第302回 神野紗希『すみれそよぐ』

すみれそよぐ生後0日目の寝息

神野紗希『すみれそよぐ』

 掲句は句集タイトルが採られた句である。隣で眠る赤子は生まれたばかりでまだ1日も経っていない。その赤子の寝息は菫の花をそっと揺らせるほどのかそけさである。耳をすませないと聞こえないくらいの寝息でも、そこには確かな生命が感じられる。出産から30分後に手術台の上で詠んだ句だというから驚く。

 『すみれそよぐ』 (2020年11月) は『星の地図』『光まみれの蜂』に続く著者の第三句集である。2012年から2020年までの8年間に作った句のなかから344句が収録されている。この時期は作者の20代から30代半ばに当たり、結婚・出産・育児という人生の大きな出来事が起きた時間がこの句集に納められている。おそらく編年体で編まれているので、句集の冒頭付近に置かれてある句は20代前半に作ったものだろう。

くちづけは一秒サイネリア全部咲いた

突堤に自転車春は二ページ目

細胞の全部が私さくら咲く

どこへでも行けるアスパラガス茹でる

あたらしい水着のはなしサラダバー

 季節が春から初夏ということもあって、明るく若々しい句が並んでいる。一句目は恋人とのキスの印象を、鉢植のサイネリア(シネラリア)が一気に咲くという喩で詠んでいる。二句目は港の突堤に自転車を停めている場面。強い風が吹いているだろう。まだ春は二ページ目にしかならない寒さである。三句目、細胞の全部が私だと断言できるのが清々しい若さである。溢れる活力は四句目にも見られる。五句目は女友達とファミレスのサラダバーで夏の前に買った水着の話をしている場面。どれも神野の俳句の特色である若々しくしなやかな感性がよく出ている句だ。

マリッジブルー屋根から雪の落ちる音

春氷薄し婚姻届ほど

飛花落花中庭パティオに燕尾服の父

蜜蜂もくぐれよエンゲージリング

引越し完了かさ立ての春日傘

 やがて作者は結婚して新居に越して新生活が始まる。多少のマリッジブルーはあれども、明るい新生活を予感させる句が並んでいる。そして次のような句が続く。

新妻として菜の花を茹でこぼす

お義母さんよりのメロンや木箱入り

絶海や水母ふたつが並び浮く

金柑を載せ新婚の鏡餅

夫の呼ぶ我が名かがやく冬すみれ

 初々しい新婚生活を詠んだ句である。絶海に浮かぶ二つの水母は新婚夫婦の二人の喩であろう。そして妊娠・出産の句があとに続く。

抱く便器冷たし短夜の悪阻

雲ぽこぽこ羊水ぬるむ水温む

春光に真っ直ぐ射抜かれて破水

担架から仰ぐ青空風光る

いぬふぐり花びらほどの爪を切る

ハンカチの薔薇の刺繍も乳くさき

 まるで実況中継のようだが、予定日前に破水し、救急車で病院に運ばれて帝王切開で出産したという。赤子は呼吸が弱いため、集中治療室に一時置かれたらしい。これ以降は赤子の生命を感じ優しく見つめる歌が続く。

 おそらく人が最も懸命に神仏に祈るのは、出産を待つ時だろう。「どうか無事に生まれてくれ」という願いは神や仏に向ける以外に術がない。また人がいちばん神を感じるのは、生まれた赤子を見たときだろう。私も娘が誕生したとき、10本の指先に桜貝ほどの爪がちゃんとあるのを見て、神は何一つお忘れにならなかったと感謝したものだ。作者もあとがきに、子供が生まれて生命の愛おしさを感じると同時に、世界はもろく壊れやすいものだと実感したと綴っている。おそらくは出産を経て新しい感覚が体内に新しく生まれただろう。この後、子育てに奮闘する句が続く。

 ところが、である。読み進むうちに次のような句に出会ってドキリとした。何やら不穏な気配が漂っているではないか。

梨ざらりいつより我に触れぬ指

愛なくば別れよ短夜の鏡

抱き合える火事の夫婦の愛羨し

 そしてまことに残念なことに私の感じた予感は的中し、この後に次のような句が続くのである。

寒紅引け離婚届にくちづけよ

もう泣かない電気毛布は裏切らない

Tシャツの干し方愛の終わらせ方

行き止まりなれば空見る春隣

人生ゲーム抜けてさくらのすべり台

オルゴール必ず止まる雪柳

 女性歌人の第一歌集の場合、一冊の中に恋愛、結婚、出産、育児、離婚という女性の一生の縮図が詰まっていることがときどきあるが、句集ではあまり見ないような気がする。俳句は短歌ほど作者の境涯を映し出さないのだが、本句集に限っては句と作者の距離がとても近い。子供の誕生が詠まれていることもあり、巻を一読して何か大きなものに立ち会ったような読後感が残る。

舟遠くとおく朽ちゆく苺パフェ

ひかりからかたちへもどる独楽ひとつ

花筏光になりたくて急ぐ

ヨーグルトに透明の匙みなみかぜ

空缶にちちろ一匹分の闇

蝶触れしさざなみしずまりて産湯

はばたいた分だけ沈む秋の蝶

苗札を雀の墓標として深く

月させば水の記憶の貝釦

 特に印象に残った句を挙げた。あらためて神野はしなやかな感性で捉えた言葉を定型に収めるのが上手いと感じる。前の句集でもそうだったが、光を捉えた句が多く見られる。ヨーグルトに添えた透明のガラスの匙にも光が屈折しているのが見えるようだ。この文章を書いている今、ちょうど桜の飛花落花の季節を迎えていて、三句目のように、家の前を流れる疎水も花筏を浮かべている。

 集中の最後近くに「鯛焼きを割って私は君の母」という句がある。子供と鯛焼きを半分こする句である。ここにはこれからは君の母として生きるという決意が感じられる。作者は試練をくぐり抜けて、またひとまわり大きく成長することだろう。

 

王紅花『窓を打つ蝶』書評

 『星か雲か』に続く著者第五歌集だが、著者にとっては特別な歌集にちがいない。最愛の伴侶松平修文の逝去とその後に作られた歌を含むからである。松平は二〇一七年の十一月にほの暗い始原の地トゥォネラへと旅立った。本歌集の第一部と第二部は截然と分断されている。第一部は松平がいた世界、第二部は松平がいない世界である。

重篤の病に臥せる人の耳死に神のごと敏くあるなり

輸血停止申し出し翌る朝きみの山を眺むる水色の目よ

病院に人溢れ暗く動きをりわれら昨日までこの中にありき

凄まじき形相に向かひ合ふ時のありき死へ向かふあなたとわたし

花守となりて夜ごとに水をやる部屋に溢れてむせかへる供花

 松平と王は手と手を取り合い病と闘うが、薬石効なく松平は旅立つ。四首目を読めば二人がどのように死と向き合ったかが知れて心を打つ。

つまとよく歩きし名栗川に来てしばらく泣けり揺るる枯れ芒

死んでゐるあなたは仏間にわたくしは生きて汚した洗ひ物干す

コロッケが二つ そのなんでもないことの なんでもないそのコロッケ二つ

寝室の薔薇柄カーテン見覚えてゐるでせう夜はそこへり来よ

 最愛の人を失い作者は文字通り空洞と化したことは想像に難くない。普段ならば二人分四つ買っていたコロッケが、一人分の二つになったという些細な変化にも心が締め付けられる。想いが溢れて破調になっている。到る所に松平の影が揺曳する本歌集は文字通り慟哭の書である。

 とはいえ王の歌風の特質にも触れておかねばらならない。集中の次のような歌に立ち止まった。

毒ガスをあぐる硫黄山廻りつつ老若男女何故かにやつく

イヌシデは地方によりてアヲシデ、アカシデ、シロシデと呼ばれて

公衆浴場にひとりとなりしとき老女は犬掻きをしてみる

 硫化水素の漂う山で人々がにやついたり、イヌシデの名に地方差があったり、銭湯で老女が犬掻きしているなどというごく些細なことを王はよく取り上げて歌にする。それは王の歌の源が、何かの出来事と心が触れ合った時のかすかな摩擦感にあるからだろう。それをそのまま歌にするところに王の歌風の特質がある。結果として乾いたユーモアの漂うこのような歌に作者の目から見た世界の捉え方が透けて見えるようだ。最後に特に印象に残った歌を挙げておく。

バス停に本読む老人ひとよ桜散るこの世の何を知らむとや急く

『短歌往来』2021年3月号に掲載

盛田志保子『木曜日』書評

 二〇〇〇年(平成十二年)に『短歌研究』の八〇〇号記念として企画された「うたう」作品賞は、その後の短歌シーンの流れを作る重要な企画だった。この賞の応募者から多くの歌人が育ったが、作品賞を受賞したのは当時二十歳の大学生だった盛田志保子である。受賞作「風の庭」五〇首を含めた第一歌集『木曜日』は二〇〇三年に出版された。長らく入手困難だったこの歌集が、書肆侃侃房から現代短歌クラシックスの一巻として再刊されたのは喜ばしい。本歌集を開くと、二十歳の若さでしか詠めない歌が当時の瑞々しさのまま保存されている。

