「フランス語100講」 こぼれ話 (5) ー gentiléの話

 あまり知られていない単語だが、gentilé(ジャンティレ)とは地域・地方・町などの住民をさす単語をいう。パリに住む人はun Parisien / une Parisienne、ノルマンディー地方la Normandieに住む人なら un Normand / une Normandeである。ちなみにgentiléはそのまま形容詞としても使えるので、頭を小文字にして la mode parisienne「パリのファッション」un cidre normand「ノルマンディー産のシードル」のように使う。

 gentiléは派生語 (mot dérivé) の一種なので、名詞から形容詞を派生する語尾を持つものが多くある。次の単語の語尾の –al, -ois, -ien, -ainなどは、名詞から形容詞を作るときによく使われるものである。

 

 la Provence プロヴァンス地方→ un Provençal / une Provençale プロヴァンス地方の住民

 la Suèdeスウェーデン → un Suédois / une Suédoise スウェーデン人

    l’Alsace アルザス地方 → un Alsacien / une Alsacienne アルザス地方の住民

 l’Amérique アメリカ → un Américain / une Américaine アメリカ人

 

 しかし国や地域・地方・町の名は固有名詞なので、ふつうの形容詞を派生する語尾とはちがう形になるものもある。たとえばモナコ公国 la Principauté de Monacoの住人は un (une) Monégasque という。このように予想のつかない形があるので、gentiléはクイズ番組でもよく出題される。

 gentiléを知るために参考になる文献としては次のものが挙げられる。

 ・新倉俊一他『フランス語ハンドブック』白水社、1978.

 巻末にフランスの地方名とその形容詞、世界の国名一覧表とその住民名が掲載されている。しかし古い本なので、国名が変わっていることもあり、新しくできた国は載っていない。都市の住民名も出ていない。

 ・倉方秀憲『倉方フランス語講座 II 語形成』トレフル出版、2024.

 第4章「形容詞を作る」に、「国・都市・地域などを表す形容詞を作る接尾辞」という項目があり、多くの例が挙げられている。しかしあくまで語形成の規則を扱っているため、例外的で特殊なgentiléは載っていない。

 こんなとき頼りになるのがインターネットだ。フランス語版 Wikipediaを引くとその都市の住民名が書いてある。たとえばパリ郊外の町の Saint-Germain-en-Layeの住人は un (e) Saint-Germanois(e)というとわかったりする。

 ヨーロッパの国の住民名は教科書などに載っていることが多いので、フランス語を学ぶ人にもなじみが深いだろう。

 

 l’Espagne スペイン → un(e) Espagnol(e) スペイン人

 lAllemagne ドイツ → un(e) Allemand(e) ドイツ人

 l’Angleterre イギリス → un(e) Anglais(e) イギリス人

 la Belgique ベルギー → un(e) Belge ベルギー人

 

 しかしあまりなじみのない国だと住民を表す単語にも意外性がある。

 

 le Yémen イエメン → un(e) Yéménite イエメン人

 le Congo コンゴ → un(e) Congolais(e) コンゴ人

 le Lichtenstein リヒテンシュタイン → un(e) Lichtensteinois(e) リヒテンシュタイン人

 

 イエメン人の語尾の-iteは住民を表すときによく使われる語尾で、京都の住民は un(e) Kyotoïte、東京の住民は un(e) Tokyoïteという。「キョトイット」「トキョイット」と読む。

 都市名で定冠詞の付いている都市名は定冠詞を取ってgentiéを作る。

 

 Le Havre ルアーブル → un(e) Havrais(e)

 La Rochelle ラロシェル → un(e) Rochelais(e)

 

Saint-の付く都市名はSaint-を取るものが多い。

 

 Saint-Tropez サン・トロペ → un(e) Tropézien(ne)

 Saint-Malo サン・マロ → un(e) Malouin(e)

 

 都市名が複合語になっている場合は、その一部だけを使ってgentiléを作ることが多いようだ。

 

 Aix-en-Provence エクス・アン・プロヴァンス → un(e) Aixois(e)

 Salon de Provence サロン・ド・プロヴァンス → un(e) Salonais(e)

 

ただし、Aixois(e)Aix-les-Bainsの住民もさすのでややこしい。

 まったく予想のつかない gentiléもある。その多くは昔のラテン語の綴りから来ていることが多い。

 

 Saint Etienne サン・テティエンヌ → un(e) Stéphanois(e)

 Cahors カオール → un(e) Cadurcien(ne)

 Le Mans ル・マン → un Manceau / une Mancelle

 

 サン・テティエンヌの住民名は、Etienneという人名がラテン語でStephanus「ステェファヌス」だったことに由来する。またカオールの住民名は、昔その地方に住んでいたcadurci「カドゥルキ族」の名に由来するという。ル・マンは自動車の24時間耐久レースが行われることで知られている町である。ちなみに un Manceau / une Mancelleはル・マンのあるメーヌ地方の住民も指す。その地方は古フランス語ではMancelと呼ばれていて、そこから来た住民名のようだ。

 

第417回 川野里子対話集『短歌って何?と訊いてみた』

 今回は久しぶりに歌集ではなく歌書である。歌人の川野里子がさまざまな分野の人と短歌をめぐって対話するという贅沢な企画だ。歌誌『歌壇』に「ことば見聞録」というタイトルで2021年から14回にわたって連載したものに、新たに俳人の高野ムツオとの対話を加えたものだという。東大教授で古代ギリシア哲学研究者の納富信留に始まり、サンキュー・タツオ、伊藤比呂美、三浦しをん、宮下規久朗など多彩な顔ぶれである。「今、なぜ短歌を作るのか」という問に自覚的な川野だけに、それぞれの対話は問題の深い層にまで及んでいて読み応えがある。ありすぎて読了するまでに相当な時間がかかってしまった。以下、やむをえず断片的になるが、印象に残った発言を中心に見てみたい。

 はじめに納富信留との対話から。

川野 しかも定型詩の言葉って私のものと言えない気がするんです。典型的には枕詞とか季語ですが、それ以上に定型詩というものに言葉を差し出すときに、「私」の言葉でありつつ、「私」と読者の中間あたりに言葉を差し出すような気もする。そういう中間地点に言葉を差し出すことが詩を書くことのような気がするんです。

納富 仰ること非常によくわかるんです。(…)大きなクラウドみたいなのがあって、我々はそこからただ借りてきているというと極端かな。喋ってる私の主体性がどれくらいあるのかという問題だと思うんです。 

 対話の流れを見ると、川野は定型詩に限定して話しているが、納富は言葉一般の使用について語っているように聞こえる。「私」と「あなた」の中間に言葉を差し出すというのは、言葉一般の使用についても当てはまるが、定型詩ではさらに重要だと言えるかもしれない。日常会話で「今夜はステーキが食べたい」と言うとき、その欲求は100%話し手である「私」の感じているものである。この文の言葉は「私」について語っている。しかし津村信夫が次のような詩を書くとき、その言葉は何について語っているのだろうか。(引用はママ)

私は憶えている。

尾花の手にさげた婦人が、まるで肖像のように立っていた

家の入口を、あるいは、午後を。       「秋の歌」 

 これは津村の「私」の言葉ではない。生身の津村個人について語っていないからである。しかし津村の言葉ではないとも言えない。津村が自分のペンを使って記したからである。詩の言葉は、子供がうっかり手を放した風船のように、「私」へと係留する紐が切れて一種の虚空間を漂う。そして時おり読者の許を訪れる。そういう言葉である。

 次は俳人の井上弘美との対話から。本書の対話が行われたのは、コロナ禍が日本中に猛威を奮っていた時期である。コロナ禍で集えないという状況が俳句や短歌に影響したかという司会者からの問に答えての発言である。 

井上 俳句はまさに三密から生まれ、三密が育てている文芸なので、当初は本当に参りました。俳人は皆、座の文芸であることを大切にしています。今回、川野さんの歌集を改めて拝読して、一首一首が作者の中で、完結しているんだなと思いました。だけど俳句は、他者によって評価されることで一句として成立するところがあるのです。ここが、五七五に七七がある短歌と、七七の部分が無い俳句の大きな相違点だと思います。 

 俳人ならではの感想である。まず俳句は座の文芸であり、他の人から評価されることで一句として成立するということ。具体的には結社誌に出詠したり、句会で発表したりして他者の評価に晒す。選者が「この句は取りましょう」と決めたり、句会で多くの票が入って句としてひとり立ちする。俳句では他者との協働や共有が重要であり、五七五という短い詩型の俳句は「外部」の支えによって成立するとも言える。井上が短歌には七七があると述べているのは示唆的だ。短歌では、上句の五七五で提示したものを下句の七七で回収する。これが短歌は「完結している」という感想につながる理由である。しかし、井上との対話で川野も触れているように、完結するからこそ短歌はモノローグになりやすいということも憶えておく必要があるだろう

 次は俳人で歌人でもある堀田季何との対話から。 

堀田 ある世代から「私性」が激減してゆきました。赤裸々な「私」を表現するのが恥ずかしい、いやだという感覚があったり、「ぼくたち」「わたしたち」という言葉や感覚が増えたりして、そこから変わってきましたね。パラダイム・シフトが起こっています。

川野 確かにそれを感じます。「私」が「わたしたち」に変わったということでしょうか。以前は短歌にとって厄介だった「私性」というものがむしろ弱まって、群像的になっています。(…)複雑で陰々とした時間経過を表現するのが得意なのが文語表現だと思いますが、口語短歌が主流になるとその「時間」が消えてしまいました。どこを切っても「今」です。 

 「私性」は近現代短歌にとって永遠の課題である。確かに堀田が指摘するように、今の若い作者の短歌には赤裸々な私はあまり見られない。しかし短歌にとって赤裸々な私が果たして良いものかも疑問だ。唯一無二の「私」という近代的な概念は、明治維新によって西欧から輸入され、その後、自然主義の思潮に乗って広まったものだ。私小説では日本独自の展開を見せてもいる。また河野が指摘している「私性」の希薄化と口語短歌における時間の消滅は相関しているだろう。永田和宏が『現代短歌雁』48 (2000)に書いた「時間は無垢か」という評論がしきりに思い出されるのである。

 次は美術史家の宮下規久朗との対話から。日本では背景知識がなくても鑑賞できる印象派の絵画に人気があるが、それ以前の絵を見るには知識がいる。宮下はそのような絵画の見方を教えてくれる人である。宮下はカラヴァッジョの専門家なので、ローマのサン・ルイージ・フランチェージ教会にある「聖マタイの召命」に描かれた人物のどれがマタイかという話がとてもおもしろい。しかしこれは短歌には関係がない。

