第286回 阿波野巧也『ビギナーズラック』

まぶしいものに近づいてみる近づいて舗道の上に柿はひしゃげる

阿波野巧也『ビギナーズラック』

 不思議な歌だ。作中の〈私〉が歩道を歩いていると、歩道の上にまぶしく光るものを見つける。近づいてみると、歩道に落ちて踏みつけられたのか、ひしゃげた柿の実であることがわかる。しかし柿の実は今ひしゃげたのではなく、すでにひしゃげているのである。それを「舗道の上に柿はひしゃげる」と表現しているということは、作中主体による出来事の認識と出来事の生起を同一視していることになる。つまり出来事は過去に起きたのではなく、〈私〉がそうと認識した現在に起きたと見なすのである。これは主体としての〈私〉と客体としての世界をはっきりと分けるデカルト以来の主客二分論への大胆な挑戦である。そしてそこには〈今〉の認識が深くかかわっていることは疑いを容れない。作者はこのような世界観を採用しているために、本歌集に収録された歌を読んでいると、何とも言い様のない浮遊感と視野の捻れのような感覚を覚えて立ち止まることしばしばであった。

 阿波野巧也は1993年生まれ。京都大学農学部に入学と同時に、京大短歌会と塔短歌会に入会。2015年塔新人賞を受賞。現在は塔短歌会を離れて同人誌「羽根と根」に所属している。2019年に第1回笹井宏之賞で永井祐賞受賞。『ビギナーズラック』は本年 (2020年)7月に上梓された第一歌集で、解説は斉藤斎藤。

 「すれ違うとき、ぼくはもらう」と題された斉藤斎藤の解説が出色だ。私はめったに解説から先に読むことはないのだが、書いているのが斉藤斎藤だけに今回は解説を先に読んでしまった。斉藤は近代短歌のOSである主客分離による「写生」から論を起こして、阿波野の世代はスマホの自撮り文化の洗礼を受けて、世界と同じ画面に写る〈わたし〉をどう詠むかという課題に直面した最初の世代だと述べている。

 斉藤の指摘は鋭い。近代短歌の写生は、画面の外から風景を見ている〈私〉つまり視点主体という構造に依存している。高野の次の歌も例外ではない。

精霊ばつた草にのぼりて乾きたる乾坤を白き日がわたりをり 高野公彦

 近景の小さな精霊ばったと遠景の日輪のスケールの大きな対比がこの歌の眼目だが、描かれた画面に見ている〈私〉はいない。視点主体はあくまで画面の外にある。しかるにスマホ世代の歌はそこがちがうのである。

冬のひかりにぼくの体があたたまる 都会で暮らしていたいとおもう

スーパーの青果売り場にアボカドがきらめいていてぼくは手に取る

ただの道 ただのあなたが振り返る 月明かりいまかたむいていく

暖房をつければ一回だけ鳴った風鈴 しばらくひとと会っていない

人身事故で電車が動かなくなって外にある桜を撮っている

 一首目の上句は内側から感じる〈私〉の体感で、下句は感慨の間接話法なので叙景部分はほぼない。初句の「冬のひかり」くらいである。二首目は四句の「きらめいていて」までが純粋な叙景だが、結句でいきなり〈私〉が登場してアボカドを掴む。まるでスマホの角度がいきなり変わって自分を写したかのようだ。三首目は「ただの」の反復がリズムを作っているが三段切れの歌である。見かけ上は〈私〉はいないが、「あなた」という二人称は一人称を前提とし、「振り返る」のは〈私〉に向かってなので、視点主体の色は濃い。四首目は上句と下句が切れている歌。上句の核はチリンと一度鳴った風鈴の知覚で下句は感慨だが、「問いと答えの合わせ鏡」(永田和宏)になっていない。五首目は構造としては、桜を撮影している作中の〈私〉を見ている視点主体がもう一人いることになる。

 このように多かれ少なかれ歌の中に〈私〉が写り込むとどうなるか。近代短歌の方法論であった主客分離による写生は不可能になり、客体としての世界は主体と対立するものではなく、世界は〈私〉込みの世界となるのである。デカルト流の主客分離に対抗しようとした現象学の哲学者メルロ=ポンティーは、「世界内存在」としての〈私〉を立ち上げたが、阿波野の短歌の〈私〉もちょっと似ているかもしれない。そのことは冒頭に挙げた掲出歌にも現れていて、作中主体の〈私〉の位置変化がそのまま歌に反映している。

 このように阿波野の歌が描く世界は〈私〉込みの世界であり、逆に〈私〉は世界込みの私である。したがって近代短歌のように世界と鋭く対立する屹立する〈私〉は影を潜め、ゆるやかに世界に溶け込む輪郭のはっきりしない〈私〉が中心となる。

 その〈私〉はいろいろな物に囲まれている。私が本歌集に収録された歌を読んでいて感じたのは、さまざまな物に囲まれて暮らし、街をゆっくりと遊弋する青年が、移動するたびごとに世界が拓かれてゆくという印象だ。

イヤフォンのコードほほどく夕ぐれの雑誌売り場に取り残される

ぼくの手にiPhoneだけが明るくて自分の身体で歩いてゆける

ツタヤ以外のレンタルビデオもあるんだねみたいな顔をきみにされてる

見てきたことを話してほしい生まれ育った町でのイオンモールのことを

デニーズのグラスワインで乾杯を 雨が降ったらあなたへ傘を

2016年もユニクロをこのように着古してすばらしいユニクロ

 阿波野の世代にとっての街とは、このようにコンビニの雑誌売り場やiPhoneやツタヤやイオンモールやデニーズやユニクロが形作る都市である。もちろん花や公園や雨などの自然も詠われてはいるが、歌の背景のほとんどはこのような都市風景である。

 では阿波野の修辞はどこにあるか。次のような修辞を凝らした歌を見てみよう。

お祭りが偶然あってそこにある空間へ透けてゆくさくらばな

風が吹き、けれど意外に揺れてないそこにある草 ゆっくりと坂

みんな立って丸く手首をぶら下げて空間に電車がやってくる

町じゅうのマンションが持つベランダの、ベランダが生んでいく平行

ガードレールがわずかにへこみ陰をなすところに触れる遠く半月

 一首目の「そこにある空間」が何を指すかは判然としないが、お祭りの屋台と屋台の間と取っておこう。そこに桜の花が透けてゆくという措辞がおもしろい。二首目では風が吹いているので草が揺れているのかと思いきや、意外に揺れていないと肩すかしを食らわせて、視線は坂へとそらされる。三首目はラッシュ時の駅の風景で、「丸く手首をぶら下げて」というのは鞄を握っているということか。この歌など吉野裕之の歌を思わせる。四首目も視点のおもしろさが光る歌。マンションには必ずベランダがある。ベランダの床はすべて平行で、都市空間にあまねく平行線があるという幾何学的な歌である。五首目、へこみに「触れる」のは〈私〉で、見上げると半月が空に輝いているという視線の交錯がある。

検温計を静かにしまう昨日歩いた街のにおいを閉じ込めながら

やめたサークルの同期会のお知らせの通知、その通知の薄明かり

秋の光をそこにとどめて傘立てのビニール傘をひかる雨つぶ

みずうみのような眼でぼくを見てゆっくりと閉じられるみずうみ

入口はこちらと示す張り紙のラミネートがほんのりずれている

猫耳のままでお見せを出たひとがたばこをくわえてはずす猫耳

キーボードの反力を指に灯しつつ書き換えられてゆくWikipedia

中華屋のショーウィンドウに麻婆茄子こぼれかけてる秋の日のなか

おばあさんがうぐいす色の乗り物でゆっくり進む夕べの歩道

 特に印象に残った歌を引いた。中には近代短歌のコードで読むことのできる歌もあり、それはそれでなかなか美しい抒情歌となっている。


 

照屋眞理子句集『猫も天使も』序文

 

 この度、縁あって照屋さんの遺句集の序文を書かせていただくことになり、書庫から照屋さんの歌集と句集を取り出して再読した。すると二冊の歌集の表紙裏に照屋さんから拝領した手紙が挟んであることに気づいた。私はこの手紙のことをすっかり忘れていた。一通は歌集『抽象の薔薇』に挟んであり、日付は平成一六年一二月一六日。私宛に歌集を送る送り状である。もう一通は歌集『夢の岸』にあり、日付は平成一七年一月二十日。私の方から残りの歌集と句集を購入したいと希望したのに応えての返辞である。どちらも青色インクの万年筆で綴られた達筆の手紙で、筆の運びと行き届いた文章に照屋さんのお人柄がよく表れている。肉筆の手紙を再読して、照屋さんの肉体がもうこの世にないことを改めて実感したのである。

 照屋さんが残されたのは『夢の岸』、『抽象の薔薇』、『恋』の三冊の歌集と、『月の書架』、『やよ子猫』の二冊の句集だから、本句集は第三句集となる。歌集が三冊と句集が三冊ということは、照屋さんが短歌と俳句の両方の領域で活躍された人であることを示している。短歌の生理と俳句の生理はかなりちがうので、両方で等しく活躍することはそうあることではない。照屋さんの師である塚本邦雄もまた句集を持ち俳句批評をしていたので、師に倣ったものと思われる。しかし照屋さんは自分には俳句の方が向いているとしきりにおっしゃっていた。句誌『季刊芙蓉』の代表に就かれてからは、さらに俳句の方に軸足が移っていたと思われる。

 照屋さんの作る短歌と俳句に共通して見られる特徴の第一は、「非在を視ようとする眼」であろう。これは一見すると矛盾している。「非在」とはこの世にあらぬものであり、ないものは目には見えないからである。

まだ見ぬ恋まだ咲かぬ花中空に  『やよ子猫』

切株の夢の梢に小鳥来る

目に見つつ見えぬものる滝の上

虫止んで声のまぼろし残りけり  『猫も天使も』 

もうゐない先刻さつきのわたし流れ星

月出でてきのふ牡丹の在り処わが目の置ける白のまぼろし  『夢の岸』 

 まだ咲いていない桜の花を空に見て、存在しない梢に来る小鳥を見る。滝の上にも目に見えない何かが光っている。近代俳句、近代短歌の王道は写生であり、写生とは目に見えたものを写すことなので、存在しないものを詠むというのはその精神に反している。ではどうして照屋さんは非在を視ようとするのか。その根底には「この世の姿は仮象にすぎぬ」という、照屋さんの心に深く根付いた思想があるからである。もしこの世の姿が仮象であるとしたならば、まだ咲かぬ桜も、長い年月の後に切株から成長するであろう梢も、目の前にある花や木と同じ資格において「存在するもの」となるのである。このように存在の背後に非在を視ようとするのは、短歌と俳句に一貫した照屋さんの変わらぬ姿勢である。