藍色のポットもいつか目覚めたいこの世は長い遠足前夜

秋の朝消えゆく夢に手を伸ばす林檎の皮の川に降る雨

春の日のななめ懸垂ここからはひとりでいけと顔に降る花

 若者が抱く未来への漠然とした不安や、自分がまだ何者でもないという不全感が、藍色のポットや夢の中に降る雨や降り散る花という歌のアイテムに投影されている。

 「うたう」作品賞は、穂村弘の言葉を借りれば、「修辞の武装解除」「棒立ちのポエジー」というその後の短歌の流れの発端となったのだが、盛田の歌にはしっかりと修辞があることに注意したい。とりわけ結句の着地の仕方がうまい。右に引いた「ひとりでいけと顔に降る花」や次のような歌がそうである。

廃線を知らぬ線路のうすあおい傷をのこして去りゆく季節

はい吸って、とめて。白衣の春雷に胸中の影とられる四月

 のびやかな言葉の選択の中に清新なポエジーが滲んでいる。特に注目されるのは木漏れ日のような陰翳だろう。

 その後所属する結社「未来」の歌誌に発表した近作が「卓上カレンダー」と題して巻末に収録されているのも嬉しい。

かなしみは一人に一つかきごおり食べ切るころに鳴る稲光

笑いあう夏の記憶に音声はなくて小さな魚が跳ねる

※「しんぶん赤旗」2021年3月7日号に掲載

第301回 笹川諒『水の聖歌隊』

冬には冬の時間があってひとときの余白を病める土鳩のように

笹川諒『水の聖歌隊』 

 笹川諒は長崎県諫早市生まれで「短歌人」所属の歌人である。年齢は定かではないが、写真から判断するに30代と思われる。『水の聖歌隊』は書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの一巻として上梓された第一歌集で、今年 (2021年)の2月に出版されたばかりだから出来たてほやほやだ。監修と解説は「短歌人」の先輩にあたる内山晶太が担当している。

 まず歌集タイトルに引き寄せられる。「水」は「火」と並んで現代歌人のお好みのアイテムだが、「聖歌隊」との組み合わせはユニークだ。「聖歌」はカトリックの呼び方なので、荘厳な聖堂に響く歌声が連想される。作者は歌集に音楽の共鳴を与えたいと望んでいるようだ。

 掲出歌を見てみよう。「冬には冬の時間があって」では、存在の動詞「ある」のテ形(日本語学ではこのように呼ぶ)で切れている。森田良行の『基礎日本語辞典』(角川書店)によれば、助詞のテは「ある叙述から次の叙述へと移るときの橋渡しとして用いる繋ぎの語」とされている。しかるにこの歌では「あって」に繋がる次の叙述が欠落している。連接されるのは「ひとときの余白を」という動詞を欠いた目的語と、「病める土鳩のように」という直喩である。この二つは倒置法に置かれているので、正置に戻すと次のようになる。

 (A) 冬には冬の時間があって

 (B) 病める土鳩のように

 (C) ひとときの余白を

 このように並べ変えると、最後に欠けている動詞は「過ごす」か「送る」だろうと推察できる。つまりこの歌は、通常の日本語の統辞法を意図的に解体して作られたものである。頭から読む人は、あるべきものがない区切りで躓き、崖から落ちそうになり、迷路を辿るように進むことを余儀なくされる。なぜわざわざそんなことをするのか。それは統辞法を意図的に脱臼させることで、日常言語を詩的言語へと押し上げて、ポエジーを発生させるためである。そして作者はこの点について極めて意図的で計画的なのだ。

椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって

どこかとても遠い場所から来たような顔を思った夏のグラスに

文字のない手紙のような天窓をずっと見ている午後の図書館

呼びあってようやく会えた海と椅子みたいに向かいあってみたくて

僕たちの寿命を超えて射すひかりの中で調弦されてリュートは

 歌集冒頭あたりから引いた。一首目は巻頭歌である。見てわかるように、どの歌も日本語の統辞法を攪乱するように作られている。特に目立つのは助詞の「て」と「は」で終わる言いさし感である。

 「言いさし感」と書いてたった今頭に浮かんだのが平井弘だ。

少年のごとしと今朝の頬を言う欺くことに誰も馴れてきて

困らせる側に目立たずいることを好みき誰も味方でもなく

あの夏はまだ友なりし若い母に仔犬のように児が抱かれて

でも今はだめためらわずその膝を汚せる傷を負いうるなどと

 笹川の歌の言いさし感はどこか平井弘のそれに似ている。ひょっとしたら影響を受けているのかもしれない。

 平井の短歌も笹川の短歌もゆるやかな定型感覚を持つ口語短歌なのだが、その言語が現在の若手歌人に広く見られる会話体口語とは異なることに留意しておきたい。会話体口語は現実にそのように話す人がいてもおかしくない言語だが、平井や笹川の口語はそんな風に話す人はいない詩的に構築された口語である。この差はとても大きい。

 笹川の作品世界にもう少し入り込んで見てみよう。

飼い慣らすほかなく言葉は胸に棲む水鳥(水の夢ばかり見る)

手のひらを窪ませるならそれはみなみずうみそして告げない尺度

あなたがせかい、せかいって言う冬の端 二円切手の雪うさぎ貼る

ソ、レ、ラ、ミと弦をはじいてああいずれ死ぬのであればちゃんと生きたい

こころが言葉を、言葉がこころを(わからない)楽器のにおいがする春の雨

 作者の心の中に住んでいると思われるアイテムは、上に引いた歌にほぼ登場している。外形的特徴から見ると、パーレン、一字空け、読点の使用によって、平板になりがちな歌の内部に段差や位相の差を生み出して重層化を図っている。これは現代の歌人がよく使う手法であり、珍しいことではない。笹川の個性は、一首の歌をまるで完結しない一行詩のように作っているところにある。一首一首の歌がまるでショートショートのようだ。蛇足ながらショートショートとは、ものすごく短くて不思議な味わいを後に残す物語のジャンルをさす。また笹川の歌では多くの場合、5Wと1Hがなく、論理的な連関が意図的に解体されている。また短歌の中で作中主体として歌のリアリティーを支える〈私〉も不在だということも、特筆すべき特徴だろう。

 意味に踏み込むと、作者の心を捉えているのは「言葉」と「死の想念」である。上に引いた一首目と五首目にあるように、作者にとって言葉とは飼い慣らすほかないものであり、また心が言葉を呼んでいるのか、はたまた言葉が心を生んでいるのかも判然としない。このように「こころ」(=想念、意味)と「ことば」(=表現媒体)の間を浮遊することによって、明滅する心象と言葉とがない交ぜになって生まれている。

 四首目の「ソ、レ、ラ、ミ」はギターの開放弦の音程である。ミの弦は2本あるので、まだ弾かれていないのは「シ」(=死)であり、これは死への想念を詠んだ歌なのだ。集中には「食事という日々の祭りの只中に墓石のように高野豆腐は」「自分から死ぬこともある生きものの一員として履く朝の靴」という歌もあり、死への想いが作者の心を捉えていることがわかる。光があれが影があるように、生があれば死があるのは必定である。古人はそれを「われアルカディアにもあり」と言った。

平行に並んで歩けば舫われた舟のよう はるか鉄琴の音

逝く夏に画集ばかりを見るひとの眼差しはどこか伝令に似て

感情をひとつ放ればきらめいて住むことのない街のトルソー

半音階で鳴く鳥のためしばらくはみんな黙っている夜明け前

遠い国に桜ひととき降りしきるまぼろしの為に飲むズブロッカ

指差せば遠ざかるのが夏であると知っていながらゆくモロー展

きっと覚えておけると思うアラベスクいつか壊れてゆく体ごと

 歌集の残りの部分から心に残った歌を引いた。音楽は低くどこかに響いているようだ。六首目のモロー展は、昨年アベノハルカス美術館などで開催されたギュスターヴ・モロー展だろうか。

 笹川は所属する「短歌人」会が開催する高瀬賞を昨年受賞しているのだが、不思議なことに受賞作「とある帰省」は本歌集に収録されていない。受賞作が発表された『短歌人』2020年7月号を見ると次のような歌である。