 話は静物画に及んで、高橋由一の「鮭」について、川野が「あれは短歌的世界ではないのか」と発言すると、それを受けて宮下は次のように述べている。 

宮下 全くそのとおりです。西洋の静物画は、いろいろなものを置いて描く。でも由一の「鮭」は、そのまま台所に吊るしてあるのを描いた。俎板の上の豆腐を描いたり、どれも非常に身近なものです。

川野 「鮭一匹に神を宿らせる」的なタッチですね。

宮下 そうです。そういう切り取られた自然みたいなものって、結構、日本の特色だと思うんです。まさに短詩型文学の世界ですよ。でもその神様は厳しいものではなくて、馴染みやすいものです。西洋の神とは全然違う、もっとやさしい、どこにでもいる、アニミズム的な神、そういうものですね。

 西洋の絵画や室内装飾は空白を恐れるようにさまざまなものを詰め込むが、日本の美術はそうではなく、逆に余分なものを削ぎ落とす。フランス料理もいろいろな味を重ねてゆくが、和食は引き算の料理だ。「鮭一匹に神を宿らせる」精神は短詩型文学に通じるだろう。

 驚いたのは、18世紀までの日本美術には青空がなかったという話だ。青い空に白い雲という対比に日本人が気づくのは、西洋近代に触れてからだという。

 武蔵野美術大学教授でキュレーターの新見りゅうとの対話から。

新見 いい絵画って、絵画とは何かを最も深い形で造形的に問うている。すばらしい彫刻、第一級の彫刻って彫刻とは一体何かというもっとも深い疑問が彫刻の形で表れている。疑問の深度が造形化されているかだけ。たとえば、(絵画で)線引くわけだけど、その線みたいなものがさっと引かれているように見えるけど、さっと引かれてる30センチのなかに何万回も振動しているような線でなければそれは線じゃない。(…)「魂が震えている」線こそが絵画とは何かを問いかける。 

 「絵画とは何か」という疑問を問い掛ける絵画が良い絵画だということは、他の芸術にも当てはまる。しかしそれは、小説の中で「小説とは何か」という問題が論じられるメタ小説のようなことではない。作品制作がその根源的な疑問から出発しているということだ。たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチの絵がそうだろう。死ぬまで手放さず手を加え続けた「モナリザ」がその一例である。またジャコメッティの絵では、人物の顔の立体的な奥行きを捉えようとして何十本もの線を引いた結果、人物像は輪郭が曖昧になり靄のうしろに隠れてしまう。何十本も重ねて引かれたジャコメッティの線は、「絵画とは何か」を問い続けた苦闘の跡だ。

 さて、本書を一読して「短歌とは何か」という疑問に答が出たかというと、もちろんそんなことはない。しかし、異なる分野の人たちとの対話を通して、「短歌とは何か」という疑問を掘り下げたことは確かである。そもそもアートとは、答を求めて放浪する旅であり、答に到達した瞬間に旅は終わってしまう。しかしその認識ですら幻影に過ぎない。そういうものではないだろうか。

「フランス語100講」第16講 直接語順と感情表現

 私が通っていた中学・高校は、フランス革命の直後にリヨンで創設され、その後カナダに本拠を移した修道会が運営していた学校です。そのためカナダ人の神父やブラザー(注1)が多くいました。大学に入ってしばらくして母校を訪ねたとき、校長だったアラール神父様に再会し、J’apprends le français à l’université.「大学でフランス語を勉強しています」と報告すると、神父様は Ça me réjouit.とおっしゃいました。日本語ならば「それはうれしいですね」と言うところですが、フランス語では「それは私を喜ばせる」と言うのです。第14講と第15講でお話した直接語順による表現が日本語と最も大きく異なるのは感覚や感情を述べるときの表現パターンではないかと思います。いくつか見てみましょう。

 

 (1) La géopolitique m’intéresse.

  私は地政学に興味がある(直訳 : 地政学は私の興味を引く)

 (2) Les abats me dégoûtent.

  私は臓物料理が苦手だ。(直訳 : 臓物料理は私に嫌悪感を与える)

 (3) Les loups me font peur.

  私はオオカミが恐い。(直訳 : オオカミは私を恐がらせる)

 (4) Tu es toujours en retard. Ça m’énerve !

  君はいつも遅刻するな。イライラするよ。(直訳 : それは私をイライラさせる。)

 (5) La tête me tourne.

  頭がくらくらする。(直訳 : 頭が私においてくらくらする)

 (6) Je n’aime pas ce pull. Ça me pique au col.

   私はこのセーターが嫌いだ。首のところがチクチクする。

  (直訳 ; それは私の首のところを刺激する)

 

 このような直接語順を用いない表現のやり方もないわけではありません。(1) Je m’intéresse à la géopolitique.「私は地政学に興味がある」のように「私」を主語にして代名動詞 s’intéresserを用いて言うこともできます。また(2) Je n’aime pas les abats.「私は臓物料理が嫌いだ」、(3) J’ai peur des loups. 「私はオオカミが恐い」のように「私」を主語にした別の言い方もあります。しかし (4) (5) (6) はちょっと他の言い方が思いつかないほどフランス語に定着しています。

 日本語でこのような感覚・感情を表現するやり方はフランス語と大きく異なります。好き嫌いのように時間によって変化しない性質や、「心配だ」のようにある程度長く続く感情では「私」を主語にするのがふつうです。

 

 (7) 私は牡蠣が嫌いだ。

 (8) 私は父の健康が心配でならない。

 

 しかし、たった今感じている感覚や感情は、「私」を表に出さずに言います。この場合 (9) のように無主語文になることも珍しくありません。

 

 (9) ああ、暑い!

 (10) 腰が痛い。

 

 一方、フランス語では上の (1) (6) を見ればわかるように、直接語順の表現パターに従って、次の三種類の関係を重ね合わせた言い方を使います。

 

 a.〈主 語〉─〈動詞〉─〈直接目的補語〉

 b.〈動作主〉─〈動作〉─〈被 動 作 主〉

 c.〈原 因〉─〈影響〉─〈影響が及ぶ対象〉

 

 ですから例 (2) Les abats me dégoûtent.のように、あたかも主語のles abats「臓物」が私に対して嫌悪感を抱かせるという表現になるのです。

 フランス語をちょっと離れて英語を見てみましょう。英語を習っているときに、心理や感情を表すのに〈be動詞+過去分詞〉をよく使うことを不思議だと感じませんでしたか。

 

 (11) I’m interested in history.

   私は歴史に興味がある(直訳 : 私は歴史に興味を引かれている)

 (12) I’m deeply concerned about my father’s health.

   私は父の健康状態を憂慮している。

  (直訳 : 私は父の健康状態に心配させられている)

 (14) I was surprised by the test results.

   私は試験の結果に驚いた。(直訳 : 私は試験の結果に驚かされた)

 

 これらの表現で使われている〈be動詞+過去分詞〉は、もともとは受動態ですから「私が〜される」という意味を持っています。ただし受動態由来ではあっても、これらの表現の中の過去分詞は形容詞に近づいていると考えられます。

 英語もフランス語同様に直接語順を好む言語ですので、たとえば (14) The test results surprised me.「試験の結果は私を驚かせた」のように、〈動作主〉─〈動作〉─〈被動作主〉パターンを使って言うこともできます。しかし英語では心理や感情の主体である「私」を主語にして〈be動詞+過去分詞〉を用いる言い方が多く見られるようです。そのほうが心理や感情の主体である「私」について語っているというニュアンスが強くなるからでしょう。

 フランス語でも感情や心理を表す動詞を受動態で使うことはあります。

 

 (15) J’ai été étonné de la franchise de ses paroles.

   私は彼(女)の物言いの率直さに驚いた。

 

 しかし英語ほど多くはありません。それにはいくつか理由が考えられます。

 第一の理由はフランス語が受動態を嫌うということです。(注2)同じことを表現するときに、フランス語は英語より受動態を使うことが少ないことが知られています。受動態を使うと、〈主語─動詞─直接目的補語〉という統語構造に〈被動作主─動作─動作主〉という意味役割が与えられることになるので、直接語順の表現パターンから外れてしまいます。ですからフランス語は英語以上に直接語順を好む言語だということになるでしょう。

 もう一つの理由はフランス語には代名動詞があることです。初級文法のクラスでは代名動詞に次の3つの用法があると習うことが多いでしょう。

 

 (16) Je me lave la figure. [再帰用法]

   私は顔を洗う。

 (17) Ils se téléphonent tous les jours.[相互用法]

   彼らは毎日電話をかけあう。

 (18) Le vin blanc se boit frais.[受動用法]

   白ワインは冷やして飲むものだ。

 

 しかしもう一つ大事な用法があります。それは「自発」、つまりしようと思ってするのではなく、ひとりでに起きることを表す用法です。(注3

 

 (19) Clarisse s’est réveillée tôt le matin.

   クラリスは朝早く目覚めた。

 (20) La porte s’ouvre toute seule.

   ドアは自動的に開く。

 (21) Les fleurs se sont fanées.

   花はしおれてしまった。

 

 (19)se réveillerは再帰用法に分類されることがありますが、目覚めるのはしようと思ってすることではなく自然に起きることですから、自発に分類するのがいいでしょう。(20) (21) のように無生物が主語のときは当然ひとりでに起きることを表します。

 心理や感情を表す表現には代名動詞が多く見られます。その理由は次のように考えられます。たとえば「思い出す」se souvenir de 〜を例に取ると、確かに人の名前を失念してしまい、懸命に思い出そうとすることはあります。しかしそうではなく何かをきっかけとしてふと思い出すということもあるでしょう。そんなときは過去の記憶が自然に甦ったように感じます。À la vue de ce paysage, Clarisse s’est souvenue de son enfance.「その風景を見てクラリスは子供時代のことを思い出した」と言うときは、思い出は向こうからやって来たように感じられます。次に挙げるのはいずれも心理や感情を表す代名動詞の自発用法です。

 

 (22) Il s’est aperçu de son erreur.

   彼は自分のまちがいに気づいた。

 (23) Elle s’est repentie de son passé.

   彼女は自分の過去を後悔した。

 (24) Je m’inquiète de perdre mon emploi.

   私は職を失うことを心配している。

 (25) Il se fâche pour un rien.