 「この世の姿は仮象」ということは、今ある姿を取っているものも別な姿で立ち顕われるかもしれないということであり、その筆頭は〈私〉である。

胸鰭のありし辺りに春愁  『猫も天使も』 

猫じやらしわれに微かな尾の記憶

春風や偶偶たまたま人にれしのみ  『月の書架』

人間ひとのふりして加はりぬ踊りの輪  『やよ子猫』

人間の皮猫の皮かりそめに着て夜の秋のたましひ二つ  『恋』 

 目には見えない胸鰭や尻尾を体に感じるのは、ヒトという種が魚類から進化したということではなく、神様の振る骰子の目が一つちがっていたら私は魚や猫としてこの世に生を受けていたかもしれぬということだ。だから私の膝で眠る猫も私もたまたまこの姿でこの世にいるにすぎない。こういう想いが照屋さんの心の深い処にあった。

 だとすれば今ある形を取って在るこの世と、また自分が別の形を取って生まれる別の世とは等価であり、その差分は僅かと感じられてもおかしくはない。

野遊びやさきの世の尾を戦がせて  『猫も天使も』

またの世の今はさきの世天の川

またるる日までこの世に鶴でゐる   『やよ子猫』

月明に逢はなむ人を辞めて後

夏椿ひらくかたへにそと置きてうつし身はすずしきこの世の嘘

                          『抽象の薔薇』

 現世のみが世界ではなく、この世に存在するものだけが存在ではない。この世と別の世を自在に行き来できるわけではないが、この世に在るものの傍らに別の世が色濃く感じられる。そのような感覚が照屋さんの俳句や短歌に独自の味わいと奥行きを与えている。

 現世は連綿と続く前の世と後の世に挟まれた須臾の間に過ぎないと感じるならば、「一期は夢」との想いを深くするのは当然の成り行きである。事実、照屋さんのデビュー作となった歌集の題名は『夢の岸』だったことを鑑みれば、その想いは若い頃からすでに照屋さんの胸に生まれていたと思われる。

またの名は螢この世を夢と言ふ  『猫も天使も』

前世後世この世も夢の桜かな   『月の書架』

神が見る夢がこの世よ春うらら

ああわたしたぶん誰かの春の夢   『やよ子猫』

一期の夢の途中道草して花野

美しい夢であつたよ中空ゆ振り返るときこの世といふは  『恋』 

 改めて読み返してみると初期の作品に詠まれた「夢」はどこか抽象的で観念的把握に留まっている。しかし歳を経るに従って夢の想いは体内深く沈潜し、照屋さんの日々を浸すようになって、句にも凄みが増しているように感じられる。二○一三年の『季刊芙蓉』九七号に照屋さんの句集の評を書いたときにも取り上げたのは「夢」だった。すると照屋さんから「また夢ですか!」といささか不満げなメールが届いたことがあったが、「一期は夢」は照屋さんから離れぬ想いだったのだからいたしかたない。

 照屋さんは重いこの世の肉体を脱ぎ捨て、夢の中で幾度も訪れた別の世で軽やかに遊んでいるにちがいない。そんな自分の姿を照屋さんは句や歌に繰り返し詠んでいる。残された句集・歌集の中に心を遊ばせれば、そこには形を持たなくなった照屋さんがいつもいるのである。私たちは書を開くだけでよい。

こんなに軽くなつて彼岸の野に遊ぶ  『月の書架』

もうかたち持たずともよきさきはひを告げきて秋の光の中  『恋』

 

照屋眞理子『猫も天使も』角川書店、2020年7月15日刊行

第285回 近江瞬『飛び散れ、水たち』

開けっ放しのペットボトルを投げ渡し飛び散れたてがみのように水たち

近江瞬『飛び散れ、水たち』

 歌集題名が採られた歌である。「投げ渡し」という複合動詞で歌の場面には別の人がいることが知れる。同世代の若い友人だろう。目上の人や子供には、栓を開けたままのペットボトルを投げたりしないからである。中身の鉱泉水がかかっても、「おい、何するんだよ」で済む気の置けない相手だ。飛び散る水に、たてがみのように散れと命じている言葉は、実は自分たちに向けられた言葉でもある。たてがみはライオンや馬などの動物に見られるもので、ライオンでは雄に限られており、雄々しさの象徴である。次の歌のようにドアのノッカーと化していても、たてがみは凜々しい。

鬣に森の名残りの香を立たせ氷雨にむかうノッカーの獅子  

               山田消児『アンドロイドK』

 だから掲出歌は雄々しくありたいという願望を抱えた男子のまぶしいほどの青春歌なのである。

 結社誌『塔』の7月号で塔短歌会賞が発表され、昨年度の塔新人賞に続いて近江瞬が受賞した。よいタイミングなので『飛び散れ、水たち』を取り上げたい。

 近江瞬は1989年生まれ。短歌との出会いは書店の古本コーナーで偶然手に取った俵万智の歌集『あれから』だという。それから歌歴わずか5年だというから驚く。塔新人賞以外にも、歌壇賞、笹井宏之賞、短歌研究新人賞などで、最終候補や佳作に選ばれている。『塔』期待の新人と言ってよい。『飛び散れ、水たち』は今年 (2020年)の5月に刊行されたばかりの第一歌集で解説は山田航。

 山田も解説で指摘しているように、本書はまぶしいほどの青春歌集である。したがって詠まれている世界は少し過去のこととなる。そして季節は光溢れる夏である。

何度でも夏は眩しい僕たちのすべてが書き出しの一行目

僕たちは世界を盗み合うように互いの眼鏡をかけて笑った

黄昏に盗まれてゆく教室で君から充電コードを借りる

みずうみの波の始点となるような声にならない君の耳打ち

何歩目のグリコでしたか少年が大人の顔をし始めたのは

 一首目は巻頭歌。歌集を編む時は、誰しも巻頭にどの歌を置くかに腐心する。巻頭歌は歌集全体のトーンを決めるからである。「すべてが書き出しの一行目」は、それほど残りページがない身から見れば羨ましい限りだが、誰にもそういう時期があったのである。二首目、人の眼鏡を借りて掛けると、度数がちがうので世界が少しちがって見える。それを「世界を盗み合う」と表現している。この程度のことで笑い合えるのが若さに他ならない。三首目の教室は大学でもおかしくはないのだが、どうしても高校だと思えてしまう。四首目は女性の秘密の耳打ちを波の始点と捉えているところが美しい。五首目はじゃんけんでグーで勝ったら「グリコ」で3歩、パーで勝ったら「バイナップル」で6歩、チョキで買ったら「チョコレート」で6歩進むという子供の遊戯に子供から大人への変化を重ねた歌。

 上に引いた歌は屈託のないきらきらする青春である。しかし青春は光に満ちているばかりではない。そこには青春特有の影もまたある。

僕たちはまだ行き先すらも決められず丁字路にながくブレーキを踏む

てっぺんにたどり付けない服たちが落ち続けているコインランドリー

標識の行き先がみな未来だと突きつけられている帰り道

容器ではなくて剥がした蓋につくヨーグルトに似て、教室に僕

内側に未来を抱いてトイレットペーパーその芯だけは空白

 一首目は可能性と同義の将来の未決定という宙ぶらりんの状態におののく青春。二首目は、ドラムの中で回転して頂点に辿り着く前に落下する洗濯物に己の姿を見る歌。三首目も一首目と同工異曲の歌。四首目、自己評価の不安定もまた青春特有の現象である。特に同じ教室に学ぶ学友と自分を比較して、自分のランクはどのあたりと考えることが多い。この歌では自己評価は限りなく低く、蓋に付いたヨーグルトである。五首目、未来に広がる可能性という手形はもしかして不渡りかもしれず、自分の中身は空っぽだと詠う。しかしこのような影もまた確実に青春の一部である。

 はっきりと歌のトーンが変わるのは、三部構成の第三部からである。

塩害で咲かない土地に無差別な支援が植えて枯らした花々

上書き保存を繰り返してはその度に記事の事実が変わる気がする

あの時は東京で学生をしていましたと言えば突然遠ざけられて

僕だけが目を開けている黙祷の一分間で写す寒空

避難路の整備のために立ち退いた寿司屋が廃業する八年目

 作者は宮城県の石巻市の生まれである。2001年の東日本大震災の時には、東京で大学生をしていた。実家に電話して「帰ろうか」と言うと、「食糧が一人分減るだけだから帰って来るな」と言われたという。それだけでも心が締め付けられる。大学を卒業後、東京で就職して働くが、思うところあって故郷に戻り新聞記者となる。第三部はそれからの歌である。

 一首目、被災地の支援は本来は現地の実情に即したものが必要だが、そうでないものもあるのが現実だ。善意で植えた花は塩を浴びた土地では育たない。二首目、同じ出来事でも何度も語るうちにその意味や重みが変化するように感じられる。三首目、震災の惨禍を共有できなかったという心の痛みは消えることがない。四首目、みんなが黙祷する時に目を開けているのは新聞のための写真を写すためである。仕事とは言え、ここでもみんなと気持ちを共有できないという心の屈折がある。だから翌日に「三月十二日の午後二時四十六分に合わせて一人目を閉じている」ということになる。五首目、震災からの復興事業のあおりをくらって廃業する店もある。間接的ながら震災の二次被害である。「あのときどうすればよかったのか」という問は、作者ならずとも多くの人の心にまだ棘のように刺さったままだろう。

