は時のしずくよぎんいろの火をくわえつつ天に滴る

ふるさとをはつかにくらき円型の鳥籠として吊れば雪降る

家妻と寒の魚など食むきみをメルヒェンとして真夜を別れき 

 一首目は自室の窓から差し込む月光を詠んだ歌。その様が水のようなので、天の水へと続いているのだろうと想像を巡らせている。作者の作風は新仮名遣いで文語(古語)が基本だが、時折二首目のような口語(現代文章語)の歌も混じる。恋人と思しき男女が海辺でラヴシートに腰掛けている。隣に座っている男性の気持ちが離れてゆくのを女性は感じているのだ。三首目のように、初句が間投詞「ああ」から始まるのは近現代短歌のひとつのパターンかもしれない。例歌をいくつか挙げてみよう。

ああ接吻くちづけ海そのままに日は行かず鳥ひながらせ果てよいま

                        若山牧水

ああこんな処に椿 十年を気づかずにこの坂を通いぬ 

                    佐佐木幸綱

ああ夕日 明日あしたのジョーの明日あしたさえすでにはるけき昨日きのうとならば  

                       藤原龍一郎 

 鳩が時の滴というのはどのような発想かは不明ながら、どことなく神話的な世界感覚を感じる。四首目、喩が短歌の要であることは言をまたないが、故郷を鳥籠に例える喩の奇矯さには驚かれさる。菅野の歌には抒情的な場面で雪が降ることが多く、何かの心情と心の中で結びついているものと思われる。五首目は男女の歌。今まで会話に興じ酒を酌み交わしていた男が、妻の待つ家庭に帰って行くのを童話の一場面に仕立てている。童話にするのは心を離すためだろう。

 帯文で佐伯裕子は菅野の歌のリズムに触れ、長い沈黙を破って再び作り始めた歌は仏足石歌や長歌を思わせると述べている。確かに定型を大きくはみ出す歌も見られる。 

あるいはみんなみの鬱のきわみに熟れながら奔るプライドのカベルネ・ソーヴィニヨン

山坂には狂躁の夏極む頃 あでやかな大人になって訪れてくるソナチネの曲たち

やがてこころゆくまで指組みかわすため霜月はわれからを聴く繊き音きく 

 一首目は初句を九音と数えれば、三句目まではまだ定型の枠内だが、その後は八、九と大きく破調になっている。二首目も似ていて、六・七・五の後が大幅に破調だ。ちなみに作者は若い頃ピアノが得意で、先生は音大に進学するものだとばかり思っていたという。音楽は心の友なのだろう。三首目となるともう句割りもおぼつかない。心に溢れるものが大きすぎて定型の枠内に収まりきらないのかもしれない。

 作者は終戦の年の1945年(昭和20年)生まれなので、戦後のベビーブーマーで団塊の世代の先頭に当たる。60年代に猖獗を極めた大学紛争を担った主力の世代でもある。そのことを窺わせる歌も散見される。第一歌集『くれない』から数首が引かれている巻頭の歌にもそれはある。 

学園を追われて明大借りし頃 帰る坂道桜うつくしき

桜咲き知らぬ顔して散りかかる 動き見せぬスト われ何をなさん

 学園を追われたのは学生たちがバリケードを築いたか、あるいは大学がロックアウトしたからだろう。作者が青春時代を過ごしたのはお茶の水あたりかと思われる。次は歌集本体から。 

壮年は黒き油の井を掘れとひそやかに恋う「風のクロニクル」

朗読は相聞、挽歌 フルートは青春のシュプレヒコールへと続かう

真夜の地下道フランス式デモをするわれらにやさしき鐘れしめよ 

『風のクロニクル』は1985年に出版された早大闘争を描いた桐山襲の小説。二首目のシュプレヒコールはデモに付きものだ。フランス式デモは道路をジグザクに進むデモで、禁止されているため必ず機動隊と衝突する。

 男女の愛恋を詠んだ歌も多く見られる。 

九つ違いがなんだってんだ もやもやと風の通わぬ曲り小路は

きみに逢えぬひと目ひとひを張りつくしおさのようにももの想うかな

きみに逢えばにくしみさえも青空に零れゆく蜜 五月よ停まれ

わたくしの嘆き放電させながらあなたは帰る家族回路へ

禁忌ひとつ解きはなたれて妻の声驟雨のごとく降る電話口 

 二首目の筬は機織りに使う器具で、竹を櫛のように並べて横糸を通し、縦糸を通す度に押し付けて目を整えるのに使う。「ひと目」「張りつくし」が縁語となっている。四首目の「放電」と「回路」も縁語である。どうやら作者のお相手は9歳違いの既婚男性らしい。五首目はその妻から掛かって来た電話で修羅場の匂いが濃厚だ。歌から読み取れる嘆きや悲しみの多くはこの男性との関係に由来するものと思われる。 

陽の坂に釘殴たれいるわたくしを突端として揺れやまぬ街

秋生るる空が一枚の帆布なら鳩よきらめく水先を翔べ

かの時のかのことばこそやさしけれ秋の螺旋をたどる白き蝶

くちづけの黄昏こうこんの輪を曳きながらひれしみじみと冷ゆる魚なれ

湖も春も統べつつゆかなれんぎょうの炎ひとむらきみを灼くまで

菜の花の黄のいちまいを過ぎてのちくらき油を曳ける自転車

哭きてのち窓を放てばはつ夏の青いきいきと満てる河あり 

 特に心に残った歌を引いた。いずれも激しい感情を強い言葉で詠っており、近頃読むことが少なくなった作風の短歌だ。また歌集題名の『花巡る』が示しているように、季節の移り変わりを〈私〉の位相と連動させる詠み方も現在ではあまり見られない。現代の若手歌人たちはこのような歌を受け止めるのだろうか。ちょっと知りたい気もするのである。

 

 


 

第419回 林祐一『Curriculum Vitae / ポリクリノート』

リスフラン関節きらりと輝かせ素足の二十三歳が来る

林祐一『Curriculum Vitae / ポリクリノート』

  リスフラン関節とは足の甲の骨と足指の骨をつなぐ関節のことで、持ち主はおそらく後に作者の妻となる女性と思われる。季節は初夏で女性は素足にサンダルを履いているのだろう。サンダルの網目の隙間から関節がのぞいているのだ。「素足の二十三歳」は属性で主体を表す換喩(メトニミー)だが、それ以上に描写の焦点をリスフラン関節に絞った手法がおもしろい。作者は医学者なので、このような理系用語が短歌にうまく織り込まれている。

 巻末のプロフィールによれば、林は1974年生まれで、歌林の会に所属している。第10回の歌壇賞(1999年)で優秀作品に選ばれ、結社内ではかりん賞とかりん力作賞を受賞している。坂井修一の解説によれば、この二つの賞をダブル受賞したのは林ただ一人だという。本歌集は昨年(2025年)上梓された第一歌集で、馬場あき子が帯文を、坂井修一が解説を寄せている。歌集題名のCurriculum Vitaeはラテン語で履歴書を意味する。医学の研究者である作者は、あちこちのポストに応募するたびに履歴書を書くのである。また後半のポリクリノートとは、学部時代の臨床実習のノートのことだという。ポリクリはドイツ語のPoliklinikの略語である。医学にはカルテやクランケやルンゲなどドイツ語が多く使われている。題名の後半が作者の医学生時代を、前半がボスドクの研究者の時代を表している。

 さて、作者の作風だが、実に正統的な近代短歌で、歌意を取れない歌はひとつもない。巻頭あたりから何首か引いてみよう。

キャリアとは馬車の轍に由来せり雪は静かに我に見せるも

一滴のオイルを落とし見に行けば黄昏色に染まる細胞

骨箱の骨は指紋にまみれつつくぼみは長き名前を持てり

夕暮れの水を小さな胸で押す鴨に時間を与えしうみ

長く長く手術見学立ちし夜『短歌一生』買いて帰りぬ

 一首目はプロローグとして一首だけ置かれた巻頭歌。作者は医学の研究者としてキャリアを積んで階梯を上らなくてはならないのだが、それは時に肩に重くのしかかる。窓の外に静かに降る雪がその重みと対比されている。二首目は細胞の染色実験だろうか。顕微鏡の視野が黄昏色に染まる。三首目は口頭試問の情景で、試験官は骨箱から骨を取り出して部位の名称を問うのだろう。四首目は叙景歌で、湖面を滑るように泳ぐ鴨を詠んでいる。鴨の一生は短く、湖の寿命は果てしなく長い。五首目の『短歌一生』は上田三四二の著書。あとがきによれば、作者が短歌を作り始めたのは斎藤茂吉の歌に接したことがきっかけだという。茂吉も医学者であり、上田もまた医者であった。医者で歌人という系譜に林もまた連なるのである。