手になじむ歌集とともに帰りつく「過ぐれ諫早」と詠まれた町に

久々の実家は猫に以前より長く説教する父がいる

過去の自分も一緒に歩いているような気がしてカステラは二つ買う

パルファンという唯一あった映画館が潰れて子ども食道だった

水害の被害写真をよく見ると今より建物の多い町

 『水の聖歌隊』に収録された歌とは驚くほどちがう近代短歌で、ここには5WとH1があり、しっかり〈私〉がいる。笹川はこういう歌も作れるのである。なるほどこれはテイストが違いすぎて、『水の聖歌隊』には収録できないだろう。すると「とある帰省」はこの先ずっと未収録歌として残されるのかと、人ごとながら少し心配になる。

 最期に笹川の作歌をよく示していると思われる歌を挙げておこう。

知恵の輪を解いているその指先に生まれては消えてゆく即興詩

 笹川にとってポエジーを生み出す言葉の組み合わせは、まるで知恵の輪のようなもので、指先の遊びの中からあえかな一行詩が明滅するように生まれて来るのだろう。

 

第300回 橘夏生『セルロイドの夜』

雑沓を怖るる象よゆらゆらと影のみてる夏のサーカス

橘夏生『セルロイドの夜』

 歌に詠まれている象は曲馬団で飼われていて、集まった観客の前で芸をする象だろう。しかし雑踏を怖れるようでは、大勢の観客の前に出ることはできない。しかたなくバックヤードの檻の中でひっそりと飼われている。忍び込んだ子供が象を見つけて驚くこともあったかもしれない。しかしそれもこれもはるか昔のこと。曲馬団はいつしか消滅し、檻の中の象もとうに死んでいる。昔、曲馬団が町にやって来てテントを張った空き地には夏草が生い茂り、照りつける陽射しに草いきれがする。そこに陽炎のようにゆらゆらと立ち上がるのは昔の曲馬団の幻影である。

 久々に異色の歌集を読んだ心地がする。橘夏生の『セルロイドの夜』(2020年、六花書林)である。橘夏生なつおは新しい筆名で、旧名は山中晴代という。短歌人会所属の歌人で、本歌集は第一歌集『天然の美』(1992年)、第二歌集『大阪ジュリエット』(2016年)に続く第三歌集である。巻末に長いあとがきと経歴が添えられている。それによると、アングラ劇団天上桟敷の女優になるべく上京するもオーディションに落ち、寺山修司に短歌を進められて作歌を始める。塚本邦雄を紹介されて師事することになり、『サンデー毎日』の塚本選に何度も入賞。のちに『小説JUNE』で藤原月彦(龍一郎)が連載していた黄昏詩歌館入門にも俳句を投稿する。玲瓏ではなく短歌人会に入会したため、塚本から破門されるとある(本当だろうか)。短歌のビッグネームが続々登場する経歴に驚く。「言葉は綺羅、言葉は鴉片、言葉は美貌のリビングデッド。現実など日常など、想像力の前には、卑しい下僕に過ぎない」という藤原龍一郎の帯文は、塚本ばりの唯美主義宣言である。小口が金の装幀も目を引く。

 本歌集は著者が長年詠み続けて来た「デカダンスとイノセント」の集大成だとあとがきにある。その言葉に寄せるようにして読後の印象を述べれば「猥雑にして高雅」となろうか。しかし何といっても本歌集を繙く人がまず驚くのは固有名詞の奔流である。固有名詞詠みの達人である藤原龍一郎でさえここまでの量ではない。

イミテーションぢやなきや愛せない まぼろしの東京の歌姫戸川純

サリエリがわからぬと云ふ萩尾望都 百合はみづからの重みにかたむく

苦艾酒アプサン片手にアントナン・アルトーは問ひかける「あなたはあなたの関係者ですか」

シュザンヌ・ヴァランドンのことおもふたびなまなまとわが目にひらく変化朝顔

蔵書印のしゆの懐かしもアスタルテ書房に遇へる『月下の一群』

数学者チャールズ・ドジソン撮りたるは死のにほひする少女の和毛にこげ゛

回転ドアのむかうがはには永遠に辿りつけざりノーマ・ジーンは

 一首目の戸川純はロック歌手。ボヤ騒ぎ起こしてからとんと見かけない。二首目のサリエリは映画『アマデウス』でモーツアルトへの嫉妬に狂う人物として描かれていた同時代の音楽家。萩尾望都はいうまでもなく『ポーの一族』の漫画家である。三首目のアルトーはフランスの小説家・演劇人。四首目のヴァランドンはユトリロの母親で、独学で当時珍しかった女性画家になった人。五首目のアスタルテ書房はかつて京都の三条にあった幻想文学の古書店。この店を開いたのはジョルジュ・バタイユなどの翻訳で知られた生田耕作である。私は大学一年の時、フランス語の初級文法を生田耕作に習った。『月下の一群』は堀口大学の訳詩集。六首目のチャールズ・ドジソンは『不思議の国のアリス』の作者ルイス・キャロルの本名。七首目のノーマ・ジーンはマリリン・モンローの本名である。もっと珍しい名前もある。

舞台ここで死ねいま蘇生して明日も死ねわがパフォーマー首くくり栲象たくざう

落ちし椿のあとを辿りて甲斐庄楠音かひのしやうただおと展へゆく弥生かな

〈水無月〉と書かれし箱より人形の天野可淡の少女取り出す

 首くくり栲象とは、長年自宅の前の庭で首を括るパフォーマンスを続けた人だそうだ。甲斐庄楠音は日本画家で、土田麦僊に「汚い絵」と酷評され、その後映画美術に転じた人。天野可淡は耽美的な球体関節人形を作った人形作家である。

 このように奔流のように固有名詞を詠み込んだ歌は、叙景歌や叙情歌といった従来の歌の分類には収まりにくい。強いて言うならば、何かに想いを寄せた歌ということになろうか。ということは作者の胸中には様々な想いが湧いているということで、短歌はその想いを表現する手段ということになる。

 天井桟敷の女優をめざしていたからなのか、その手つきはどこか演劇的であり、「露悪というこころのうごき 曼珠沙華くきまつすぐに花を支へて」という歌にもあるように露悪的でもある。

ごみ溜めの隅にいちりんのすみれ咲きそれはマチェクとわたしのお墓

マラー最期の浴槽とおもひ溶かすかな淡紅のざくろ温泉の素

 マチェクはアンジェイ・ワイダ監督の名作『灰とダイアモンド』の主人公で、マラーは浴槽で暗殺されたフランス革命の大立て者。自らをマチェクやマラーになぞらえているところが演劇的である。作者はこのように非業の死を遂げた人物に共感するところがあるようだ。

 作者はイタリアを旅しても上海を訪れても、目に映った景物よりも土地の霊に促されるように過去の人物に想いを馳せるのである。

ゆつくりと闇おしわける白き馬チェザーレ・ボルジアその死の前夜

メディチ家はいまガリレオの頭上過ぐ新星といふつひのかがやき

金子光晴上海ゆ巴里にわたる船いまし虹の輪くぐりてゆかむ

故宮にてロイド眼鏡は涼やかに愛新覚羅溥儀と名乗りつ

 そんな作者もたまさか現実に目を向けて、次のような歌を詠むこともある。

国家として節会せちえごとに唱ふなら『海ゆかば』こそ斉唱すべし

鶴彬の碑をたづねあぐねたり大阪城公園は濃き樹の匂ひ

すべての電波が途絶える夜にまぼろしの業平橋駅のホームが灯る

無人なる座席に坐るひかりあり三陸鉄道復活のまへ

給付金はユニセフにとふつまに目を瞠る受胎告知のマリアのやうに

 三首目は東京電力福島第一原発が苛酷事故を起こし、計画停電により首都を暗闇が支配した折りの歌である。業平橋駅という歌枕を思わせる優雅な駅名が東京スカイツリー駅という味気ない駅名に改名されたことに作者は憤り、幻視によって旧業平橋駅を浮上させているのである。五首目は2020年に新型コロナウィルスが流行した時に、政府が全国民に支給した一人10万円の給付金を詠んだ歌。

 このように才気溢れる歌が並ぶが、それを外連味と感じて嫌う人もいるかもしれない。私はたいへん面白く読んだ。作者の生年は不明だが、たぶん藤原龍一郎や私と同年代か少し下と推測される。若い頃に吸収したカルチャーがほぼ同じなので、同時代的共感と郷愁を感じつつ読んだ。

白魚を食めばかなしき咽喉のみどかな襟たかくしてみ冬を歩む

はつなつは氷砂糖の燦めきにりりたる四肢の少女たしむ

桐の花サドルにはらり散りかかりここ過ぎてゆくむらさきの神

下京区天使突抜てんしつきぬけ 雪晴れのさんぽはクノップフの豹をおともに

れんげはちみつひとり嘗めたり窓ごしにしみこんでゆく夜のけだるさ

バックミラーにゆふべのひかり灯るころ倒されてゐる放置自転車

鶏つぶす伯父のかひなのむらむらと黄砂の春に猛けるを見つ

トルソーに不在の首のかがよひをおもふまで碧き海に出でたり

薔薇園につゆ降りるころ交配の果てのさびしき一輪ひらく

 立ち止まった歌を引いたが、このような歌には外連味も露悪趣味もなく、ただ心に沁みてゆくばかりである。なぜか歌集後半にこのような歌が多く配されている。四首目の天使突抜は、作者のかつての師の塚本邦雄が最も美しいと愛でた町名で、京都市下京区に実在する。クノップフはベルギー象徴派の画家で、この絵はオイディプスに頬を寄せる下半身が豹のスフィンクスを描いたもの。

