第210回 白井健康『オワーズから始まった。』

三百頭のけもののにおいが溶けだして雨は静かに南瓜を洗う
白井健康『オワーズから始まった。』
 作者の白井健康たつやすは静岡県に住む獣医師である。獣医師というと、私たちに馴染みがあるのは町なかの動物のお医者さんで、犬や猫などのペットを扱う人を思い浮かべる。しかし実は獣医師の大きな仕事は家畜の衛生管理と治療で、県庁や保健所で公務員として働く人も多い。おそらく白井もそういう獣医師の一人だろう。
 まだ記憶に鮮しい平成22年に宮崎県で口蹄疫が発生したとき、白井は宮崎県からの要請で現地に派遣され、防疫活動と家畜の殺処分に従事した。掲出歌は、この経験から生まれた連作「たましいひとつ」の一首である。「三百頭のけもの」は殺処分された宮崎の牛だ。これから掘った穴に埋められるか、あるいは埋められてすぐなのだろう。300頭の牛からは相当な臭いがするはずだ。雨にその臭いが混じっている。その臭いのする雨が畑に放置されたままのカボチャに降り注ぐという場面である。白井は「たましいひとつ」で平成23年の第22回歌壇で次席に選ばれている。
夏の日が忘れ去られてゆくように日照雨のひかりを餌槽に食べる
頸静脈へ薬物注射するときに耳たぶのへり蚋が血を吸う
倒れゆく背中背中の雨粒が蒸気に変わる たましいひとつ
射干玉の黒い眸はたちまちに海溝よりもかなしく沈む
二十一ナノメートルのウィルスの螺旋のなかのオワーズのひかり
青葉生うる日照雨のひかり血のひかり手のひらに掬えばいきもののみず
 宮崎の口蹄疫は3月頃発生が確認され、7月初旬に終息した。白井が派遣されたのは6月のことである。一首目、これから夏を迎えるという季節に、夏を忘れたように日照雨が降っている。殺処分される前の牛はいつものように餌を食べていて、餌を入れる桶に日照雨の光が差しているという悲しい光景である。二首目、殺処分する牛にはまず鎮静と苦痛軽減のためセラクタールという鎮静剤を打つ。その後、頸静脈に薬物を注射するという。まさにその時、牛の耳たぶでブヨが血を吸っているのを見つけている。三首目は連作の題名となった歌。地面に倒れた牛の体温はまだ高いので、降る雨が水蒸気に変わる。水蒸気が立ち上る様がまるで牛の魂が昇天するようだという歌である。四首目、殺処分された牛の眼は、たちまち生気を失い虚ろな穴となる。五首目、ナノメートルは10億分の1メートルで、二十一ナノメートルは口蹄疫ウィルスの大きさを表している。「螺旋」はDNAのことで、ウィルスはDNAに外殻を被せたようなものである。そのDNAの螺旋の中にオワーズの光があるという。オワーズはフランスの県名で、パリから北東に30Kmくらいの所にある。宮崎県で発生したO型口蹄疫のウィルスはオワーズ県で最初に確認されたのだそうだ。だから歌集の題名が『オワーズから始まった。』なのだ。
 壮絶な歌である。獣医師は本来ならば家畜の健康を維持し、病気を治療するのがその職務なのに、口蹄疫の伝染を防止するために、まだ罹患していない健康な牛を殺すというのは、獣医師にとっては苛酷な体験にちがいない。しかし上に引いた歌が示すように、白井は過度に感情に走らず冷静に、しかし鎮魂の祈りを籠めて歌を詠んでいる。口蹄疫の防疫作業に題材を得た「たましいひとつ」と「まだ動いてる」が巻頭に置かれており、その印象があまりに強烈なので、本歌集の印象が巻頭部分で決まってしまう。これには良い面と悪い面の両面があるだろう。第2部と第3部には、「未来」の加藤治郎選歌欄に掲載された歌と未発表の歌が収録されている。
 そのなかで注目したのは次のような歌である。
陽に翳すいのちが赤い海ならばメランジェールのなかに漂う
なりかけのまま消えてゆく雲だけをバルサムのなか包埋しておく
細胞がレンズの下で狂ってるヘマトキシリン・エオシン染色
メッケル憩室の午後二時窓辺から記憶の積み木が崩れるばかり
喉奥に人差し指で押し込んだシクロスポリンぴすとるが鳴る
せんせいの顔が歪んでしまうほど菜の花畑に打つケタラール
 いずれにも獣医師が使うカタカナ語が入れられている。専門用語なので素人にはわからない。私も素人なので全部インターネットで調べた。一首目の「メランジェール」は赤血球や血小板を目視で数えるためのガラス管で、一方の端が球形をしている器具。いのちの「赤い海」は血液のことである。二首目の「包埋」は「ほうまい」と読む。包んで埋めること。電子顕微鏡で観察するとき、資料の安定のためバルサム(樹脂)の中に埋め込むことをいう。三首目の「ヘマトキシリン・エオシン染色」は、顕微鏡で細胞を観察するときに行う一般的な染色法である。細胞が狂っているのだから、おそらくガン細胞なのだろう。四首目の「メッケル憩室」はドイツ人医師メッケルの名を冠した病理で、憩室とは腸などの臓器の一部が飛び出した突起物である。五首目の「シクロスポリン」は抗生物質の名前。六首目の「ケタラール」は獣医師がよく用いる麻酔剤である。
 おもしろいのはこのようなカタカナ語が短歌に読み込まれると、不思議なポエジーが発生することである。その発生源の一つが音にあることはまちがいない。たとえば「ヘマトキシリン・エオシン」は二つの単語の語尾が「リン」「シン」と[in]音で韻を踏んでいる。「シクロスポリン」も同じである。また「メランジェール」と「ケタラール」も正体は素人には分からないものの、何かイメージが湧く。ちなみに「メランジェール」はフランス語で mélangeur 「かき混ぜるもの」「攪拌機」を意味する。「ケタラール」は薬品の商品名だが、インドのどこかの州の名のようでもあり、エキゾチックな感じがある。
 ポエジーのもう一つの発生源は、これらのカタカナ語が身に纏っている理系の空気感だろう。抒情詩である短歌の中に硬質な理系の語彙が混じると、異なる意味の位相が一首の中で衝突することで、日常を離れた語彙空間が現出し、それがうまく作用すると詩が発生する。理系の人は本能的にそのことを知っているのではないか。
ケルダール分解夜に長引けり中庭に出て木の花におう  永田紅 
 白井は現代詩も書く人のようで、本歌集にも詩が何編か収録されている。また短歌の作りにもイメージの転換を重視した現代詩的手法が用いられており、近代短歌に学んだ人とは少し肌居合いの異なる歌があることも特徴だろう。最後に上に引いたものの他に心に残った歌を挙げておこう。
死はいつもどこかに漂う気のようなたとえば今朝のコーヒーの湯気
君が代は相聞歌だと思うとき手のひらのうえ震えるプディング
夏はすでにひかりのなかに椅子を置くふたりの椅子をひとつの場所へ
みつばちが瓦礫を越えて飛んでゆく除染されないひかりのなかを
眼球に点滴されて重くなる秋の窓辺や空のちゅうしん
七色の貝のボタンを外すとき八番目のだけ海からの便り
蝶の/収集家のよう少年は稽留熱の眸のままに

 

