「フランス語100講」第18講 直接目的補語 (1)

 第17講でお話したように、フランス語の直接目的補語 (complément d’objet direct) は、次の例のように前置詞を挟まずに動詞の後に置かれる名詞句です。

 

 (1) Georges a construit une cabane.

   ジョルジュは小屋を建てた。

 (2) Clarisse aime les fraises.

   クラリスはイチゴが好きだ。

 (3) Kévin a envoyé une carte postale à Charlotte.

   ケヴァンはシャルロットに絵葉書を出した。

 

 (3) のように直接目的補語と間接目的補語の両方があるときは、ふつう直接目的補語を先にします。これは「動詞との関係が強いものを動詞の近くに置く」という原則があるためです。動詞が表す動作・行為を直接に受けるので、間接目的補語よりも直接目的補語の方が動詞との関係が強いと言えます。

 

【直接目的補語かどうか微妙なケース】

 動詞のすぐ後に置かれた名詞句が直接目的補語だとは限りません。

 

 (4) Cet enfant a cinq ans. この子は5歳だ。

 (5) Il pèse soixante kilos. 彼の体重は60kgだ。

 (6) J’ai besoin d’un vélo plus costaud. もっと頑丈な自転車が要る。

 (7) Il fait chaud. 暑い。

 (8) Ça sent le gaz. ガスの臭いがする。

 (9) Ça fait étudiant. それは学生っぽいよ。

 

 上のボールド・イタリック体の名詞が直接目的補語かどうかは意見が分かれています。直接目的補語ではないとする人の主な根拠は、(5) *Soixante kilos sont pesés par lui.のように受動態にできないことです。しかし他動詞で受動態にできないケースはほかにもあるので、決定的な論拠とはいえません。また Qu’est-ce que「何を」、あるいはQui est-ce que「誰を」という疑問詞でたずねることができるかどうかというテストもあります。(4) だと Qu’est-ce que cet enfant a ?「この子は何を持っていますか」となり、年齢をたずねる疑問文にはなりません。年齢をたずねるには Quel âge a cet enfant ?「この子はいくつですか」という疑問文を用いなくてはなりません。また (5) Qu’est-ce queによる疑問文は使うことができず、体重をたずねるにはCombien pèse-t-il ?「彼の体重はいくらですか」と言います。peser XXの重さがある」、mesurer YYの長さがある」、coûter ZZの値段がする」などの XYZなどの数量や価格は、状況補語と見なされることが多いようです。(注1

 もう一つのテストは直接目的格の補語人称代名詞 le / la / lesか、不定代名詞enで置き換えることができるかどうかです。On voit la tour Eiffet de loin.「エッフェル塔は遠くから見える」は On la voit de loin.となりますし、J’ai acheté un stylo.「私は万年筆を買った」は J’en ai acheté un.となります。しかし (4) (5) はどちらもこのテストをパスしません。ですから (4) cinq ans (5) soixante kilosは他動詞のすぐ後に置かれていますが、ほんとうの直接目的補語とは言えません。(注2

 また (6) avoir besoin (7) faire chaudなどは、〈avoir+無冠詞名詞〉や〈faire+無冠詞名詞〉の形をとった成句と見なすのがふつうです。成句 (locution figée) とは、要素に分解することができず、まとまって一つの表現として使われるものをいいます。ですから (7) chaudが形容詞か名詞かそれとも副詞かなどと、品詞を問題にすることにあまり意味はありません。

 (8) sentirには、J’ai senti les roses.「私はバラの匂いをかいだ」のような他動詞の用法もありますが、(8)は「ガスの臭いをかぐ」という意味ではなく、ガスの臭いがするということです。sentirには Ça sent ! 「臭い」のような自動詞の用法もありますので、(8) le gazが直接目的補語かどうかは疑わしいでしょう。それなら何かと聞かれても答えるのは難しいです。また (9) étudiantを何と見なすかは、フランス語学者のあいだでも意見が分かれるところです。このように文法を組み立てている要素のなかには、その性質をはっきりと定めることができないものもあります。それを自然言語の不完全さと見るか、それとも言語の柔軟性と見るか。私は後者の立場を取りたいと思います。

 

【直接目的補語になるもの】

 動詞の直接目的補語になるのは、Il fume un cigare.「彼は葉巻をくゆらせている」のような名詞句だけではありません。次のような要素も直接目的補語になります。

 

 (11) 定代名詞と不定代名詞

  a. Je la respecte. 私はあの人を尊敬しています。

  b. Merci. J’en ai assez pris. (お代わりは)けっこうです。十分いただきました。

 (12) 動詞の不定形(不定詞)

  Je veux partir tout de suite. 私はすぐ出発したい。

 (13) 接続詞queが導く節

  Je crois que nous sommes pris dans un piège.

  どうやら僕たちは罠にはまったようだぞ。

 (14) 間接疑問節

  Je me demande ce qu’il faisait ici.

  彼はここで何をしていたのだろう。

 (15) 指示代名詞ce / celui+関係節

  Tu peux prendre ce qui te plaît.

  好きなのを取っていいよ。

  J’aime ceux qui sont réservés.

  私は控え目な人が好きです。

 (16) 直接話法節と間接話法節

  a. Hélène a déclaré : « Je ne reviendrai plus jamais. »

  「私は二度と戻って来ません」とエレーヌははっきり言った。

  b. Jean a dit qu’il serait en retard à cause d’un emboutillage.

