第413回 佐々木朔『往信』

生きているものだけが病む明け方の運河は鴨とひかりをあつめ

 佐々木朔『往信』

 読み方は二句切れだろう。生きているものだけが病む、確かにその通りだ。死者は病むことがない。病むのは生きている証とも言える。この箴言は文脈から切り離されて、ポツンと独り言か呟きのように置かれている。三句以下は情景描写で、鴨の群れる運河に明け方の光が斜めに射している。二句目までと三句目以下の間をつなぐ橋がない。二句目までは時間と場所を持たない真理で、三句目以下にははっきりと時間と場所がある。こういう造りは想像力を刺激し、時には物語を起動する。歌の中の〈私〉は病室で近しい人の看病をしているのかもしれない。それならば二句目までは〈私〉の呟きか心の声で、三句目以下は病室の窓から見えた外の景色ということになる。もちろんこれが唯一の読みということはなく、一首全体は読みの未決定性の海を漂っている。それはたぶん作者が意識してのことだろう。

 佐々木朔は1992年生まれの歌人で、早稲田短歌会を経て「羽と根」同人。『往信』は今年(2025年)刊行された著者第一歌集である。SF作家の飛浩隆が一篇の詩のような帯文を寄せている。栞文は榊原紘、川野芽生、平岡直子。『短歌研究』11月/12月合併号の座談会「短歌ブーム、拡大と深化」の最後で、石川美南と郡司和斗の二人が本歌集を今年注目した歌集として挙げている。中身を見て行こう。

坂沿いののぼりに一つずつふれる 祭りのあとの寺へとすすむ

忘れそうになって線路をたどるときどこからか川の音がきこえる

あけがたのベッドの上から生活をよこぎってゆく蜘蛛をながめる

ほんとうに山下町は山の下 ゆっくり過ぎてゆくでかい犬

7億円がここで出たって書いてある 7億はやばくない? 7億は

 文体はゆるやかな定型意識による口語短歌で、現代文章語の口語よりも会話体に近い。体言止めを除けば結句に動詞の終止形(ル形)終わりが多い。それによって浮上するのは作中の〈私〉の〈今〉と、今を生きる意識である。文語の助動詞を用いた豊富な過去表現から遠ざかるのが現代の若手歌人の特徴のひとつで、佐々木もその例外ではない。過去の陰影を纏わない短歌は、フラットな〈今〉の表現に重心がかかる。

 もうひとつの特徴は、近現代短歌によく見られる「問と答の合わせ鏡」(by永田和宏)の構造がなく、俳句で言う一物仕立てのように作られていることだ。典型的なのは三首目で、一首の中に意味の切れがなく、どこまでも伸びる県道のようにずっと続いている。四首目には意味の切れがあり、それを強調するように一字空けされているが、上句の個人的な感想と下句の情景の間には、合わせ鏡のようにお互いを照射し反射し合うような緊張感はなく、ただ置かれているだけに見える。このような意味で佐々木の短歌は、現代の短歌シーンに広くみられるフラットな今を生きる等身大の〈私〉の歌のように見える。

 しかし次のような歌に接するとそのような感想は裏切られる。

香水に触れた指からにおいたつ記憶の煉瓦造りの街区

こころにさかえた遺跡をうみにしずませてだれもが去ってから会いに来た

とびっきりのポストカードを手放してそれからのたいくつな日のこと

わたしは本ヤークニーガと言いまちがえてはるかなる国の図書館にしまわれる

ペンギンのかき氷器が置いてあるほかにはなにもない海の家

 これらの歌には詩の欠片がある。それは短詩型文学の性質上、十分には展開されてはいないものの、想像力という水をかけてやると大きく育つ詩の欠片である。たとえば一首目、匂いが記憶を呼び覚ますのは『失われた時を求めて』以来の定番だが、この歌で呼び覚まされるのは煉瓦造りの街並みだ。それは外国の町のようにも、また子供の頃に童話で読んだ町のようにも見え、何かの物語が動き出す。すでに物語になっているのが四首目で、ロシア語で「私は本」と言い間違えたために、私は本になって外つ国の図書館の書架に並ぶという。五首目の夏の空虚の背後にも何かの物語が隠されているように感じられる。

 このような佐々木の作る短歌の特性として挙げることができるのは、一首単位で詩の欠片を内包しているために、連作の体裁をとってはいるものの、連作としての主題の連続性が希薄で、一首ごとにポツンと立っている街路樹のようである。どの歌をとっても、隣の歌との間に意味を呼び合う橋が架かっていない。

 また先に「問と答の合わせ鏡」の構造がないと指摘したが、それはとりもなおさず一首で詩の欠片を立ち上げるという佐々木の力業によるものである。このような作り方に近いのはと探してみると、たとえば小林久美子の名が頭に浮かぶ。佐藤弓生にもそういう香りのする歌がある。

こちらは雪になっているのを知らぬままひかりを放つ遠雷あなた

                  小林久美子『恋愛譜』

手ぶくろをはずすとはがき冷えていてどこかにあるはずの薄い街

                    佐藤弓生『薄い街』

 境涯を詠うことを主にする歌人を「人生派」、言葉によって美意識に叶う世界を創り上げる歌人を「コトバ派」と呼んでいるが、こういう作風の人はどちらにも分類できない。あえて名付けるならば「ポエジー派」とでも呼べるだろうか。このような作風の歌人も現代短歌の重要な一角を占めていることを忘れてはならないだろう。

花の名を教えるひとと聞くひとのそれぞれにそれぞれの花園

はつなつのひたすら青い青空と骨組みだけのスケートリンク

死ななくてよかった登場人物がしぬとき映画にふる小糠雨

きみの本のページを繰れば唐突な死語がうるわしい夕まぐれ

扉のまえでくちづけをして押しあけてそのまま夏のみどりのなかへ

関係を名づければもうぼくたちの手からこぼれてゆく鳳仙花

映画づくりに賭けてたひとの泣き顔をすこしだけ思いだす終電車

 特に心に残った歌を挙げた。どの歌にも詩の欠片があり、何かの物語が立ち上がるように感じられる。特に好きなのは四首目「扉のまえで」で、まるでSF小説かファンタジー小説のようだ。帯にSF作家から帯文をもらっているので、ひょっとしたら作者はSF小説の愛好家かもしれない。そういえばハインラインの『夏への扉』というSFの名作小説があった。佐々木の短歌は下句に特徴があって、読んでいると足がもつれそうになる句跨がりと字余りがある。

 最後に歌集題名の『往信』だが、この単語は返信と対になっていて、誰かに送る手紙を意味する。佐々木はこの歌集全体を誰かに送り届ける言葉として編んだものと思われる。王朝時代には和歌はコミュニケーションの手段で、お互いに歌を送り合ったものだが、短歌からそのような機能が失われて久しい。佐々木が世に送り出した往信に返信があることはないが、そのことは作者がいちばんよく心得ていることだろう。

 

第412回 種市友紀子『蓮の島』

つぎつぎに窓閉ざさるるゆふぐれの窓のひとつに鳥の歌きこゆ

種市友紀子『蓮の島』

 街は夕暮れを迎え、それまで開いていた窓が閉じられてゆく。窓が開いていたのだから、爽やかな時候でたとえは初夏などか。昔なら豆腐屋のラッパの音が遠くに聞こえる時刻だ。そんな窓のひとつから鳥の歌が聞こえてくるという。問題はこの鳥の歌である。鳥籠で飼われている本物の鳥のさえずりかもしれない。フランス語では鳥の鳴く声をle chant des oiseaux「鳥の歌声」と表現する。カタルーニァ民謡に同じ題名の歌がある。だとすればレコードかCDから流れる歌か。クレマン・ジュャヌカンにも同じ題名の曲がある。はたまた杉田かおるが昔歌った歌もある。ならば部屋の中にいる人の鼻歌かもしれない。ここに大きな未決定が潜んでいるのだが、その未決定は歌意を曲げるほどではない。灯ともし頃に小さな音で心地よい音楽が聞こえてくるという点が大事だ。上句の「つぎつぎに窓閉ざさるる」によって夕方の時間の経過が表現されていることもポイントだろう。

 種市友紀子は1979年生まれの歌人である。大学生のときに水原紫苑の「文藝演習」を受講したのがきっかけで作歌を開始し、早稲田短歌会に入会したという。その後、「笛の会」に所属し藤井常世の薫陶を受ける。『pool』『まいだーん』にも参加している。『蓮の島』は第一歌集で、作歌を始めてから26年目ということだ。版元は本阿弥書店、装幀は花山周子、水原紫苑が帯文を寄せている。歌集題名は船に乗って手賀沼の蓮を見た体験から採られている。

 歌集の冒頭付近から何首か引いてみよう。

鉄塔はさみしく空を区切りつつまた鉄塔とつながる緑地

存分に待ちうる時を贅沢として無花果の実は重りゆく

今日以外なべて昨日に埋もるるなづきに氷ひとかけら落つ

扉から漏るる光のまぶしさにそびらより入る未知なる部屋へ

生まるれば帰るすべなき戸惑ひに赤子は泣きぬ声しぼりつつ

 文体は旧仮名遣による文語(古語)定型が基本。作風は情景や事物の描写のおちこちに感情の水脈が走ると言えるか。たとえば一首目、高圧線を支える鉄塔を詠んでいる。鉄塔一基だと青空を背景に淋しくポツンと立っているように見えるが、電線の先を辿ると別の鉄塔に繋がっている。それはまるで人間の有り様だと作者の呟く声が聞こえる。二首目は時間の嵩と重さを詠んだ歌。無花果が重く実るためには長い時間を待たなくてはならない。待つことに費やす時間は無意味ではない。三首目、私たちは〈今〉という時を生きているので、それ以外は昨日という名の過去に埋没する。四首目、光溢れる未知の部屋に入るのには勇気が要る。だから背中でドアを押しながら入るという。何かの喩とも読める歌である。五首目、赤ん坊はこの世に生まれればもう帰る所はない。赤子が泣くのはそのせいだという。師の藤井常世に「血によりてれたるものよきよきゆゑ修羅のはじめの声あげむとす」という歌がある。

