「フランス語100講」第16講 直接語順と感情表現

 私が通っていた中学・高校は、フランス革命の直後にリヨンで創設され、その後カナダに本拠を移した修道会が運営していた学校です。そのためカナダ人の神父やブラザー(注1)が多くいました。大学に入ってしばらくして母校を訪ねたとき、校長だったアラール神父様に再会し、J’apprends le français à l’université.「大学でフランス語を勉強しています」と報告すると、神父様は Ça me réjouit.とおっしゃいました。日本語ならば「それはうれしいですね」と言うところですが、フランス語では「それは私を喜ばせる」と言うのです。第14講と第15講でお話した直接語順による表現が日本語と最も大きく異なるのは感覚や感情を述べるときの表現パターンではないかと思います。いくつか見てみましょう。

 

 (1) La géopolitique m’intéresse.

  私は地政学に興味がある(直訳 : 地政学は私の興味を引く)

 (2) Les abats me dégoûtent.

  私は臓物料理が苦手だ。(直訳 : 臓物料理は私に嫌悪感を与える)

 (3) Les loups me font peur.

  私はオオカミが恐い。(直訳 : オオカミは私を恐がらせる)

 (4) Tu es toujours en retard. Ça m’énerve !

  君はいつも遅刻するな。イライラするよ。(直訳 : それは私をイライラさせる。)

 (5) La tête me tourne.

  頭がくらくらする。(直訳 : 頭が私においてくらくらする)

 (6) Je n’aime pas ce pull. Ça me pique au col.

   私はこのセーターが嫌いだ。首のところがチクチクする。

  (直訳 ; それは私の首のところを刺激する)

 

 このような直接語順を用いない表現のやり方もないわけではありません。(1) Je m’intéresse à la géopolitique.「私は地政学に興味がある」のように「私」を主語にして代名動詞 s’intéresserを用いて言うこともできます。また(2) Je n’aime pas les abats.「私は臓物料理が嫌いだ」、(3) J’ai peur des loups. 「私はオオカミが恐い」のように「私」を主語にした別の言い方もあります。しかし (4) (5) (6) はちょっと他の言い方が思いつかないほどフランス語に定着しています。

 日本語でこのような感覚・感情を表現するやり方はフランス語と大きく異なります。好き嫌いのように時間によって変化しない性質や、「心配だ」のようにある程度長く続く感情では「私」を主語にするのがふつうです。

 

 (7) 私は牡蠣が嫌いだ。

 (8) 私は父の健康が心配でならない。

 

 しかし、たった今感じている感覚や感情は、「私」を表に出さずに言います。この場合 (9) のように無主語文になることも珍しくありません。

 

 (9) ああ、暑い!

 (10) 腰が痛い。

 

 一方、フランス語では上の (1) (6) を見ればわかるように、直接語順の表現パターに従って、次の三種類の関係を重ね合わせた言い方を使います。

 

 a.〈主 語〉─〈動詞〉─〈直接目的補語〉

 b.〈動作主〉─〈動作〉─〈被 動 作 主〉

 c.〈原 因〉─〈影響〉─〈影響が及ぶ対象〉

 

 ですから例 (2) Les abats me dégoûtent.のように、あたかも主語のles abats「臓物」が私に対して嫌悪感を抱かせるという表現になるのです。

 フランス語をちょっと離れて英語を見てみましょう。英語を習っているときに、心理や感情を表すのに〈be動詞+過去分詞〉をよく使うことを不思議だと感じませんでしたか。

 

 (11) I’m interested in history.

   私は歴史に興味がある(直訳 : 私は歴史に興味を引かれている)

 (12) I’m deeply concerned about my father’s health.

   私は父の健康状態を憂慮している。

  (直訳 : 私は父の健康状態に心配させられている)

 (14) I was surprised by the test results.

   私は試験の結果に驚いた。(直訳 : 私は試験の結果に驚かされた)

 

 これらの表現で使われている〈be動詞+過去分詞〉は、もともとは受動態ですから「私が〜される」という意味を持っています。ただし受動態由来ではあっても、これらの表現の中の過去分詞は形容詞に近づいていると考えられます。

 英語もフランス語同様に直接語順を好む言語ですので、たとえば (14) The test results surprised me.「試験の結果は私を驚かせた」のように、〈動作主〉─〈動作〉─〈被動作主〉パターンを使って言うこともできます。しかし英語では心理や感情の主体である「私」を主語にして〈be動詞+過去分詞〉を用いる言い方が多く見られるようです。そのほうが心理や感情の主体である「私」について語っているというニュアンスが強くなるからでしょう。

 フランス語でも感情や心理を表す動詞を受動態で使うことはあります。

 

 (15) J’ai été étonné de la franchise de ses paroles.

