第204回 廣庭由利子『ぬるく匂へる』

夏さびて知らぬふりする月の頃ピアスをもとな揺らす間夜あひだよ
廣庭由利子『ぬるく匂へる』
 廣庭由利子は歌誌『玲瓏』と『未来』に所属する歌人で、『ぬるく匂へる』(2016)は『黒耶悉茗じやすまんのわーる』(2014)に続く第二歌集。塚本青史の帯文によると、廣庭はわずか入会2年で玲瓏賞を受賞したという。才人であることはまちがいない。
 改めて掲歌を見ると、相当に凝った造りであることがわかる。「夏さびて」は晩夏となり夏の勢いが衰えたさまを言う。「知らぬふりする月の頃」はいささか解釈に悩む。「知らぬふりする」の主語を「月」と取ることもできなくはないが、ここでは表現されない〈私〉とする。〈私〉が知らぬふりする、つまりわざと素っ気なくするのである。「もとな」の原義は「根元から」で、転じて「大いに」の意。ピアスが大いに揺れるのだから心が乱れているのだ。もとより〈私〉は恋する女性である。「間夜あひだよ」は逢い引きの間を隔てる時間、つまり恋しいあなたと会えない夜のこと。読み下すと、「夏に燃え上がった私の恋は、夏の終わりとともに勢いが衰えて、私は素っ気ない態度を取っているが、熾火のように燻る恋心はまだ消えず、あなたと会えない時間に心は乱れる」とでもなろうか。まるで一編の短編小説のように31文字から物語が立ち上がる様に驚かされる。動詞を「さぶ」「知る」「振りする」「揺らす」と4つも使っているにもかかわらず詰め込んだ感がないのは、よほど統辞の技術が巧みだからである。技巧派と呼んで差し支えなかろう。
 歌集を一読して脳裏に浮かぶキーワードは、「美」「古典」「自然」「物語」「韻律」となろうか。「美」を追求するのは塚本邦雄譲りの芸術至上主義を掲げる『玲瓏』の伝統で、「古典」に親炙することもまた塚本の遺産。自然との交感は文学に限らず日本の芸術の大きな特徴であるが、本歌集でも一首ごとに自然が詠み込まれている。著者は歌の素材と感興を求めて吟行するのが好みのようで、湯布院、知多、東北、伊勢、六甲山、京都と足を運んでいるが、視線が向けられるのは決まって自然、とりわけ草花である。
春うつつ紫羅欄花あらせいとうの花園をとびかふ蝶はひらかなに似て
咲き盛る牡丹の花の傍らをぬき足に過ぐけふのまひるま
あぢさゐは過去世の花ときめしよりあの日の深き藍を畏るる
さみどりの梅雨は晴れ間の蔓草のさやぎに萌すおもひのけぶり
千の接吻投げて散りゆく合歓がふくわんの花蘂にのこる昨夜きぞの夢解き
 一首目の「あらせいとう」、二首目の「牡丹」、三首目の「あじさい」、四首目の「蔓草」、五首目の「合歓」とほとんど一首ごとに草花が詠み込まれていて、さながら花園のごとき観を呈する。また「物語」は著者が古典に親炙しているためで、至る所に万葉や新古今の影が揺曳する。
 しかし特筆したいのは「韻律」である。五・七・五・七・七の中で歌の要となるのは三句目の五音である。三句は上句と下句を繋ぐ蝶番の役割を持ち、上句の五・七の内容を受け止め、それを下句の七・七へと受け渡す。韻律的には五・七で生じた急のリズムを五で緩めて、再び七・七の急へと振り向ける。例えば集中の次の歌を見てみよう。
土のの花の蘂踏みやはらかくけぶる暮春の月を見てゐる
 土の上に降り積もっているのは桜の花の蘂である。三句の「やはらかく」は統辞的には次の「けぶる」に掛かる連用修飾語だが、意味の上では上句の踏んだ蘂の感触をも表している。「やはらかく」が五・七を受け止め軽い淀みを作って、次の七・七へと繋げるところに短歌の内的韻律が生まれる。作者はこの点において実に巧みである。
帰りゆくひとの背中に夕まぐれ花咲く頃の色うばひつつ
くれなゐの夕日に黄色き罅ありてわが頬を焼く春のとまりは
うてなにも胸にもしづくする雨に蒼き影おく春のぬけがら
九輪草べにむらさきに咲き群れて花のいきれに野面のもせかぎろふ 注)
やはらかく灯ともる車輌に花首の折れたる薔薇を持つ男あり
 印象に残った歌を挙げた。廣庭の歌のもう一つの特質は、歌に詠まれた情景、特に時間と場所の指定が明確なことにある。例えば一首目、季節は桜の花の頃、時間は夕暮れ、場所は自宅だろう。日が暮れてあたりが薄暗くなり、桜の花の色がモノクロに推移する様が詠まれている。二首目の舞台はどこかの港である。季節は春で時刻はこれまた夕暮れだ。三首目も春だが時間は不明。四首目、九輪草が咲くのは初夏で、野面がかぎろうのだから、時間は昼間である。五首目の季節は分からないが、時刻は夜、場所は電車の中である。この歌は特に物語性が強く感じられる。花首が折れた薔薇の花束を持つ男にいったい何があったのだろうと想像力をかき立てられる。
 最後に一番印象に残った歌を挙げる。
けいとうげくわんはこぶしのほどをして剪ればいつときそらの明るさ
 鶏頭の花は鶏のトサカのような形状をしていて、確かに花としては大きい。庭に咲いた鶏頭の花を花鋏で切る。すると鶏頭の花の分だけ下から見る空が広くなり、空が明るく見える。人為と自然のつながりを感じさせると同時に、静謐な時間が描かれている佳品である。

注)「いきれ」は旧字で表示できないのでご容赦いただきたい。

 