第209回 高石万千子『外側の声』

測量士冬に来たりかぎりなき雪上に紙上の文字を重ぬる
高石万千子『外側の声』
  世に「伝説の人」もしくは「生ける伝説」という人物が実在するとすれば、おそらく高石万千子がその名にふさわしいのはまちがいない。年譜によれば、高石は1929年(昭和4年)生まれで、1951年(昭和26年)の「未来」創刊に参加したとある。
 『現代短歌事典』(三省堂)を繙くと、確かに歌誌「未来」は1951年に、世田谷区にあった清水建設社宅内の近藤芳美宅を発行所として創刊されたと書かれている。参加したのは「ぎしぎし」「フェニキス」「芽」「環」などの同人誌に属していたアララギ系の若手と、「新泉」「羊蹄」「九州アララギ」などのアララギ系の地方誌の人たちだったという。出発当初はアララギの中の同人誌的性格が強かったようだ。高石は出来上がった歌誌「未来」を束ねて発送のため郵便局に運んだという。また慶応義塾大学医学部卒業間近の岡井隆を見かけたことがあるというではないか。まさに生ける短歌史である。
 高石にはすでに『旅の対位法』(1982年)、『美しい擬名詞』(1995年)の二冊の歌集がある。『外側の声』は2017年に六花書林から上梓された第三歌集である。しかし事情はもう少し複雑で、どうも本歌集では一章とされている「アンフォルメル」と「アンブレラ」は2008年と2009年にかいえ工房から少部数の私家版の歌集として出されているようだ。今回はそれらをまとめ直し新しい作品も加えて『外側の声』としたのだろう。
 序文を岡崎乾二郎という人が書いているので、誰だろうと思い調べてみたら、四谷にあった近畿大学アート・ストゥディウムという美術学校の主宰をしていた人らしい。高石はここで学ぶかたわら、大学の公開講座やカルチャースクールで哲学を学んだ経歴を持つ人である。
 そんな高石の詠む歌はひと言で言えば「哲学的思想詠」と言ってよかろう。
人棲まぬ図書館の灯のさいさいと差異の家族の棲むところまで
夕かげを堰き止めて待つあのあたり擦れちがひしか意味と出来事
旅の謂やさしけれども意味流れ「肯定装置」となりて乾けり
セクシュアリテかすかに傾斜するあたりちがふちがふとフーコーの声
少しづつ驚けよ美的持ち物になるまで家に三人みたりの女
 一首目、確かに図書館には人は住んではいない。本を読んだり借りたりする場所である。「さいさいと」はオノマトペだが、それが言葉遊び的に「差異」を引き出す。「差異」は構造主義とポスト構造主義思想のキータームである。高石は大学の講座などでフランスの思想家ジル・ドゥルーズを学び傾倒しているのだ。二首目では情景描写の中に突然挿入された「意味」と「出来事」という硬質の語が目立つ。思想詠にはしばしばこのような抽象語が用いられる。三首目、「旅」は高石にとって重要なもののようだが、人が旅行について語るとき、その言はしばしば「あそこはよかった」「あそこはきれいだった」と手放しの賛美に終わりがちである。「乾けり」に批評性が感じられる。四首目のフーコーはフランスの構造主義思想家のミシェル・フーコー。フーコーは著書『性の歴史』においてセクシュアリティーという概念を提唱した。五首目の「美的持ち物」は、恋人あるいは妻として男性の所有物となりがちな女性の立場を批判的に詠んだものだろう。なべて情よりは知に傾いた歌である。
 試しに『角川現代短歌集成』第4巻「社会文化詠」を見ると、中に「思想」が立項されている。しかし中身を見てみると、そこに収録されている歌は「革命」「デモ」「ゲバ」「主義」「シュプレヒコール」「党」などを詠んだ歌で、「思想」とは左翼思想のことだとわかる。これは高石の歌に充満している「哲学」とはいささかちがう。高石のような哲学的思索を詠む歌は珍しいのではなかろうか。
 勢い高石の歌は日常詠、身辺詠から限りなく遠ざかることになり、歌の中に生身の〈私〉が登場することはほとんどない。写実を重んじるアララギ派の「未来」に拠る歌人としては異例だろう。もっとも「未来」は岡井隆を中心とする前衛短歌の実験場となったのだから、それほど不思議なことでもないのかもしれない。高石自身も集中で、「日ぐれとも夜明けまへとも薄明かり掴みたい新しい私性わたくしせいを」と詠んでおり、従来の生活者としての個人へと収斂する私性とは異なる〈私〉の位相を模索しているのだろう。
 岡井隆にも「楕円しずかに崩れつつあり焦点のひとつが雪のなかに没して」という硬質の抽象語を用いた歌があるが、このような歌を読むときには、いたずらに歌の中に〈私〉すなわち作者に投影を探そうとせず、日常的な歌語と硬質の抽象語が一首のなかでこすれ合うことによって発生する熱を感じ取り、その傍ら言葉の意外な組み合わせを発条とする想像力の飛躍を味わうのが正しい読み方だろう。
聖橋たぶん後ろからあらはれしアンフォルメルの人手をにぎるかな
なぜなぜと思へば想ふ灰色のコギト・エルゴ・スムのま裸
曼珠沙華はなの終焉をはりののち萌ゆる「潜在性」へ庭へ水撒く
 お茶の水は作者にとって親しい場所のようだ。「アンフォルメル」はフランス語で「無定形」を意味する。「アンフォルメルの人」は「アンフォルメル絵画を描く人」のことだろう。「コギト・エルゴ・スム」(Cogiot ergo sum)は、デカルトの「我思う故に我あり」。「灰色」は脳細胞のことだろう。曼珠沙華の花が散ったということは、次の季節にまた咲くという潜在性の始まりでもある。
 「アンブレラ」の章では一首の歌を4行や5行に分かち書きしてページに配する空間的試みも行っている。
ベランダの
 ラビリントスの夏野菜に
  蝶?
   たましひか
    小さきアンブレラ落つ

花摘みてピレネー越えしやベンヤミン
あ、 
アレゴリー
か、
鞄の中身
 蝶はギリシア語でプシケーだがそれはまた「霊魂」を意味することが踏まえられている。「花摘みてピレネー越えしやベンヤミン」はまるで一句の俳句のようでもある。これまた歴史的事実を踏まえてある。
 最後に集中屈指の美しい歌を引いておこう。
通過する駅流れ語り得ぬままに沈黙の美しさ冬いちご手に
 「語り得ぬままに沈黙」あたりにウィットゲンシュタインの亡霊も感じるが、そんな姑息なことは抜きにしても、韻律といい明滅するイメージといい美しい歌である。

 

第208回 國森晴野『いちまいの羊歯』

親指はかすかにしずみ月面を拓くここちで梨を剥く夜
國森晴野『いちまいの羊歯』
 短歌に登場する果物でいちばん人気があるのはおそらく桃だろう。ブドウも捨てがたく、梨もなかなか健闘している。
暑のひきしあかつき闇に浮かびつつ白桃ひとつ脈打つらしき  小池光
童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり  春日井建
たましいを預けるように梨を置く冷蔵庫あさく闇をふふみて 島田幸典
 掲歌の舞台は梨を剥く秋の夜である。日中の残暑は収まり、窓の外からは虫すだく音が聞こえている。月の比喩があるので、剥いている梨は幸水などの赤梨系統ではなく、色白の二十世紀梨がよかろう。この歌のポイントは「親指はかすかにしずみ」で、剥くために梨をつかむと親指がかすかに果肉に沈むというのだ。果肉には弾力があるので、確かに指が沈むかもしれないが、それはごくわずかなものである。そのわずかな沈みに着目したところがこの歌の手柄だ。次に「月面を拓くここち」とあるので、未踏の大地に足を踏み入れる、あるいは人類初の偉業を成し遂げる、といった心持ちが感じられる。たかが梨を剥くだけなのに大げさなと思われるかもしれないが、作者にはそのように表現すべき理由があったのだろう。
 『いちまいの羊歯』は書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの一冊として今年 (2017年) 3月に刊行されたばかりの歌集である。プロフィールによれば、作者の國森晴野は2010年からNHK文化センターで東直子の短歌講座を受講して作歌を始めたようだ。東北大学工学部の大学院で土木工学を学んだ理系女子、いわゆるリケジョである。監修と解説は東が担当している。
 あとがきによれば、東の短歌講座を受講する少し前の2007年に、東と穂村の共著『回転ドアは、順番に』を手に取ったのが短歌との出会いだったという。やはり今の若い人たちの多くは、東と穂村を入り口として短歌に触れるようだ。國森の作風も、東や穂村と同じく口語定型文体を採っている。
 ただし、同じ口語定型と言ってもその内実は多様である。國森の作る短歌は、「言葉の選択」、「定型のリズム感」、「結句の着地感」の三点において際だって優れており、伝統的短歌に固執する頭の固いオジサンにも抵抗なく受け入れられるだろう。私も感心しながら最後まで楽しんで読んだ。そうたびたびはない経験である。新たな才能の出現と言ってもよかろう。
 短歌は抒情詩なので、短歌で用いられる言葉は詩の言葉でなくてはならない。しかし詩の言葉といっても、特別な言語があるわけではなく、私たちが日常用いている言葉と素材は同じである。素材は同じでも、詩の言葉になっている場合と、そうでない場合があるのはなぜか。それは置かれた場所がちがうからである。少し専門的に言うと、置かれた場所とは「文脈」で、新たな文脈に置かれることで新しい言葉の組み合わせが生まれ、意味が生まれるのである。國森の場合はどうか。いくつか歌を引いてみよう。
コンナコトキミダケデスと囁いた舌のうえにはいちまいの羊歯
バーナーの炎がつくる真円しんえんに降るものはなくきよらかな円
真夏日の街をまっすぐゆく君が葉擦れのように鳴らすスカート
さよならのようにつぶやくおはようを溶かして渡す朝の珈琲
せかいにはもういらないの糸鋸であなたのかたちを切り抜く真昼
 一首目は歌集題名にもなった歌。「コンナコトキミダケデス」が片仮名表記されているのは、直接話法であるからだけではなく、恋人同士のあいだでだけ通じ耳に届く秘密の言葉だからである。舌の上に置かれた羊歯が何の象徴かという謎が歌に奥行きを与える。二首目は実験室の情景で、「真円」という非日常語が効果的に使われている。炎に上から降る資料などがあるときは真円は乱れる。今は何も降っていないので炎は真円を保っている。真円はこの時の作者の心を現しているのだろう。三首目はピンと背筋の伸びた現代女性の肖像。「葉擦れのように」と表現することで、女性の身体とスッと立つ森の木立が二重写しになる。着ているのはきっとタイトスカートだろう。四首目は恋愛関係の終わりを予感しているカップルの歌。実際にコーヒーに溶かすのは砂糖かクリープなのだが、それを「おはようを溶かして渡す」と表現するところに詩的転倒と逸脱がある。五首目は一読して驚いた歌。恋人と別れたら、いっしょに写した写真から相手だけ鋏で切り取るという話は聞いたことがあるが、この歌では糸鋸である。糸鋸が衝撃的だ。ベニヤ板かプラスチック板に拡大した二人の写真が貼り付けてあるのだろうか。  
「言葉のセンス」と言ってしまえば身も蓋もないのだが、國森は文脈に即して適切な意外性のある言葉を選び取る感覚が優れている。また「定型のリズム感」と「結句の着地感」は密接に関係しているのだが、短歌の印象は下句で決まることが多い。上に引いた歌の下句を見てみると、「舌のうえには / いちまいの羊歯」は、音数が3・4と5・2となっており、ほぼ左右対称であることが着地感を生み出している。二首目は「降るものはなく / きよらかな円」で、5・2と5・2で今度は同じ音数の反復がリズムを作る。三首目は「葉擦れのように / 鳴らすスカート」で4・3と3・4、四首目は「溶かして渡す / 朝の珈琲」でまた4・3と3・4、五首目は「あなたのかたちを / 切り抜く真昼」で4・4と4・3。四句が増音されている五首目を除けば、いずれも左右対称型か同音数反復型である。國森が意識してそうしているのか、それとも無意識のうちに短歌のリズムを感得しているのか定かではないが、内的韻律に欠けることが多い現代口語短歌のなかでは、古典的な印象を受けるくらいに國森の短歌は韻律が優れている。
 集中で特に個性が光るのはリケジョならではの次のような歌だろう。
無いものは無いとせかいに言うために指はしずかに培地を注ぐ
コロニーと呼べばいとしい移民たち生まれた星を数える真昼
蛍光を放つかすかな色調を96けつプレートに置く
鈍色のきりんの群れが鉄を食む足元をゆく工場の朝
ナトリウムイオンの量でかなしみを測るあなたは定時に帰る
 一首目は菌を培養するためにシャーレに寒天培地を流し込む作業を詠んだ歌である。科学者は何かが存在することを証明するためではなく、存在しないことを証明するために実験をすることもあるのだ。二首目の「コロニー」は増殖した菌の塊のことで、顕微鏡で菌の数を数えているのである。菌を星に喩えたところに対象に対する愛情が感じられる。三首目では「96穴プレート」という専門用語が効果的。なぜ96かというと、8×12コの穴が並んでいるからである。四首目は工場の風景で、鉄骨を持ちあげるクレーンをキリンに喩えている。クレーンをキリンに喩えるのは常套手段ではあるが、「鉄を食む」にリアル感がある。五首目のナトリウムイオンはおそらく涙に含まれたイオンのことだろう。いかにも化学分析を職業とする理系人間の使いそうな言葉だ。
 「かたおもい」と題された連作には折り句が集められている。
正解をみつけたことを知らせずにぐいと飲みほす檸檬サイダー  せみしぐれ
読まれずに砂に埋もれた手紙には枇杷の葉ひとつ綴じられており  よすてびと
向こう岸 手を振るひとに告げぬままポラロイドには海だけのこし  むてっぽう
 折り句であることを忘れても十分に鑑賞に耐えるよい歌で、作者が言葉の斡旋に長けている人であることがよくわかる。才能に溢れた歌人の出発を喜びたい。最後にいつものように心に残った歌をいくつか挙げておこう。
千葉行きの車輌で向かいあうひとのつまさきばかりひかる二時半
うすがみに包まれているはつなつをひらいて僕らは港へ向かう
ゆうやけを縫いつけてゆくいもうとの足踏みミシンはちいさく鳴いて
指先にかすかな色をのこしつつ今日がひらいてゆく青の町
薄氷うすらいの蝶は遙かなひとからの手紙のようで触れたらひかり
色つきのひよこは知らない明日など見ずに空だけ見て鳴いている