 この歌集を繙く読者は、猥雑にして高雅な幻視の世界を楽しまれたい。

 

第299回 高野岬『海に鳴る骨』

もの割るる音してのちに上がるべき悲鳴を聞かず春のゆふぐれ

高野岬『海に鳴る骨』

 自宅のリビングにいると、同じマンションの別の家から「ガチャン」と何かが割れる音が響く。うっかり茶碗か皿を落として割ったのだろう。ふつうなら「アアッー!」というような悲鳴が聞こえて来るはずなのに、なぜか聞こえてこない。聞こえてこないことが不穏な気配を一層強めている。結句はその雰囲気にそぐわないうららかな「春のゆふぐれ」である。この歌は、一見穏やかに暮らしているように映る日常に潜む不穏さを掬い取っている。本歌集にはこのように、波の下に隠れて見えない岩礁のような危うさが立ち籠めているのである。

 先日、送られて来た歌誌「まいだーん」第3号を見ていたら、巻末近くに同人歌評があり、その中で紹介されていた歌に心引かれるものがあった。さっそく取り寄せたのが高野岬『海に鳴る骨』(2018年、角川文化振興財団)である。例によってまったく未知の歌人なのだが、短いプロフィールによると、2011年に「塔」に入会。2017年に第7回塔短歌会新人賞を受賞している。『海に鳴る骨』は塔21世紀叢書の一巻として上梓されているので、結社期待の新人なのだろう。栞文は、加藤治郎、川野里子、三井修。三井の栞文によると、2008年頃に三井が横浜のNHK文化センターで開いていた短歌教室に高野が参加したのが始まりだという。歌歴は10年ほどということになるが、すでに自分の文体と短歌世界を持っている人である。「塔」の優秀欄の常連というのも頷ける。

 本歌集に収録された歌を読んでいると、作者がどのような日常を送っているかがよくわかる。夫婦二人暮らしで子供はおらず、犬を飼っている。以前は東京の都心に住んでいたが、思うところあって夫は会社を辞め、数年前に葉山に引っ越して、目の前に海の見えるマンションの4階に暮らしている。夫はネクタイを締めて出勤する勤め人で、絵を描くのが趣味である。本人は専業主婦のようで仕事はしていない。料理が得意なようだ。

瑠璃色と藍に分かるる湾の水波はありつつ混じらずにをり

対岸の街のガラスの一枚が今のぼりたる朝の日に燃ゆ

ひとり掛けのソファをそれぞれ持ち寄つて海ある町に二人で暮らす

真夜中の海のおもてに満月がひかりの道を我にのばせり

海見つつ我等は日々に物を食む木の椅子ふたつ横に並べて

 本歌集のベースを成すのは、上に引いたような海の見える日常を詠んだ穏やかな歌である。海は暮らしの中で大きな位置を占めていて、ダイニングの椅子を対面に置かず横に並べるのも、二人が平等に海を眺めるためである。二人掛けではなく一人掛けのソファーを持ち寄って暮らしているというところにも、相手を尊重する夫婦の関係性がよく表れている。こうして引いた歌を見ると、何と言うこともない日常詠のように見える。しかしそういうわけではない。それは集中に次のような歌が散見されるからである。

「裏駅」と呼ばるる鎌倉西口で夫待つ我は故郷もなく

春の花抱へて待てば病院のエレベーターが深き口

よその家の味噌汁飲めぬことなども我が眷属のくらさと思ふ

いさなとり浜辺にをれば老人の失踪告ぐる放送流れ来

何に効く錠剤ならむ早朝の道に落ちゐるピンクの一粒

幸福であるんだらうなと思ふとき水平に飛ぶあしたのかもめ

本来は脱落してゆく一羽かも空ゆく鳥の群れから我は

 一首目、勤め帰りの夫との待ち合わせの場面だが、〈私〉は故郷喪失者だという思いが胸の奥深くにある。二首目は入院した父親の見舞いの場面で、エレベーターの入口はどこか地中の深い所に続いている。三首目、よその家の味噌汁が飲めないのは味覚に強いこだわりがあるからか、いずれにせよそれを眷属の暗さと感じている。四首目の浜辺に流れる失踪を告げる放送や、五首目の道に落ちているピンク色の錠剤は、何気ない日常にふと顔を出す闇である。六首目では、自分はたぶん幸福なのだという思いを横切るように鷗が飛ぶ。七首目は自己の孤独を自覚する歌である。どうやら傍目には平穏な日々の暮らしを送っているように見える作者の心の奥底には、ひと筋の暗い水が流れているようだ。それは決して珍しいことではなく、心の闇や毒は文芸にとって必要な原材料でもある。フランスの作家・批評家のモーリス・ブランショはかつて「文学は欠如(manque)から生まれる」と喝破したほどだ。

 それを除いても本歌集を読んだ時の独特の感覚を言い尽くしている気がしない。加藤治郎は栞文で、「何かを喪ってゆく感じの滲む歌集である」と述べ、喪ってゆくのは未来であるとしている。そういう見方も成り立つかもしれないが、私にはちょっとちがう印象もある。堅実に日々を暮らしながらも、ふとこの世から離脱するような感じというか、終焉の日から逆算して今を眺めているような印象すらある。たとえば次のような歌にそれを感じるのである。

珈琲にさらさら砂糖を入れながら幾つの季節が過ぎただらうか

君の亡きあとも浜辺を歩くだらうその日も鷗が飛び立つだらう

遺言を書くつまけ春のうた口ずさみつつ掃除す我は

いづれわれが君を撒くとふ湾は今朝釣り舟多し秋晴れにして

真夜の卓に二人の椅子の向き合ふをごく新しき遺跡と思ふ

オットマンに読みかけの本伏せたままぽろりと死んだりしさうで男は

縁石をつよく打つ雨見つつゐて明日あすには忘るる時を重ぬる

 一首目は単に時の流れの速さを詠んだ歌と取ってもよい。しかし二首目は夫が死んだ後に視点を置いて詠んだものである。作者の夫の年齢は知らないが、遺言を書くほどの高齢ではあるまい。ここにも未来の先取りが見られる。四首目にあるように、夫が死んだら目の前の海に散骨するという約束がある。五首目は二人が暮らすリビングを新しい遺跡と見ているのだから、これも視線を遠く未来に飛ばした歌である。六首目や七首目を見ても、この世は仮初めの宿と観ずる永遠の旅人のようだ。その感覚が本歌集に独特の味わいを与えている。そのような眼で読むと、たとえば「ひとつだけ飛び出たテトラポッドがある その頂にいつも鳥がいる」というような叙景歌も、にわかに新たな意味を帯電するようにも感じられるのである。

地下道に硬貨の落つる音のして行き交ふ人の目の光り合ふ

どの季節のどの時刻にも日の射さぬ床の間の隅にこけしが二躰

照り渡る冬の日のもと我に向く犬の耳殻の赤く透きゐる

烏賊の内臓わたごふつと流しに引き出しぬ墨の袋はみづかねの色

ネクタイは太刀魚のごとひらめきて夫の灼けたる頸に巻きつく

鳶たちが旋回しつつ昇りつつ空の底へと消えてゆくまで

眩むほど水かがやきぬ街を縫ふ細き流れを朝越ゆるとき

あるあした冷えた空気の浜に満つ ずつと叫んでゐたやうな夏

 特に心に残った歌を引いた。日常の些細な光景を掬い取る視線の確かさと、それを歌の言葉に乗せる技量が感じられる。四首目のような厨歌もいくつか収録されていて、この歌では「ごふっ」という擬態語がはまっている。ここには引かなかったが、愛犬を詠んだ歌には深い愛情が感じられる。

 「まいだーん」第3号に歌集評を書いた同人の為永憲司は、「昼下がりの静かな街で、昨日の雨をもう忘れている空を眺めているような、ここちよい空漠」と歌集の読後感を表現したが、なかなかに言い得て妙である。歌集には栞文の一部を引用した半透明の幅広の帯がかけられている。それをめくると表紙に描かれた絵が見えるのだが、描かれているのはオキーフばりの動物の骨である。歌集巻末近くに次のような歌がある。

