096:2005年3月 第4週 大津仁昭
または、骨と異星の幻想の果てに霊は空中を浮遊する

きみの脚の骨をそろりと抜き取つて
    うすあおいろに染めたきゆふべ

         大津仁昭『海を見にゆく』
 どこかで読んだ記憶のある歌だと思っていたら、俵万智『三十一文字のパレット』(中公文庫)に引用されていた。俵の解釈は、「脚の骨」は未知の女の未知の部分であり、女を真に自分のものにするということは、女の未知の部分をも所有することであり、一見静かなようでいて激しいものを秘めた恋の歌だ、というものである。短歌は基本的に多様な解釈が可能であり、俵の解釈を一概にまちがいだとすることはできない。しかし大津の歌集を通読すると、作者には骨と人体の内部に対する偏執的志向性があることが誰にでもわかる。その目でもう一度掲出歌を見ると、俵が言うほど脳天気な「恋の歌」と断じることはできなくなる。「そろりと」という時代がかった擬態語、「うすあおいろ」の平仮名表記とそれが意味する淡い色彩、全体を貫く口調の童話的平明さ、これらが一首に不思議な透明感と底の知れない不気味さを与えている。初句六音も効果的である。

 大津仁昭 (おおつ・ひとあき) は昭和33年 (1958年) 生まれで「心の花」会員。私は邑書林の「セレクション歌人」叢書の「大津仁昭集」で初めてその名を知り歌を読んだ。「大津仁昭集」には第一歌集から第四歌集までの抄録と、第五歌集の完本が収録されている。この手のアンソロジーを作者本人が編纂するとき、初期歌集は抄録に留め、いちばん最近の歌集の完本を収録することが多い。作者にしてみれば、初期歌集はもう自分からは遠い存在であり、場合によっては否定して闇に葬りたい世界のこともある。最新作が現時点での自分の実像に最も近いとの思いから、そのような選択になることは理解できる。しかし、読者の見方は少しちがう。初期歌集で萌芽的に顔を出していたさまざまなモチーフのなかには、第二歌集・第三歌集と進むにしたがって、切り捨てられて行くものがある。歌人は自らの中心的モチーフを深化する過程で、周辺的モチーフを夾雑物として削ぎ落して行く。後期の歌集を最初に読んだ読者は、初期歌集を後で読んで、こんな豊かな世界があったのかと驚くことがある。アンソロジーにおいて初期歌集が抄録というのは、いの意味でいささか寂しいのである。最近読んだ『第一歌集の世界 青春歌のかがやき』〔ながらみ書房〕を見ても、第一歌集の輝きと豊饒さは否定することができない。

 セレクション歌人の「大津仁昭集」には、第一歌集『海を見にゆく』からはわずか41首しか採られていない。この歌集は1987年に上梓された。俵万智『サラダ記念日』、加藤治郎『サニーサイドアップ』と同年のことだ。バブル景気という時代背景のなかで口語短歌・ニューウェーブ短歌が勃興し、短歌の大衆化時代を迎えたと表面的には見えた年である。「大津仁昭集」に解説を寄せた谷岡亜紀の指摘するように、このような短歌シーンのなかで時代の流行から超絶して独自の短歌世界を作り出そうした孤独で静かな歩みがこの歌集には感じられる。谷岡が解説で引いている歌も含めて、その世界を見てみよう。

 めぐり来む真夏の不在 姿見に蝶の群なすごとき唇跡(くちあと)

 電話帳逆さに繰れば見えてくる見えない蝶が眠る森林

 わが影も化石となりて死にたきをいきものの目の熱き夜なり

 失明のとほき未来の青年像 台座に姉はしづかに凭れ

 からつぽのソースの残滓(をどみ) 姉たちの植物祭の追憶として

 「わたくし」を過ぎし一人の旅人と遭ふ転生の後の春夜に

 ここには大津の短歌世界を構成するモチーフがよく現われている。「真夏」「蝶類」「原色の森」 は青春の記号であり、生の燃焼と性欲と関係していることは明らかだが、これらは第二歌集・第三歌集と進むにしたがって消えてゆくモチーフである。一首目、真夏は不在なのであり、すでに喪われたものとして想起されている。青年大津を捉えたこの「喪失感」に留意したい。姿見の鏡面に残された無数のキスマークのイメージは鮮烈であるが、それは同時にキスマークを残した人の不在を意味している。二首目、「見えないものが見えてくる」という視点は大津の基本的スタンスであり、短歌の核を形作る視座である。ここからもわかるように、大津の短歌はリアリズム・生活実感・写生からはほど遠く、その幻視の深さにおいて塚本邦雄を遠望するところがある。三首目、「化石」は大津の歌の重要なキーワードのひとつである。先取りすることになるが、第二歌集からも引用しよう。

 新しき地下鉄の駅完成し傷つきし石の光る真夜中

 生物がわたしひとりである星で炭素に帰り夜を坐らむ

 省庁は休日われは石材のアンモナイトの化石に凭れ

 体内の棚にしづかに眠りゐる鉱物となれわたしの臓器

 巻末の略歴で大津は、幼少時に昆虫・化石・植物に魅せられたこと、小学校の階段の踊り場に七色に輝く化石が置かれていたことを書いている。谷岡は大津に「石化願望」があると指摘しているが、硬質に輝き永遠に形を留める化石が、ぐにゃぐにゃで曖昧ですぐ腐る生との対比において捉えられていることは明らかである。つまり化石は〈私〉の生の不全感の対極にある静かな形象として、〈私〉の生を逆照射してやまないのだ。

