第291回 荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』

ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖

荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』

 『青年霊歌』(1988年)、『甘藍派宣言』(1990年)、『あるまじろん』(1992年)、『世紀末君!』(1994年)に到るまで、荻原は2年ごとという短いスパンで歌集を刊行して、現代短歌シーンを牽引し続けていた。それがぱったりと止まったのは、20代の無職・フリーター生活に別れを告げて広告会社に就職し、背広を着てネクタイを締めるサラリーマンになったためである。外形的にはそのように説明できるのだが、荻原の内心には、日本語の解体実験にまで手を染めた自分の言葉が読者に届いているのだろうかという疑問が募っていたようだ。そこから自分を取り戻す「僕であることの奪還」(『新星十人 現代短歌ニューウェイヴ』立風書房、1998年)という長い道程が始まった。2003年に刊行された全歌集『デジタル・ビスケット』には、『永遠晴天症』という未完の第5歌集が収録されているようだが、そこから数えても16年振り、『世紀末君!』から数えれば実に四半世紀振りに第6歌集『リリカル・アンドロイド』が上梓された。昨年の2019年のことである。私はこの歌集が世に出たことを知らず、先日たまたま寄った書店で見つけて思わず息を呑んだ。買い求めて帰宅し、すぐに読んだことは言うまでもない。

 今年(2020年)の2月にムック『ねむらない樹』別冊として出版された『現代短歌のニューウェーヴとは何か?』(書肆侃侃房)で改めてニューウェーヴ短歌に注目が集まり、命名者である荻原の名前も脚光を浴びたが、結社に属さず定期的な発表媒体も持たない荻原の短歌作品に触れる機会は少なくなっていた。私はそれを少し淋しいことと感じていたので、第6歌集の刊行は実に喜ばしい。最初から最後までとても楽しんで読み、現在の荻原のいる地点とその姿勢にも共感を覚えたのである。本歌集の全体を貫くトーンを敢えて取り出すならば、それは「静謐」と「不穏」とが微妙な割合で混じり合った混成体とでも呼ぶものだろうか。

 静謐編は例えば次のような歌である。

雲が高いとか低いよとか言ひあつて傘の端から梅雨を見てゐる

そこに貴方がここに私がゐることを冬のはじめのひかりと思ふ

曲線がどれもあざやかになる春先の曲線として妻を見てゐる

皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたりで崩すこの音が冬

半生のほぼすべての朝を瑞穂区にめざめてけふはあぢさゐの朝

 本歌集の歌に頻繁に登場するのは妻であり、描かれているのは妻と二人で過ごす静かな日常の場面である。誰にも言えることだが、現在居る場所を知るためには今まで居た場所を確認しなくてはならない。両者の差分が本人の変化である。

駆落ちをするならばあのガスタンク爆発ののち消ゆる辺りに 『青年霊歌』

オートバイ星の光にゆだねをり青春といふ酔ひ醒むるまで

遠き星の言葉で愛を語るごと口うごかして剃る朝の髭 『甘藍派宣言』

(梨×フーコー)がなす街角に真実がいくつも落ちてゐた

恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず 『あるまじろん』

なにもかも昔ばなしになりますがぼくの理由はオカリナでした

宥されてけふも翡翠に生きてゐる気がする何が宥してゐるのか 『世紀末君!』

ほらあれさ何て言ふのか晴朗なあれだよパイナップルの彼方の

 塚本邦雄に師事して前衛短歌の文体から出発した荻原は、加藤治郎・穂村弘と併走するように口語を使い記号まで駆使するニューウェーヴ短歌を牽引した。『リリカル・アンドロイド』の文体に到るまでの文体の変化は明らかだろう。文体の変化はまた心境の変化であり姿勢の変化でもある。強い言葉を周到に避けてほとんど無音の静かな世界を描くリリシズムは味わい深い。歌集名のリリカル・アンドロイドは「抒情的な人造人間」という意味であり、これは自分のことを指しているのだろう。自身をアンドロイドと呼ぶのは、まだ十分に自分に戻れていない今の状態を示唆していると思われる。

 不穏編というのは例えば次のような歌が時々混じっているからである。

まだ誰もゐないテーブルこの世から少しはみ出て秋刀魚が並ぶ

春の朝があると思つてカーテンを開いた窓の闇におののく

わたしを解凍したらほんとに人間に戻るのかこの冬のあかつき

雨戸を数枚ひつばりだせばそこにある戸袋の闇やそのほかの闇

秋のはじめの妻はわたしの目をのぞく闇を見るのと同じ目をして

 一首目では、食卓に並ぶ秋の味覚のサンマが少しこの世からはみ出しているという幽体感覚のようなものがある。二首目と四首目と五首目にはいずれも闇が詠われている。ここに登場するのは、例えば魔王が降臨して世界を覆い尽くすような大きな闇ではなく、日常生活のふとした瞬間にちらっと顔を覗かせる闇である。恐怖の対象ではなく不穏のタネのようなものだ。三首目には荻原の目指す「僕の奪還」がまだ完遂途上であることが詠われている。

さくらからさくらをひいた華やかな空白があるさくらのあとに

夢の続きがしばらく揺れて早春のここがまたいまここになる朝

そらいろの小皿の縁が欠けてゐてにはかに冷える雨のひるすぎ

あのひとが鎖骨を見せてゐることのどこかまぶしく囀りのなか

蕪と無が似てゐることのかなしみももろとも煮えてゆく冬の音

母音のみのしづかな午後にペダル漕ぐ音を雑ぜつつゆく夏木立

ふゆの日はふゆのひかりをやどらせてひとの利手にひかる包丁

曲面をたどるあなたのゆびさきがとびらにふれるまでの夕映

 特に印象に残った歌を引いた。一首目は桜の花が散った後の空間を詠んだ歌で、「さくら」のリフレインがリズムを作っている。「華やかな空白」という表現が美しい。本歌集には夢と覚醒の歌が多いが二首目もそのひとつ。「ここがまたいまここになる」は、自己意識が「今・ここ」を規定していることを鋭く指摘している。三首目は集中屈指の美しい歌である。急に冷えを感じたのは、実際に気温が下がったのではなく、大切にしている小皿縁が欠けていることに象徴される心の動きが何かあったためだろう。四首目では結句の「囀りのなか」で戸外にいることがわかり、詩情が空間に解き放たれるような印象がある。五首目は「蕪」と「無」の漢字の類似から始めて悲しみへと着地している。七首目では「ふゆ」「ふゆ」「ひかり」「ひと」「ひかる」のように、「ふ」と「ひ」の音の反復が歌のリズムを生んでいる。

 昔の荻原が試みたような日本語の解体実験はすでに遠いエピソードである。これらの歌では平仮名を多用して歌のリズムを整え、言葉に無理な圧をかけることなく詩情を生み出している。これが間もなく還暦を迎えようとしている荻原の境地ということだろう。記号が一つもないのは予期できるとして、ルビが一箇所もないことに驚いた。これも言葉に圧をかけないという現在の荻原の姿勢を物語っている。

 

第290回 川野芽生『Lilith』

眼とふ裸火ふたつかかげゆき炎昼はわが灼くべき羅馬

川野芽生『Lilith』

  音数から言って「眼」は「まなこ」と読む。眼が裸火のように爛爛と輝くのは、身の裡にいかなる暗い情熱、はたまた激しい衝動を蔵しているせいだろうか。時は盛夏の影ひとつなき真昼で、ヘリオスの駆る太陽はまさに天頂にある。歌の〈私〉は永遠の都ローマに火を放とうとしている。神話的設定の中に暗い情動を感じさせるこの歌は何かに触発されて生まれたものか。私はすぐに齋藤慎爾編『短歌殺人事件』に収録された皆川博子の「お七」という幻想的な掌編を連想した。その最後は次のように締めくくられている。

 娘は石のきざはしをのぼり、街をさまよう。濡れたからだのくれない芯が凍りつく寒さに、指を壁にこすり、火をつけた。

〈雪に籠もって拡がる火は、桜が霞んだやうである〉(泉鏡花)