犬のねむる海がこの夜鳴り止まずベランダに出て「おやすみ」と言ふ

の海に白く筋立て波の寄す いづれ我らの帰りゆく国

 愛犬は寿命を迎え、目の前の海に散骨されたのだろう。そこは時が満ちれば自分も帰って行く場所である。やはり本書はメメント・モリの歌集なのだ。

 「まいだーん」第3号の高野の近作とエッセイを読んで驚いた。どうやら葉山の住まいを引き払って、今度は信濃の山に転居したらしい。次のような歌を寄せている。

朝の日が毛を透かすから枝を走る栗鼠の体のほそさが分かる

山雀がぺこりぺこりと水を飲むどこかにあつたそんな玩具が

 どこかに漂白の想いがあるのか、一所不住と決めているのか。それはわからないが、海に代わって山の歌がたくさんできることはまちがいあるまい。


 

第298回 永田淳『竜骨もて』

由比の海に対える如月朔日に身は乾きゆく午後をしずかに

永田淳『竜骨キールもて』

 本歌集は『1/125秒』(2009年)、『湖をさがす』(2011年)に続く第三歌集なのだが、あとがきによれば『湖をさがす』はふらんす堂の求めに応じて書いた1年間の短歌日記をまとめたものなので、本人の意識としては本書は第二歌集に当たるという。2007年から2014年の間に作った歌から499首を選んで編まれた大部の歌集である。作歌と出版の間にタイムラグがあり、直近の歌は収録されていない。前二作の版元はふらんす堂だったが、今回は砂子屋書房から出版されている。

 私が永田淳に会ったというより見かけたのは、今から10数年前のことだ。当時短歌を読み始めた私は、二ヶ月に一度くらいの割で、寺町二条にあった三月書房に歌集を買いに出かけていた。歌集の棚は勘定場にいる店主の背後にあるので、店主の斜め正面に立って眺めることになる。ある日のこと、そうして棚を見ていたら、ジーンズ姿の青年がふらりと現れて店主と親しげに話し始めた。店主は青年に「お父さん、テレビに出てたで。小泉今日子の隣でうれしそうにしてはったわ」と言ったので、私はすぐにわかった。確か小泉今日子が芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、永田和宏も受賞して並んで登壇する姿がテレビに映っていた。すると横に居るのは子息の永田淳さんにちがいないと気づいたのである。今はなき三月書房が歌人の聖地だった頃の話だ。

 ほぼ編年体で編まれていると思しき本歌集の題名は、「極北を目指す逸りの竜骨キールもて70mphマイルに水をわけゆく」という歌から採られている。竜骨とは、船の先か船尾までいちばん下を支えている部材で、その形状が竜の骨を思わせるところから命名されたものである。元は釣り雑誌の記者をしていて、オートバイや自動車や船が好きな作者らしい題名である。本歌集に収録された歌は、大きく分けて「人事」「景物」「日常」「家族」「述志」に分類することができる。あとがきによれば本歌集の前半の時期に永田は佐藤佐太郎に傾倒していて、叙景歌しか作らないと公言していたという。しかしその方針を変更せざるを得なかったのは、主に「人事」と「家族」の故である。そしてその多くが死に関係している。

 まず本歌集には家族を詠んだ歌が多く見られる。

降りしきる雪の大原越え行きて腫瘍見つかりし祖母に見えき

「お母さん」の母の呼びかけに口を開けわずかに「あ、あ」と漏らしたりけり

死をも孕んでしまった肉叢が自らの死に呻くが聞こゆ

死の後に死の影とうはなくなりぬ実家の庭に転がる青柿

母の居ぬこの世の川面に風の吹きこの世の時間が流れるばかり

遠き日にわが使いいしグローブが子の手にありて軟球を受く

 この時期に作者は母方の祖母、父方の祖父、そして母親の河野裕子を亡くしている。一首目と二首目は歌人であった祖母を詠んだ歌で、三首目から五首目は母の死を詠んだものである。歌数としては多くはないものの、河野裕子の逝去は作者のみならず、永田家の家族全員にとって大きな出来事であったにちがいない。作者には四人の子がいるので、六首目のように子供を詠んだ歌も少なくない。歌の素材を近景、中景、遠景に分けるならば、家族は典型的な近景であり、永田にとって歌はまず身めぐりから発するものであることがわかる。

 人事にも人の死が関わるものが少なからずある。

歌会にて母の引きえぬブルタブを常に空けくれし真中朋久

あごひげをちょぼちょぼはやし無口なり冬でもサンダル藪内亮輔

釣り仲間亡くしたことは二回目で 十二歳ひとまわりうえの遺影を見上ぐ

死の二日前に書きくれし手紙には一杯やりましょうとインク青かりき

ひとたびを会いたるのみにて訃に触れぬ母と同年美しき人なりき

 一首目は塔短歌会の重鎮の真中朋久で、二首目は同じく塔の若手の藪内亮輔を詠んだ歌。ふだんは歌集を通してしか知らない歌人がこのように描かれると、急に人間臭く見えるものでおもしろい。三首目は年上の釣り仲間の死、四首目は小高賢の訃報に接して詠んだ歌である。〈私〉が生きる「今」が際だって表れていた第一歌集『1/125秒』から年月を経て、作者も年齢を重ね人との別れが増えることは避けられない。人生に降り積もる歳月の嵩である。

 たいていの人がそうであるように、永田にとっての日常はほぼ家族と仕事で埋められる。何気ない暮らしのひとコマがていねいに掬い取られて詠われている。

妻と子の家に寝ぬるが力なり夜のローソンにビールを買いつ

灯を点すごとくにゲラに朱を入れつ沫雪の降る午の窓辺に

わが妻をかばうがごとき物言いの息子とおでんの鍋をつつきぬ

ひと日とて同じはなきを子に夏の一日過ぎゆく川風の中

夜の卓に自我についてを訥々と話す息子に付き合う半刻

 数こそ少ないものの、次のような述志の歌にも注目される。

「死刑」とは記号なれども彼の前に置かれし時の意味をや知らね

クレームをうまくさばけてはいけないと切り泥みおり午後の電話を

勝つたびに万歳唱うる国に生れわが両腕の重たき晩夏

今だからまだ言えるはず 日本に巨き五つの鎖来るな

交戦権と呼ばざることのそしてまた明らに交戦権であることの

 一首目は山口県光市親子殺人事件の判決に触れた歌で、四首目は東京五輪の開催が決まった時の歌である。コロナ禍がいっこうに終息の気配を見せない今から振り返って見ると、この歌には予言のような趣すらある。二首目のような歌を見ると、仕事をルーティーンとしてこなしているのではなく、心に熱いものを抱えていることがわかる。

 本歌集を読んで最も注目されるのは何と言っても叙景歌である。付箋を付けた歌には叙景歌が多い。

川の面に映れる月のゆたゆたと流されずして少し欠けいる

萩の穂の枯れいる空き地のひとところ冬日のながく四角く射しぬ

草紅葉まじる賀茂川土手の上を冬の日しろく渡りつつあり

満開といえど疎にして山ざくら海松茶の枝の骨格の見ゆ

おちこちの下草のなか紫のアサマフウロは時を揺らして

浅間岳その稜線のながながといずれいずべに線の果つべし

稲架の上に二重にかかる稲の穂の数本は揺る雀のかろ

由比ヶ浜に兆しそめたる春潮の波待つ頭の黒く浮く見ゆ

 叙景歌の鑑賞と批評は難しい。古代歌謡以来、叙景歌は日本の韻文詩の伝統であるが、いくら叙景といってもそこに叙情の影がゆらめくことは避けられないからである。上に引いた歌でもそのことは言える。一首目は水面に映った月を詠んだものであるが、「ゆたゆたと」というオノマトペが穏やかな波を表しており、「流されずして少し欠けいる」に微量の心情を読み取ることができる。ちなみにオノマトペは主観的表現である。一方、二首目や三首目はほぼ純粋な叙景で、二首目では「四角く」に発見があり、三首目では「渡りつつあり」に時間の経過が感じられる。四首目は「といえど」という逆接表現が主観に属する。逆接と判断した主体が想定されるためである。六首目の「時を揺らして」は本来は叙景歌に場所を持たない叙情的表現だろう。七首目は浅間山の雄大な稜線を詠んだ柄の大きな歌だが、「いずれいずべに」と推量の助動詞「べし」に主観が見られる。というように叙景歌にも叙情は付きものであり、その配合によって歌の言葉が立ち上がることが肝要なのだろう。

 読んでいて私が立ち止まったのは次の歌である。

繰り返し歌うべきものとして我に近しき死者たちはあり

 あとがきに永田は「歌い続ける決意」のようなものが固まったと述べているが、そのような決意を導いた要因のひとつはこの歌に表されているものかもしれない。

 