第203回 蒼井杏『瀬戸際レモン』

縦向きの見本見ながら横向きに落ちてくるのを待つ缶コーヒー
蒼井杏『瀬戸際レモン』』
 一読して「アッ!」と思った歌だ。なるほど言われてみれば確かに自販機の缶入り飲料の見本は縦向きにディスプレイされている。しかし金を投入しボタンを押して出て来る現物は横向きである。当たり前と言えばそうなのだが、「なるほど言われてみれば」感が強い。短歌はこのように日常の些細なことを取り上げて「アッ」と思わせるのに適した詩型だ。そして一首の明意 (explicite meaning)、語用論で言うところの「言われたこと」(what is said)の解釈が一応終了すると、一首は「短歌的喩」の作動によって暗意 (implicite meaning)のレベルへと跳躍する。掲出歌で言えばそれは、「外見と内実の相違」「理想の夢と現実とのくいちがい」ということになるのだろうが、たぶんこれは深読みのしすぎで作者の意図はそこにはあるまい。「作者の意図」をどうして私が推察できるのかは語用論の永遠の課題なのだが。
 蒼井杏『瀬戸際レモン』は昨年2016年6月に書肆侃侃房から新鋭短歌シリーズの一冊として刊行された。編とあとがきは加藤治郎。作者の蒼井杏については、2015年に「未来」に入会し加藤の選を受けるというプロフィールの記述以外不明。「空壜ながし」で2014年に中城ふみ子賞を受賞、同年「多肉少女と雨」で短歌研究新人賞次席に選ばれている。この年の新人賞は石井僚一の「父親のような雨に打たれて」である。
 「多肉少女と雨」は選考委員の米川千嘉子に高く評価された。曰く、「はかないもののニュアンスが面白く描き分けられている」、「雨と多肉植物のイメージをうまく使って自分の孤独や淡い悲しみをうまく出している。」
 たとえば次のような歌である。
百足の上履き駆けてゆく廊下 / おいてきぼりの / 目覚めれば、雨
ピーターの絵本のように函入りの記憶がありますひもとけば、雨
花びらをうまく散らせぬ木があってもう少しだけ見ています、雨
この世からいちばん小さくなる形選んで眠る猫とわたくし
生きているわけです死んでいないので目覚めたときの天井のしみ
 一方、穂村弘は「自己完結性が魅力ではあるけれども、ややマイナス方向に勝手に行ってしまうところがある」と指摘する。栗木も「結句を淡くまとめすぎているところがある」と述べ、結句に終止形と体言止めが多くヴァリエーションに乏しいと苦言を呈している。
 歌を読むときにはよい点を見つけるというのが私の方針なので、今回もそれに従うことにすると、いいなと思ったのは「口語のしらべの柔らかさ」と「リズムとオノマトペ」である。口語を使って短歌的しらべを作るのはかんたんそうで実はむずかしい。それが比較的うまくできているように思う。上の歌でいうと、一首目の上句「百足の上履き駆けてゆく廊下」で体言で切り、さらにスラッシュを使って区切りを強調し、下句は「おいてきぼりの」で切って意味を宙づりにして、結句も「目覚めれば」の五音で区切り、読点を隔てて「雨」で終わる。作者はおそらく音の感覚の鋭い人で、しらべとリズムの組み立て方に工夫がある。
 オノマトペを拾うと次のようなものがある。
マヨネーズのふしゅーという溜息を星の口から聞いてしまった
ひとりでに落ちてくる水 れん びん れん びん たぶんひとりでほろんでゆくの
とらんぽりん ぽりんとこおりをかむように月からふってくるのだこどくは
百までをとなえつつわたし猫になる なーに、なーさん、なーし、なーご
くしゅくしゅと洗濯ネットにブラウス入れて洗うのあわあわうふふ
やきとりの串をんんっとはずしつつこういうふうにしみてゆくんだ
 一首目、マヨネーズのチューブから空気が漏れるときの音を「ふしゅー」と表現しているが、確かにそういう音がする。二首目は雨だれのおとを「れん びん」としていて、これはもちろん「憐憫」の音を借りたもの。三首目では「とらんぽりん」は体操競技のトランポリンで、後半の「ぽりん」だけを取ってオノマトペにしている。四首目、数を数えるとき「ななじゅうに」ではなくぞんざいに「なーに」と発音しているのだが、「ななじゅうご」が「なーご」になって猫になる。五首目には「くしゅくしゅ」「あわあわ」「うふふ」と3つオノマトペがある。六首目、焼き鳥の串を外すとき箸に力を入れるがそれを「んんっ」と表現しているのだ。これらのオノマトペはなかなか効果的に使われて、やはり作者は音感の鋭い人かと思う。
 印象に残った歌をもう少し拾ってみよう。
板チョコをぱきっぱきっと割りながらたましいの重さ考えている
空壜が笛になるまでくちびるをすぼめるこれはさびしいときのド
かなしみは縦に降るから日傘さすななめの影をじっと見つめる
ひとつずつだれかに見せたい夕焼けを閉じ込めている電信柱
シャンプーの入った耳をとんとんと世界中をうらがわにして
タラップをおりてゆくときてのひらをひらいた場所から雨になります
 一首目ではどこからポエジーが発生しているかというと、前半の「板チョコを割る」という日常的風景と、後半の「たましいの重さを考える」という非日常的な形而上的思索が一首の中に取り合わせられているところにある。魂にもし重さがあるとすれば、それは割った板チョコひとかけらくらいかと考えているのだ。不可視のものを形象化できるのが短歌の手柄である。二首目、作者はよほど空壜が好きなのかよく登場する。子供の頃によくやったように、空壜の口に唇を着けて息を吹き込むと、壜が「ボー」と霧笛のように鳴る。「笛になるまで」に表現上の工夫がある。三首目は特に好きな歌で、上句の「かなしみは縦に降るから」が秀逸。雨かと思うと日傘が出て来るところにも意外性もある。四首目、電信柱に夕焼けが閉じ込められているという空想がおもしろい。私の世代だと電柱と言うと別役実を思い浮かべる。五首目、髪を洗っていてシャンプーが耳に入ってしまった。片足で立ってとんとんと跳んで耳から出そうとする。そのとき意識は耳の内部に集中するため、耳の中が前景化され、逆に外の世界が反転して裏側になる。その感覚をうまく歌にしていて秀逸。六首目、どこかの地方飛行場で飛行機から降りているのだが、折しもボツリと雨が降り始める。誰しも確かめるために思わず手の平を上に向ける。そうして雨を感じた場所から雨が降り始めるという捉え方がおもしろい。世界の造りは私の感じ方に依存しているのだ。
 とはいえ気になるところもある。これは蒼井ひとりの問題ではなく、口語短歌全体の問題なのだが、ひとつは助詞の処理である。「百足の上履き駆けてゆく廊下」や「日傘さす」では、「上履きが駆けてゆく」「日傘をさす」の助詞ガやヲが省略されている。口語で助詞を省くとはしょった言い方という感じを拭えない。文語ではたとえば「丘ひとつ崩さるる日々まつぶさに驚くばかり空広くなる」(大島史洋)のように「丘が」や「空が」のガは省く方がふつうで、省いてもはしょった言い方にはならない。これはおそらく漢文の影響で、漢文では「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」のように、助詞の省略はふつうのことである。文語の背後には漢文脈が透けて見える。口語短歌では音数合わせのためにどうしても助詞を削らなくてはならないことがあり、それがはしょった感覚を残してしまうのだ。
 もうひとつは短歌研究新人賞の選考座談会で栗木が指摘したように、結句の単調さである。体言止めでなければ、「竹輪をかじる」「生まれたかったな」「ゆっくり潰す」のように終止形または終止形+感動助詞ばかりで、どうしても単調になってしまう。またこれは既に書いたことだが、終止形は辞書形であり、英語で言うと動詞の原形(活用していない形)に相当する。つまりは文を作る素材の段階に留まっているので、出来事感、つまり何か出来事が確かに起きたという感覚に乏しい。出来事感が希薄な結句は勢い結像力も弱い。このため全体として色彩が薄く、ふわふわした淡い印象を与えてしまうのである。
 しかしぐるりともう一周して考えてみると、このような文体は低体温でフラットな若手歌人たちの作歌姿勢に妙にフィットしていると見ることもできなくはない。もしそうだとしたらあまり言うことはなくなってしまい、かのウィットゲンシュタインが言ったように沈黙するしかないのだが。