 塔短歌会賞受賞作の「ネジCとネジE」にも触れておく。謎のような連作題名は、次の一首目に由来する。

ネジCが別の説明書の中でネジEとして使われている

売れているタンスを目立つ場所に置く売れているタンスが売れていく

クレームをアフターと言い換えている 貧乏ゆすりに気づいて止める

社員への打診があった片岡さんがそれから三ヶ月後に辞めた

どこまでを社員でいよう送別会終わりの駅で手を振りながら

退職後五日が過ぎたフロア内を客でも店員でもなく歩く

 作者は大学を卒業後、東京で家具店に勤務していた。受賞作は勤めを辞めるまでをていねいに構成した一連となっている。一首目は家具の組み立て説明書のなかで、同じネジがある説明書ではネジCと、別の説明書ではネジEと呼ばれていることに気づいた歌。ネジは汎用でありどこにでも使われる。唯一無二のネジというものはない。働く自分たちもまた交換可能な部品にすぎない。連作中で私がいちばんいいなと思ったのは六首目の歌である。ついこの間まで勤めていた店を、客でもなく店員でもなく歩いてみるというのは、会社を辞めてまだ次の勤めを始めていない宙ぶらりんの状態には解放感も伴うだろうが、同時にまるで自分が誰にも見えない幽霊になったような奇妙な感覚だったことだろう。

狭き空を飛行機雲が真四角に切り抜いて開く雨の入口

晩夏にブルーシートを掲げれば無数の光に変わりゆく傷

雨の降り始めた街にひらきだす傘の数だけあるスピンオフ

水風船ふくらんでゆく半分は蛇口のこぼす夏の吐息に

かごのなか収集車を待つ瓶たちの粉々になるほうの透明

飲み込んだ海の一部を返すとき魂のごと糸引く唾液

靴底に溜まった砂場の砂を捨て「あっ」とつかむ夏のひとかけ

句読点の付け足されゆく校正の各所で開く赤い雨傘

 印象残った歌を引いた。よく使われている語は「夏」「光」「青」「透明」で、これを見ても本歌集が青春歌集であることがよくわかる。ゼロ年代に登場した若手歌人たちは穂村弘に「ゼロ金利世代」と呼ばれ、リア充からはほど遠い不景気な日常を低いテンションで詠うスタイルが多かったが、近江はそれとは180度方向性を異にしている。その意味でも注目すべき歌集である。

 このようなキラキラした青春歌集を読むと時代の変化を感じないわけにはいかない。『現代短歌の全景 男たちの歌』(河出書房新社 1995)の座談会で小池光が、自分たちの若い頃は詩を作っていると言うと、尊敬されて大きな顔ができたが、短歌を作っていると言うと「おまえはばかじゃないか」と言われる雰囲気があったと発言している。小池の念頭にあった詩というのは、戦後詩を代表する田村隆一ら荒地派のことだろう。また別の所で小池は、俵万智の『サラダ記念日』の画期的な点は、それまでの短歌にまとわりついていたウラミから歌を解放したことだとも述べている。近江はおそらくそんな時代の雰囲気も短歌が内包する影も知らないだろう。そういう意味でも時代がひとつ回ったように感じるのである。

 

第284回 北大路翼『見えない傷』

我が歩幅越ゆることなき蜷の道

北大路翼『見えない傷』 

 になは田螺に似た小さな巻き貝で、ここでは田んぼや小川にいる川蜷だろう。田んぼの水底の泥の上を川蜷が移動すると、轍のような後がかすかに残る。それが蜷の道である。蜷はとても小さく移動もゆっくりなので、移動した痕跡はいつも短く、私の一歩の歩幅を越えることがないという句である。季語は蜷で春。人と蜷の大小の対比のおもしろさ、ゆっくりと流れる春の時間、変わることなき自然の摂理といったものを感じさせる句である。

 北大路翼は1978年生まれの俳人。小学生の時に種田山頭火を知り、無季俳句を作り始めたというから、相当な早熟で無頼への憧れもすでに芽生えていたのだろう。中学に進むと国語の教師が今井聖だったというから驚きだ。田中槐の高校の国語の先生が村木道彦だったというのと同じくらいの出会いである。以来有季定型句に転校し現在に到る。新宿歌舞伎町を根城として俳句一家「屍派」の家元を名乗っている。『見えない傷』は『天使の涎』、『時の瘡蓋』に続く第三句集である。

 北大路というと昨年(2019年)の夏頃に、TV番組「激レアさんを連れて来た」でその姿を見た。めったにしないような特異な経験をした人を連れて来て、その一部始終をアナウンサー広中綾香が手書きのパネルで語るという番組である。北大路はツバサ君という名で紹介された。登場したとたん、ゲストの女優足立梨花が「あっ、歯がない!」とつぶやいたのをよく覚えている。前歯が何本か欠けていたのである。歯が欠けていると無頼メーターが跳ね上がる。しかし身にまとわせている無頼な空気とは裏腹に、作る俳句は実にまっとうな旧仮名遣いの有季定型句である。

刃物みな淑気に満ちて台所

ゴミ捨て場飛び出してゐる破魔矢かな

喰積や人来るたびに箸出して

リムジンが曲がれぬ垣根の落ち葉焚き

一月の茶碗の中の山河かな

 2017年新年から引いた。一句目の淑気は正月のめでたい気分のことで新年の季語。刃物が淑気に満ちていると感じられるのは、歳の暮れに慌ただしくおせち料理をこしらえた後、きれいに研いで仕舞われているからだろう。凜とした正月の空気を感じさせる。二句目、破魔矢は正月の縁起物として飾られるが、松が取れて用済みになるとふつうのゴミとして捨てられる。しかし長いのでビニールのゴミ袋を突き破って飛び出しているのである。決して美しい光景ではないのにこのような場面を詠むのは、俳句が些細なことにおかしみや哀感を感じ取る詩型だからである。この句では「飛び出してゐる」がポイント。三句目の喰積は重を重ねるおせち料理のこと。年始の客が来る度に祝い箸を出しておせちを勧めるという正月の場面である。四句目の季語は落ち葉焚きで冬。リムジンが道の狭い住宅街を通っている。リムジンの車体は長いので角を曲がれないのだ。リムジンは芸能人やセレブが好んで乗る車なので、なぜこんな庶民の住宅街に来ているのかという所に何か物語がありそうだ。五句目の山河は茶碗の内側の絵付けと取ることもできるが、ふつう茶碗の内側には絵付けをしないのでそうではなかろう。茶碗には五目ご飯か炊き込みご飯が盛られている。その具を山河と捉えたものと取る。この句では一種の誇張法によって、一椀の飯に山河を見る壮大さがポイントである。

 上に引いた句を読んでいると少しおかしいと感じることがある。時代がやや古いのである。今どき正月に年始の客が次々と来ておせち料理を食べる家があるだろうか。また住宅街の道で落ち葉焚きをしている光景もとんと目にすることがなくなった。下手をすると消防に通報されてしまう。北大路がこれらの句に詠んでいるのは、記憶の中にあるなつかしい日本ではないだろうか。

桃の花こぼれてゐたる名刺受

海市立つ流木踏めば骨の音

新学期画鋲の穴にまた画鋲

問診に嘘少しまぜ春の昼

石鹸玉祈る言葉がつぎつぎと

 一句目、ふつうの家に名刺受けはないので会社の光景だろう。花瓶に挿した桃の花だろうか、名刺受けに零れているという美しい場面。花びらが自然が寄越した名刺という見立もできる。二句目の海市は蜃気楼のことで春の季語。浜辺を歩いている場面である。風雨に曝された流木が骨に似ているというのはいささか普通か。三句目は小学校の教室の場面だろう。壁に画鋲の穴があいているのは掲示物を貼ったからである。新学期を迎えて新たに掲示物を貼るときに、その穴にまた画鋲を刺すという句である。「だから何だ」と言われると困るのだが、こういう些事におかしみを感じるのが俳句なのだ。四句目は会社の定期健康診断か。身長や体重測定、視力検査の後に医者の問診が控えている。「お酒はどのくらい飲みますか」とか「煙草は一日何本くらい吸いますか」という質問にやや過少申告しているのである。五句目、子供が庭でシャボン玉を作って遊んでいる。シャボン玉はくるくる回りながら虹のように煌めいたかと思うと、パチンと割れて消えてしまう。次々と生まれては消えてゆく様を眺めていると、永遠の輪廻という思いが浮かんで祈りの言葉が湧いて来るという句だ。

 こうして鑑賞しているときりがないので、付箋の付いた句を挙げておこう。山のようにあるので厳選する。

ブロッコリー緑の粒の謀

かげろひてをり海苔弁の蓋の裏

夏至の雨は泣いている男の子の匂ひ

硝子戸の雫は海で死んだ人

ヨガ用の小さきマットや獺祭忌

白菜の芯まで煮えて一人きり

大根も過去もいづれは透き通る

花冷えの麻雀牌の彫り深し

滅びゆくものの匂ひや缶ビール

冷蔵庫の小さくなつてゐた実家

薬局の白さの残る洋菓子店

境内の形に合はす踊りの輪

吃音の少年を買ふ寒の雨

 一句目「ブロッコリー」を読んで、穂村弘・東直子・沢田康彦『短歌はプロに訊け』に収録された「めきゃべつは口がかたいふりをして超音波で交信するのだ」という本上まなみの歌を思い出した。ブロッコリーの緑の粒粒を見ていると、ふと何か陰謀を巡らせているのではという気がするという句。「ヨガ用の」の句は脊椎カリエスで寝たきりだった正岡子規へのオマージュ。ヨガ用の小さなマットから子規が寝ていた布団を思うという句である。「冷蔵庫」の句は、夫婦二人になり歳をとって料理も作らなくなって、電気代のかからない小さな冷蔵庫に買い換えたという句。「薬局の」は元は薬局だった建物を改装して洋菓子店を開いたのだが、塗装に白さが残っているのだろう。「吃音の」の句は特に無頼の匂いがする。

 特に感じ入ったのは次の句だ。

春巻の断面よぎる蝶の影

 春巻きの断面に蝶の影が差すことは現実にはあるまい。だからこれは幻影の句である。しかしながら春巻という庶民的な食べ物と、どこかふらふらと漂う死者の魂を思わせる蝶の取り合わせがよい。春巻を羊羹や蒲鉾に換えても句は成り立つが、やはりここは春巻がよく動かない。

 かねてより不思議に思うのは、同じ短詩型文学なのに短歌より俳句の方が無頼風狂の度合いが高いのはなぜだろう。俳句は短歌より短いために、逆説的ながらより自由度が高くて前衛・過激に向かうのかもしれない。

 

第283回 柴田葵『母の愛、僕のラブ』

 