 情景描写の中に感情の水脈が走るという作風は、師の藤井に学んだものかもしれない。

よじれつつのぼる心のかたちかと見るまに消えし一羽の雲雀

                 藤井常世『紫苑幻野』

咲き急ぎ散り急ぐ花を見てあればあやまちすらもひたすらなりし

抱きゐる闇ふかきゆゑ枇杷の木もわれもひそけき花保つべし

                     『草のたてがみ』

 藤井の歌を読むと言葉の陰に隠れた感情の濃密さが感じられ、ここにあるのは単なる言葉としての言葉ではないとも思われる。種市の短歌も写実としての情景描写ではなく、言葉の背後に何らかの強い感情や深い想いを隠しているようだ。それはとりわけ次のような歌に感じられる。

子が唄ふ〈ロンドン橋〉はくりかへし架けては落つるまぼろしの橋

結び目と思ふ記憶はほどかれてその人となる古木こぼくの木瘤

巻くものの何も見えねば自らを縛りて空を泳ぐ藤蔓

折れ曲がる光のために誰も彼も胸にひとつの虚像やしなふ

行く先をあへて思はずいまここに桜並木の終はりの暗渠

 一首目、「ロンドン橋は落ちた」(London bridge is broken down)はマザー・グースの童謡。唄われる度ごとに橋が落ちるというのは、現実と幻想の皮膜に架かる虹のごときものか。二首目は「狂言『萩大名』に寄す」と題された連作中の一首。三首目、藤蔓は藤棚や他の木に巻きついて育つが、ここにある藤は巻きつくものがない。まるで自分自身を縛っているかのようだという歌。藤を眺める目に強い感情が感じられる。四首目は逃げ水を詠んだ歌。夏の暑い盛りに見られる逃げ水は、地表の熱によって空気の層ができて光が屈折するために起きる。それを私たちが持ちやすい虚の思念に喩えた歌である。五首目の桜並木と暗渠は人生の喩にちがいない。これらの歌に用いられている言葉はまるで感情の磁力を帯びているかのようだ。

 その想いの向けられる先はさまざまであるが、いつも立ち返るのは人の生である。 

フラスコの中の泡なる一生と思ふ誰が手に揺るるフラスコ

刑期とも思ひ恩寵とも思ふ湯より鼻腔を出してしばらく

誰も彼も死を逃れえずゆるやかにボールは止まる泥水のなか

始まりも終はりもしらぬ芝居なり花房の下をひとはくぐりぬ

 人の生がフラスコの泡ならば、そのフラスコを振るのは誰か。今ここに生きているのは刑務所で刑期を勤めているとも、神から与えられた恩寵とも感じられる。ころがるボールがやがて止まるように、人の生の果てには死が待っている。人の生は始まりも終わりもわからない芝居のようだ。私たちはみな有限の生を生きているという冷厳な事実に思いを致すとき、パスカルの深淵に飲み込まれそうな思いがする。

 本歌集の中には職場詠や家族詠も収められているが、子を詠んだ歌に惹かれるものがある。

海ならむ空ならむ子はいちまいの布を両端より持ちあげて

みづからの影に手を振るをさなごに影はやさしく慕はしく添ふ

ぶらんこを漕ぐ足先は生まれくるまへの時間に触れて戻りつ

蝶ひとひ籠に閉ぢこめ弱りたるゆふべに放つ円環に子は

 布を広げて一人遊びに興じる子や、地面に落ちた自分の影に手を振る子を見る眼差しは温かい。とはいうものの子供可愛い短歌には陥っておらず、ブランコを漕ぐ子供の足先に時間の始原を感じたり、籠の蝶を空に放つ子にエリアーデ風の円環を感じる眼差しはユニークだ。

いくたびも錨をおろす夜の船に記憶の岸はがれていたり

それぞれの宿世は奪ふべくもなくあさゆふの鳥の声高くして

亡き人のことばを胸に降りるたび坂はうしろに燃えゆくリボン

音よりも音の置かれぬ空間の広さを思ひ、春、Solo Monkソロモンク

永遠に跳ぶ縄跳びの中にして蝶となりたる一瞬ありき

今日といふさやかなる日を投げ入れて記憶の川のひかり揺れをり

 心に残った歌を引いた。四首目のMonkはジャズ・ピアニストのセロニアス・モンク。音楽は時間の芸術だが、同時に空間の芸術でもある。五首目に詠まれた子供が縄跳びをする様子は歌人の想像力を刺激するようだ。塚本邦雄の「少女死するまで炎天の縄跳びのみづからの圓驅けぬけられぬ」という歌が思い出される。ただしここでは少女は蝶に変身する。六首目は巻末に一首だけ離して置かれた歌。作者の今の想いを詠んだ歌だろう。

 最後に余談になるが、国文学者にして詩人の藤井貞和が藤井常世の弟であることを初めて知った。ここにも折口信夫の系譜が続いていることになる。

第411回 第71回角川短歌賞(2025年)

 今年の角川短歌賞の選考結果が角川『短歌』11月号に掲載された。短歌賞の受賞は船田愛子の「雪の影」であった。船田は2004年生まれで京大短歌会所属。昨年の角川短歌賞では藤島花の筆名で応募した「花を抱えて」で佳作に選ばれている。今回は本名に戻しての受賞である。

欄干に羽をたためる白鷺の像あり首に雪の積もりぬ

中庭の白木蓮に寄るひとに花芽の影の淡くうつりぬ

記憶という湖に手を浸さんとすれば魚の黒きかげ見ゆ

寛解と完治のあわい わが骨の髄に残火のごときはあらん

わが臓器をわれが捕らうることのなし薔薇窓に夕微光さしこむ

 選考委員のうち坂井修一と藪内亮輔が5点、中川佐和子が2点を入れている。藪内は、大病に罹った経験と医学人としての覚悟が上手く噛み合っていて、迫力もあり隙がないと評し、坂井は完成度が高く、難の無さで言うとこの一連が強いと推している。中川は、視線が透徹した冷めた感じがあり、また叙情的なところもあると控え目に述べている。一方、松平盟子は、評価しないのではなく、上手すぎるから点を入れなかったので、新人賞はどこか破綻があってもいいと意見している。

 上に引いた四首目を見ると、作者は過去に骨髄に関わる病気を患い、現在は寛解の状態にあるらしい。関西の医科大学に通って勉学中なので、患者の視点と医学生の視点とが両立しているのも特色だろう。

 若い歌人には珍しく新仮名遣いながら文語定型で、歌のレベルがとても高く揃っている。とりわけ三首目の「手を浸さんとすれば」という語法などを見ると、短歌の骨法をよく理解していることが知れる。また詠まれているものの大方は、微かな気づきやはかなく過ぎ行く事柄で、短歌という詩型の生理によく合っている。例年の短歌賞の選考座談会では、どの作品に賞を与えるかで激論が交わされることもあるが、今回は拍子抜けするほどあっさりと船田の作品に決まっている。2012年の第58回では、現在は選考委員を務めている藪内の「花と雨」が満票で受賞してみんなを驚かせた。これほどすんなり受賞作が決まるのはその時以来ではなかろうか。

 次席に選ばれたのは千代田らんぷの「待ち合わせ」である。

雨傘は雨に出会って雨傘になりその後は雨を弾いた

生きている動物たちに生きている私を見せに行く動物園

クレープの巻紙少しずつ千切る今日を忘れる練習として

相槌を打ちやすいよう美容師に架空の船の架空の航路

私のち私の空の下にいてレインコートの重さごと行く

 作者の千代田は1985年生まれで所属なし。昨年の角川短歌賞では「雨宿り」で佳作に選ばれている。藪内が4点を入れ高評価で、松平が2点を入れている。藪内は「何を前景として見せて何を後景とさせるかというところを操作して、認知のすり替え、ずらしを行っている」と述べ、松平は、最初この作品に5点を入れていたと明かす。ひとつのイメージの喚起力が非常に鮮やかで、ギリギリの危ういサーカスみたいにうまい形で結句につないでいると評している。

 千代田の短歌の特色はユニークな視点と、それを表現するための屈折した語法だろう。たとえば一首目、雨傘は雨が降って初めて雨傘になるという。売り場でも雨傘と日傘は区別して売られているので、屁理屈と言えば屁理屈だがその視点がおもしろい。二首目は視線の相互性を詠んだ歌で、見る者は同時に見られる者でもあるという気づき。五首目の「私のち私」など不思議な表現も目立つ。短歌賞の船田が近現代短歌の王道だとすれば、千代田の短歌は変化球のナックルボールというところか。

 佳作は伊藤汰玖の「ノット・オーバー」が選ばれた。伊藤は1982年生まれで「かばん」所属の歌人である。

連日の疲れがにじむ朝礼を「ご安全に」の唱和で締める

真上から怒声が降れば母国語で小さく愚痴る若い作業者

雨のなか薄れる街の輪郭と少し濃くなる街の体臭

夜光する繁華街では暫定の更地に闇が仮置きされる

明け方の道玄坂で魔改造キックボードが鴉を散らす

 松平が一人5点を入れ、渋谷を見る眼差しが現代の一面をよく表していて、その中で駒として働く人間のリアルが感じられると評している。これにたいして中川は、いい歌と表現としてこれはどうなんだろうという歌が混じっていて、渋谷の移り変わりを追い過ぎていると感想を漏らしている。 

 今回の受賞者の中では最も主題性が強く、歌の〈私〉の境涯が見える作品だろう。〈私〉は工事現場で働く作業員で、舞台は世紀の大改造が進行中の渋谷である。古いビルは解体されて更地となり、作業員の中には異国の言語を話す人も少なくないことが描かれていてリアルさはある。