第202回 菊池裕『ユリイカ』

ドナーから移植患者レシピエントへうつり棲む臓器をぢかに触れるゆびさき
                                                                   菊池裕『ユリイカ』
 臓器の生体移植を詠んだ歌である。提供者はドナー、移植対象はレシピエントとカタカナ語で呼ばれる。乾いた感触のカタカナ語は日本語に付きまとう情緒を剥奪し、対象を突き放して見る効果を伴う。とはいえ執刀する医師が相手にしているのは生きた人間であり、生きた臓器である。そこには体温があり、触れるとぬらりとした感触がある。医師の指先はそれを感じているはずだ。この歌のポイントは「うつり棲む」で、まるで引っ越しのように臓器に意志があり、臓器が主体的に移動しているかのようだ。まさに「分断された身体」であり、古典的な統一された身体と人格という考え方が通用しなくなった現代を象徴する場面と言えよう。とても現代的 (contemporary) な歌で、同時代的 (con-temporary) であることは菊池によって重要なことなのだ。
 第一歌集『アンダーグラウンド』から11年ぶりの第二歌集である。2015年9月に刊行されたので、もう刊行から1年半くらい経過している。取り上げる機会を逸していたので今回論評してみたい。
 生活実感と短歌の〈私〉を重視する歌人は多く編年体を採用する。作られた順に歌を並べることで、歌集は日々の記録となり〈私〉の歴史となるからである。しかし生活実感よりも短歌に美もしくはそれ以外のものを求める人は、歌集を構成的に編もうとする。菊池は明らかに後者である。『アンダーグラウンド』では「都市譚」「禁忌譚」「冥界譚」の三部構成を取っていたが、本歌集では「即身」「早贄」「夜見」の三部構成となっている。あとがきの解説によれば、「即身」は成仏できない肉体の嘆き、「早贄」は社会の不条理を暗示し、「夜見」は文字通り夜を見ることであると同時に黄泉を黙示しているという。
副都心線のホームへなだれゆく群集心理さへも誤作動
空蝉の赤の他人にまぎれこむ指紋認証されドアが開く
あしひきの摩天楼から眼のまへのビルへとむかふランチタイムに
タクシーを拾ひ「黄泉へ」と告ぐる日の行く末どこにもなく迷ひたり
くびられるまへの動画を窃視せりオレンジ色の屍衣なびく見ゆ
 第一部「即身」から引いた。一首目、現代東京の通勤風景だが、「群集心理」と「誤作動」に主体性を剥奪された現代の私たちが描かれている。二首目、「空蝉の」は命、身、人に掛かる枕詞で、ここでは「他人」に掛かる。私たちのアイデンティティは指紋という皮膚模様になり果てている。「あしひきの」は山、峰に掛かる枕詞だが、ここでは都市の山である摩天楼に掛かる。四首目、古事記で黄泉へと降るのはイザナギだが、この歌ではタクシーが黄泉下りの乗り物となっている。「黄泉へ」と告げたはいいが、行く先がすでに失われているのである。五首目はおそらくイスラム国による人質の処刑場面だと思われる。処刑の場面がインターネットで配信され、世界中の誰もがそれを見るというものかつてない出来事である。
 これらの歌を見てもわかるように、菊池の作歌姿勢は〈私〉を詠うことにはなく、〈私〉が限りなく希薄化し浮遊する現代という時間と日本の社会を詠うことにある。『アンダーグラウンド』のあとがきに「現代の社会批評たり得ようと本書を編んだ」とあり、『ユリイカ』のあとがきには「今も同じ作歌姿勢である」と菊池ははっきりと書いている。したがって本歌集には、「同性婚」「アイドル総選挙」「カプセルホテル」「放射線量」「復興支援物資」「格差社会」などの時事的語彙が溢れている。
 では菊池の歌は「社会詠」に分類されるかというと、事はそうかんたんではない。というのも菊池の主眼は単に批判的な眼差しで社会を詠うことにはなく、現代社会の中でアイデンティティが希薄化し浮遊する〈私〉の位相を社会との関わりのなかで浮き彫りにすることにあるからである。短歌が抒情詩である限り〈私〉を去ることはできないのだから、それはある意味当然のことだろう。
 前回『アンダーグラウンド』を取り上げたとき、藤原龍一郎の短歌世界との類似と相違を指摘し、藤原と異なり菊池の歌にはあまり固有名が登場しないと書いた。しかし『ユリイカ』にはわりに固有名が出て来る。いくつか拾い出してみよう。
ごく稀に脳裏をよぎる恍惚はロバート・キャパの視たる肉塊
触れたのは柔らかなもの 蜜蜂の蜜を垂らしたレヴィ=ストロース
名にし負ふサルトル生誕百年の何も無ければ昼ゆるびたり
ウクライナ民族詩人シェフチェンコ独立広場に遺棄したるもの
巴里の午後トマ・ピケティの薄笑ひ経済学を数値でわらふ
ビジネスが少し遅れて痩せてゆくアルビン・トフラーふうにいふなら
幕末に生まれ昭和に暮れ泥む平沼騏一郎の暮色や
菜食をこのむ貴様のゆびさきにジョルジュ・ソレルの暴君がゐる
 固有名は共有知識に基づくコノテーション(共示的意味)が豊かので、歌に詠み込むだけで意味の広がりを得ることができる。一首目のキャパは最も有名な戦場カメラマンだから、その名前の向こう側に去来するのは戦争である。二首目は文化人類学者レヴィ=ストロース晩年の大著『神話論理』の第2巻『蜜から灰へ』。三首目のサルトルは1905年生まれだから生誕百年は2005年である。しかし特に記念行事も行われなかった。哲学・思想が社会をリードした時代は終わったのだ。四首目のシェフチェンコはロシア皇帝を批判する詩を書いて流刑になった詩人。キエフの独立広場は2004年のオレンジ革命の舞台となった場所である。五首目のピケティは大著『21世紀の資本』で話題になった経済学者で、暗示されているのは格差社会である。六首目のトフラーは『第三の波』で有名な未来学者。七首目の平沼騏一郎は戦前に総理大臣を務め、A級戦犯として巣鴨ブリズンで獄死した政治家。八首目のジョルジュ・ソレルは『暴力論』を表したマルクス主義者。
 固有名は豊かなコノテーションを持つのだが、共有知識に依存するので、知っている人にはわかるが、知らない人には何のコノテーションも伝えないという不利もある。上に引いた歌に登場する固有名を見ると、菊池がどのような現代社会の問題に関心を持っているかがわかる。藤原龍一郎の歌におびただしく登場する固有名は抒情の装置なので、両者の歌における固有名の機能はずいぶんちがうのである。微妙に異なりつつも相通じる作歌姿勢を持つ藤原は、通巻1100号を迎えた中部短歌会の『短歌』記念号に寄せた文章で、菊池の『ユリイカ』がその年の寺山修司短歌賞を受賞するだろうと予想していたが、案に相違して受賞しなかったので落胆したと書いている。
 さて、菊池のように「現代的」であることを重視する短歌の問題は、時が経過するにつれて古くなることである。「風営法改正」「格差社会」「ブラック企業」「過労死」などはニュースで報じられ新聞などで論じられている現代的問題だが、今から50年100年後にはその言葉の意味すらも忘れられているだろう。そのとき菊池の歌がどのように読まれるかはまったく想像できない。おそらく菊池自身は「いや、それでよい」と肯うことであろうが。
 最後に印象に残った歌を挙げよう。
たまかぎる夏至の日盛りはろばろと神の数式解くいとまあれ
日常の瑣事の坩堝にけぶり立つ けふ咲く花はけふを忘れる
眦の白い少女とすれ違ふわたしの影を踏んでゆくなり
墓碑銘を刻むことなき石塊の献花しをれて氷雨撃つのみ
不発弾処理にむかつたあのひとのゐないゆふひを見る会へ行く
何処までがこゑ何処までが身体か抒情ふるはせながら啼く百舌鳥
寒天のピアニッシモのふるへたりその観念の果てを視てゐつ
雛菊の首の折れたるところより腐るゆふべの言葉は無力
 特に心に沁みたのは二首目の箴言「けふ咲く花はけふを忘れる」だ。いくつの意味にも取れる。「今日咲く花も明日になれば今日を忘れる。それほど日常ははかないものだ」という意味にも取れるが、私は古東哲明の名著『瞬間を生きる哲学』にならって、「今日咲いている花は一心不乱に咲いているので、今という時間を忘れて咲くことに没頭している」という〈現在〉の滅却の意味に読んでみたい。そう読めば瑣事の坩堝もそう悪いものでもなかろう。
 現代では珍しい述志の男歌である。収録された500首を読むと心にずっしり重いものが残る。