 

第207回 松岡秀明『病室のマトリョーシカ』

眉の無い男の背の磔刑図を背景として羽斑蚊ハマダラカ飛ぶ
松岡秀明『病室のマトリョーシカ』
 眉がなく背中にキリスト磔刑図の刺青をしている男は、まちがいなくその筋の人である。作者は医師をしているので、診察に来る患者の中にはその筋の人も当然いるのだ。病は人を選ばない。病を得たら人皆患者である。ここまででもギョッとするのだが、何と磔刑図を背景としてハマダラ蚊が飛んでいるというのだ。単に蚊ではなく、ハマダラ蚊と生物学的に正しい名で呼ぶ所がさすがに医師なのだが、日常を超えたディテールの正確さがかえって歌に非日常性を与えている。おもしろい歌である。
 作った松岡は「心の花」所属の歌人。『病室のマトリョーシカ』は第一歌集である。50歳の時に突然短歌を作り始めたというのが2007年のことだから、今年還暦を迎える年齢だろう。精神科医であると同時に文化人類学者でもあるという。本歌集にも収録されている「解剖棟」で心の花賞の俵万智賞を、その数年後「病室のマトリョーシカ」で心の花賞本賞を受賞している。本歌集の前書きは俵万智、あとがきと編集は藤島秀憲が担当している。
 昔から医師にして文学者という人は数多い。しかし本歌集を一読して驚くのは、作者松岡の活動の幅広さと奥深さである。松岡は精神科医として終末期ホスピスに勤務しているらしく、医療の現場を題材とした歌が多くある。作者にとっては職業詠である。
ホスピスへの入院希望を書く紙に誰の意志かをただす欄あり
患者らの漕ぐ車椅子ゆつくりと森の方へと光をはこぶ
罫線も活字も美しき赤なるは麻薬を処方するための紙
Fの音わづかに低い古ピアノ患者弾きをりその思ひ出を
サングラスをかけぬ写真はないといふ女のひとみ深井のやうに
 一首目、「誰の意志かを質す」にドキッとする。当然ながら本人の意志ではなくホスピスに入る人もいるのだろう。「紙」がいささか気になる。二首目、ホスピスは死にゆく人が入る場所なので、海のほとりや森の中のような自然の豊かな美しい場所にあってほしい。松岡の勤務するホスピスも蝉やヒヨドリが鳴く山近い場所にあるようだ。「光をはこぶ」に明るさが感じられる。三首目、終末期の痛みの軽減のためにモルヒネなどの麻薬を用いることがある。目的は何であれ麻薬なので、一般の処方箋と区別するために赤くしてあるのだろう。医療従事者にしか知り得ないディテールが歌のリアリティを生み出している。四首目、患者が弾くためにホスピスにはピアノが置かれている。患者が弾いているのは「思い出のグリーン・グラス」(Green, green grass of home)である。実はこの歌は処刑前夜の死刑囚の歌なのだ。「低い古ピアノ」は「低き古ピアノ」でよいと思うが。五首目、視線恐怖症の患者を読んだ歌である。世の中には実に多くの病があることに驚く。
 若い医学生だった頃の解剖実習を詠んだ「解剖棟」にも、「実習を行なふ棟は空母のごとし 遺体二十五われらを待てり」、「回盲部に探し当てたる神経の光見紛ふ古き白磁と」など印象的な歌がある。
 職業を離れた松岡の関心が向くのはひとつには音楽である。レコードを多数所有しているようで、ジャズに詳しいらしいがクラシックの素養も相当なものだ。「五千ほどあるレコードのほとんどを記憶してゐるどうだ俺」と題された連作があるほどだ。
Harmonia mundi世の調和などてふことは鍋のなか(のみに!)顕はるるものとこそ知れ
幼子が持ち来るレコードを手に取れば〈世のおはりのための四重奏曲〉
無伴奏ヴィオラは降りて最弱音ピアニッシモ つひに二人に浄夜は来たり
 Harmonia mundiはクラシック愛好家には馴染みのフランスのレーベルである。二首目の幼子は作者の娘。「世のおはりのための四重奏曲」はオリヴィエ・メシアンの作品。子が持って来たレコードが「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」であればよかったのだろうが。ちなみに私はパリのトリニテ教会でのクリスマスミサでメシアンの弾くパイプオルガンを聴いたことがある。メシアンはこの教会付きのオルガニストだった。三首目の「浄夜」はシェーンベルクの弦楽六重奏曲。
 松岡はまたサッカーのブレーヤーでもあり、審判員の資格も有しているという。下の三首目と四首目はロンドンでアメリカの女子サッカーチームと対戦した折の歌である。
敵のミッドフィルダーの袖引つ張れば鎖骨のしたにキスマークふたつ
落ちてくるボールをめざし走るときわれとわが身は空へ溶けだす
薔薇園のベッカムといふくれなゐのかなたボールの上がり落つる見ゆ
ポニーテールの赤毛なびかせルーシーはギャロップにかへわれを抜き去る
 さらに松岡は自ら料理の腕を振るう人でもある。集中に「平日の晩餐をなすはわれにあり」と題された連作があるほどだ。
俎板に障泥烏賊あふりいか五杯のつたりと砥石の音に聞き入りてをり
豚バラをオーヴンに入れ火をば点け〈紫の煙パープル・ヘイズ〉を口ずさむ、ふと
挽肉を捏ね俎板へ叩きつけ叩きつけして時は流るる
出刃菜つ葉中華肉切りそれぞれの光のなかで秋は更けゆく
牛尾鍋テイルシチュウ情事アフェアーに通ずるものあらば肉を喰らふといふことならむ
 四首目にあるように、出刃包丁、菜切り包丁、中華包丁、肉切り包丁を揃えているらしい。しかも砥石を使って自分で研ぐのだから本格的だ。実は私も我が家の料理人で、菜切り包丁、出刃包丁、柳刃に砥石3種は備えているが、さすがに中華包丁までは持っていない。脱帽である。
 このように松岡の活動の幅広さと奥深さにまず目が惹かれてしまうのだが、ここで立ち止まって松岡の歌の美質を考えてみると、そのひとつは「連作の力」であることはまちがいない。〈一首の屹立〉、つまり「名歌主義」を目指すのではなく、連作を構成することによって歌の力を発揮させるということだ。受賞対象となった「解剖棟」も「病室のマトリョーシカ」も連作によってドラマが生まれている。
 また医療現場に材を得た歌は、確かに素材の目新しさに新奇性があるのだが、二度読み返してみると、何気ない歌におもしろいものがあることにあらためて気づく。たとえば次のような歌である。
膝裏に静脈透かせ娘らが手をつなぎ来て噴水の夏
牛を積む車と洋式霊柩車が権田原交差点を行きすぎにけり
髪形はひとの悩みを現はすと説く占ひ師頭髪はなし
高名な眼科教授の卓上に源氏パイひとつぼつねんとあり
ネクタイを買ふために行く伊勢丹へ そのためにだけネクタイをせり
 一首目は青春性が輝くような歌だが、ポイントは膝裏に透ける静脈である。身体の部分への注目はやはり医師ならではだろう。二首目は牛を運ぶ輸送車と霊柩車の取り合わせに、「権田原交差点」という固有名が効いている。三首目は人を喰ったような歌でこれはこれで味わいがある。四首目も「眼科教授」と「源氏パイ」の組み合わせが愉快。五首目、ネクタイを買いに行く時にしかネクタイを締めないのならば、そもそもネクタイは何のためにあるのかという存在論的疑問が浮かぶ。
 最後にいつものように付箋の付いた歌をいくつか挙げておこう。
エビスビールの空き缶蹴れば冥府へとひとを誘ふ軽き音せり
アイスパック瞼におけば浮かびくる地に崩れゆくチャウシェスク夫妻
わがうちに失語症の女一人ゐて「希望」の類語おほかた食めり
鎌となり向日葵一反刈りぬべしエル・グレコ描く冴ゆる夕べに
われもまた影持つゆゑに患者らの影と影とが遊ぶを見詰む
野に花をそしてわれらに永訣を運びゐし秋の陽冷えゆけり
 『病室のマトリョーシカ』は晩成の第一歌集ながらも、内容充実し近年珍しい男歌の歌集である。
 蛇足ながら、連作の題名が「八月の芝のピッチや濤しづか」、「平日の晩餐をなすはわれにあり」、「晩餐に対をなすものあまたあり」のように俳句になっていたり、「夏風邪でわが祖母の家のガラス窓のごとくかすかにわれは波打つ」、「病院のなかを駆けづり回つてもブラックジャックはどこにもいない」、「またとない十二時半は檜町公園の芝で喰らふバーガー(自家製)」のように短歌になっていたりして楽しい。中年男には遊びが必要である。