羅馬の街を焼き滅ぼす炎を高殿より眺め、皇帝は完爾と笑んだ。

 2018年に歌壇賞を受賞した川野芽生が第一歌集を上梓した。書肆侃侃房から贈られて来たので、若手歌人の「新鋭歌人シリーズ」の一巻かと思ったが、さにあらず。堂々たる単独歌集である。栞文は水原紫苑、石川美南、佐藤弓生という豪華さで、いずれも期待の新人を世に送る言葉に満ちている。加えて帯文を寄せたのが、あの山尾悠子である。曰く、「叙情の品格、少女神の孤独」。これ以上の言葉はない。満を持しての船出ということだろう。

 川野芽生は1991年生まれ。解散した「本郷短歌会」で短歌を作り始め、その後「穀物」にも参加。現在、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻の博士課程で比較文学を研究する学徒である。主な研究対象はファンタジー文学のようだ。

 本歌集は三部で構成されている。第1部は anywhere、第2部はout of、第3部はthe worldと題されている。つなげると Anywhere out of the world.「この世の外ならばいずこへでも」となる。ボオドレエルの散文詩集『パリの憂愁』(Spleen de Paris)の中の一編の題名である。佐藤の解題によれば、第1部 anywhereは実景を通じて得た感興、第2部out ofは空想世界に託した自己像や思惟、第3部the worldは現実世界の困難を主に詠った歌ということだ。ちみなに川野は「本郷短歌」創刊号の座談会で、佐藤弓生の「anywhere out of the worldここでないどこかへ ….. 蓋に五芒星きざまれてふるえるマンホール」という歌が好きだと発言しているので、本歌集の各部に付けたタイトルは佐藤の歌に触発されたものかもしれない。

 第3部に収録されている歌壇賞受賞作の「Lilith」と受賞の翌月に発表した「ラビスラズリ」は別の所で取り上げて論じたので、ここではそれ以外の歌を中心に見てゆこう。集中最も古いのは「本郷短歌」創刊号に発表した「凌霄花」である。

凌霄花のうぜんは少女に告げる街を捨て海へとむかふ日の到来を

網棚に載せれば視界より消える そのままいつかわすれる荷物

やはやはと海面発火する午後に少女は左目をなくしたい

窓辺にて日焼けをしない手が剥いてゆく黄桃の皮の夕映え

指をふれあへば光のあふれ出す奇跡のやうにかはす手花火

海底うなそこがどこかへ扉をひらいてるあかるさ 船でさえぎり帰る

天球儀ほどの重さのをかかへ人が死なない日の昼下がり

 「頭」に「づ」というルビを振った以外は初出と同じである。六首目がやや口語的で新仮名になっている他は、ほぼ文語旧仮名である。いかにも川野らしい歌は一首目と七首目だろう。他の歌は現実とどこか踵を接しているが、この二首だけはそうではなく、現実から乖離した神話的な趣がある。先に触れた「本郷短歌」創刊号の座談会で川野は、「自分の中に表現したいものがあるんじゃなくて、言葉との出会いですよね。自分に理解できない言葉がやってきて、その言葉と自分がぶつかってみたいな」と述べている。「コトバ派歌人」の面目躍如というところだ。コトバを組み合わせることで脳髄が震えるような世界を創り上げるということだろう。

 ここでは歌人としての川野と言語の関係を考えてみたい。自分の中に言うべきことがある、もしくは自己表現の欲求があるとき、言語は自分の言いたいこと、表現したい自己を伝えるコミュニケーション機能を持つ。私はあなたに何かを伝えるのだから、私とあなたは横並びの関係にある。言語は私からあなたに水平に伝わる。これを「言語の水平性」と呼んでおこう。日常言語は概ね水平的であることを旨とする。

 しかしながら川野の短歌では言語は水平に機能していない。何か伝えたいことがあるわけではないからだ。では川野の歌の言語は何をしているかというと、言語によって創り出される美の極北、つまりは言語の絶巓を志向しているのである。美の極北は遥か彼方の天空の高み、成層圏の向こうにある。それはもはや神の領域である。高みを目指す言語はなべて垂直に立ち上がる。これが詩語の「垂直性」である。

はつなつの森をゆくときたれもみなみどりの彩色玻璃窗ステンド・グラスピース

海の画を見終へてひとは振り向きぬその海よりいま来たりしやうに

幾重もの瞼を順にひらきゆき薔薇が一個の眼となることを

炭酸水うつくし 魚やわたくしが棲むまでもなく泡を吐きゐる

今朝すべての金木犀はみひらきて久しかりしよ秋の百眼巨人アルゴス

 このような歌において想は現実の断片から得ようとも、歌の描く世界は現実から乖離している。川野の孤絶は明らかだろう。現在の短歌シーンにおいて、若手歌人の大方は口語でフラットな日常を詠むのが主流となっているからだ。そこには詩語の垂直性は微塵もない。川野のように言語を垂直軸に立ち上げて、自ら放った薪の火の中で身を焼かれようとする人は稀である。そこに川野の矜恃を見るべきだろう。

朝なさな燃えあがるアレクサンドリア図書館ありてわれらもその火

天上に竜ゆるりると老ゆる冬われらに白きいろくづは降る

片割れよ夢をみるたび夢にれ角や翼を得てわれを去る

珊瑚に尾を巻つけて海馬うみうまは憩へり水底の戦間期

転生のたびあをまさる空にして果ては黒白のいづれか知らぬ

 第2部 out ofから引いた。この章は現実を離れてファンタジーの世界に想像力を放つ歌が収録されている。竜やら双頭の馬やら人狼やケンタウロスが登場する。ファンタジー短歌というとすぐ頭に浮かぶのは井辻朱美である。

石積みよりあらわれてかたるとおき世の赤毛の蛮族 流れよロホラン 『コリオリの風』

魔物らのうすいまぶたの刺青(いれずみ)をさすりてかぜはデボン紀に吹く

暁新世ぎょうしんせいの岩棚にふるき尾を垂らし風にふかれていし異星人

 井辻がデボン紀やユラ紀や伝説の世界に自由に出入りして想像力を膨らませるのにたいして、同じファンタジーでも川野の歌にはどこかひりつくような痛みが感じられる。それはおそらくは「疎まれし少女時代を聖痕となしゐしに雲は日ごとに生(あ)れくる」に詠まれたような子供時代の孤独や、「蛇苺這はするごとき発疹と思へりひかり浴みて殖ゆるを」と詠まれた日光アレルギーのような環境に対する生理的敏感さに由来するものだろう。

ジョン・エヴァレット・ミレイの没年書き入れて死者ばかりこの稿を出入りす

  〈Edward Burne-Jones (St. George Slaying the Dragon〉

聖ゲオルギウスの目見まみのやはらぎよ刃を竜の口に差し入れ

うつくしいパルフェをくづし混沌の海よりひとが取りだすミント

地下書庫に体熱を奪はれながらひとは綴ぢ目の解けやすき本

ねむる――とはねむりに随きてゆく水尾みをとなること 今し水門を越ゆ

 

 一首目、ミレイはラファエル前派の画家で、入水して水に浮かぶオフェーリアの絵が有名だ。歌の〈私〉が言葉を通して交流するのは泉下の人ばかりである。二首目は詞書きにあるように、ラファエル前派の中心的画家のバーン・ジョーンズの絵である。ラファエル前派の展覧会に出かけたのだろうか。三首目のミソは、喫茶店で供されるパフェが、フランス語で「完璧な」を意味するparfait (バルフェ)に由来することにある。アイスクリームや果物やチョコレートを配した完璧なスイーツということだろう。その完璧なパフェを、混沌の神のごとくスプーンで崩してしまうのである。四首目、大学院生は図書館の書庫に入って自分で本を探すことができる。書庫はたいてい地下にあるので夏でもひんやりとしていて少し黴臭い。古い本は劣化していてばらばらになりやすいが、人も同じだと感じている。本歌集には眠りについての歌が多いが、五首目もそのひとつ。帯文を寄せた山尾悠子の「昏れゆく市街まちに鷹を放たば紅玉の夜の果てまで水脈みをたちのぼれ」という歌と遠く呼応するようでもある。