 

第201回 光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』

小夜しぐれやむまでを待つ楽器屋に楽器を鎧ふ闇ならびをり
 光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』
 夜になり店を閉じた楽器店の軒先で雨宿りをしている光景である。照明を落とした店内はまっくらだが、ところどころに外光にかすかに光る金管楽器やヴァイオリンがうっすら見える。管楽器にしろ弦楽器にしろ、音を共鳴させるため内部は空洞にしてある。まっくらな店内に置かれた楽器の内部はさらに暗い漆黒の闇である。楽器が内部に闇を内包しているのではなく、闇が楽器をまとっているという視点の逆転がこの歌のポイントだ。しかもその様を「鎧ふ」と表現すると、美術館に展示された戦国武将の鎧兜がうっすら脳裏に浮かび、その様子が二重写しになることで、楽器店のショーウィンドーに荘厳な雰囲気が漂うという作りである。観察の鋭さもさることながら、光森が得意とする現実の知的処理が光る歌だ。
 光森裕樹みつもりゆうきは1979年生まれ。京大短歌会を経て現在は無所属の独立系歌人である。「空の壁紙」で2008年に第54回角川短歌賞受賞。第一歌集『鈴を産むひばり』(2010年)で第55回現代歌人協会賞受賞。2012年の第二歌集『うづまき管だより』は電子ブックの形で発表された。『山椒魚が飛んだ日』は昨年12月末に書肆侃侃房より「現代歌人シリーズ」の一冊として出版された第三歌集に当たる。編年体で371首が収録されている。
 歌集タイトルの『山椒魚が飛んだ日』は集中の「婚の日は山椒魚が2000粁を飛んだ日 浮力に加はる揚力」から取られている。飼育している山椒魚を水槽ごと飛行機で運んだのだ。だから水槽の水の浮力に加えて飛行機の揚力も働くのである。作者は会社を辞めて東京を引き払い、石垣島に移住し結婚して子供が生まれた。いずれも人生の一大事であり、それがそのまま本歌集の主題となっている。大きな主題があることがそれまでの二冊の歌集とのちがいである。
やはりはうしやのうでせうかと云ふこゑのやはりとはなに応へつつ、否と
蝶つがひ郵便受けに錆をればぎぎぎと鳴らし羽ばたかせたり
南風の湿度に本は波打ちぬ文字は芽吹くか繁りて咲くか
琉歌かなしく燦たり候石垣島万花は錆よりにほひにほふも
島そばにふる島胡椒さりしかりさりと小瓶を頷かせつつ
 一首目、「石垣島に移住することにしたよ」と知人に告げると、「福島第一原発事故の放射能が心配だからですか」と問われたのである。問うた人は俵万智のことが念頭にあったのだろう。作者は「そうではない」と答える。二首目と四首目には「錆」が登場する。塩分を含む海風が吹く島では鉄製品が早く錆びるのだ。沖縄本島よりさらに南に位置する八重山諸島は亜熱帯で、気候と植物相が本土と大きくちがう。新しい土地に住むことは、その土地の気候風土に慣れることである。三首目では湿気を含んだ南風のせいで本のページが波打つ様が詠まれている。水分を与えられた文字が芽を出すと、咲かせた花が歌となるのだろう。「蝶番」と「羽ばたく」、「文字」と「芽吹く」に詩的飛躍と圧縮がある。八重山はまた伝統芸能の島々でもある。四首目の琉歌は八・八・八・六を基本形とする定型詩。五首目、島そばは本土では沖縄そばの名で呼ばれる。「さり」「しかり」「さり」は漢字にするといずれも「然り」で、「そうだ」「そのとおりだ」の意。それを連ねて島胡椒を振る音を表すオノマトペにして、小瓶がうなずく様子を表している。
みごもりを誰にも告げぬ冬の日にかんむりわしをふたり仰ぎつ
六コンマ一の単位は光年か医師より授かる星図のごときに
たまひよのほほ笑むたまごは内側に耳くち持たむまなぶた持たむ
人名用漢字一覧を紙に刷り鉱石箱のごとく撫でたり
うたびとの名をまづ消してゆくことを眠りにちかき君はとめたり
其のひとが屈みこむ秋、胸そこの枯れ葉に火を打つ名はなんだらう
 生まれて来る子を待つ時間の歌である。誰しも経験することだが、期待と不安が交錯するかけがえのない十月十日だ。二首目の「六コンマ一」は超音波診断機の映像に映った胎児の身長で6.1センチなのだが、ぼんやりしたエコー画像はまるで星図のようで、単位は光年かと思えたという歌である。極小から極大への飛ばし方がいかにも作者らしい。三首目は出産育児雑誌の「たまごクラブ」と「ひよこクラブ」か。両方併せて「たまひよ」と呼ばれる。たまごはまだ生まれる前だが、内部にもう耳や口や瞼ができているのだろうと想像する。生まれ来る子への期待が溢れる歌だ。四首目もまた誰しも経験する命名の楽しみと苦労である。子の名前をあれこれ考えるのは楽しいが、なかなか決まらず悩むこともある。また名前に使える漢字には制限があるので、その範囲内で考えなくてはならない。「鉱石箱のごとく」という喩が切実だ。一読して笑ったのは五首目で、子供の名前が歌人の名前とかぶらないように、歌人の名前をまず候補から外しているのである。確かに「邦雄」や「茂樹」とか「妙子」や「晶子」はまずかろう。この歌集では生まれ来る子は一貫して「其のひと」と呼ばれている。六首目は子に付ける名がその子が歩む人生の道標となり糧となってほしいという親の願いが籠められた歌である。