   私は彼(女)の物言いの率直さに驚いた。

 

 しかし英語ほど多くはありません。それにはいくつか理由が考えられます。

 第一の理由はフランス語が受動態を嫌うということです。(注2)同じことを表現するときに、フランス語は英語より受動態を使うことが少ないことが知られています。受動態を使うと、〈主語─動詞─直接目的補語〉という統語構造に〈被動作主─動作─動作主〉という意味役割が与えられることになるので、直接語順の表現パターンから外れてしまいます。ですからフランス語は英語以上に直接語順を好む言語だということになるでしょう。

 もう一つの理由はフランス語には代名動詞があることです。初級文法のクラスでは代名動詞に次の3つの用法があると習うことが多いでしょう。

 

 (16) Je me lave la figure. [再帰用法]

   私は顔を洗う。

 (17) Ils se téléphonent tous les jours.[相互用法]

   彼らは毎日電話をかけあう。

 (18) Le vin blanc se boit frais.[受動用法]

   白ワインは冷やして飲むものだ。

 

 しかしもう一つ大事な用法があります。それは「自発」、つまりしようと思ってするのではなく、ひとりでに起きることを表す用法です。(注3

 

 (19) Clarisse s’est réveillée tôt le matin.

   クラリスは朝早く目覚めた。

 (20) La porte s’ouvre toute seule.

   ドアは自動的に開く。

 (21) Les fleurs se sont fanées.

   花はしおれてしまった。

 

 (19)se réveillerは再帰用法に分類されることがありますが、目覚めるのはしようと思ってすることではなく自然に起きることですから、自発に分類するのがいいでしょう。(20) (21) のように無生物が主語のときは当然ひとりでに起きることを表します。

 心理や感情を表す表現には代名動詞が多く見られます。その理由は次のように考えられます。たとえば「思い出す」se souvenir de 〜を例に取ると、確かに人の名前を失念してしまい、懸命に思い出そうとすることはあります。しかしそうではなく何かをきっかけとしてふと思い出すということもあるでしょう。そんなときは過去の記憶が自然に甦ったように感じます。À la vue de ce paysage, Clarisse s’est souvenue de son enfance.「その風景を見てクラリスは子供時代のことを思い出した」と言うときは、思い出は向こうからやって来たように感じられます。次に挙げるのはいずれも心理や感情を表す代名動詞の自発用法です。

 

 (22) Il s’est aperçu de son erreur.

   彼は自分のまちがいに気づいた。

 (23) Elle s’est repentie de son passé.

   彼女は自分の過去を後悔した。

 (24) Je m’inquiète de perdre mon emploi.

   私は職を失うことを心配している。

 (25) Il se fâche pour un rien.

   彼はちょっとしたことで怒り出す。

 

 étonner「驚かす」という動詞にもs’étonner「驚く」という代名動詞の用法があります。ですからフランス語には次の3通りの言い方があることになります。

 

 (26) a. La séparation de Jean et de Nicole m’a étonné.

   (直訳)ジャンとニコルが別れたことは私を驚かせた。

    b. J’ai été étonné de la séparation de Jean et de Nicole.

   (直訳)私はジャンとニコルが別れたことに驚かされた。

   c. Je me suis étonné de la séparation de Jean et de Nicole.

    私はジャンとニコルが別れたことに驚いた。

 

 (26 a) étonnerを他動詞として用いた直接語順の表現です。(26 b)は同じ動詞を受動態で用いたもので、(26 c) は代名動詞s’étonnerを使っています。英語には (26 a) のような他動詞の言い方と、(26 b) のような受動態の言い方しかありません。ところがフランス語には (26 c) のような代名動詞を用いた表現方法があります。このためにフランス語は英語ほど受動態由来の言い方を使わないのだと考えられます。

 このようにフランス語では心理や感情を述べるときに代名動詞が活躍するのですが、この問題についてはまた回を改めてお話することにしましょう。

 

(注1)ブラザー (brother、仏 frère)とは、布教やミサ聖祭には携わらず、修道院の日常業務を担当する修道士のこと。辞書では「平修道士」と訳されていることがあるが、入会時に神父になるかブラザーになるかは本人が選ぶので、神父とブラザーに上下関係はない。

(注2)フランス語が受動態を嫌うことは第50講で詳しく検討する。

(注3)自発用法は emploi neutre「中立的用法」と呼ばれることもある。