 

第206回 『桜川冴子歌集』

笑つてはいけない、いけない 眉検査に前髪を切り貼りつけて来ぬ
桜川冴子『キットカットの声援』
 一読して思わず笑ってしまった一首。作者は国語教師として女子校に勤務している。ミッション系の女子高校は校則が厳しいのだろう。服装検査の項目では髪型とスカートの長さが定番だが、眉検査というのもあるのだ。安室奈美恵のような細眉は御法度である。目の前の女子高生はそれを隠すため、自分の前髪を少し切ってソックタッチで貼り付けて来たのである。この歌の次に「髪を切りソックタッチで眉に貼る今ごろこんな生徒頼もし」という歌が置かれている。たぶんこの女子生徒はお叱りを免れたのだろう。
 作者は1961年生まれ。「かりん」に所属し、馬場あき子を師とする歌人である。『六月の扉』(1997年)、『月下壮子つきひとをとこ』(2003年)、『ハートの図像』(2007年)、『キットカットの声援』(2013年)の4冊の歌集があり、砂子屋書房の現代短歌文庫から『桜川冴子歌集』(2016年)が出ている。今回は『桜川冴子歌集』に拠った。
 桜川の短歌を読むときは、作者が福岡の伝統あるミッション系女子校の教員であること、自身もキリスト者であること、そして生まれ故郷が水俣であることが重要だろう。国語教師として生徒たちと接する日常からは、次のような瑞々しい職場詠が生まれている。
お祈りのときわれを見る生徒ゐてさりげなくわれも見て目を閉づ
太陽の母月影の父に囲まれて子はほそぼそと面談にくる
授業受くる生徒の膝に笑ふ膝怒る膝あり突き出してくる
〈わたくしを束ねないで〉と言ふやうに生徒出てゆく身を固くして
わが耳に聞こえぬ音を拾ひたる女子高生のさみどりの耳
 一首目、ミッション系の学校では礼拝の時間がある。祈るときは手を組み目を閉じるが、こっそり目を開けて先生の様子を窺う生徒がいるのだ。細かいことであるからこそ教室の様子が伝わって来る。二首目は三者面談の様子。子供の教育では母親が主役で父親は影が薄い。「子はほそぼそと」なので成績も芳しくなく自信のない子なのだろう。三首目、あまり行儀のよくない生徒は足を前に出したり、通路にはみ出したりする。生徒たちを膝で捉えたところがおもしろい。四首目、思春期の子供は周囲への同調と個我の意識の間を微妙に揺れ動く。「生徒たち」と十把一絡げにされることを嫌う気持ちが描かれている。五首目、聴覚は年齢とともに衰えるが、特に高波長音域の感度が鈍くなる。蚊の飛ぶようなモスキート音は若い人には聞こえるが、中高年には聞こえない。女子高生は何かの音に気づいてそちらに顔を向けたのだろう。「さみどりの耳」に一度切りの若さが感じられる。
 キリスト者が常に想わなくてはならないのは原罪である。我らはみな罪人であり神の赦しと救済を乞い願うところに信仰が成立する。桜川の歌の底流にはその想いが深く流れているようだ。
にんげんは人貶むるとき勢ふエルサレムのイエスの死より
花柄のハンカチ広げ草に食ぶソマリアのパンをわたしは奪ひ
菖蒲田にこころの種を蒔いてみるとき人間はやつぱりさびしい
寄せ墓の肩を寄せ合ふやうにゐる隠れ切支丹死の後もなほ
内戦に鳥はさまよひアレッポの石鹸に泡立つわれは平和か
 一首目、他人を貶めるときに勢いづく人間の性は、キリストが天に召された頃から変わっていない。二首目、草上のピクニックで私が食べるパンは、ソマリアで飢餓に苦しむ子供が食べるはずだったパンかもしれない。三首目の「人間は畢竟寂しい存在である」という述懐は深みから発せられた作者の心の声のように聞こえる。九州は布教が盛んに行われた切支丹の地である。桜川が殉教した二十六聖人や信仰を密かに守った隠れ切支丹に心を寄せるのは当然のことかもしれない。四首目は隠れ切支丹の島を訪れた際の歌。四首目、アレッポはシリアの都市でオリーブ石鹸が名産品である。アレッポ産の石鹸で手を洗いながらシリア内戦に苦しむ人たちを想っている歌だ。
 桜川の歌に眼前の景ではなく遠くに想いを馳せる歌が多いのは、我と人、あるいは我とモノの二者関係ではなく、我と人・モノと神という三者関係でこの世界を捉えているからではないかと思う。
 そして水俣である。言うまでもなく水俣では1950年代にチッソ水俣工場の廃液によって水俣病が発生し、多くの公害被害者を出した。豊かな不知火の海は有機水銀で汚染されたのである。
実験に使はれたりし水俣の狂へる猫を思ふ春月
浄土への道の法被のやうに咲く白木蓮の水俣の死者
はなびらは死を巻きながら散りゆくを首相来ざりき水俣五十年
ヘドロ埋めし水俣湾の蓮池に蒲の穂はじつと天を突くのみ
住民の亀裂を生みし水俣病人のなかにも苦海ありにき
 「人のなかにも苦海あり」とはまさに原罪の意識に他ならない。水俣に想いを寄せ苦しむ人の側に立とうとする桜川が、東日本大震災が起きたときに水俣とフクシマを重ねたのはよく理解できるだろう。
泣きながら家族を捜す被災の子見らるる者は見る者を射る
高レベル放射線廃棄物の泣くキリストが生れてまだ2011年
ミナマタの海の記憶をもつわれは眼を閉ぢてフクシマになる
かたむける壺に流るる民としてフクシマを見るわれのミナマタ
 集中で異色なのはチベットに旅し鳥葬を見た折の歌である。
青旗のヒマラヤをゆく禿鷹の臓器重く死者は沈みて
藍ふかく高き空より禿鷹は人の死待ちてその死貪る
禿鷹に食べてもらへぬわれなるか さびしい腕を空に翳せり
誰からも遠くありたし禿鷹が人の死食ふを黙し見る空
 チベット密教の信仰によれば、鳥葬は霊魂の離脱した肉体を天へと返す儀式だという。禿鷹の臓器がずっしり重いのは、人肉を食らったからである。驚くのは三首目の「禿鷹に食べてもらへぬわれなるか」だ。作者は鳥葬を恐ろしいもの、おぞましいものと見ておらず、その眼差しには清々しい憧れすら感じられる。また「誰からも遠くありたし」の句に厳しい孤絶が感じられる。強い印象を残す一連である。
 現代短歌文庫の『桜川冴子歌集』には短歌だけでなく歌論や、他の歌人による作者評も掲載されている。作者評で用いられている表現に興味を引かれた。小島ゆかりは桜川を「花曇りの人」と呼び、明るさの内外にうっすらと花曇りが立ちこめているという。また福島泰樹は桜川と乗り合わせた電車の中での「闇のように暗く深い孤独を纏った白い顔」、「一点に注がれたまま微動だにしない切れ長の目」を回想している。それはある意味当然である。短歌のような文芸を志す人は、ただ明るいだけの人ではない。ただ優しいだけの人でもない。心に深い闇を内蔵しているからこそ、深き淵から神を呼び歌を作るのだろう。
万羽鶴つと降り立ちて鏡なす水田暗めり己の闇に
 『月下壮子』の中で最も美しい歌である。鶴が自分の闇で水張田に影を作る。闇は己の内にこそある。しかし闇あっての光であることもまた言うまでもない。

 

第205回 体言止め考

ふちのない眼鏡が割れるはかなさでステンドグラスのうつる階段
小島なお
 今回は短歌における体言止めについて考えてみたい。掲歌は、「ふちのない眼鏡が割れるはかなさで」までが連用修飾句で、英語なら副詞句に相当する。ここでいったん切れがある。残りの「ステンドグラスのうつる階段」は連体修飾句「ステンドグラスのうつる」+体言「階段」という構造で、典型的な体言止めとなっている。
 一般に体言止めは倒置法などと並んで、動詞終わりになる結句の単調さを避け、結句の多様性を増す修辞的手段とされている。修辞という観点からはその認識は正しいのだが、歌における意味の生成という意味論的観点に立てば、その認識は少しく不十分である。
 言うまでもなく文の基本構造は主述関係であり、主語となる体言、たとえば「ラビ」に何らかの助詞を付し、述語となる用言と主述関係を結ぶことにより「ラビは今日寝坊した。」と文が出来上がる。「明日大学に行く?」「うん、行く。」のように主語を省略できる日本語では、文の中核は述語であり用言である。国語学では用言が陳述(何々であると断定すること)の力を持つとされている。従って文末に用言を欠く体言止めは、文として不完全だということになる。
 国語学ではこの問題に古くから関心が払われていた。なぜなら物音に気づいて「あ、メジロ!」と叫んだり、「何を探しているの?」という問い掛けに「家の鍵。」と答えることは日常よくあることで、「あ、メジロ!」も「家の鍵。」も用言を欠く不完全な文だからである。不完全なのに用を果たしているのはなぜかという問に答えなくてはならない。
 この問題を最初に考察したのは国語学者の山田孝雄よしお(1873-1958)である。山田は文の類型として「述体句」と「喚体句」を区別した。山田の「句」は「文」に当たるので、実際は「述体文」と「喚体文」と理解されたい。「述体句」とは「花は紅なり」のように主述関係が明確にあるものを言う。一方、山田が「喚体句」としたのは、「あはれうるはしき花かな」「みかさの山に出でし月かも」のように、〈体言+感動助詞〉の形式を持つものである。さらに「喚体句」は、「あはれうるはしき花かな」のように感動を表す感動喚体と、「あはれしりたる人もがな」のように願望を表す希望喚体に二分される。山田の考察によって、感動助詞の有無は措くとして、文末に用言を欠く不完全な文も立派に文の一類型として認められることとなった。
 短歌との関係で特に注目されるのは、静岡県立大学教授・坪本篤朗あつろうの「〈存在〉の連鎖と〈部分〉/〈全体〉のスキーマ – 「内」と「外」の〈あいだ〉」というやたらにカッコの多い論文だ(坪本他編『「内」と「外」の言語学』開拓社、2009)。坪本は自身が「ト書き連鎖」と命名した用法に注目する。「ト書き連鎖」とは次のような体言止めの一用法を言う。
1) レンコ、バス停に止まっていたパス飛び乗る。閉まるドア。
2) 死んだ時間を重ねる渡辺。そこに突然「生のイメージ」の笑い声が聞こえる。
 「ト書き連鎖」と呼ぶのは、この用法が芝居のト書き、写真のキャプション、物語の粗筋や解説などに多く見られるからである。このような体言止めは歌の歌詞にも用いられる。たとえばスキマスイッチのヒット曲「かなで」に次のような一節がある。