ぼろぼろと光を零してはつ夏のきゅうりを交互に囓りあう朝

柴田葵『母の愛、僕のラブ』

 初夏の蒸し暑い朝のこと、冷房のない部屋の暑さをしのぐためか、冷蔵庫から出した冷たい胡瓜を二人でかわるがわる囓っている。一読して若いカップルだとわかる。「光を零して」とは、口から零れ落ちる胡瓜の欠片が朝の光に煌めく様を言っているのだろう。奇妙に詩的に描かれた場面だが、読んでまず抱いた印象は「どこか過剰なところがある」というものだ。そしてこの「どこか過剰」というのはこの歌に限定されるものではなく、本歌集の全体に漂う空気でもある。

 2019年12月に刊行された『母の愛、僕のラブ』は、短歌ムック『ねむらない樹』が主宰する第一回笹井宏之賞の大賞受賞者である柴田葵が、副賞として出版した第一歌集である。プロフィールによれば、柴田は1982年生まれ。銀行勤務ののち結婚して渡米し、それをきっかけに短歌を作るようになる。第6回現代短歌社賞候補、第2回石井遼一短歌賞次席にも選ばれている。笹井宏之賞の選考委員は、大森静佳、染野太朗、永井祐、野口あや子、文月悠光の5名で、他の短歌賞に較べれば圧倒的に若い。選考座談会では柴田を推す永井祐が議論をリードし、永井の読みに他の委員が影響され賛同する形で進行している。

 受賞作となった「母の愛、僕のラブ」は読むのに注意が必要な連作だ。まず「母とふたり暮らしだった」という詞書きが冒頭にあり、母子家庭という環境が暗示される。歌で「僕」と自分を呼んでいるのは実は女の子であることが読み進むうちに知れる。また連作中に【 】でくくられているのは母の声で、自分を僕と呼ぶ娘の声と母の声が交錯する交響楽的構成になっている。

僕は先生を漂白する役でドアノブを回すとへんな音

【神様はいないのこれは学問よしあわせになる勉強会よ】

てづくりをする信念のママの子に産まれて着色されない僕ら

【戦争にいかせたくない わたし自身が戦争になってもこの子だけは】

僕らはママの健全なスヌーピーできるだけ死なないから撫でて

あがりすぎて戻れない凧 凧からの糸を握った僕の手はハム

 「先生を漂白する役」とか「着色されない僕ら」などどう意味を取ればよいのかわからない箇所もある。しかし全体から湧き上がって来るのは、育児に独特な拘りを持つ束縛的な母親の下で、真綿で首を絞められるようにして暮らす子の窒息感だろう。その後、「母の家を出た僕は恋人からボクっ娘をやめろと言われた」、「母から、母の結婚式の招待状が来た」、「友達がいないことを母に隠している夢だった」という詞書きがあり、次のような歌が並んでいる。

自分ちにいるのに家に帰りたい刈っても刈っても蔦の這う家

殴られている音がする洗濯機 犠牲になるのは私でいいよ

バーミヤンの桃ぱっかんと割れる夜あなたを殴れば店員がくる

バイトバイト私はバイトの人になる駅前の鳩がねんねん増える

学校に行けない夢から目覚めればもう三十歳だったうれしい

汚れから私を護るエプロンをラブと名付けてラブが汚れる

 流れとしては恋人ができて母の下を離れ、恋人と暮らすようになるが、そこにDVを思わせる歌もある。母の束縛を逃れて幸福を求めても、母との関係を抜け出すことができずにもがく姿が詠われている。選考座談会で柴田を推した永井は、「作為が徹底している」「全体を構造化する手つきがしっかりとある」と評している。

 本歌集に収録された他の歌も見てみよう。

カロリーメイトメイトが欲しい雨あがり駅のホームでほろほろ食めば

水を買うその違和感で日々を買うわたしのすきなおにぎりはツナ

きみは私の新年だから会うたびに心のなかでほら 餅が降る

うんと眉根を凍らせてゆくビル街のどこからくるんだインドのかおり

美容院あるいはバーバー閉じられてすべての季節の造花が窓に

 一首目では駅のホームでカロリーメイトを食べている。カロリーメイトはゆっくり食事する時間がないときに手っ取り早くカロリーを取る手段だから、作中の〈私〉は仕事に追われているのだろう。カロリーメイトからの連想で、メイトつまり恋人か友人がほしいとつぶやく。二首目はコンビニで水を買う違和感をまず述べている。「日々を買う」は、にもかかわらず毎日コンビニで何かを買っているということだろう。そんな違和感があるのに、下句では好きなおにぎりはツナと言い放っている。三首目は思わず笑ってしまったが、私にとって恋人の君は新年と同じ価値を持っている。だから君と会うたびに心の中で餅が降るような喜びを味わうというのである。恋人を餅に喩えるそのストレートさに驚く。四首目の「眉根を凍らせて」はおかしな語法だが、「眉をひそめる」がさらに進行した状態を言うのだろう。作中の〈私〉は心中穏やかならぬものがあるのだ。そこにカレーの香りが漂って来る。五首目は美容院と理容院を兼ねた店だろう。閉じられているのだから、今日はもう閉店したかあるいは廃業したのだ。ここでは廃業と取りたい。窓の中を外からのぞくと季節に関係なく造花が飾られている。

 笹井宏之賞の選考座談会で染野が、他の賞では応募者の年齢もばらばらで文体の差がつくのだが、今回は口語短歌が目立つ気がして、細かい差異に敏感にならざるを得ずたいへんだったと述べているのが印象に残った。選考委員が若いこともあって、応募作品は口語短歌が多かったのである。柴田ももちろん口語短歌である。読んでいると口語短歌の持つある種の傾向と問題点に気づくことがあるので、今回はそのことに触れてみたい。

 大辻隆弘は著書『近代短歌の範型』(2015年、六花書林)所収の「多元化する『今」― 近代短歌と現代口語短歌の時間表現』という出色の文章の中で次のように述べている。近代短歌は作者がただ一つの「今」という時間の定点に立つことによって成立している。そして「今」より前の出来事は過去または完了として、「今」より後の出来事は推量として表現される。大辻は茂吉の次の歌を引いてこのことを解説する。

わたつみの方を思ひて居たりしが暮れたるみちに佇みにけり

 この歌では作者は最後の「けり」という詠嘆過去の助動詞を発した時点を「今」としている。そしてそれより前の出来事は「居たりしが」の助動詞「たり」と助動詞「き」によって過去完了となる。このように近代短歌の時間表現は、作者の立つ「今」という定点を軸に構成されるというのである。確かにその通りである。

 ここで「けり」は過去を表す助動詞なので、なぜ過去が「今」なのかという疑問を抱く向きもあろうかと思うので、大辻の文章の要約を離れて少し触れておこう。ここで言う「今」とは発話時現在の「今」ではない。発話時現在は文を発した時点をいうので、近代短歌であれ現代口語短歌であれ発話時現在は同じように存在する。大辻が問題にしている「今」は、作中人物の〈私〉が夕暮れの道に呆然と佇んでいることにハッと気づいた時点である。この「今」は発話時現在のように発話と外的世界との関係によって規定されるものではなく、作品の描く内的世界で〈私〉が生きている時間なのである。私たちは物語をするとき必然的に過去形を用いる。出来事の生起は過去形でしか表現できないからである。「私はころぶ」は予測か予言にしかならない。「私はころんだ」として初めて出来事になる。だから作中の〈私〉が「今」感じていることを語ろうとすれば過去形「けり」を用いることになる。だからこそドイツのテクスト言語学者ケイト・ハンブルガーは、たとえ未来を描くSF小説でも語りは過去形で行われると喝破したのである。

 大辻の文章にもどろう。大辻は続いて永井祐の歌を引いて、近代短歌の「今」とのちがいを次のように述べている。

白壁にたばこの灰で字を書こう思いつかないこすりつけよう  永井祐

 現代の口語短歌には定点としての「今」がない。たとえば永井の歌では、「白壁にたばこの灰で字を書こう」と思いついた「今」①、「思いつかない」とあきらめた「今」②、「こすりつけよう」と考えた「今」③があり、「今」を一点に定めることができない。つまり作中主体の〈私〉は歌の中で一点に留まることなく時間を移動しているのである。「今」の裏側には〈私〉が張り付いているので、「今」の数だけ〈私〉があるとも言えるかもしれない。

 柴田の短歌を読んでいると大辻の言うことがよく当てはまる例があり、一人永井に限るものではないことがわかる。

ここからは僕がルールだその次にきみがルールだ白墨をひけ

朝からもうがんがん暑いイチゴジャム甘すぎる赤すぎるきれいだ

犬がゆくどこまでもゆくあの脚の筋いっばいの地を蹴るちから

 これらの歌の中には複数の「今」があり、作中主体の〈私〉は飛び石の上を渡るように次々と「今」を渡る。近代短歌の「今」が一点に固定されていることは、歌の中の視点もまた一点に固定されていることに通じる。そのことが近代短歌の結像性と、それを基盤とする歌の背後に現れる一人の〈私〉を担保していたことはまちがいない。ひるがえって現代の口語短歌では、複数の「今」の間を移動する〈私〉は視点の固定化とは逆の結果を生む。このために歌から析出される〈私〉の姿もまた変わらざるを得ないのである。柴田の作る短歌にどこか過剰で演技的なものがあることも、これと無関係ではないように感じられる。時点と視点が固定していない〈私〉を浮上させるには、何らかの強度が必要になるのではないだろうか。

 最後に印象に残った歌を挙げておこう。

土砂降りの高層ビルの応接にうつくしい水だけの水槽

熱帯に羽ばたく鳥のくちばしを捥いで合わせたような鋏よ

ほろぼされたまぼろしのきみ ひとすじの髪をアヤメの葉のように染め

冷えきったガードレールの歪みからたちのぼる過去を肺まで入れて

褪せた桃いろの毛布とはじめからそんな感じの空いろの毛布

イヤホンの右側だけを臍にあて音をわけあうとても寒い日

公園の蛸すべりだいはすり減って蛸を脱したすべらかなもの

結婚をした日の雨は地を廻りわれら果てなく限りある旅

第282回 橋場悦子『静電気』

歩道橋越えても踏切渡つてもだれかの家の前に行きつく

橋場悦子『静電気』

 おもしろい歌だ。歩道橋も踏切も人の移動を助けるために作られた設備だから、そこを通る人はやがては誰かの家に行き着く。それは当然のことである。しかし当然のことを頭の中でもう一度ひっくり返して改めて見つめると、なにやら不思議なことのように見えてくる。奥村晃作のただごと歌と似ているのだが、興味深いのは、作者が狙って作っているわけではなさそうだということである。歌集を読んでいると、作者の物の感じ方や立ち位置のベースラインがなんとなく体感されてくるものだ。本歌集を読むと掲出歌のような歌が少なからずあり、作者の物事の捉え方を直接反映しているようなのだ。実にユニークな歌集である。