藍いろの馬立ちつくす手袋のひだりは姉がはめてゐる午後

ブラインドに切り裂かれつつ落つるとき冬日も長き睫毛伏せをり

うつつとは病めるまぼろし手をのべて瑪瑙をむまなづきへかへす

さくらばなといにしへ呼びし 瀝青のおもてに浮かびくる病斑を

はなびらは花にほぐれてゆくものをいめゆ取り零されし残月

曇天は雷に満つるを息とめてわが引く藍いろのアイライン

強ひられて嫁したるごとし をみなとしてこの世へいたるしきみ越へにし

 一首目は不思議な歌で、「藍いろの馬立ちつくす」が終止形で切れているのか、連体形で次に続くのかわからない。藍色の馬はこの世にいないので、連体形ならば馬の絵が描かれた手袋か。下句の収め方がうまい。二首目は描かれている情景が明らかだが、床に落ちる日光が「切り裂かれている」と感じるところに心の有り様が窺える。三首目は凝った歌で、瑪瑙の名が馬の脳に似ることから付けられたということを踏まえている。「うつつとは病めるまぼろし」とは醜悪なこの世を嫌い、天上世界を希求するプラトン主義者のモットーである。四首目の瀝青はコールタールのこと。旧訳聖書にも登場する古い物質である。桜の花びらがコールタール舗装の道路に点々と落ちている様を病斑と表現しているのもユニークだ。五首目も桜の花を詠んだもので、こちらは美しく残月と表現されている。六首目、川野が好きな色はどうやら青・紺・藍色のブルー系らしい。きりっと決意を感じさせる歌である。七首目は連作「Lilith」に続く歌。この世に女として生まれて来たのは、無理矢理嫁がされたようなものだというフェミニズム短歌である。

 歌壇賞の選考委員の一人だった水原紫苑は、候補作の「Lilith」に出会ったとき「私たちは息を呑んだ」、「受賞者の名前を知った時、私は驚喜した」と書いている。息を呑んだのは、自分たちに選ばれるのではなく、自分たちを打ちのめす新人を期待していたからであり、驚喜したのは川野が水原の歌を完膚なきまでに批判したことがあるからだという。水原の言を俟たずとも川野の才能は紛れもない。

 最後になったが造本の美しさに触れておきたい。昨今は簡易製本の歌集が多いが、その時流に逆らうようなハードカバーの上質製本である。表紙と背の間にはミゾまで施してある入念さだ。三月書房なき後、京都で最もユニークな書店である恵文社という書店が拙宅の近所にある。そこでは時折「美しい本」というフェアを催していて、アンティークの木製の机に美しい本が置かれている。私はこのフェアで紀野恵の歌集を二冊買い求めた。川野芽生の『Lilith』も美しい本フェアに出品されてもおかしくない。内容、装幀ともに本格歌集であることはまちがいない。

 

第289回 『新城貞夫全歌集』

肉裂きて熟るる石榴よ優しくもわれを許すなにじり寄る父

『新城貞夫全歌集』

 前回の屋部公子に続いて沖縄の歌人を取り上げるが、別に沖縄特集をしているわけではなく単なる偶然である。寡聞にして新城貞夫の名前は知らなかった。大部の『新城貞夫全歌集』を読み、こんな歌人が沖縄にいたのかと驚愕した。

 巻末の略歴によれば、新城は1938年に当時日本領だったサイパンで生まれ、終戦後に沖縄に移住。琉球大学国文科に在学中に「琉大文学」や「沖縄タイムズ」などに短歌を発表。1962年「夏・暗い罠が」50首で第8回角川短歌賞次席に選ばれる。1963年に歌集『夏・暗い罠が……へんな運命が私を見つめている』刊行。その後、1979年に歌集『花明かり』や歌文集を上梓し、2017年に歌集『Café de Colmarで「フォアグラを食べに行かない?」と妻が言う』を刊行している。『新城貞夫全歌集』には第一歌集『夏・暗い罠が……へんな運命が私を見つめている』全編、略歴からは記載が洩れている歌集『朱夏』全編と、『花明り』全編および歌文集『ささ、一献火酒を』の短歌の部分、『Café de Colmarで「フォアグラを食べに行かない?」と妻が言う』全編に加えて、自選歌集『新城貞夫歌集 I, II』、未収録の歌、散文「アジアの片隅で」の一部が収録され、全部で2,000首を越す大部の本である。解説には沖縄在住の松村由利子も文章を寄せている。

 前回の屋部公子は少女時代と青春期を東京で過ごし、戦後沖縄に移り住んでいる。屋部は沖縄で地上戦は経験していないが、沖縄のアメリカ占領時代や現在の基地問題など、戦後の沖縄が置かれた状況に触れた歌は詠んでいる。ところが『新城貞夫全歌集』をぱらぱらと読んで驚くのは、沖縄の現状に触れた歌がまったくないことである。僅かに米兵、特に黒人兵が登場する歌があるだけだ。そればかりか新城が送った生活や職業に関する歌もほとんどない。だからどのような人生を送ってきた歌人なのかを推測する手がかりが皆無なのである。このことは作者の短歌観と深く関係しているのだろう。

 どのような短歌観に基づく歌なのか、いくつかランダムに引用してみよう。

呪禁の夏われが背に変身の雉子ふるえつつ闇を吸うくち

        『夏・暗い罠が……へんな運命が私を見つめている』

黒人の蜂起近づく真夏かも池は電柱逆さに吊りて

水銀の糸くだすとき喉灼けり青年死をもて愛遂げん未明

                           『朱夏』

失神の少女を診れば軟禁のサド侯のように医師は匂うや

衆に和さぬゆえ組織よりにくまるるも花をめぐりて道ある遠景

詩の核に言葉迫るをそぎ落とす悲しみあれば花ふりしきれ

                          『花明り』

黄昏れの野より帰ればまぎれなく敗者の貌をわが泛べたる

 一読して気づくのは使われている語彙の傾向である。「呪禁」「闇」「蜂起」「水銀」「青年」「死」「サド侯」「医師」と並べると、象徴的意味が濃い単語であることがわかる。第一歌集『夏・暗い罠が……へんな運命が私を見つめている』が刊行された1963年を短歌史の中で見てみると、すでに1956年頃には前衛短歌の流れが明らかとなり、1957年には岡井隆と吉本隆明の「定型論争」が起きている。1961年には塚本邦雄の『水銀伝説』も刊行されている。新城の第一歌集は明らかに当時の青年たちの心を掴んだ前衛短歌の影響を強く受けているのである。「水銀」や「逆さ吊り」は塚本を思わせる語彙だろう。歌集刊行当時の青年新城の心がどこにあったのかは、歌集冒頭に置かれているエビグラフから推測できる。引かれているのは『マルクス・エンゲルス選集』、『キルケゴール選集』、『レーニン選集』、『ボードレール全集』からの言葉である。青年は思想的にはコミュニズムに傾倒するかたわら、キルケゴールのペシミズムに心を浸され、呪われた詩人ボードレールの詩句から漂う死と腐敗の香りに魅了されていたのである。

 前衛短歌の語法の主軸は喩による象徴語法である。たとえば上に引いた一首目では、「呪禁」「変身の雉子」「闇を吸う唇」などは、何か特定の現実を指しているわけではなく、これらの語彙が持つ意味作用の干渉によって、ある思考なり気分を表しているのである。明らかなのは死への傾斜であり、自序に「僕にとって生とは、悦楽的にまた華麗なる死を語ることにほかならない。そうでないかぎり、僕らの生はまた一種の虚偽にすぎまい」と書かれていることからも明らかだろう。また「組織」「敗者」という語彙からは、左翼運動への共感とすでに色濃く漂う敗北感が滲み出ている。そのことは次のような歌からも読み取れる。