 伊藤は2022年の第68回角川短歌賞でも「ショートスリーパーズ」で佳作に選ばれている。この作品では「誰を待つドン・キホーテの水槽の青い光に滲む少女は」、「内臓の何処かに積もる白砂が不意に欲しがる一杯の水」のように、作中主体も場面も不透明な歌が多かったが、今回の応募作ではそれがくっきりと見えるものとなっている。しかし都市の描き方がやや類型的かもしれないと感じる。

 もう一人の佳作は大津穂波の「次の季節」である。大津は1998年生まれで所属なしとある。

札勘の上手さで勤続年数が分かってしまう四年目の春

公用車数台多く停まりおり監事監査の朝の清しさ

シヤチハタのインクを補充するようにウイダーゼリー一息に飲む

またひとり同期が辞めて使わなくなってしまったLINEグループ

見慣れぬ駅を見慣れた駅にする時間きみと別れてからの車窓は

 中川が5点を入れている。中川は比喩や詩情の豊かさが微妙な心理につながっていて一位に推したと述べている。藪内は歌の決め方をよくわかっている人だとしながらも、エッセイや漫画でなく短歌の言葉である必然性があるのかと問うている。

 札勘はおそらく金融関係の現場用語でお札を数えることなので、作者は銀行か信用金庫に勤務しており、入社4年目を迎えているのだろう。転職する同僚もいるが、本人はそこまで踏み切れず勤め続けているという心の揺れが詠まれている。

 大津は京大短歌会のOGで、会誌『京大短歌』25号(2019年)に初めてその名が見える。26号に次のような歌を出詠している。しっとりとした抒情的な歌で、作者はこういう引き出しも持っていることがわかる。

何も手につかない昼の片隅に転がしている紙の風船

ティーバッグ引き上げるとき朝焼けのしずくこぼして鴫飛び立てり

 今回の短歌賞の応募は昨年よりやや少ないながら708篇あったという。内訳を見ると、20代が151名でいちばん多い。短歌や俳句という短詩型文学は高齢になっても続けることができるが、青春の輝きを詠んだ歌はその時にしか作れない。若い人たちに短歌が広まっていることは喜ばしい。

 

 

 

 

第410回 穂崎円『オメラスへ行く』

死にたいと殺してやるの境目に差し込みひらくうつくしい傘

 穂崎円『オメラスへ行く』

 作者の穂崎円ほさきまどかは1981年生まれ。2012年頃から作歌を始めたとプロフィールにある。2019年に第30回歌壇賞候補、2019年に第1回笹井宏之賞の最終選考候補、今年 (2025年) 第68回短歌研究新人賞の最終選考を通過している。掲出歌は笹井宏之賞に応募した連作「くりかえし落日」の中の一首である。

 『オメラスへ行く』は今年 (2025年)の9月に刊行されたばかりの著者第一歌集で、佐藤弓生、東直子、岩川ありさが栞文を寄せている。岩川は早稲田大学教授で、現代日本文学、フェミニズム、クィアやトラウマ研究の専門家ということだ。歌集題名の「オメラス」とは、SF作家のアーシュラ・ル=グインの短編『オメラスから歩み去る人々』から採られている。架空の世界オメラスはみんなが幸福に暮らす場所だが、その安寧は一人の子供の不幸の上に成り立っているという設定の思考実験的デストピア小説である。小説ではオメラスから人が出て行くのだが、歌集題名ではオメラスに行くと方向性が逆になっている。そこに何かの著者の意図があるのだろう。

 余談になるが、アーシュラ・ル=グインの父親は人類学者のアルフレッド・クローバーで、母親シオドーラは『イシ ─ 北米最後のインディアン』を著した文化人類学者という家系である。ル=グインのSFに異世界構築型の小説が多いのは両親の影響だろう。

 著者の穂崎について私は何も知らないが、巻末のプロフィールに、BL短歌合同誌「共有結晶」vol.2-4編集部と、二次創作短歌非公式ガイドブック主催とある。BLとはboys’ loveの略で、男性同士の同性愛を扱った小説やコミックスに使われる用語で、BL短歌とはその短歌版である。また「二次創作」とはコミックスやアニメの登場人物を素材として自由に創作することをいい、コミケ(コミック・マーケット)に多く出品されている。また収録された短歌の初出を見ると、SFウェブマガジンなどが含まれており、サブカルチャーの世界と親和性の強い人物と見受けられる。『ヴァーチャル・リアリティー・ボックス』と題された私家版の歌集もあるようで、SFの世界とも通じているらしい。

ないことになるはずはなく薄明ににごった水の匂いがのぼる

死んでのち行く場所のこと まだ何の証も持たぬ査証ビザ欄の白

生きものは重たいにおい。雨の夜に捲り続けたグレッグ・イーガン

パスポート開いたままで押し出して許されるまでの霧の湖

光へと指紋をひたしながら待ついつか遺跡に変わる空港

 巻頭の「オデッセイ」と題された連作から引いた。三首目のグレッグ・イーガンはオーストラリアの覆面SF小説家。『しあわせの理由』、『ディアスポラ』などが邦訳されている。穂崎はあとがきで、「短歌をつくることは『本当のことを』『ありのままに』書くべきだ、それは誰にでも障害なくできることのはずだという要請・見解への苛立ち」を綴っている。生活実感と写生という近現代短歌の王道を真っ向から否定しているわけだ。ではそれに代わる作歌の手法として穂崎がめめざすものは何かというと、それは詩や小説などと同じ位相の創作としての短歌だと思われる。想像力を解き放って、ル=グインのように私たちが生きている現実とは異なる世界を創り上げること。連作「オデッセイ」では古代ギリシアの物語が枠組として利用されていて、テーマは「果てしない旅」である。査証、パスポート、空港などのキーワードからそれが読み取れる。このような作歌姿勢をとる作者の短歌を読むときには、歌の中に作者の生活の断片や、作者が投影された〈私〉を探すのは無意味だ。言葉の作り出す異世界に身を委ねるしかない。

 とはいえ短歌は抒情詩なので、どうしても歌の基底に何らかの感情が流れるのを避けることができない。また歌に使われた語彙から作者の心の傾きを感じ取ることもできる。そのような感情のベースラインを読み取ると、いくつかのキーワードが得られる。その一つは「喪失」である。

トランクを開ければすでに干上がってもう語られぬ係累たちよ

Longとはつまり一生、と気が付いてそれからずっと白夜のなかを

はじいても音を立てないプロフ写真砕かれていく暗い雑踏

生きるためのまぼろしをもう信じないまた起動するスクリーンセーバー

 二首目の詞書きに添えられたLong Covidとは、新型コロナウイルスに罹患した後に長く残る後遺症のこと。四首目のスクリーンセーバーをもう知らない人もいるだろう。パソコンのモニターがブラウン管だった頃に、画面の焼き付きを防止するために流す画像のことで、私は空飛ぶトースターを使っていた。これらの歌に通底するのは何かを失ったという感覚である。ゲームやアニメの世界では核戦争で荒廃した世界などが舞台になることがよくあるので、そんな設定と関係しているのかもしれない。

 もう一つよく出くわすテーマは「死」である。

くりかえし死ぬ狼の疾走を硝子をへだてて雨などと呼ぶ

キューブラー・ロスの受容は五段階ここは踊り場のような明るさ

まだ死ぬと知らない頃の君の声どの声の君も死ぬって知らない

うたふとき口腔暗く光りたりいかな死者にも翼のなくて

 二首目のキューブラー・ロスは精神科医で、人が死を告げられたときにそれを受け入れるのには五つの段階を踏むと提唱したことで知られる。歌の中の「ここ」は私たちが生きている今・ここである。何人も生の果てには死が待っている。現在はロスの五段階のどの段階かと問うているのだ。三首目には物故した歌手のアルバムを聴いているという背景がある。このように繰り返し現れる主題を通じて、作者の心がどこに向かって傾いているかを感じ取ることができる。言葉を使う以上、それは避けられずどこかに着いて来るものだ。

 集中には音楽のライブを詠んだ歌や、アイルランドの文化や音楽に想を得た歌もあるのだが、ちょっと不思議なのは「カタコンベの魔女」と題された連作である。

被災地に行きて目視で数へよと長(おさ)は言ひきと遠風にこゑ

表下にアステリスクの付記増えぬ─調査時点、地震なゐ、津波、死者

死者達の数の寄せくる気配して紙の真白をしばし恐れつ

 東日本大震災を背景とした連作だと思われる。ここでは旧仮名が使われているが、それは著者によると異なる「声」を持つためだという。歌の中の〈私〉はどうやら震災対策本部のような部署で、震災で亡くなった人のリストと統計を作成する仕事をしているらしい。短歌は創作という立場をとる作者だが、現実の共鳴はいやおうなく伝わって来るということか。

それぞれに悲鳴を上げる方法は異なっていて静かな水面

書棚にも水際のありてあふるれば鳥野辺のごと積まれ行くのみ

差し出せば両のてのひら湿らせる死者の名前のごとく流水

折れ曲がる自分の影に囲まれてヴァイオリン弾きが弾く変拍子

海馬という無性の馬を曳きながらひたすらに行く霧雨のなか

海よりも遠い記憶を懐かしみひとは左右に耳たぶひらく

花びらは音もたてずにひび割れて終わらない神さまの金継ぎ

美しい古代神話のように見るWikipedia・ブラキストン線の項

 特に心に残った歌を引いた。最後の歌のブラキストン線とは、本州と北海道の間にある生物境界線のこと。二首目は大いに共感した歌だ。書棚の水際とは、本が置かれた場所とまだ置かれていない場所の境目だろう。本が増えると水際はどんどん後退する。やがて置く場所がなくなり、本は床に山積みされることになる。愛書家なら誰もが知っていることだが、本は背表紙が読めて、すぐ取り出せるように書架に縦に並んでいないといけない。横向きに山積みされた本はやがて死ぬ。本にも生命というものがある。歌の中の「鳥野辺」が平安京以来死者の遺骸を風葬していた場所をさすのなら、「鳥辺野」が正しいのではなかろうか。「ヴァイオリン弾きが弾く変拍子」の増音破調や、「終わらない神 / さまの金継ぎ」の句割れ・句跨がりなど韻律に関わる修辞もうまく処理されている。