 巻末のプロフィールによれば、橋場悦子は1980年生まれ。大東文化大学で開かれていた短歌実作入門講座に通った縁で「朔日」に入会し、外塚喬に師事する。『静電気』は2020年5月に刊行された第一歌集である。序文は師の外塚喬。

 文体は旧仮名遣いの文語定型で歌の多くは属目なのだが、読んでいて目に止まるのは次のようなぶっきらぼうで不思議な感触の歌である。

髪型を一昨日をととひ変へた「変はつたんぢやない」と訊かれてもいいやうに

「生きてるのが不思議なくらゐだ人間は」解剖医の声思ひ出す夏

相手からもわたしが見えるのを忘れひとを見つめてしまふときあり

あなたにはこのテストへの適性がないと言はれし適性テスト

マニキュアが男のためでないことは男以外はみな知つてゐる

壇蜜は嫌ひではない壇蜜を好きと言ひ張る女が嫌ひ

 一首目、「髪型を変えたんじゃない?」と訊かれてもいいように髪型を変えるとは、行為とその目的とが捻れているようで頭がくらくらする。二首目には「解剖医」という短歌では珍しい言葉が出て来るが、これについては後述する。「人間の身体は生きているのが不思議なくらい出鱈目だ」ということだろうか。三首目も意味は明らかだが、相手から自分が見えていることを果たして忘れるだろうか。四首目、適性テストを受ける適性がないとはまるでメタ適性みたいで、深い所で否定されたような気になるだろう。五首目、マニキュアが女性用の化粧品であることはある意味自明だ。しかし聞くところによると、ギタリストなど爪の保護が必要な人は男性でもマニキュアを使うらしい。六首目も四首目とちょっと似ていて、偶然かもしれないが「壇蜜が好きな女が嫌い」というメタ的関係になっている。

迷つても平気地球は丸いから 空の青さの沁みる十月

パンダには生きる意欲がないらしいクロレッツにはもう味がない

ボレロつて初めてぜんぶ聞いたけど最後のさいごまでボレロだね

足にまでひとには人差し指がありしかも我のはひときは長し

写真とは常に昔を写すもの鏡ほどにはおそろしくない

 一首目は大らかというか、いい加減というか。迷ったとしても地球は丸いのでぐるっと回って目的地に行き着くというとぼけた味のある歌。二首目、なぜパンダには生きる意欲がないと感じたのかわからないが、しばらく噛んだクロレッツに味がしなくなることとは何の関係もない。関係のないものが並置されることで妙な味わいが出る。三首目はラヴェルのボレロだろう。ボレロが最後までボレロなのは当たり前だ。途中からポロネーズになったりはしない。四首目、確かに足の指で人を差すことはしないので、足に人差し指があるのは不思議である。しかし自分の足の人差し指が長いことなど、取り立てて歌にするほどのことか。五首目、写真は昔なら撮影してから現像・焼き付けするまで時間がかかる。インスタント写真でも少しは待たなくてはならない。今のデジタルカメラでも、撮影してから保存し呼び出すのに少しかかる。だから写真とは常に過去の映像だというのである。言われてみれば確かにそうだと納得する。

 橋場の短歌はこのように生活上の些事を取り上げ拡大鏡で大きく見せて提示するものが多く、当たり前のことをことさら言い立てるとぼけた味わいがあったり、改めて言われるとなるほどと納得したりするものが多いのである。意図がやや違うかも知れないが、奥村晃作のただごと歌と一脈通じるものがあり、とぼけた味わいは相原かろと少し似ている。要するに他にあまり似た作風の歌人がいない、とてもユニークな歌のである。

 その結果と言えるかどうかよくわからないが、秀歌として取り立てる歌があまりない。というかもともと作者が秀歌を狙っていないと言ったほうがよいかもしれない。序文で外塚は、「意識して内容を詩的にするとか、表現をする上で奇を衒うことはしい。自然体で詠んでいる作品が詩的と見られるのは、天性と言ってもよいのかも知れない。(…)多くの人が見逃しているような些事を、的確に掬い取って作品として昇華させているのだ」と書いている。もし作者が自然体で詠んでいてこのような歌が出来上がるのだとしたら、それはおそろしい天賦の才と言わなくてはなるまい。

 そのことは作者の独特の喩にも見て取れる。

閉めきつた部屋にも深くはひり込む切り取り線のやうな虫の音

空つぽの弁当箱を持ち帰るやうだ心臓ことこと揺れて

胃袋は赤きほらあな最後にはどんな魚も溺れるだらう

 虫の音が切り取り線のようだとか、心臓の鼓動が空の弁当箱のようだとか、胃袋が赤い洞窟だというのは実にユニークな喩ではないだろうか。

 歌に詠まれた素材のユニークさには作者の職業から来るところもある。

押送車あふそうしや並んで停まる横を行く湿気の重きけふの東京

真顔より気持ち目元を緩ませて接見室の扉を開けぬ

特段の意味はなからう裁判所地下で圏外になる携帯電話けいたい

ダルメシアンは器物扱ひとなることが開廷前の雑談となる

卓上の鋏は仕舞へ取調修習前に指導されたり

カツ丼は食はせるのかと真顔にて尋ねられたる飲み会ありき

刑事より被疑者の署名の字のうまき供述調書もまれにはありき

 「押送車」なんて言葉は初めて見た。広辞苑を引いて「受刑者、刑事被告人を護送する車両」だと知った。作者の職場は裁判所なのである。裁判所と言ってもたくさんの職種がある。裁判官、事務官、書記官、廷吏などがいて、弁護士も裁判所に行くことがある。しかし「取調修習」という言葉があるので作者はおそらく検事だろう。前に出てきた「解剖医」という言葉もこの文脈に収まる。法曹界の様子が短歌に詠まれるのはとても珍しい。六首目を読んで思わず笑ってしまったが、容疑者の取り調べでカツ丼を食べさせるというのは、ひと昔前の刑事ドラマのクリシェだ。

 外塚の言う「些事を取り上げて詩とする」というのは次のような歌によく現れている。

最後尾の札は立てかけられてゐて誰も並んでゐない店先

動物に細胞壁がないことを満員電車でふと思ひ出す

春にまだ濃淡のあり黒猫がただ寝そべつてゐるごみ置き場

 だから私が付箋を付けた歌を引いておくが、次のような歌が橋場の個性をよく表しているというわけではないのである。こんなもって回った言い方をしなくてはならないのは、ひとえに作者のユニークな個性の故である。

跳びたくてイルカは跳んだと思つてた遠い夏の日の水族館

いかに深き穴にも言へぬことありて空濁る日のベランダに立つ

封印を解かれしごとく夏は来て泡立ち止まぬ雑踏の声

義母の手を握りて塗りしクリームの薔薇の香の残るてのひら

暗闇も熱を帯びゐる路地裏に白粉花の強く匂へり

はつなつの真昼の長き散歩して影の中では影を失ふ

贖(あがな)ひて帰る道みち片方の頬を翳らす竜胆の花

食べ終へた弁当箱に骨のあり魚を食べるといきものになる

ためらひの後ほそき橋渡るとき後ろ姿の華やぎて見ゆ


 

第281回 笹原玉子『偶然、この官能的な』

切れ長の目をしてゐるね半島の朝、瞼の縁でゆれるバラソル

笹原玉子『偶然、この官能的な』

 

 初句の「切れ長の目をしてゐるね」は終助詞「ね」によって会話だと知れる。おそらく男性が女性に向かってそう言ったのだ。場所はどこかの半島で、時刻は朝である。半島は世界にごまんとあるのでどこだかわからず、どこでも当てはまる。しかしここはシンガポールのラッフルズホテルあたりを想像しておきたい。パラソルという単語から避暑地を連想するからである。下句の瞼の持ち主は男性から「君は切れ長の目をしているね」と言われた女性だろう。すると避暑地の朝の恋の予感の場面ということになる。

 意味のみに頼って読み解くとそのようになるが、韻文は意味と形式の融合体であり、時には意味より形式が優ることもある。目につくのは三句「半島の朝」の字余りである。小池光が何度も力説しているように、三句の字余りはふつう御法度だ。三句は上二句と下二句を繋ぐ蝶番の役目を担い、歌の内的韻律を形成する。しかも掲出歌ではその後に読点まで打ってある。明らかに作者は三句から蝶番としての役割を剥奪して、上三句と下二句を切り離したいのだ。師の塚本邦雄譲りの「辞の断絶」である。これは上二句と下二句とで人物が交代していることに対応する。三句が蝶番の役目を果たさなくなると、内的韻律の凝集力がなくなり、歌は溶けたゼリーのように外に流れ出す。この「外への流出」が笹原の短歌の大きな特徴なのである。

 『偶然、この官能的な』は、第一歌集『南風紀行』(1991年)、第二歌集『われらみな神話の住人』(1997年)に続く第三歌集である。書肆侃侃房のユニヴェール叢書の一巻として2020年4月に刊行された。第二歌集から実に23年の歳月が流れている。あとがきによれば、敬愛する山中智恵子と師の塚本が相次いでこの世を去ってから、作歌の意欲をすっかり喪失し、10年余のブランクがあったという。栞には林和清、佐藤弓生、石川美南が文章を寄せている。

 笹原の第一歌集と第二歌集は2006年 5月に本コラムの前身「今週の短歌」で取り上げて批評した。もう14年も前に書いた文章をあらためて読み返してみると、ほとんど付け加えるものがないことに驚く。ならば本稿はこれで擱筆となるのだが、笹原の歌に変化がまったくないわけではなく、私も昔は気づかなかったこともあるのでしばらく続けて書くことにする。