無階級への青年の頬が燃ゆる冬市街コンミューンに死もさと

犠牲死を伝えて寒き受話器おく党への呪いの声を残して

田舎教師となりて一生ひとよを終るとも革命に似て茜雲去らず

ああ日本光りてくらき婚ありき六月政変なし 口惜しも

 もうひとつ歌から読み取ることができるのは屈折した心情である。青春の鬱屈は誰にでも訪れる。しかし新城の場合少し違うようだ。

因習の根強いくびき、異邦人脱出すべき祖国を持たず

異邦人麦わら帽にて顔かくす常に〈撃たるる意識〉の中に

 異邦人とは新城自身のことである。サイパン生まれの新城の言葉は標準語だったようだ。戦後、沖縄の今帰仁に引き揚げたのは両親の故郷だったからだ。松村が解説に書いているように、新城は「私は今帰仁語の森の中で中央語をしゃべる異邦人であった」と述懐している。いったんは標準語を捨てた新城は、大学に進学すると今度は今帰仁語を捨てたという。その過程で短歌と出会っているのだから、歌に幾重にも屈折した心情が込められていても不思議はない。

 もうひとつ短歌によく出て来るのは「父」のテーマである。

父よことにこころざし違えて敗るとも帰りきたるな汝が母の村

もだふかく父よ胸門をひらかざれこころの磁石ぞ北に向わぬ

あかつきの雪の革命におくれたる母をも村をも棄てし父かも

こころざし敗れし父を野にさらし夕焼け小焼けを帰る首塚

 新城の父親はサイパンで空港建設に従事していたらしい。軍人ではなかったようだ。上のような歌を見ると、新城は父親にたいしてずいぶんと屈折した心情を抱いていたようだ。歌の中では父親は様々な姿で描かれており、その真の顔は多重露光の写真のように重なりとずれのかなたに没している。三首目の「あかつきの雪の革命」は二・二六事件のことだろう。

キリマンジャロ雪ふる嘘のかがやきてかえりみるなしわが足跡は

キリマンジャロまことしやかに雪ふれば珈琲色に苦しわが恋

珈琲の香りを病みし男らよキリマンジャロの雪のファシスト

キリマンジャロ雪ふるまことしやかな嘘、政治の友をかえりみるなし

 『花明り』の「キリマンジャロの雪のファシスト」から引いた。キリマンジャロというとどうしても、「君去りしけざむいあした  挽く豆のキリマンジャロに死すべくもなく」という福島泰樹の歌を思い出してしまうが、いずれもヘミングウェィの短編小説「キリマンジャロの雪」を踏まえたものである。1952年にグレゴリー・ペック主演で映画化されている。キリマンジャロの山頂の氷河の中には力尽きた豹の死骸が眠っているという話で、叶わぬ男の無惨な夢の象徴となっている。ちなみにキリマンジャロに雪が降るというのは嘘ではない。初期短歌のテンションの高い象徴主義語法はすでになく、静かに自らを振り返る内省の歌である。

祝祭歌祖母に捧げむ夏ゆきて地底えんえんと凍蝶は満てり

真夏哭くナルシストあわれパラシュート頭蓋に蒼く満ちいたりなば

ビラくばる肩よりひかる海みえて破船のごとく垂れている旗

激しつつわれらの時代を老いゆきてむらさきに垂る藤の花房

少年の汗ばむのなか一匹の蝉よ疼きつつ青空を恋う

 新城の歌と現代の若手歌人たちの歌との最大の相違はテンションの高さである。その相違の一部は生きた時代の違いと相関しているだろう。1960年台は日米安保条約と大学紛争に代表される政治の季節である。「愛と革命」は当時の青年たちを惹き付けた。この時代を生きた歌人の歌にはどこかにそれが刻印されている。詩法とは思想の高みと言葉の絶巓をめざすことであり、両者は一体にして不可分であるとこの時代の若者の多くは考えた。

 現在の口語短歌がめざしているのは「リアルの更新」であるとする言説が最近よく行われている。しかし本当にそうだろうかと考えることしきりである。リアルとは手の届く範囲に見えているものだけではあるまい。新城が晦渋な象徴語法で表現しようとしたものもまた、当時の作者にとっては目の前の現実以上にリアルなものだったのではなかろうか。そんなことを『新城貞夫全歌集』はリアルな本の重さとともに考えさせてくれるのである。

 

第288回  屋部公子『遠海鳴り』

雪降ると聞けば記憶の甦るとほき二月のとほき叛乱

 屋部公子『遠海鳴り』 

 本歌集の巻頭歌である。二月の叛乱といえば、1936年2月に起きた皇道派の青年将校によるクーデター未遂事件のニ・二六事件である。ふつう私たちは歴史の教科書で学ぶ出来事だが、作者には甦る記憶があるという。巻末の詳しい略歴によれば、作者の屋部公子は1929年(昭和4年)生まれである。ということは事件が起きた年には作者は7歳だから事件の記憶があってもおかしくない。本歌集を通読して改めて感じるのは降り積もる時間の重さと、昭和という激動の時代を丸ごと生きた作者の波乱の人生である。

 屋部公子は世界大恐慌の起きた1929年に沖縄で生まれる。就学のため6歳で東京に転居。やがて勃発する太平洋戦争の戦況激化のため、女学生の時に女子挺身隊に参加する。敗戦により父親は公職追放。1957年に故郷の沖縄に帰郷し結婚。作歌を始めて沖縄の様々な短歌団体に所属し、「沖縄タイムス」や「琉球新報」などの新聞歌壇の選者を務める。1995年に第一歌集『青い夜』を上梓。『遠海鳴り』は第二歌集である。巻末の長い略歴がひとつの読み物のようであり、その半生が丸ごと昭和史そのものと言ってもおかしくない。

 歌の主題は、琉球の豊かな自然と風物、戦争の時代への想い、今はない家族の思い出、老いの日常のほぼ四つからなり、それらが入念に選ばれ配された厚みのある言葉によってていねいに綴られている。一巻のどこを開いて読んでも、思わず引き込まれるような歌がある。

泰山木のはなは楊貴妃おもはする風ゆるらかに香を揺らすとき

瀬底大橋くぐりて白き波しぶく舟は紺青の海を切りつつ

木下かげ小暗き奥の拝所ウガンジョに掌を合はすとき八方無音

道譲る身に月桃の花ふれてかすかに匂ふ六月の香の

常緑樹おほふ御獄ウタキにひとすぢの湧水ときをり落葉のせゆく

 琉球の自然と風物の歌から引いた。一首目、泰山木は本土でも大正から昭和初期に立てられた家の庭木によくある。初夏に大ぶりの白い花をつける常緑樹である。「風ゆるらかに」に琉球のおおらかな自然を感じる。二首目の瀬底大橋は、沖縄本島と瀬底島を結ぶ橋。橋の中央部は船が通行できるように高くしてある。三首目の拝所と五首目の御獄は琉球の宗教性と深く関係する。どちらも神の宿る場所であり、神を拝む場所である。かつて沖縄を訪れたときに南部の斎場御獄セーファーウタキに足を運んだことがあるが、神の島久高島を遠望できる霊気漂う聖地だった。四首目、月桃は沖縄を代表する植物のひとつで、甘い香りがして餅の香りづけなどにも利用される。狭い道で人とすれ違うときに道を譲ると、道端の月桃の花に触れて香りが漂うという歌である。五首目、御獄は木々に囲まれた森の奥に少し開けた土地などにあることが多い。清水が湧いていることもよくあり、湧き水の流れが落ち葉を運んでゆくという静かな歌である。