 突然ふいに鳴り響くベルの音
 焦る僕 / 解ける手 / 離れてく君

 坪本の論文をざっくり要約すると、ト書き連鎖の言語学的特徴には次のようなものがあるとされている。
 (A) 知覚と存在の意味に密接に関係する。
 (B) 状況や出来事を表すことができる。
 (C) 体言に着目すればモノ、全体を考慮すればコトという両義性を内包している。
 少し解説を加えると、(A)は喚体句の特徴そのもので、「あ、雪。」とは、雪が降っていることに今気づいた時に発せられる文で、雪の存在と雪の知覚を表現したものである。ここで重要なのは、このような喚体句は知覚主体(=何かに気づいた人)と現場(=気づいた場所と時間)を内包しており、現場密着性の強い文だという点である。逆に言えばト書き連鎖を用いることで、言語表現の中に現場を作り出すことができる。
 次に(B)だが、「立ちすくむ佐八。その時、背後の風鈴がいっせいに鳴り出す。」の「その時」が示しているように、「立ちすくむ佐八。」は「佐八、立ちすくむ。」とほぼ同義で、人ではなく出来事を表している。なればこそ、それを受けて「その時」と時間副詞を用いることができる。このト書き連鎖の出来事性は、上に引いた「焦る僕 / 解ける手 / 離れてく君」という歌詞にも明らかで、駅での恋人たちの別れの場面で起きる出来事を、ストップモーションのように表している。
 しかし文脈によっては、「立ちすくむ佐八。彼をなぐさめる老人。」のように、「佐八」を「彼」という代名詞で受けることも可能で、ここから(C)のようにモノとコト、すなわち人・物という個体解釈と、出来事解釈の両義性が導かれる。
 さて、ここまでの考察を基にして、短歌でト書き連鎖的に用いられた体言止めには、次のような意味論的特徴と効果があると言えるだろう。体言止めは短歌内の〈私〉の知覚を表し、知覚の場としての現場を強く暗示する。〈私〉が知覚したのは何ものかの〈存在〉であるが、それはモノであると同時にコトでもあり、個体と出来事の両義性の間をたゆたう。掲歌の「ステンドグラスのうつる階段」を例に取れば、それは「階段」であると同時に「階段にステンドグラスがうつっている」という出来事でもある。
 いくつかト書き連鎖用法の体言止めの例を挙げてみよう。
弾く者の顔うつすまで磨かれてピアノお前をあふれ出す河  服部真理子
われらは原子炉の灯をともし黄色おうしょくの花さかさまに咲かすひまわり  藪内亮輔
ほのひかる垂線ほそくふとくほそく秋雨に濡れはじめたるビル  小原奈実
海のあることがあなたをひらきゆく缶コーヒーに寄る波の音  澤村斉美
いちにちの読点としてめぐすりをさすとき吾をうつ蝉時雨  光森裕樹
 服部の「あふれ出す河」、藪内の「黄色の花さかさまに咲かすひまわり」、小原の「秋雨に濡れはじめたるビル」、澤村の「缶コーヒーに寄る波の音」、光森の「吾をうつ蝉時雨」、いずれもここで云うト書き連鎖的に用いられた体言止めである。たとえば小原の例を取ると、短歌内の〈私〉の視線が捉えているのは「濡れはじめたビル」であると同時に、「ビルが雨に濡れはじめている」という出来事である。知覚された出来事は、その反照として出来事を知覚した〈私〉の存在を炙り出す。また服部と澤村と光森の歌では、出来事を捉えているのは視覚ではなく聴覚である。
 このように短歌においてト書き連鎖的に用いられた体言止めは、単に結句の単調さを回避する修辞的技法としてだけではなく、歌の中に知覚主体の〈私〉と知覚の場を作り出し、モノとコトの両義性を実現することによって、歌に奥行きを与えているのである。
 ただし注意しなくてはならないのは、すべての体言止めがこのような効果を持っているわけではないということだ。そもそも喚体句には、〈連体修飾句+体言〉の連体修飾句内の用言が動的な出来事を表す動詞でなくてはならないという制約がある。

 3) 流れ出す音、閉まるドア、鳴り響く鐘、降り注ぐ雨
 4) 美しい花、青い空、再結成されたバンド、外に続く廊下

 3)は動的な動詞を連体修飾句に持っているので喚体句であるが、4)は状態・属性を表す静的な用言なので喚体句ではなく、出来事を表すことができない。したがって次のような歌の体言止めは、ここで言うト書き連鎖的に用いられた体言止めではない。
「姫の役やりたい人はいませんね」決めつけられて秋の教室  笹公人
遠くまで聞こえる迷子アナウンス ひとの名前が痛いゆうぐれ  兵庫ユカ
 次のような体言止めにも注意が必要だ。
レシートの端っこかじる音だけでオーケストラを作る計画  笹井宏之
六ヶ月は死なない前提で買う六ヶ月通勤定期  岡野大嗣
 これらの歌の連体修飾句の動詞「作る」「買う」は意志的動作を表す動詞である。そもそも喚体句は、「あ、雨。」のように発話の場に(突発的に)生じた出来事を、知覚主体が知覚する様を表すものなので、その出来事は主体が観察者として観察できるものでなくてはならない。しかるに「作る」「買う」のような動詞は自分が意志的に起こす動作であり、外的に観察できる対象ではない。したがってこの類の動詞を含む〈連体修飾句+体言〉もまた、ここで言うト書き連鎖的体言止めではなく、出来事を表すことができない。
 また次の歌の体言止めもト書き連鎖的に用いられた体言止めではない。
甘い酒ばっかり飲んでいる人のキスを振りほどいたら満月  岡崎裕美子
舗装路に雨ふりそそぎひったりと鳥の骸のごとく手袋  内山晶太
死ののちのお花畑をほんのりと思いき社員食堂の昼  内山晶太
この頃思い出ずるは高校の職業適性検査の結果「運搬業」  花山周子
 一首目は「満月だ / だった」という断定の助動詞が略されたもので、二首目は「手袋があった」という存在動詞の省略、三首目は「社員食堂の昼に」の「に」省略による倒置法、四首目は「結果は運搬業だった」という文から助詞「は」と断定の助動詞を略したもので、もっぱら音数と韻律を考慮しての体言止めである。
 残る問題は、「鳴り響くベル」「離れる手」のような喚体句が出来事を表すとして、大きな体言(=名詞句)である喚体句がどうして出来事を表せるのかということだ。これは「火事」「デモ」「祭り」のような出来事名詞が出来事を表すのとは訳が違う。しかしこれは純粋に言語学の問題であり、歌人が考えることではないのでここまでにしておこう。

 