 栞文で石川美南が、図書館で歌集を借りては短歌をノオトに書き写していた頃、笹原の『われらみな神話の住人』は愛読書のひとつだったと書いている。これを読んでなるほどと得心するところがあった。笹原と石川の短歌に共通するのは「物語性」である。石川は笹原の歌に自由に羽ばたく物語の想像力を見たのだろう。

犬戎けんじゅうの頭目なれば文盲にして星辰の列すべて暗んじ

みづいろにひたされつづける廊下を歩くこの天体の淵のあたりを

およびから滑る骰子さいころ 卓上が砂漠へつづくアレキサンドリア

みそなはせ宴もたけなはやうやくに流竄の帝のご登場

形代かたしろは詩歌ばかりの島なれば軽羅のむすめがとほく手招く

 一首目の犬戎は古代中国の周辺民族で、定家が「紅旗征戎非ズ吾事」と書いた西戎の一部族。三首目の「および」は指のことで、アレキサンドリアは現在のエジプトにあるヘレニズム文化の中心他。四首目の流竄の帝はおそらく隠岐島に流された後醍醐天皇だろう。五首目の形代は紙の人形に厄を移して川に流すもの。いずれも歴史の時の流れと地理の空間的広がりを縦横無尽に跨ぎ越して、一首の中に物語を紡いでいる。物語性の強い歌人というと、井辻朱美と紀野恵がすぐ頭に浮かぶ。

陶製の浴槽バスに体をはめこみて森の国カレドニアでの暮れぬたそがれ 井辻朱美『水晶散歩』

中国の茶器の白さが浮かぶ闇ここ出でていづれの煉獄の門

王女死せし砂漠のうへを吹き来し吾がほそ道の火の躑躅揺る 紀野恵『架空荘園』

女東宮にょとうぐうあれかし庭に雀の子遊ばせてゐる二十五、六の

 井辻はファンタジー文学の研究者であり、もともと物語は得意なテリトリーである。また紀野においてはその詩想の高踏性が物語と親和性が強い。井辻や紀野の歌が短いながらも一行の物語を語っているのにくらべて、笹原の歌の物語はその未完性と断片性にある。笹原は一つの物語を語り終えることをめざしておらず、むしろ物語を未完のままにし断片化することによって、歌を外へと開いている。自身次のように詠んでいるとおりだ。

大鴉さいごの章を銜へ来よ此処は未完のものがたりゆゑ

 もうひとつ注目されるのは、言葉を用いて歌を作っているにもかかわらず、言葉以前への憧憬が繰り返し述べられていることである。

まだことば生まれぬまへに祈りはあつた綺羅めく空に膝を折りし日

身ぬちにて昏くさゆらぐ月のみづうみ言の葉をまだ知らぬさひはひ

 言葉がまだない昔に人間はより良き状態にあったというのはルソーの『言語起源論』を思わせる。言葉を自在に操る達人ならばこそ、言葉が捉えきれない始原の意味に憧れるのかもしれない。それは次のような歌にも繋がっているようだ。

いつよりかわれらひそかにもちしは心 神の訪ふ日の木末こぬれに隠し

 本歌集を読んで私が心惹かれたのは次のような歌である。このような人生詠は以前の歌集にはあまり見られなかったものだ。

 

のちの世はよみひとしらずの詩となりてこどくなあなたの灯火の友に

うつつでは忘れられたるゆめみどり私のノオトでたゆたふことを

放物線そのはじまりが水滴でをはりが風跡そんな一生ひとよ

ひとはゆめみる儚ごと もみぢならもみぢのかたちに散るまでを

 あとがきに「このつたない歌集がたとえば深夜、孤独な人の灯火の友にでもなればそれにまさる喜びはありません」と書かれているので、一首目はその願いをストレート詠んだ歌である。「自分の歌が後の世で詠み人知らずとならんことを」という願いは、「消私」の願望に他ならない。つまり作者は〈私〉とは何ほどのものでもないと思っている。ならば当然、短歌は自己表現の手段ではない。笹原の短歌の背後に「たった一人の私」を求めても無駄である。かくのごとくに笹原は近代短歌の王道とは異なる道を歩んでいるのである。

 では笹原にとって短歌とは何かということが二首目に詠まれている。「ゆめみどり」は蝶の古名で、今はもう忘れられた古い名だ。効率と営利追求の現代社会にゆめみどりの居場所はない。ならば私のノオトの中に安らぐがよい。これが笹原にとっての短歌である。

 三首目と四首目は人生詠に分類できる。特に四首目は心に沁みるが、若い人にはなかなかわからないかもしれない。「紅葉なら紅葉のかたちに散るまで」というのは、人生の残り時間を数えるようになってわかる境地である。

森のみどりそれより空のふかみどりしたる罰か手のひらに森

パンゲアにいつの日か帰ることあらむとほき始祖も知らぬ悔恨

ゆたけしな黒髪さわぐ秋篠ゆ朱色の櫛を拾ふゆふぐれ

かの御手みてに掴まれたくて蒼穹にさしいれてみるとがふかき手を

耳底じていはもみづうみに聴くセレナーデが奏でしかはるかなるねぎ

悦楽園園丁がのこす花式図は緋色の迷路シラクーサ

花積みの舟が港に着いた朝こめかみからまづ冷える如月

 特に印象に残った歌を引いた。いずれも塚本邦雄が「上質の不可解」と評した笹原短歌の美質を遺憾なく発揮している歌である。意味を説明しろと言われると言葉に窮するが、意味を超えた明滅するイメージの美しさがある。「悦楽園園丁」や「花積みの舟」はいかにも塚本好みだ。

 中でも特に印象に残ったのは次の歌である。

ふるさとで綺麗な着物をきて生きる おほよそのことはあとのゆふぐれ

 「おほよそのことはあとのゆふぐれ」と言い切る潔さが素晴らしい。笹原の短歌は「自我の詩」である近代短歌の王道からはずいぶん外れた歌なので、決して短歌シーンの主流になることはないだろう。それは本人がいちばん自覚しているにちがいない。そのうえで「主流とは何ほどのもの」というつぶやきが聞こえて来そうである。

 

第280回 富田豊子『漂鳥』

死に急ぐ者にはあらぬわが影をふたたび蝶のよぎる突堤

富田豊子『漂鳥』

 上句で「死に急ぐ者にはあらぬ」と断っているのは、一人ポツンと港の突堤に佇立する姿が、これから身投げしようとしている人に見えるからである。しかしわざわざ断る言葉に含まれる否定形が、歌の〈私〉が死を意識していることを否応なしに照らし出す。歌に描かれているのは〈私〉の影だけである。その影を一頭の蝶が横切る。それも一度ならず二度までも。それを吉兆と取るか凶兆と取るかはその時の心の有り様によるだろう。あるいはその両方かもしれない。どことなく不穏な気配の漂う歌で、これが作者の持ち味なのである。

 富田豊子は昭和14年(1939年)生まれ。1974年に安永信一郎主宰の歌誌「椎の木」に入会。安永蕗子の指導を受ける。1985年に「花粉症の猫」で第28回短歌研究新人賞候補となる。『漂鳥』は1987年刊行の第一歌集である。他に『薊野』(2004年)、『火の国』(2010年)、『霧のチブサン』(2016年)がある。

 短歌を読み始めた頃は、気に入った短歌や気になった短歌をノートに書き写していた。その中に富田の歌があった。

黄昏が黄泉へとつづく時の間を一輪車漕ぎ児は遊びをり

 出典まではメモしなかったので、どこで見た歌かはわからない。一読して心を捉えられた歌である。この歌を書き留めたのはもう15年以上も前のことなのだが、富田の短歌をもっと読みたいと思い、第一歌集『漂鳥』(1987年)を入手した。それまでに作った千首を超える歌から441首を選んだ堂々たる第一歌集である。跋文は安永蕗子、装幀は小紋潤。版元は富士田元彦の雁書館である。

 刊行された1987年という年号を見ると、現代短歌に親しんでいる人ならばピンと来るにちがいない。そう、俵万智『サラダ記念日』が出た年である。その他にも小島ゆかり『水陽炎』、大津仁昭『海を見にゆく』、加藤治郎『サニー・サイド・アップ』などが刊行され、短歌年表には「この年、ライトヴァースの是非をめぐる議論が白熱」とある。しかしライトヴァースを担った歌人たちよりずっと年長で、肥後の国熊本在住の家庭婦人である富田は、日本の中央で起きている短歌の流れとはまったく無関係に自分の個性を作り上げている。

 富田のベースは旧仮名の端正な文語定型であり、その主な主題は「生と死が絡み合いあざなえる日常」である。

葬り処の風を背負ひて来し我か黒きコートをぬぐ夜の部屋

トラックに満載されし鶏卵のかすかうめくがごとき坂みち

泣きながら足袋のこはぜをとめてをりかの屈葬のかたちのままに

影といふまがまがしきが従きてくる豆腐一丁下げゆく時も

卵白をかきまぜてゐる朱の箸自が骨片を拾ふことなし

 一首目は友人の葬儀から戻って来た場面。安全な場所であるはずの我が家にまで、死の臭いのする風が吹いて来る。二首目は養鶏場から鶏卵をトラックに乗せて出荷する場面だろう。何ということはない農村の日常風景だが、作者はそこに鶏卵のうめき声を聞いている。それは無精卵としてこの世に生まれたからか、それとも間もなく食べられてしまう運命にあるからか。三首目はなぜ泣いているのか理由は明かされていないのだが、足袋を履いているので和服の正装で出かける支度をしているのだ。かがんでこはぜを止める姿勢が古代の甕棺に埋葬する屈葬の姿勢と同じだという。喪服を着て葬儀に出かける前かもしれない。四首目は近所の豆腐屋で豆腐を買って帰る場面。ふつうならばこれから夕食と家庭の団欒が待っているはずなのだが、作者の目につくのは禍々しい影である。五首目は台所で卵白をかき混ぜている場面。手に持っている箸からの連想で、火葬場で焼かれた火との骨を拾うことを思っている。確かに骨を拾うのは他の人で、自分の骨を拾うことはない。

