第233回 『短歌と俳句の五十番勝負』

百葉箱の闇に張られし一筋の金なる髪を思うたまゆら
                      穂村弘

 おもしろい本が出た。穂村弘と堀本裕樹の共著『短歌と俳句の五十番勝負』(新潮社 2018年4月)である。堀本裕樹ゆうきは角川春樹に師事したのち、独立して現在蒼海俳句会主宰の俳人。この本は穂村と堀本が与えられたお題で短歌と俳句を作るという題詠競作で、新潮社のPR雑誌『波』に連載されたものを単行本にまとめたものである。帯に斬り合う二人の忍者の写真があるが、別に優劣を競っているわけではない。短歌と俳句だけでなく、お題にまつわる短いエッセーが添えられていて、韻文と散文を交互に味わう形式になっている。一般の読者にとって韻文は敷居が高いので、散文を交えて近づきやすくしてあるのだろう。
 おもしろいのはお題の出し方で、最初は穂村が「椅子」、堀本が「動く」を出しているが、それ以後はいろいろな人が題を出している。中には又𠮷直樹や荒木経惟やビートたけしのような有名人もいるが、大学生や小学生や牧師という人までいる。又𠮷に有季定型俳句の手ほどきをしたのは堀本だそうだから、堀本が「ちょっと出してよ」と頼んだ可能性はあるが、牧師とか書店員や整体師はどこから見つけて来たのだろう。担当編集者の個人的な知り合いだろうか。
 出されたお題もおもしろい。荒木経惟の「挿入」はいかにもで、牧師の北村篤生の「罪」は少しストレートすぎるか。朝井リョウの「ゆとり」にはくすっと笑ってしまうし、壇蜜の「安普請」には感心する。その他、北村薫の「謀反」、モデルのリヒトの「逃げる」、西崎憲の「適正」など、作りやすそうなお題もあれば、苦労しそうなものもあり、歌人と俳人がどう頭をひねって句歌を絞り出したかを見るのが、この本のおもしろさである。題詠をするときは、出されたお題につきすぎると広がりがなくおもしろくない。特に俳人は「つきすぎる」のを嫌う。かといってあまりに発想を飛ばし過ぎるとお題から離れすぎてしまう。その加減が難しい。
 いくつか拾って見てみよう。まず「まぶた」である。

左目に震える蝶を飼っている飛び立ちそうな夜のまぶたよ  穂村
料峭りょうしょうやかもめと瞼閉づるとき  堀本

 身体部位のお題では、「眼」とか「髪」とか「手」などはよく詠まれるため、意味が付着していて類想に陥りやすい。「眉」や「ぼんのくぼ」などはあまり詠まれていないが、そのため発想が難しくなる。「まぶた」はどうだろう。試しに千勝三喜男編『現代短歌分類集成』の「まぶた」の項を見てみると、三首収録されている。二首だけ引く。

撫でおろしやさしくなだめわが強ひて眠らむとするがらすの瞼  斎藤史
睡りつつまぶたのうごくさびしさを君のかたえに寝ながら知りぬ  吉川宏志

 これを見ると「まぶた」は睡りと関連して捉えられることが多いようだ。穂村の歌では夜に突然まぶたがピクピク痙攣して止まらないという体験が詠まれている。それを「震える蝶」と詩的に表現したところがこの歌のポイントだ。堀本の句の「料峭」は春の季語で、風がまだ寒く感じられることをいう。堀本は「かもめ」といえば、寺山の「人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ」を思い出すとエッセーで語っている。この歌を遠くに感じて作った句だろう。かもめが瞼を閉じる時に、〈私〉も瞼を閉じているのである。かもめが瞼を閉じるのは単なる生理的反応だが、〈私〉が瞼を閉じるのは何かを想っているからである。その「何か」が明かされていないために、句に奥行きと広がりが生まれている。ちなみに私はこの句を見たとき、「サタン生る汗の片目をつむるとき」という加藤楸邨の句を思い浮かべた。

 次は高橋久美子の「カルピス」である。

虫籠にみっしりセミを詰めこんでカルピス凍らせた夏休み  穂村
カルピスの氷ぴしぴし鳴り夕立ゆだち 堀本

 エッセーでは二人とも子供時代の思い出を語っている。昭和の人間にとってカルピスは郷愁アイテムである。お中元に瓶2本入りのカルピスをもらうと子供は狂喜乱舞したものだ。ちなみに堀本の句では季語は「カルピス」ではなく「夕立」。期せずして二人とも氷を詠んでいるが、少しちがうのは堀本の句では水で薄めたカルピスに入れた氷だが、穂村の歌ではカルピス自体を凍らせてカルピスに入れるという点。子供の時遊びに行った友達の家でそうしていて驚いたそうだ。こうすると氷が溶けてもカルピスが薄まらない。読んでいて少し驚いたのは、穂村は意外に実体験に基づいて歌を作っているということてある。
 西崎憲(フラワーしげる)が出したお題は「適正」。いやがらせとしか思えない難しい題である。「さあ、詠めるものなら詠んでみろ」という声が聞こえてきそうだ。二人はどう詠んだか。

火星移民選抜適正検査プログラム「杜子春」及び「犍陀多」  穂村
瓜番として適正を見るといふ  堀本

 穂村の工夫は「適正」を「適正検査」というより大きな語句の一部として組み込んだところにある。しかしそのために大幅な字余りになっている。火星移民選抜に「杜子春」と「犍陀多」という誰もが学校で読んだ記憶のある小説を取り合わせているのがミソだ。やはり穂村の作歌にはノスタルジーがかなり原動力となっている。一方、堀本の句で「瓜番」は夏の季語だそうだ。畑に出没する瓜盗人を見張る役目である。「瓜番としての」適正ではない。何か別の仕事の適性を見るために、瓜番をさせるのである。そのややとぼけた所に俳味があるのだろう。
 穂村が詠んだ歌では冒頭に挙げた「百葉箱の闇に張られし一筋の金なる髪を思うたまゆら」がよいと思った。しかし解説が必要である。昔の小学校にあった百葉箱の中には、毛髪乾湿度計なるものが入っていた。人の毛髪の伸び縮みの度合いで空気の湿度を測定していたのである。穂村によれば、その昔、毛髪乾湿度計には西洋人の女性、とりわけフランス人の金髪の毛が最適だとされていて、わざわざ輸入していたそうである。これには驚いた。私が通っていた小学校にあった百葉箱の中にも、フランス女性の金髪が一本張られていたのだろうか。穂村はこういう意外な事実を拾ってくるのが巧みである。「放射能を表す単位ベクレルの和名すなわち『壊変毎秒』」でも、ベクレルの古い和名が「壊変毎秒」であることを調べ出している。
 堀本の句では次のようなものがおもしろいと思った。

秋扇のゆとりや時に海指して (題 ゆとり)
湯ざめして背骨の芯のありどころ (題 背骨)
濡れ衣を着せられしまま秋の蜘蛛 (題 着る)

 巻末の二人の対談では、季語や切れなどをめぐって、短歌と俳句の生理のちがいも論じられていて興味深い。穂村が短歌を作るとき、対象をつい異化してしまい、「こうなったらどうなるだろう」と想像するので、じっくり写生をするのが苦手だと語っているのがおもしろかった。

 

第232回 なみの亜子『「ロフ」と言うとき』

二分咲きの梅に降りくるにわか雪梅花は真白でなきを知りたり
なみの亜子『「ロフ」と言うとき』
 梅が二分咲きだから季節は2月である。梅は一番に春を告げる花だが、早く咲くために雪が降ることもある。都会でもままあることだが、作者が住む山中ではふつうのことなのだろう。白梅の花に雪が降る。真っ白な雪と比較すると、白梅の花にもうっすらと色が着いていることに初めて気づくという歌である。「発見の歌」に分類される歌であるが、結句の「真白でなきを知りたり」に一抹の寂しさが感じられるところが歌の味わいだろう。

 なみの亜子は「塔」所属の歌人で編集委員。数々の受賞歴があり、本歌集は『めい』(2006年)、『ばんどり』(2009年)、『バード・バード』(2013年)に続く第4歌集である。2017年に上梓された。歌集題名は最初は何のことかよくわからないが、読み進むにうちにやがてその意味が明かされる。
 作者は10数年前に都会生活を捨てて西吉野の山中に移り住んでいる。作者の歌の最大の魅力は山深い自然の息吹が肌に感じられる点だろう。

朝靄を手にわけてゆく山みちにししの掻き跡ぬれぬれとして
朽ちすすむ小屋にも秋の陽のあたる山のほぐれていたるひととき
背のたかき檜の縦に裂くるがはながくながくわが耳にさけぶ
電源の遮断されたる集落は降り積もりゆく雪にともさる
生きながら死んでゆく樹よ山がわの樹皮より獣の唾液に病みて

 一首目、山の朝は靄が深い。山道に残るイノシシの掻き跡がまだ乾いておらず生々しく濡れている。イノシシは泥に体を擦りつけて体表に付く寄生虫を取るという。そんな風景だろうか。二首目、山村は過疎化と高齢化が進んでいる。無人のまま朽ちる家屋も多くある。そんな小屋に穏やかな陽が射す時間は、厳しい顔を見せる山の自然がゆったりとくつろいでいる時間なのだ。三首目、枝に積もった雪の重みに耐えかねて樹木が裂ける。雪の多い冬は倒木被害が甚大である。下句の「ながくながくわが耳にさけぶ」の14音の破調は、木の叫びが耳から離れない様を表すものだろう。四首目、倒木によって電線が破断して村は停電になる。一帯は闇に包まれるが、灯りがなくなると、積もった雪が白く見える、いわゆる雪明かりによって村がぼうっと明るく見える。五首目、鹿は樹皮を剥がして食べるので、木が枯れてしまう食害が大きい。鹿除けにネットを張っても器用に飛び越してしまうので、手の打ちようがないのだそうだ。鹿は斜面に生えた木の山側から樹皮を囓るというのは、実際に見た人でないとできない表現だろう。
 都会生活をしている人間には想像もできない山深い自然の厳しさと豊かさである。その自然は聴覚、触覚、味覚、嗅覚などすべての感官を打つのだが、なかでも音についての歌が印象に残る。