 一風変わったテイストを持つ歌集で、現在の短歌シーンでは伝統的な写生・写実によらない歌風を持つ作者が増えていることを感じさせる。

 

 


 

第409回 上川涼子『水と自由』

ながくひかりを吸つてこころはうつろふとしてピンホールカメラにのこる冬の市

上川涼子『水と自由』

 大幅に字余りの歌で全部で38音節ある。おまけに句の意味の係り方がよくわからない。「ながくひかりを吸つて」はピンホールカメラに繋がるのだろう。ピンホールカメラは露光時間が長いからだ。カメラには冬の市の風景が上下逆さまに写されている。しかし途中に挟まれた「こころはうつろふとして」が行き所なく漂流する。いったい誰の心なのか、ピンホールカメラとどんな関係があるのか、また連語的接続助詞の「として」が何と何を結ぶのかも不明である。この句はあたかも独り言か心内語でもあるかのように歌の中を浮遊する。これは景物を視覚的に描く伝統的な短歌の作法ではない。しかし「ひかり」と「うつろうこころ」と「冬の市」がゆるやかに結びつけられて、言葉は詩的浮揚を果たし、そこに清新な詩情が生まれている。はたして作者は短歌に手を染める前に詩を書いていたというからむべなるかなと言えよう。

 作者の上川涼子は1988年生まれで、未来短歌会所属、短歌同人誌「波長」同人。『水と自由』は第一歌集で版元は現代短歌社。詩人・小説家の小池昌代、詩人の石松佳、歌人の菅原百合絵が栞文を書いている。この人選にも作者の立ち位置が現れているようだ。

 歌集題名にも含まれているが、本歌集は「水の歌集」である。水を詠んだ歌がたくさん収められている。いくつか引いてみよう。

(サイン・コサイン)(サイン・コサイン)わづかなる波紋は雨にみひらきて消ゆ

如雨露よりみづ降らせをり降るみづは鳥の喉ほどやはらかく反る

カミツレの石鹸をうすく湿らせてみづは春へと流れゆくべし

水鳥のかばねは昏くまろやかにみづに研がれし石のごとしも

水の肌くぐりて水の影うごく光の視力届くかぎりを

 一首目の(サイン・コサイン)は、水面に重なりながら拡がる波紋を正弦波に喩えたものかと思う。「雨にみひらきて」に目を開く喩があるので二重の喩となっている。二首目は庭の植物に撒水している場面を詠んだ歌で、今度は如雨露の水である。集中に「放尿の抛物線のごとく昏れ犬につづいてゆく人の影」という歌があり、作者は物が描く曲線に関心があるようだ。三首目は浴室の歌。「カミツレ」はカモミーユとも呼ばれるハーブの一種。香りか高くハープティーにも用いる。浴室から流れ出す水の行方は春である。四首目の「ごとしも」は昨今あまり使わなくなった表現だが、水鳥の屍骸を川の流れで丸くなった石に喩えた歌。五首目はいちばん作者らしい歌で、水の中を水の影が動くと表現するところがおもしろい。

 あとがきに「水は一日をとおして色を転じながら、しかし闇を湛えても透明です。そのように澄んだ眼で、あるいは文体で、一切を見透すことができたら、と水のめぐりに思います」と書かれており、水の清澄と透明にひとかたならぬ憧憬を覚えていることが知れる。また次の一種が印象に残る。

景物はぬれて映れりみづうすく張りてひらける人の眼に

 この水は目の角膜の表面を覆っている涙である。人の目はいつも濡れていて、私たちは涙を通して現実を見ているということにはっと気づかされる。

 一巻を読んでいて注目されるのは作者の繊細な感性である。

音の名で楽譜を歌う直截は手をつなぐときの骨の直截

はつあきの産毛にふれてゐるごとし夜半ふかく動く大気を聴きて

活版が紙をりたる稜を撫でいまゆつくりと詩行へと入る

淡き輻を風に吹きゆくたんぽぽに風の面もわづか崩れき

釘の上に帽子を掛けて夜がふつと近くなるふつとやはらかになる

 一首目、楽譜に書かれた音符を歌詞ではなくドレミで歌うと、音楽により近く触れる気がする。それを手をつないで感じる人の骨との触れ合いに喩えている。二首目、秋の夜更けに感じた空気の動きが産毛に触れるようだというのは見た覚えのない喩。三首目、活版印刷の本のページには活字を押した窪みがある。それを指先で愛しんでから詩の世界に足を踏み入れるという美しい所作。四首目、蒲公英の花弁を自転車のスポークに喩えており、そこに吹く風はその抵抗で少し向きを変えるという微細な描写だ。五首目もおもしろい。帽子掛けに帽子を掛ける。すると夜が近く感じられるという。いずれも物との触れ合いを繊細な感覚で捉えている。

 次に引く歌にはどれにも詩的飛躍があり、読んでいてとても楽しい。

月、そしてそこから冷えてゆく音叉 ひかりにみちて鳴ることもなし

指をぬらして傘を結はふるひとときの透明な透明な都市の花束

飛来地に立つのは素足 ベランダにこの世のどこかから夜が来る

蠟梅や モジュラーシンセサイザーの回路にめぐり逢ふ0と1

冷えびえと床にビー玉散りみだれ乱り尾をひく孔雀見ゆ、見る

 月と音叉、ビニール傘と花束、渡り鳥の飛来地とベランダ、蠟梅とモジュラーシンセサイザー、ビー玉と孔雀の間に詩的飛躍があり、これらの歌を読むとき、私たちの脳内シナプスの接続がふだんは使わない形に組み替えられる思いがする。それが詩や短歌や俳句を読むときに私たちが感じる根源的体験に他ならない。

豹のを模る蓋の重さにて壜のなかなる香気うごかず

いちまいの羽根、放たれてしばしのち時の錘りに鎮むまで見つ

釣り糸にとほくつながる食卓にペスカトーレの海老はすはだか

同じ川に二度は入れず真鍮のちひさき把手ノブを引きてもどれり

春雷にしたがひ暗き帆を立つるグランドピアノに影ゆきわたる

水平線のあたりしづかに足折りて瞑るけものよ貿易船よ

 集中のあちこちに散りばめられた貴石のようなこれらの歌を、川中の飛び石を渡るように楽しみながら読んだ。四首目の「同じ川に二度は入れず」という言葉を残したのは「万物は流転す」(パンタレイ)のヘラクレイトス。充実の一巻と言えよう。

       *        *        *

 元大阪大学学長で哲学者の鷲田清一氏が、朝日新聞の朝刊に「折々のことば」というコラムを連載している。2025年10月3日の朝刊に那須耕介さんの本の一節が取りあげられた。那須さんは大学の私の同僚で法哲学者だったが、病を得て若くして泉下の人となった。刀を振り上げて論破するような言葉ではなく、人の傷にやさしく触れるような言葉で語る人だった。近所にあるけいぶん社という書店の書棚の一角に、那須さんの著作がずっと置かれている。折に触れて立ち寄り一冊を手に取ると、那須さんの思想がその本の中に生き続けていることが感じられる。肉体は滅びても言葉は残る。

 

【追記】

 本歌集は第51回現代歌人集会賞を受賞した。おめでとうございます。

 

第408回 岩岡詩帆『蔦の抒べ方』

仰がるるところ木蓮咲くゆゑにひかりを負ひて花暗みたり

岩岡詩帆『蔦の抒べ方』

 木蓮は早春の時期に咲く花である。白木蓮の方が早く開花し、紫木蓮はやや遅れて咲く。それほど高木ではないが、見上げる位置に花をつける。だから「仰がるるところ」なのだ。この助動詞「る」の意味は自発だろう。「おのずから仰ぎ見る」というほどの意味である。「ゆゑに」は因果関係を表すので、詩歌では嫌われる。因果は理知に属するからである。しかし短歌ではそれほどではなく、掲出歌では上句と下句とをうまく橋渡ししている。上句は「木蓮の花はやや見上げる位置に咲く」という一般論、もしくは百科事典的知識を述べている。そこに〈私〉はない。一方、「それゆえに」と続く下句は観察であり写生である。歌の中の〈私〉は逆光で花を見ている。日光が花の背後から差しているので、白いはずの花が暗く見えるのだ。この的確な描写によって、木蓮の花と歌の中の〈私〉との位置関係が明確に叙せられる。このように現実を理知的に把握し、それを歌に書き下ろす作風が作者の持ち味なのだ。また自然とともに歩む落ち着いた歩調も好ましい。

 最近、拙宅に届けられた歌集の中に注目すべきものがいくつかあったので、順次取り上げてゆきたい。今回は岩岡詩帆『つたべ方』である。作者の岩岡は未来短歌会に所属。2013年に未来年間賞を受けている。病床にあった岡井隆に師事することを許されたとあとがきにあるので、岡井の最後の弟子ということになろう。巻末のプロフィールに生年が記されていないが、文語(古語)を駆使し、難解語を多く使っているので、それなりの年齢の方とお見受けする。歌集を読みつつ辞書を引くことが何度もあった。本歌集には、石川美南、さいとうなおこ、山田富士郎が栞文を寄せている。歌集題名は「うつくしき書体のやうに罅に添ふ蔦には蔦の抒べ方のある」から採られている。