 これらの歌に登場する「鶏卵」「足袋」「豆腐」「卵白」「箸」などはごく日常的な家庭的アイテムなのだが、富田はそこに「あざなえる生と死の影」を見てしまう。日常生活の折節にふと顔を覗かせる不穏な気配を感じてしまう。それを歌に詠むことが作者の個性となっている。あとがきには「天翔るものへのひそかな思慕を抱きながら残光の坂をくだった」とあり、跋文で安永は「ふと垣間見た何ほどもない風景に、思いがけぬ人生の深淵を見てしまう。謂うならば不幸な感性を身につけている人である」と作者を評している。師の慧眼恐るべしである。また安永は、「文芸の業に身を入れたもののそれは不幸でもあるが、毒のうま味のある自己剖見が、表白の舌をよろこばせるのである」とも述べている。玩味すべき言葉であろう。「毒のうま味のある自己剖見」は次のような歌にある。

 

椅子盗りの椅子にはぐれてゐし日より幸運などの来ることのなし

風のなか人の乗らざる回転の木馬は回る汚れて回る

きりわりし南瓜が笊に乾きゆく自滅の過程みるごとき日々

小鰈の白き胞子はららご食ひつくすわれのうちなる辛酸の管

人間の貌を曝して夕ぐれの腸詰ひさぐ店先を過ぐ

 

 二首目の汚れた回転木馬や三首目の乾きゆく南瓜は眼前に自己投影された客体である。四首目の「辛酸の管」は自分の消化器で、五首目では自分は人前では人間の顔をしているが、実は人間ではない面も持っているという独白。富田は夫も子供もいる「普通の妻」(安永)だそうだが、「文芸の業に身を入れたもの」であるために、家庭婦人という立場を振り切っている。そこに歌の凄みが生まれる理由がある。

 富田の目は日常の取るに足りない細部にも注がれるのだが、その描き方が普通ではない。

昨日よりおく塵芥に濡れてゐる使ひ捨てたる水色のペン

ドラム缶のへりにそこばく溜りゐる雨水を時に風が吹きゆく

晩春の雨を吸ひゐるダンボールどのあたりより崩れはじむる

焼きすてし畑田にのこるまくわ瓜大き頭蓋のごとく転がる

少年の含羞のごときハムの耳截り落としたる俎の上

 ゴミ袋に入った捨てられたペンや、ドラム缶の縁に溜まった雨水や、雨を吸って膨れあがったダンボールなどは、美的観点から言えば歌に詠まれるような美しいものではない。畑に打ち捨てられたまくわ瓜や、ハムの切れ端も同様である。しかしながらこのような物もまた私たちの生活の一部であり、人生を彩るものでもある。まくわ瓜を「頭蓋のごとく」と喩え、ハムの切れ端を「少年の含羞のごとき」と喩えるとき、そこにふだん私たちが目にしているものとは異なる風景が現出する。

 

白蓮の花瓣のごとき軟骨が瓶に浮かびて在るガラス棚

喪の服の気付けをなして得たる銭折りじわつきてわがたなの内

方形の朱の壺ひとつ卓の上わが骨充たすことも幻

川の面に白き網打つ少年の網にとらるる夜の星群

西へき流るる野川に青き菜の帰命とおもひ石橋わたる

忽ちに雨の匂ひとなりてゆくバスを降りたる現し身われの

くもりたる天の片処にほのかなる井水と見えて冬の日輪

段丘をのぼりつめても冬の土蝶の青濃きしかばねに逢ふ

 

 印象に残った歌を引いた。いずれも日常の風景が作者の感性のフィルターによって濾過され、それが確かな措辞によって硬質の叙情へと昇華されている。バブル経済の前夜、世が口語短歌とライトヴァースへと向かっている時代に、その流れに敢然と逆らうような硬質の抒情詩が作られていたことに改めて驚く。もっと読み返されてよい歌集である。

 

第279回 宮川聖子『水のために咲く花』

夏すべて壊れものなり指先に切子の波は鋭く立ちて

宮川聖子『水のために咲く花』

 上句にまずあるのは、「夏には何もかもが壊れてゆく」というシオラン張りの崩壊感覚である。歌は二句切れで三句以下は叙景に転ずる。「指先に切子の波」はややわかりにくい。切子とは江戸切子や薩摩切子などで知られる硝子の器のことだろう。すると手に硝子の器を持っていることになる。指先で切子の鋭い角に触れる。すると硝子の角は波のように鋭く立ち上がるように感じられる。最後まで読んでから上句に立ち戻ると、「壊れもの」と「切子」とが縁語関係で反照し合い、また「夏」と「切子」の涼しげな様子が結びついて、一首に統一感を与える。なぜ作中の〈私〉は切子硝子の角が波のように鋭いと感じたのかは語られていないが、切子の波は作中の〈私〉の心の波を反映していることはまちがいない。なかなか美しい歌である。

 『水のために咲く花』は2019年に書肆侃侃房からユニヴェール叢書の一巻として刊行された歌集である。巻末の短いプロフィールによれば、著者の宮川は2003年に未来短歌会に入会し、加藤治郎の選を受けている。本書は著者の第一歌集である。監修と跋文は加藤治郎。歌集題名は集中の「葉に露の流るる深き朝の底水のために咲く花を見ていた」から採られている。

 驚くのは本歌集が「父の声」と題された父親の死をめぐる連作から始まることである。

声のする処置室の前のカーテンの下にうごめくゴムのスリッパ

病室の天井並んで見た夜の闇を囲んだ新緑の木々

春雷の伝わる空気に揺れながら煙の父は消えてしまった

枕には郵便受けあり父からの白紙の電報届く夜毎に

フォーマットされてはいないからだにはなにも書きこめないことを知る

 一首目、スリッパを履いているのは医師と看護師である。処置の間、患者の家族はカーテンの外に出されて文字通り蚊帳の外である。スリッパだけが描かれているところが悲しい。二首目は付き添いのために病室に泊まった折の歌だろう。病室からの灯りで外の庭の木々が見えるのか、それとも消灯しているので木々の新緑は昼間の記憶なのか。三首目、春雷の遠く轟く日に父親は旅立った。四首目、亡き父から夜毎の夢に届くのが手紙ではなく電報なのは、急ぎ娘に知らせたいことがあるためか。五首目は父親の死の悲しみから何も手につかない状態を、フォーマットされていないハードディスクに喩えた歌。

 あとがきによれば、父親の病室で付き添いながら、闘病記録の片隅に短歌を書いたのが、短歌に手を染めたきっかけだという。短歌の永遠のテーマは生老病死である。人は誰も生きて老いて病を得て死ぬ。宮川がノートの片隅に短歌を書き始めたのは、病者に付き添う長い夜の時間潰しではあるまい。心の中に何か吐き出したいものがあったからにちがいない。

 歌人に限らず芸術家の個性の二大巨頭は主題と文体である。画家ならば何をどのような筆致で描くか、歌人ならば何をどのような文体で詠むかだ。現代芸術は「何を」つまり主題より「どのように」という手法にウェイトを置く傾向をどんどん強めた。その典型は現代音楽であるが、短歌も例外ではなく、前衛短歌も口語短歌もニューウェーヴ短歌も「どのように」を主戦場とした。しかし「何を」つまり主題も短歌の重要な構成要素であることを思えば、歌人が何に着目し何を取り上げているかに個性が出るのもまた当然のことである。

 そのような目で宮川の短歌を眺めてみると、次のような歌が目に着くのである。

ワンスモア同じではないワンスモア薄まるしかない二回目の茶葉

ウィンカーのカチカチという方角は行きたい場所とは限らないよね

ほんとうは吊り上げられたくないのです水風船のゆらめきの光

立つ人のいない白線続きおり無人駅にはベンチとわたし

消しゴムに聞いてはみます消しカスの行方を気にしたことはあるかと

手紙束まとめ続けてはりついた切れる間際の輪ゴムによろしく

 一首目、ティーバッグの紅茶を淹れるとき、一度目は濃く二度目は薄くなる。ワンスモア「もう一度」と唱えれば同じことがくり返されるように思えても、二度目は一度目と同じではないというのが厳正な真実である。二首目、ウィンカーを出すとカチカチと音がする。しかしウィンカーの示す方角が自分行きたい方角とは限らない。三首目は夜店の風船つりの光景で、作者には吊り上げられる風船が実は吊り上げられることを望んでいないように見えている。四首目、無人駅には乗客が誰もおらず、一人でベンチに腰掛けている。五首目は消しゴムの消しカスを詠んだ歌で、六首目では劣化してプチンと切れる間際の輪ゴムが詠まれている。

 短歌はもともと大きな物語を入れる器ではなく、小さなものを掬い取るのが得意なのだが、それにしても取り上げられているのが出涸らしのティーバッグや切れる間際の輪ゴムというのはあまり見られない選択である。このような主題の選択が示しているのは、作者が心の深い所に不全感を抱えているということだ。不全感のような負の感情もまた作歌の発条となるのである。

 その不全感の全部ではないものの大きな原因となっているのは、作者に子供ができないということである。

待ち合いの一方を向く顔顔顔産みます産みたい産めぬが座る

産みたいと産みたくないはひとくくり少子化要因にわれも入りたり

「二人でも家族なりけり」立て札に書かれてあった不妊の頂上

生まれ来ぬわが子よあなたがいたのならわたしが何かわかったものを

いくたびも画数を尋ねどちらにも合う名をつける透明な子に

 「夫婦二人でも家族ですよ」というのは、誰かから掛けられたなぐさめの言葉かも知れないが、本人たちにとっては残酷な言葉だ。「自分は何者であるか」という対他的な自己規定に子供という項目が含まれているとき、その欠落は大きな不全感の要因となるのはまちがいない。歌に詠まれた光景のどこかに寂しさがいつも漂っているように見えるのはそれゆえだろう。

落陽の部屋にこの日も箱があり開ければひとつまた箱がある

海岸の小鳥は歌うかつて見たみどりの記憶とこもれびのゆめ

手を開けば風を選んだ灰である意味などないとあとかともなく

オールのないボートと気づくこの画面あなたが鳥と思えた朝に

何回もダイヤルしてはやり直す夢の歩道に無数の電話

 いずれも実景ではなく心象風景を淡いタッチの水彩画のように詠んだ歌だが、どこを切っても寂しさが滲み出て来るような歌である。おそらく作者にとって短歌は、その時々に感じたことを描く心のメモのようなものなのだろう。歌は展覧会に出品する作品として彫琢されているというよりも、もっと作者の心の近くに置かれているように思える。