このごろは近くまで来る夜の鹿の小枝折るおと目つむりて聞く
ひとつぶひとつぶ水死なせゆく音として聴けるつめたきわが夜の耳
軍団となりて烏はとりかこむとんび一羽の羽ひらくおと

 一首目、夜更けか明け方に鹿が小枝を踏む音が寝室の間近に聞こえる。二首目の前には「垂直に夜をしたたり落ちながら水はまもれり管の凍るを」という歌があるので、冬の夜に水道管が凍結するのを防ぐために、蛇口を少し緩めて水を出している様子だと知れる。ぼたりぼたりと水が滴る音を「水死なせゆく音」と聴いているのである。初句の「ひとつぶひとつぶ」という字余りのリフレインが水の滴りを表現している。美しい歌である。三首目、都会でも見かける光景だが、烏と鳶は生活圏が重なっているため、よく喧嘩する。一羽の鳶を烏の群れが取り囲み、鳶はさて逃げるかと羽を開くのだ。
 そんな山暮らしの作者に事件が起きる。いっしょに暮らしているパートナーがあろうことか脊椎を損傷して障碍者となるのである。

尿袋ぶらさげにつつ窓際のベッド電動にひとを起こしぬ
車椅子で自宅でできる仕事ですか、と尋ねられしをひとには言わず
座位とれるまでの五十日水っ気のおおき流木たりしあなたは
車椅子でどこにも行きたくないひとの車椅子押す自販機までを
五足目の靴買いゆけど気にいらぬまず靴を履くというができぬも

 脊椎を損傷して下半身麻痺の状態が続く。ようやく座位がとれるようになり、車椅子に乗るようになっても、障碍者になったショックの大きさは想像に難くない。やがてパートナーはリハビリに励んでようやく杖で歩行できるようになる。

障害に等級ありぬわが夫は二番目の重さと申請さるる
杖の名はロフストランドクラッチという「ロフ」と言うとき息多く出る
両杖のグリップ以外のもの持てず座ればものを取りには行けず
あたらしき歩行にひとの動くとき犬の二頭は杖にきゆく
何もかもどいつもこいつも腹立って腹立って投げくるたとえば尿瓶

 二首目で歌集題名の謎が明らかになる。「ロフストランドクラッチ」とは、脇で体重を支える通常の松葉杖とは異なり、手首から肘までをカバーする支えが付いている金属製の杖のことである。その名を略して「ロフ」と呼んでいるのだ。しかし歩行のために両手を使うので、三首目にあるように物を持つことができない。「なんでこんなことになったのか」というやり場のない怒りが高じて、五首目のように物を投げたくなるのも当然である。

スティール社のわが草刈り機十年を越えてまだ刈る刈れるが嬉し
現実として貧困をきわめつつもらった胡瓜日に三度食う
道造り今年はかあちゃんわれが出る座って草でも引けよと言わる
伐りたての生木のごとき重たさに横たわりいて起きがたき身は

 山では体を使わないと暮らして行けない。放置しておくと庭は草で覆われてしまう。雨で流された道の修復は集落の共同作業である。以前はパートナーがしていた仕事も作者がするしかない。歌集後半は生活のための苦闘の連続であり、読んでいて心が苦しくなる。
 そんな暮らしのなかでも作者は微細な自然の息吹に目を注いでいる。

 

かすか水仙の香りのしたり雪のしむ浸潤ふかき土踏みゆけば
誰かひとつ置き忘れたる手袋のごとき朴の葉秋の深みに
陽のあたる川面にひかり立つ朝をひかり分けゆく犬をしたがえ
高き陽の下ゆく人の誰も誰もまるくさびしい影をはなさず
盛りたつ草のふかみにつゆくさの花のひかりて青を放ちぬ

 

 パートナーが脊椎損傷によって障碍を負うという大きな事件が本歌集の山場なので、どうしてもその顛末に目が行くが、作者の資質は上に引いたような身の回りの自然に細やかな目を注ぐ歌によく表れているように感じられる。
 あとがきによれば作者とパートナーは山を降りて都会に引っ越したようだ。もう山の自然を詠んだ歌を読むことができないのかと思うと残念な気持ちにもなるが、日々の暮らしが安らかになることを願うばかりである。

 

第231回 鶴田伊津『夜のボート』

もう戻りこぬ時惜しむこともなく子は水色のランドセル選ぶ
鶴田伊津『夜のボート』
 小学校へ上がる年齢の子供が、期待に胸を膨らませて売り場でランドセルを選んでいる。子の選ぶランドセルの水色は希望の色である。この年齢の子供には過去がない。より正確に言うと、過ごしてきた時間はあるのだが、それを振り返ろうとする意識がない。子供は前しか見ていない。しかし、かたわらで子を見守る母親はちがう。子が懸命に生きるこの「今」は、二度と再び戻ることがないということを知っている。同じランドセル売り場にいる母と子は、異なる時間を生きているのだ。

 鶴田伊津は短歌人会所属で、2007年に第一歌集『百年の眠り』を上梓している。『夜のボート』は2017年に刊行された第二歌集だから、10年振りに歌集をまとめたことになる。前回に続いて第一歌集と第二歌集との間が長く空いた人を取り上げることになったが、これは単なる偶然にすぎない。ちなみに本歌集は六花書林から刊行されているが、鶴田は六花書林社主宇田川寛之の令夫人である。『夜のボート』という題名にちなんでか、ごく薄く斑点を散りばめた漆黒の装幀が印象的だ。
 本歌集には2007年から2017年までの10年間にわたる歌が収められている。歌集の最初では2歳だった娘さんが、巻末では12歳になっている。10年の間歌集を出すことがなかったのは、子育てに専念していたためだろう。一読して巻を措いた印象は、この歌集を通奏低音のように流れるテーマは「時間」だというものである。
 短歌が「時間の文芸」であるということはあまり論じられることがない。絵画や彫刻は「空間芸術」である。空間をいかに分節し彫琢するかがその核心をなす。空間の中で展開されているので、私たちは心ゆくまで時間をかけて鑑賞することができる。絵画や彫刻は時間に束縛されることがない。これにたいして「時間芸術」の代表格は音楽である。リズムやテンポやメロディーは、すべて時間を分節し時間の中で展開する。このため鑑賞する私たちは時間の流れに沿ってしか音楽を味わうことができない。
 現代では活字となって眼で受容することが多くなったとはいえ、短歌は「歌」である以上、音楽と同様に時間の芸術である。しかし音楽とは異なり意味を持つ言語を用いているため、短歌における「時間」はいささか複雑な様相を呈する。
 「歌」としての時間の第一は、披講(朗唱)と読字にかかる時間である。歌人は音の組み合わせや漢字と仮名の比率を変化させることで、披講と読字の時間をコントロールすることができる。本歌集から引いてみよう。

ぽんかんはぽんかんの香を放ちつつまはだかとなり人の掌のなか
帰宅せし子の長靴の靴底の欅の葉まだかたち保ちて

 漢字の多い二首目より平仮名の多い一首目のほうが読字時間は長い。「ながぐつ」は4つの音として認識されるが、「長靴」は音を介することなくひとつの単語として認識されるからである。
 もうひとつの時間は、物語論では「物語の中を流れる時間」と呼ばれるもので、この歌集で言えば子が2歳から12歳にまで成長する時間である。

来年は今年と違う夏なのだ浮き輪小さくたたみて仕舞う
制服の中の体が泳がなくなりし四歳泣くこと減りぬ

 一首目、子の成長は早い。夏の海水浴の季節が終わり、浮き輪を仕舞っている。来年の夏もこの浮き輪を出して使うだろうが、来年の夏は今年と同じではないという時間の流れを感じている。二首目、幼稚園の制服は子の成長を見越して大きめに仕立てる。始めはぶかぶかで体が服の中で泳ぐが、やがては成長とともに服が体に合うようになる。それと並行して泣くことも少なくなる。子の成長を喜ぶと同時に、過ぎゆく時を惜しむ気持ちが強く感じられる。
 最後の時間は、俳句や短歌のような短詩型文学に限らず、着物・料理・お菓子・家のしつらえなど、日本文化のあらゆる場面に浸透している季節という時間である。

子はふたつわたしはよっつ右脛に蚊の残したる晩夏おそなつの地図
ていねいにはなびらいちまい持ち帰る子のゆびさきの白を包めり

 一首目は今年蚊に食われた跡をあらためて見る晩夏の光景で、二首目は何の花でもよいのだが、やはり桜の花びらと取りたい。幼い子の指先の白と桜の淡いピンクの取り合わせが好ましいからである。
 このように本歌集では、主に作者が子と過ごした時間がていねいに掬い取られ、それが重層的な時間となっているところにいちばんの読みどころがあるように思う。

ゆうぐれに開くというを教えたりオシロイパナに指を染めつつ
傷口のふさがりてゆく時の間に子はかなしみを言うようになる
三年を子は成長の日々となしわれはひたすら雑草を抜く

 巻頭近くの子がまだ幼い頃の歌である。一首目、オシロイバナが夕暮れに開くというのは花に固有の時間である。英語ではfour o’clockと呼ぶらしい。それを子供に教えているのは歌の中に流れる時間であり、ここにも時間の重層性がある。二首目、子供が怪我した傷口がふさがるのは比較的短く数日の時間で、一方、悲しみを言うようになるのは子の成長過程というより長い時間あり、そのふたつの時間を重ねているのがこの歌の眼目である。三首目は子供が生きる時間と作者が生きる時間の差を見詰めた歌。3年もあれば子供はぐんぐんと成長する。しかしその間自分は雑草を抜くことに象徴される日々の雑事に忙殺されている。
 このように子供の成長を見詰める歌ばかりではなく、子育てに悩む作者の歌もまた本歌集にはある。