 歌集巻頭あたりからいくつか歌を引いてみよう。

日を追ひて満ちゆく月は重からむしづかにけふの手秤に載す

ほのしろく枇杷は咲きたり僧院の出入りわづかにふゆるこの頃

畝におく夜明けの霜のうすあおく火よりしづけく灼くもののあり

寒林を近づくひとの珈琲の湯気たなびけり神さびながら

抜きさりし本の厚みに薄闇のととのひてゐて寒の図書館

 一首目、新月から満月に向かって満ちる月は、まるで太ってゆくようで身体が重かろうと想像を巡らす。そんな月を手のひらに載せて支えてあげる仕草をする。上手いのは「けふの」だ。この一語によって〈私〉が生きる〈今〉という時間か現出する。二首目、枇杷の花は晩秋から冬にかけて開花する。この歌集にはキリスト教に関連する歌がいくつかあるので、僧院はおそらくキリスト教のものだろう。枇杷の開花という自然の営みと、僧院への訪れという人の営みとがゆるやかに結びつけられている。三首目、夜明け、田の畝に霜が降りている。それがガスの炎のように薄青く見えて、まるで畝を焼いているかのようだという歌。四首目、寒林は冬枯れの林という意味だが、その昔、インドの王宮近くにあった死体を捨てる林という意味もあり、転じて墓地を指すこともある。そこに手にコーヒーを持った人が現れるのだが、その様が神々しいという歌。五首目、〈私〉は図書館の書庫にいるのだが、誰かが借りたのか、本が一冊書架から抜き取られていて、その虚空間が薄闇をいっそう際立たせている。

 端正な文語定型で、言葉の斡旋をとっても句の連接をとっても、間然とするところがない。このレベルの歌がずらりと並んでいる歌集は滅多に見られるものではない。また特筆すべきは歌の季節感である。上の五首は「天体の庭」と題された連作から引いたのだが、歌の季節は冬で統一されている。後に続く連作は春・夏・秋の順に配されていて、最後はまた冬が巡って来るという構成である。あたかも古典の和歌集の部立にならったかのごとくである。

 一巻を通読して気づくのは、ほとんどが自然を詠んだ歌で、人事の歌がほとんどない。家族で登場するのは「寝返りてわがふところにゐるおさなすべらかに夜は球体をなす」などの数首の歌に詠まれた子供にとどまる。どうやら作者の関心事は自然の移りゆきと、その一部として含まれる〈私〉にあるようだ。

 とはいえ読み進むと次のような歌に出会ってはっと虚を突かれる思いがする。

やはらかくさざなみのるこの海にみづかねひそと流されをりき

すなどればじきにつながるかなしみの牡蠣殻れてうづたかきかな

しづけさに鳥帰る見ゆさきがけて戦はじめし国をさしつつ

花のさきに白き花ありいまもなほ硝煙とほくあがりつづけて

毀たれてぬかれし窓のひとつ見ゆ没陽のなかにイコンのやうに

 一首目の「みづかね」は水銀のこと。チッソの流した有機水銀によって引き起こされた未曾有の公害水俣病を詠んだ歌である。二首目にあるごとく有明海は有数の漁場だ。三首目以下はロシアによるウクライナ侵攻に想いを馳せた歌。作者の態度は時事を歌に詠む際にも、直截に怒りなどの感情をぶつけるのではなく、いったん身の内に引き取って、心の中に湧き上がる言葉によって出来事を綴るというもののようだ。

 栞文の中で石川は「歌のなかに『今・ここ』以外﹅﹅の空間を立ち上げるのが抜群にうまい」と評し、それと呼応するように山田は「幻想と書いたが、幻想から出発するのではなく、言語表現をていねいに錬磨してゆく過程で自然に生まれてくるもののように思える」と述べている。また石川は「岩岡作品においては、しばしばこのような喩と実景の反転が起きる」とも書いている。二人とも「幻想」「異界」と「喩」との関係に着目しているのだ。少し見てみよう。

みづからの息の白さのなかにをり物語よりはぐれて鹿は

うす青き窓に来てをりクラバートその表紙絵のごとき鴉が

しづかなる春の海退ありしかにけふ花びらの嵩は見えざり

とほき世に蹴られし鞠も越えて来よ山吹咲きてあかるめる里

散文を読みすすみゆくしばらくは冬の灌木帯のあかるさ

 一首目、白く息を吐く鹿はまるで物語の中から出て来たかのように森のはずれに佇んでいる。「物語よりはぐれて」が喩で、白い息を吐く鹿が実景なのだが、両者は融合しているかのようである。二首目のクラバートはオフリート・プロイスラーのファンタジーの主人公で、表紙絵では人面の鴉として描かれている。「クラバートその表紙絵のごとき」が喩なのだが、この一首を読む人の脳裡にはクラバートの表紙絵の方が強く浮かぶだろう。三首目、「しづかなる春の海退ありしかに」が喩。海退とは海進の反対語で、地面の隆起などによって汀が遠ざかること。実景としては桜が散り、昨日まで見えていた一面の花が見えないということ描いているのだが、実景が不在だけに喩の印象が強まる。四首目の実景は山吹の咲く春の里だが、その昔に王朝人によって蹴られた鞠が時空を超えて来るという想像の方が歌の中で重さがある。五首目にも同様のことが言えて、実景の読書の有様は描かれていないため、灌木帯を進むような明るさという喩の方にハイライトが当たる。このように岩岡の作る短歌世界では、喩は単に歌の主意を際立たせるための修辞という役割を超えて、歌の実景と同じ比重で機能しているように思われる。

このうみを空としあふぐひともゐむ冥府あかるむ四月は来たり

黒揚羽あふられゆける八月の、光にかげとルビを打ちたり

水無月のすがりの坂を上りゆくとほき山河のみづをひきて

ゆつくりと息つくときにしづみゆく鎖骨しづかに夜の底ひまで

十薬を目路のかぎりに置きて去る五月の挙措のうつくしきかな

貝殻にヤコブ掬ひしみづうすき五月よわれもかすか渇して

 特に印象に残った歌からいくつか引いた。一首目の湖を空として仰ぐ人は、おそらくこの湖で溺死した人だろう。二首目の読点がなければ「八月の光」と繋がるはずだが、作者は「八月の」でひと呼吸置いて、「の」を間投助詞にしたかったのだろう。三首目はコンビニで南アルプスの水というミネラルウォーターを買って坂を登る場面を詠んでいるのだが、それをかくも典雅に描くとは言葉の魔術である。六首目のヤコブの貝殻とは、聖ヤコブが帆立貝の貝殻で水をすくったという言い伝えから。フランス語では帆立貝を「聖ヤコブの貝」(coquille Saint-Jacques)と呼ぶ。

 私が感服したのは次の歌である。

水差しの夜半は二重におく影のあはきひとつを指になぞりぬ

 ほんとうに影が二重になるものか実験してみた。硝子の水差しに水を入れ、部屋を暗くしてひとつの光源で照らしてみる。すると水が凸レンズのはたらきをするためか、影の中央に明るい部分ができる。どうもこれではないようだ。すると光源がふたつあって、ふたつの影が重なる部分が濃くなるということか。いずれにせよ作者が現実を知的に把握する様をよく表している歌である。

ほそき火をさらに細うす 冬瓜を煮てをり神の時間のなかに

筋道のしき葉脈透けながらイザヤの書には桑の木のこと

声ひたにキリエをうたふ重なりは翅脈のやうにをひろげつつ

油を足して均せる生地に陽のぬくみカナンしづかにいまだあるべし

丸椅子にかけて夕餉を待つイエスあかがね色の鍋のとなりに

 集中にはキリスト教につながる歌が散見される。作者はキリスト者ではないにせよ、キリスト教に親和性を持つ人なのだろう。そんな人にとっては移りゆく季節の時間は神の時間なのだ。歌を読んでいて狭小な〈私〉を超えるものへのまなざしを感じるのはそのためかもしれない。

 

第407回 白川ユウコ『ざざんざ』

蒼いまま眠れバジルよヴェローナの夕空をゆく鳥たちの声

白川ユウコ『ざざんざ』

 作者の白川は1976年生まれの歌人。「コスモス」編集委員であり、同人誌「COCOON」に所属している。第一歌集『制服少女三十景』、第二歌集『乙女ノ本懐』があり、本歌集は第三歌集にあたる。歌集題名の「ざざんざ」は集中の、「遠州のざっざざんざ風つよく松の木を打つざっざざざんざ」から採られている。強く吹く海からの風を表す擬音語で、オノマトペが題名になっている歌集は珍しい。雨宮処凜が帯文を寄せている。曰く、「ページを開いた瞬間、90年代から今に至るまでの爆裂にエモい風が吹き抜けてきた。」そう、作者の生年が鍵なのだ。ロスジェネ世代と呼ばれた就職氷河期を生きた世代どんぴしゃなのである。

 歌集を開いて驚いた。巻頭の「1999 キットカットとカッターナイフ」に収められているのはなんと自殺未遂の歌なのだ。

かつてわれ屋上の柵乗り越えし東急プラザ解体される

「落ちますよ!」「どいてくださーい」下に来たひとたちに言う大きな声で

神妙に靴を揃えてみたものの膝から下をぶらぶらさせる

パトカーが着いてわたしのはるか下、白いなにかを広げはじめた

警官は優しい声のおじいちゃんそんなに歳じゃないかもだけど

 鳥居の歌集を読んだときにも衝撃を受けたが、確か自殺未遂の歌はなかったように思う。幸い未遂に終わり、作者はその後の生を生きてこの歌集を編んでいるわけだが、ここまで赤裸々に過去を語る人も珍しい。その後にも「ローソンで『袋いいです』二十四時キットカットとカッターナイフ」、「無保険で生きてる友の妊娠の検査のために貸す保険証」などの歌が続く。カッターナイフを買ったのはリストカットのためか。まさに「生きずら短歌」で雨宮処凜が共感したのはこの辺りだろう。リアリティがありフィクションとは思えない。