第297回 高木佳子『玄牝』

生けるもの皆みずからを負ひながら歩まむとするこの砂のうへ

高木佳子『玄牝』

  この歌集を一読して、言葉には浮き上がる言葉と沈む言葉があることをあらためて知った。浮き上がる言葉とは、例えば主体の生の横溢の余りに口から弾け出す勢いのある言葉である。浮き上がる言葉は天を目指して上昇する。一方、沈む言葉とは、その重さゆえ受け取る側の心の中にどこまでも沈んでゆく言葉である。言葉には重さがある。本歌集を特徴づけているのは他ならぬ言葉の重さであろう。

 『玄牝』は『片翅の蝶』(2007年)、『青雨記』(2012年)に続く第三歌集である。歌集題名は「げんぴん」と読む。あとがきによれば、玄牝とは『老子』に登場する原初の世界であり、万物を生み出す混沌だという。このようなタイトルを付ける動機は二つ考えられる。一つは万物の根源へと遡行したいという内的欲求、いま一つは現在の世界が原初の混沌のように見えるという感慨で、高木の場合は後者にちがいない。

 第一歌集『片翅の蝶』には妻として母として「悩める〈私〉」の私的感情が色濃く投影されており、第二歌集『青雨記』は〈私〉を離れ対象を見つめる眼から、それを超えて幻視に到る過程が見られたが、第三歌集『玄牝』に到って著者はさらに作風を変化させて歌境を深めた感がある。それは次のような歌に表れている。

舗道いしみちはしまし光を折らしめて影を濃くするけふの暑さに

たちまちに黒の土嚢が充ちゆけり負はむとしたる人間の荷が

しかたなく此処にゐる女どうしても此処にゐる我が同じ土掻く

荒れし野の繋がりながらひとしきり叫ぶごとしも磐城平は

にくきほど海は光ぬ忘却のうすくれなゐの浜のひるがほ

 高木は2011年に発生した東日本大震災と、それによる東京電力福島原発の苛酷事故に見舞われた福島県に住んでいる。現在の住所はいわき市である。福島原発事故は前作の『青雨記』の後半部にすでに影を落としていたが、その影はいっそう濃さを増して本歌集の全体を覆っている。その影は、上に引いた一首目の陽光が作り出す影にも投影されている。二首目の土嚢は放射能に汚染された土を取り除いて入れるためのものである。それは人間が負わなくてはならない荷なのだ。三首目、汚染された土地にしかたなく住み続ける者もいれば、著者のようにその土地に住み続ける決意をした人もいる。海の光が憎いのは、もちろん全てを流し去った津波を思い出すからである。いずれの歌も、住む土地をこんなにした者を声高に糾弾するのではなく、この土地に住み続けなくてはならない人間の姿を重い言葉で描いている。

 高木が言葉の軽さを嫌っていることは、次の「合歓」と題された連作の歌を見てもわかるだろう。

花びらの流るるやうな示威列をとほく眺めつ手を翳しつつ

みづからもパノブティコンの中にゐて歩みてゐるを知らぬ稚なさ

このくにと叫ばるるときわが痛む罅荒れはあり このくにとは何

連帯と思ひてやまぬ人群れへ合歓はしきりに睫毛を揺らす

 示威列とはデモ行進のことである。おそらくは東京電力の責任を糾弾し、被災した人達への連帯を叫ぶデモなのだろう。しかしデモ隊のシュプレヒコールの言葉は高木にはあまりに軽く聞こえるのである。二首目のパノブティコンとは、一望監視システムと訳される。獄舎が放射状に配されていて、中央の監視所から全体が見渡せる監獄の配置をいう。日本でも旧網走監獄で採用されていた。これを国家の監視システムの喩として用いたのはミッシェル・フーコーである。高木の目にはデモ隊の若者たちはあまりに稚なく見える。それは自らが目には見えないパノブティコンの中にいることに気づかないからである。

 そのように土地に留まる作者は、周囲から好奇の目で見られたり、あからさまに疎外されることがある。これもまたある決意をした人間が、苦い水のように甘受しなくてはならない宿命である。

戸の表に刻みつけくる×のあり「われわれではない」と頷きあひて

あなたのいふ「人の住めない処」に住みをれば何やらわれは物の怪のやう

佳子ちやんはつよいのねえと言ふときに鈍く歪みゆく口角

揺るるなく蔑みのこゑ受けゆかむ声の向かうの木斛見つつ

 一首目の×記号は何のために付けているのかわからないが、周囲と同調しない者、まつろわぬ者の印なのだろう。二首目の「人の住めない処」は、いまだに放射能の影響が残っている地域である。一説では、高濃度の放射能が残留する立ち入り禁止区域は動物が跋扈すると聞くが、それも考えさせられる話である。三首目、知人が意志の強さを指摘するとき、その口角は歪んでいる。四首目は他人の侮蔑に負けないという意志の表明である。

 高木の歌が、大震災の余波と原発事故の影響がいまだ残る土地に暮らす人を描くとき、それはある特定の災害や特定の土地の話ではなく、すべての人が負うべき宿命という普遍的地平に昇華される瞬間がある。

剥がれたる土にねぢれてくちなはは皮脱がむとす声をもたずに

砂の原みづを含みてをりしかば発ちゆくものの跡は遺りぬ

くるしみは澱のごとくに沈みたり木斛の樹は疾く暮れゆけり

生きて在る人らのうへに陽は白し眩しみにつつまなこは閉ぢらる

夕光を目陰して見る人間はもはや明日の見ゆると言はず

 歌を作るきっかけはある特定の出来事であるかもしれないが、その出来事を起点として人間の負う宿命へと昇華させるのは言葉の力である。このような歌を読むとき、私の脳裏にしきりに浮かぶのは聖書の黙示録である。同じような印象を抱く人は多いのではないかと思う。

 

左右なき軍手に土は浸みゆきて炙り出さるる両の手のひら

此の岸と彼の岸とにまふたつに人は裂かれて河は膨らむ

桐の実のくらくりたる夕のへよ少年は言ふそのくらきこと

炎の輪さかのぼりゆき煙草を挟む指の股にぞにじりよりたる

瞠きて何をかを見む目のまへを甘納豆の糖はこぼれる

冬の田に倒れふしゐる鍬のあり在るそのことに冷えまさりつつ

握りゆく土われにあり握りかへすごとく手にある ただ今をある

 

 一首目、軍手に左右はないが、作業してゆくと土の汚れによって左右が炙り出されるようにわかるようになる。二首目此の岸と彼の岸は此岸と彼岸、つまりこの世とあの世の喩であることは言を待たない。四首目と五首目は葛原妙子を彷彿とさせる微細描写が光る。六首目は鋤き終えた田に鍬が残されていて、鍬の存在が寒さを一層感じさせるという歌。七首目は解説の必要がない決意表明である。

 いずれも心の奥底に染み入るような歌だが、最後に次の巻頭歌を挙げておきたい。本歌集の基調を示す歌と思うからである。

うるほへる花群のごと人をりて揺れなまぬなり夏の朝を

 私が思い浮かべるのはcondition humaineというフランス語の表現である。これを「人間の条件」と訳したのは誤訳である。ほんとうは、人としてこの世に生まれたからには、異土の乞食であれ王侯貴族であれ等し並みに負わねばならぬ宿命・定めを意味する。夏の朝に吹く風に揺れているのは、福島に暮らす人ばかりではない。それはこの世に生を受けた者すべてなのである。

 

第296回 古川順子『四月の窓』

うつつならうつつのものとして触れる花あわあわとけぶる栴檀

古川順子『四月の窓』

 栴檀は別名アウチまたはオウチともいい、高さ30mになることもある樹種である。五月初旬に紫色の花を咲かせる。掲出歌では栴檀の花があわあわと咲いているのだから季節は五月だ。うつつのもの、つまり現実に存在するものとして触れるとわざわざ述べているということは、作者の眼は現実ならぬものにも向かっているということである。近代短歌は写実、すなわち現実に存在するものをしっかり見つめることを基本の作法としたことを踏まえると、作者は少しくその本道から逸れた道を歩んでいることになる。

 プロフィールもなく、作中にもほとんど本人に関する情報がないのだが、あとがきによれば古川順子は2007年に未来短歌会に入会して岡井隆に師事している。『四月の窓』は昨年(2020年)の10月に砂子屋書房より刊行された第一歌集である。栞文は井上法子、上田信治、錦見映理子。錦見は未来短歌会の先輩だから栞文を依頼するのはわかるが、井上は一面識もないのに依頼を受けたそうだ。ましてや上田は俳句の人である。次のような句がある。