きみと子は枷だと責めているうちに泣く子以上に泣いてしまえり
「みおちゃんママ」などと呼ばれて手を振りしわれはどんどん腑抜けとなりぬ
今日われの海は凪ぎおり眠る子の額の汗をぬぐってやれば
我が知らぬ時間をまとう肉体を子とわれの入りし湯に沈めいる
足裏の火照りを床に当てながらわたしのためのビールを空ける

 夫と子供を自由を束縛する枷だと感じることもあり、また固有名でなく「みおちゃんママ」と呼ばれることに違和感を覚えることもある。心の中に怒濤が荒れる時もあれば、夫が身にまとう自分の知らない時間を冷たく見詰めることもある。さりながら本歌集がよくある子育て短歌、子供可愛い短歌にならずにすんでいるのは、我が子を他者として眺めて、子供に流れる時間と自分に流れる時間の差を冷静に捉え、それを掬い取って重層的な時間が畳み込まれた歌を作ることに成功しているからだろう。それは作者がふたつの時間を俯瞰的に見る視点を持っていることに由来すると思われる。
 最後に印象に残った歌を挙げておく。

垂直の雨を切りとり走り去る子をくわえたる黒猫の車
放埒のこころほのかにきざしたる夕、手放しで自転車に乗る
肉体の厚みを持たず揺れているパジャマの裾に蝉はすがれり
4Bを使えば4Bめくことば生まれ常より筆圧強し
ものの名を教えるたびにでたらめの楽しさを奪うような気がする
自らの骨を見しことなきままに骨のかたちを指に確かむ
逃げ水のなかに棲みいるうおの目に映れよわれのサンダルの白
線香の香の立つなかをすすみゆく水のおもてにうつるてのひら

 

第230回 岡崎裕美子『わたくしが樹木であれば』

春泥を飛び越えるときのスカートの軽さであなたを飛び越える朝
岡崎裕美子『わたくしが樹木であれば』

 岡崎裕美子の第二歌集『わたくしが樹木であれば』(青磁社 2017)は、第一歌集『発芽』(ながらみ書房 2005)から実に12年ぶりの刊行である。小池光がどこかで発言していたが、歌人にとっては第二歌集が重要であるという。第一歌集は作歌の記念として出してそれきりというケースも多いが、第二歌集には歌人として立つ決意が込められているということだろう。第一歌集『発芽』には岡井隆の解説と著者のあとがきがあるが、『わたくしが樹木であれば』には跋文はおろかあとがきすらない。小説家の小池昌代が帯文を寄せている。曰く、「人と獣のあいだをさまよいながよ歩くうたびと」、「所々には刃物のような覚悟も垣間見えて」、「いよいよ岡崎さんは歩み始めたのだ。沼ならば一層、深い沼のほうへ」などと、何やら剣呑な雰囲気なのである。
 掲出歌にはそのような剣呑な様子はない。どちらかといえば明るい陽性の歌である。春先の泥濘を軽々と飛び越える、そんな軽さであなたを飛び越えてしまおうというのは、男性との別れの歌とも読めるが、自立的で決然としている。しかしどうやらこれは岡崎のほんとうの顔ではないようだ。
 本歌集は三章から成る。各章には連作が収録されていて、題名が付けられている。ふつう題名は連作中の歌の一節を切り出して使うことが多い。しかし岡崎の場合、その題名がなかなかユニークなのである。試しに拾ってみると、「降ってきたよ」「春、東京タワーのそばで」「菜の花は食べられます」「落ちるならふたりで落ちる」「鯨とはこのようなもの」「どこからが獣」というような具合である。歌の並べ方の基準は説明がないのでわからないが、読者は巻末に近づくにしたがって歌の凄味が増すことに驚くだろう。
 最初ははこのように始まっている。

飴玉のようなボタンと言いながら外してくれた夜 雑司ヶ谷
濃密な肉だと思う母からのぶどうの皮をそっと剥がせば
捨ててもいい鍵二、三本ポケットの深いところへ 歯を抜きに行く
使われぬ(だろう)臓器の桃色を思うときふいに眠りたくなりぬ
ユニットバスに混ぜてはいけない塩素系洗剤を撒き眠りつつ待つ

 読んで最初に気づくのは歌の中の欠落である。言葉が情景を十分に描いていない。例えば一首目、「飴玉のようなボタンだね」と言ったのはおそらく恋人で、ボタンを外す行為は性愛を思わせる。しかし何のボタンだろう。コートかカーディガンかブラウスか。それは語られないのである。歌には〈私〉の想いが過剰にあり、それに反比例して情景(すなわち写実の「実」の部分)が少ない。
 二首目は「母からのぶどう」がわかりにくい。おそらくは「母から渡されたぶどう」だろうが、作者にはこのように略された措辞がよく見られる。三首目はなかなかおもしろい歌で、「捨ててもいい鍵」とはもう使わない用済みの鍵だから、真っ先に頭に浮かぶのは別れた恋人のアパートの合い鍵だ。それが二、三本あるというから、奔放な恋を連想させる。ところが結句は一転してまったく関係のないことが述べられていて、その意味的連関のなさにどこか投げ遣りな感じがある。四首目もよく似ていて、脳死して臓器提供をする場合、よく使われるのは心臓・腎臓・肝臓・角膜・肺などだが、たぶん脾臓とか直腸などはあまり使われないだろう。そういう臓器の色を思い浮かべているのだが、結句の眠りたいという衝動とは結びつかない。五首目はいささか剣呑な歌。塩素系洗剤は有毒な塩素ガスを発生させることがあるので、「混ぜるな危険」と言われるように他の洗剤などと混ぜてはいけない。その塩素系洗剤をわざと撒いて待つというのだが、何を待つというのか。同居人が混ぜてはいけない洗剤を撒くこと以外考えられない。ここには説明されない殺意がある。
 どうやら肝心なことは言わずに、わざと中心を外して歌を作っている、そのような印象を受けるのである。岡井は『発芽』の解説で、「一首一首が、その場面ごとの感情に対応してゐる」と述べ、「ひらりひらりの瞬間の感情が、一首一首にはりつけられて、歌集の中に漂ってゐる」と続けているが、おそらくはそういうことなのだろう。〈歌一首〉と〈ある感情〉とが対になって結びつけられている。それが歌集を通読したときに感じるある種の浮遊感や輪郭の曖昧さとなっているように思える。
 その〈ある感情〉の多くは不意に湧き上がる衝動であることが多い。

係員呼び出しボタンを思い切り悲しいときに押してもよいか
ライフルを誰かに向けて撃つように傘を広げる真夏の空に
やれという声がするそれをするなという声がする昼間なのに暗い
好きな人の名を大声で呼ぶことの恍惚を思う焼香の列で

 銀行のATMの横にある係員の呼び出しボタンは、ATMの操作がわからない時や間違った時に押すものだが、溢れる悲しさがそのような常識を上回るのだろう。ライフルを誰かに向けて撃つという激しい攻撃性や、しめやかな葬儀の焼香の列で突然好きな人の名を大声でおらぶという衝動に、作者の抱える内面の激しさが窺えるのである。
 帯文で小池が「いよいよ岡崎さんは歩み始めたのだ。沼ならば一層、深い沼のほうへ」と書いたのは、「沼に入る」と題された連作を踏まえてのことである。

深いから入ってはだめと人のいう沼に向かいて歩きいだしぬ
まだ浅い、まだ浅いからと唱えつつ沼に入りぬ濡れていく皮膚
つま先に触るる何かを確かむることをせぬまま深く入りぬ
暁に沼から帰るタクシーは沼の匂いのわたしを運ぶ

 なかなかに恐ろしい歌だが、危険だと知りつつも危険な場所に惹かれてしまう心の動きが押さえがたくあることが感じられる。それは他の連作に収録された「その先に滝あると人の言うを聞き立ち入り禁止の札を無視する」という歌に明らかである。
 『発芽』では大胆な性愛の表現が話題になったが、本歌集にも同じ趣向の歌は多くあり、特に巻末に向かって感情が高まっていくようだ。

年上のほうがたやすくて あなたのことを思い抱かれる
満ちてきたことを言い合う部屋のなかボディソープの百合は香りぬ
立たせれば青き匂いのして君は私のものになりゆく今夜
何度でもしたくなる 朝の光からあなたの白い腕が伸びくる
花のごと赤く染まりし痕に触れパティオをよぎる 妻に戻るため

 岡井が指摘するように、「一首一首が、その場面ごとの感情に対応してゐる」というのが本当ならば、一首はその瞬間を照らし出すが、次の瞬間には再び暗転して闇に戻る。瞬間と瞬間をいくら並べても連続した時間軸は形成されない。暗闇で明滅するストロボが明確な像を映し出さないように、岡崎の歌集を通読してもその背後に統一的な〈私〉の像が浮かび上がることはない。その有様はいかにも現代的と感じられるのである。

 