   彼はちょっとしたことで怒り出す。

 

 étonner「驚かす」という動詞にもs’étonner「驚く」という代名動詞の用法があります。ですからフランス語には次の3通りの言い方があることになります。

 

 (26) a. La séparation de Jean et de Nicole m’a étonné.

   (直訳)ジャンとニコルが別れたことは私を驚かせた。

    b. J’ai été étonné de la séparation de Jean et de Nicole.

   (直訳)私はジャンとニコルが別れたことに驚かされた。

   c. Je me suis étonné de la séparation de Jean et de Nicole.

    私はジャンとニコルが別れたことに驚いた。

 

 (26 a) étonnerを他動詞として用いた直接語順の表現です。(26 b)は同じ動詞を受動態で用いたもので、(26 c) は代名動詞s’étonnerを使っています。英語には (26 a) のような他動詞の言い方と、(26 b) のような受動態の言い方しかありません。ところがフランス語には (26 c) のような代名動詞を用いた表現方法があります。このためにフランス語は英語ほど受動態由来の言い方を使わないのだと考えられます。

 このようにフランス語では心理や感情を述べるときに代名動詞が活躍するのですが、この問題についてはまた回を改めてお話することにしましょう。

 

(注1)ブラザー (brother、仏 frère)とは、布教やミサ聖祭には携わらず、修道院の日常業務を担当する修道士のこと。辞書では「平修道士」と訳されていることがあるが、入会時に神父になるかブラザーになるかは本人が選ぶので、神父とブラザーに上下関係はない。

(注2)フランス語が受動態を嫌うことは第50講で詳しく検討する。

(注3)自発用法は emploi neutre「中立的用法」と呼ばれることもある。

 

第416回 佐藤弓生、町田尚子『花やゆうれい』

花の死と花でない死と分けながら いいえ、誰もがいずれゆうれい

佐藤弓生、町田尚子『花やゆうれい』

  とても楽しい本が出た。佐藤弓生が短歌を詠み、画家の町田尚子が絵を描いた歌画集『花やゆうれい』である。版元は絵本出版で知られたほるぷ出版。巻末の初出一覧によると、佐藤の短歌は書き下ろし(詠み下ろし?)ではなく、「かばん」や「うた新聞」などに発表されたものである。町田の絵は過去に描いたものと本作のために書いたものがあるようだ。帯に「猫の絵、多め!」とあるようにほとんど猫の絵である。町田には『隙あらば猫』という画集があるので、無類の猫好きと見える。キャンバスのざらついた質感とメルヘン風の絵が懐かしさを醸し出す。題名の「花やゆうれい」は冒頭に置かれた「名もなき、だなんて言っても誰も名を知らないだけの花やゆうれい」から採られている。

 もともと佐藤の短歌は境涯を詠む「人生派」ではなく、言葉によって現実とは異なる世界を作り出すポエジー派であり、ファンタジー的要素も持っているので、町田の描くメルヘン的な絵と絶妙に響き合う。たとえば上に引いた「名もなき」の歌は右ページに一首だけ置かれていて、左ページには空に薄い月がかかる草原にポツンとコンクリートの階段があり、その上に青い服を着て手に花を持った猫が描かれている。階段には花を挿した空き瓶がいくつも置かれている。階段の上の平たい場所にはブールに入るときに使うような金属の梯子があり、先は地面に刺さっている。描かれているのはこの世のどこにもない、想像力が生み出した場所である。空き瓶に刺してある花は「名もなき花」なのだろう。誰だったか植物学者が「雑草という名の草はない」と言ったが、名もなき花というのもないのだ。それは人間の博物学的情熱の賜物である。

 また別のページには、「射す光あれば差す影ふかくなる夏のうつわの玻璃はりのめぐりに」というため息の出るような美しい歌があり、添えられた絵には夏の庭の緑陰でゆったりと紅茶を飲む猫が描かれている。空はあくまで青く、庭にはラベンダーが咲き乱れている。紅茶のカップはたぶんガラス製だろう。歌を読んで絵を見て再び歌を読むと、言葉の宇宙と絵の宇宙との交感が深く感じられる。

 もうひとつ紹介しよう。歌は「送る日も天気はえらべないけれどレオンハルトさんここは雪です」。絵にはガス灯がともる薄暮の街路に雪が降っている。コートを着て、昔風の革のトランクを持った猫が、舗道に置かれた家の模型をじっと見つめているという寂寥感の漂う絵である。歌の「送る日」はおそらく永訣の日のことだろう。確かに人は死ぬ日を選べない。でも「レオンハルトさん」とはいったい誰だろう。

 いくつか歌を引いてみよう。 

これも読む宝石 聞いたことのない花の名のならぶ校正刷りも

花綱はなづなとなってあなたを飾ろうよ使い果たしたからだを編んで

どれほどの紙の匂いにみたされて集密書架のこれは音楽

ほかほかと生まれることはこわいけど枝豆ごはんのはだかのみどり

よく光る外階段に落ちているカナブン秋のボタンとなりて

 一首目、印刷所から届いた校正刷りにはずらりと花の名前が並んでいる。その名から発する煌めきはまるで読む宝石だという。二首目、花綱はフランス語でギルランド (guirlande)という。ルネサンス期のフィレンツェの画家にドメニコ・ギルランダイオという人がいるが、ギルランダイオはイタリア語で花綱のこと。この歌のポイントは「使い果たしたからだ」である。花にも動物にも命の限りがある。命は天からの預かり物で、いつかは返さなくてはならない。花綱となっている花は命を使い果たした花なのだ。三首目、図書館にはスペースの節約のために集密書架が置かれていることが多い。そこに収められた大量の本から紙の匂いが立ち上る。それを音楽のようだという。四首目、ほかほかに炊きあがった枝豆ご飯の緑の豆を、今生まれたばかりのはだかの命と捉えている。これもまた命のひとつの姿である。五首目、夏の終わりに死んで地面に落ちている蟬を詠んだ短歌は多い。この歌は蟬ではなくカナブンである。それを秋のボタンと形容したところにポエジーがある。

 ここまで収録された歌を見て来ると、『花やゆうれい』という題名にこめられた意味に思いが至る。「花」とは命が目に見える形で存在するもので、「ゆうれい」は命が尽きて目に見えない形に変じたものだ。この歌画集に集められた短歌は、直接的にあるいは間接的に、命がさまざまに姿を変えてやがて彼方に去ってゆく様子を詠んでいるのだ。それが猫に託されていることにもおそらく意味がある。 

どこにでも入ってゆける猫だから爪あとほどの夜の隙間へ

耳欠けてこのあとどこへゆくのでしょうむかしの切符みたいな猫は

  一首目で詠われているように、猫は小さな隙間でも通り抜ける。夜の隙間を通って導かれるのは、昼の現実とは異なる夜の世界である。二首目の猫は喧嘩をして耳が欠けたのか、それとも不妊手術を施されたのか。昔の鉄道切符は硬券で、改札口で駅員が鋏を入れた。それが猫の欠けた耳に似ていることからの連想だ。 

どんな死をくぐってきたの 海岸で買った貝殻とても乾いて

まるでまあ死んでるみたい はつなつのひつぎのなかにおとなのひとは

この子はきっと地球最後のテディベア藍いろの目を縫いつけられて

しらほねのにおいがします春の午後あるじのいない明るい部屋は

夕あかり汚れるままに 水をむ この世からしか汲めない水を 

 どことなく終末観の漂う歌ではないだろうか。終末観と相性が良いのは宗教とSFである。幻想小説やSFに詳しい佐藤はそこから終末観に馴染んだのだろう。佐藤の歌集『世界が海におおわれるまで』にはすでに「風鈴を鳴らしつづける風鈴屋世界が海におおわれるまで」という世界の終わりを思わせる歌がある。上の五首目と組み合わされた絵には、花咲く草原に赤さびたドラム缶と古いポンプがあり、ドラム缶の上にはピンクのドレスを着た猫が描かれている。見たことがない風景なのに懐かしさを感じるのが不思議だ。

 少し暖かくなって辛夷の花が咲き始めた頃に、植物園の人気のない沈床花壇のベンチに座って開きたくなるような素敵な本である。

 

「フランス語100講」第15講 無生物主語構文 (2)

 なぜフランス語の無生物主語構文をそのまま日本語にすると不自然に感じられるのでしょうか。夏目漱石は無生物主語構文を嫌っていたようで、次のような言葉を残しています。

「元来余は所謂抽象的事物の擬人法に接する度毎に、其多くの場合が態とらしく気取りたるに頗る不快を感じ、延いては此語法を総じて厭ふべきものと断定するに至れり。これ恰も多年の修養を都会に積みし田舎漢を再び昔の山出しに引き直して、しばらく十年前の気分に帰れと強ふるが如し、不自然もまた甚だしと云ふべし。」

                     (夏目漱石『文学論』1906) 

 漱石は英文学者でイギリスにも留学しており、英語には通じていたはずなのにすごい反発ぶりですね。よほど嫌いだったのでしょう。

 日本語で無生物主語構文が不自然なのにはいくつか理由があります。そのひとつは、フランス語の動詞は人にも物にも使われることが多いということです。

 

 (1) a. Jean marche sous la pluie.

    ジャンは雨の中を歩いている。

   b. Cette machine à laver marche bien.

    この洗濯機は快調に動いている。

 (2) a. Hélène a écrit une lettre de recommendation.

    エレーヌは推薦状を書いた。

   b. Ce stylo à bille écrit rouge.

    このボールペンのインクの色は赤だ。

 

 ですからたとえばfavoriserという動詞を、(3 a)のように人を主語にして使っても、(3 b)のように抽象名詞を主語にして使っても不自然にはなりません。

 

 (3) a. Le président favorise les grandes entreprises.

    大統領は大企業を優遇している。

   b. L’obscurité a favorisé notre opération.

    暗闇が我々の作戦に有利に働いた。

 ところが日本語の運動動詞は主語に人をとるか物をとるかが決まっているものが多いのです。次の例のbalayerという動詞は、人が「掃除する、掃く」とも、物が「吹き飛ばす」とも使えます。しかし日本語で「掃く」は主語に人しかとることができないので、 (5 b) はとても不自然になってしまいます。

 

 (4) a. Claris a balayé le living. クラリスは居間を掃いた。

   b. Le vent a balayé les nuages. 風が雲を吹き払った。

 (5) a. 太郎は居間を掃いた。

   b. ??風が雲を掃いた。

 

 しかしこれだけが理由ではありません。フランス語で無生物主語構文がよく使われる最大の理由は、第7講と第13講でも触れた「直接語順」(ordre direct)にあります。ちょっとおさらいすると、直接語順とは、〈主語+他動詞+直接目的補語〉という統語構造の裏側に〈動作主+動作+被動作主〉という意味構造が張り付いていることをさしています。次の例を見てください。

 

 (6) Le gouvernement a augmenté l’allocation familiale.