 とはいえ集中で最も多いのは、過去の戦争と現在の沖縄の置かれた状況を詠う歌である。

茶がら多き雑炊に配給の岩塩は苦みばかりを口に残しき

靴底を夜毎繕ひ工場に通ひし戦時の歩の重かりき

空襲をおそれし日々も多摩川の岸辺に小さく菫匂へり

焼夷弾さけつつ逃げし空襲の夢あざあざと今に汗ばむ

降りつける睦月きさらぎ心塞ぐ遺骨収集のときめぐりきて

辺野古の海はぐくむ命あるものを埋め立て進む基地新設に

薄雲のただよふ中に見え隠れオスプレイ一機迷鳥に似て

 一首目から四首目までは戦時を回想する歌である。作者は女子挺身隊員として若くして軍需工場に勤労動員されていた。靴底がすり減るので継ぎを当てて繕うのだ。作者は終戦後まで東京にいたので、沖縄の地上戦は体験していない。五首目からは現在の沖縄の置かれた状況を詠んだ歌。「戦死者の大腿骨に刺さりたるまま弾丸錆びつきてをり」といった歌を読むと、今更ながら沖縄の戦争の苛酷さを思う。宰相は「沖縄の人々に寄り添う」と口では言いながら、基地を新設し「寡婦製造機」と呼ばれた航空機を飛ばすのが現実である。オスプレイはミソサザイの英語名。

夜なべして六人の子のセーターを編みゐし母のかの細き指

つぎ当てし芭蕉衣バサーにさらに継ぎかさね祖母は在ましき戦後の沖縄シマ

父のかよひし国会議事堂を仰ぐわれにさくらは霏々と雪のごと降る

吉田山雨に霞めり校門の辺に追ふ父の面影もまた

 家族を回想した歌から引いた。昔は子供のセーターを編むのは母親の役目だった。父母と作者たちは東京に転居したが、祖母は沖縄に留まった。祖母を訪問したことが帰郷の一因となったらしい。自らの内なる琉球に目覚めたということか。三首目に国会議事堂とあるので、父君は議員だったのか。四首目は父母が若い頃を過ごした京都を訪れた際の歌。吉田山の校門とは現在の京都大学、昔の旧制第三高等学校と京都帝國大学の校門である。

一人いちにんの食器を洗ふ水の音しづかなる夜をしばし賑わす

秋の日の郵便受けに一枚の落ち葉のやうに友の訃はあり

住所録ためらひにつつ線を引く大歳の夜の卓を灯して

プルメリアの落ち花匂ふ夜の机いのちの白の衰ふるまで

 今の境涯を詠んだ歌から引いた。作者は子供たちや孫たちとは離れて一人暮らしをしている。一人で暮らしていると食器を洗う音さえも沈黙を賑わす音と感じられる。齢を重ねて父母は既に亡く、友人の訃報も次々と届くようになる。訃報が届いた友人の住所と電話番号は住所録から抹消するのだが、まるでその人の記憶を消すようでためらわれる。夜になると花の香がひときわ強く匂う。机に落ちたプルメリアの花の白は自らの命を象徴するかのようである。

戦没者まだ土深く眠る島掘られし遺骨は朽葉色見す

雨あとの清明祭シーミーの墓にぬかづきて焼く紙銭ウチカビの炎の低し

ゆふかげに縁取られつつ一舟の辷り出だしぬ名護なごの入り江を

人影に月桃の花をつと去りし喪章に似たる六月の蝶

かげを翼にまとふ白鷺の光ひきゆく水面にひくく

夜半の風に触れて散りたる月橘のいのちに余香よかういまだ木下に

定家葛いにしへの恋のかをり顕ち夜の香を追ふ生垣に沿ひ

 印象に残った歌を引いた。三首目などまるで一幅の水彩画を見るかのようで美しい。歌に詠み込まれた本土とは異なる植物の多彩さにも圧倒される。豊かな自然と風物の溢れる沖縄は戦争の記憶が色濃く残る鎮魂の島でもある。歌に降り積もる時間の重さを感じさせる歌集である。

 

うたをよむ 噴水のきらめき

 連日の炎暑に喘ぎつつふと立ち寄った街角の公園に噴水がある。木陰に休んで噴き上がる水を眺めていると一時の涼を得る。噴水は短歌ではどのように詠まれているのだろうか。

噴水の伸びあがりのびあがりどうしても空にとどかぬ手のかたちする 

                    杉﨑恒夫『食卓の音楽』

 歌人は水が噴き上がる様ではなく、ある高さまで達すると再び落ちる様に着目する。一定の高さを超えることができない水は、達せられることのない願望の喩であり、それでもなお空へと手を伸ばす人間の姿を描いている。

噴水が止まれば水は空中に水のかたち脱ぎ捨てて散る 

              鳥居『キリンの子』

 水は方円に従うので固有の形はない。しかし私たちは蛇口から流れる水や噴水から噴き上がる水を見て、それを何となく水の形と捉えている。噴水は噴き上げるからこそ一定の形を保っている。この歌では、その勢いがなくなると水が形を失うと捉えているところがおもしろい。

噴水を噴き出て白を得たる水白を失うまでのたまゆら

              藤島秀憲『ミステリー』

 鳥居の歌では形だったが、藤島の歌では色である。水は無色透明で色はない。しかし噴水から勢いよく噴き出ることで気泡が混じって白く見える。そして水盤に落ちると無色に戻る。白という色を得てきらきら輝くのはほんの一瞬である。

 鳥居の歌も藤島の歌も、見かけの上では噴水しか描いていないにもかかわらず、私たち人間の生きる様にどこか通じるところが感じられる。 

 

【註】

朝日新聞2020年8月9日朝刊「うたをよむ」欄に掲載されたものです。

朝日新聞社に無断で転載することを禁じます。(承諾番号 20.3028)

短歌における「わたし」

震えながらも春のダンスを繰り返し繰り返し君と煮豆を食べる

堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』

 感性の共同性を基軸とする古典和歌から「自我の詩」である近代短歌へと移行して以来、短歌と〈私〉は切り離せないものとなった。たとえ「曼珠沙華一むら燃えて秋陽つよしそこ過ぎてゐるしづかなる径」(木下利玄)のように、表面上は〈私〉が顔を出さない歌においても、歌の背後には風景を見ている〈私〉が蟠踞している。とはいえ実際に歌に現れる〈私〉の奥行きと射程は様々である。

 〈私〉の最も直接的把握は、坂道を登って来てはあはあと息が切れている〈私〉、冷えたビールをごくごく飲んで喉を鳴らしている〈私〉のように、「たった今・現在」を生きる私である。こうして感得される〈私〉は瞬間的であり強い実感を伴う。この対極にあるのが、「薔薇抱いて湯に沈むときあふれたるかなしき音を人知るなゆめ」(岡井隆)や「首都高の行く手驟雨に濡れそぼつ今さらハコを童子を聴けば」(藤原龍一郎)などの歌に見られる〈私〉である。

 どこがちがうのだろう。この二つの〈私〉は多数の軸において対立する。まず前者の〈私〉は瞬間的で奥行きがない(瞬間性)。こうして切り出された〈私〉は過去と切断された〈私〉である(非歴史性)。まるで劇作家アヌイの主人公のように記憶すら失っているかに見える。かたや後者の〈私〉は持続的で奥行きがある(持続性)。そのため過去と繋がっており、積み重ねられた記憶を抱えている(歴史性)。岡井の歌も藤原の歌も、自分の今の状況と過去の苦い記憶が重ね合わされていることからもそれは明らかだろう。

 さて振り返って掲出歌を見ると、この歌の〈私〉は前者の奥行きと射程の短い〈私〉である。この〈私〉はダンスを踊り君と煮豆を食べる今という瞬間を生きている。現代の若手歌人の短歌に見られるのはこのような〈私〉である。この私の位相は、「イルカがとぶイルカがおちる何も言っていないのにきみが『ん?』と振り向く」(初谷むい)の、まるで瞬間の連続のように動詞が終止形に置かれている文体に現れている。現代の若手歌人は歴史性を担う持続的な〈私〉よりも、かけがえのない今という瞬間を生きる〈私〉に惹かれている。

 