第229回 本多真弓『猫は踏まずに』

とある朝クリーム色の電話機に変化へんげなしたり受付嬢は
本多真弓『猫は踏まずに』

 インフルA型に罹患して10日ほど何もできなかったため、「橄欖追放」の短歌コラムを一回休載してしまった。年末に予防接種を受けていたので大丈夫と油断していたのだが、家人が名古屋の茶会に出掛けた折にウィルスをもらって来たらしい。まず家人がダウンし、次に看病していた私が感染した。かかりつけの医者に行くと、「この程度で済んだのは予防接種を受けてたからやで」と言われてしまった。インフルにかかるのは実に10数年ぶりのことで体に堪えた。
   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
 さて掲出歌である。会社の顔とも言われる受付嬢が、ある朝忽然と姿を消して、後にはカウンターに内線電話の受話器が置かれているという光景だ。訪問客は自分で内線をかけて訪問先と連絡せよということだろう。受付嬢が姿を消したのは、人員整理と経営の合理化のためである。受付嬢がどこに行ったのか気になるところである。
 職場詠というのとは少しちがう。長尾幹也のようなサラリーマン短歌ともちがう。素材は勤務している会社の風景なのだが、対象との距離の取り方というか、もっとあけすけに言えば突き放し方が尋常ではない。それは「十年を眠らせるためひとはまづ二つの穴を書類に開ける」「ああ今日も雨のにほひがつんとくる背広だらけの大会議室」といった他の歌にも共通している。
 本多真弓は1965年生まれ。2004年から枡野浩一のかんたん短歌blogに投稿を始め、2006年に未来短歌会に入会して岡井隆に師事。2010年に未来年間賞を受賞、2012年には未来賞を受賞している。『猫は踏まずに』(六花書林 2017)は著者の第一歌集である。跋文は岡井、栞文は花山多佳子、穂村弘、染野太朗が書いている。
 おもしろいのは栞文を書いた三人とも、「わたくしはけふも会社へまゐります一匹たりとも猫は踏まずに」という歌集タイトルともなった巻頭歌を引いていることである。穂村は続けて「『猫踏んじゃった』という有名な曲名を踏まえたものだろうけど、実際には猫なんて踏もうと思ってもそう踏めるもんじゃない」と続けている。しかしそんなことはない。私は留学していた時に、学生寮の前で生まれたばかりの仔猫を拾って飼ったことがある。寮の狭い部屋で猫と暮らしていると、腹を空かせた猫が餌をねだって足元にまとわりついてくる。私は何度も猫の足を踏んだ。靴を履いたままだからさぞかし痛かったろう。その度に猫は「フギャッ」と叫ぶのだった。
 本歌集は4部構成になっていて、上に引いたような会社短歌は主に第I章に収録されている。

ユキヤナギ真夜に来たりて白き花こぼしたものかシュレッダーまへ
日々樹々の精霊たちをあやめてはコピー用紙を補充してゆく
鎌首を擡げくる詩を屠りつつまひるまデータ入力をする
わたくしのなかの正義がはみだしてプラスチックのスプーンを割る
降水と言ひかへられる雨のごとくわたしは会社員をしてゐる

 「シュレッダー」「コピー用紙」「データ入力」などは、本来は意味の詩的荷重が希薄な無機的語彙に属するが、それらを「ユキヤナギ」「白き花」「樹々の精霊」「雨」などの詩的含意が豊富な語彙と組み合わせることによって一編の詩を立ち上げる手腕は見事なものである。本来は詩とは無縁な会社の中にうっすらとエーテルのように詩が立ちこめる。「詩を屠りつつ」とか「正義がはみだして」とか「スプーンを割る」というところに、作者の過剰な激しさが顔を出していておもしろい。岡井も跋文で書いているように、こういった会社短歌ではほぼ「作中主体イコール作者」と考えてよいだろう。
 第II章に移ると「あなた」が登場して相聞が多くなる。

ふれられてひかるからだがあるころにわたしあなたに出会ひたかつた
置き傘のやうなわたしは曇り日にきみとはぐれてしまふ おそらく
もう一度会ひたいひとがもうゐないさういふことに慣れてゆく春
心臓にとほいほうからかけてゆく水のやうなるわかれかこれは
レシートと次回使へるクーポンともうあなたとは行かない店の

 現実の恋愛を詠んだ歌かもしれないが、おそらくはこのあたりから「作中主体イコール作者」の図式から離れた歌が多く混じるのだろう。「置き傘のやうなわたし」や「心臓にとほいほうからかけてゆく水のやうなるわかれ」といった喩が巧みである。

 第III章ではまた趣の異なる歌が登場する。

嫁として帰省をすれば待つてゐる西瓜に塩をふらぬ一族
トーストは転校生に咥へられいま街角を曲がつたところ
ワトソン君こつそりチョコをお食べだねキスしなくてもわかるよぼくは
鬼百合の鬼のあたりを撫でたあとわたしを揺らす白い指先
ひきずれば死体は重し春の雨 それがあなたであるならばなほ

 このあたりはまったくの想像による歌である。一首目、嫁として帰省するというのは虚構である。「西瓜に塩をふらぬ一族」という決めつけがおもしろい。二首目も想像で、この前に「新発売!〈朝に咥へて走る用〉恋がはじまる春の食パン」という歌があり、転校生が咥えているのは〈朝に咥へて走る用〉の食パンである。三首目はBL短歌で四首目は百合短歌。五首目も想像であるのは言うまでもない。
 巻末の初出一覧を見ると、結社誌「未来」や同人誌の他に、「うたらばブログハーツ」や「詩客」などのweb媒体にも投稿しているようで、歌歴で言えばゼロ年代の歌人たちの世代に属しているのである。前衛短歌やニューウェーヴ短歌はすでに遠く、否定するべき過去もないという自由さが随所に感じられる。

録音でない駅員のこゑがする駅はなにかが起きてゐる駅
右利きのひとたちだけで設計をしたんだらうな自動改札

 第IV章に収録されているこれらの歌は「膝ポン短歌」である。「うまい」「そういうことあるよね」と思わず膝をポンと打つ歌だ。ふつう駅のアナウンスは録音の声が流れている。駅員が地声でアナウンスするのは、事故や延着などの異常事態が発生した時に限られる。録音が日常で生の声が異常という価値の転倒にハッとする。この歌はどこかで読んだ記憶があるのだが思い出せない。二首目も言われてみれば確かにそうで、切符を入れたりICカードをタッチしたりする場所は必ず右側にある。少数派である左利きの人は、利き手でない右手に切符やカードを持たなくてはならない。
 こういう膝ポン短歌や会社短歌では、作者の視点の鋭さや切れのよさや過剰さが目立つ個性となっているのだが、本多は趣の異なる抒情的な短歌にも優れている。

てのひらをうへにむければ雨はふり下にむけても降りやまぬ雨
人去りしのちのゆふぐれしんしんとたぐひまれなるさびしさよ降れ
雨あがりあぢさゐのあをゆふぐれにあるいはきみの町に降る雨
どのひとからもたやすくはがれやすきこと鉄橋をわたるたびわたるたび
ゆふぐれてすべては舟になるまでの時間なのだ、といふこゑがする
騙しゑを模写するやうなぼくたちの窓をよぎつてゆく鳥の影

 たとえば三首目の「あ」音による頭韻、四首目の「わたるたびわたるたび」のリフレイン、平仮名と漢字の配分の工夫、また「菅の根の長き時間を働けば同期が急に老けて見える日」の枕詞など、修辞の工夫も凝らされていて、なかなかの技巧派なのである。
 とはいえ本歌集を一読するとどうしても次のような個性溢れる歌が印象に残るのである。

業務上発音をす必要のあつて難儀なきゃりーぱみゅぱみゅ
長女つていつも鞄が重いのよ責任感を仕舞ひこむから
残業の夜はいろいろ買つてきて食べてゐるプラスチック以外を
寝室にひもの一本垂れてあり昭和の紐をひいて眠らな
永久の脱毛をしたわたくしのからだのはうは有限である
嗚呼きみの「自動ドア」とは仮の名で「電気で動くドア」だつたのか

 「きゃりーぱみゅぱみゅ」と発音しなくてはならない業務とは何だろう。四首目もあるある短歌で、私も子供の頃寝る部屋の天井灯に長い紐が付いていた。五首目の永久脱毛や六首目の自動ドアには鋭い文明批評が感じられる。三首目の過剰性も衝撃的だ。
 装幀もおもしろく、抹茶色の地にピンク色の猫が描かれている表紙を取ると、折り込まれて人の目に触れない場所に「平明なことばはつばさ おほぞらを翔けてみしらぬきみのまなこへ」という歌がひっそりと印刷されている。作者の信条だろう。読み応えのある歌集である。

 

第228回 窪田政男『汀の時』

ひと雨に花となりゆく六月の杳き眼をしたぼくのそれから
窪田政男『汀の時』

 六月は梅雨の季節である。この時期にひと雨ごとに色を濃くする花といえば紫陽花だろう。「ぼく」はなぜ杳い眼をしているのか。それは悔恨に満ちた過去を引きずっているからである。この歌は福島泰樹の次の歌と遠く呼応している。

あじさいに降る六月の雨暗くジョジョーよ後はお前が歌え

 『岩波現代短歌辞典』の「六月」の項にも解説されているように、「六月」は現代短歌の季語となっている。1960年6月、国会前での安保条約反対デモで女子大生だった樺美智子が死亡した。当時大きな事件として報道され、また人々の記憶に強く刻印された。政治運動が熱気を帯びていた時代のことである。1955年生まれの窪田はその時まだ5歳であり、リアルタイムの記憶はないだろう。福島の歌や、「六月の雨はとりわけせつなきを粗大ゴミなるテレビも濡らし」(藤原龍一郎)など現代短歌に詠まれた季語としての六月に想いを寄せているのである。結句の「ぼくのそれから」に時の流れに対する深い諦念が感じられる。
 窪田政男は「月光の会」に所属し、『汀の時』は2017年に上梓された第一歌集である。巻末に例によって長大な福島泰樹の跋文と岡部隆志の解説があり、窪田の歌の軌跡をうかがい知ることができる。それによると窪田が短歌を作り始めたのは51歳の時というから、ずいぶん遅い出発である。したがって本歌集に青春の歌はない。大人の歌、それも相当に苦み走った歌がそろっている。歌誌『月光』53号が本歌集の特集を組み、山田航、井上法子、大和志保らが寄稿している。
 やや厚めの紙に「月光の会」特有の青いインクで印刷された歌集は、手に取ると重いだけでなく、その内容もなかなかに重い。福島泰樹は窪田を「時間の泳ぎ手」「追憶のレトリシャン」と評している。私が一読して脳裏に浮かんだキーワードは、「ひたひたと打ち寄せる過去」、「立ち上がる死者」、「遠くにひるがえる旗」というものである。いくつか引いてみよう。