   〈動作主〉 ─ 〈動作〉 ─〈被動作主〉

   政府は家族手当を増額した。

 

 (6)では主語のle gouvernementが動作主、つまり「何かをする側」で、動詞のa augmentéが動作を表していて、直接目的補語のl’allocation familialeが被動作主、つまり「何かをされる側」になっています。これが典型的な直接語順です。

 政府は政策を実行するので、何かをする側として振る舞うのは自然です。しかしフランス語の特性は、このパターンを本来何かをする側ではないものにまで拡張して適用するところにあります。同じaugmenterという動詞を次のように使うことができます。

 

 (7) L’attitude de Jean a augmenté la colère de son père.

     〈動作主〉 ─ 〈動作〉 ─〈被動作主〉

   ジャンの態度は父親の怒りに油をそそいだ。

 

 (7)ではl’attitude de Jean「ジャンの態度」という抽象名詞があたかも「何かをする側」であるかのように動作主として振る舞っています。l’attitude de Jeanがほんとうに何かをしているわけではなく、父親の怒りが激しくなったことの原因です。〈動作主〉 ─〈動作〉─〈被動作主〉という行為連鎖を、〈原因〉─〈影響〉─〈影響が及ぶ対象〉という因果関係にまで拡張するのが無生物主語構文の本質と言えるでしょう。

 しかし、日本語では不自然になる無生物主語構文がフランス語では自然なのはなぜなのでしょうか。アメリカ構造主義言語学の泰斗ブルームフィールド (Leonard Bloomfield 18871949) は主著『言語』Language (1933)の中で、すべての言語には常用文形式 (favorite sentence-type) というものがあり、英語のそれは actor— actionであると述べました。(注1)続けて、現在の印欧諸語の相当数のものは、同じ常用文形式を用いる点で英語と軌を一にすると書いています。actor — actionとは「誰かが何かをする」という表現のパターンで、actorは主語、actionは動詞がそれを表します。つまりブルームフィールドは、英語を初めとするヨーロッパの言語では「誰かが何かをする」という表現パターンが基本だと考えているのです。

 しかし日本語はそうではありません。この点に関する研究では、元東京大学教授の池上嘉彦氏の『「する」と「なる」の言語学』(注2)がおそらく最初でしょう。これに続いて、荒木博之『やまとことばの人類学』(注3)、安藤貞雄『英語の論理・日本語の論理』(注4)などでも同じ考えが展開されています。その骨子は、英語はものごとを「誰かが何かをする」と捉えて表現することを好む「する言語」なのにたいして、日本語は誰かがするのではなく、ひとりでにそうなるという捉え方を好む「なる言語」だというものです。次の例を見てみましょう。

 

 (8) a. Voici venir le printemps.

    b. 春になった。

 (9) a. J’ai perdu un bouton.

    b. ボタンが取れた。

 (10) a. J’ai entendu un cris.

   b. 叫び声が聞こえた。 

 (11) a. Je vois un voilier au loin.

      b. 遠くヨットが見える。

 (12) a. Il fait beau.

   b. 天気がよい。

 

 (8 a)では春がこちらに移動して来ると捉えていますが、日本語では「なる」を使っています。(9 a)ではjeが主語になり、ボタンがとれることが「私」の行為として表現されていますが、(9 b)には「私」はどこにも表されていません。このちがいは (10) (11) のような知覚動詞にはっきり現れます。(10 a)では「私が聞いた」と表現されていますが、(10 b)では「聞こえる」という可能動詞を使っていて、主体は「叫び声」であり、聞いた「私」は表に出ません。(11)についても同じことが言えます。(12)のような天候表現でもずいぶん大きな違いが出ます。フランス語では非人称主語ilを立てて、動作動詞であるfaireを用いていることからもわかるように、フランス語も英語と同様に「する言語」なのです。このために天気のような自然現象についても、「誰かが何かをする」という表現パターンを当てはめて使います。この表現パターンを支えているのが、〈主語+他動詞+直接目的補語〉という統語構造の裏側に〈動作主+動作+被動作主〉という意味構造が張り付いている直接語順であることはおわかりでしょう。

 しかし、どうやらフランス語は昔からこのような言語ではなかったようです。そのことは英語の歴史で研究が進んでいます。たとえばthink「考える」やdream「夢を見る」やlike「好きである」といった動詞は、古英語の時代は非人称動詞でした。「私」は与格に置かれて Me thinkθ that…「〜のように私には思われる」のように使いました。今なら主語にItを起きますが、この時代にはまだ使われていません。likeも現代のように I like…「私は〜が好きだ」ではなく、Me lykeθ…「私に〜が好まれる」と表現していました。古英語の時代には現代でも非人称である天候表現の他に、思考・認識や好き嫌いを表す動詞は非人称だったのです。今よりも少し「なる言語」に近かったということです。スペイン語やイタリア語では非人称ではなく倒置構文になりますが「私」が与格に置かれるところがよく似ています。

 (13) スペイン語

  Me gustan las naranjas. 私はオレンジが好きだ。

  私に好まれる定冠詞(pl.)-オレンジ

 (14) イタリア語

  Mi piace la musica. 私は音楽が好きだ。

   私に好まれる定冠詞音楽

 

 古英語の時代には40ほどの非人称動詞があったと言われていますが、これらの動詞は人称化していきました。人称化というのは、Me thinkθ 「私に思われる」の与格のMeが主語と再解釈されてI think「私は考える」へと変化したのです。これには名詞の格変化の消滅にともなうSVO語順の増加が関わっていました。この変化は英語史の中でも最も大きな統語的変化として知られています。

 フランス語でも古フランス語の時代には非人称動詞がもっと使われていたようです。(注5remembrer「思い出す」のように今では消えてしまった動詞もあり、またse souvenirは昔は非人称動詞でした。その名残りはアポリネールの「ミラボー橋」(Le pont Mirabeau)という詩に見られます。

 

 Faut-il qu’il m’en souvienne ?  思い出す必要があるだろうか

   La joie venait toujours après la peine 辛いことの後にはいつも喜びが待っていた

 

 フランス語もSVO語順の確立によって、直接語順が強まるにつれて非人称動詞が使われることは少なくなりました。つまり直接語順の定着によって、フランス語は「する」言語の性格を強めたということになるでしょう。このことはフランス語と日本語を較べたときに表現パターンのちがいとなって現れます。一つ例を挙げると、フランス語は所有表現を好みますが、日本語は存在表現を好むということです。

 

 (15) a. J’ai deux enfants.

      b. 私には二人子供がいます。

 (16) a. Cette pièce a deux portes.

   b. この部屋にはドアが二つある。

 

 市場で買い物をするときに日本語では「アスパラガスありますか」と聞きますが、フランス語では Vous avez des asperges ?と言うのが普通ですね。所有表現は「する」言語の表現パターンで、存在表現は「なる」言語が好む言い方です。

 

(注1)もう一つの常用文形式は Come !「来い」のような不定詞を用いた命令文だとされている。

(注1)大修館書店、1981

(注3)朝日選書、1985

(注4)大修館書店、1986

(注5Ménard, Ph., Syntaxe de l’ancien français, SOBODI, 1973

第415回  松本実穂『ソムリエナイフ』

出逢ひたる日よりはじまる引き算の時間の淵に人とただよふ

 松本実穂『ソムリエナイフ』

 作者の松本は2012年に佐佐木幸綱がリヨンを訪れたのをきっかけに作歌を始め、「心の花」に入会する。パリ短歌会などで活動し、2020年に第一歌集『黒い光 二○一五年パリ同時多発テロ事件・その後』を上梓。この歌集の評で私は、「作者は日本に帰国したようだ。その後、どのような歌を作るのか楽しみだ」と書いた。日本に帰国後の歌を中心に編まれたのが第二歌集『ソムリエナイフ』(2025年)である。作者は公認のソムリエ資格を取得していて、歌集題名はそこから採られている。ソムリエナイフは、ソムリエ (sommelier) がワインのコルク栓を開けるのに使う器具で,胸に留める葡萄模様のバッジとともにソムリエの象徴と言える。ちなみにフランスではソムリエナイフを単にコルク栓抜き(tire-bouchon)と呼ぶのがふつうだ。

 第I部には長年にわたるフランス生活を切り上げて日本に帰国した時の違和感が詠われている。

フランスとは逆回しなる鍵穴のいまだ間違ふわが左手は

どの駅も錯覚のために停車する薄目あければモンパルナスの

夜に灯る自販機中段まんなかにひとつ傾くチオビタ・ドリンク

ふらんすと口に乗せれば零れゆく電線のない空が見たいよ

ウィルソン橋、ベルクール広場、ローヌ河畔人のをらぬをネットに見つむ

 私は気づかなかったが、鍵を回す向きが日本とフランスとでは逆だという。のこぎりも日本では手前に引くときに切れるが、フランスでは押して切るというように、細かい点でちがいがある。それを身体が記憶しているので、帰国した時にとまどうのだ。三首目に自販機の歌があるが、フランスにはほとんど自販機がない。ずらっと自販機が並んでいるのは日本独特の風景だ。しかも中央に置かれているのが栄養ドリンクというのがお国柄を表している。五首目のウィルソン橋はリヨンを流れるローヌ河に架かる橋、ベルクール広場は市の中心部にある広場。作者はリヨンの風景を懐かしんでストリートビューを見ているのだろう。

 本歌集を読んで気付くのは、あちこちに死の臭いが漂うことである。

うつすらと駅舎の窓の遺りたり羽を広げて死んだかたちは

生きる者と生きゐし者のゆきちがふ石橋ならん黒猫の過ぐ

夏目坂上りきたれば降る雨に墓石鈍く照りそむる夜

まだ持たぬエンディングノートに書く言葉ひとつ思ひて雨を戻りぬ

死してなほ負はさるるのか駆け出だす凄き姿に馬は留まる

 一首目はおそらく蛾の屍骸の影が窓ガラスに残っているのだろう。京都の一条戻り橋の伝承にあるように、橋はしばしば此岸と彼岸を結ぶ場所である。二首目の黒猫はさしずめ彼岸への案内者か。三首目の夏目坂は東京の牛込あたりにある坂で、作者は掃苔に墓所を訪れているのだろう。五首目は博物館を訪れて馬の剥製を見ての歌。