 医者として勤務する現場を詠んだ歌は、広い意味で職業詠と言えるだろう。それは第II章から始まる。最初の勤務地は新潟だったようだ。

昏睡の人へも朝の挨拶を 診察のたび深く思えり

肺癌を肺炎というさみしさよ麻薬の紅きハンコを押せば

死を告げて来たりし夜を刻むごと雨こぼしたり紫陽花の街

背に負いて患者の目方測りたりもう今は亡き人となりしが

眠れざる患者に夜を付き添えば家でしずかに死にたしという 

 一首目には作者の誠実さがよく現れている。朝の回診時に昏睡している患者にも「おはよう」と声をかけるのである。二首目、今では癌の告知は進んでいるが、昔は本人に告知しないことが多かった。本当は肺癌なのに本人には肺炎と嘘を告げるのだ。そして鎮痛作用のある麻薬を処方している。特別な処方なので赤い印を押す決まりなのだろう。三首目、亡くなった患者の家族に「ご臨終です」と告げるのは医者の辛い役目だ。季節は紫陽花の咲く梅雨時である。四首目、死亡診断書に体重を書かなくてはならないが、亡くなった人は体重計に乗らないので、医者が背負ってだいたいの体重を推測するのか。五首目、入院や手術は患者にとって大きな身体的負担である。入院が長引くと、もう治療は止めて家で最後の時を迎えたいと思うのは無理もない。

 掲出歌もそうだが、医学などの理系用語が詠み込まれている歌はおもしろい。

遠き君に伝えむとする肝臓のリーデル葉のうつくしさなど

フェノチット開胸器にて開かるる人体に深きくれないの闇

立春の大地に深く眠りたるモホロビチッチ不連続面

ロピタルの定理はいつも鮮やかに娘と我は似た手を使う

白衣脱ぐ ライプニッツの公式に心を寄せる我が昼さがり

ペンローズの階段我はせつせつと登りしごとくまた春は来る

 一首目のリーデル葉とは肝臓の一部が舌のように垂れ下がったものらしい。二首目のフェノチット開胸器は外科手術で胸部を開く器具。ネットで検索してみると、ラチェットの付いた恐ろしげな器具の写真が出てくる。三首目のモホロビチッチ不連続面は地表面とマントルの境界面で、そこを通過する時に地震波の波長が変化する。四首目のロピタルの定理は微積分で使う定理で、ベルヌーイの定理とも呼ばれているらしい。作者は進路を考えるときに、医学を選ぶか数学を選ぶか迷ったことがあるくらい数学に造詣が深い。一人娘と数学を通して交流できるとはうらやましい。五首目のライプニッツの公式は円周率の値を求めるための公式。六首目のペンローズの階段はいくら登り続けても上に行けずに元の場所に戻る不可能図形で、エッシャーのだまし絵に描かれている。

 私はかねてより理系と短歌は相性がよいと考えているのだが、上に引いた歌のように本来は抒情詩である短歌の中に硬質の理系用語が詠み込まれると、異質な言葉が混じることによって抒情の質が変化するように感じられる。それはあたかもウィスキーの古酒に数滴の水を垂らすと、封印されていた香りが立ち上るようでもある。

 勤務医をしながら医学研究をする日々はなかなかたいへんなようだ。

自らを励ましながら登る坂 研究はいたる所、坂道

我もまた研究テーマを捨てる夜の苦々しきを『遍歴』に見つ

ロンドンで冷たくされし論文に心あたため朱を入れてゆく

ポスドクのように扱われることも石のごとくに耐えねばならず

途中から傾斜のきつき四十代 講師を二回更新したり

 二首目の『遍歴』は斎藤茂吉の第五歌集で、海外留学中の出来事を詠んだ歌が収められている。研究者にとって研究テーマを捨てるのは辛いことである。三首目は専門雑誌に投稿した論文がリジェクトされたのである。投稿するにはかなりのお金を払わなくてはならないジャーナルもあると聞く。四首目の「ポスドク」とは、博士号を取得した後で任期付きのポストについて研究に従事する人のこと。まだ任期なしの専任ポスト(テニュア)がなく、所属先を転々とすることも多い。ポスドクのように扱われるのは悔しいことなのだ。

 家族を詠んだ歌にも人生に誠実に向き合おうとする姿が見える。人生と仕事と家族がバランスよく詠まれていて、最近そのような歌集をあまり読んだ記憶がない。所々に挟まれている叙景歌にも心に響くものがある。 

人間の死を見過ぎたる目玉かな今宵まぶたの裏まで洗う

明日殺すネズミに餌を与えむと夕暮れてひとり上がる階段

馬酔木咲く村の小さな道に来て風の曲がれば我も曲がりぬ

王宮にもう座らざる赤き椅子腰かけている夕べのひかり

我が去りし埠頭に一つ石冷えて船虫長き触覚を持つ

もう誰も降りぬ駅にも秒針の進みて夏の終わりを告げる

玄関にひとつ静かに立っていた斜めを好む我の雨傘

 特に心惹かれた歌を引いた。最後の歌の斜めを好む雨傘は作者の自画像だろう。巻末にエピローグとして次の一首が置かれている。 

数学と医学のわかれ道はあり追わずに過ぎしニコラ・ブルバキ 

 ブルバキはフランスの数学者グループで、ニコラ・ブルバキという架空の人物名で活動し、数学界に大きな影響を与えた。思想家シモーヌ・ヴェイユの兄のアンドレ・ヴェイユも創立メンバーの一人。作者の過ぎ越して来た人生を振り返っての一首である。

第418回 荒川梢『火をよせる』

ちらばった折り紙を寄せととのえた一番上は夏からの私信

荒川梢『火をよせる』

 作者の荒川は1988年生まれで、「まひる野」に所属する歌人。今までに現代短歌社賞の候補作や佳作に選ばれたり、第35回歌壇賞(2024年)の予選通過作品になったりしている。本歌集は昨年(2025年)の暮れに上梓された第一歌集。歌集題名は歌壇賞に応募した連作中の「灯心に火をよせるとき一瞬の祈りがよぎり小さき火ともる」から採られている。

 職場詠が多いのが本歌集の特徴だが、作者が葬儀社に勤務しているということから葬儀にまつわる歌にまず目が行く。

受話器からしっとり雨の匂いする冷房強き葬儀社オフィスに

さよならを言うために幾度もたましいは家族をなして木蓮の白

もうこれは葬儀依頼の声だけど依頼されるまでファの声通す

ニン」でなく「ケン」と数える かなしみに呑み込まれないまじないとして

地獄すらいけないだろう御目閉ざすお守りとしてアロンアルファを

 いずれも現場感溢れる歌である。三首目、電話を受けてすぐ葬儀の依頼だとわかっているが、実際に依頼が口にされるまでは事務的なニュートラルな声で話している。依頼の内容を先取りしてはいけないのだ。四首目、その日に葬儀依頼を受けた亡くなった人を「〜人」ではなく「〜件」と数えるのは、「〜人」だとあまりに生々しいからだろう。五首目にはちょっと驚いたが、ご遺体の目がどうしても閉じないときの万一に備えて、瞬間接着剤をポケットに忍ばせているということか。罰当たりなことだと本人も自覚しているので、地獄すら行けないのだ。

はい(と声をあわせて)もちあ、がらないですね 担架の持ち手を手首に巻いて

持ち手の痕みっしり残る右手首使ってすする春雨スープ

六人で霊柩車へ乗せたのにケーキ箱ほどにおかえりなさい

燃やさるるお役目果たせず横たわる桐平棺は研修室に

きみを抱く指先から指先までの五尺にて測る長き白布を 

 一首目はご遺体を担架で運んでいる場面。数人で持ち上げようとするが、重すぎて持ち上がらない。「もちあ、がらないですね」と読点で区切ってあるのは、「もちあ」までは力を込めて持ち上げようとしているのだが、読点の箇所で持ち上がらないことに気づいたからである。時間的な意識の流れを読点で表現しているのがおもしろい。担架の取手に付いている紐を手首に巻いたため、二首目にあるように手首に痕がくっきりと残る。「みっしり」は物が詰まっている様を表すので、ここではあまり適切ではないだろう。三首目、六人がかりで運んだご遺体も、焼き場で骨となって戻って来ると、ケーキ箱程度の大きさになる。人生の終わりに人が占める容積はこの程度だという認識。四首目と五首目は研修の様子を描いている。研修室に置かれた棺は、本来ならば焼き場で燃やされるはずなのだが、燃えることなくある。認識の逆転を詠んでおもしろい。五尺は約1.5mで両手を広げた長さに当たる。ご遺体に掛ける白い布の長さを測るのである。「指先から指先まで」という具体性が歌をリアルなものにしている。

 作者が勤務している職場はなかなかハードなようで、疲れた心と体を詠んだ歌が多い。 

一週間で消えた派遣の空っぽのデスクに今日の昼ごはん置く

ないだろうな特別ボーナス 如月のやわらかな雨をじっと仰いで

歌集なら四冊買えるミュージカル一回見られる「葬儀概論」

パンフレット顧客情報チラシを広げいざ勘違い野郎クレーマーに電話をかけん

出勤を阻んでおくれ道の影よ起き上がりわれを包みこむように 

 厚労省認定の葬祭ディレクターの資格を取得するには、『葬儀概論』というぶ厚い本を読んで、模擬問題集などで勉強しなくてはならない。折しも浜辺美波と目黒蓮主演の『ほどなく、お別れです』という映画が公開されている。シフトによって夜の電話番も回って来る。人は死ぬ時を選べないので24時間稼働しているのだろう。葬儀会社にもクレーマーがいることにも驚く。五首目は特に疲労感が強い。道に落ちた自分の影が起き上がって、出勤を妨害してほしいと願っている。