そう、たとえば机のうえのノートにもはにかむような血の痕がある
遠く降る雨の匂いと思うほど静かにそろう前髪がある
過去形の梗概かたるカフェテラスそれでも五月はひかりの中に
水菓子のたとえばそれは傷ついた鳥をつつみし手の椀に似て
御堂筋われらが夜の反戦歌スワロフスキーの沈黙を過ぐ

 一首目と二首目は「きみの航跡」と題された連作から。別れた女性、あるいは亡くなった女性への挽歌である。一首目の「そう、たとえば」という口語の柔らかい入り方がよい。三首目は1968年のフランスの五月革命へ思いを馳せる歌で、連作題名「五月」にAh, le joli mois de mai à Paris「嗚呼、パリの美しき五月よ」というよく知られた歌の歌詞が添えられている。私の世代の人間なら誰でも知っている歌だ。五月革命はもう過去形でしか語られることはないのだが、それでもいまだに光の中にあると詠まれている。四首目では「水菓子のたとえばそれは」の途中に挿入された「たとえば」が効果的だ。果物の形から傷ついた鳥を優しく包む手の形を連想した歌。果物は洋梨だろうか。五首目はおそらく2015年の安保関連法案の国会通過に反対するデモを詠んだものだろう。窪田も参加した反戦デモの脇には、スワロフスキーで身を飾った政治に無関心な若者がいるという具合である。

まな板に鯉のいっぴき腐りおり西日のなかに旋律ひくし
短歌うたうたう心さがせば開かれたハンマースホイの扉の向こう
棒立ちのぼくであるから風吹くな今日の吐息を攫ってゆくな
北風の強き日なれば敗走の日々を抱えて地下へおりゆく
はたしてそれはかなうだろうかひだりへと逃げ水なのにひだりへと蔓

 一首目、ほんとうに俎板の上で鯉が腐っているのではなく、「俎板の鯉」に自分を擬した表現である。自分は自らの力ではもう動くことのできない俎板の鯉だという苦い自嘲である。西日の中に低く流れている歌は革命歌だろう。二首目、ハンマースホイは19世紀後半のデンマークの画家。無人の静謐な室内を描く異色の画家である。ハンマースホイの扉の向こうには何もない。自分の中で歌の根拠を探せば空虚しかないと詠っている。三首目は「棒立ちのぼく」がすべての歌で、四首目には「敗走」が詠われている。五首目は福島の「ここよりは先へゆけないぼくのため左折してゆけ省線電車」を意識したものだろう。
 「ひたひたと打ち寄せる過去」、「立ち上がる死者」、「遠くにひるがえる旗」というキーワードが何を意味するかおわかりいただけただろうか。
 集中の「あさがおは九月さやけき空の下まぶた重たきぼくの怠惰よ」を見たときに、どことなく中原中也を思わせるものがあるなと感じたのだが、福島泰樹の跋文を読んでその印象がまちがっていなかったことを知った。窪田は関西学院大学文学部の美学科在学中に文芸部に所属し詩を書いていたのだ。福島自身も本歌集のゲラを読んで、窪田が相当に中也を読み込んでいると感じたと書いている。窪田はその後現代詩に行き詰まったときに、ふと福島の歌集を手にしたのが短歌に転じたきっかけだったと述べている。近代短歌の伝統的語法とは少し異なる柔らかな口語的表現は、おそらく現代詩をくぐり抜けて来た窪田の経験から生まれたものだろう。
 歌の内容に関わることなので、次の歌に詠まれている個人的事情にどうしても触れざるをえない。

アルコール依存症、骨髄増殖性腫瘍と不治の病を二ついただく

 年来のアルコール依存症との戦いと断酒の日々が窪田を短歌に振り向けたという事情があるようだ。骨髄増殖性腫瘍の発症は最近のことらしい。小中英之にその先例を見るように、宿痾を抱えると末期の眼が刮目し、死への想いに洗われるようになる。

氷片にふるるがごとくめざめたりむこと神にえらばれたるや  小中英之
今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅

 『汀の時』からさらに歌を引いてみよう。

木をはなれ地につくまでの数秒の祈りの坂をぼくは下りぬ
見おさめともう見おさめと過ぎる日の退屈きわまりなき愛しさ
あの角を曲がればいいのね残り香に切なく日々が終わるとしても
終活のひとつにせんとS席のキース・ジャレットをいちまい求む
いつの日か黒い小舟に乗せられて渡る河見ゆ胸に花束

 上に引いた歌には、いつか来るものとは知りながら、にわかに身近になった死への想いが哀切な祈りとなって詠われていて、心を打つ。若者は今まで生きて来た時間が短く、これから生きる時間の方が長い。だから青い空と水平線の前を向く歌を詠むことができる。中年も終わり頃を迎えると今まで生きて来た時間が長く、これから生きる時間の残りがもう見えてくる。ひるがえる旗はもう遠くなり、先に旅立った死者の重みが背中にのしかかるのだ。
 最後に特に心に残った歌を挙げておく。

黙祷とプールの匂い八月へ電車はゆけりまぶしき中を
雨の上にゆうぐれ来たり悲しみの背骨のごとく鉄塔の立つ
その日には足すもののなし石蕗の黄の花びらの欠けてあれども
かの地へと流れつくよう祈る手の割れてあらわる秋空の舟
亡き者のなんと重たき夕暮れか遊具ひたすらたれか待ちわぶ
あかあかと接吻くちづけ交わしクリムトの崩れゆきたるのうぜんかずら
ふと君と手をつなぎたし夕暮れに魅入られ歩く入水のごとく

 窪田の歌の中ではよく雨が降る。雨はハードボイルドの必須アイテムだ。『汀の時』という歌集タイトルも美しい。汀とは陸と水が接するところ。それは生と死、此岸と彼岸とが踵を接する境界であり、過去と未来が接する場所であると同時に、現実とかなわぬ夢想を隔てる場所でもある。歌集タイトルは窪田が「自分は今汀にいる」と自覚して付けたものにちがいない。久しぶりに腹にずしんとくる歌集を読んだ。『汀の時』は孤独な男の魂の歌である。

 

第227回 伊波真人『ナイトフライト』

傘の柄のかたちの街灯つらねては雨の気配に満ちる国道
伊波真人『ナイトフライト』 

 東直子・佐藤弓生・千葉聡編著『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)が出版された。近現代歌人115人のアンソロジーである。歌人はあいうえお順に配列されており、最初は安藤美保で最後が渡辺松男。物故者も含めて戦後から2015年までに歌集を出した人という基準で選ばれている。各人自選20首の歌と三人の編者の手による一首鑑賞が見開き2頁にコンパクトに収められている。1970年以降に生まれた若手に限った山田航編『桜前線開架宣言』(左右社、2015年)と並んで、常に机上に置いておきたいアンソロジーの好著が出たことはまことに喜ばしい。
   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
 今回取り上げる伊波真人いなみまさとは1984年生まれ。学生時代は早稲田短歌会に所属し、その後「かばん」に入会。2013年に「冬の星図」により第59回角川短歌賞を受賞している。同時受賞は吉田隼人の「忘却のための試論」。ちなみに「伊波」は沖縄の名字で、民俗学者の伊波普猷いはふゆうが有名だ。伊波真人も遡れば沖縄にルーツを持つのだろうが、生まれは群馬県高崎となっている。第59回角川短歌賞が発表された角川「短歌」の2013年11月号を見ると、受賞者二人の「受賞のことば」が並んで掲載されている。右ページが吉田、左が伊波で、「わせたん」出身の二人が同時受賞だ。さすがは大学短歌会の名門「わせたん」である。『ナイトフライト』は受賞作「冬の星図」を含む第一歌集で、書肆侃侃房の新鋭歌人シリーズの一巻として、昨年(2017年)のクリスマス・イブに上梓された。
 一読した印象は「鮮明な映像に切り取られた清新な青春歌集」というところだろうか。最近出版された歌集のなかでは最も青春性が色濃く、かつ露悪的でも自虐的でもない。これは昨今珍しいことと言わねばなるまい。略歴によると伊波の職業は映像ディレクター、デザイナー、フォトグラファーとなっており、映像・画像を扱うのが仕事である。そのためか短歌も映像鮮明なものが多い。歌集のあとがきにも「短歌を作るのは、カメラで世界を切り取るようだった」と書かれている。

夜の底映したような静けさをたたえて冬のプールは眠る
踊り場に落ちた窓枠の影を踏む平均台をゆく足取りで
日陰から日陰に移る束の間に君のからだは日時計になる
真夜中のカーディーラーの展示車は何の罪だかその身をさらし
もう君に会うことはない ゴダールのフィルムのなかの遠い街角

 一首目は夜の学校のプールの光景である。冬だがプールの水は抜かれずにある。だからプールの中は一層暗い。夜なので無人で照明もなく、わずかに届く光に照らされている。水の暗さがまるで夜の底のようだという歌である。二首目、階段の踊り場に窓枠の影が落ちている。窓から差し込む光と床の影のコントラストが鮮明だ。三首目は逆で、建物と建物の間か、木と木の間を通るとき、君の体が光に包まれる。ここにも鋭角に切り取られた光と影がある。四首目は深夜の都会の光景で、自動車の販売店のショーウィンドウに最新の車が展示されている。照明は落とされているが、通り過ぎる車のヘッドライトに照らされて、意味もなく磨き上げられた新車の姿が浮き上がる。五首目は恋人との別れだろうか。決別宣言に続くのは、戦後フランスのヌーベルヴァーグの旗手ゴダールの映画の光景である。きっと白黒映画にちがいない。さらに掲出歌「傘の柄のかたちの街灯つらねては雨の気配に満ちる国道」を見ると、「傘の柄のかたち」という映像的な喩が秀逸だ。この歌に詠まれた光景もまた、映画のカメラか写真機のファインダーで切り取られたかのようにピントが合っている。