『ねむらない樹』vol5, 2020に掲載

藤原龍一郎『202X』書評 パルチザンの狼煙

 本書を手に取るとまず目を惹かれるのは赤地に黒い文字とイラストという装幀である。収録された歌を読むと、それが抵抗と反逆を表す配色だと知れる。しかし黒一色の不気味なイラストの人物は、目深に帽子を被ってこちらを監視しているように見える。

 藤原の何冊目の歌集になるのだろうか。前作の『ジャダ』と較べると内容の違いは一目瞭然である。本書は抵抗と憤怒の歌集だ。藤原の抵抗はまず現代日本の監視社会化に向けられる。

夜は千の目をもち千の目に監視されて生き継ぐ昨日から今日

詩歌書く行為といえど監視され肩越しにほら、大鴉が覗く

『夜は千の目を持つ』はウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)の小説であり、大鴉はもちろんエドガー・アラン・ポーで、藤原の短歌ではお馴染みだ。

 次に藤原の憤怒が向かうのは、集団的自衛権の解釈が変更され右傾化が現在進行形なのに、五輪開催に昂揚する日本というおめでたい国である。

無花果も桃も腐りて改憲の発議の秋を荒れよ!荒れるや!

世界終末時計はすすむ酷熱の五輪寒雨の学徒出陣

「あれるや」は「ハレルヤ」のフランス語読み。こうした仕掛けがあちこちにあり、藤原の文体は晦渋で重層的である。その一方、子供時代を過ごした深川を回想する歌は柔らかく懐かしい。

夕汐の香こそ鼻孔にせつなけれ深川平久町春の宵

 藤原は本歌集によって、抵抗のパルチザンとして生きる決意を表明しているかのようだ。(六花書林・二七五○円)

 

『うた新聞』2020年8月号に掲載

第287回 石川美南『体内飛行』

銀紙で折ればいよいよ寂しくて何犬だらう目を持たぬ犬

石川美南『体内飛行』

 本年(2020年、令和2年)3月20日、新型コロナウィルスの流行が深刻化して来た頃に出版された石川の第5歌集『体内飛行』が、短歌研究社により創設された塚本邦雄賞の第1回受賞の栄に輝いた。折しも書肆侃侃房から現代短歌クラシックスとして新装復刊された第1歌集『砂の降る教室』でその才能を注目された石川だが、今まで短歌関係の賞には縁がなく、これが初めての受賞だろう。私が実際に会って言葉を交わしたことのある数少ない歌人で、その人懐っこい人柄に魅了されたこともあり、実にめでたいことだ。

 『体内飛行』はいろいろな意味で注目に値する歌集である。1つ目はその出版までの経緯で、これは2017年1月号から『短歌研究』誌に三ヶ月ごとに連載した30首詠をまとめたものである。石川は連載依頼をもらったとき、自分にいくつかのルールを課したという。そのうち重要なのは、毎回身体の一部をテーマとするというルールと、自分の身に起きたことを時系列に盛り込むというルールである。身体の方は途中からうやむやになったようだが、2つ目のルールはますます重要性を帯びることとなった。連載中に祖母の死去、自身の結婚と出産という人生のメルクマールとなる重要な出来事が立て続けに起きたからである。作者自身あとがきで、「もし作品連載がなかったら、私の人生は、これほど大きく変化していただろうか」と述懐しているほどである。

 注目に値する2つ目の点は、今まで物語性が濃厚で現実の〈私〉をあまり作中に投影させることのなかった石川が、かなり生身の〈私〉に近い主体を歌に詠んでいることだ。これは自分に課したルールの2つ目の「自分の身に起きたことを時系列に盛り込む」の帰結の一つではあるのだが、それ以上に結婚・出産という大きな出来事が歌の質を変化させたということもある。「体内飛行」という連載のタイトルを決めたときには思いもよらなかった妊娠・出産を経験して、「タイトルに実人生が追いついて来た」という転倒した感慨を抱くのも無理からぬところである。

 収録された歌を順を追って見てみよう。第1章「メドゥーサ異聞」からして今までの歌と感触がちがう。

中学生の頃が一番きつかつただらうな伏目がちのメドゥーサ

目を覗けばたちまち石になるといふメドゥーサ、真夜中のおさげ髪

遠視性乱視かつ斜視勉強はできて球技がすこぶる苦手

朗らかに答ふ 卒業アルバムの写真撮り直しは要らないと

〈柳眼〉の項ひらかれて詩語辞典はガラスケースに鎮もりゐたり

 一連のテーマは「目」なのだが、そこへ見ると石に変えられるというギリシア神話のメドゥーサを持って来た。もともと石川は具体的な物を出発点として想像を膨らませるのが得意なのだが、この一連には目が悪く眼鏡が離せない石川自身が投影されていると思えてならない。確かに石川は勉強はできるが球技は苦手そうに見える。

 第2章「分別と多感」のテーマは「手」だが、その中に次のような相聞が混じる。今までの石川の歌集にはあまり見られなかった感触の歌である。

空き壜を名残惜しげに愛でながらあなたが終へる今日の逢ひ引き

浅い雪 あなたと食事をするたびにわたしの胸の感触が変はる

逡巡の巡の湿り、今週はあなたが風邪を引いて会へない

 第3章「胃袋姫」のテーマは胃袋と食欲だが、ここにも次のような歌が混じる。「唐辛子マークふたつ」というのは料理の辛さを表すメニューの記号。「指のサイズ」はもちろん婚約指輪か結婚指輪である。

柏餅の餅含みつつ恋人の故郷の犬に吠えられてゐる

指のサイズ確かめたのち唐辛子マークふたつの肉と野菜を

 第4章「北西とウエスト」の「ウエスト」は西の意ではなく、胴回りの方。

人生のくびり辺りの暗がりで薄明かりなす人と落ち合ふ

試着室に純白の渦作られてその中心に飛び込めと言ふ

ウエストを締め上げらるる嬉しさに口から螢何匹も吐く

勘違ひだらうか全部 判押して南東向きの部屋を借りる

 これはどう読んでもウェディングドレスの試着の光景と、結婚して住む新居の賃貸契約である。結婚への準備が着々と進んでいることが知れる。続く第5章「エイリアン、ツー」では同居生活が始まる。婚姻届を出すと花をくれる自治体もあるらしい。

思ひのほか上手に化けてゐるでせう絹ごし豆腐粗く崩して

市役所でもらつた薔薇を数日で枯らして眠たがるわたしたち

南にはネパール料理店がありあなたと掬ふ温かい豆

 第6章「飛ぶ夢」では様々な本からの引用と詞書きが多用されており、祖母の死と結婚式が描かれている。どうやら祖母のお葬式と自分の結婚式が数日違いだったらしい。さぞかし慌ただしかっただろう。四首目では自分の中のメドゥーサに優しく語りかけている。

祖母の好きな賛美歌流れ、わたしよりなぜかあなたが先に泣き出す

赤き目の伯父・父・伯母が順番に駄洒落を言つてそののち献花

をととひと同じ賛美歌、曇つては晴れてゆく視界、はい、誓ひます

親族も友人もやさしくてメドゥーサ、今日は寝てていいのよ

 何と言ってもおもしろいのは第7章「トリ」と第8章「予言」だろう。「トリ」とは胎内の我が子に石川が付けたニックネームである。子宮内の胎児はヒトの進化の過程と再現すると言われているので、胎児をヒトになる前のトリと捉えてもおかしくはない。

ごみピットの匂ひがすると振り向けば苺ひと箱提げてゐる人

淡々と人は告げたり「ピコピコしてゐる、これが心音です」と

見なくてもいいとやんはり断られひとりつくづく見る出べそかな

トリが人に育ちゆく頃新しい燕の家に燕どつと増ゆ

「西瓜さんが西瓜を切るよ」と歌ひつつ硬い丸みに刃を当ててをり

目を細め生まれておいで こちら側は汚くて眩しい世界だよ

薄明に目をひらきあふときのため枕辺に置く秋の眼鏡を

 一首目は妊娠悪阻に伴う異臭感覚で、二首目は妊娠初期のエコー検査だろう。三首目はお腹がずいぶん大きくなって出べそになった歌。最後の眼鏡の歌で連作「体内飛行」はぐるっと回って円環をなして第1章へと戻る。集中屈指の美しい歌だ。