今を摘み今を束ねるてのひらの野に蒔かれゆく青き種子たち

夕焼けの搾り出したるオレンジを飲み干すばかりの遠い欄干

グレナデンソーダに遊ぶ炭酸がおさまるまでの恋する時間

グラウンド端の蛇口に初夏のひかり一滴落ちる間に間に

手のひらに真夏の点眼のせてみる幽かな青のかけら見るから

薄桜散り急ぐ日は花曇り空か花かを見紛うように

 特に印象に残った歌を引いた。書き写していて気づいたが、作者にとって青という色は希望の色であり、良きものを象徴しているようだ。

 本書でユニークなのは「昭和ファンタスティック」と題された連作である。

わぁっすれられないのぉ~ピンキーの山高帽にかかる指先

飛び出した笠谷幸生の着地見て夜毎布団にダイブする兄

美しく窒息しつつ咲くのだと教える「愛の水中花」ゆら

 一首目は1968年にヒットしたピンキーとキラーズの「恋の季節」、二首目は1972年の札幌冬季オリンビックのスキージャンプの金メダル、三首目は1979年にヒットした松坂慶子の歌謡曲。平成の世を経てもはや令和となった現在では、「昭和は遠くなりにけり」なのだと改めて感じたことである。


 

第278回 芹澤弘子『ハチドリの羽音』

盆踊り同じ高さにそよぐ手のをわたりゆく魂のあるべし

芹澤弘子『ハチドリの羽音』

 盂蘭盆会に各地で行なわれる盆踊りの光景である。盂蘭盆会には家の前で火を焚き、茄子や胡瓜で馬を作って祖先の霊を迎える風習がある。掲出歌に詠まれた魂はそうして現世に戻って来た祖霊だろう。この歌のおもしろさは、盆踊りの輪を作る人ではなく、踊りにつれてそよぐ手に着目したところにある。描かれているのはイソギンチャクの触手のごとくゆらゆらとなびく手のみで、その下にいる人は夜の闇にまぎれて見えない。運動会で行われる「玉送り」という競技がある。一列に並んだ子供が両手を上げて、玉を順番に渡して行く速さを競う競技である。この歌ではまるでこの玉送りのように、なびく踊り手の手の上を祖霊が渡ってゆく。「魂」を「たま」と読ませて「玉」と掛けてのことである。

 芹澤弘子は1946年生まれで、「プチ★モンド」で松平盟子に師事している。プロフィールによると、最初は俳句を作っていて句集もあるという。2010年頃から短歌を始め、『ハチドリの羽音』は第一歌集だというから、俳句の素養があるとはいえ短期間の上達ぶりには驚かされる。跋文は松平盟子で、栞文は小島ゆかりと坂井修一。

 作者は独立した四人の子供がいて孫もいる家庭婦人のようなのだが、一読してまず感じるのは歌の素材の多彩さである。家庭婦人の場合は身辺詠が多くなる傾向があるが、芹澤はその例には当てはまらないようだ。

エジプトの路上にビーズ売りし子よアラブの春に砂嵐吹く

春立てば安達ヶ原の一つ家もおぼろ月夜に毒香るらむ

オキーフが描けば小さな幸せも大きく大きくそれだけを見る

シベリアンハスキーの曳く犬ぞりで白樺林を駆け抜ける快

バザールに乾燥果実買いおればざわめきの中アザーンの声す

雨が好きとウッディ・アレンが言いしゆえ雨を見に行くひとりの午後は

キリンの舌窓よりぬっと入れられて餌をやる手に涎したたる

 一首目は、アラブの春の報道に接して、昔エジプト旅行で見かけたビーズ売りの子供に思いを馳せる歌。春に嵐は付きものという感慨を表す。二首目は歌舞伎を鑑賞した折りの歌で、どこかに本歌がありそうだ。安達ヶ原の一つ家とは、鬼女が旅人を泊めては殺害した家のこと。三首目は展覧会の場面で、オキーフは花弁などを大きく描く絵で知られた画家で、歌の「大きく大きく」はそのことを指す。四首目はアラスカ旅行の折の歌で、五首目はトルコ旅行。バザールの雑踏もさることながら、街に高く響く礼拝を呼びかける声が印象的だったのだろう。六首目は一人居の身を感じさせる歌だが、決して湿っぽくはなく明るい。七首目は人が車の中にいるサファリパークの光景である。ざっと目を通しても驚くばかりの行動力で世界をめぐり、さまざまな物を見聞している。注目すべきは、見たものを記憶しそれを輪郭鮮やかに描く技術と、一貫して見られる明るさだろう。

 しかし明るいばかりではない。次のような歌もある。

一生の長さ一炷のそのあわい ながれる雲の速さ見ており

 「一炷」は「いっちゅう」と読み、線香が一本燃え尽きるまでの時間だという。一回の座禅の長さを時計代わりに線香で計るらしい。ここでは短い時間の喩として置かれている。流れる雲もまた時間を表すことは言を俟たない。ここには遥か昔から俳句や短歌など短詩型文学に脈々と流れて来た思想があることに注目しよう。

 第二次大戦後に桑原武夫が第二芸術論を著したことはよく知られているが、その際に桑原の念頭にあったのは西洋の芸術である。西洋の芸術は、その源流であるギリシア・ローマの彫刻・建築を見てもわかるように、永遠の美を理想とした。その根本は普遍と調和と完全である。バルテノン神殿のように、あるいはミロのビーナス像のように、完璧に調和の取れた永遠の美が理想とされたのだ。大理石像に注ぐ陽光はあくまで明るく、乾燥気候ゆえに光と影が織りなす明暗の境界は鋭く中間はない。矛盾律と排中律はギリシア哲学の基礎である。ひるがえって日本の和歌や俳句など伝統的詩型が重んじたのは移りゆく美であり、風に舞う落花飛花のようにはかなく消える美である。移ろうものや消えゆくものに心を寄せるのが習いで、湿潤気候も与って明暗の境界は曖昧であり、明快な二分法からは遁走する。このように俳句や短歌が掬い上げるものの背後には移ろう時間の影が常に揺曳している。坂井修一が見つめる毬の影もそれと異なるものではない(朝日新聞2020年4月5日付の朝日歌壇俳壇の文章)。芹澤の短歌もこのような大きな流れの中にあることが確認できるのである。

 作者の父上は大学の研究者だったらしく(馬の睫毛おさなき記憶につながりて研究室の父の顕微鏡)、夫君は医者で共にアメリカで暮らしていたこともあるらしい。その夫君が黄泉の旅路についた折りの一連は心を打つ。

これまでに成しとげしことただひとつ夫亡くなりて結婚の完

ひとつずつ生の痕跡消えてゆく眼鏡・免許証・Lサイズのシャツ

ごみ箱にゴルフグラブは捨てられたりクラブ握りし形のままに

墓石には〈夢〉の一字が刻まれて雪ふる中にゆらぎつつ浮く

爪研がぬウルフとなりて果てし人草原わたる風に眠れよ

アスファルトに爪つっかかりつっかかり歩みがたかりけむ現世の道

 三首目の、ゴルフグラブがクラブを握る形のままにゴミ箱に捨てられるという歌はリアルで心に迫る。人が亡くなるとはこういうことだ。最後の二首は、医者としての理想を曲げぬために周囲と衝突することがあったという夫君に思いを馳せての歌だろう。

色水は作れぬ白き朝顔は庭の余白を充たしつつ咲く

帰るなき魂ただようや鈍色の鐘の聞こゆ海見ておれば

灯をともし路地あかあかと立ちあがる海に夕日の沈むを待ちて

草の中ひそやかにある終点の線路の断面ぬらす霧雨

梅雨明けのきざしは窓にさす光白き花さえ濃き影を持つ

死はすぐに取り除かれて水槽のランプ明るし瞼なき魚

 印象に残った歌を引いた。少し驚いたのは四首目の歌で、鉄道の終点駅は確かに線路が終わる場所だが、切断された線路の断面が露出しているということはあるのだろうか。ふつうは車止めなどが置かれているはずだ。しかしもしこれが「断面は霧雨に濡れているにちがいない」という想像によって生まれた歌であるとするならば、それはそれで美しい。

 少し気になることがあるのであえて書いておきたい。

町中に監視カメラの眼が光る神になれぬは死角あるゆえ

歩道橋風に吹かれて渡るとき首を延べたるキリンの心地

みはるかす視界は天と地のふたつ点景なきことかくものびやか

 私にはこのような歌はおもしろいと思えない。それは歌意が一首の中で完結してしまっているからである。一首目は監視社会に対する嫌悪を表した歌だが、いくら監視カメラが設置されても神にはなれない、それは死角があるからだと、理由まで提示している。俳句と同じく短歌もまた「○○だから△△だ」という因果関係を嫌う。二首目は歩道橋の上で風に吹かれる心地よさを詠んだ歌であるが、それは首を延ばしたキリンの心地だと作者が特定している。三首目はモンゴルで草原に立った折の歌だが、「かくものびやか」は作者ではなく、歌を読んだ読者が感じなければならない感覚である。

 歌はどこで成立するか。永田和宏は短歌における読者論を展開している数少ない論者だが、永田は「歌は作者と読者のあいだで生まれる」と述べている。短歌は作られた時ではなく、読まれた時に歌となる。中島みゆきが作詞作曲し、平原綾香が歌っている「アリア」という歌に、「1人では歌は歌えない。受け止められて産まれる」という歌詞の一節があるが、まさにその通りである。

 では読者が受け止めてどうして歌の中に入ることができるのか。それは歌に通路が開かれているからである。通路が開かれていると、読者はそこを通って歌の中に入り、「ああ、そのとおりだなぁ」とか「そのときどんな気持ちになるのだろうか」などと、まるで自分が体験したことであるかのように思いを巡らせることができる。しかし一首の中で歌意が完結していると通路がなく、読者は示された読み方しかできなくなってしまう。

ブラインドの羽根より西日差しこめり壁のピエロにうつる濃き影

 この歌の歌意は完結しておらず、読者にたいして通路が開かれている。ブラインドから差し込む西日が壁に掛かっているピエロの絵に縞模様の影を落としているという光景が描かれているだけで、意味づけがされていないからである。読者は意味の隙間をすり抜けて歌の中に入り、自由に想像を巡らすことができる。そのような短歌の持つ生理をあらためて思わせてくれる歌集である。