 読んでいて気づいたのは、とてもユニークな喩が多いことだ。 

海底へひしゃげていった空き缶のようにわたしの背中丸まる

劣勢のオセロのようにつぎつぎと夜の電話番シフトが増える

びしょびしょのポイのようなる角膜で画鋲の金を案にねじ込む

土星の環ひっかかりたるのみどかな咳の軌道に身体がよじれる

クッキーのほろほろ崩れる歯触りのように過ぎゆく春のひと日は

弦張らば天の向こうまで裂いていく弓になれそうな立葵生る

揚げ忘れた碇が底の岩盤にひっかかるごとの奥うずく 

 一首目では背中の丸まりを水圧でひしゃげた空き缶に喩えている。オセロでは形勢が逆転すると盤面の色が突然変わる。職場の壁に貼られた電話番シフト表はたぶん枡目になっているのだろう。三首目のポイは金魚すくいで使う道具。びしょびしょのポイはもはや破れる寸前だ。喉のいがいがを土星の環に喩えるのは珍しい。また軌道は土星の縁語である。五首目では「クッキーのほろほろ崩れる歯触りのように」までが直喩で、歌のほとんどを占めている。最後の「過ぎゆく春のひと日は」は、まるで俳句の季語のように置かれている。ここまで喩が長いと、虚と実の逆転現象が起きて、虚の方が実感として感じられるほどだ。それは六首目にも言えて、「弦張らば天の向こうまで裂いていく弓になれそうな」までが直喩になっていて、どうやら作者はこのような手法を好んでいるとも思える。このことは最後の歌にも当てはまる。 

あおはるの貯金箱のごといつまでも光のにおいを溜めるワイシャツ

青空から切り取り青いバケツへと葡萄の眼にはいつまでも青

指先を離すときこそ水紋は拡がっていく夜のすみずみ

雨やどり終えて飛びたつ天使ミカエルの羽からしたたる日照雨そばえのひかり

十月のちからによってひらかれる金木犀の重い香りは

レースより生き還りくる鳩の軽さ 安置布団あんちぶとんはわずかに沈む 

 特に心に残った歌を引いた。四首目のミカエルは単なる天使ではなく、天使階級最上位の大天使だ。残りはマリアに処女懐胎を告げたガブリエルと戦士ミカエルである。「日照雨」は「にわたずみ」と並んで歌人なら一度は使ってみたい単語だ。六首目にもとても魅力的な喩が使われている。作者にはこんなに抒情に溢れた優れた歌を作る能力が備わっているのだから、ぜひこの方向に進んでほしいものだ。最後に最も惹かれた歌を挙げておこう。 

あれは雲ではなく海だったものたちよ振り上げた手に啼くクラクション

 

 

第417回 川野里子対話集『短歌って何?と訊いてみた』

 今回は久しぶりに歌集ではなく歌書である。歌人の川野里子がさまざまな分野の人と短歌をめぐって対話するという贅沢な企画だ。歌誌『歌壇』に「ことば見聞録」というタイトルで2021年から14回にわたって連載したものに、新たに俳人の高野ムツオとの対話を加えたものだという。東大教授で古代ギリシア哲学研究者の納富信留に始まり、サンキュー・タツオ、伊藤比呂美、三浦しをん、宮下規久朗など多彩な顔ぶれである。「今、なぜ短歌を作るのか」という問に自覚的な川野だけに、それぞれの対話は問題の深い層にまで及んでいて読み応えがある。ありすぎて読了するまでに相当な時間がかかってしまった。以下、やむをえず断片的になるが、印象に残った発言を中心に見てみたい。

 はじめに納富信留との対話から。

川野 しかも定型詩の言葉って私のものと言えない気がするんです。典型的には枕詞とか季語ですが、それ以上に定型詩というものに言葉を差し出すときに、「私」の言葉でありつつ、「私」と読者の中間あたりに言葉を差し出すような気もする。そういう中間地点に言葉を差し出すことが詩を書くことのような気がするんです。

納富 仰ること非常によくわかるんです。(…)大きなクラウドみたいなのがあって、我々はそこからただ借りてきているというと極端かな。喋ってる私の主体性がどれくらいあるのかという問題だと思うんです。 

 対話の流れを見ると、川野は定型詩に限定して話しているが、納富は言葉一般の使用について語っているように聞こえる。「私」と「あなた」の中間に言葉を差し出すというのは、言葉一般の使用についても当てはまるが、定型詩ではさらに重要だと言えるかもしれない。日常会話で「今夜はステーキが食べたい」と言うとき、その欲求は100%話し手である「私」の感じているものである。この文の言葉は「私」について語っている。しかし津村信夫が次のような詩を書くとき、その言葉は何について語っているのだろうか。(引用はママ)

私は憶えている。

尾花の手にさげた婦人が、まるで肖像のように立っていた

家の入口を、あるいは、午後を。       「秋の歌」 

 これは津村の「私」の言葉ではない。生身の津村個人について語っていないからである。しかし津村の言葉ではないとも言えない。津村が自分のペンを使って記したからである。詩の言葉は、子供がうっかり手を放した風船のように、「私」へと係留する紐が切れて一種の虚空間を漂う。そして時おり読者の許を訪れる。そういう言葉である。

 次は俳人の井上弘美との対話から。本書の対話が行われたのは、コロナ禍が日本中に猛威を奮っていた時期である。コロナ禍で集えないという状況が俳句や短歌に影響したかという司会者からの問に答えての発言である。 

井上 俳句はまさに三密から生まれ、三密が育てている文芸なので、当初は本当に参りました。俳人は皆、座の文芸であることを大切にしています。今回、川野さんの歌集を改めて拝読して、一首一首が作者の中で、完結しているんだなと思いました。だけど俳句は、他者によって評価されることで一句として成立するところがあるのです。ここが、五七五に七七がある短歌と、七七の部分が無い俳句の大きな相違点だと思います。 

 俳人ならではの感想である。まず俳句は座の文芸であり、他の人から評価されることで一句として成立するということ。具体的には結社誌に出詠したり、句会で発表したりして他者の評価に晒す。選者が「この句は取りましょう」と決めたり、句会で多くの票が入って句としてひとり立ちする。俳句では他者との協働や共有が重要であり、五七五という短い詩型の俳句は「外部」の支えによって成立するとも言える。井上が短歌には七七があると述べているのは示唆的だ。短歌では、上句の五七五で提示したものを下句の七七で回収する。これが短歌は「完結している」という感想につながる理由である。しかし、井上との対話で川野も触れているように、完結するからこそ短歌はモノローグになりやすいということも憶えておく必要があるだろう

 次は俳人で歌人でもある堀田季何との対話から。 

堀田 ある世代から「私性」が激減してゆきました。赤裸々な「私」を表現するのが恥ずかしい、いやだという感覚があったり、「ぼくたち」「わたしたち」という言葉や感覚が増えたりして、そこから変わってきましたね。パラダイム・シフトが起こっています。

川野 確かにそれを感じます。「私」が「わたしたち」に変わったということでしょうか。以前は短歌にとって厄介だった「私性」というものがむしろ弱まって、群像的になっています。(…)複雑で陰々とした時間経過を表現するのが得意なのが文語表現だと思いますが、口語短歌が主流になるとその「時間」が消えてしまいました。どこを切っても「今」です。 

 「私性」は近現代短歌にとって永遠の課題である。確かに堀田が指摘するように、今の若い作者の短歌には赤裸々な私はあまり見られない。しかし短歌にとって赤裸々な私が果たして良いものかも疑問だ。唯一無二の「私」という近代的な概念は、明治維新によって西欧から輸入され、その後、自然主義の思潮に乗って広まったものだ。私小説では日本独自の展開を見せてもいる。また河野が指摘している「私性」の希薄化と口語短歌における時間の消滅は相関しているだろう。永田和宏が『現代短歌雁』48 (2000)に書いた「時間は無垢か」という評論がしきりに思い出されるのである。

 次は美術史家の宮下規久朗との対話から。日本では背景知識がなくても鑑賞できる印象派の絵画に人気があるが、それ以前の絵を見るには知識がいる。宮下はそのような絵画の見方を教えてくれる人である。宮下はカラヴァッジョの専門家なので、ローマのサン・ルイージ・フランチェージ教会にある「聖マタイの召命」に描かれた人物のどれがマタイかという話がとてもおもしろい。しかしこれは短歌には関係がない。

 話は静物画に及んで、高橋由一の「鮭」について、川野が「あれは短歌的世界ではないのか」と発言すると、それを受けて宮下は次のように述べている。 

宮下 全くそのとおりです。西洋の静物画は、いろいろなものを置いて描く。でも由一の「鮭」は、そのまま台所に吊るしてあるのを描いた。俎板の上の豆腐を描いたり、どれも非常に身近なものです。

川野 「鮭一匹に神を宿らせる」的なタッチですね。

宮下 そうです。そういう切り取られた自然みたいなものって、結構、日本の特色だと思うんです。まさに短詩型文学の世界ですよ。でもその神様は厳しいものではなくて、馴染みやすいものです。西洋の神とは全然違う、もっとやさしい、どこにでもいる、アニミズム的な神、そういうものですね。