 本歌集は1999年に始まり編年体で編まれており、作者の人生行路を順番に辿ることができる。

静岡を出でてわたしは三島にて産まれた人と浜松に住む

新居にはわたしひとりの部屋があり夫婦ふたりの暮らす浜松

浴衣見る松屋三越プランタン旧友は知るわが派手好み

結婚は散文的な生活で起承転結まだ「承」あたり

遠州の風にはアルミサッシ鎖したったひとりの耳鳴りを聴く

 作者は結婚して浜松の海辺にほど近いマンションに住む。あとがきの言葉を借りれば、「大きな病気や怪我もなく、喧嘩や失恋もなし、労働も不要、親は死なず子も産まれない、奇跡的な天下泰平の日々が続いた」という。この後は巻頭の歌のようにどっきりする歌はなく、生活のさまざまな場面で出会った事柄が詠まれている。おもしろいのはその視点と思いきりの良さである。

美酒うまさけの一升瓶は〈八海山〉妊る前に飲んでしまおう

御休憩したことありしホテル燃ゆ燃え落ちるべしニュースを見つむ

もはやわれを雹のごとくに叱る人あらわれるまい三十九歳

鏡台をまえに思ほゆこの世とは神様用のリカちゃんハウス

韓国の旅行を勝手に申し込みさすがに怒られたるが、仁川インチョン

一首目は新潟の銘酒八海山の一升瓶を妊娠しないうちに飲もうという酒飲みの歌。二首目は入ったことのあるラブホテルが火事で焼け落ちたという歌。短歌は抒情詩ということになっているので、ふつうはこういうことを歌には詠まない。それをあけすけに歌にするところが作者の個性で、こう言っては失礼だが歌の上手さよりも作者の人としてのおもしろさで読ませる歌である。三首目は不惑を目前にして、もう自分をひどく叱る人はいるまいという居直りの歌。四首目は発想が愉快だ。子供がリカちゃんハウスで遊び、人物を着せ替えたり家具を配置したりするように、天の神さまはこの世の私たちを操って遊んでいるという。五首目は夫に内緒で韓国旅行を申し込み、怒られつつも仁川空港に到着しているという歌である。ぺろっと舌を出している作者の顔が見えるようだ。

 そんな一見泰平な暮らしの中にも悩みはそっと忍び寄る。

引き戸あけまた引き戸あけ襖あけテレビの前の母にただいま

なにかっていうと「わたしには孫がいないから」母のつぶやく仏間の狭さ

母さきに去らばさびしき父ならんやがて猫屋敷となりゆかん

びろーどが剥げてスポンジ飛び出したピアノの椅子を捨てられぬ父

父いつか母いつか去るひとつひとつ小石を積んだこの世を去るよ

 静岡の実家には老いた父母が暮らしている。自分には孫がいないことを嘆く母親と、物が捨てられずに溜め込む父親。よくある光景で、誰もがいつかは通らなくてはならない道である。とはいえ老いて弱っていく両親を見るのは辛いことだ。これも現世の苦のひとつである。

 あとがきによると本歌集を編んでいる間に実父と夫の父親が相次いで旅立ったという。「世界は変わってしまっています」と作者は書いていて、本歌集が西暦の年号で区切った編年体になっている意味が少しわかった気がする。折に触れて新型コロナの流行や、安部元首相の暗殺事件や、裏千家の跡目を継ぐはずだった千明史君の死去などが詠まれているのは世界の移り変わりを記録するという意図もあるにちがいない。

 作者の人となりで読ませる歌が多いと書いたが、短歌王道の叙景歌や叙情歌ももちろんある。

お昼寝をしているあいだ扇風機を初秋の風がしずかにまわす

細き影冬の光に折り曲げて枯れたる蓮の茎のこりおり

河骨は水に死にたる水鳥のたましいの黄にささやかに咲く

絶版の本を貸したるままのひと一人を想う夏の終わりは

春の野は死後の世界にひろがりて少年の吹く細きフルート

アルプスのマロヤ峠にうかぶ雲 死に近きもの白さを帯びて

まなざしはななめに垂れてメンタルは昏い貌してにんげんのなか

 一首目は後京極藤原良経の名歌「手にならす夏の扇とおもへどもただ秋かぜのすみかなりけり」の現代版とでも言うべきか。二首目の枯蓮は俳句によく詠まれるアイテムで実に渋い。これらの歌は短歌的に美しい。ただできれば旧仮名遣で読みたかったという気もする。読み応えのある歌集である。


 

第406回 洞口千恵『芭蕉の辻』

しろたへの袖朝羽振り夕羽振りだれをさがしに来る鷺娘

洞口千恵『芭蕉の辻』

 詞書に板東玉三郎特別講演とある。舞踊の名作演目の鷺娘の舞台である。演劇や絵画などを題材として短歌を詠むのはなかなか難しい。芝居や絵の描き出す世界が大きすぎて呑まれてしまい、距離を取ることができなくなるからだ。しかし掲出歌はその弊から逃れている。初句の「しろたへの」は「衣、袖、帯」などの白い布製品にかかる枕言葉。「朝羽振り」と「夕羽振り」は万葉集でも使われた言葉で、朝夕に鳥が羽ばたいたり風が吹いたりする様を表す。対で使われることが多く、何かの様子を表しているとはいえ、その意味は空疎で枕言葉か序詞に近い。全体として玉三郎が鷺を表す白い袖を振りながら舞っている様を詠んでいるのだが、その描写は写実ではなく、古来より受け継がれてきた定型的な言葉によるものである。一首の中で意味を持つのは下句のみだが、これとて写実ではなく演目の内容の一部を書いたものに過ぎない。ところが全体を読むと舞台の上で美しく舞う玉三郎の姿が目に浮かぶ。これはひとえに言葉の力によるものである。

 洞口ほらぐち千恵は1971年生まれで、「短歌人」会所属。『緑の記憶』(2015年)という第一歌集がある。『芭蕉の辻』は今年(2025年)刊行された著者第二歌集である。帯文は小池光。洞口は東北大学で小池の後輩にあたるという。歌集題名の「芭蕉の辻」とは、仙台市の中心部にある交差点の名で、城下町の町割りの起点となり、かつては商店が軒を連ね栄えていた場所だという。本歌集は仙台愛に溢れた歌集なのだ。

 あとがきによれば、歌風を「人生派」と「表現派」(=コトバ派)に二分するならば、洞口は人生派だと自認している。しかしその割に作者は自分を詠むことが少なく、何をなりわいとしているのかまるでわからないという不思議な人生派である。帯文に小池も書いているように、本歌集の大きなテーマは東日本大震災と父親の死である。第I章は震災前、第II章は震災と父の死まで、第III章は父の死以後という分類がなされていることからも、このふたつのテーマが作者の人生においてひときわ重要であることが知れる。

 第II章から引く。

空間のひづめるところ反るところをりをり見えつ激震のなか

瓦礫の浜、浸水の田にさす朝陽の余光がとどくわが窓の辺に

おほなゐに崩れゆきたるふるさとの団地をおもふ雪しづるとき

みづに降る雪もろともに汲みあげて運び来たりき震災四日目

風花がひかりのいろとなるときに還へらぬひとらまたたきにけり

 まさに震災被害の当事者の歌である。東日本大震災をきっかけに多くの短歌が生まれたことは記憶すべきことだ。激しい体験は激しく詠むとよいかと言えばそんなことはない。激しい体験を静かに詠むことによって伝わることがある。例えば上に引いた一首目は大津波が押し寄せる瞬間を詠んだ歌だが、まるでストップモーションで時間が止まったかのようである。他の歌でも表現は押さえ気味に詠まれており、全体としてとても静謐な世界を描いているように見える。また「わたつみ」「おおなゐ」などの古語を用いることは、〈私〉と詠む対象のあいだに適度な距離感を生み出すようにも感じられる。五首目は平仮名を多用し、鎮魂の気持ちが溢れていて心を打たれる。 

犠牲者の生をぬすみて在るわれかおくずかけのなかとろける豆麩

をさなきころ塩豚浜とおぼえゐし菖蒲田浜がガレキの浜に

震災のときに着てゐしセーターを棄てむとすれどまた洗ひをり

見ゆる塵見えざる塵の降るなかを祈りのごとく来る散水車

餓死したる福島の牛の写真見つ骨よりも歯のあらはとなれる 

 震災が過ぎても以前の日常は戻らない。一首目に詠まれているように、震災死を逃れた人には自分だけが生き残ったという思いがあるからだ。作者が住む場所は原発事故が起きた福島県から距離はあるが、四首目の「見えざる塵」の中には空から降るセシウムが含まれているかもしれない。読んでいて感心するのは語の適切な選択である。一首目は「とろける」、二首目は「おぼえゐし」、三首目は「棄てむとすれど」、四首目は「祈りのごとく」、五首目は「あらはとなれる」が歌のポイントを作っている。

 震災から数年後に作者の父親は病に斃れる。 

青衣なる救急隊員に抱へられ父は出でゆく春のうつつを

仙台のさくらの季を病み籠りすこしく白みたる父のかほ

いつまでの父と娘か桜雨に冷えたる朝を車椅子押す

名月の出を待つ窓のカーテンがはげしくはためき 父逝きにけり

父はもう障害者ならずかるらかなる足に越ゆらむよもつひらさか 

 歌集のこのあたりはずっと病床に伏す父親を詠んだ歌で占められている。あとがきによると、作者は父親の死を契機として、自分のルーツに目を向けることになった。それによると作者の父方の祖父は戦前に小学校の訓導をしていたという。訓導とは旧制小学校の正規教員のこと。芦田恵之助の考案した国語教育法の信奉者で、国語学者の山田孝雄よしおとも接点があったらしい。作者はこの祖父のことをたいそう誇らしく感じているようだ。 

八十年やととせまへ祖父が満州へと発ちし仙台駅に甘栗を買ふ

仙台駅の地霊はおぼえゐたるべし「洞口先生万歳」のこゑ

新聞のとりもつ縁や木町小に学びし晩翠と父

デブ先生と呼ばれし祖父をおもはしめ偉軀そびえ立つ瞑想の松

すめろぎに最敬礼する六年生男子のなかの丸刈りの父 

 作者の祖父は国語教育のために戦前に満州に赴いたようで、一首目と二首目はそのことを想った歌。五首目は昭和天皇が父親の通っていた小学校を視察に訪れたことを詠んだ歌である。このように作者の父親と父方の祖父への思いは、時を越えて歴史を繋ぐ意識となっている。

