今年もこの季節がやって来た。第1回の応募総数は98篇、第2回は100篇、第3回は172篇、今回は144篇あったという。昨年に較べれば少し減ったものの、相当な応募数だ。やはり若い人たちの間でも短歌は流行っているのだろうか。選考委員は変わらず栗木京子、穂村弘、小島なおが勤めている。
優勝作品に選ばれたのは東京大学Q短歌会に所属する山本仮名の「TOKYO」である。
誰しもが片手になにか引いていて下船のような新宿・二月
旅人の資格のように渡されるリーフレットに簡易な神話
靑色は誰かの停止と引き替えになんども往来を点る色
山本は今年の第36回歌壇賞にも同名の連作「TOKYO」で応募しているが受賞を逃している。今回は小島が4点、穂村が1点を入れた。小島は「さまざまな人種や文化を持つ人が混在するサラダボウルとしての東京を描き出している」とし、「主体がこの都市を眺めるまなざしが、内からというよりどちらかというと異国からのまなざしで」あることが不思議だと評している。穂村は「全体にハイセンスで、近未来のような不思議な空気感がある」が、「代表歌を挙げるとなると、どれを挙げていいのか悩んでしまう」と述べている。点を入れなかった栗木は、「言葉にいいセンスがあって面白いけれども、脈絡が掴めない作品もある」としている。「下船のように」、「旅人の資格のように」や、「救命浮環のような」などの喩が目を引く。しかし中には「別々の場所のパネルへ全員の僕が押し込む同じ四ケタ」のように歌意がよくとれない歌もある。東京大学Q短歌会は第2回にからすまぁが「春風に備えて」で優勝しており、この選手権での活躍が目立つ。
準優勝は塔短歌会所属の椎本阿吽の「なんだかんだピース」である。椎本は昨年のU25選手権では「白亜紀の花」で栗木京子賞を受賞し、今年の短歌研究新人賞で「獣の系譜」により次席に選ばれている。
変革を信じて生きる春の終わり ただ集めてるポストカードを
「白亜紀の花」
水色の空に残っている半月あなたの薄いクラムチャウダー
湖に海が混じっているようなあなたの名前に紛れる私
ホールケーキ切らずに掘って食べあえば徐々にかたむく砂糖人形
「獣の系譜」
あなたと寝たシーツを干した 聖骸布扱うように端まで伸ばす
パートナーシップ制度は降り出した雨が窓へと張り付くごとく
大根のみずみずしさに刃を落とす音立てながら履くコンバース
「なんだかんだピース」
献血のティッシュ配りをおおらかに避けてそうして落ち葉を踏んだ
二つともおんなじ柄のミトンだけどあなたにとっての左右があった
穂村が4点、栗木が3点を入れた。穂村は、「従来のオールドファッションな口語の文体から永井祐以降の文体まで自在に駆使されているような印象です」と言い、栗木は「日常の小さな気づきがとてもけなげな明るさを伴って詠まれていて、読んでいるうちに、嬉しい気持ちになる」としている。点を入れなかった小島は好きな歌がたくさんあるとしながらも、「こういう多くの人に受け入れられる親切な作品が短歌ブームのひとつの中心になっている気がして」いると述べている。
後は審査員賞で、栗木京子賞ははじめてのたんかの「就職前夜」に与えられた。
ベランダの椅子に花瓶を置き咲かすガーベラ卒業したよ婆ちゃん
それぞれに就職前夜 ビジネスの角度にひげを揃えろサンタ
窓のないエレベーターは階を告げ人はうたがうことを知らない
栗木一人が5点をつけた。「何かのモラトリアム期間が終わりかけて、これから新たな一歩を踏み出す。今まで既成の事実として、当然に思っていたことをもう一度見つけ直してみる。やや斜交いからの視点の作品にいい歌が多かった」と評している。
「はじめてのたんか」は筆名で、所属なし、平成14年生まれという以外何もわからい謎の人物である。筆名の選び方が巧みで、「はじめてのたんか」で検索すると、穂村弘の著書ばかりが出て来る。検索を逃れるうまい手だ。