 西洋の絵画や室内装飾は空白を恐れるようにさまざまなものを詰め込むが、日本の美術はそうではなく、逆に余分なものを削ぎ落とす。フランス料理もいろいろな味を重ねてゆくが、和食は引き算の料理だ。「鮭一匹に神を宿らせる」精神は短詩型文学に通じるだろう。

 驚いたのは、18世紀までの日本美術には青空がなかったという話だ。青い空に白い雲という対比に日本人が気づくのは、西洋近代に触れてからだという。

 武蔵野美術大学教授でキュレーターの新見りゅうとの対話から。

新見 いい絵画って、絵画とは何かを最も深い形で造形的に問うている。すばらしい彫刻、第一級の彫刻って彫刻とは一体何かというもっとも深い疑問が彫刻の形で表れている。疑問の深度が造形化されているかだけ。たとえば、(絵画で)線引くわけだけど、その線みたいなものがさっと引かれているように見えるけど、さっと引かれてる30センチのなかに何万回も振動しているような線でなければそれは線じゃない。(…)「魂が震えている」線こそが絵画とは何かを問いかける。 

 「絵画とは何か」という疑問を問い掛ける絵画が良い絵画だということは、他の芸術にも当てはまる。しかしそれは、小説の中で「小説とは何か」という問題が論じられるメタ小説のようなことではない。作品制作がその根源的な疑問から出発しているということだ。たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチの絵がそうだろう。死ぬまで手放さず手を加え続けた「モナリザ」がその一例である。またジャコメッティの絵では、人物の顔の立体的な奥行きを捉えようとして何十本もの線を引いた結果、人物像は輪郭が曖昧になり靄のうしろに隠れてしまう。何十本も重ねて引かれたジャコメッティの線は、「絵画とは何か」を問い続けた苦闘の跡だ。

 さて、本書を一読して「短歌とは何か」という疑問に答が出たかというと、もちろんそんなことはない。しかし、異なる分野の人たちとの対話を通して、「短歌とは何か」という疑問を掘り下げたことは確かである。そもそもアートとは、答を求めて放浪する旅であり、答に到達した瞬間に旅は終わってしまう。しかしその認識ですら幻影に過ぎない。そういうものではないだろうか。

第416回 佐藤弓生、町田尚子『花やゆうれい』

花の死と花でない死と分けながら いいえ、誰もがいずれゆうれい

佐藤弓生、町田尚子『花やゆうれい』

  とても楽しい本が出た。佐藤弓生が短歌を詠み、画家の町田尚子が絵を描いた歌画集『花やゆうれい』である。版元は絵本出版で知られたほるぷ出版。巻末の初出一覧によると、佐藤の短歌は書き下ろし(詠み下ろし?)ではなく、「かばん」や「うた新聞」などに発表されたものである。町田の絵は過去に描いたものと本作のために書いたものがあるようだ。帯に「猫の絵、多め!」とあるようにほとんど猫の絵である。町田には『隙あらば猫』という画集があるので、無類の猫好きと見える。キャンバスのざらついた質感とメルヘン風の絵が懐かしさを醸し出す。題名の「花やゆうれい」は冒頭に置かれた「名もなき、だなんて言っても誰も名を知らないだけの花やゆうれい」から採られている。

 もともと佐藤の短歌は境涯を詠む「人生派」ではなく、言葉によって現実とは異なる世界を作り出すポエジー派であり、ファンタジー的要素も持っているので、町田の描くメルヘン的な絵と絶妙に響き合う。たとえば上に引いた「名もなき」の歌は右ページに一首だけ置かれていて、左ページには空に薄い月がかかる草原にポツンとコンクリートの階段があり、その上に青い服を着て手に花を持った猫が描かれている。階段には花を挿した空き瓶がいくつも置かれている。階段の上の平たい場所にはブールに入るときに使うような金属の梯子があり、先は地面に刺さっている。描かれているのはこの世のどこにもない、想像力が生み出した場所である。空き瓶に刺してある花は「名もなき花」なのだろう。誰だったか植物学者が「雑草という名の草はない」と言ったが、名もなき花というのもないのだ。それは人間の博物学的情熱の賜物である。

 また別のページには、「射す光あれば差す影ふかくなる夏のうつわの玻璃はりのめぐりに」というため息の出るような美しい歌があり、添えられた絵には夏の庭の緑陰でゆったりと紅茶を飲む猫が描かれている。空はあくまで青く、庭にはラベンダーが咲き乱れている。紅茶のカップはたぶんガラス製だろう。歌を読んで絵を見て再び歌を読むと、言葉の宇宙と絵の宇宙との交感が深く感じられる。

 もうひとつ紹介しよう。歌は「送る日も天気はえらべないけれどレオンハルトさんここは雪です」。絵にはガス灯がともる薄暮の街路に雪が降っている。コートを着て、昔風の革のトランクを持った猫が、舗道に置かれた家の模型をじっと見つめているという寂寥感の漂う絵である。歌の「送る日」はおそらく永訣の日のことだろう。確かに人は死ぬ日を選べない。でも「レオンハルトさん」とはいったい誰だろう。

 いくつか歌を引いてみよう。 

これも読む宝石 聞いたことのない花の名のならぶ校正刷りも

花綱はなづなとなってあなたを飾ろうよ使い果たしたからだを編んで

どれほどの紙の匂いにみたされて集密書架のこれは音楽

ほかほかと生まれることはこわいけど枝豆ごはんのはだかのみどり

よく光る外階段に落ちているカナブン秋のボタンとなりて

 一首目、印刷所から届いた校正刷りにはずらりと花の名前が並んでいる。その名から発する煌めきはまるで読む宝石だという。二首目、花綱はフランス語でギルランド (guirlande)という。ルネサンス期のフィレンツェの画家にドメニコ・ギルランダイオという人がいるが、ギルランダイオはイタリア語で花綱のこと。この歌のポイントは「使い果たしたからだ」である。花にも動物にも命の限りがある。命は天からの預かり物で、いつかは返さなくてはならない。花綱となっている花は命を使い果たした花なのだ。三首目、図書館にはスペースの節約のために集密書架が置かれていることが多い。そこに収められた大量の本から紙の匂いが立ち上る。それを音楽のようだという。四首目、ほかほかに炊きあがった枝豆ご飯の緑の豆を、今生まれたばかりのはだかの命と捉えている。これもまた命のひとつの姿である。五首目、夏の終わりに死んで地面に落ちている蟬を詠んだ短歌は多い。この歌は蟬ではなくカナブンである。それを秋のボタンと形容したところにポエジーがある。

 ここまで収録された歌を見て来ると、『花やゆうれい』という題名にこめられた意味に思いが至る。「花」とは命が目に見える形で存在するもので、「ゆうれい」は命が尽きて目に見えない形に変じたものだ。この歌画集に集められた短歌は、直接的にあるいは間接的に、命がさまざまに姿を変えてやがて彼方に去ってゆく様子を詠んでいるのだ。それが猫に託されていることにもおそらく意味がある。 

どこにでも入ってゆける猫だから爪あとほどの夜の隙間へ

耳欠けてこのあとどこへゆくのでしょうむかしの切符みたいな猫は

  一首目で詠われているように、猫は小さな隙間でも通り抜ける。夜の隙間を通って導かれるのは、昼の現実とは異なる夜の世界である。二首目の猫は喧嘩をして耳が欠けたのか、それとも不妊手術を施されたのか。昔の鉄道切符は硬券で、改札口で駅員が鋏を入れた。それが猫の欠けた耳に似ていることからの連想だ。 

どんな死をくぐってきたの 海岸で買った貝殻とても乾いて

まるでまあ死んでるみたい はつなつのひつぎのなかにおとなのひとは

この子はきっと地球最後のテディベア藍いろの目を縫いつけられて

しらほねのにおいがします春の午後あるじのいない明るい部屋は

夕あかり汚れるままに 水をむ この世からしか汲めない水を 

 どことなく終末観の漂う歌ではないだろうか。終末観と相性が良いのは宗教とSFである。幻想小説やSFに詳しい佐藤はそこから終末観に馴染んだのだろう。佐藤の歌集『世界が海におおわれるまで』にはすでに「風鈴を鳴らしつづける風鈴屋世界が海におおわれるまで」という世界の終わりを思わせる歌がある。上の五首目と組み合わされた絵には、花咲く草原に赤さびたドラム缶と古いポンプがあり、ドラム缶の上にはピンクのドレスを着た猫が描かれている。見たことがない風景なのに懐かしさを感じるのが不思議だ。

 少し暖かくなって辛夷の花が咲き始めた頃に、植物園の人気のない沈床花壇のベンチに座って開きたくなるような素敵な本である。

 

第415回  松本実穂『ソムリエナイフ』

出逢ひたる日よりはじまる引き算の時間の淵に人とただよふ

 松本実穂『ソムリエナイフ』

 作者の松本は2012年に佐佐木幸綱がリヨンを訪れたのをきっかけに作歌を始め、「心の花」に入会する。パリ短歌会などで活動し、2020年に第一歌集『黒い光 二○一五年パリ同時多発テロ事件・その後』を上梓。この歌集の評で私は、「作者は日本に帰国したようだ。その後、どのような歌を作るのか楽しみだ」と書いた。日本に帰国後の歌を中心に編まれたのが第二歌集『ソムリエナイフ』(2025年)である。作者は公認のソムリエ資格を取得していて、歌集題名はそこから採られている。ソムリエナイフは、ソムリエ (sommelier) がワインのコルク栓を開けるのに使う器具で,胸に留める葡萄模様のバッジとともにソムリエの象徴と言える。ちなみにフランスではソムリエナイフを単にコルク栓抜き(tire-bouchon)と呼ぶのがふつうだ。