 このように東日本大震災と父親の死を契機に遡ることになった自らのルーツが本歌集の大きなテーマなのだが、私が心惹かれたのはむしろ第I章に収められたそれ以前の歌である。

水張田をすべりゆく鷺のしろき影ひと畔ごとに小さくなりぬ

春の砂にあさりは深く眠りゐむ塩乾珠しほひるたまのひかりを帯びて

うすべにをゆるしの色とおもふとき闇を脱ぎゆくしののめの空

てのひらより生るるさみしさ丸めつつしらたま作る春の逝く日を

行きあひの空の底ひの地上にてわれは馬俑のしづけさに立つ

 一首目、時は五月、田植えに備えて水を張った水田の上を白い鷺が飛ぶ。水田に映る鷺の影は、ひと畔飛ぶごとに小さくなってゆくという動きのある歌である。二首目の塩乾珠は、海幸彦山幸彦の物語に登場する珠で、潮を引かせる霊力があるとされている。春ののどかな海辺の砂の中で浅蜊が眠っているだろうという歌。三首目は夜明けの曙光を詠んだ歌で、聴色とは禁色の逆で誰でも着用できる服の色のこと。四首目は厨歌で、立夏を控えた日に白玉団子をこしらえている。〈私〉は何に悲しみを感じているのか。五首目、「行き会ひの空」とは夏から秋に変わる季節の空のこと。馬俑は古代中国で墳墓に納められた馬を象った陶器である。空から地上へと移動する視線がダイナミックな歌だ。

 言葉に無理をかけることなくすらすらと歌が生まれているような印象を受けるが、そのように見せるところが作者の技倆というものだろう。瞠目の歌集である。

 

第405回 2025年 第4回 U-25 短歌選手権

 今年もこの季節がやって来た。第1回の応募総数は98篇、第2回は100篇、第3回は172篇、今回は144篇あったという。昨年に較べれば少し減ったものの、相当な応募数だ。やはり若い人たちの間でも短歌は流行っているのだろうか。選考委員は変わらず栗木京子、穂村弘、小島なおが勤めている。

 優勝作品に選ばれたのは東京大学Q短歌会に所属する山本仮名の「TOKYO」である。

誰しもが片手になにか引いていて下船のような新宿・二月

旅人の資格のように渡されるリーフレットに簡易な神話

靑色は誰かの停止と引き替えになんども往来を点る色

 山本は今年の第36回歌壇賞にも同名の連作「TOKYO」で応募しているが受賞を逃している。今回は小島が4点、穂村が1点を入れた。小島は「さまざまな人種や文化を持つ人が混在するサラダボウルとしての東京を描き出している」とし、「主体がこの都市を眺めるまなざしが、内からというよりどちらかというと異国からのまなざしで」あることが不思議だと評している。穂村は「全体にハイセンスで、近未来のような不思議な空気感がある」が、「代表歌を挙げるとなると、どれを挙げていいのか悩んでしまう」と述べている。点を入れなかった栗木は、「言葉にいいセンスがあって面白いけれども、脈絡が掴めない作品もある」としている。「下船のように」、「旅人の資格のように」や、「救命浮環のような」などの喩が目を引く。しかし中には「別々の場所のパネルへ全員の僕が押し込む同じ四ケタ」のように歌意がよくとれない歌もある。東京大学Q短歌会は第2回にからすまぁが「春風に備えて」で優勝しており、この選手権での活躍が目立つ。

 準優勝は塔短歌会所属の椎本阿吽の「なんだかんだピース」である。椎本は昨年のU25選手権では「白亜紀の花」で栗木京子賞を受賞し、今年の短歌研究新人賞で「獣の系譜」により次席に選ばれている。

変革を信じて生きる春の終わり ただ集めてるポストカードを

                     「白亜紀の花」

水色の空に残っている半月あなたの薄いクラムチャウダー

湖に海が混じっているようなあなたの名前に紛れる私

 

ホールケーキ切らずに掘って食べあえば徐々にかたむく砂糖人形

                        「獣の系譜」

あなたと寝たシーツを干した 聖骸布扱うように端まで伸ばす

パートナーシップ制度は降り出した雨が窓へと張り付くごとく

 

大根のみずみずしさに刃を落とす音立てながら履くコンバース

                  「なんだかんだピース」

献血のティッシュ配りをおおらかに避けてそうして落ち葉を踏んだ

二つともおんなじ柄のミトンだけどあなたにとっての左右があった

 穂村が4点、栗木が3点を入れた。穂村は、「従来のオールドファッションな口語の文体から永井祐以降の文体まで自在に駆使されているような印象です」と言い、栗木は「日常の小さな気づきがとてもけなげな明るさを伴って詠まれていて、読んでいるうちに、嬉しい気持ちになる」としている。点を入れなかった小島は好きな歌がたくさんあるとしながらも、「こういう多くの人に受け入れられる親切な作品が短歌ブームのひとつの中心になっている気がして」いると述べている。

 後は審査員賞で、栗木京子賞ははじめてのたんかの「就職前夜」に与えられた。

ベランダの椅子に花瓶を置き咲かすガーベラ卒業したよ婆ちゃん

それぞれに就職前夜 ビジネスの角度にひげを揃えろサンタ

窓のないエレベーターは階を告げ人はうたがうことを知らない

 栗木一人が5点をつけた。「何かのモラトリアム期間が終わりかけて、これから新たな一歩を踏み出す。今まで既成の事実として、当然に思っていたことをもう一度見つけ直してみる。やや斜交いからの視点の作品にいい歌が多かった」と評している。

 「はじめてのたんか」は筆名で、所属なし、平成14年生まれという以外何もわからい謎の人物である。筆名の選び方が巧みで、「はじめてのたんか」で検索すると、穂村弘の著書ばかりが出て来る。検索を逃れるうまい手だ。

 穂村弘賞には木本奈緒の「Alice in Wonderland」が選ばれた。

歯磨きのすがたを反射し終えたらひとり光れり夜の鏡は

大学の木が樹となれるまでの風、その舞い方を語る先生

制服の胸元チェスト にありしおメダイは失せやすくなり鍵につければ

 穂村が5点を入れている。「一連の中で不思議の国とされているものは普通の大学生活で、クリスチャンである『私』はそこに飛び込んだアリスということだと思います。」と述べ、「しばしば自分の中の聖的な世界とリアルな外界がぶつかる瞬間が描かれている」と評価している。また小島は、「イノセントに昇華された世界観が一連の美質だと思います」と述べながらも、「主体自らを少女アリスとする世界観に若干の無防備さを感じました」と付け加えている。

 木本はカトリック系の女子校に通っていたようだ。男子学生もいる大学に入学すると、驚くことばかりでそれが不思議の国に飛び込んだアリスということだろう。三首目の「おメダイ」とは、「メダイユ」の省略形に「お」を付けたもので、フランス語のmédailleのこと。カトリックで信者が持つ金属製のメダルである。高校の時は制服の胸元に付けていたのだが、大学生になって制服がなくなって、今ではキーホルダーに付けている。木本は各地で開催されている若者対象の短歌コンクールに応募しているようだ。「そういえば留学の地で妹は口にすらむや教えし祈り」のように文語(古語)にも果敢に挑戦している。ちなみに「そういえぱ」の文語は「まことにや」である。いつまでもアリスではいられないので、今しか作れない時分の花だろう。

 小島なお賞は月島理華の「Hidden」が受賞した。

その朝に予感のように触れてみたおとうとの山川の世界史

とうさつ、と母の唇 藤の花は学名の重たさにひらいて

被害者の子の歳のころ描いた絵のスイミーが褪せている勝手口

 月島はつくば現代短歌会所属。第3回のU-25選手権では同じつくば現代短歌会の渓響が優勝したのが記憶に新しい。「Hidden」は今回の最大の問題作と言えるだろう。弟が盗撮容疑で警察に捕まり、家族には賠償の責任が生じ、〈私〉の志望大学は私立から公立に変わったという内容だからである。「カメラには無数のこども 磨り硝子ひとつひとつに夕闇が来る」、「弁償のこと話すとき両親のチェスを置きあうような音階」のように、事件が起きてからの推移に叙景と抒情を重ね合わせたような歌が特徴的である。

 本作品に5点を入れた小島は、「選者賞に推したいんですけど、これがもし当事者からの作品だった場合に、私は被害者の感情が気になって、表彰されるべきではないと思ってしまう気持ちがどうしてもあります」と述べ、迷いに迷った末に選者賞に選んでいる。しかし小島には気の毒だが、小島の懸念は杞憂に終わったのである。月島はnoteへの書き込みで「Hidden」は100%フィクションで、加害者の家族側の視点から描いてみたかったと述懐しているからである。寺山修司の先例もあり、短歌でフィクションを描くのがいけないということはまったくない。問題はそれが作品としてどれくらい昇華されているかである。とはいえ今回のように審査員を大いに悩ますことがあることは知っておいていいだろう。

 月島は今年の第36回歌壇賞に「ペルセウス」で応募し、候補作品に選ばれている。

四十ミリ測って水を飲む 父の左脳を溢れた血を思いつつ

一艘の小舟は父を離岸してわたしがゆっくりと引くロープ

ペルセウス流星群の夜 父は失語という椅子に腰掛ける

 父親が脳溢血で倒れて言葉を失う後遺症を背負ったという内容である。読んだ限りでは、「Hidden」よりも「ペルセウス」の方に優れた歌が多いように感じた。ちなみにnoteへの書き込みによると、こちらは80%ノンフィクションだそうだ。優れた歌が多いように感じたのは事実の力によるところがあるのかもしれない。