 第一歌集から引用した歌に戻ろう。四首目と五首目には「姉」が登場する。「姉」はほのかなエロスの対象であるが、それは「姉たち」と複数形で捉えられる存在であり、平井弘の「兄たち」と同じく作者が志向する追慕の集団的形象である。六首目の「『わたくし』を過ぎし一人の旅人」とは、今生において〈今・ここ〉という時空上の位置に展翅された〈私〉という存在を越えて自由になった〈私〉を意味するのだろう。大津はこのようにあの世での転生と、この世に生まれる前の前世とに、想像力によって飛翔することを殊更に好む精神の形を持っている。

 もうひとつ特異だと感じるのは、大津の「内部」を幻視する視線であり、それが時に人体に及ぶことである。

 店先に戯れてゐる猫たちの寿命が透けて見ゆ 陶器市

 新築の家並びをり懐妊の姉の胎内夕焼けに満ち

 妊婦いま二重人間 内側の人ガラス化し進化図照らす

 猫の体に寿命を透視するという視線は尋常ではない。妊婦の大きな腹はその中に入っているものを思わせるが、「進化図照らす」という視点がユニークである。ヒトが水棲生物から進化してきた過程が、個体発生において反復されている様子を指しているのだろう。

 先に「あの世での転生と、生まれる前の前世」が大津の心を大きく占めていると書いた。死後の幻視と石化願望が結合すると、自分の骨を想像するようになる。大津には骨になった自分を詠った歌が多い。だから掲出歌も単純な恋の歌などではなく、「君」の内部にも骨になった未来を幻視する特異な想像力が生んだ歌なのである。

 終(つい)の日の脳裏に獣走りゐてサバンナにあるわが頭蓋骨

 いのちのみ身を過ぎ越せる心地せり既に原野にわが骨はあり

 さて、第二歌集の題名は『異民族』である。第三歌集は『故郷の星』、第四歌集は『異星の友のためのエチュード』、第五歌集は『霊人』。この題名を見ただけで大津の関心の推移というか、本来持っていた性向がどんどんと高じてゆく様がよくわかる。大津の関心はこの地球を離れて異星へと向かう。自分が前世や来世において異星にいるという空想が頻繁になるのみならず、異星人が地球に来訪する様子をも幻視する。

 前の世に住みし星まで吹き抜けの秋の空かな 踏切に立つ  『故郷の星』

 いづことも知らねどわれの故郷を異星の捕虜をして造らしむ

 水田は既に一面黄に染まり火星にゐたる日を思ひ出す

 異星人の密輸業者が運びくるまことしやかなるアフリカ象  
               『異星の友のためのエチュード』

 自分が故なく投げ出されているこの生の曖昧さと不全感を作歌の拠点とする大津は、そのような曖昧さと不全感とは無縁な世界として異星を空想するのだろう。しかし、描かれた異星は決してユートピアではない。荒涼たるサバンナに風が吹いているような風景であり、そこに大津の悪意と毒がある。

 そして第五歌集『霊人』だが、題名から推察できるように、大津を訪なうのはもう異星人ではなく死者の霊である。

 食堂の壁に洋蘭窓に旗 なびかせ来たる真昼間の霊

 水含み重なりあへる吸殻に涼しき君の初夏の霊

 白黒のポスターの女歩みきて折しも生者の夏に紛るる

 いつの世に再び会はむ手掛かりの口紅(ルージュ)の並ぶ春の店先

 歌集全体は一人の女性の死に寄せる挽歌の体裁を採っている。谷岡は「フィクションという仕掛けによって〈私〉の一回性の現実から自由になろうとする試み」と分析しているが、女性の死が虚構なのかそれとも現実なのかはわからない。いずれにせよ初期歌集にすでにほの見えていた「この現実への展翅からの想像力による離脱」が、まるで進行性の病のように高じてここにまで至ったことは確かである。

 谷岡は先の引用に続けて、「〈私〉の一回性の現実から自由になろうとする試みが、逆に作者自身の内面世界を雄弁に語り、他ならぬ〈私〉の一回性の現実と、まざまざと直面せざるを得ない結果をもたらしている」という逆説を指摘している。そうだろうか。私には大津は少しばかり現実からの離脱が過ぎて、あの世の方に行き過ぎているように感じられる。正直言って幽霊ばかりが出て来る『霊人』を通読するのはつらい。また幽体となって現実から浮遊し、ややもすれば「あちら」に彷徨い出しそうな〈私〉に、撃つべき現実を逆照射する力が残っているだろうか。

 「現実からの想像力による離脱」ではなく、「現実に繋ぎ留められている〈私〉の深化」という方略もある。つまり「足もとを掘れ」である。なぜなら現実からの離脱には限度というものがないからだ。何ならば星々のかなたにまで飛翔して、二度と戻って来ないことだってできる。短歌や俳句という短詩型文学が、〈私〉という主体による認識の更新によって現実に新たな光を当てるという側面を持っている以上、そうそう現実を遊離することはできないのである。近松門左衛門は芸術制作の勘どころは「虚実皮膜 (ひにく)の間」だと述べた。人の心を動かすのは、100%の作り事でもなく事実べったりでもなく、その微妙な中間点であり、皮と肉のあいだのようなものだとの意味である。短歌に即して言うならば、現実そのもの (くそリアリズム) ではなく、極端な現実遊離 (放恣な空想) でもなく、地上15cmくらいに浮き上がった視点がよろしいということになる。この点から見ると大津はちょっと行き過ぎているように思えるのだが、谷岡も書いているように最近結婚して新生活に踏み出した大津には、これから新しい展開が待ち受けているのかもしれない。