 第I部には長年にわたるフランス生活を切り上げて日本に帰国した時の違和感が詠われている。

フランスとは逆回しなる鍵穴のいまだ間違ふわが左手は

どの駅も錯覚のために停車する薄目あければモンパルナスの

夜に灯る自販機中段まんなかにひとつ傾くチオビタ・ドリンク

ふらんすと口に乗せれば零れゆく電線のない空が見たいよ

ウィルソン橋、ベルクール広場、ローヌ河畔人のをらぬをネットに見つむ

 私は気づかなかったが、鍵を回す向きが日本とフランスとでは逆だという。のこぎりも日本では手前に引くときに切れるが、フランスでは押して切るというように、細かい点でちがいがある。それを身体が記憶しているので、帰国した時にとまどうのだ。三首目に自販機の歌があるが、フランスにはほとんど自販機がない。ずらっと自販機が並んでいるのは日本独特の風景だ。しかも中央に置かれているのが栄養ドリンクというのがお国柄を表している。五首目のウィルソン橋はリヨンを流れるローヌ河に架かる橋、ベルクール広場は市の中心部にある広場。作者はリヨンの風景を懐かしんでストリートビューを見ているのだろう。

 本歌集を読んで気付くのは、あちこちに死の臭いが漂うことである。

うつすらと駅舎の窓の遺りたり羽を広げて死んだかたちは

生きる者と生きゐし者のゆきちがふ石橋ならん黒猫の過ぐ

夏目坂上りきたれば降る雨に墓石鈍く照りそむる夜

まだ持たぬエンディングノートに書く言葉ひとつ思ひて雨を戻りぬ

死してなほ負はさるるのか駆け出だす凄き姿に馬は留まる

 一首目はおそらく蛾の屍骸の影が窓ガラスに残っているのだろう。京都の一条戻り橋の伝承にあるように、橋はしばしば此岸と彼岸を結ぶ場所である。二首目の黒猫はさしずめ彼岸への案内者か。三首目の夏目坂は東京の牛込あたりにある坂で、作者は掃苔に墓所を訪れているのだろう。五首目は博物館を訪れて馬の剥製を見ての歌。

 もっとはっきりと死が描かれているのが「首」と題された連作である。

すでに首を切り落とされたるカナールを説明どほりナイフに捌く

取り出だす肝臓フォアグラの重さこもごもに計りて人は嬉々としている

昨日まで翔けまはりゐし裏庭に首はあつたか羽根ひろげたか

美味しいね、鴨美味しいねと卓上ににんげんたちは首を並べる

ゆふぐれが夕闇となり闇となる帰路に車を降りて吐きたり

 鴨牧場を訪れてフォアグラを取り出す作業に参加した折の歌である。フォアグラは鴨に強制的に餌を食べさせて作る脂肪肝で、世界の三大珍味のひとつとされている。しかし料理をおいしく食べるには、その素材の処理工程は見ないほうがよい。牛・豚・家禽類の肉とその加工食品を常食とするのは、牧畜を生業とする欧州の人たちだ。日本人は肉食の歴史が浅く、血のソーセージなどは苦手な人が多いだろう。これらの歌に描かれた光景は実に生々しい。作者は命をいただく食卓に列なりながらも冷静にその場を見つめている。

 興味深いのはソムリエの仕事を詠んだ歌である。

「商材」と言葉にすれば遠ざかる葡萄畑をわたりゆく風

親指を支点に押さへひといきにソムリエナイフは弧を描き切る

饒舌家、内気、妖艶、やんちやつこ 香りのなかに見抜かんとして

色を見る香りをさぐる口にふふむゆきわたらせて舌に確かむ

「罪深い」はほめ言葉なり熟成のバルバレスコの深きルビー色

 三首目はワインの性格を見きわめる歌だが、フランス人のソムリエは、「焦がしたヘーゼルナッツと湿った苔の香り」のようにワインの味と香りを言葉で表現する。饒舌家とは惜しみなく味と香りを振りまくワインで、内気とは時間をかけて味わわないと真価を味わえないワインだろう。五首目のバルバレスコはイタリア北部のピエモンテ州で産するワインで、バローロと並んでイタリアを代表するワイン。これらの歌は職業詠なのだが、ソムリエの仕事が歌に詠まれるのはとても珍しい。

 ふたつの国、ふたつの文化にまたがる暮らしをしてきた作者の人生への思いの深まりを感じさせる歌に目が停まる。

どれほどの水位だらうかにんげんの記憶をひとが残しうるのは

まがなしくひとはひとりで立つものを石に咲きつぐ菊の切り花

水菜みづなふたり過ごした時間から取りこぼされて残るひと茎

立ちどまる人につられて立ちどまる生き合はせたるこの狭き道

水底に砂をすくひにもぐりゆくやうな時間をすぐしてきたり

 四首目の「生き合はせたる」は「行き合わせたる」ではないことに注意しよう。「行き合わせる」は偶然に誰かと出逢うことだが、「生き合わせる」は造語で「たまさか誰かと共に生きることになる」という意味だろう。直接に人生を詠むのではなく、喩と修辞を駆使して間接的に詠んだ境涯とそれへの思いの歌である。長い年月を経て熟成したワインのように、読むほどに味わいが深まる歌である。

 

 

 

第414回 黒木三千代『貴妃の脂』

貝殻骨あらはに夏のひかり浴びホルンを運びゆく海辺まで

黒木三千代『貴妃の脂』

 貝殻骨とは肩甲骨の異称。肩甲骨が露出しているのだから、タンクトップのような真夏の服を着ているのだろう。ホルンという選択がまたいい。きらきらと陽光を反射する金管楽器である。海辺にホルンを運ぶのが何のためかは明かされていない。しかし、肩甲骨、真夏の陽光、ホルンと海岸という言葉の組み合わせによって、一首はきらめく光に包まれる。下句が大胆な句跨がりになっているところに前衛短歌の影響が垣間見られる、

 ついに『貴妃の脂』を読むことができた。ずいぶん前のことになるが、「『貴妃の脂』を読みたいのだが、どこかで見つからないだろうか」と黒瀬珂瀾君にたずねたら、「あの歌集はほぼ幻です」という答が返ってきた。「幻」とは、誰もがその存在は知っているのだが、現物を見た人がほとんどいないという意味である。現代短歌文庫の『黒木三千代集』が刊行され、やっとこの幻を読むことができた。望外の幸せである。『黒木三千代集』には、『貴妃の脂』、『クウェート』、『草の譜』の全篇が収録されている。黒木の歌集はこの三冊ですべてである。

 いまさら紹介することもなかろうが、黒木は1942年(昭和17年)生まれだから、誕生は太平洋戦争のただ中である。作歌を始めたのは夫の転勤により金沢に居を移した40代からだというからずいぶん遅い。新聞投稿などで歌を発表していたら、縁あって未来短歌会に入会。岡井隆を師とする。1987年に「貴妃の脂」で第30回短歌研究新人賞を受賞。第一歌集『貴妃の脂』を1989年に刊行する。第二歌集『クウェート』(1994年)によりながらみ現代短歌賞、第三歌集『草の譜』(2024年)により読売文学賞、日本歌人クラブ賞、小野市詩歌文学賞を受賞。『貴妃の脂』というユニークな歌集題名は、「叛心のなきならねどもバスタブに貴妃の脂の浮くべくもなく」という歌から採られている。「主婦の座に飽き足らず謀叛を起こす気持ちもないではないが、かといって誰もがひれ伏すような美姫でもない私」という意味である。慚愧と断念の歌と読んだ。不思議な歌集題名の謎がようやく解けた。

 黒木の短歌の世界は、黒木が2歳の時に28歳という若さで亡くなった父親の影が色濃く見られる。集中に「父よ」という連作がある。 

部屋隅に薔薇逆さ吊り為すなくて死にたりしわかきちちよ父よ

遠霞む歳月の端潤めれど父はの吾は父の悔しみ

体臭を知らざることを悲しみの根幹として歳月ゆるる

 『草の譜』にも次のような歌が見られる。

薬包紙赤かりし不意に胸に来て 二十八で死にし父を覚えず

「命名書」父が書きたる墨色の掠れしところ風が渡れり 

 父親の書斎には日本の古典文学の本がたくさん残されており、黒木はそれを読み耽って育ったという。黒木の歌に古語法が多く用いられているのはそのためだろう。塚本邦雄や岡井隆らの前衛短歌から作歌法を学び、古語を駆使する黒木の短歌はしばしば難解と評されている。