 俗に「自然は芸術を模倣する」と言う。それをもじって言うならば、現実は想像力に追いつくことがある。連載の最初に「体内飛行」というタイトルを決めたとき、作者はまさか自分がこのようにほんとうに体内を経巡る濃密な体験をするとは夢にも思わなかったにちがいない。石川の得意とする想像力に現実の重みが加わって、これから石川の短歌がどのように変化してゆくのか楽しみでならない。

 個人的に私が楽しんだのは歌人が登場する楽屋落ち的な歌である。

『穀物』同人一人ひとつ担当の穀物ありて廣野翔一ひろのはコーン

「燕麦よ」「烏麦よ」と言ひ合つて奈実さん芽生さん小鳥めく

全開で笑ふ田口綾子たぐちよ「予言の書」と呼べば「医学書です!」と正して

「三十代で為し得たことは何ですか」光森さんに聞かれてキレる

 一首目は「京大短歌」「塔」の廣野翔一、二首目の奈実さんと芽生さんは本郷短歌会の小原奈実と川野芽生、三首目の田口綾子は「まひる野」所属、四首目は光森裕樹で、あちこちの短歌団体に出入りしている石川の交友関係の広さが窺える。

 

第286回 阿波野巧也『ビギナーズラック』

まぶしいものに近づいてみる近づいて舗道の上に柿はひしゃげる

阿波野巧也『ビギナーズラック』

 不思議な歌だ。作中の〈私〉が歩道を歩いていると、歩道の上にまぶしく光るものを見つける。近づいてみると、歩道に落ちて踏みつけられたのか、ひしゃげた柿の実であることがわかる。しかし柿の実は今ひしゃげたのではなく、すでにひしゃげているのである。それを「舗道の上に柿はひしゃげる」と表現しているということは、作中主体による出来事の認識と出来事の生起を同一視していることになる。つまり出来事は過去に起きたのではなく、〈私〉がそうと認識した現在に起きたと見なすのである。これは主体としての〈私〉と客体としての世界をはっきりと分けるデカルト以来の主客二分論への大胆な挑戦である。そしてそこには〈今〉の認識が深くかかわっていることは疑いを容れない。作者はこのような世界観を採用しているために、本歌集に収録された歌を読んでいると、何とも言い様のない浮遊感と視野の捻れのような感覚を覚えて立ち止まることしばしばであった。

 阿波野巧也は1993年生まれ。京都大学農学部に入学と同時に、京大短歌会と塔短歌会に入会。2015年塔新人賞を受賞。現在は塔短歌会を離れて同人誌「羽根と根」に所属している。2019年に第1回笹井宏之賞で永井祐賞受賞。『ビギナーズラック』は本年 (2020年)7月に上梓された第一歌集で、解説は斉藤斎藤。

 「すれ違うとき、ぼくはもらう」と題された斉藤斎藤の解説が出色だ。私はめったに解説から先に読むことはないのだが、書いているのが斉藤斎藤だけに今回は解説を先に読んでしまった。斉藤は近代短歌のOSである主客分離による「写生」から論を起こして、阿波野の世代はスマホの自撮り文化の洗礼を受けて、世界と同じ画面に写る〈わたし〉をどう詠むかという課題に直面した最初の世代だと述べている。

 斉藤の指摘は鋭い。近代短歌の写生は、画面の外から風景を見ている〈私〉つまり視点主体という構造に依存している。高野の次の歌も例外ではない。

精霊ばつた草にのぼりて乾きたる乾坤を白き日がわたりをり 高野公彦

 近景の小さな精霊ばったと遠景の日輪のスケールの大きな対比がこの歌の眼目だが、描かれた画面に見ている〈私〉はいない。視点主体はあくまで画面の外にある。しかるにスマホ世代の歌はそこがちがうのである。

冬のひかりにぼくの体があたたまる 都会で暮らしていたいとおもう

スーパーの青果売り場にアボカドがきらめいていてぼくは手に取る

ただの道 ただのあなたが振り返る 月明かりいまかたむいていく

暖房をつければ一回だけ鳴った風鈴 しばらくひとと会っていない

人身事故で電車が動かなくなって外にある桜を撮っている

 一首目の上句は内側から感じる〈私〉の体感で、下句は感慨の間接話法なので叙景部分はほぼない。初句の「冬のひかり」くらいである。二首目は四句の「きらめいていて」までが純粋な叙景だが、結句でいきなり〈私〉が登場してアボカドを掴む。まるでスマホの角度がいきなり変わって自分を写したかのようだ。三首目は「ただの」の反復がリズムを作っているが三段切れの歌である。見かけ上は〈私〉はいないが、「あなた」という二人称は一人称を前提とし、「振り返る」のは〈私〉に向かってなので、視点主体の色は濃い。四首目は上句と下句が切れている歌。上句の核はチリンと一度鳴った風鈴の知覚で下句は感慨だが、「問いと答えの合わせ鏡」(永田和宏)になっていない。五首目は構造としては、桜を撮影している作中の〈私〉を見ている視点主体がもう一人いることになる。

 このように多かれ少なかれ歌の中に〈私〉が写り込むとどうなるか。近代短歌の方法論であった主客分離による写生は不可能になり、客体としての世界は主体と対立するものではなく、世界は〈私〉込みの世界となるのである。デカルト流の主客分離に対抗しようとした現象学の哲学者メルロ=ポンティーは、「世界内存在」としての〈私〉を立ち上げたが、阿波野の短歌の〈私〉もちょっと似ているかもしれない。そのことは冒頭に挙げた掲出歌にも現れていて、作中主体の〈私〉の位置変化がそのまま歌に反映している。

 このように阿波野の歌が描く世界は〈私〉込みの世界であり、逆に〈私〉は世界込みの私である。したがって近代短歌のように世界と鋭く対立する屹立する〈私〉は影を潜め、ゆるやかに世界に溶け込む輪郭のはっきりしない〈私〉が中心となる。

 その〈私〉はいろいろな物に囲まれている。私が本歌集に収録された歌を読んでいて感じたのは、さまざまな物に囲まれて暮らし、街をゆっくりと遊弋する青年が、移動するたびごとに世界が拓かれてゆくという印象だ。

イヤフォンのコードをほどく夕ぐれの雑誌売り場に取り残される

ぼくの手にiPhoneだけが明るくて自分の身体で歩いてゆける

ツタヤ以外のレンタルビデオもあるんだねみたいな顔をきみにされてる

見てきたことを話してほしい生まれ育った町でのイオンモールのことを

デニーズのグラスワインで乾杯を 雨が降ったらあなたへ傘を

2016年もユニクロをこのように着古してすばらしいユニクロ

 阿波野の世代にとっての街とは、このようにコンビニの雑誌売り場やiPhoneやツタヤやイオンモールやデニーズやユニクロが形作る都市である。もちろん花や公園や雨などの自然も詠われてはいるが、歌の背景のほとんどはこのような都市風景である。

 では阿波野の修辞はどこにあるか。次のような修辞を凝らした歌を見てみよう。

お祭りが偶然あってそこにある空間へ透けてゆくさくらばな

風が吹き、けれど意外に揺れてないそこにある草 ゆっくりと坂

みんな立って丸く手首をぶら下げて空間に電車がやってくる

町じゅうのマンションが持つベランダの、ベランダが生んでいく平行

ガードレールがわずかにへこみ陰をなすところに触れる遠く半月

 一首目の「そこにある空間」が何を指すかは判然としないが、お祭りの屋台と屋台の間と取っておこう。そこに桜の花が透けてゆくという措辞がおもしろい。二首目では風が吹いているので草が揺れているのかと思いきや、意外に揺れていないと肩すかしを食らわせて、視線は坂へとそらされる。三首目はラッシュ時の駅の風景で、「丸く手首をぶら下げて」というのは鞄を握っているということか。この歌など吉野裕之の歌を思わせる。四首目も視点のおもしろさが光る歌。マンションには必ずベランダがある。ベランダの床はすべて平行で、都市空間にあまねく平行線があるという幾何学的な歌である。五首目、へこみに「触れる」のは〈私〉で、見上げると半月が空に輝いているという視線の交錯がある。