僕たちはパズルのピース面積の半分ほどがベッドの部屋で
電線がひかりを弾き朝はきて天才たちはいつも早死に
この夏の予定をすべてあきらめて海のにおいの暗室にいる
海岸に借りた車を停まらせてポップソングになれない僕ら
恋人の夢のほとりに触れぬようベッドの際に浅く腰掛け

 青春性を色濃くまとう歌を拾ってみた。一首目は狭い部屋で雑魚寝をしている光景だろう。若者たちがジクソーパズルのピースのように床に寝ているのだ。二首目はその翌朝か。天才と夭折に憧れるのは青春の特権である。三首目は写真部の部活動か卒業制作のためにひと夏を暗室に過ごす青春のひとコマ。四首目、友人に借りた車を走らせて海岸に向かっても、ポップスの中のカッコいい主人公のようにはなれない。
 一読してわかるように、語法は平易で歌意にブレもなく、過不足なく言葉が使われている。「かばん」は自由な歌人集団なので、結社のように師事する歌の師がいるわけではない。伊波はどんな歌人から影響を受けたのだろうか。

てのひらのカーブに卵当てるとき月の公転軌道を思う
六月のやさしい雨よ恋人のいる人が持つ雨傘の赤
あかつきの郵便受けの暗がりは祈りのようなしずけさを持つ
空の目はそこにあるのか愛眼のメガネの看板中空なかぞらにあり
橋の名の駅をいくつもつなげては水を夢見る東京メトロ
スプーンがカップの底に当たるときカプチーノにも音階がある

 伊波の歌の魅力は言葉に過度の負荷をかけない表現の素直さにあると思う。前衛短歌の影響を受けた人は多かれ少なかれ言葉に負荷をかける。それが言葉の詩的強度となって現れることもあるのだが、伊波の歌にはそのような傾向が希薄である。今回伊波の歌と吉田隼人の歌を改めて読み比べてみると、言葉に向かう姿勢のちがいが鮮明だ。審査員に「表現のデパート」と評されたほど吉田の言葉は過剰である。それもそのはずで、仏文学徒でジョルジュ・バタイユの研究者である吉田は、「素直な表現」など薬にしたくもないにちがいない。谷崎潤一郎や三島由紀夫のように、人倫を超えた地点に美を見いだそうとするのだから、勢い言葉が過剰になるのだ。そのパワーに較べれば伊波の歌はずっとおとなしく見える。そのために損をすることもあり、角川短歌賞の選考座談会では、「一連全体に前に出てくるインパクトがなかった」とか、「強いパワーがない」などという感想をくらっている。しかしながらこれもまたひとつの個性にはちがいない。
 上に引いた歌で注目したのはまず一首目、月の軌道は円ではなく楕円であり、月は地球に近づいたり遠くなったりしている。最も近づいたときがスーパー・ムーンである。この歌では月の軌道を卵の形状に重ねている。卵の歌はずいぶん収集しているが、月の軌道に喩えた歌は初めてだ。次に二首目、男が赤い傘を持っているのは、恋人の傘を借りたせいだという内容もさることながら、薄暗い六月の雨の中に一本だけ赤い傘があるのは色彩が鮮やかだ。季節はちがうが、先頃東京で展覧会があった写真家ソール・ライターの雪道を行く赤い傘の写真を思い浮かべた。また六首目、カップにカプチーノを注いだときはまだカップが冷えているので、スプーンで叩いたときの音程が低い。しかし徐々にカップが暖まってくると音程が上がる。そういう微細な現象を捉えたところが秀逸である。
 表紙の装画は永井博、帯文はKIRINJIの堀米高樹という豪華な顔ぶれだ。伊波はデザイナーでもあるので、セルフ・プロデュースだろう。キリンジの音楽は私も昔から愛聴していて、伊波がキリンジの音楽をずっと聴いてきたということに、歌集の世界観と相通じるものを見つけたような気がして、妙に納得するのである。

 

第226回 山田富士郎『商品とゆめ』

電話ボックス工場のまへに立ちてをり歩哨のごとく廃兵のごとく
山田富士郎『商品とゆめ』
 

 近頃とんと見かけぬ物のひとつに電話ボックスがある。言うまでもなく携帯電話の普及のせいである。喫茶店に置かれていたピンク色の公衆電話ももう見かけない。若者は電話すらしなくなり、ラインでメッセージを交換している。今、都市の空中には無数の不可視のラインのメッセージが飛び交っているのである。掲歌では工場の前に電話ボックスがある。昔は工場で働いている工員が、昼休みに出て来て電話をかけることもあったろう。しかしもう今では使う人もおらず、廃兵のごとく立っている。
 近代短歌は抒情詩であり、〈私〉の表現である。歌に描かれているものはすべて〈私〉の眼を通したものであり、その意味においてすべては〈私〉の表現の一部である。なかんずく短歌で喩は、意味をずらし二重化するレトリックとして多用されていて、そこに〈私〉が最も色濃く出る。逆にいうと〈私〉を出したくなければ、喩を封印すればよいのである。使われていない電話ボックスに「廃兵のごとく」という直喩を用いるということは、自分を廃兵と認識していることを意味する。とてもわかりやすい歌だ。この認識が作者山田のベースラインである。
 山田は1950年生まれだからはや67歳になる。戦後のベビーブーマー、全共闘世代のわずかに下の世代に属する。第一歌集『アビー・ロードを夢見て』(1990年)で現代歌人協会賞、第二歌集『羚羊譚』(2000年)で寺山修司短歌賞と短歌四季大賞を受賞している。『商品とゆめ』は第二歌集から実に17年を経て上梓された第三歌集に当たる。1ページに3首配されて全部で253ページある。目次や中扉の分を引いて230ページとすると、690首程度は収録されているぶ厚い歌集である。
 一読して通奏低音のごとくに浮かび上がるテーマは、「時の流れの早さ」「消費社会への痛烈な批判」「地方都市の衰退と老齢化」「世界の悪への怒り」そして「死への予感と希求」だろう。
 あとがきによると、山田は今から30年前に東京を去って、故郷の新潟市ではなく新発田市に居を定めたという。「東京を後にした地方出身者の目」がそこにある。

ホワイトノイズ絶えずささやきかけてくる首都のねむりの時に恋しも
東京へ来て何をする声を聴く氷のしたの気泡のこゑを
灼熱の痛みをこらへ春雨のふる聖橋こえしもはるか
時雨にはかをりがあるが東京に降るのは冬の雨足す埃

 一首目はバックグラウンドノイズが絶えることのない首都の夜を懐かしむ歌。二首目は上京して間もない頃を回想して詠んだ歌だろう。三首目、聖橋はお茶の水にある神田川にかかる橋。四首目は東京の雨の香りのなさを詠んだもの。
 地方に暮らし自然と親しむ生活を送るのは、都市生活者にとっては憧れかもしれない。しかし山田が地方での生活を選択したのは、東京の余りに早すぎる時間の流れと留まるところを知らない消費社会に抵抗するためだと思われる。

効率を追つてここまで来しわれらわれらの子供植松聖は
商業主義いなごのごとく侵入し食ひ尽すらしわれらのたま
パルコまだ御洒落なビルでありし日のある朝硫黄の臭ひ漂ふ
焼成のすめば手遅れ精神を低温で焼くサブカルチャーは
超高層の代表取締役室のがらすをやぶる礫あるべし
ジャズ喫茶デューク盲腸のごとくにて雪ひひとふる石川小路

 一首目には「津久井やまゆり園、19人死亡26人負傷」という詞書きが添えられている。記憶に新しい衝撃的な事件である。犯人の植松は経済効率を至上の目標としてきた私たちが生み出した子供だと山田は言っている。二首目ははっきりと商業主義に対する敵意を表明したもの。三首目、渋谷のパルコがお洒落なビルだったのは、1980年代のことである。その渋谷界隈に硫黄の臭いが漂うとは、その後のバブル経済の崩壊を予感させる。四首目はハイカルチャーの衰退とサブカルチャーの台頭に警鐘を鳴らす歌。人間を焼き物に喩えて、サブカルチャーで焼かれてしまうともう手遅れなのだよと言う。五首目は現代のグローバル経済の勝ち組の象徴である超高層ビルの社長室のガラスを破る礫を希求する歌で、その敵意の鋭さに驚く。六種目は往時のジャズ喫茶の衰退を嘆く歌。デュークはもちろんデューク・エリントンから採ったものだ。
 一連の歌から浮上するのは「硬骨漢」あるいは「義の人」という山田の肖像である。山田の第一歌集『アビー・ロードを夢見て』と相前後して登場した加藤治郎、西田政史、俵万智らは、80年代に爛熟した大衆消費社会の空気を短歌に取り入れてライト・ヴァースや口語短歌の口火を切った。それとは対照的に山田はそのような社会の変化に異議を唱え、やがてきっぱりと背を向けるのである。このコラムで『アビー・ロードを夢見て』を取り上げたとき、「この倫理性から流れ出て来る歌集の主調は、神の不在とそれに取って代わろうとした近代の神話の無効性であり、世紀の悪意に耐える日常である」と書いたが、そのスタンスは『商品とゆめ』でも変化していない。
 しかしながら、電車に乗るやいなや、一斉にスマートフォンを取り出して黙々と液晶画面を見詰める通勤電車の風景を苦々しく思う人間は(私もその一人だが)、必然的に時代から取り残される存在とならざるをえない。無論山田もその例外ではない。

白鳥をつかのま窓が切りとるも親指せはしなき人ばかり

 本歌集には掲歌の廃兵に代表されるように、時の流れに抗することかなわず、時代遅れになった自分を痛感する歌が多くあり、その味は苦い。

LPの反りを矯正する法とともにわれらの世代は消えむ
やすんじて時代遅れとなれよかしまつすぐに降りてゆけ星宿へ
「マック」と「ケンタ」死ぬまで入らぬと決めしよりアメリカの使ひし爆弾何噸
走りゆく回転木馬たのむから一頭くらゐは逆行をせよ
この国につひの狼死にし日をしばしばおもふ町あゆみつつ