 もっとはっきりと死が描かれているのが「首」と題された連作である。

すでに首を切り落とされたるカナールを説明どほりナイフに捌く

取り出だす肝臓フォアグラの重さこもごもに計りて人は嬉々としている

昨日まで翔けまはりゐし裏庭に首はあつたか羽根ひろげたか

美味しいね、鴨美味しいねと卓上ににんげんたちは首を並べる

ゆふぐれが夕闇となり闇となる帰路に車を降りて吐きたり

 鴨牧場を訪れてフォアグラを取り出す作業に参加した折の歌である。フォアグラは鴨に強制的に餌を食べさせて作る脂肪肝で、世界の三大珍味のひとつとされている。しかし料理をおいしく食べるには、その素材の処理工程は見ないほうがよい。牛・豚・家禽類の肉とその加工食品を常食とするのは、牧畜を生業とする欧州の人たちだ。日本人は肉食の歴史が浅く、血のソーセージなどは苦手な人が多いだろう。これらの歌に描かれた光景は実に生々しい。作者は命をいただく食卓に列なりながらも冷静にその場を見つめている。

 興味深いのはソムリエの仕事を詠んだ歌である。

「商材」と言葉にすれば遠ざかる葡萄畑をわたりゆく風

親指を支点に押さへひといきにソムリエナイフは弧を描き切る

饒舌家、内気、妖艶、やんちやつこ 香りのなかに見抜かんとして

色を見る香りをさぐる口にふふむゆきわたらせて舌に確かむ

「罪深い」はほめ言葉なり熟成のバルバレスコの深きルビー色

 三首目はワインの性格を見きわめる歌だが、フランス人のソムリエは、「焦がしたヘーゼルナッツと湿った苔の香り」のようにワインの味と香りを言葉で表現する。饒舌家とは惜しみなく味と香りを振りまくワインで、内気とは時間をかけて味わわないと真価を味わえないワインだろう。五首目のバルバレスコはイタリア北部のピエモンテ州で産するワインで、バローロと並んでイタリアを代表するワイン。これらの歌は職業詠なのだが、ソムリエの仕事が歌に詠まれるのはとても珍しい。

 ふたつの国、ふたつの文化にまたがる暮らしをしてきた作者の人生への思いの深まりを感じさせる歌に目が停まる。

どれほどの水位だらうかにんげんの記憶をひとが残しうるのは

まがなしくひとはひとりで立つものを石に咲きつぐ菊の切り花

水菜みづなふたり過ごした時間から取りこぼされて残るひと茎

立ちどまる人につられて立ちどまる生き合はせたるこの狭き道

水底に砂をすくひにもぐりゆくやうな時間をすぐしてきたり

 四首目の「生き合はせたる」は「行き合わせたる」ではないことに注意しよう。「行き合わせる」は偶然に誰かと出逢うことだが、「生き合わせる」は造語で「たまさか誰かと共に生きることになる」という意味だろう。直接に人生を詠むのではなく、喩と修辞を駆使して間接的に詠んだ境涯とそれへの思いの歌である。長い年月を経て熟成したワインのように、読むほどに味わいが深まる歌である。

 

 

 

「フランス語100講」第14講 無生物主語構文 (1)

 中学校で世界史を学んでいたとき、「都市の空気は自由にする」というドイツの諺を知りました。封建制のもとで自由がなかった農奴でも、都市に逃げ込んで一定の期間が過ぎると市民権を与えられたという制度を言い表したものです。しかし、子供心にもこの言い回しは不自然な日本語だと感じたものです。なぜそう感じたのでしょうか。

 この諺はドイツ語のStadtluft macht freiを訳したもので、分解すると「都市の空気」+「する」+「自由」で、英語にするとUrban air makes free.となります。不自然に感じた理由は、「する」という運動動詞の主語が「都市の空気」という無生物だったからなのです。これが今回の講義のテーマである無生物主語構文です。この構文はフランス語が直接語順 (ordre direct) を異常なまでに好む言語であることから生まれたものだと考えられます。

 フランス語の文法書で無生物主語構文が取り上げられることはありません。代表的な文法書である朝倉季雄『新フランス文法事典』(白水社 2002年)にも、目黒士門『現代フランス広文典』(白水社 2015年)にも無生物主語構文は立項されていません。わずかに町田健『フランス語文法総解説』(研究社 2015年)が1ページを割いてこの構文を取り上げ、次のような例文を載せています。

 

 (1) La pauvreté de sa famille a obligé François à quitter l’école.

     家が貧しかったので、フランソワは学校を辞めなければならなかった。

   (直訳 : 家庭の貧しさがフランソワに学校を辞めることを強いた)

 

 (2) La nécessité crée l’invention.

  必要から発明は生まれる(直訳 : 必要が発明を生み出す)

 

 なぜ文法書が無生物主語構文を取り上げないのかは明らかです。このような文は〈主語+動詞+直接目的補語(+間接目的補語)〉という規範どおりの文で、文法の上で特別な解説が必要な点はどこにもありません。フランス語を使う人にとっては不自然なところはないのです。これを不自然だと感じるのは私たちが日本語を話しているからに他なりません。つまりフランス語と日本語とを比較対照するという見方がなくては特に問題とはならない現象なのです。

 名著『翻訳仏文法』(注1)の著者の鷲見洋一氏は第1章「フランス語の特性」で無生物主語構文に触れて、それを「フランス語は抽象性の強い言語である」という項目の一部として解説しています。La curiosité l’avait amené dans cette ville.「かれはもの珍しくてこの町に立ち寄った」(直訳 : 好奇心が彼をこの町に連れて来た)という例文を挙げて、この文にはある人物が好奇心から町に来たという意味内容以上のものが含まれていると述べています。それは何かと言うと、

「話し言葉における人間中心の写実表現を一度バラバラに解体し、人(かれ)ともの(好奇心)を同一平面上に位置づけなおしてから、今度は因果関係を軸にして叙述の方法を決めるという抽象表現がそれである。」(同書、p. 48)

と書かれています。鷲見氏は無生物主語構文をフランス語の抽象性を表す特徴として捉えています。フランス語の書き言葉が抽象性の強い言語であるということは確かにそうなのですが、それはいったん脇に置いておいて、意志を持たず動く能力もない無生物が運動動詞の主語になっているという点に注目しましょう。(注2)

 明治時代になり外国人が日本文化を研究するようになると、日本語では無生物主語構文が使われないことに着目した人もいました。1873年に来日し東京帝國大学で教鞭を執ったイギリス人のチェンバレン(Basil Hall Chamberlain 1850〜1935)は次のように書いています。

「(日本語の)もうひとつの欠点は、擬人法を避けるという習慣である。この特徴は大変深く根ざした一般的なもので、中性名詞(=抽象名詞)を他動詞と結びつけて用いるということすら妨げられてしまう。例えば、日本語では『熱気が私をだるく感じさせる』The heat makes me feel languid.『絶望が彼を自殺へ追いやった』Despair drove him to commit suicide. などといった表現は許されない。『暑いので私は身体がだるい』とか、『希望を失って彼は命を絶った』などと言わなくてはならないのである。言うまでもなく、日本語のこのような欠陥のために、詩は散文以上に損失を被っている。」  (Things Japanese1890、高梨健吉訳『日本事物誌』東洋文庫)

 

 チェンバレンが上の文章で抽象名詞を主語にした擬人法と呼んでいるのが無生物主語構文に他なりません。チェンバレンは無生物主語構文がないことを日本語の欠陥と見なしています。

 一つ注意しておかなくてはならないのは、無生物主語構文が書き言葉に属するということです。フランス語は話し言葉と書き言葉の落差が大きい言語です。抽象名詞を主語にした無生物主語構文は日常の話し言葉ではあまり使われず、もっぱら書き言葉で使われるものです。このことをよく示しているのが鷲見洋一氏の著書でも紹介されている Eloi LegrandのStylistique française『フランス語文体論』(注3)というフランスの学校でよく使われていた教科書です。この本は左側に話し言葉の文を、右側にそれを書き言葉に直した文を配した形式で書かれています。その中の長い複文をコンパクトな単文に書き換える練習に無生物主語構文が登場します。いくつか例を挙げてみましょう。それぞれのペアのa.が日常会話や緩い書き言葉の表現で、b.がお奨めの無生物主語構文です。

 

 (3) a. Parce que vous manquez de suite dans votre conduite, vous ne réussirez pas.

    あなたの行動には一貫性が欠けているので、将来の成功はおぼつかない。                          

           b. L’inconséquence de votre conduite vous empêchera de réussir.

    直訳 : あなたの行動の一貫性の欠如が成功を妨げるでしょう。

 (4) a. Lorsque nous sommes sans inquiétude, nous cessons d’être d’accord.

    人は不安にかられていないときには意見がばらばらになるものだ。

       b. La sécurité nous divise.

    直訳 : 安心安全は私たちを分断する。

 (5) a. Bien que nos opinions soient différentes, nous restons bons amis.

    私たちは考えはちがうがずっと仲のよい友人だ。

          b. Nos divergences d’opinions n’altèrent en rien notre amitié.

    直訳 : 私たちの意見の相違はいささかも友情を損なうことがない。

 

 この本を見るとフランスでは無生物主語構文は文法ではなく文体の問題とされていることがわかります。引き締まった高級な文章を書くために心がけるべき訓練というわけです。しかしフランス語を学ぶ私たちにとっては、無生物主語構文はたんなる文体の問題ではありません。それは私たちが話している日本語がフランス語とは大きく異なる文法を持っているからです。フランス語話者には文体の問題であっても、日本語を使っている私たちにとってはフランス語の文法的な特徴として理解すべきことなのです。「フランス語らしさ」の一つの要素となっていると考えてもよいでしょう。

 それではどのようにすれば無生物主語構文を使いこなせるようになるでしょうか。ここでもルグランの『フランス語文体論』が役に立ちます。(3)〜(5)に挙げた例のような複文から単文を作る手順は次のように説明されています。

 i) 従属節の動詞や属詞を抽象名詞に変える。

 ii) 従属接続詞を削除する。

 iii) 抽象名詞を新しい文の主語に置く。

 iv) 主節の動詞を意味が適切なものに置き換える。

ちょっとやってみましょう。元になるのは次の複文だとします。

 

 (6) Comme le temps était orageux, nous n’avons pas pu partir.