   渋滞で遅れるとジャンは言った。

 

 ボールド・イタリック体の語句が直接目的補語であることは、名詞句で置き換えられるかどうかで確かめることができます。たとえば (12) なら Je veux un pull en laine.「私はウールのセーターが欲しい」、(13) なら Je crois ta promesse.「私は君の約束を信じる」のように名詞句に置き換えることができます。

 ただし、このように考えるとひとつ困ることがあります。それは craindre de 〜「〜を危惧する」や décider de 〜「〜することを決める」のように、前置詞を挟んで動詞の不定形を取る動詞群の扱いです。たとえばcraindreは (17) のように名詞句を直接目的補語に取り、(18)のようにque節を取る他動詞です。

 

 (17) Je crains un tremblement de terre.

   私は地震が心配だ。 

 (18) Je crains qu’il ne pleuve demain.

   明日雨が降らないか気がかりだ。

 

 ところが次に動詞の不定形が来るときは、次の例のように前置詞のdeが付きます。

 

 (19) Je craignais d’attraper la grippe.

   私はインフルエンザにかかることを心配していた。

 

 前置詞のdeがあるので d’attraper la grippeは間接目的補語で、このとき craindreは間接他動詞であるかのように振る舞います。

 ちなみにd’attraper la grippeを代名詞に置き換えるときは中性代名詞のleを使って Je le crains.となります。前置詞のdeがあると中性代名詞のenで置き換えるのがふつうですが、他動詞の目的格補語の取り方は直接目的補語が名詞句の場合を基準にします。Je crains le mauvais temps.「私は悪天候が心配だ」の直接目的補語を代名詞にすると Je le crains.となるので、d’attraper la grippeは前置詞のdeがあるにもかかわらず leで置き換えます。ここには形式と機能のずれがあり、それはそれほど珍しいものではありません。

 

【非人称構文の実主語は直接目的補語】

 次はうしろに名詞句を従える非人称構文です。

 

 (20) Il y a deux verres sur la table.

   テーブルの上にグラスが二つある。

 (21) Il existe beaucoup d’espèces d’oiseau rares à Hokkaïdo.

   北海道には希少な鳥類が多くいる。

 (22) Il est arrivé à mon frère un événement inouï.

   私の兄に前代未聞の出来事がふりかかった。

 (23) Il reste encore quelques vieilles églises dans cette région.

   この地方にはまだ古い教会がいくつか残っている。

 

 il y a aavoirですから他動詞です。したがってdeux verresavoirの直接目的補語です。次のテストをしてみればわかるでしょう。

 

 (24) 疑問詞 qu’est-ce queでたずねることができる

   Qu’est-ce qu’il y a sur la table ?

   テーブルの上に何がありますか。

 (25) 中性代名詞enで置き換えられる

   Il y en a deux sur la table.

   テーブルの上にはそれがふたつあります。

 

 しかし (21) exister(22) arriver(23) resterは自動詞で、本来は直接目的補語を取らない動詞です。ところが (21) plusieurs espèces d’oiseau rares(22) un événement inouï(23) quelques vieilles églisesは文法的には直接目的補語と見なされます。ですから次のように Qu’est-ce queでたずねたり、en で置き換えたりできます。

 

 (27) Qu’est-ce qu’il y a à Hokkaïdo ?

   北海道には何がありますか。

 (28) Il en reste encore dans cette région.

   それはまだこの地方にあります。

 

 arriverresterは自動詞ですから、直接目的補語を取ることはありません。ところが動詞の右側は直接目的補語の置かれる場所です。このため動詞の右側に移動したun événement inouïは構文の圧力によって直接目的補語と再解釈されるのです。「再解釈」とは、文脈・状況や構文などの外的な要因によって、それまでの解釈を改め新しい解釈を与えることを言います。

 なぜ主語の場所に置いてもいい名詞句をわざわざ動詞の右側に動かすのでしょう。それはフランス語には「文の中で新しい情報や重要な情報を表す語句はなるべく文の終わり近い場所に置け」という原則があるからです。「前代未聞の出来事が兄にふりかかった」という文では、「何が」が一番大事な情報です。それを表すun événement inouïを動詞の右側に動かすのはこのような理由によります。なおこの原則は文法の規則ではなく、文を用いて聞き手にどのように情報を伝えるかという談話の原則です。これについては第53講でお話しします。

                           (この稿次回に続く)

 

(注1)ただし朝倉季雄『新フランス文法事典』(白水社)には、Que coûte le train d’ici au Havre ?「ここからルアーブルまで列車はいくらだ」という例が掲載されていて、疑問代名詞queでたずねることもできるようだが、どれくらい一般的かは不明である。

(注2)前掲書には Il les coûte.「それだけの値段だ」という例がある。しかしこの例は Damourette & Pichon, Des mots à la penséeから採られており、同書は会話的な例も採録していることで知られている。このためどれくらい標準的なものかは不明である。

 また les mille francs que m’a coûté(s) ce meuble「私がこの家具に支払った1,000フラン」の過去分詞 coûtéが先行詞 les mille francsと一致すべきかどうかはLittré以来さまざまな意見があり一致を見ない。les mille fransを直接目的補語と見れば一致が必要だが、状況補語だとすれば必要ない。