 さて本歌集を流れる主情は何かと言えば、それは慚愧と憤怒ではないかと思う。 

ファム・ファタールには成れざるわれが練り上ぐる葛 透きとほるだけ透きとほらしめ

影のごとま鯉集まり紛れざる緋鯉一尾は恥のごとしも

きらら桜、ほたりと椿 立ち枯るるほかなきをみなわれはなにせむ

家中にわが髪の毛の落ちてゐて死にたるのちも誰も気づかぬ

レモン切れば尖る鋭きかなしみや昔むかしも美姫たらざりき

 一首目のファム・ファタールはフランス語のfemme fatale。直訳すれば「宿命の女」で、男を魅了して破滅させる女性をいう。自分はしょせんファム・ファタールにはなれないと考えながら台所で葛を練る手には力が籠もっている。二首目、池を泳ぐ真鯉の群れに一尾だけ緋鯉が混じっているのがまるで恥のようだという。緋鯉が男に混じる女の私であることは言を待たない。三首目、咲き誇る桜や落ちてなお美しい椿に較べ、自分は立ち枯れるばかりだと嘆いている。四首目、主婦として家にいる私の髪の毛がそこらじゅうに落ちているはずだが、私が死んでも誰もそのことに気づかないだろうという歌。自分の存在感のなさが髪の毛に託されている。五首目、漂う檸檬の香りが美姫ではなかったという慚愧を誘い出す。

 このような慚愧と憤怒は家庭婦人であったという境遇に由来するものだろう。次のようにそのことを直接的に詠った歌もある。 

初期ローマ皇帝秘書は奴隷なり或いは妻も似たやうなものか

ひとの妻・子の母として知らさるる死亡記事なるをんなのなまへ

二十年妻たる不思議オレンジを食べ終るときわらひ捨てたり

花茗荷鍋に放ちて何者にありしかわれはここにはたとせ 

 二首目に詠われているように、新聞の訃報記事に女性は「〇〇議員の妻」とか「〇〇会社社長の母」などと書かれることが多い。要するに付属品扱いだ。読売文学章受賞のインタビューで黒木は、大阪の夫の実家近くに暮らしていた頃は、自分はまるで家具のようだったと述懐している。本歌集に解説を寄せた岡井隆は、「これでもかこれでもかと迫ってくる怨念のようなもの」と表現している。

 このような慚愧と憤怒が高じると、次のような復讐と殺意の歌になる。

ありつたけのガラス器にひとつづつ虹飼ふとまひる復讐のごと思ふなり

金の鎖のみどに辷りあやを為すせつな殺意のごとくきらめく

 しかし黒木の短歌の世界はこのように慚愧と憤怒を詠んだ歌に尽きるものではない。「きそのゆふがほ」と題された連作では、古典の素養に基づいた王朝風の言葉の饗宴が縦横無尽に繰り広げられる。

草深野くさぶかぬ〉この露けくてあえかなることばを忍ぶる恋のあしたに

かき上ぐる額髪ぬかがみしろきおもかげに添ふわたくしのきそのゆふがほ

そののちの松浦まつらの浦の恨みじを臥す切岸の夢のただ中

秋風しうふうになりてむ何もはかなくてうち見るほどに昏む桔梗よ

恋ひわたるとはいかやうにわたるなる夜深きをゆく鳥の声よ

 この連作の最初には「結露するマンションの窓 時代などは見えぬ見えねば 虚辞をここだく」という詞書が置かれている。「ここだく」とは「こんなにたくさん」の意。要するにこれは言葉に過ぎないと言っているのだ。「きそのゆふがほ」は「昨日の夕顔の花」の意。三首目の「松浦の浦」は佐賀県にある歌枕。「そののちの松浦の浦の」までは「恨み」を導く序詞。「恨みじ」の「じ」は形容詞を作る接尾辞かと思われる。このように言葉の贅を尽くした王朝風の歌には、コトバ派の雄の塚本邦雄の影響が色濃く感じられる。

 そうかと思えば次のようにむくつけなまでにストレートな歌もある。

うつたうしき景物としていついかなる行動にも鴨はつがひなるべし

油そそがれしもの〈メシア〉なら漆黒のミシンあやつる母おそるべし

眠剤をひとり使ひて入水せし津島修治の人非人ひとでなし

老いほけなば色情狂になりてやらむもはや素直に生きてやらむ

人間の息深ぶかと吹き込みて成るガラス器よ浄きはずなし

 三首目の津島修治は太宰治の本名。これらの歌にはもしかしたらユーモアも含まれているのかも知れないが、思いが直截に表現されていておもしろい。上に引いた王朝風の歌と並べてみると、振り幅の大きさに驚かされる。ひと言で括ることのできる歌人ではないということだ。

てのひらにすくひてはこぼす花びらはひかり いくたびもわれは失ふ

逆光に灰色のはねすきとほり過ぎにしミカエルの裔の鳩らよ

跳ね上がる鯉いつしゆんのしし締まりすなはち顕はなり 死後硬直リゴルモルティス

ここ過ぎて死者行きたらむ地下街の水底みなそこにしてひかるアルミ貨

降る雪のソルティー・ドッグわたくしのけぶりてぞゆく群肝むらきものため

朝を割る卵のひとつ腐れればつひにここよりは死に場所なけむ

膚寒き天変の夏ダリ展に聖麒麟燃ゆ佇ちてしづかに

 特に心に残った歌を挙げた。私の個人的な好みも混じっているだろうが、前衛短歌の血脈を継ぐ歌が目立つ。『貴妃の脂』が出版された1989年の時代背景を見てみよう。1987年には俵万智の『サラダ記念日』が刊行され、一大ベストセラーになった。小池光は「俵によって短歌はそれまでのウラミの世界から解放された」とどこかで述べていた。ウラミを基調とする『貴妃の脂』は明るい世界へと進む短歌の世界に真っ向から逆行している。同年には加藤治郎の『サニー・サイド・アップ』が出て、1991年には荻原裕幸が新聞に「現代短歌のニューウェーヴ」という文章を発表し、時代は一気にライト・ヴァースの方向へと舵を切る。岡井隆や塚本邦雄らが推進した前衛短歌の時代はこのあたりで終わりを告げたのである。このように時代の流れに置いてみると、『貴妃の脂』は前衛短歌の掉尾を飾る歌集とも見えるのである。

 

第413回 佐々木朔『往信』

生きているものだけが病む明け方の運河は鴨とひかりをあつめ

 佐々木朔『往信』

 読み方は二句切れだろう。生きているものだけが病む、確かにその通りだ。死者は病むことがない。病むのは生きている証とも言える。この箴言は文脈から切り離されて、ポツンと独り言か呟きのように置かれている。三句以下は情景描写で、鴨の群れる運河に明け方の光が斜めに射している。二句目までと三句目以下の間をつなぐ橋がない。二句目までは時間と場所を持たない真理で、三句目以下にははっきりと時間と場所がある。こういう造りは想像力を刺激し、時には物語を起動する。歌の中の〈私〉は病室で近しい人の看病をしているのかもしれない。それならば二句目までは〈私〉の呟きか心の声で、三句目以下は病室の窓から見えた外の景色ということになる。もちろんこれが唯一の読みということはなく、一首全体は読みの未決定性の海を漂っている。それはたぶん作者が意識してのことだろう。

 佐々木朔は1992年生まれの歌人で、早稲田短歌会を経て「羽と根」同人。『往信』は今年(2025年)刊行された著者第一歌集である。SF作家の飛浩隆が一篇の詩のような帯文を寄せている。栞文は榊原紘、川野芽生、平岡直子。『短歌研究』11月/12月合併号の座談会「短歌ブーム、拡大と深化」の最後で、石川美南と郡司和斗の二人が本歌集を今年注目した歌集として挙げている。中身を見て行こう。

坂沿いののぼりに一つずつふれる 祭りのあとの寺へとすすむ

忘れそうになって線路をたどるときどこからか川の音がきこえる

あけがたのベッドの上から生活をよこぎってゆく蜘蛛をながめる

ほんとうに山下町は山の下 ゆっくり過ぎてゆくでかい犬

7億円がここで出たって書いてある 7億はやばくない? 7億は

 文体はゆるやかな定型意識による口語短歌で、現代文章語の口語よりも会話体に近い。体言止めを除けば結句に動詞の終止形(ル形)終わりが多い。それによって浮上するのは作中の〈私〉の〈今〉と、今を生きる意識である。文語の助動詞を用いた豊富な過去表現から遠ざかるのが現代の若手歌人の特徴のひとつで、佐々木もその例外ではない。過去の陰影を纏わない短歌は、フラットな〈今〉の表現に重心がかかる。

 もうひとつの特徴は、近現代短歌によく見られる「問と答の合わせ鏡」(by永田和宏)の構造がなく、俳句で言う一物仕立てのように作られていることだ。典型的なのは三首目で、一首の中に意味の切れがなく、どこまでも伸びる県道のようにずっと続いている。四首目には意味の切れがあり、それを強調するように一字空けされているが、上句の個人的な感想と下句の情景の間には、合わせ鏡のようにお互いを照射し反射し合うような緊張感はなく、ただ置かれているだけに見える。このような意味で佐々木の短歌は、現代の短歌シーンに広くみられるフラットな今を生きる等身大の〈私〉の歌のように見える。