第204回 廣庭由利子『ぬるく匂へる』

夏さびて知らぬふりする月の頃ピアスをもとな揺らす間夜あひだよ
廣庭由利子『ぬるく匂へる』
 廣庭由利子は歌誌『玲瓏』と『未来』に所属する歌人で、『ぬるく匂へる』(2016)は『黒耶悉茗じやすまんのわーる』(2014)に続く第二歌集。塚本青史の帯文によると、廣庭はわずか入会2年で玲瓏賞を受賞したという。才人であることはまちがいない。
 改めて掲歌を見ると、相当に凝った造りであることがわかる。「夏さびて」は晩夏となり夏の勢いが衰えたさまを言う。「知らぬふりする月の頃」はいささか解釈に悩む。「知らぬふりする」の主語を「月」と取ることもできなくはないが、ここでは表現されない〈私〉とする。〈私〉が知らぬふりする、つまりわざと素っ気なくするのである。「もとな」の原義は「根元から」で、転じて「大いに」の意。ピアスが大いに揺れるのだから心が乱れているのだ。もとより〈私〉は恋する女性である。「間夜あひだよ」は逢い引きの間を隔てる時間、つまり恋しいあなたと会えない夜のこと。読み下すと、「夏に燃え上がった私の恋は、夏の終わりとともに勢いが衰えて、私は素っ気ない態度を取っているが、熾火のように燻る恋心はまだ消えず、あなたと会えない時間に心は乱れる」とでもなろうか。まるで一編の短編小説のように31文字から物語が立ち上がる様に驚かされる。動詞を「さぶ」「知る」「振りする」「揺らす」と4つも使っているにもかかわらず詰め込んだ感がないのは、よほど統辞の技術が巧みだからである。技巧派と呼んで差し支えなかろう。
 歌集を一読して脳裏に浮かぶキーワードは、「美」「古典」「自然」「物語」「韻律」となろうか。「美」を追求するのは塚本邦雄譲りの芸術至上主義を掲げる『玲瓏』の伝統で、「古典」に親炙することもまた塚本の遺産。自然との交感は文学に限らず日本の芸術の大きな特徴であるが、本歌集でも一首ごとに自然が詠み込まれている。著者は歌の素材と感興を求めて吟行するのが好みのようで、湯布院、知多、東北、伊勢、六甲山、京都と足を運んでいるが、視線が向けられるのは決まって自然、とりわけ草花である。
春うつつ紫羅欄花あらせいとうの花園をとびかふ蝶はひらかなに似て
咲き盛る牡丹の花の傍らをぬき足に過ぐけふのまひるま
あぢさゐは過去世の花ときめしよりあの日の深き藍を畏るる
さみどりの梅雨は晴れ間の蔓草のさやぎに萌すおもひのけぶり
千の接吻投げて散りゆく合歓がふくわんの花蘂にのこる昨夜きぞの夢解き
 一首目の「あらせいとう」、二首目の「牡丹」、三首目の「あじさい」、四首目の「蔓草」、五首目の「合歓」とほとんど一首ごとに草花が詠み込まれていて、さながら花園のごとき観を呈する。また「物語」は著者が古典に親炙しているためで、至る所に万葉や新古今の影が揺曳する。
 しかし特筆したいのは「韻律」である。五・七・五・七・七の中で歌の要となるのは三句目の五音である。三句は上句と下句を繋ぐ蝶番の役割を持ち、上句の五・七の内容を受け止め、それを下句の七・七へと受け渡す。韻律的には五・七で生じた急のリズムを五で緩めて、再び七・七の急へと振り向ける。例えば集中の次の歌を見てみよう。
土のの花の蘂踏みやはらかくけぶる暮春の月を見てゐる
 土の上に降り積もっているのは桜の花の蘂である。三句の「やはらかく」は統辞的には次の「けぶる」に掛かる連用修飾語だが、意味の上では上句の踏んだ蘂の感触をも表している。「やはらかく」が五・七を受け止め軽い淀みを作って、次の七・七へと繋げるところに短歌の内的韻律が生まれる。作者はこの点において実に巧みである。
帰りゆくひとの背中に夕まぐれ花咲く頃の色うばひつつ
くれなゐの夕日に黄色き罅ありてわが頬を焼く春のとまりは
うてなにも胸にもしづくする雨に蒼き影おく春のぬけがら
九輪草べにむらさきに咲き群れて花のいきれに野面のもせかぎろふ 注)
やはらかく灯ともる車輌に花首の折れたる薔薇を持つ男あり
 印象に残った歌を挙げた。廣庭の歌のもう一つの特質は、歌に詠まれた情景、特に時間と場所の指定が明確なことにある。例えば一首目、季節は桜の花の頃、時間は夕暮れ、場所は自宅だろう。日が暮れてあたりが薄暗くなり、桜の花の色がモノクロに推移する様が詠まれている。二首目の舞台はどこかの港である。季節は春で時刻はこれまた夕暮れだ。三首目も春だが時間は不明。四首目、九輪草が咲くのは初夏で、野面がかぎろうのだから、時間は昼間である。五首目の季節は分からないが、時刻は夜、場所は電車の中である。この歌は特に物語性が強く感じられる。花首が折れた薔薇の花束を持つ男にいったい何があったのだろうと想像力をかき立てられる。
 最後に一番印象に残った歌を挙げる。
けいとうげくわんはこぶしのほどをして剪ればいつときそらの明るさ
 鶏頭の花は鶏のトサカのような形状をしていて、確かに花としては大きい。庭に咲いた鶏頭の花を花鋏で切る。すると鶏頭の花の分だけ下から見る空が広くなり、空が明るく見える。人為と自然のつながりを感じさせると同時に、静謐な時間が描かれている佳品である。

注)「いきれ」は旧字で表示できないのでご容赦いただきたい。

 

第203回 蒼井杏『瀬戸際レモン』

縦向きの見本見ながら横向きに落ちてくるのを待つ缶コーヒー
蒼井杏『瀬戸際レモン』』
 一読して「アッ!」と思った歌だ。なるほど言われてみれば確かに自販機の缶入り飲料の見本は縦向きにディスプレイされている。しかし金を投入しボタンを押して出て来る現物は横向きである。当たり前と言えばそうなのだが、「なるほど言われてみれば」感が強い。短歌はこのように日常の些細なことを取り上げて「アッ」と思わせるのに適した詩型だ。そして一首の明意 (explicite meaning)、語用論で言うところの「言われたこと」(what is said)の解釈が一応終了すると、一首は「短歌的喩」の作動によって暗意 (implicite meaning)のレベルへと跳躍する。掲出歌で言えばそれは、「外見と内実の相違」「理想の夢と現実とのくいちがい」ということになるのだろうが、たぶんこれは深読みのしすぎで作者の意図はそこにはあるまい。「作者の意図」をどうして私が推察できるのかは語用論の永遠の課題なのだが。
 蒼井杏『瀬戸際レモン』は昨年2016年6月に書肆侃侃房から新鋭短歌シリーズの一冊として刊行された。編とあとがきは加藤治郎。作者の蒼井杏については、2015年に「未来」に入会し加藤の選を受けるというプロフィールの記述以外不明。「空壜ながし」で2014年に中城ふみ子賞を受賞、同年「多肉少女と雨」で短歌研究新人賞次席に選ばれている。この年の新人賞は石井僚一の「父親のような雨に打たれて」である。
 「多肉少女と雨」は選考委員の米川千嘉子に高く評価された。曰く、「はかないもののニュアンスが面白く描き分けられている」、「雨と多肉植物のイメージをうまく使って自分の孤独や淡い悲しみをうまく出している。」
 たとえば次のような歌である。
百足の上履き駆けてゆく廊下 / おいてきぼりの / 目覚めれば、雨
ピーターの絵本のように函入りの記憶がありますひもとけば、雨
花びらをうまく散らせぬ木があってもう少しだけ見ています、雨
この世からいちばん小さくなる形選んで眠る猫とわたくし
生きているわけです死んでいないので目覚めたときの天井のしみ
 一方、穂村弘は「自己完結性が魅力ではあるけれども、ややマイナス方向に勝手に行ってしまうところがある」と指摘する。栗木も「結句を淡くまとめすぎているところがある」と述べ、結句に終止形と体言止めが多くヴァリエーションに乏しいと苦言を呈している。
 歌を読むときにはよい点を見つけるというのが私の方針なので、今回もそれに従うことにすると、いいなと思ったのは「口語のしらべの柔らかさ」と「リズムとオノマトペ」である。口語を使って短歌的しらべを作るのはかんたんそうで実はむずかしい。それが比較的うまくできているように思う。上の歌でいうと、一首目の上句「百足の上履き駆けてゆく廊下」で体言で切り、さらにスラッシュを使って区切りを強調し、下句は「おいてきぼりの」で切って意味を宙づりにして、結句も「目覚めれば」の五音で区切り、読点を隔てて「雨」で終わる。作者はおそらく音の感覚の鋭い人で、しらべとリズムの組み立て方に工夫がある。
 オノマトペを拾うと次のようなものがある。
マヨネーズのふしゅーという溜息を星の口から聞いてしまった
ひとりでに落ちてくる水 れん びん れん びん たぶんひとりでほろんでゆくの
とらんぽりん ぽりんとこおりをかむように月からふってくるのだこどくは
百までをとなえつつわたし猫になる なーに、なーさん、なーし、なーご
くしゅくしゅと洗濯ネットにブラウス入れて洗うのあわあわうふふ
やきとりの串をんんっとはずしつつこういうふうにしみてゆくんだ
 一首目、マヨネーズのチューブから空気が漏れるときの音を「ふしゅー」と表現しているが、確かにそういう音がする。二首目は雨だれのおとを「れん びん」としていて、これはもちろん「憐憫」の音を借りたもの。三首目では「とらんぽりん」は体操競技のトランポリンで、後半の「ぽりん」だけを取ってオノマトペにしている。四首目、数を数えるとき「ななじゅうに」ではなくぞんざいに「なーに」と発音しているのだが、「ななじゅうご」が「なーご」になって猫になる。五首目には「くしゅくしゅ」「あわあわ」「うふふ」と3つオノマトペがある。六首目、焼き鳥の串を外すとき箸に力を入れるがそれを「んんっ」と表現しているのだ。これらのオノマトペはなかなか効果的に使われて、やはり作者は音感の鋭い人かと思う。
 印象に残った歌をもう少し拾ってみよう。
板チョコをぱきっぱきっと割りながらたましいの重さ考えている
空壜が笛になるまでくちびるをすぼめるこれはさびしいときのド
かなしみは縦に降るから日傘さすななめの影をじっと見つめる
ひとつずつだれかに見せたい夕焼けを閉じ込めている電信柱
シャンプーの入った耳をとんとんと世界中をうらがわにして
タラップをおりてゆくときてのひらをひらいた場所から雨になります
 一首目ではどこからポエジーが発生しているかというと、前半の「板チョコを割る」という日常的風景と、後半の「たましいの重さを考える」という非日常的な形而上的思索が一首の中に取り合わせられているところにある。魂にもし重さがあるとすれば、それは割った板チョコひとかけらくらいかと考えているのだ。不可視のものを形象化できるのが短歌の手柄である。二首目、作者はよほど空壜が好きなのかよく登場する。子供の頃によくやったように、空壜の口に唇を着けて息を吹き込むと、壜が「ボー」と霧笛のように鳴る。「笛になるまで」に表現上の工夫がある。三首目は特に好きな歌で、上句の「かなしみは縦に降るから」が秀逸。雨かと思うと日傘が出て来るところにも意外性もある。四首目、電信柱に夕焼けが閉じ込められているという空想がおもしろい。私の世代だと電柱と言うと別役実を思い浮かべる。五首目、髪を洗っていてシャンプーが耳に入ってしまった。片足で立ってとんとんと跳んで耳から出そうとする。そのとき意識は耳の内部に集中するため、耳の中が前景化され、逆に外の世界が反転して裏側になる。その感覚をうまく歌にしていて秀逸。六首目、どこかの地方飛行場で飛行機から降りているのだが、折しもボツリと雨が降り始める。誰しも確かめるために思わず手の平を上に向ける。そうして雨を感じた場所から雨が降り始めるという捉え方がおもしろい。世界の造りは私の感じ方に依存しているのだ。
 とはいえ気になるところもある。これは蒼井ひとりの問題ではなく、口語短歌全体の問題なのだが、ひとつは助詞の処理である。「百足の上履き駆けてゆく廊下」や「日傘さす」では、「上履きが駆けてゆく」「日傘をさす」の助詞ガやヲが省略されている。口語で助詞を省くとはしょった言い方という感じを拭えない。文語ではたとえば「丘ひとつ崩さるる日々まつぶさに驚くばかり空広くなる」(大島史洋)のように「丘が」や「空が」のガは省く方がふつうで、省いてもはしょった言い方にはならない。これはおそらく漢文の影響で、漢文では「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」のように、助詞の省略はふつうのことである。文語の背後には漢文脈が透けて見える。口語短歌では音数合わせのためにどうしても助詞を削らなくてはならないことがあり、それがはしょった感覚を残してしまうのだ。
 もうひとつは短歌研究新人賞の選考座談会で栗木が指摘したように、結句の単調さである。体言止めでなければ、「竹輪をかじる」「生まれたかったな」「ゆっくり潰す」のように終止形または終止形+感動助詞ばかりで、どうしても単調になってしまう。またこれは既に書いたことだが、終止形は辞書形であり、英語で言うと動詞の原形(活用していない形)に相当する。つまりは文を作る素材の段階に留まっているので、出来事感、つまり何か出来事が確かに起きたという感覚に乏しい。出来事感が希薄な結句は勢い結像力も弱い。このため全体として色彩が薄く、ふわふわした淡い印象を与えてしまうのである。
 しかしぐるりともう一周して考えてみると、このような文体は低体温でフラットな若手歌人たちの作歌姿勢に妙にフィットしていると見ることもできなくはない。もしそうだとしたらあまり言うことはなくなってしまい、かのウィットゲンシュタインが言ったように沈黙するしかないのだが。