 時代に取り残された自分を自覚しつつも、「百舌ひくく榛の疎林をとびされり滅びの世紀をきよらに生きむ」と山田は低くつぶやくのである。
 山田の眼に映る地方都市は、人口減少による過疎化と経済の停滞に苦しんでおり、そのような現状を詠んだ歌もある。また世界の悪を憎む歌もある。

そちらでは滅ぶのは何送電線のこちらで死ぬのは集落と田
人呼べる枯葉集団つどひきてけふもダンスに興ずるあはれ
野葡萄の実のうつくしきこのあたり残れる家に葬儀あひつぐ
パレスチナの民の恐怖を理解するアメリカ人のいくばく増えむ
雨雲の垂れさがりくるにほひ充ち世界の悪に飲み込まれさう

 もともと山田の歌には社会性と思想性が顕著に見られたので、このような歌は驚くには値しないのだが、本歌集を特徴づけるのは死への想いを詠んだ歌だろう。

心臓を夜ごとはづして寝るわれにちかづきてくる翼しろがね
鏡像のよもつひらさか桃なげて鏡のなかに死んでゆくわれ
白鳥といつか一緒にゆくのでせう気がつくとはや翼をひろげ
暁闇に珈琲を飲みまちをりき純白の死の羽音をききて

 山田の短歌世界ではしばしば死は白鳥として形象化されている。新潟は日本有数の渡り鳥の飛来地であり、瓢湖の白鳥はとくに名高い。白鳥に姿を変えた死は決して恐ろしいものではなく、優しく山田を迎えに来るかのように詠われている。
 しかしながら集中でいちばん心に響いたのは、上に挙げたような歌ではなく、時代とも怒りともかかわりのない次のような自然詠だった。

蜜柑のはな咲きたるあさの耳ふかく時のながるるおとのきこゆる
雲はやく山を越えきて桜の葉もみあふおとのまだやはらかし
てのひらにこぼす錠剤つめたけれ鉄塔のなかに沈むオリオン
鳴く鳥のすがたさがせばおほいなるかやよりしたたるしづくのひかり
無縁墓頭を寄せあへるあたりにはかすかにきぞの雪のこりたり
かはたれの田におりて鳴く雲雀らのこゑかしかましひだりにみぎに
ふゆぞらに天使あらはれ鳩に影ひとびとに飢渇あまねく配れ
ききやう咲くかたへの岩にやすらへるこのひとの体臭は擦文のにほひ
空をさす尾のやはらかくうちあへりポインター二頭雪にあゆめる
垂線はかぜにたわみて降りてくる雲雀は弥生のあはき青より
枳殻からたちのぬれたる刺のみづみづし淡雪たちまちやみたる街に
蝉をとらへ仔にあたへたる母猫の眼の金色の永遠の夏

 なぜ心に響くかと言えば、これらの歌は世界の豊かさを感じさせてくれるからだ。長くなるので一首ごとに鑑賞するのは控えるが、たとえば一首目の時間の流れは大衆消費社会の人を追い立てる時間ではなく、ゆっくりと蜜柑の実を熟させる太古からの時である。五首目の榧の木から滴り落ちる光は、光であると同時に鳥の鳴き声である。最後の歌の母猫の眼に反射する夏の光は、何万年も変わらぬ真夏の陽光である。このような歌にこそ山田の短歌の美質を見るべきだろう。

 

第225回 杉谷麻衣『青を泳ぐ。』

花の名を封じ込めたるアドレスの@のみずたまり越ゆ
杉谷麻衣『青を泳ぐ。』

 誰しもメールアドレスを選ぶときには、@より前の文字列に工夫を凝らす。この歌の作者のメールアドレスには、jasminとかhortansiaなどの花の名前が使われているのだろう。琥珀の内部に昆虫が封じ込められていることがあるように、花の名前がアドレスの中にある。その名とプロバイダを示す文字列を@が隔てている。@は円の中にaが封じ込められていて、水溜まりの水紋のようにも見える。それを「みずたまり越ゆ」と表現している。文字に機知を懲らした美しい歌である。ちなみに@を「アットマーク」と呼ぶのは日本だけの習慣で、英語ではat signと呼び、フランス語ではarrobaseという。
 杉谷麻衣は1980年生まれ。『青を泳ぐ。』は2016年9月に書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの一巻として上梓された第一歌集である。監修は光森裕樹が担当している。プロフィールには「京都市出身、大阪市在住」とだけ簡潔に記されている。結社には所属せず、インターネットや同人誌で作品を発表しているものと思われる。
 歌集を一読した印象はずばり「色彩」である。まず歌集タイトルに「青」があり、章のタイトルに「色彩の散弾」があり、また集中に次のような歌がある。

爪に残る木炭ばかり気になって完成しない風の横顔
イーゼルには描きはじめの夏がいる空はまだ無地テレピンの香が 

 作者はかなり専門的に絵を描く人なのだと思われる。高校生のときはたぶん美術部に所属していただろう。
 時系列にはこだわらず編集したとあとがきにあるが、第一章「空の絵を」は明らかに高校時代を回想して詠んだ歌群である。

教室に向かう廊下は今日もまた私が歩くときだけ螺旋
理科室に火を放つ夢 ちりぢりにお逃げ友情ごっこはやめて
制服の下に君との夏かくし地理の時間は潮風を聴く
晩秋のプールの水の色をした廊下に浮いている下足のあと
さよならはシンメトリーな水彩画せいいっぱいの卒業をする

 あとがきには、小学生の頃、たまたますれ違った人の物語を勝手に作る遊びをしていたとあるが、杉谷の作る歌にもまた物語が感じられる。おおむね学校生活に馴染めなさを抱えつつも、青春の光と影とが交錯する若さを感じさせる歌である。一首目、私が歩くときだけ廊下が直線ではなく螺旋になるという鬱屈。二首目、理科室に火を放つという内面の感情の激しさ。三首目は一転して淡い恋心を抱く「君」との青春の思い出。四首目はまた色彩がありなかなか美しい。ちなみに「下足」は旅館や銭湯などの人が集まる場所で履き物を脱ぐことなので、ここではふさわしくないだろう。五首目、「シンメトリーな水彩画」はありふれていて味わいに乏しい。これは連作の最後に置かれた歌で、きちんと卒業までの起承転結がついている。
 次に置かれた「夏の鋭角」は時間的にはもっと後に作られた歌を収めており、「白衣の君」が登場する。

まなうらを流れる星の鋭角よ たしかにすきなひとがいた夏
あたらしい蛍光灯のまばゆさで白衣が君のことばを照らす
深海の珊瑚のことをおもいつつ指は探せり君の背骨を
ワイパーがぬぐい残した雨つよく光るね駅へ近づくほどに
冬のひとでしたあなたは 背景の余白をうみの色に染めても

 この連作にもはっきりと出会いと別れの物語がある。連作冒頭の一首目、「たしかにすきなひとがいた夏」は過去形であり、過去の恋であることが明かされる。君は白衣を着ている。白衣を着る職業は、理科系の大学院生か研究者か、理科の高校教師か、医者のいずれかである。
 監修に当たった光森は巻末の解説で、杉谷の歌における「背景」の重要性に触れている。短歌では限られた音数に中に何を取り上げるかが重要だが、それと並んで重要なのは取り上げたものをどのような背景に置くかだと光森は言う。確かにそのとおりである。
 四首目、白衣の彼の運転する車の助手席に乗って駅まで送られてゆくデートの終わりである。運転している彼は前方の道路を見ている。一方、作中の〈私〉はフロントグラスに光る雨粒を見ている。彼は遠景を、〈私〉は近景を見ており、クローズアップされた雨粒が駅という背景に置かれることで、すでに別れが予感されている。五首目にはもっとはっきりと背景が登場する。彼は冬の人であり、その背景には鈍色の冬の海が配されてなお余白が残る。余白は埋めることがかなわなかった二人の間のすれちがいだろう。
 次の「ロド」と題された章にはもっと物語がある。時間的には高校時代に戻っている。

吹き上がるさくらの白きひらひらに宙返りするきみ重ねおり
ロドリゲス・ロドリーゲスは愛そそぐため付けらりし車椅子の名
インターハイの夢ききおれば薄紙の空を破って蝉の声降る
車椅子ロドをこぐ摩擦の傷よてのひらはきっと憶えている大車輪
〝あのころ〟のフィルムにいないわれのごと千羽のなかのぎんいろ一羽

 作中の君は高校の体操部に所属してインターハイ出場をめざしていたのだが、練習中に大怪我を負って車椅子生活をしている。級友たちは千羽鶴を折って回復を願うのだが、おそらくもう競技には戻れないのだ。「宙返り」「大車輪」とあるので鉄棒の選手だろう。ちなみに車椅子の愛称に選んだロドリゲスとは、フランスのダニー・ロドリゲスの「前振り上がり上向き中水平」という吊り環の技だそうだ。五首目は、級友たちが送った千羽鶴に銀色の鶴が一羽混じっていて、それが彼と出会う前の彼を囲んだ集合写真に〈私〉が写っていないのと同じように感じられるという軽い嫉妬の歌である。この連作もまた「引越しの荷物崩れて行く春にしたたる虹となる千羽鶴」という別れで終わっている。作者は高校を卒業して、大学か専門学校進学のために地元を離れたのである。
 残りの「色彩の散弾」「44 minutes」「海の音色・雨の音いろ」には、描かれている時代も特定できず、それほど物語色の濃くない歌が集められているので、物語を追うにはここらで止めて、目に留まった歌を取り上げてみたい。

背の高きひとから秋になることをふいに言われぬ晩暉の橋に
かなしみの多き橋かないくえにも手のなる音を聴くゆうまぐれ
傘もまた骨のみ残すいきものか憶えていたき日はすべて雨
むらさきの花の名前を挙げてゆくあそびの果てのようにゆうぐれ
約束をほのめかしつつ開かれた少女のコンパクトの照り返し