          天気が荒れ模様だったので、私たちは出発できなかった。

 

 手順のi) で属詞のorageux「荒れ模様」を名詞の orage「嵐」に変えます。ii) に進んで接続詞のcommeを消します。iii) で L’orage…を主語にします。ちょっと難しいのはiv)です。「嵐のせいで出発できなかった」では「嵐」は出発できなかった原因です。直接語順に基づく無生物主語構文では、〈主語+動詞〉という統語構造に〈動作主+動作〉という意味が張り付いています。ですから「嵐」が何かをしたように表現しなくてはなりません。「嵐のせいで私たちが出発できなかった」ということは、「嵐が私たちの出発を妨げた」と言い換えることができます。使う動詞は empêcher「妨げる」ですね。すると (6) は次のような無生物主語構文に書き直すことができます。

 

 (7) L’orage a empêché notre départ.

   直訳 : 嵐が私たちの出発を妨げた。

 

 もう一つのやり方を見てみましょう。

 

 (8) a. On arrive en Italie par ce col.

   この峠を越えればイタリアに行ける。

  b. Ce col donne accès en Italie.

          直訳 : この峠はイタリアに通じている。

 (9) a. Par suite de ma vieillesse, je dois enfin me retirer des affaires.

    歳を取ったせいで私は商売を辞めざるを得ない。

  b. La vieillesse m’arrache des affaires.

    直訳 : 老化が私を商売から引き離す。

 

 (8 a)では場所の状況補語のpar ce colのce colが (8 b) では主語になっていて、まるで場所が何かをしているように表現されています。また (9 a)では理由を表す par suite de ma vieillesseという状況補語の中から vieillesseという抽象名詞が取り出されて (9 b)の主語に取り立てられています。(9 b) のように、無生物主語構文の主語に置かれた抽象名詞は、原因・理由という意味を帯びやすいのです。このために動詞には entraîtner「引き起こす」、empêcher「妨げる」、permettre「可能にする」のような状態変化動詞がよく使われます。

 最後に無生物主語構文の極北といえる文を挙げておきましょう。

 

 (10) Noblesse oblige.

             貴族の身分には義務が伴う

   (直訳 : 貴族の身分は強制する)

 

 

 主語のnoblesseに冠詞が付いていないのは昔のフランス語の名残で、ことわざにはよくあることです。obligerという動詞は、ふつう Son père a obligé Jean à étudier les droits. 「父親はジャンに法学を学ぶよう強いた」のように、直接目的補語と〈à+不定形〉が続くのですが、(10) ではそれがなく、いわゆる他動詞の絶対用法になっていることも特徴的です。そういえば最初に挙げた「都市の空気は自由にする」も目的補語がない絶対用法で、日本語にしたときの不自然さの原因の一つとなっています。

                             (この稿次回に続く)

 

(注1)もともと『翻訳の世界』という雑誌に連載されたもので、日本翻訳家養成センターから1985年に上下2冊で刊行。後にちくま学芸文庫として2003年に再刊された。

(注2)鷲見氏より前に『翻訳の世界』に連載を持っていた安西徹雄氏の『翻訳英文法』(日本翻訳家養成センター、1982年)も第III章で無生物主語構文を大きく取り上げている。この本は『英文翻訳術』とタイトルを変えてちくま学芸文庫から再刊されている。安西は江川泰一郎『英文法解説』(金子書房 1953)ですでに無生物主語構文の指摘があるとしている。私は改訂三版 (1991)を取り寄せて見てみたが、確かに「日本語と異なる名詞の用法」という章で無生物主語構文が取り上げられている。

(注3)J. de Gigord社刊、1924年初版。ただし購入するときは Livre du maître(教師用)を買うのがお奨め。

第414回 黒木三千代『貴妃の脂』

貝殻骨あらはに夏のひかり浴びホルンを運びゆく海辺まで

黒木三千代『貴妃の脂』

 貝殻骨とは肩甲骨の異称。肩甲骨が露出しているのだから、タンクトップのような真夏の服を着ているのだろう。ホルンという選択がまたいい。きらきらと陽光を反射する金管楽器である。海辺にホルンを運ぶのが何のためかは明かされていない。しかし、肩甲骨、真夏の陽光、ホルンと海岸という言葉の組み合わせによって、一首はきらめく光に包まれる。下句が大胆な句跨がりになっているところに前衛短歌の影響が垣間見られる、

 ついに『貴妃の脂』を読むことができた。ずいぶん前のことになるが、「『貴妃の脂』を読みたいのだが、どこかで見つからないだろうか」と黒瀬珂瀾君にたずねたら、「あの歌集はほぼ幻です」という答が返ってきた。「幻」とは、誰もがその存在は知っているのだが、現物を見た人がほとんどいないという意味である。現代短歌文庫の『黒木三千代集』が刊行され、やっとこの幻を読むことができた。望外の幸せである。『黒木三千代集』には、『貴妃の脂』、『クウェート』、『草の譜』の全篇が収録されている。黒木の歌集はこの三冊ですべてである。

 いまさら紹介することもなかろうが、黒木は1942年(昭和17年)生まれだから、誕生は太平洋戦争のただ中である。作歌を始めたのは夫の転勤により金沢に居を移した40代からだというからずいぶん遅い。新聞投稿などで歌を発表していたら、縁あって未来短歌会に入会。岡井隆を師とする。1987年に「貴妃の脂」で第30回短歌研究新人賞を受賞。第一歌集『貴妃の脂』を1989年に刊行する。第二歌集『クウェート』(1994年)によりながらみ現代短歌賞、第三歌集『草の譜』(2024年)により読売文学賞、日本歌人クラブ賞、小野市詩歌文学賞を受賞。『貴妃の脂』というユニークな歌集題名は、「叛心のなきならねどもバスタブに貴妃の脂の浮くべくもなく」という歌から採られている。「主婦の座に飽き足らず謀叛を起こす気持ちもないではないが、かといって誰もがひれ伏すような美姫でもない私」という意味である。慚愧と断念の歌と読んだ。不思議な歌集題名の謎がようやく解けた。

 黒木の短歌の世界は、黒木が2歳の時に28歳という若さで亡くなった父親の影が色濃く見られる。集中に「父よ」という連作がある。 

部屋隅に薔薇逆さ吊り為すなくて死にたりしわかきちちよ父よ

遠霞む歳月の端潤めれど父はの吾は父の悔しみ

体臭を知らざることを悲しみの根幹として歳月ゆるる

 『草の譜』にも次のような歌が見られる。

薬包紙赤かりし不意に胸に来て 二十八で死にし父を覚えず

「命名書」父が書きたる墨色の掠れしところ風が渡れり 

 父親の書斎には日本の古典文学の本がたくさん残されており、黒木はそれを読み耽って育ったという。黒木の歌に古語法が多く用いられているのはそのためだろう。塚本邦雄や岡井隆らの前衛短歌から作歌法を学び、古語を駆使する黒木の短歌はしばしば難解と評されている。

 さて本歌集を流れる主情は何かと言えば、それは慚愧と憤怒ではないかと思う。 

ファム・ファタールには成れざるわれが練り上ぐる葛 透きとほるだけ透きとほらしめ

影のごとま鯉集まり紛れざる緋鯉一尾は恥のごとしも

きらら桜、ほたりと椿 立ち枯るるほかなきをみなわれはなにせむ

家中にわが髪の毛の落ちてゐて死にたるのちも誰も気づかぬ

レモン切れば尖る鋭きかなしみや昔むかしも美姫たらざりき

 一首目のファム・ファタールはフランス語のfemme fatale。直訳すれば「宿命の女」で、男を魅了して破滅させる女性をいう。自分はしょせんファム・ファタールにはなれないと考えながら台所で葛を練る手には力が籠もっている。二首目、池を泳ぐ真鯉の群れに一尾だけ緋鯉が混じっているのがまるで恥のようだという。緋鯉が男に混じる女の私であることは言を待たない。三首目、咲き誇る桜や落ちてなお美しい椿に較べ、自分は立ち枯れるばかりだと嘆いている。四首目、主婦として家にいる私の髪の毛がそこらじゅうに落ちているはずだが、私が死んでも誰もそのことに気づかないだろうという歌。自分の存在感のなさが髪の毛に託されている。五首目、漂う檸檬の香りが美姫ではなかったという慚愧を誘い出す。

 このような慚愧と憤怒は家庭婦人であったという境遇に由来するものだろう。次のようにそのことを直接的に詠った歌もある。 

初期ローマ皇帝秘書は奴隷なり或いは妻も似たやうなものか

ひとの妻・子の母として知らさるる死亡記事なるをんなのなまへ

二十年妻たる不思議オレンジを食べ終るときわらひ捨てたり

花茗荷鍋に放ちて何者にありしかわれはここにはたとせ 

 二首目に詠われているように、新聞の訃報記事に女性は「〇〇議員の妻」とか「〇〇会社社長の母」などと書かれることが多い。要するに付属品扱いだ。読売文学章受賞のインタビューで黒木は、大阪の夫の実家近くに暮らしていた頃は、自分はまるで家具のようだったと述懐している。本歌集に解説を寄せた岡井隆は、「これでもかこれでもかと迫ってくる怨念のようなもの」と表現している。

 このような慚愧と憤怒が高じると、次のような復讐と殺意の歌になる。

ありつたけのガラス器にひとつづつ虹飼ふとまひる復讐のごと思ふなり

金の鎖のみどに辷りあやを為すせつな殺意のごとくきらめく

 しかし黒木の短歌の世界はこのように慚愧と憤怒を詠んだ歌に尽きるものではない。「きそのゆふがほ」と題された連作では、古典の素養に基づいた王朝風の言葉の饗宴が縦横無尽に繰り広げられる。

草深野くさぶかぬ〉この露けくてあえかなることばを忍ぶる恋のあしたに

かき上ぐる額髪ぬかがみしろきおもかげに添ふわたくしのきそのゆふがほ

そののちの松浦まつらの浦の恨みじを臥す切岸の夢のただ中

秋風しうふうになりてむ何もはかなくてうち見るほどに昏む桔梗よ

恋ひわたるとはいかやうにわたるなる夜深きをゆく鳥の声よ

 この連作の最初には「結露するマンションの窓 時代などは見えぬ見えねば 虚辞をここだく」という詞書が置かれている。「ここだく」とは「こんなにたくさん」の意。要するにこれは言葉に過ぎないと言っているのだ。「きそのゆふがほ」は「昨日の夕顔の花」の意。三首目の「松浦の浦」は佐賀県にある歌枕。「そののちの松浦の浦の」までは「恨み」を導く序詞。「恨みじ」の「じ」は形容詞を作る接尾辞かと思われる。このように言葉の贅を尽くした王朝風の歌には、コトバ派の雄の塚本邦雄の影響が色濃く感じられる。