第202回 菊池裕『ユリイカ』

ドナーから移植患者レシピエントへうつり棲む臓器をぢかに触れるゆびさき
                                                                   菊池裕『ユリイカ』
 臓器の生体移植を詠んだ歌である。提供者はドナー、移植対象はレシピエントとカタカナ語で呼ばれる。乾いた感触のカタカナ語は日本語に付きまとう情緒を剥奪し、対象を突き放して見る効果を伴う。とはいえ執刀する医師が相手にしているのは生きた人間であり、生きた臓器である。そこには体温があり、触れるとぬらりとした感触がある。医師の指先はそれを感じているはずだ。この歌のポイントは「うつり棲む」で、まるで引っ越しのように臓器に意志があり、臓器が主体的に移動しているかのようだ。まさに「分断された身体」であり、古典的な統一された身体と人格という考え方が通用しなくなった現代を象徴する場面と言えよう。とても現代的 (contemporary) な歌で、同時代的 (con-temporary) であることは菊池によって重要なことなのだ。
 第一歌集『アンダーグラウンド』から11年ぶりの第二歌集である。2015年9月に刊行されたので、もう刊行から1年半くらい経過している。取り上げる機会を逸していたので今回論評してみたい。
 生活実感と短歌の〈私〉を重視する歌人は多く編年体を採用する。作られた順に歌を並べることで、歌集は日々の記録となり〈私〉の歴史となるからである。しかし生活実感よりも短歌に美もしくはそれ以外のものを求める人は、歌集を構成的に編もうとする。菊池は明らかに後者である。『アンダーグラウンド』では「都市譚」「禁忌譚」「冥界譚」の三部構成を取っていたが、本歌集では「即身」「早贄」「夜見」の三部構成となっている。あとがきの解説によれば、「即身」は成仏できない肉体の嘆き、「早贄」は社会の不条理を暗示し、「夜見」は文字通り夜を見ることであると同時に黄泉を黙示しているという。
副都心線のホームへなだれゆく群集心理さへも誤作動
空蝉の赤の他人にまぎれこむ指紋認証されドアが開く
あしひきの摩天楼から眼のまへのビルへとむかふランチタイムに
タクシーを拾ひ「黄泉へ」と告ぐる日の行く末どこにもなく迷ひたり
くびられるまへの動画を窃視せりオレンジ色の屍衣なびく見ゆ
 第一部「即身」から引いた。一首目、現代東京の通勤風景だが、「群集心理」と「誤作動」に主体性を剥奪された現代の私たちが描かれている。二首目、「空蝉の」は命、身、人に掛かる枕詞で、ここでは「他人」に掛かる。私たちのアイデンティティは指紋という皮膚模様になり果てている。「あしひきの」は山、峰に掛かる枕詞だが、ここでは都市の山である摩天楼に掛かる。四首目、古事記で黄泉へと降るのはイザナギだが、この歌ではタクシーが黄泉下りの乗り物となっている。「黄泉へ」と告げたはいいが、行く先がすでに失われているのである。五首目はおそらくイスラム国による人質の処刑場面だと思われる。処刑の場面がインターネットで配信され、世界中の誰もがそれを見るというものかつてない出来事である。
 これらの歌を見てもわかるように、菊池の作歌姿勢は〈私〉を詠うことにはなく、〈私〉が限りなく希薄化し浮遊する現代という時間と日本の社会を詠うことにある。『アンダーグラウンド』のあとがきに「現代の社会批評たり得ようと本書を編んだ」とあり、『ユリイカ』のあとがきには「今も同じ作歌姿勢である」と菊池ははっきりと書いている。したがって本歌集には、「同性婚」「アイドル総選挙」「カプセルホテル」「放射線量」「復興支援物資」「格差社会」などの時事的語彙が溢れている。
 では菊池の歌は「社会詠」に分類されるかというと、事はそうかんたんではない。というのも菊池の主眼は単に批判的な眼差しで社会を詠うことにはなく、現代社会の中でアイデンティティが希薄化し浮遊する〈私〉の位相を社会との関わりのなかで浮き彫りにすることにあるからである。短歌が抒情詩である限り〈私〉を去ることはできないのだから、それはある意味当然のことだろう。
 前回『アンダーグラウンド』を取り上げたとき、藤原龍一郎の短歌世界との類似と相違を指摘し、藤原と異なり菊池の歌にはあまり固有名が登場しないと書いた。しかし『ユリイカ』にはわりに固有名が出て来る。いくつか拾い出してみよう。
ごく稀に脳裏をよぎる恍惚はロバート・キャパの視たる肉塊
触れたのは柔らかなもの 蜜蜂の蜜を垂らしたレヴィ=ストロース
名にし負ふサルトル生誕百年の何も無ければ昼ゆるびたり
ウクライナ民族詩人シェフチェンコ独立広場に遺棄したるもの
巴里の午後トマ・ピケティの薄笑ひ経済学を数値でわらふ
ビジネスが少し遅れて痩せてゆくアルビン・トフラーふうにいふなら
幕末に生まれ昭和に暮れ泥む平沼騏一郎の暮色や
菜食をこのむ貴様のゆびさきにジョルジュ・ソレルの暴君がゐる
 固有名は共有知識に基づくコノテーション(共示的意味)が豊かので、歌に詠み込むだけで意味の広がりを得ることができる。一首目のキャパは最も有名な戦場カメラマンだから、その名前の向こう側に去来するのは戦争である。二首目は文化人類学者レヴィ=ストロース晩年の大著『神話論理』の第2巻『蜜から灰へ』。三首目のサルトルは1905年生まれだから生誕百年は2005年である。しかし特に記念行事も行われなかった。哲学・思想が社会をリードした時代は終わったのだ。四首目のシェフチェンコはロシア皇帝を批判する詩を書いて流刑になった詩人。キエフの独立広場は2004年のオレンジ革命の舞台となった場所である。五首目のピケティは大著『21世紀の資本』で話題になった経済学者で、暗示されているのは格差社会である。六首目のトフラーは『第三の波』で有名な未来学者。七首目の平沼騏一郎は戦前に総理大臣を務め、A級戦犯として巣鴨ブリズンで獄死した政治家。八首目のジョルジュ・ソレルは『暴力論』を表したマルクス主義者。
 固有名は豊かなコノテーションを持つのだが、共有知識に依存するので、知っている人にはわかるが、知らない人には何のコノテーションも伝えないという不利もある。上に引いた歌に登場する固有名を見ると、菊池がどのような現代社会の問題に関心を持っているかがわかる。藤原龍一郎の歌におびただしく登場する固有名は抒情の装置なので、両者の歌における固有名の機能はずいぶんちがうのである。微妙に異なりつつも相通じる作歌姿勢を持つ藤原は、通巻1100号を迎えた中部短歌会の『短歌』記念号に寄せた文章で、菊池の『ユリイカ』がその年の寺山修司短歌賞を受賞するだろうと予想していたが、案に相違して受賞しなかったので落胆したと書いている。
 さて、菊池のように「現代的」であることを重視する短歌の問題は、時が経過するにつれて古くなることである。「風営法改正」「格差社会」「ブラック企業」「過労死」などはニュースで報じられ新聞などで論じられている現代的問題だが、今から50年100年後にはその言葉の意味すらも忘れられているだろう。そのとき菊池の歌がどのように読まれるかはまったく想像できない。おそらく菊池自身は「いや、それでよい」と肯うことであろうが。
 最後に印象に残った歌を挙げよう。
たまかぎる夏至の日盛りはろばろと神の数式解くいとまあれ
日常の瑣事の坩堝にけぶり立つ けふ咲く花はけふを忘れる
眦の白い少女とすれ違ふわたしの影を踏んでゆくなり
墓碑銘を刻むことなき石塊の献花しをれて氷雨撃つのみ
不発弾処理にむかつたあのひとのゐないゆふひを見る会へ行く
何処までがこゑ何処までが身体か抒情ふるはせながら啼く百舌鳥
寒天のピアニッシモのふるへたりその観念の果てを視てゐつ
雛菊の首の折れたるところより腐るゆふべの言葉は無力
 特に心に沁みたのは二首目の箴言「けふ咲く花はけふを忘れる」だ。いくつの意味にも取れる。「今日咲く花も明日になれば今日を忘れる。それほど日常ははかないものだ」という意味にも取れるが、私は古東哲明の名著『瞬間を生きる哲学』にならって、「今日咲いている花は一心不乱に咲いているので、今という時間を忘れて咲くことに没頭している」という〈現在〉の滅却の意味に読んでみたい。そう読めば瑣事の坩堝もそう悪いものでもなかろう。
 現代では珍しい述志の男歌である。収録された500首を読むと心にずっしり重いものが残る。