うつくしさ上から下へ秋の雨  『リボン』

ゆつくりと金魚の口を出る小石

すひがらの今日の形へ西日差す

 井上法子は歌集『永遠でないほうの火』の歌評でも書いたが、現代詩と踵を接するような作風の若手歌人である。どうやら古川は伝統的な短歌の枠に収まるつもりはなく、現代詩や俳句と通底する何かを追究しているようだ。それは端的に言ってジャンルの違いを超えたポエジーではなかろうか。事実、本歌集には短歌以外に三行書きの詩も収録されているのである。歌集のタイトルは「花のある四月の窓のあかるさのようにきみに会いきみと別れ来」という歌から採られている。「窓」は古川の歌によく登場するアイテムで、キーワードのひとつかもしれない。古川の作風を最もよく示すのは次のような歌だろう。

降るものを予感と名づけ春昼を降りゆくものの影を見ている

春のひかり充ちれば重い荷のように流すよ笹の舟を浮かべて

その部屋に眺めておりぬ遠心のちからと止まらんとするちからとを

水滴はしのびて来るよ砂利道をふむつま先にしらじらとうろ

くるぶしを水の記憶に浸しつつ待つひとのいて橋しずかなり

 一首目、空から降るものと言えば雨か雪か光であるが、この歌からはどれなのかわからない。春昼はうららかな陽気を思わせるので日光かもしれない。それは「予感」と名付けられている。そして歌中の〈私〉が見ているのは降るものではなくその影だという。なぜ予感と名付けられているのか、なぜ〈私〉は実体ではなく影を見ていのかは明かされることがない。それはわざと伏せられている。

 二首目、春の光が充ちると重い荷物のようだという。ふつう春の光は喜ばしいものなのだが、作者には人に知られぬ鬱屈があるのだろうか。笹舟に乗せて流し雛のように流すという。三首目、まず「その部屋」がどこかわからない。ぐるぐると回転しているものを眺めているという。私が思い浮かべたのは独楽だが、それが正しいかどうかは歌の情報からはわからない。四首目、水滴が忍んで来るとは何だろう。またつま先にある空虚も何だかわからない。漂うのは不穏な気配である。五首目はもう少しわかる。小橋から足を垂らして水につけて、過去を回想しているのだろう。

 このように古川の歌には、何か言い足りないもの、言い忘れたものがある感が必ず付着している。言葉にしようとして言葉になり切れない何かがあるように感じられる。これはどうしてだろうか。

 古川の歌を次のような歌と較べてみよう。

夏至の日の夕餉をはりぬ魚の血にほのか汚るる皿をのこして  小池光

採血の終りしウサギが量感のほのぼのとして窓辺にありし  永田和宏

大ばさみのの刃との刃すれちがひしろたへの紙いまし断たれつ  栗木京子

 上に引いたような近代短歌のOSを使った歌と古川の歌の違いは、歌の「外部」の有無である。上の歌には意味の外部がない。三首とも言葉として表現された歌の内部のみで意味が完結している。たとえ短歌的喩の発条の作用によって、読んだ後に歌全体が何かの喩へと飛翔するとしても、その前段階においては意味の輪は閉じている。外から何かを補填しなくとも読む人はその意味を十全に理解することができる。しかるに古川の歌ではそうではない。ほとんどすべての歌に外部がある。意味が一首の中で完結していないために、言われていないもの、言い忘れたものが歌の外部にあるように感じられる。歌が一首の内部に留まっておらず、外部へと流出して触手を伸ばすような印象を受ける。これはいかなる骨法によるものだろうか。

 それはおそらく古川が短歌だけではなく、現代詩や俳句と通底するポエジーを探究していることと無関係ではあるまい。言うまでもなく現代詩や俳句では、すべてを言葉で表現するということをしない。現代詩では言葉を遠くへ飛ばすことによって、日常的な意味の連関を断ち切って新しい美を現出させようとする。また俳句はその極端な短さゆえにすべてを言葉で言うことができず、余白や余韻の占める比重が大きい。古川は同じようなことを短歌で目指しているのではなかろうかと思えるのである。

 テーマ批評的に目に付くのは「水」に関連する語彙の頻度が高いことである。

春を呼ぶ雨には違いなく細く長く垂れ来たような線なり

また雨にふりこめられてくらがりにみちるみずうみ 印刷室へ

降りつづくみずのゆくえを思うとき可能性とはさみしいことば

雨はいつ雨から水になるのだろう 名のないものにひとはなれない

いつだって遅れてやって来た人としてここにおりやわらかな雨

栗の実のあおく内攻するちから一号館に長く雨降る

 まだまだあるが実によく雨が降っている。藤原龍一郎の短歌の雨はハードボイルドのアイテムとして降っているが、古川の歌ではそうではない。どうやら雨は歌の〈私〉を包むように、降り込めるように降っているので、作者の世界の捉え方の癖のようなものかもしれない。

沈黙のなかに古びてゆくものへまあるく架かる屋根の空いろ

葡萄の実しずかに太る三校時 昇降口にならびおり靴

見えている色の世界がちがうこと 芙蓉の香つよくはみ出る花壇

ほろびゆくことばをいくつ集めては七月ゆれている姫女苑

日本語はやさしいことば そのあとはないという「さよなら」はなく

白き殻パチンと割ってくろがねにめだま焼く朝みつめられつつ

 立ち止まった歌を引いた。一首目は原爆ドームを詠んだ歌ではないかと思う。原爆ドームの丸屋根は骨組みだけになっているので青空が透けて見える。二首目は「昇降口」に引っ掛かったのでちょっと調べてみると、地方によっては学校で児童たちが上履きに履き替える校舎の入口を昇降口と呼ぶらしい。私は聞いたことがなかった。昇降口と言われると、貨物用エレベータの荷物を搬入する場所かと思ってしまう。三首目には「色のシミュレータを教えてもらった」という詞書がある。色のシミュレータとは、いろいろな視覚特性を持つ人に世界がどのように見えているかを再現してみせるソフトウェアだという。四首目と五首目は日本語についての歌。ヒメジョオンはハルジオンと並んでよく見かける花なのに、その呼び名で呼ぶ人は少ない。五首目はちょっと解説が必要だろう。フランス語やイタリア語には何種類かの別れの挨拶がある。フランス語でいちばんよく使われるのはAu revoir.(オールヴォアール)で、「また会う時まで」を意味する。これにたいしてAdieu. (アデュー)はもう二度と会うことのない人に言う言葉で、もともとはà dieu「神の手に」を意味する。引用した歌ではこのAdieu.に当たるような言葉は日本語にはないと言っているのである。六首目はいわゆる厨歌で、朝食に目玉焼きを作っている場面である。ここに引いた歌では歌の「外部」はなく、歌の内部のみで意味をとれるように作ってある。だから古川はこういう作り方もできるので、歌に「外部」を作るのは意図的な操作なのだろう。

 

そこのみに夏のひかりはあふれおり厨にふたつ残れる檸檬

こんなにも世界は音に満ちていてかばんのなかに散るロキソニン

あわあわと夕闇は落ち大陸の地図はどこかが燃えてる今日も

こんぺいとう ちいさき冬のかたちして放られているあかるさのなか

映写機の光を浴びて溶けだしたあなたとすこしまじり合う午後

目守られてわたくしもまた沈むだろう海の底いに閉づるまなぶた

たましいを引きあげる手の静けさで記憶以前の場所に燃える火

闇にたたずみ咲くさくらばなみつみつとそうだったあれはあらがう力

 

 印象に残った歌を引いた。どれもうつつのものをうつつとしては描いておらず、現実の中にふと夢が入り交じるように、実と虚、闇と光、存在と非在が反転して照らし合うような煌めきを放つ歌である。

 栞文で錦見は古川のことを、たぶん自分よりひと回り若い人だろうと推測するのみで、個人的なことは何も知らないと書いている。おそらく自分のことはあまり話さず、内省的でanonymityにいることを好む人なのだろう。あとがきに山梨県立文学館館長の三枝昻之と山梨歌人協会会長の三枝浩樹にいつも背中を押されていたとあり、集中に「いまはもう消えてしまった町の名を待ち合わせ場所としるす手子町」という歌があって、手子町は甲府市にあった町名だから、作者は山梨在住か山梨にゆかりのある人と思われる。また「救命講習」という連作の「〈たすけて〉の五十のくちが横たわる救命講習こだまする風」という歌と先の「昇降口」とを考え合わせると学校関係者かとも思う。とはいえ本歌集に実人生における〈私〉を思わせるものはほとんどなく、また歌の理想は詠み人知らずであることを思えば、余計な詮索というものだろう。

 

第295回 浦上和子『根府川』

西の方角かたへ一滴ひかるあれは海にひとかけらトパズのせゐて

浦上和子『根府川』

 西の方角を遠望すると、かなたにきらりと光るものがある。それは朝の光に輝く海である。しかし海はここから遠くにあり、丘陵が眺望を遮っているのでほんの少ししか見えない。しかし確かにあれは海である。そして手のひらを目の高さに上げて見ると、まるでトパーズの欠片を乗せているように見えるという歌と読んだ。トパーズを海の喩と捉えれば、この歌は近代短歌のコードで読むことができる。しかし次のような歌はどうだろう。