 そうかと思えば次のようにむくつけなまでにストレートな歌もある。

うつたうしき景物としていついかなる行動にも鴨はつがひなるべし

油そそがれしもの〈メシア〉なら漆黒のミシンあやつる母おそるべし

眠剤をひとり使ひて入水せし津島修治の人非人ひとでなし

老いほけなば色情狂になりてやらむもはや素直に生きてやらむ

人間の息深ぶかと吹き込みて成るガラス器よ浄きはずなし

 三首目の津島修治は太宰治の本名。これらの歌にはもしかしたらユーモアも含まれているのかも知れないが、思いが直截に表現されていておもしろい。上に引いた王朝風の歌と並べてみると、振り幅の大きさに驚かされる。ひと言で括ることのできる歌人ではないということだ。

てのひらにすくひてはこぼす花びらはひかり いくたびもわれは失ふ

逆光に灰色のはねすきとほり過ぎにしミカエルの裔の鳩らよ

跳ね上がる鯉いつしゆんのしし締まりすなはち顕はなり 死後硬直リゴルモルティス

ここ過ぎて死者行きたらむ地下街の水底みなそこにしてひかるアルミ貨

降る雪のソルティー・ドッグわたくしのけぶりてぞゆく群肝むらきものため

朝を割る卵のひとつ腐れればつひにここよりは死に場所なけむ

膚寒き天変の夏ダリ展に聖麒麟燃ゆ佇ちてしづかに

 特に心に残った歌を挙げた。私の個人的な好みも混じっているだろうが、前衛短歌の血脈を継ぐ歌が目立つ。『貴妃の脂』が出版された1989年の時代背景を見てみよう。1987年には俵万智の『サラダ記念日』が刊行され、一大ベストセラーになった。小池光は「俵によって短歌はそれまでのウラミの世界から解放された」とどこかで述べていた。ウラミを基調とする『貴妃の脂』は明るい世界へと進む短歌の世界に真っ向から逆行している。同年には加藤治郎の『サニー・サイド・アップ』が出て、1991年には荻原裕幸が新聞に「現代短歌のニューウェーヴ」という文章を発表し、時代は一気にライト・ヴァースの方向へと舵を切る。岡井隆や塚本邦雄らが推進した前衛短歌の時代はこのあたりで終わりを告げたのである。このように時代の流れに置いてみると、『貴妃の脂』は前衛短歌の掉尾を飾る歌集とも見えるのである。

 

「フランス語100講」第13講 主語(4)─ 主語の意味役割

 第10講で主語の定義を検討し、主語とは文に不可欠の名詞・代名詞で、動詞の活用を支配するものであることを見ました。これは確かに主語の定義としての必要条件と言えます。主語ならあまねく持っている特徴を述べているからです。しかしこの定義は主語の文法的な特徴は捉えているものの、主語の意味的な性質については何も述べていません。伝統的な主語の定義には、主語は能動文で動作主 (agent) を表す要素であるということが含まれていました。今回は主語が文の中でどのような意味役割を持っているのかを見ることにしましょう。

 まず予備的作業として、動詞を大きく二つの種類に分けます。状態動詞 (verbe d’état) と運動動詞 (verbe d’action) です。

 

 (1) Angéla est italienne.

  アンジェラはイタリア人です。

 (2) Yves ne sait pas l’adresse de Pierre.

  イヴはピエールの住所を知らない。

 (3) Claire court à toute vitesse.

  クレールは全速力で走っている。

 (4) Jean a ouvert une conserve de thon.

  ジャンはツナ缶を開けた。

 

 話をかんたんにするために、主語はすべて人にしました。(1)のêtre「〜である」や (2) のsavoir「知っている」などは時間によって変化しない状態を表す状態動詞です。(3)のcourir「走る」や (4) のouvrir「開ける」は時間によって変化する動作を表す運動動詞です。

 主語が動作主を表しているのは、動詞が運動動詞である (3)と(4)です。(3)ではクレールは走る人で、(4)ではジャンは缶詰を開ける人です。「何かをする人」であるためには動詞が運動動詞でなくてはなりません。動詞が状態動詞である (1) と (2) では、アンジェラやイヴは「何かをする人」ではありません。(1)でアンジェラは「イタリア人」という国籍を持っている人で、(2)でイヴはピエールの住所という知識を保有していない人です。このようなとき、(1) や (2) の主語は動作主という意味役割ではなく、siège de la prédication「主述関係の座」と呼ぶことがあります。述語が表している状態や性質がある場所というくらいの意味です。(1)ではアンジェラが「イタリア人である」という属性が成り立つ主体であり、(2)ではイヴは「ピエールの住所を知らない」という状態が成り立っている人と言えるでしょう。

 では動詞が運動動詞のときは、主語は必ず動作主なのかというと、そうとも言えません。動作主がみずから主体的に行動するものとするならば、それができるのは意志を持つ人間か動物に限られます。意志を持たない無生物は動作主にはなりません。

 

 (5) Le Rhône coule vers le sud.

  ローヌ河は南に流れている。

 (6) Le couteau est tombé par terre.

  ナイフは床に落ちた。

 (7) La bombe a explosé.

  爆弾は爆発した。

 

 (5) でローヌ河はそうしようと思って南に流れているわけではありません。地形という自然の要因によってそうなっているだけです。(6) でもナイフは自分で落ちたのではなく、誰かが取り落としたのでしょう。(7) でも爆弾が爆発したのは、誰かがスイッチを入れたか、時限装置が作動したせいです。

 では (5)〜(7)の主語が動作主でないとすると、それを何と呼べばよいのかという問題が生じます。このような不都合を避けるために、動作主という意味役割から意図性 (intentionalité) を除外しようとする考え方もあります。つまり自分でしようと思ってしたのかどうかとは関係なく、運動の主体となっているものはすべて動作主と呼ぼうということです。このような考え方を採るならば、(5)〜(7)の主語も広い意味で動作主と呼ぶことができます。

 

 (8) Les soldats ont subi une torture.

  兵士たちは拷問を受けた。

 (9) Jacques a reçu une averse en rentrant de l’école.

   ジャックは学校からの帰りににわか雨に遭った。

 

 (8) (9) となるとますます主語を動作主と呼ぶのが難しくなります。(8)では兵士はそうしようと思って拷問を受けたわけではありません。 (9) でもジャックは自分で何かをしたわけではありません。広義の動作主と見なそうとすると、(8)の兵士や (9)のジャックを運動の主体と見なさなくてはなりませんが、 (8) の兵士は拷問という行為の主体ではなく拷問を受ける側です。また (9) でもジャックは雨に降られているので、運動の主体とは言えません。

 このような例を見ると、たとえ広い意味に取ったとしても、運動動詞の主語をすべて動作主と見なすのは難しいことがわかります。ではどうして伝統的な主語の定義には動作主という意味役割を含むものが多いのでしょうか。そこにはどうやら二つの理由があるようです。

 まず状態動詞と運動動詞の数を較べると運動動詞の方が多いという事実があります。このために動詞の主語は何かの動作・行為の主体と見なされやすいのです。この点で日本語は極端で、状態動詞は「いる」「ある」「できる」「思う」「値する」くらいしかなく、後は「書ける」「見える」などの可能動詞で、これらを除く残りの動詞は全部運動動詞です。フランス語では状態動詞の savoir「知っている」やressembler「似ている」も、日本語の「知る」「似る」は運動動詞です。確かに状態の種類より運動の種類の方が多いので、運動動詞が多いのは言語によらずよく見られることです。

 また自動詞より他動詞の方が多いことも挙げられます。他動詞ではPaul a cassé un verre à vin.「ポールはワイングラスを割った」のように、主語は何かの動作をする側で、直接目的補語は動作の影響をこうむる側です。このために主語が動作主である場合が出来事のプロトタイプのように見なされたのだと考えられます。

 しかしこの問題には歴史的な背景もあるようです。昔からラテン語・ギリシャ語などの古典語やヨーロッパの他の言語と比較して、フランス語が優れた言語であることが論じられてきました。なかでもよく知られているのはリヴァロルの『フランス語の普遍性について』です(注1)。この文章の中でリヴァロルはフランス語の優れた点として、直接語順 (ordre direct) を挙げています。その部分を引用して拙訳を添えておきます。

 

   Ce qui distingue notre langue des langues anciennes et modernes, c’est l’ordre et la construction de la phrase. Cet ordre doit toujours être direct et nécessairement clair. Le français nomme d’abord le sujet du discours, ensuite le verbe qui est l’action, et enfin l’objet de cette action : voilà la logique naturelle à tous les hommes ; voilà ce qui constitue le sens commun. Or cet ordre, si favorable, si nécessaire au raisonnement, est presque contraire aux sensations, qui nomment le premier l’objet qui frappe le premier. C’est pourquoi tous les peuples, abandonnant l’ordre direct, ont eu recours aux tournures plus ou moins hardies, selon que leurs sensations ou l’harmonie des mots l’exigeaient ; et l’inversion a prévalu sur la terre, parce que l’homme est plus impérieusement gouverné par les passions que par la raison. Le français, par un privilège unique, est seul resté fidèle à l’ordre direct (…).