 歌から読み解くと出産は難産だったようで、入院と手術を必要とし、生まれた子はすぐに保育器に入れられたようだ。集中の圧巻は何といってもこの緊迫した出来事を詠んだ一連だろう。
陣痛の斧に打たるる其の者の夫なら強くおさへつけよ、と
点滴の管のかづらが君を這ひあがりゆくのを吾は掻き分く
砕けつつ樹のうらがへる音をたてぼくらはまつたき其のひとを産む
保育器はしろく灯りて双の手の差し入れ口を窓越しに見つ
うしなはずして何を得むかたぶかぬ天秤におく手と目と口と
吾子のため削がるる手足目鼻口耳肉なれば此の手を終に
 連作では五首目の前に、病院から帰宅する途中、あるはずのない場所に石敢當いしがんとうが見えるという歌がある。石敢當は沖縄の魔除けである。このあたりから歌は幻想的というか妄想的な雰囲気が濃厚になり、子供を生かしてもらう代償として自分の手足を失う契約を悪魔と交わすという話になる。それを受けての五首目と六首目である。その後の三首は画面上表現できないのだが、歌の中にある手という文字と、口偏・手偏・肉月などの漢字部首が血飛沫とともに周囲に飛び散る体裁になっている。タイポグラフィー上の工夫も手伝って鬼気迫るものがある。
 第一歌集『鈴を産むひばり』を取り上げたときは、「世界の情的把握よりは知的把握に優れている」と評したのだが、それから6年が経過して、歌の中の「人生成分」の比重が増したようだ。現代短歌には近代短歌から継承した「人生成分」に加えて、「知的成分」と「空想成分」もあり、その配合の割合は歌人それぞれだ。光森の歌はどちらかといえば「人生成分」が少なく「知的成分」の割合が多かったのだが、移住、結婚、子供の誕生という人生の大事を経験すればこの変化は当然と言えよう。とはいえそこは言葉の手練れの光森のことなので、GANYMEDE59号に寄せた「トレミーの四十八色」題された連作では、48のプトレマイオス星座にこと寄せてそれぞれに異なる色を詠み込むという離れ業を見せている。

斬り落とすメドゥーサの首より散りゆける蛇よ流星群の山吹
戦闘馬車チャリオット壁画に彫られ牽く馬を弓にて狙ふ馭者の亜麻色

 このような技巧を駆使した歌もまた見所ではあるのだが、歌の中に想いが沈むような静かな歌が読後の印象に残った。

隣宅のドアノブの雪おちてをりさてもみじかき昼餉のあひだに
島時間の粒子を翅からこぼしつつ空港跡地は蝶ばかりなり
其のひとの疾き心音はなつかしく雨ふりどきのなはとびの音
ああ、雪 と出す舌にのる古都の夜をせんねんかけて降るきらら片
0歳を量らむとしてまづ吾が載りて合わせぬ目盛りを0に
ことばもてことば憶ゆるさぶしさを知らざるくちのいまおほあくび
ドラム式洗濯機のなか布の絵本舞はせて夏をうたがはずあり

 ことに六首目は印象深い。最初は目の前にある物を指さして「おはし」と親が言うことで幼児は物の名を覚える。現物学習である。このとき「おはし」という言語記号は指示対象と取り持つ「手触り」や「感触」や「重さ」などの豊かな身体的関係を内に包含する。しかし、年齢が進むに従って現物学習の機会は減り、「○○とは××のことだよ」と言語を用いて言語を教えるようになるにつれて、現実との豊かな身体的関係は失われてゆく。子供の成長は喜ばしいことだが、その影に一抹の淋しさを感じることがあるのはそのためだろう。言葉に敏感な歌人ならではの歌である。
 音声学者の教えるところによれば、生まれたばかりの嬰児はどのような言語の音でも発音できるのだそうだ。生後の言語の学習とは、その発音レパートリーを自分の母語の音へと狭め、他の音は捨てる過程と見ることもできる。成長とは可能性の縮減なのである。
 第一歌集『鈴を産むひばり』は帯なし、帯文なし、栞文なしのないない尽くしだったが、『山椒魚が飛んだ日』は書肆侃侃房より「現代歌人シリーズ」の一冊として出版されたせいか、帯も帯文も著者プロフィールもちゃんとある。小豆色の表紙の落ち着いた色と手応えのある厚さの帯が印象的な装幀だ。奥付によると昨年の12月21日の刊行なので、昨年度の歌壇の回顧には間に合わないが、今年の収穫として記憶されるだろう一冊である。