検温計を静かにしまう昨日歩いた街のにおいを閉じ込めながら

やめたサークルの同期会のお知らせの通知、その通知の薄明かり

秋の光をそこにとどめて傘立てのビニール傘をひかる雨つぶ

みずうみのような眼でぼくを見てゆっくりと閉じられるみずうみ

入口はこちらと示す張り紙のラミネートがほんのりずれている

猫耳のままでお店を出たひとがたばこをくわえてはずす猫耳

キーボードの反力を指に灯しつつ書き換えられてゆくWikipedia

中華屋のショーウィンドウに麻婆茄子こぼれかけてる秋の日のなか

おばあさんがうぐいす色の乗り物でゆっくり進む夕べの歩道

 特に印象に残った歌を引いた。中には近代短歌のコードで読むことのできる歌もあり、それはそれでなかなか美しい抒情歌となっている。


 

照屋眞理子句集『猫も天使も』序文

 

 この度、縁あって照屋さんの遺句集の序文を書かせていただくことになり、書庫から照屋さんの歌集と句集を取り出して再読した。すると二冊の歌集の表紙裏に照屋さんから拝領した手紙が挟んであることに気づいた。私はこの手紙のことをすっかり忘れていた。一通は歌集『抽象の薔薇』に挟んであり、日付は平成一六年一二月一六日。私宛に歌集を送る送り状である。もう一通は歌集『夢の岸』にあり、日付は平成一七年一月二十日。私の方から残りの歌集と句集を購入したいと希望したのに応えての返辞である。どちらも青色インクの万年筆で綴られた達筆の手紙で、筆の運びと行き届いた文章に照屋さんのお人柄がよく表れている。肉筆の手紙を再読して、照屋さんの肉体がもうこの世にないことを改めて実感したのである。

 照屋さんが残されたのは『夢の岸』、『抽象の薔薇』、『恋』の三冊の歌集と、『月の書架』、『やよ子猫』の二冊の句集だから、本句集は第三句集となる。歌集が三冊と句集が三冊ということは、照屋さんが短歌と俳句の両方の領域で活躍された人であることを示している。短歌の生理と俳句の生理はかなりちがうので、両方で等しく活躍することはそうあることではない。照屋さんの師である塚本邦雄もまた句集を持ち俳句批評をしていたので、師に倣ったものと思われる。しかし照屋さんは自分には俳句の方が向いているとしきりにおっしゃっていた。句誌『季刊芙蓉』の代表に就かれてからは、さらに俳句の方に軸足が移っていたと思われる。

 照屋さんの作る短歌と俳句に共通して見られる特徴の第一は、「非在を視ようとする眼」であろう。これは一見すると矛盾している。「非在」とはこの世にあらぬものであり、ないものは目には見えないからである。

まだ見ぬ恋まだ咲かぬ花中空に  『やよ子猫』

切株の夢の梢に小鳥来る

目に見つつ見えぬものる滝の上

虫止んで声のまぼろし残りけり  『猫も天使も』 

もうゐない先刻さつきのわたし流れ星

月出でてきのふ牡丹の在り処わが目の置ける白のまぼろし  『夢の岸』 

 まだ咲いていない桜の花を空に見て、存在しない梢に来る小鳥を見る。滝の上にも目に見えない何かが光っている。近代俳句、近代短歌の王道は写生であり、写生とは目に見えたものを写すことなので、存在しないものを詠むというのはその精神に反している。ではどうして照屋さんは非在を視ようとするのか。その根底には「この世の姿は仮象にすぎぬ」という、照屋さんの心に深く根付いた思想があるからである。もしこの世の姿が仮象であるとしたならば、まだ咲かぬ桜も、長い年月の後に切株から成長するであろう梢も、目の前にある花や木と同じ資格において「存在するもの」となるのである。このように存在の背後に非在を視ようとするのは、短歌と俳句に一貫した照屋さんの変わらぬ姿勢である。

 「この世の姿は仮象」ということは、今ある姿を取っているものも別な姿で立ち顕われるかもしれないということであり、その筆頭は〈私〉である。

胸鰭のありし辺りに春愁  『猫も天使も』 

猫じやらしわれに微かな尾の記憶

春風や偶偶たまたま人にれしのみ  『月の書架』

人間ひとのふりして加はりぬ踊りの輪  『やよ子猫』

人間の皮猫の皮かりそめに着て夜の秋のたましひ二つ  『恋』 

 目には見えない胸鰭や尻尾を体に感じるのは、ヒトという種が魚類から進化したということではなく、神様の振る骰子の目が一つちがっていたら私は魚や猫としてこの世に生を受けていたかもしれぬということだ。だから私の膝で眠る猫も私もたまたまこの姿でこの世にいるにすぎない。こういう想いが照屋さんの心の深い処にあった。

 だとすれば今ある形を取って在るこの世と、また自分が別の形を取って生まれる別の世とは等価であり、その差分は僅かと感じられてもおかしくはない。

野遊びやさきの世の尾を戦がせて  『猫も天使も』

またの世の今はさきの世天の川

またるる日までこの世に鶴でゐる   『やよ子猫』

月明に逢はなむ人を辞めて後

夏椿ひらくかたへにそと置きてうつし身はすずしきこの世の嘘

                          『抽象の薔薇』

 現世のみが世界ではなく、この世に存在するものだけが存在ではない。この世と別の世を自在に行き来できるわけではないが、この世に在るものの傍らに別の世が色濃く感じられる。そのような感覚が照屋さんの俳句や短歌に独自の味わいと奥行きを与えている。

 現世は連綿と続く前の世と後の世に挟まれた須臾の間に過ぎないと感じるならば、「一期は夢」との想いを深くするのは当然の成り行きである。事実、照屋さんのデビュー作となった歌集の題名は『夢の岸』だったことを鑑みれば、その想いは若い頃からすでに照屋さんの胸に生まれていたと思われる。

またの名は螢この世を夢と言ふ  『猫も天使も』

前世後世この世も夢の桜かな   『月の書架』

神が見る夢がこの世よ春うらら

ああわたしたぶん誰かの春の夢   『やよ子猫』

一期の夢の途中道草して花野

美しい夢であつたよ中空ゆ振り返るときこの世といふは  『恋』 

 改めて読み返してみると初期の作品に詠まれた「夢」はどこか抽象的で観念的把握に留まっている。しかし歳を経るに従って夢の想いは体内深く沈潜し、照屋さんの日々を浸すようになって、句にも凄みが増しているように感じられる。二○一三年の『季刊芙蓉』九七号に照屋さんの句集の評を書いたときにも取り上げたのは「夢」だった。すると照屋さんから「また夢ですか!」といささか不満げなメールが届いたことがあったが、「一期は夢」は照屋さんから離れぬ想いだったのだからいたしかたない。

 照屋さんは重いこの世の肉体を脱ぎ捨て、夢の中で幾度も訪れた別の世で軽やかに遊んでいるにちがいない。そんな自分の姿を照屋さんは句や歌に繰り返し詠んでいる。残された句集・歌集の中に心を遊ばせれば、そこには形を持たなくなった照屋さんがいつもいるのである。私たちは書を開くだけでよい。

こんなに軽くなつて彼岸の野に遊ぶ  『月の書架』

もうかたち持たずともよきさきはひを告げきて秋の光の中  『恋』

 

照屋眞理子『猫も天使も』角川書店、2020年7月15日刊行