 古典語や他の現代語と較べたとき、わが国の言語の特色は語順と文の組み立て方にある。この語順は常に直接的でなくてはならず、必然的に明晰なものである。フランス語ではまず文の主語を述べ、次に行為を表す動詞を置く。そして最後に行為の対象を述べる。これが万人にとって自然な論理である。これこそ常識というものである。ところがこの語順は推論にとって実に好適で必然的ではあるものの、感覚の命じるところとはほぼ逆となる。なぜなら感覚においては、私たちの五感が最初に捉えた対象をまず名指すからである。このような理由によって、あらゆる民族は直接語順を捨てて、感覚や語の調和が命じるままに、程度の差はあれ奇抜な言い回しを採用した。こうして地上に倒置がはびこることとなった。というのも人間は理性よりも感情に支配されることが多いからである。特別に選ばれたフランス語のみが変わることなく直接語順に忠実に従っている。

 

 リヴァロルはこの引用にあるように、〈主語─動詞─目的語〉という語順を直接語順 (ordre direct) と呼び、それがもっとも理性にかなった語順であるとしています。この文章が書かれたのは18世紀の啓蒙主義の時代で、数年後にはフランス革命が勃発するという頃です。「理性」は人間を正しく導くものとして重んじられていました。そして〈主語─動詞─目的語〉という直接語順の裏側には、〈動作主─動作─被動作主〉という意味役割が張り付いています。直接語順は動作主から被動作主へと向かう動作の方向をそのまま表したものとされているのです。上の引用のすぐ後によく知られたCe qui n’est pas clair n’est pas français. 「明晰でないものはフランス語ではない」という文章が続きます。

 リヴァロルはこのように直接語順をフランス語の明晰さと普遍性の鍵と考えたのです。驚くのはこの直接語順の神話が現代でも生きているということです。フランス学士院 (Institut de France) の名誉総裁 (chancelier) であったド・ブロイ (Gabriel de Broglie) がアカデミー・フランセーズの代表団長として2014年に北京を訪問した折に、「フランス語の美しさ」(La beauté de la langue française) と題する講演を行いました。その一節を引いてみましょう。(注2)

 

 Le principal caractère c’est l’ordre direct. Le français obéit à l’ordre direct. (…) La langue française commence par ce qui commande la compréhension, le sujet, puis par ce qui découle de ce qui vient d’être dit, c’est-à-dire que l’ordre rigide des mots est régi par leur fonction et leur rapport. La proposition principale vient avant la proposition subordonnée. Le sujet vient avant le verbe qui exprime l’action et le verbe est suivi de ses compléments directs, puis indirects qui indiquent les conditions dans lesquelles le sujet a agi. C’est cela l’ordre direct.

 フランス語の重要な特性は直接語順です。フランス語は直接語順に従います。(…)フランス語では文の最初に理解の要となる主語を置きます。次に置かれた主語から発するものを述べます。つまり単語の厳格な順序はその機能と関係によって支配されているのです。主節は従属節の前に置きます。主語は行為を表す動詞の前に来ます。そして動詞の後には、主語がどのような条件で働きかけたかを示す直接補語と間接補語が続きます。これこそが直接語順です。

 

 まるで18世紀の亡霊が現代に蘇ったようですね。現代の言語学では、〈主語─動詞─目的語〉という語順が「最も理性にかなった」ものだということは否定されています。主語をS、動詞をV、目的語をOと書くと、順列組み合わせによって次のような6通りの語順が可能になります。ある統計によれば(注3)、世界中の言語でそれぞれの語順の占める割合は次のようになっています。

 

 SOV 39%   SVO 36%   VSO 15%   VOS 5%   OSV/OVS 5%

 

 フランス語のようなSVO言語は36%を占めていますが、日本語のようなSOV言語は39%あり、それより多くなっています。SVO言語以外の語順の言語を話している人が合わせて64%もいるのですから、その人たちが「理性にかなっていない」言語を話しているとは考えられないでしょう。自分たちの言語のSVOという語順が最も良いものだというのは、よく見られる自民族中心主義 (ethnocentrisme) に他なりません。

 では直接語順というのも一種の幻想なのでしょうか。いえいえ、そんなことはありません。フランス語が直接語順を好む言語であるということは厳然たる事実です。また〈主語─動詞─目的語〉という統語構造の裏側に〈動作主─動作─被動作主〉という意味役割が張り付いているというのも、フランス語という言語の大きな特徴となっています。このことはすぐ後にお話する無生物主語構文を理解するのに大いに役立つでしょう。                      

(注1)Antoine de Rivarol, De l’universalité de la langue française, 1784.

(注2)https://www.academie-francaise.fr/la-beaute-de-la-langue-francaise

(注3)クロード・アジェージュ『言語構造と普遍性』白水社、1990.

 

 

第413回 佐々木朔『往信』

生きているものだけが病む明け方の運河は鴨とひかりをあつめ

 佐々木朔『往信』

 読み方は二句切れだろう。生きているものだけが病む、確かにその通りだ。死者は病むことがない。病むのは生きている証とも言える。この箴言は文脈から切り離されて、ポツンと独り言か呟きのように置かれている。三句以下は情景描写で、鴨の群れる運河に明け方の光が斜めに射している。二句目までと三句目以下の間をつなぐ橋がない。二句目までは時間と場所を持たない真理で、三句目以下にははっきりと時間と場所がある。こういう造りは想像力を刺激し、時には物語を起動する。歌の中の〈私〉は病室で近しい人の看病をしているのかもしれない。それならば二句目までは〈私〉の呟きか心の声で、三句目以下は病室の窓から見えた外の景色ということになる。もちろんこれが唯一の読みということはなく、一首全体は読みの未決定性の海を漂っている。それはたぶん作者が意識してのことだろう。

 佐々木朔は1992年生まれの歌人で、早稲田短歌会を経て「羽と根」同人。『往信』は今年(2025年)刊行された著者第一歌集である。SF作家の飛浩隆が一篇の詩のような帯文を寄せている。栞文は榊原紘、川野芽生、平岡直子。『短歌研究』11月/12月合併号の座談会「短歌ブーム、拡大と深化」の最後で、石川美南と郡司和斗の二人が本歌集を今年注目した歌集として挙げている。中身を見て行こう。

坂沿いののぼりに一つずつふれる 祭りのあとの寺へとすすむ

忘れそうになって線路をたどるときどこからか川の音がきこえる

あけがたのベッドの上から生活をよこぎってゆく蜘蛛をながめる

ほんとうに山下町は山の下 ゆっくり過ぎてゆくでかい犬

7億円がここで出たって書いてある 7億はやばくない? 7億は

 文体はゆるやかな定型意識による口語短歌で、現代文章語の口語よりも会話体に近い。体言止めを除けば結句に動詞の終止形(ル形)終わりが多い。それによって浮上するのは作中の〈私〉の〈今〉と、今を生きる意識である。文語の助動詞を用いた豊富な過去表現から遠ざかるのが現代の若手歌人の特徴のひとつで、佐々木もその例外ではない。過去の陰影を纏わない短歌は、フラットな〈今〉の表現に重心がかかる。

 もうひとつの特徴は、近現代短歌によく見られる「問と答の合わせ鏡」(by永田和宏)の構造がなく、俳句で言う一物仕立てのように作られていることだ。典型的なのは三首目で、一首の中に意味の切れがなく、どこまでも伸びる県道のようにずっと続いている。四首目には意味の切れがあり、それを強調するように一字空けされているが、上句の個人的な感想と下句の情景の間には、合わせ鏡のようにお互いを照射し反射し合うような緊張感はなく、ただ置かれているだけに見える。このような意味で佐々木の短歌は、現代の短歌シーンに広くみられるフラットな今を生きる等身大の〈私〉の歌のように見える。

 しかし次のような歌に接するとそのような感想は裏切られる。

香水に触れた指からにおいたつ記憶の煉瓦造りの街区

こころにさかえた遺跡をうみにしずませてだれもが去ってから会いに来た

とびっきりのポストカードを手放してそれからのたいくつな日のこと

わたしは本ヤークニーガと言いまちがえてはるかなる国の図書館にしまわれる

ペンギンのかき氷器が置いてあるほかにはなにもない海の家

 これらの歌には詩の欠片がある。それは短詩型文学の性質上、十分には展開されてはいないものの、想像力という水をかけてやると大きく育つ詩の欠片である。たとえば一首目、匂いが記憶を呼び覚ますのは『失われた時を求めて』以来の定番だが、この歌で呼び覚まされるのは煉瓦造りの街並みだ。それは外国の町のようにも、また子供の頃に童話で読んだ町のようにも見え、何かの物語が動き出す。すでに物語になっているのが四首目で、ロシア語で「私は本」と言い間違えたために、私は本になって外つ国の図書館の書架に並ぶという。五首目の夏の空虚の背後にも何かの物語が隠されているように感じられる。

 このような佐々木の作る短歌の特性として挙げることができるのは、一首単位で詩の欠片を内包しているために、連作の体裁をとってはいるものの、連作としての主題の連続性が希薄で、一首ごとにポツンと立っている街路樹のようである。どの歌をとっても、隣の歌との間に意味を呼び合う橋が架かっていない。

 また先に「問と答の合わせ鏡」の構造がないと指摘したが、それはとりもなおさず一首で詩の欠片を立ち上げるという佐々木の力業によるものである。このような作り方に近いのはと探してみると、たとえば小林久美子の名が頭に浮かぶ。佐藤弓生にもそういう香りのする歌がある。

こちらは雪になっているのを知らぬままひかりを放つ遠雷あなた

                  小林久美子『恋愛譜』

手ぶくろをはずすとはがき冷えていてどこかにあるはずの薄い街

                    佐藤弓生『薄い街』

 境涯を詠うことを主にする歌人を「人生派」、言葉によって美意識に叶う世界を創り上げる歌人を「コトバ派」と呼んでいるが、こういう作風の人はどちらにも分類できない。あえて名付けるならば「ポエジー派」とでも呼べるだろうか。このような作風の歌人も現代短歌の重要な一角を占めていることを忘れてはならないだろう。

花の名を教えるひとと聞くひとのそれぞれにそれぞれの花園

はつなつのひたすら青い青空と骨組みだけのスケートリンク

死ななくてよかった登場人物がしぬとき映画にふる小糠雨

きみの本のページを繰れば唐突な死語がうるわしい夕まぐれ

扉のまえでくちづけをして押しあけてそのまま夏のみどりのなかへ

関係を名づければもうぼくたちの手からこぼれてゆく鳳仙花

映画づくりに賭けてたひとの泣き顔をすこしだけ思いだす終電車

 特に心に残った歌を挙げた。どの歌にも詩の欠片があり、何かの物語が立ち上がるように感じられる。特に好きなのは四首目「扉のまえで」で、まるでSF小説かファンタジー小説のようだ。帯にSF作家から帯文をもらっているので、ひょっとしたら作者はSF小説の愛好家かもしれない。そういえばハインラインの『夏への扉』というSFの名作小説があった。佐々木の短歌は下句に特徴があって、読んでいると足がもつれそうになる句跨がりと字余りがある。

 最後に歌集題名の『往信』だが、この単語は返信と対になっていて、誰かに送る手紙を意味する。佐々木はこの歌集全体を誰かに送り届ける言葉として編んだものと思われる。王朝時代には和歌はコミュニケーションの手段で、お互いに歌を送り合ったものだが、短歌からそのような機能が失われて久しい。佐々木が世に送り出した往信に返信があることはないが、そのことは作者がいちばんよく心得ていることだろう。