 

第200回 小津夜景『フラワーズ・カンフー』

ゆふぐれをさぐりさゆらぐシガレエテ
小津夜景『フラワーズ・カンフー』
 今回取り上げるのは歌集ではなく小津夜景の句集である。小津は1973年北海道生まれの俳人で無所属。突然ネット上で俳句と評論を発表し始め、句誌「豈」に掲載された「出アバラヤ記」で攝津幸彦記念賞の準賞を受賞している。現在フランスのニースに住んでおり、在仏17年になるという。『フラワーズ・カンフー』は今年 (2016年)ふらんす堂より上梓された第一句集である。
 一読した感想は「俳句は自由だなあ」というものだ。有季定型俳句には切れ字や季重なりの禁止など、短歌に較べていろいろ決まりがあるが、最低限さえクリアしていれば句の作り方は短歌よりはるかに自由である。『フラワーズ・カンフー』はその俳句の自由さを存分に発揮している。句集のタイトルからしてぶっ飛んでいるではないか。アルファベットでFlowers’ Kung-Fuとあるので「花々たちのカンフー」なのだが、どうして花とカンフーが結びつくのか考えても無駄である。
 句風をひと言で言い表すのは難しいが、あえて特徴を拾うなら「音の導き」と「プレテクスト」か。掲句を見てみよう。平仮名で表記された「ゆふぐれをさぐりさゆらぐ」を導き出しているのは意味ではなく音である。「ゆふぐれ」と「さぐり」の「ぐれ」と「ぐり」の音連想、「さぐり」と「さゆらぐ」の頭韻、三度繰り返される「ぐ」音がたゆたうような動きを作り出している。下五に配されている「シガレエテ」はシガレットつまり紙巻き煙草。煙草の煙がゆったりゆらゆらと登る様を、音と意味との類像性 (iconicity)が表現している。
 一方、「プレテクスト」は「言い訳」ではなく pre-text 、つまり「先行するテクスト」である。どうやら小津は相当な読書家らしく、先行するテクストに寄せて作った作が多いようだ。はっきりわかるのは李賀の漢詩に自作の句を配した「閑吟集」と題された連作である。たとえば「上楼迎春新春帰」を詞書風に配して「楼の人いづれの春を迎えたる」と付ける試みである。また「こころに鳥が」という連作では、八田木枯の句を主題として短歌を作っている。残念ながら俳句に暗い私には、どこに八田木枯の主題があるのか不明なのだが。
 いくつか句を引いて見てみよう。
きぬぎぬのあさつきぬたの柔らかき
黴のパンあるいはパンセ風に寄す
あかんべの舌でひとでを創られし
毒薬の壜のきつねのてぶくろよ
コマ落としめいて遅日の走り書き
まだ踏まぬ切手の国や種をまく
影ばかり地をゆく夏のフラスコは
 一句目、「後朝きぬぎぬ」は一夜を共にした男女の別れの朝だから、ぬたは朝食の卓にあるのだろう。「あさつき」は葱より細く柔らかい。「朝」と「あさつき」が掛詞。この句でも繰り返される「ぬ」音がリズムを作っている。二句目、最初はカビの生えたパンだが、それがパンセへと転調する。パンセはフランス語で「思想、思惟」とパンジーの両方の意味がある。フランス暮らしの長い小津はそれを知っているだろう。三句目、確かにヒトデの脚はあかんべをする舌によく似ている。「創られし」の主語はもちろん神なので、神が天地創造の時にあかんべをしながらヒトデを創ったという愉快な句。季語はヒトデで夏。四句目、キツネノテブクロはジギタリスのこと。有毒植物である。だから毒薬の壜なのだが、まるで狐が手袋をはめて壜を握っているようなイメージが湧くのがおもしろい。五句目、「遅日」は「ちじつ」または「おそひ」と読み、日が長くなった春の日のこと。なかなか日が暮れない様子が「コマ落とし」なのだろう。六句目、まだ訪れたことのない外国の切手は想像をかき立てる。何かを思いながら庭の花壇に種をまいている。季語は「種まき」で春。七句目は夏の情景である。たとえば二階にあるカフェテラスから道路を見ると、上から見下ろす恰好になる。すると地面に伸びた影がよく見える。フラスコには冷たい水が入っているのだろう。
あさがほのかたちで空を支へあふ
はんなりとたそがれ華道部の毒は
つちふるやあなたと肉の香を組み
白骨となりそこねてや夢のハム
怪奇船グラジオラスを素通りす
ゆけむりの人らと少しかにばりぬ
 一句目の朝顔は秋の季語。朝顔の花が上を向いて咲いている。それを何かが朝顔の形をして空を支えていると詠んだ句。虚実の反転がポイント。二句目、「はんなり」は上品で華やかな様を言う関西の言葉。華道部に所属しているのはたいてい女子生徒・女子学生だから、華道部の毒とは女性の毒のことだろう。三句目、「つちふるや」は晩春に黄砂が風で運ばれる様を言う春の季語。「香を組む」は香道の用語で、香木を取り合わせて望みの香を作ること。「肉の香」は男女の交情だろう。そういえば「交合」と「香合」は同音だ。四句目はとりわけおもしろい。白骨になり損ねたのは原料の豚だろう。ボンレスハムの塊となり果てた身を晒しているわけだ。五句目、「怪奇船」とは怪奇な姿をした船のことか。奇怪で巨大な船が浜辺に咲いているグラジオラスの向こうを通過する。この取り合わせが絵になる。どこか「南浦和のダリアを仮のあはれとす」という攝津幸彦の句を連想させる。六句目、「ゆけむりの人」とはいっしょに温泉に浸かっている客のことだろう。「かにばりぬ」は造語で、カニバリスム (cannibalisme)とは「人喰い、人肉嗜食」のこと。これを「かにばる」という動詞になぞらえたものだろう。「ちょっと人肉を食べてみた」という恐ろしい句である。
 なかには一読してまったく句意の取れない句もあるが、俳句の自由さを感じさせてくれる句集である。『俳コレ』の選者が「しまった、小津夜景を入れるのを忘れていた」とつぶやいたという噂もある。一読すれば脳のシワが伸びて、ふだん使っていない筋肉や腱が動き出すのが感じられることだろう。ひとつの価値観にこり固まりがちな日常で、それこそ文芸の持つ力である。
     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆
 平成28年最後の「橄欖追放」は200回を迎えることになりました。前身の「今週の短歌」は200回をもっていったん終了しましたので、同じ回数を数えることとなりました。ご愛読いただいた皆様には心より感謝いたします。
 歌集一冊に平均400首の歌が収録されているとすると、単純計算で今までに16万首読んだことになります。16万首というと気の遠くなるような数字ですが、継続は力なり。コツコツ続けているとそんな数字になったというだけのことです。とはいうものの、これだけ読むと短歌を読むために必要な「短歌筋」がそれなりに鍛えられたような気もします。
 当初は歌集を恵投いただいた方には愛用の笹尾光彦のポストカードでお礼状を出していました。しかしそのうちとてもおっつかなくなり、近頃は頂くばかりでお礼をしていません。実に申し訳ないことで、この場を借りてお詫びいたします。いただいた歌集にはすべて目を通しております。
 平成28年度も残り少なくなりました。みなさまにはよいお歳をお迎えになりますよう、心より祈念いたします。