第404回 村上きわみ『とてもしずかな心臓ふたつ』

誰も彼もだれかの死後を揺れながらこの世の庭に実る野葡萄

村上きわみ『とてもしずかな心臓ふたつ』

 本書は村上の第一歌集『fish』、第二歌集『キマイラ』に加えて、それ以後に発表された1,600首ほどから405首を選び、歌友の錦見映理子の編集によって上梓された遺歌集である。版元は左右社で、穂村弘、岡野大嗣、平岡直子、枡野浩一、田中槐が栞文に代えて一首評を寄せている。

 村上が2023年にこの世を去ったことを私は不覚にも知らなかった。入手が困難になっている第一歌集と第二歌集に加えて、結社誌「未来」や題詠マラソンに投稿されて未刊行だった歌群が一冊に纏められたことは実に喜ばしい。錦見映理子の尽力の賜物である。錦見自身が使っている「歌友」という言葉がとてもよい。しかし村上と錦見は、短歌によって繋がっているだけの友人というだけではなかったようだ。あとがきによると、二人は2000年代の頃にネット掲示板で知り合ったという。その後、実際に顔を合わせるようになり、同じ「未来」に所属して、錦見は村上をたった一人の友人と思うようになったとある。

 私は2003年の4月から短歌評をネットで書き始めた。当時は「今週の短歌」という味も素っ気もないタイトルである。その年の12月に村上の評を書いているので、最初期に書いたものの一つということになる。きっかけはその年の5月に創刊された『短歌ヴァーサス』に掲載された村上の「かみさまのかぞえ方」という連作を読んだことである。興味を引かれた私は『fish』を取り寄せた。ただし、私が入手したのはヒヨコ舎から刊行されたもので、今回の遺歌集では緑鯨社から出たオリジナル版を底本としているので、内容が一部異なる。短歌評をアップしてまもなく、村上から第二歌集『キマイラ』が郵便で送られてきた。同封されていたマン・レイのモンタージュ作品の絵葉書に、癖のある文字で短歌評へのお礼が綴られていた。また川柳作家のなかはられいこと共作の『まめきりん』という手作りの豆本も同封されていて楽しい驚きだった。この豆本は今でも愛蔵している。

 今回『とてもしずかな心臓ふたつ』を通読して、改めて村上きわみは繊細な感性と鋭い言語感覚に恵まれた優れた歌人だとの思いを深くした。その言葉が創り上げる作品世界は静かで親密な手触りに満ちていて、個人的に私の好む世界でもある。今回村上の作品世界を旅して私の耳に届いたのは「押し殺した無音の叫び」だった。それは次のような歌に見え隠れするものだ。 

それからは悲鳴のような沈黙のつづく静かなれんあいでした

(にくたいはいつなくなるの)樹木から今こんなにもしたたるしずく

街路樹を順に見送る どの木にもよく似た傷がつけられている

いま口をひらけばぬるい夕闇がどっとこぼれてしまうのだろう

ある朝はちぎれるように立ち上がり誰の名前を呼んでいるのか

親しさにも骨格はあり或る夜にふっと語られる希死のこと

その胸はしずかな沃野 傷口に赤ダリア白ダリア咲かせて

 一首目の「悲鳴のような沈黙」は撞着語法(オクシモロン)だが、沈黙の中に押し殺した悲鳴が感じられると解する。二首目の(にくたいはいつなくなるの)は無音の叫びを括弧に括ることで言語化したものと思われる。その疑問文は作者村上のものでもあり、またその歌を読む人のものでもあろう。新緑の樹木からは生命のしずくが滴り落ちているのに、私たちの肉体はやがて滅びる定めにある。三首目の「見送る」は不思議な語法で、まるで街路樹が列をなして移動しているかのようだ。どの街路樹も傷を負っているのはこの世にあるからに他ならない。四首目にあるように、村上には「内部が開かれる」ことへの畏れがあったように思われる。口から夕闇がこぼれ出すというイメージは禍々しい。五首目では「ちぎれるように」が激しさと切迫感を感じさせる。誰かの名前を大声で呼んでいるのだが、おそらく答える声はないのだ。六首目、「親しさにも骨格はあり」とは、親しい間柄でも守るべき距離はあるということか。にもかかわらずふと口を突いて出るのは希死念慮の思いである。七首目、胸は沃野と言いつつ、ダリアを咲かせているのは血の滴る傷口である。このような歌を読んでいると、詩的空間の中に声のない叫びが満ちている思いがする。叫びたくなる理由は、私たちがこの世にあり、私たちの存在には終わりがあるからだ。

 ここで村上が短歌の中で用いる言語の特徴について考えてみたい。村上が歌を綴る言語は見事なまでに詩的言語になりおおせている。日常言語と詩的言語の根本的差異は、言語学者ヤーコブソン (Roman Jakobson 1896-1982) の提唱する言語の6つの機能のうちの関説機能 (referential function) のちがいにある。平たく言えばそれは何かを指す (refer) はたらきである。日常言語は現実の出来事を指す。「私は昨日散歩中に犬に吠えられた」と言えば、それは私が体験した現実の出来事である。日常言語は現実ではないことも語ることがある。「いつかアマルフィに行きたい」は私の願望で、「昨夜の夢で私は空を飛んでいた」は夢の中の出来事で現実ではない。しかし私がそのような願望を抱いていることや、夢を見たことは現実であり、これらも広い意味で現実を指す言葉と言える。一方、詩的言語はこのような関説機能から解き放たれている。

堪へがたければわれ空に投げうつ水中花。

金魚の影もそこに閃きつ。

 伊東静雄がこのように詠っても、誰も〈私〉がほんとうに水中花を空に向かって投げたとも、そこに金魚の影が閃いたとも思わない。詩的言語は現実の位相から浮上して、意味を伝達するという有用性から自由になる。日常言語は意味を伝達すれば役目を終えて消滅するが、詩的言語は意味と引き替えに物質性を獲得するために消えることがない。詩や短歌はいつまでもそこに留まり、何度もの鑑賞に耐えるのだ。村上の短歌の言語はこのような意味で詩的言語たりえており、このため私たちは村上の短歌を読むとき、現実とは異なる「村上ワールド」にさまよいこむのである。

きざみのりふりかけるとき息を止めおかあさんおそろしいおかあさん

祖父おおちちの胡座であそぶ真冬日の煙管の羅宇がまだあたたかい

そしてすべてが父につながる悔しさを補遺とさだめて飲むふゆの水

死に近き時間をねむるはげしさも豊かさも母そのものなれば

ゆっくりと世界に別れを告げていた とても静かな絶唱でした

 集中でわずかに親族を詠んだ歌があり、他の歌との位相のちがいが注目される。一首目は、袋から刻み海苔を振りかけるとき、飛ばさないように息を止める母が恐ろしいという歌だが、妙にリアリティがある。二首目の羅宇は、キセルの火口と吸い口をつなぐ竹の管のこと。祖父の膝で遊んだ記憶を詠んでいる。村上の父親の村上白郎は『新墾』『潮音』『樹氷』などに所属した歌人で歌集が二冊あるという。村上が短歌に手を染めたのは父親の影響からなのだ。しかし三首目では自分のすることのすべてが父親に繋がることを悔しく感じている。四首目は母親が亡くなったときの歌で、「父に」という詞書きを持つ五首目は村上白郎氏がこの世に別れを告げた折の歌である。

 第二歌集『キマイラ』から引く。

名を告げあい名を呼びあって河口までひかがみに水匂わせてゆく

宇宙論冷えゆく真昼 すさまじき色に煮崩れゆくヘビイチゴ

花ミモザ咲きあふれ咲きこぼれして天金本の天汚すまで

パパに踏まれたプリンみたいにぼくたちは世界をにくむよりほかなくて

ニッポニアニッポンほろびさわさわときざはしに咲く少女らの臍

 一首目の「ひかがみ」は膝の裏の窪みのこと。五首目のニッポニアニッポンは絶滅した日本固有種のトキ。村上から送ってもらい、今から22年前に読んだ『キマイラ』を書庫の奥から引っ張り出して、今回付箋の付いた歌と昔付けた付箋の歌とを較べてみた。するとすでに四半世紀近くの時を隔てているにもかかわらず、付箋を付けた歌のちがいは数首しかなかった。私の昔と今とを結ぶ世界線にブレがないことに安堵した。

 『キマイラ』以後の歌から引く。

ひかりなす螺旋の溝につかのまの青をこらえて硝子のペンは

ただならぬことの次第を告げにゆく痩せた冬田に鳥を招いて

少しずつ遅れて響く真冬日の肉体というさびしい音叉

どの性もすこしふるえて立っているあおいうつしみ芯までひやし

戦から次のいくさへ春服の少女がこぼす焼き菓子の粉

 こうして書き写して改めて気づいたことがある。村上の作歌の基本は口語(現代文章語)の定型なのだが、口語短歌につきまとう文型の単調さからうまく逃れている。特に結句の処理が単調になりがちだが、村上の歌の場合、上に引いた歌だけでも、「ペンは」の倒置法、「招いて」のテ形終止、「音叉」の体言止め、「ひやし」の連用止めなどの技法を駆使している。一方で前衛短歌によく見られる句割れ・句跨がりは少なく、定型をほぼ遵守している。口語(現代文章語)定型でこれだけの短歌が作れるというよいお手本である。また問と答の合わせ鏡(by永田和宏)のように上句と下句とが対比をなすような歌はあまり見られず、俳句によく見られる二物衝撃も少ない。一首全体で読み下す造りになっていて、一首全部で何事かを語っているのも特徴と言えるだろう。ルビが少ないのも言葉に余計な負荷をかけていない証拠だ。

 やはり私にとって村上と言えば『fish』所収の次の歌だ。

出刃たてて鰍ひらけば混沌はいまだ両手にあふれるばかり

 歌友錦見の尽力によって刊行された本書を手に取って、村上の短歌ワールドを訪れる人が門前市をなすことを願う。ちなみに神さまの数え方は「一柱」「二柱」である。