 

第201回 光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』

小夜しぐれやむまでを待つ楽器屋に楽器を鎧ふ闇ならびをり
 光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』
 夜になり店を閉じた楽器店の軒先で雨宿りをしている光景である。照明を落とした店内はまっくらだが、ところどころに外光にかすかに光る金管楽器やヴァイオリンがうっすら見える。管楽器にしろ弦楽器にしろ、音を共鳴させるため内部は空洞にしてある。まっくらな店内に置かれた楽器の内部はさらに暗い漆黒の闇である。楽器が内部に闇を内包しているのではなく、闇が楽器をまとっているという視点の逆転がこの歌のポイントだ。しかもその様を「鎧ふ」と表現すると、美術館に展示された戦国武将の鎧兜がうっすら脳裏に浮かび、その様子が二重写しになることで、楽器店のショーウィンドーに荘厳な雰囲気が漂うという作りである。観察の鋭さもさることながら、光森が得意とする現実の知的処理が光る歌だ。
 光森裕樹みつもりゆうきは1979年生まれ。京大短歌会を経て現在は無所属の独立系歌人である。「空の壁紙」で2008年に第54回角川短歌賞受賞。第一歌集『鈴を産むひばり』(2010年)で第55回現代歌人協会賞受賞。2012年の第二歌集『うづまき管だより』は電子ブックの形で発表された。『山椒魚が飛んだ日』は昨年12月末に書肆侃侃房より「現代歌人シリーズ」の一冊として出版された第三歌集に当たる。編年体で371首が収録されている。
 歌集タイトルの『山椒魚が飛んだ日』は集中の「婚の日は山椒魚が2000粁を飛んだ日 浮力に加はる揚力」から取られている。飼育している山椒魚を水槽ごと飛行機で運んだのだ。だから水槽の水の浮力に加えて飛行機の揚力も働くのである。作者は会社を辞めて東京を引き払い、石垣島に移住し結婚して子供が生まれた。いずれも人生の一大事であり、それがそのまま本歌集の主題となっている。大きな主題があることがそれまでの二冊の歌集とのちがいである。
やはりはうしやのうでせうかと云ふこゑのやはりとはなに応へつつ、否と
蝶つがひ郵便受けに錆をればぎぎぎと鳴らし羽ばたかせたり
南風の湿度に本は波打ちぬ文字は芽吹くか繁りて咲くか
琉歌かなしく燦たり候石垣島万花は錆よりにほひにほふも
島そばにふる島胡椒さりしかりさりと小瓶を頷かせつつ
 一首目、「石垣島に移住することにしたよ」と知人に告げると、「福島第一原発事故の放射能が心配だからですか」と問われたのである。問うた人は俵万智のことが念頭にあったのだろう。作者は「そうではない」と答える。二首目と四首目には「錆」が登場する。塩分を含む海風が吹く島では鉄製品が早く錆びるのだ。沖縄本島よりさらに南に位置する八重山諸島は亜熱帯で、気候と植物相が本土と大きくちがう。新しい土地に住むことは、その土地の気候風土に慣れることである。三首目では湿気を含んだ南風のせいで本のページが波打つ様が詠まれている。水分を与えられた文字が芽を出すと、咲かせた花が歌となるのだろう。「蝶番」と「羽ばたく」、「文字」と「芽吹く」に詩的飛躍と圧縮がある。八重山はまた伝統芸能の島々でもある。四首目の琉歌は八・八・八・六を基本形とする定型詩。五首目、島そばは本土では沖縄そばの名で呼ばれる。「さり」「しかり」「さり」は漢字にするといずれも「然り」で、「そうだ」「そのとおりだ」の意。それを連ねて島胡椒を振る音を表すオノマトペにして、小瓶がうなずく様子を表している。
みごもりを誰にも告げぬ冬の日にかんむりわしをふたり仰ぎつ
六コンマ一の単位は光年か医師より授かる星図のごときに
たまひよのほほ笑むたまごは内側に耳くち持たむまなぶた持たむ
人名用漢字一覧を紙に刷り鉱石箱のごとく撫でたり
うたびとの名をまづ消してゆくことを眠りにちかき君はとめたり
其のひとが屈みこむ秋、胸そこの枯れ葉に火を打つ名はなんだらう
 生まれて来る子を待つ時間の歌である。誰しも経験することだが、期待と不安が交錯するかけがえのない十月十日だ。二首目の「六コンマ一」は超音波診断機の映像に映った胎児の身長で6.1センチなのだが、ぼんやりしたエコー画像はまるで星図のようで、単位は光年かと思えたという歌である。極小から極大への飛ばし方がいかにも作者らしい。三首目は出産育児雑誌の「たまごクラブ」と「ひよこクラブ」か。両方併せて「たまひよ」と呼ばれる。たまごはまだ生まれる前だが、内部にもう耳や口や瞼ができているのだろうと想像する。生まれ来る子への期待が溢れる歌だ。四首目もまた誰しも経験する命名の楽しみと苦労である。子の名前をあれこれ考えるのは楽しいが、なかなか決まらず悩むこともある。また名前に使える漢字には制限があるので、その範囲内で考えなくてはならない。「鉱石箱のごとく」という喩が切実だ。一読して笑ったのは五首目で、子供の名前が歌人の名前とかぶらないように、歌人の名前をまず候補から外しているのである。確かに「邦雄」や「茂樹」とか「妙子」や「晶子」はまずかろう。この歌集では生まれ来る子は一貫して「其のひと」と呼ばれている。六首目は子に付ける名がその子が歩む人生の道標となり糧となってほしいという親の願いが籠められた歌である。
 歌から読み解くと出産は難産だったようで、入院と手術を必要とし、生まれた子はすぐに保育器に入れられたようだ。集中の圧巻は何といってもこの緊迫した出来事を詠んだ一連だろう。
陣痛の斧に打たるる其の者の夫なら強くおさへつけよ、と
点滴の管のかづらが君を這ひあがりゆくのを吾は掻き分く
砕けつつ樹のうらがへる音をたてぼくらはまつたき其のひとを産む
保育器はしろく灯りて双の手の差し入れ口を窓越しに見つ
うしなはずして何を得むかたぶかぬ天秤におく手と目と口と
吾子のため削がるる手足目鼻口耳肉なれば此の手を終に
 連作では五首目の前に、病院から帰宅する途中、あるはずのない場所に石敢當いしがんとうが見えるという歌がある。石敢當は沖縄の魔除けである。このあたりから歌は幻想的というか妄想的な雰囲気が濃厚になり、子供を生かしてもらう代償として自分の手足を失う契約を悪魔と交わすという話になる。それを受けての五首目と六首目である。その後の三首は画面上表現できないのだが、歌の中にある手という文字と、口偏・手偏・肉月などの漢字部首が血飛沫とともに周囲に飛び散る体裁になっている。タイポグラフィー上の工夫も手伝って鬼気迫るものがある。
 第一歌集『鈴を産むひばり』を取り上げたときは、「世界の情的把握よりは知的把握に優れている」と評したのだが、それから6年が経過して、歌の中の「人生成分」の比重が増したようだ。現代短歌には近代短歌から継承した「人生成分」に加えて、「知的成分」と「空想成分」もあり、その配合の割合は歌人それぞれだ。光森の歌はどちらかといえば「人生成分」が少なく「知的成分」の割合が多かったのだが、移住、結婚、子供の誕生という人生の大事を経験すればこの変化は当然と言えよう。とはいえそこは言葉の手練れの光森のことなので、GANYMEDE59号に寄せた「トレミーの四十八色」題された連作では、48のプトレマイオス星座にこと寄せてそれぞれに異なる色を詠み込むという離れ業を見せている。

斬り落とすメドゥーサの首より散りゆける蛇よ流星群の山吹
戦闘馬車チャリオット壁画に彫られ牽く馬を弓にて狙ふ馭者の亜麻色

 このような技巧を駆使した歌もまた見所ではあるのだが、歌の中に想いが沈むような静かな歌が読後の印象に残った。

隣宅のドアノブの雪おちてをりさてもみじかき昼餉のあひだに
島時間の粒子を翅からこぼしつつ空港跡地は蝶ばかりなり
其のひとの疾き心音はなつかしく雨ふりどきのなはとびの音
ああ、雪 と出す舌にのる古都の夜をせんねんかけて降るきらら片
0歳を量らむとしてまづ吾が載りて合わせぬ目盛りを0に
ことばもてことば憶ゆるさぶしさを知らざるくちのいまおほあくび
ドラム式洗濯機のなか布の絵本舞はせて夏をうたがはずあり

 ことに六首目は印象深い。最初は目の前にある物を指さして「おはし」と親が言うことで幼児は物の名を覚える。現物学習である。このとき「おはし」という言語記号は指示対象と取り持つ「手触り」や「感触」や「重さ」などの豊かな身体的関係を内に包含する。しかし、年齢が進むに従って現物学習の機会は減り、「○○とは××のことだよ」と言語を用いて言語を教えるようになるにつれて、現実との豊かな身体的関係は失われてゆく。子供の成長は喜ばしいことだが、その影に一抹の淋しさを感じることがあるのはそのためだろう。言葉に敏感な歌人ならではの歌である。
 音声学者の教えるところによれば、生まれたばかりの嬰児はどのような言語の音でも発音できるのだそうだ。生後の言語の学習とは、その発音レパートリーを自分の母語の音へと狭め、他の音は捨てる過程と見ることもできる。成長とは可能性の縮減なのである。
 第一歌集『鈴を産むひばり』は帯なし、帯文なし、栞文なしのないない尽くしだったが、『山椒魚が飛んだ日』は書肆侃侃房より「現代歌人シリーズ」の一冊として出版されたせいか、帯も帯文も著者プロフィールもちゃんとある。小豆色の表紙の落ち着いた色と手応えのある厚さの帯が印象的な装幀だ。奥付によると昨年の12月21日の刊行なので、昨年度の歌壇の回顧には間に合わないが、今年の収穫として記憶されるだろう一冊である。