 

第199回 今川美幸『雁渡りゆき』

紅鶴フラミンゴの桃色の脚 生くなればやすらはざれば地にそよぎたり
今川美幸『雁渡りゆき』
 「紅鶴」はフラミンゴの和名。その特徴は言うまでもなくピンク色の身体と、折れそうに細い脚、また一本脚で立つ独特の姿勢である。動物園でしか見られない鳥なので、短歌の素材としては比較的新しい。千勝三喜男編『現代短歌分類集成』のフラミンゴの項には六首挙がっているが、小池光の『うたの動物記』には項目がないので、それほど短歌に詠まれる鳥ではないようだ。
かなしみのときをはかりている如く佇つフラミンゴの一本足  
                         石田比呂志
フラミンゴ一本の脚でちてをり一本の脚は腹に埋めて  奥村晃作
はななしてフラミンゴねむる群生のなかうらうらと乱れ歩まな  大塚寅彦
 掲出歌もまたフラミンゴの脚に着目している。「生くなれば」は「生きているので」、「やすらはざれば」は「安らぐことはないので」の意。フラミンゴが生きているのは自明のこと。しかしフラミンゴが安らぐことがないというのは自明でなく、作者の心情の投影であり、安らぐことがないのは作者の心である。「地にそよぐ」とはまるで草が風に吹かれてなびくようにゆらゆらしている様。何百羽のフラミンゴが一本脚で立ってゆらゆらと揺れている光景は印象的である。
 今川美幸は北海道在住の歌人で、「潮音」「辛夷」所属。これまでに『チモシーの風』『基督の足』『エロスへの伝言』『君を孕みて』の四冊の歌集がある。『基督の足』で北海道新聞短歌賞を受賞している。歌集にはプロフィールが付されていないので、それ以上のことはわからない。
 一読した印象は、景より情、善より悪に傾く心根を持ち、性愛とエロスを大胆に詠う歌人だというものである。
どこからがわれどこまでがわれなるや身の閂はわれが外せし
アンソールの帽子かぶりて夏をゆく正しい悪女もいいではないか
聖と毒 知と無知 美と悪 つねに対局は負の部分がまぶし
魔の棲むはむしろ潔し まつすぐに汝れを肯定しわれを肯定す
たてがみをたたみて眠れ歓尽くし歓を頒ちて真澄めるかたへ
これの世に抱かるるための髪を梳くたちまち髪さへ咆哮すらむ
かぎりなく闇負ふる背な いとほしき背な われの爪くひこみし背な
 一首目、上句は自己と他者の境界はどこかという一般的な問ではなく、〈私〉と性愛の相手という具体的な他者を念頭に置いての問だろう。「閂は私が外した」とあるので、自ら境界線を踏み越えたのである。このあたりの思い切りのよさが歌に力を与えている。一首全体が想いからなる歌である。二首目、アンソールは仮面で名高いベルギーの画家。「夏帽子」は短歌や俳句で好まれる素材だが、ここでは「正しい悪女」の頭を被う。三首目ははっきりと毒と悪に心惹かれる心情を吐露している。これも景なしの情の歌である。四首目も同工異曲。五首目、たてがみを畳んでいるのは性愛の相手の男性。たてがみが男性の象徴だとすれば、六首目の髪は女性の象徴で、髪が咆哮するとはなかなか激しい。古来より感情の激しさを詠うのは女性歌人である。
 「叙景を通して抒情に至る」のが俳句や短歌などの短詩型文学の王道である。だからこそプレバトの毒舌先生もいつも「視覚化しましょう」と言って赤ペンで添削しているのだ。しかしこれらの歌を見てもわかるように、今川においては天秤の右に「景」左に「情」を置くと、大きく左に傾ぐのである。今川にとって短歌は自己の想いを盛る器であるようだ。
 本歌集を通読して感じるのは「死への想いの深さ」である。この場合の死とは、親しい人の死であると同時に、そう遠くない未来に待ち受けている自らの死でもある。
やがて死がふたりを訣つおもむろにわれのおよびはふふまれにけり
黙契のふかさにふたりあるさへも抗ひがたき死がくひこみぬ
フェルメールの女のやうに読む手紙死までの時間告げてしづけし
祐三の深緑の扉その奥にひつそりと死は整ふらむか
密使にて死ははこばれぬ 安穏は汝をねむごろにひたしゆくらむ
汝は死してうたとどまれりかなしみはゆきかひにつつうたとどまれり
 一首目はやがて訪れる死を想う歌で、「指が口に含まれた」とあるので相手は伴侶か。二首目も同じで「黙契」とは口にされない約束。「愛している」と口には出さずとも二人とも了解しあっているほど深い間柄なのだろう。三首目は友人から余命を告げる手紙を受け取った場面。フェルメールの「手紙を読む女」が効果的に使われている。四首目の祐三はパリに客死した画家の佐伯祐三のこと。鋭い線と色彩でパリの街角を描いた。扉の奥にあるように待ち構えている死を想う歌である。五首目、人の死の瞬間に立ち会うのは稀であり、死とは常に手遅れである。それを「死は密使に運ばれて来る」と詠むのは実感がこもっている。六首目は歌友の死を詠んだものだろう。友は死すとも歌は残るのがせめてもの慰めか。
 これ以外で印象に残った歌を挙げておこう。
乳房ちちふさは裏まで洗ふ このうつしみ匕首のごと緊りゆくべし
火宅とはわれ ゴーギャンは万緑に瞬きもせぬをみなをおきぬ
もしわれに死の刻えらべといふならば道行きにして雪のしののめ
惑溺のあまやかにして夕暮れの雨に出でゆく紫野まで
つひにして千尋の谷には落せざりきさあ食へ食へと言ひたるのみに
夏のいのちつなぐ真水をふふみたる汝れが咽喉のみどのはつか動きぬ
幽明の境に存るや銀漢はうつくしからむまなこの奥に
 一首目は「匕首のごと」という喩が鮮烈だ。二首目の「火宅かたく」とは煩悩に満ちた現世のこと。壇一雄の小説『火宅の人』が念頭にあるのだろう。妻子を捨ててタヒチに渡ったゴーギャンもまた火宅の人であった。三首目、西行は「花の下にてわれ死なん」と詠んでそのとおりになったが、作者は旅行中に雪の降る明け方に死にたいと望んでいる。四首目、惑溺したのはおそらく恋で、それは甘美な経験だったのだろう。「紫野」は京都市北区の地名であるが、それはまた万葉集の「紫野行き標野行き」の紫野でもある。五首目は子供を詠んだ歌で、虎は千尋の谷に子を突き落とすと伝えられているが、自分はついにできなかったという。
 本歌集の白眉は帯にも印刷されていて、歌集タイトルにもなった次の歌であろう。
火の酒を口移されぬ たましひの冥き韻きを雁渡りゆき
 「火の酒」つまり「火酒かしゅ」とは、ウォッカ・ジンなど火が付くほど酒精度数が高い酒のこと。「冥き韻き」はくらひびきと読む。性愛の相手に火酒を口移しに飲まされる。その瞬間、心に暗い戦慄が走り、その中を雁が渡る思いがするという。エロスの体験を魂の領域へと昇華した歌となっている。
 ちなみに雁は秋の季語であり、多くの歌に詠まれてきたが、一つの種を指す用語ではなく、コクガン、ヒシクイ、マガンなどカモ目の大型の鳥の総称だそうだ。越冬のため日本に飛来し、その8割は宮城県に来るという。私は京都に住んでいるが、雁が飛んでいるのを見たことがない。雁の越冬飛来は関東以北に限られているのだろう。京の都に暮らした古の平安人も、国司などに任じられて東下りしないかぎり、実際に雁を目にすることはなかったはずだ。
 しかしそれでよい。平安人の多くにとっては雁は季節の中に存在する幻の鳥である。同様に上に引いた今川の歌でも雁は実在の鳥ではなく、魂の中に幻視するものである。その意味においてこの歌は古歌の伝統に連なるものと言えるだろう。