 しかし次のような歌に接するとそのような感想は裏切られる。

香水に触れた指からにおいたつ記憶の煉瓦造りの街区

こころにさかえた遺跡をうみにしずませてだれもが去ってから会いに来た

とびっきりのポストカードを手放してそれからのたいくつな日のこと

わたしは本ヤークニーガと言いまちがえてはるかなる国の図書館にしまわれる

ペンギンのかき氷器が置いてあるほかにはなにもない海の家

 これらの歌には詩の欠片がある。それは短詩型文学の性質上、十分には展開されてはいないものの、想像力という水をかけてやると大きく育つ詩の欠片である。たとえば一首目、匂いが記憶を呼び覚ますのは『失われた時を求めて』以来の定番だが、この歌で呼び覚まされるのは煉瓦造りの街並みだ。それは外国の町のようにも、また子供の頃に童話で読んだ町のようにも見え、何かの物語が動き出す。すでに物語になっているのが四首目で、ロシア語で「私は本」と言い間違えたために、私は本になって外つ国の図書館の書架に並ぶという。五首目の夏の空虚の背後にも何かの物語が隠されているように感じられる。

 このような佐々木の作る短歌の特性として挙げることができるのは、一首単位で詩の欠片を内包しているために、連作の体裁をとってはいるものの、連作としての主題の連続性が希薄で、一首ごとにポツンと立っている街路樹のようである。どの歌をとっても、隣の歌との間に意味を呼び合う橋が架かっていない。

 また先に「問と答の合わせ鏡」の構造がないと指摘したが、それはとりもなおさず一首で詩の欠片を立ち上げるという佐々木の力業によるものである。このような作り方に近いのはと探してみると、たとえば小林久美子の名が頭に浮かぶ。佐藤弓生にもそういう香りのする歌がある。

こちらは雪になっているのを知らぬままひかりを放つ遠雷あなた

                  小林久美子『恋愛譜』

手ぶくろをはずすとはがき冷えていてどこかにあるはずの薄い街

                    佐藤弓生『薄い街』

 境涯を詠うことを主にする歌人を「人生派」、言葉によって美意識に叶う世界を創り上げる歌人を「コトバ派」と呼んでいるが、こういう作風の人はどちらにも分類できない。あえて名付けるならば「ポエジー派」とでも呼べるだろうか。このような作風の歌人も現代短歌の重要な一角を占めていることを忘れてはならないだろう。

花の名を教えるひとと聞くひとのそれぞれにそれぞれの花園

はつなつのひたすら青い青空と骨組みだけのスケートリンク

死ななくてよかった登場人物がしぬとき映画にふる小糠雨

きみの本のページを繰れば唐突な死語がうるわしい夕まぐれ

扉のまえでくちづけをして押しあけてそのまま夏のみどりのなかへ

関係を名づければもうぼくたちの手からこぼれてゆく鳳仙花

映画づくりに賭けてたひとの泣き顔をすこしだけ思いだす終電車

 特に心に残った歌を挙げた。どの歌にも詩の欠片があり、何かの物語が立ち上がるように感じられる。特に好きなのは四首目「扉のまえで」で、まるでSF小説かファンタジー小説のようだ。帯にSF作家から帯文をもらっているので、ひょっとしたら作者はSF小説の愛好家かもしれない。そういえばハインラインの『夏への扉』というSFの名作小説があった。佐々木の短歌は下句に特徴があって、読んでいると足がもつれそうになる句跨がりと字余りがある。

 最後に歌集題名の『往信』だが、この単語は返信と対になっていて、誰かに送る手紙を意味する。佐々木はこの歌集全体を誰かに送り届ける言葉として編んだものと思われる。王朝時代には和歌はコミュニケーションの手段で、お互いに歌を送り合ったものだが、短歌からそのような機能が失われて久しい。佐々木が世に送り出した往信に返信があることはないが、そのことは作者がいちばんよく心得ていることだろう。

 

第412回 種市友紀子『蓮の島』

つぎつぎに窓閉ざさるるゆふぐれの窓のひとつに鳥の歌きこゆ

種市友紀子『蓮の島』

 街は夕暮れを迎え、それまで開いていた窓が閉じられてゆく。窓が開いていたのだから、爽やかな時候でたとえは初夏などか。昔なら豆腐屋のラッパの音が遠くに聞こえる時刻だ。そんな窓のひとつから鳥の歌が聞こえてくるという。問題はこの鳥の歌である。鳥籠で飼われている本物の鳥のさえずりかもしれない。フランス語では鳥の鳴く声をle chant des oiseaux「鳥の歌声」と表現する。カタルーニァ民謡に同じ題名の歌がある。だとすればレコードかCDから流れる歌か。クレマン・ジュャヌカンにも同じ題名の曲がある。はたまた杉田かおるが昔歌った歌もある。ならば部屋の中にいる人の鼻歌かもしれない。ここに大きな未決定が潜んでいるのだが、その未決定は歌意を曲げるほどではない。灯ともし頃に小さな音で心地よい音楽が聞こえてくるという点が大事だ。上句の「つぎつぎに窓閉ざさるる」によって夕方の時間の経過が表現されていることもポイントだろう。

 種市友紀子は1979年生まれの歌人である。大学生のときに水原紫苑の「文藝演習」を受講したのがきっかけで作歌を開始し、早稲田短歌会に入会したという。その後、「笛の会」に所属し藤井常世の薫陶を受ける。『pool』『まいだーん』にも参加している。『蓮の島』は第一歌集で、作歌を始めてから26年目ということだ。版元は本阿弥書店、装幀は花山周子、水原紫苑が帯文を寄せている。歌集題名は船に乗って手賀沼の蓮を見た体験から採られている。

 歌集の冒頭付近から何首か引いてみよう。

鉄塔はさみしく空を区切りつつまた鉄塔とつながる緑地

存分に待ちうる時を贅沢として無花果の実は重りゆく

今日以外なべて昨日に埋もるるなづきに氷ひとかけら落つ

扉から漏るる光のまぶしさにそびらより入る未知なる部屋へ

生まるれば帰るすべなき戸惑ひに赤子は泣きぬ声しぼりつつ

 文体は旧仮名遣による文語(古語)定型が基本。作風は情景や事物の描写のおちこちに感情の水脈が走ると言えるか。たとえば一首目、高圧線を支える鉄塔を詠んでいる。鉄塔一基だと青空を背景に淋しくポツンと立っているように見えるが、電線の先を辿ると別の鉄塔に繋がっている。それはまるで人間の有り様だと作者の呟く声が聞こえる。二首目は時間の嵩と重さを詠んだ歌。無花果が重く実るためには長い時間を待たなくてはならない。待つことに費やす時間は無意味ではない。三首目、私たちは〈今〉という時を生きているので、それ以外は昨日という名の過去に埋没する。四首目、光溢れる未知の部屋に入るのには勇気が要る。だから背中でドアを押しながら入るという。何かの喩とも読める歌である。五首目、赤ん坊はこの世に生まれればもう帰る所はない。赤子が泣くのはそのせいだという。師の藤井常世に「血によりてれたるものよきよきゆゑ修羅のはじめの声あげむとす」という歌がある。

 情景描写の中に感情の水脈が走るという作風は、師の藤井に学んだものかもしれない。

よじれつつのぼる心のかたちかと見るまに消えし一羽の雲雀

                 藤井常世『紫苑幻野』

咲き急ぎ散り急ぐ花を見てあればあやまちすらもひたすらなりし

抱きゐる闇ふかきゆゑ枇杷の木もわれもひそけき花保つべし

                     『草のたてがみ』

 藤井の歌を読むと言葉の陰に隠れた感情の濃密さが感じられ、ここにあるのは単なる言葉としての言葉ではないとも思われる。種市の短歌も写実としての情景描写ではなく、言葉の背後に何らかの強い感情や深い想いを隠しているようだ。それはとりわけ次のような歌に感じられる。

子が唄ふ〈ロンドン橋〉はくりかへし架けては落つるまぼろしの橋

結び目と思ふ記憶はほどかれてその人となる古木こぼくの木瘤

巻くものの何も見えねば自らを縛りて空を泳ぐ藤蔓

折れ曲がる光のために誰も彼も胸にひとつの虚像やしなふ

行く先をあへて思はずいまここに桜並木の終はりの暗渠

 一首目、「ロンドン橋は落ちた」(London bridge is broken down)はマザー・グースの童謡。唄われる度ごとに橋が落ちるというのは、現実と幻想の皮膜に架かる虹のごときものか。二首目は「狂言『萩大名』に寄す」と題された連作中の一首。三首目、藤蔓は藤棚や他の木に巻きついて育つが、ここにある藤は巻きつくものがない。まるで自分自身を縛っているかのようだという歌。藤を眺める目に強い感情が感じられる。四首目は逃げ水を詠んだ歌。夏の暑い盛りに見られる逃げ水は、地表の熱によって空気の層ができて光が屈折するために起きる。それを私たちが持ちやすい虚の思念に喩えた歌である。五首目の桜並木と暗渠は人生の喩にちがいない。これらの歌に用いられている言葉はまるで感情の磁力を帯びているかのようだ。

 その想いの向けられる先はさまざまであるが、いつも立ち返るのは人の生である。 

フラスコの中の泡なる一生と思ふ誰が手に揺るるフラスコ

刑期とも思ひ恩寵とも思ふ湯より鼻腔を出してしばらく

誰も彼も死を逃れえずゆるやかにボールは止まる泥水のなか

始まりも終はりもしらぬ芝居なり花房の下をひとはくぐりぬ

 人の生がフラスコの泡ならば、そのフラスコを振るのは誰か。今ここに生きているのは刑務所で刑期を勤めているとも、神から与えられた恩寵とも感じられる。ころがるボールがやがて止まるように、人の生の果てには死が待っている。人の生は始まりも終わりもわからない芝居のようだ。私たちはみな有限の生を生きているという冷厳な事実に思いを致すとき、パスカルの深淵に飲み込まれそうな思いがする。