 「はなと橋」と題された詞書き付きの京都連作から引いた。一首目には「送り火を見た松尾橋」の詞書きがあるので、この歌の橋は嵐山にある松尾橋である。「晩暉」は落日だから送り火が始まる前のことだ。「背の高い人から秋になる」とはずいぶん不思議な表現だ。山は気温の低い山頂付近から紅葉が始まるので、それを人に当てはめたものか。二首目には「一条戻り橋 鬼と魂がすれ違うような」という詞書きがある。一条戻り橋は堀川一条にかかる橋で、死者の魂が甦るという伝承がある。陰陽師の阿部清明がこの橋の下に式神を飼っていたとも言われる。三首目には「知恩院の忘れ傘」という詞書きが付されている。「傘もまた」とは人間と引き比べての物言いである。四首目、杉谷のいちばん好きな色は青で、次は紫らしい。「むらさきの花の名前を挙げてゆくあそびの果てのように」まで来て、ここまでが「ゆうぐれ」を導き出す序詞のような喩である。「ゆうぐれ」の実に出会うと、それまでが反転して一気に虚へと転ずる美しい歌である。五首目、約束をほのめかすだけではっきりと言わないところに、年齢にそぐわない女性の手管が見える。座り直すとちょっと横を向いて、化粧を直すためにポーチからコンパクトを取り出すのだが、その金属製の蓋に夕陽が照り返す。その照り返しは女性の驕慢の色のようでもある。下句の「少女のコンパ・クトの照り返し」が七・八音の結句増音と句割れ・句跨がりになっていて、まるで塚本邦雄ばりの前衛短歌風である。
 歌集のもう少し前の部分からも引いてみよう。

つんと蹴ればラムネの瓶はとじ込めし光をあおくして撒き散らす
言いかけてやめた言葉はストローの先にはじけて散るしゃぼん玉
傘をさす手を奪われて夕立のほのかにぬるい世界を泳ぐ
霧雨の点描せかいを埋めるまで触れておりたしの傷あとに
遠のいていくざわめきが一色の水絵の空のようです 四月

 どの歌にも色と光が溢れている。一首目の季節は夏だろう。ラムネの空き瓶が青い光を撒き散らしている。二首目もシャボン玉遊びをする夏がふさわしい。三首目は「ロド」の中の歌で、傘が差せなくて濡れているのは車椅子を押しているからである。四首目の手の傷も車椅子の車輪を押してついた傷。「ほのかにぬるい」「霧雨の点描」「一色の水絵」などの表現が、一首の中に鮮明に世界を立たせている。
 やわらかな感性が捉えた世界を色をうまく使いながら繊細に表現していて、とても好感の持てる歌集となっている。注目の歌集である。

 

第224回 服部崇『ドードー鳥の骨』

日の落ちてわづかに残すあかねいろの千切れ雲見ゆ旅の車窓に
服部崇『ドードー鳥の骨』
 

 服部たかしは1967年生まれ。「心の花」所属の歌人で、『ドードー鳥の骨』は今年 (2017年)の9月にながらみ書房から上梓されたばかりの第一歌集である。帯文は佐佐木幸綱、解説は谷岡亜紀、装幀は間村俊一。美麗な箱入りで、著者の意気込みが感じられる。
 異色なのは著者の経歴である。東大を出て経済産業省に入省、ハーバード大学修士、東京工業大学博士、経済産業省大臣官房所属。2005年から2008年までシンガポールのAPECに出向し、2013年から2016年までパリのIEA(国際エネルギー機関)で勤務。COP21の締結に向けての仕事をしている。要するにバリバリのキャリア組のエリート官僚である。
 実社会の最前線で働いている人にとって最も大事なのは、損得、生き死、出世など現実世界での勝ち負けであり、文学、なかでもいちばん実益とは縁がない短歌などに興味を抱くのは稀だ。メーカーに長く勤務し、部長で定年退職して、時間ができたので短歌を始めるという例はよくある。しかし服部のように多忙な官僚が短歌に手を染めるのはあまり聞いたことがない。お役所というとちんたら働いている暇な職場というイメージがあるかもしれないが、実際は霞ヶ関は明かりが消えることのない不夜城で、官僚の残業時間はブラック企業も裸足で逃げ出すほどである。
 本歌集には「巴里歌篇」という副題が付されており、2013年から2016年までのパリ滞在期間に制作された歌が中心となっている。題名は集中の「こんな日は博物館を訪ひてドードー鳥の骨かぞへたし」という歌から採られている。
 一般的に言って海外詠は難しい。特に羇旅歌の場合、海外旅行で目にした名所旧跡や珍しい事物にスポットを当てて詠むと、通り一遍の観光案内パンフレットのようになってしまう。おまけに短歌や俳句などの短詩型文学は、温暖・湿潤で四季のはっきりした温帯モンスーン気候の日本で発達したものなので、湿り気と季節感を必要とする。ヨーロッパは大陸性気候で、地中海周辺を除けば乾燥・低温である。パリの年間降雨量は500ミリで、1500ミリある大阪の三分の一しかない。煎餅を放置してもしけることがなく、パンは一晩で乾燥してかちかちになる。
 さてそんなパリで服部はどのように短歌を詠んでいるのだろうか。街を歩いているのである。解説を書いた谷岡は服部に「路地裏の散歩者」という異名を進呈しているほどだ。この歌集には観光客が訪れるエッフェル塔もノートルダム大聖堂もサクレ・クール寺院もほとんど登場しない。描かれているのは市井の暮らしと街角で出会った風景である。

路地裏の蔦の館に道化師の白き化粧の絵の掲げあり
助手席のドア外れたる自動車の置き捨てられて朝の始まる
胴体を切り離されしメルルーサ氷のうへにかしらをさらす
きみを待つ広場に落ちて桐の花うすむらさきの雨に濡れをり
サンマルタン運河は夏のきらめきを注ぎて白き船を持ち上ぐ

 一首目、蔦の絡まる館というと何か物語を秘めているようだ。そこに白塗りの道化師の絵があることで、いっそう謎めいて見える。二首目、ドアの外れた自動車が放置されているのだから、そこは観光客が行く繁華な界隈ではなく、庶民が暮らす街角である。三首目は市場の風景。日本では魚は頭を左にして横に並べるが、フランスでは頭を上にして縦に並べる。四首目は珍しく雨の風景で、日本の風景と言っても通るだろう。薄紫なのは雨ではなく桐の花である。五首目、サンマルタン運河はセーヌ右岸の庶民的な界隈を流れている。船を持ちあげるのは水位を調整するための閘門である。
 とりわけ面白いのは街角の人々を描いた歌だ。

白く顔を塗りたる男ふたり来て薄暮に去りぬ白きその顔
夏の日のバスのをとこはてのひらに水晶玉を回し続ける
もの乞ひの男乗りきてなめらかに四か国語を駆使してみせる
ヒナギクの花を背負ひて老婦人駅の扉を押しひらき去る
上半身裸となりて裸婦像に少年しきりにみづをかけをり
我を向き通りすがりに青年は井戸の在り処を教へむとせり

 ヨーロッパで暮らしていると、日本ではついぞ見かけない光景を目にすることがよくある。地下鉄の通路で楽器を演奏している人。バスに乗り込んで来て物乞いをする人。舗道に色チョークで絵を描く人。路上で彫像のように動かない芸をする人。公園で箱に乗って大声で演説する人、等々。服部も目にした人々を歌にしている。一首目は何だかよくわからないが、フランスでは2月の謝肉祭に顔に色を塗りたくり、出会った人に小麦粉をかけるという馬鹿騒ぎをするので、そんな光景かもしれない。二首目も不思議な歌だが、たぶんバスの中で芸を見せて小銭を稼いでいるのだろう。三首目は物乞いなのに四カ国語を駆使するというのがミソ。四首目も謎めいた歌で、ヒナギクを手に持つのならふつうだが、背負っているというのが変だ。五首目は明るい歌で、少年の上半身の裸と裸婦とが呼応している。六首目は一葉の井戸のようないわくつきの有名な井戸を探していたのだろうか。それならわかるのだが、そういう知識がないと唐突に井戸の場所を教えるというのは変だ。
 このように服部の歌にはどこか謎めいたものがあり、その謎が明かされない不満も残らないではないが、歌の味わいとなっているのもまた事実である。このように街を歩いて街角で目にしたものを切り取り活写することによって、服部の短歌は通常の羇旅歌が陥りがちな観光案内のパンフレットとなることを免れているのである。

行きつけのカフェの給仕と初めての握手を交はすテロの翌朝

 服部のパリ滞在中に2015年11月の同時多発テロが起きており、この歌はその翌朝を詠んだものである。不幸な出来事は人の距離を縮めて結びつけることがある。顔なじみの給仕と握手するのは、お互いに無事であることを喜びあっているからだ。
 その他、心に残った歌を引いておこう。

アンニュイの多義性について語るとき君は苺が好きとつぶやく
朱鷺色のピアノの音が聞こえくる夕べの椅子にひかりは待ちぬ
バス停に夏のバス待つゆふまぐれ樹々のなかより鳩の羽音す
神森かもりより流れきたれるせせらぎに鈴のを聞く夏のふるさと
南国の喜怒哀楽を見下ろして黄金の仏陀雨に立ちをり
かすかなる笑みを残して隣席の男が降りる〈霧の底〉駅
赤と青の子供の靴が落ちてゐる旧き館の格子のまへに

 ちなみに服部は滞在中の2014年に「パリ短歌会」を立ち上げて、会誌『パリ短歌』を発行している。パリ周辺に定住している人が主なメンバーだが、短期間パリや地方に在住する人も参加している。2017年号には守中章子(未来)や、鈴木晴香(塔)らに加えて、リヨンに留学中の安田百合絵(本郷短歌会、心の花)も参加していて、なかなか多才な顔ぶれである。パリに短歌が根付くか楽しみなことだ。