かくながくふかくつめたく落ちゆけるときの狭間へ充つ 鳥の歌

 冒頭の「かく」「ながく」「ふかく」「つめたく」と「く」で終わる言葉が二音・三音・三音・四音とだんだん長くなり、落下のイメージを形成している。これは短歌の技法ではない。また誰がどこに落ちているのか皆目わからない。また「落ちゆけるときの狭間」は、「落ちゆけるとき」という時間副詞なのか、それとも「落ちゆける」は「時」にかかる連体修飾節なのかも判然としない。仮に後者と取ると、落下のイメージから始まり、「時間の狭間」に落ちるという謎のようなイメージが続く。そして一字空けて「鳥の歌」である。これは近代短歌のコードで読める歌ではない。しかしこの歌には魅惑的なイメージがあり、一読して魅了される。これは詩の技法である。確かに作者は現代詩を書いている人なのだ。

 プロフィールによれば、浦上和子は1946年生まれ。1984年に『夢処分』という詩集を出しているので、最初は詩人として出発したのだろう。「桜狩」にしばらく所属し、その後二人誌『Orphée』を拠点として活動している。『根府川』は今年 (2020年)の11月に上梓された第一歌集である。帯文は版元の書肆侃侃房の社主で詩人の田島安江」。歌集題名の根府川は小田原市の南部を流れ駿河湾に注ぐ川だという。歌集は5章からなり、5年ごとに区切った逆編年体という珍しい構成になっている。

 歌集を一読して、久々に「非在の美」を詠う歌人に出会ったという想いを深くした。「非在の美」とは、今ここにないものに美を認める審美的態度であり、リアリズムの対極にある立場と言える。それは時に始原への憧憬に充ちたロマンチシズムの形を取ることもあり、またこの世は洞窟に映った影と断ずるプラトン主義へと傾斜することも、また観念と想像力が生み出す美を至上とする唯美主義へと到ることもある。「非在の美」の代表選手は言うまでもなく塚本邦雄である。

 しかし浦上の短歌の肌合いが塚本と大きく異なるのは、やはり浦上の出発点が現代詩であることが大きいように感じられる。たとえば次のような歌がある。

ほそくふかく陸へ切りこむいりうみの 告げうる刻はとうに過ぎたり

森閑と了りし人のにありて遠く熟れゐむ黒葡萄見ゆ

駝鳥の檻に鳥影なくて白昼のたまごのやうな雲うすみどり

 一首目、三句までは陸へと切り込む狭い湾のイメージが展開し、まるで序詞のように進むが、一字空けが断絶を生み、序詞が掛かる語がないため宙吊りになる。一字空けの後の下句はまったく関係なくある喪失感が詠われている。近代短歌の「問いと答の合わせ鏡」(永田和宏)の緊張関係はどこにもない。二首目、「森閑と了りし人」とは、ひっそりと亡くなった人という意味だろうか。歌中の〈私〉はその人のそばに居るのだが、どこか遠くで熟れている黒葡萄を脳裏に浮かべている。この歌でも上句と下句を繋ぐ糸が意図的にほぐされている。三首目、獣園のダチョウの檻だろうか。檻の中にはダチョウはおらず空っぽである。空には卵のような雲がかかっている。ダチョウと卵には縁語の関係はあるが、これも上句と下句の連接が緩く作られている。このような作歌法は意図的なものと考えられる。

 近代短歌の技法とどこがちがうのだろうか。それを収斂と拡散という言葉で捉えてみたい。佐伯裕子の『あした、また』の次の歌を見てみよう。

なお人を恋うるちからの残りいる秋と知るとき葡萄熟れゆく  

 初句から「知るとき」までが歌中の〈私〉の想い(叙情)で、結句が叙景である。近代短歌はこのように、一首の内部の叙情の部分と叙景の部分とが、互いを照応し合い緊密な関係を結ぶことによって意味的なまとまりを作りだしている。その根本は「収斂」であり「緊張」である。初句から始まる〈私〉の想いが高まりつつ「葡萄」という物へと反転し収斂してゆく。熟れた葡萄は豊かな秋の実りであり、豊穣の象徴でもある。読み終わった読者の脳裏には、色濃く熟れたブドウのイメージがくきやかに残り、その背後に身内に人を恋う力がまだ残っていたのを感じている〈私〉の想いが揺曳する。近代短歌のお手本のような作り方である。

 これに対して浦上の作歌法は、言葉をできるだけ遠くへと拡散するというものだと思われる。たとえば次の歌を見てみよう。

ひとを拒むそびらへ梢の翳ゆらし陽はかたぶけり 長きつかのま

 「ひとを拒む背」とは、何かを拒否して〈私〉に背中を向けている人がいるのだろうか。何をなぜ拒んでいるのかは明かされない。ただ硬い背中のイメージだけが残る。日が西に傾いて木の影がその背中にかかる。「長きつかのま」という語義矛盾の形容は、ほんの束の間が長く感じられたということだろう。その情景はなんとかイメージすることはできるが、イメージはちらちらと拡散するばかりで、明確な像を結ばない。このように言葉の意味的な連接をわざと緩めて、ひとつの意味に収斂することを避けて、言葉をなるべく遠くへ飛ばすのは現代詩と前衛俳句の手法である。読む人の脳裏では、束の間のイメージの煌めきが浮かんでは消え、そのあわいからポエジーが立ち上がる、そのような作りになっている。

 そのことは、一首の中でふと遠い何かと繋がるという歌が多いことがよく示しているだろう。上に引いた「森閑と」もそうなのだが次のような歌がある。

 

ここにあらざるこころの飛行ひぎょう冬麗の盆地の縁に立つ妣の家

春雲のむかう透けゆく飛機ありてふと召命といふ言の葉

錆噴けるアラジンにともす青き火よ頽れゆく街のこゑふと聴こゆ

金雀枝の黄零れゐる白昼をジャン・ジュネの欲望ぜつぼうあはくよぎれる

 

 一首目では心が安曇野の故郷に飛び亡き母の家を幻視する。二首目では薄雲のかなたに飛ぶ飛行機を見て神の呼び声を思う。三首目のアラジンは昔懐かしい灯油ストーブで、青い炎を見て遠くの廃市の声を聞く。四首目では初夏に咲く金雀児の花を見て、泥棒詩人ジュネに想いを馳せるという具合である。作者はこのように、一点に凝集し収斂する意味の核を追い求めるのではなく、想いを飛ばして遠くにあるものが共鳴し合い、かすかに呼応するところにポエジーを見出しているように思われる。その糸は細くとも美しい。

 もうひとつの特徴は歌に内包された物語性である。たとえばそれは次のような歌に濃厚に感じられる。

語るだらう見しらぬ島の水没を翡翠青玉失しし表情かほ

一閃となり墜ちゆける飛行士の脳ゆめみむ人著くまでを

こばこより溢るるリボンのきんいろの渦はうたへり在りし刻のま

よみがへる記憶懼るる兵士あり美しき記憶引き出しし夜を

 一首目の遠い島の水没、二首目の飛行士の墜落、三首目のリボンが歌う在りし日の歌、四首目の兵士の記憶は、それぞれどのような物語を隠しているのだろうか。これらの歌は一首で意味が完結することなく、まるでシェラザードの夜咄のように歌の外にある非在の物語へと読者を誘うのである。

父の遺品の水盤へさす月明かりたましひといぬ痕跡に似て

ほの昏き花舗ダフォディルこれきりに不在のものを去らむ汐どき

フランス組曲さはさは流れ花いろの夕光ながれ埒なくなりぬ

いのちの際のイソシギの目へ凝らしゐて霜天に満つというべきひぐれ

死者宛てに届きし絵葉書のピエタの上うつすら乱るる生者の指紋

伽羅匂ふエレヴェータに昇り訪ひし家族よあをき空蝉

ブーゲンヴィレア悼みのごとく垂れゐたりその扉までの階さざなみ

なんびととも分かてぬ死者の夜をあらふかそけく洗ふ冬の葡萄を

 付箋の付いた歌は数え切れないほどあり挙げると切りがない。また作者の言葉と文字への拘りは相当なもので、読んでいて幾度漢和辞典を引いたか知れないほどである。通常とは異なる読みのルビも多い。この言葉へのフェティシズムに近い執着もまた塚本と同質のものがある。とはいへそのような言葉へのフェティシズムは文語とともにすでに失われた文化であり、口語を使ってフラットな日常を詠う若い歌人の目から見れば、すでに歴史の彼方に消えたものかもしれない。そのような意味でも近年出会うことの少ないタイプの歌集と言えるだろう。本歌集を繙けば、作者の繰り出す言葉の海にしばし陶然となることはまちがいない。