 本歌集の中には職場詠や家族詠も収められているが、子を詠んだ歌に惹かれるものがある。

海ならむ空ならむ子はいちまいの布を両端より持ちあげて

みづからの影に手を振るをさなごに影はやさしく慕はしく添ふ

ぶらんこを漕ぐ足先は生まれくるまへの時間に触れて戻りつ

蝶ひとひ籠に閉ぢこめ弱りたるゆふべに放つ円環に子は

 布を広げて一人遊びに興じる子や、地面に落ちた自分の影に手を振る子を見る眼差しは温かい。とはいうものの子供可愛い短歌には陥っておらず、ブランコを漕ぐ子供の足先に時間の始原を感じたり、籠の蝶を空に放つ子にエリアーデ風の円環を感じる眼差しはユニークだ。

いくたびも錨をおろす夜の船に記憶の岸はがれていたり

それぞれの宿世は奪ふべくもなくあさゆふの鳥の声高くして

亡き人のことばを胸に降りるたび坂はうしろに燃えゆくリボン

音よりも音の置かれぬ空間の広さを思ひ、春、Solo Monkソロモンク

永遠に跳ぶ縄跳びの中にして蝶となりたる一瞬ありき

今日といふさやかなる日を投げ入れて記憶の川のひかり揺れをり

 心に残った歌を引いた。四首目のMonkはジャズ・ピアニストのセロニアス・モンク。音楽は時間の芸術だが、同時に空間の芸術でもある。五首目に詠まれた子供が縄跳びをする様子は歌人の想像力を刺激するようだ。塚本邦雄の「少女死するまで炎天の縄跳びのみづからの圓驅けぬけられぬ」という歌が思い出される。ただしここでは少女は蝶に変身する。六首目は巻末に一首だけ離して置かれた歌。作者の今の想いを詠んだ歌だろう。

 最後に余談になるが、国文学者にして詩人の藤井貞和が藤井常世の弟であることを初めて知った。ここにも折口信夫の系譜が続いていることになる。

第411回 第71回角川短歌賞(2025年)

 今年の角川短歌賞の選考結果が角川『短歌』11月号に掲載された。短歌賞の受賞は船田愛子の「雪の影」であった。船田は2004年生まれで京大短歌会所属。昨年の角川短歌賞では藤島花の筆名で応募した「花を抱えて」で佳作に選ばれている。今回は本名に戻しての受賞である。

欄干に羽をたためる白鷺の像あり首に雪の積もりぬ

中庭の白木蓮に寄るひとに花芽の影の淡くうつりぬ

記憶という湖に手を浸さんとすれば魚の黒きかげ見ゆ

寛解と完治のあわい わが骨の髄に残火のごときはあらん

わが臓器をわれが捕らうることのなし薔薇窓に夕微光さしこむ

 選考委員のうち坂井修一と藪内亮輔が5点、中川佐和子が2点を入れている。藪内は、大病に罹った経験と医学人としての覚悟が上手く噛み合っていて、迫力もあり隙がないと評し、坂井は完成度が高く、難の無さで言うとこの一連が強いと推している。中川は、視線が透徹した冷めた感じがあり、また叙情的なところもあると控え目に述べている。一方、松平盟子は、評価しないのではなく、上手すぎるから点を入れなかったので、新人賞はどこか破綻があってもいいと意見している。

 上に引いた四首目を見ると、作者は過去に骨髄に関わる病気を患い、現在は寛解の状態にあるらしい。関西の医科大学に通って勉学中なので、患者の視点と医学生の視点とが両立しているのも特色だろう。

 若い歌人には珍しく新仮名遣いながら文語定型で、歌のレベルがとても高く揃っている。とりわけ三首目の「手を浸さんとすれば」という語法などを見ると、短歌の骨法をよく理解していることが知れる。また詠まれているものの大方は、微かな気づきやはかなく過ぎ行く事柄で、短歌という詩型の生理によく合っている。例年の短歌賞の選考座談会では、どの作品に賞を与えるかで激論が交わされることもあるが、今回は拍子抜けするほどあっさりと船田の作品に決まっている。2012年の第58回では、現在は選考委員を務めている藪内の「花と雨」が満票で受賞してみんなを驚かせた。これほどすんなり受賞作が決まるのはその時以来ではなかろうか。

 次席に選ばれたのは千代田らんぷの「待ち合わせ」である。

雨傘は雨に出会って雨傘になりその後は雨を弾いた

生きている動物たちに生きている私を見せに行く動物園

クレープの巻紙少しずつ千切る今日を忘れる練習として

相槌を打ちやすいよう美容師に架空の船の架空の航路

私のち私の空の下にいてレインコートの重さごと行く

 作者の千代田は1985年生まれで所属なし。昨年の角川短歌賞では「雨宿り」で佳作に選ばれている。藪内が4点を入れ高評価で、松平が2点を入れている。藪内は「何を前景として見せて何を後景とさせるかというところを操作して、認知のすり替え、ずらしを行っている」と述べ、松平は、最初この作品に5点を入れていたと明かす。ひとつのイメージの喚起力が非常に鮮やかで、ギリギリの危ういサーカスみたいにうまい形で結句につないでいると評している。

 千代田の短歌の特色はユニークな視点と、それを表現するための屈折した語法だろう。たとえば一首目、雨傘は雨が降って初めて雨傘になるという。売り場でも雨傘と日傘は区別して売られているので、屁理屈と言えば屁理屈だがその視点がおもしろい。二首目は視線の相互性を詠んだ歌で、見る者は同時に見られる者でもあるという気づき。五首目の「私のち私」など不思議な表現も目立つ。短歌賞の船田が近現代短歌の王道だとすれば、千代田の短歌は変化球のナックルボールというところか。

 佳作は伊藤汰玖の「ノット・オーバー」が選ばれた。伊藤は1982年生まれで「かばん」所属の歌人である。

連日の疲れがにじむ朝礼を「ご安全に」の唱和で締める

真上から怒声が降れば母国語で小さく愚痴る若い作業者

雨のなか薄れる街の輪郭と少し濃くなる街の体臭

夜光する繁華街では暫定の更地に闇が仮置きされる

明け方の道玄坂で魔改造キックボードが鴉を散らす

 松平が一人5点を入れ、渋谷を見る眼差しが現代の一面をよく表していて、その中で駒として働く人間のリアルが感じられると評している。これにたいして中川は、いい歌と表現としてこれはどうなんだろうという歌が混じっていて、渋谷の移り変わりを追い過ぎていると感想を漏らしている。 

 今回の受賞者の中では最も主題性が強く、歌の〈私〉の境涯が見える作品だろう。〈私〉は工事現場で働く作業員で、舞台は世紀の大改造が進行中の渋谷である。古いビルは解体されて更地となり、作業員の中には異国の言語を話す人も少なくないことが描かれていてリアルさはある。

 伊藤は2022年の第68回角川短歌賞でも「ショートスリーパーズ」で佳作に選ばれている。この作品では「誰を待つドン・キホーテの水槽の青い光に滲む少女は」、「内臓の何処かに積もる白砂が不意に欲しがる一杯の水」のように、作中主体も場面も不透明な歌が多かったが、今回の応募作ではそれがくっきりと見えるものとなっている。しかし都市の描き方がやや類型的かもしれないと感じる。

 もう一人の佳作は大津穂波の「次の季節」である。大津は1998年生まれで所属なしとある。

札勘の上手さで勤続年数が分かってしまう四年目の春

公用車数台多く停まりおり監事監査の朝の清しさ

シヤチハタのインクを補充するようにウイダーゼリー一息に飲む

またひとり同期が辞めて使わなくなってしまったLINEグループ

見慣れぬ駅を見慣れた駅にする時間きみと別れてからの車窓は

 中川が5点を入れている。中川は比喩や詩情の豊かさが微妙な心理につながっていて一位に推したと述べている。藪内は歌の決め方をよくわかっている人だとしながらも、エッセイや漫画でなく短歌の言葉である必然性があるのかと問うている。

 札勘はおそらく金融関係の現場用語でお札を数えることなので、作者は銀行か信用金庫に勤務しており、入社4年目を迎えているのだろう。転職する同僚もいるが、本人はそこまで踏み切れず勤め続けているという心の揺れが詠まれている。

 大津は京大短歌会のOGで、会誌『京大短歌』25号(2019年)に初めてその名が見える。26号に次のような歌を出詠している。しっとりとした抒情的な歌で、作者はこういう引き出しも持っていることがわかる。

何も手につかない昼の片隅に転がしている紙の風船

ティーバッグ引き上げるとき朝焼けのしずくこぼして鴫飛び立てり

 今回の短歌賞の応募は昨年よりやや少ないながら708篇あったという。内訳を見ると、20代が151名でいちばん多い。短歌や俳句という短詩型文学は高齢になっても続けることができるが、青春の輝きを詠んだ歌はその時にしか作れない。若い人たちに短歌が広まっていることは喜ばしい。