穂村弘賞には木本奈緒の「Alice in Wonderland」が選ばれた。
歯磨きのすがたを反射し終えたらひとり光れり夜の鏡は
大学の木が樹となれるまでの風、その舞い方を語る先生
制服の胸元 にありしおメダイは失せやすくなり鍵につければ
穂村が5点を入れている。「一連の中で不思議の国とされているものは普通の大学生活で、クリスチャンである『私』はそこに飛び込んだアリスということだと思います。」と述べ、「しばしば自分の中の聖的な世界とリアルな外界がぶつかる瞬間が描かれている」と評価している。また小島は、「イノセントに昇華された世界観が一連の美質だと思います」と述べながらも、「主体自らを少女アリスとする世界観に若干の無防備さを感じました」と付け加えている。
木本はカトリック系の女子校に通っていたようだ。男子学生もいる大学に入学すると、驚くことばかりでそれが不思議の国に飛び込んだアリスということだろう。三首目の「おメダイ」とは、「メダイユ」の省略形に「お」を付けたもので、フランス語のmédailleのこと。カトリックで信者が持つ金属製のメダルである。高校の時は制服の胸元に付けていたのだが、大学生になって制服がなくなって、今ではキーホルダーに付けている。木本は各地で開催されている若者対象の短歌コンクールに応募しているようだ。「そういえば留学の地で妹は口にすらむや教えし祈り」のように文語(古語)にも果敢に挑戦している。ちなみに「そういえぱ」の文語は「まことにや」である。いつまでもアリスではいられないので、今しか作れない時分の花だろう。
小島なお賞は月島理華の「Hidden」が受賞した。
その朝に予感のように触れてみたおとうとの山川の世界史
とうさつ、と母の唇 藤の花は学名の重たさにひらいて
被害者の子の歳のころ描いた絵のスイミーが褪せている勝手口
月島はつくば現代短歌会所属。第3回のU-25選手権では同じつくば現代短歌会の渓響が優勝したのが記憶に新しい。「Hidden」は今回の最大の問題作と言えるだろう。弟が盗撮容疑で警察に捕まり、家族には賠償の責任が生じ、〈私〉の志望大学は私立から公立に変わったという内容だからである。「カメラには無数のこども 磨り硝子ひとつひとつに夕闇が来る」、「弁償のこと話すとき両親のチェスを置きあうような音階」のように、事件が起きてからの推移に叙景と抒情を重ね合わせたような歌が特徴的である。
本作品に5点を入れた小島は、「選者賞に推したいんですけど、これがもし当事者からの作品だった場合に、私は被害者の感情が気になって、表彰されるべきではないと思ってしまう気持ちがどうしてもあります」と述べ、迷いに迷った末に選者賞に選んでいる。しかし小島には気の毒だが、小島の懸念は杞憂に終わったのである。月島はnoteへの書き込みで「Hidden」は100%フィクションで、加害者の家族側の視点から描いてみたかったと述懐しているからである。寺山修司の先例もあり、短歌でフィクションを描くのがいけないということはまったくない。問題はそれが作品としてどれくらい昇華されているかである。とはいえ今回のように審査員を大いに悩ますことがあることは知っておいていいだろう。
月島は今年の第36回歌壇賞に「ペルセウス」で応募し、候補作品に選ばれている。
四十ミリ測って水を飲む 父の左脳を溢れた血を思いつつ
一艘の小舟は父を離岸してわたしがゆっくりと引くロープ
ペルセウス流星群の夜 父は失語という椅子に腰掛ける
父親が脳溢血で倒れて言葉を失う後遺症を背負ったという内容である。読んだ限りでは、「Hidden」よりも「ペルセウス」の方に優れた歌が多いように感じた。ちなみにnoteへの書き込みによると、こちらは80%ノンフィクションだそうだ。優れた歌が多いように感じたのは事実の力によるところがあるのかもしれない。