 

第198回 吉川宏志『鳥の見しもの』

砂肝にかすかな砂を溜めながら鳥渡りゆくゆうぐれの空
吉川宏志『鳥の見しもの』
  掲出歌は一見すると叙景歌のように見えるが実はそうではない。上句の「砂肝にかすかな砂を溜めながら」は実景ではないからである。砂肝の中身は見えない。私たちは知識によって砂肝には砂が含まれていることを知っているにすぎない。だから上句は鳥を見て「あの鳥たちの砂肝にもきっと砂が溜まっているのだろうな」と思う〈私〉の思念である。また内臓に砂を蔵して空を飛ぶ鳥の姿にはかすかな悲しみが漂う。かくて上句は抒情となり下句の叙景と呼応してポエジー溢れる一首となる。このような作りの歌の背景には、〈私〉と〈世界〉との往還運動と相互規定を信じる信念が横たわっている。そして吉川はそのような信念を最も強く持っている歌人なのである。
 『鳥の見しもの』は今年 (2016年) 8月に上梓された吉川の第七歌集で、第21回若山牧水賞を受賞した。吉川は宮崎県の出身であり、ゆかりの深い牧水賞受賞は嬉しいことだろう。「橄欖追放」の前身「今週の短歌」では、2005年6月に吉川を取り上げたが、その時点ではまだ第一歌集『青蝉』、第二歌集『夜光』、第三歌集『海雨』までしか出ていなかった。あれから11年経過して再び吉川を論じることになったが、その間に第四歌集『曳船』、第五歌集『西行の肺』、第六歌集『燕麦』が出版され、永田和宏の後を襲って塔短歌会の主宰に就任したのは周知の通りである。この短歌コラムでは意識して歌集を出したばかりの若い歌人を論じるようにしているので、吉川のように評価の定まったベテラン歌人は取り上げる機会を逸することが多い。
 さて、『鳥の見しもの』だが、ひと言で感想を要約すると、「さすがの安定感」と「芽生えつつある新たな顔」となろう。
 「さすがの安定感」を感じるのは例えば次のような歌である。
石段の深きところは濡らさずに雨は過ぎたり夕山の雨
支社の人叱りていたり電話から小きざみの息感じながらに
白菊の咲く路地をゆく傘ふたつ高低変えてすれちがいたり
手に置けば手を濡らしたり貝殻のなかに巻かれていた海の水
立ち読みをしているあいだ自転車にほそく積もりぬ二月の雪は
ゆらゆらと雪の入りゆく足もとの闇をまたぎて電車に乗りぬ
 一首目、短時間で止む通り雨は石段の水平面と垂直面が交わる深い部分には届かないという吉川らしい着眼点が光る歌である。二首目は職場詠で、電話で支社の人を叱っている。その電話の向こうに叱られている人の息遣いを感じているという歌で、ほんとうに相手の息遣いが聞こえているかとは無関係に、叱りながらも叱られている人に想いを馳せている点がポイントだろう。三首目は狭い路地で傘を差した人がすれ違うとき、傘がぶつからないように一人は高く上げ一人は少し下げる様を詠んだ歌。些細な日常風景ながら他人への気遣いが感じられる。四首目、手に零れた水はもとは大海原の水であり、貝殻=死と海=生の対比に貝殻=小と海=大の対比が重ねられて広がりのある歌になっている。五首目のポイントは「ほそく」である。なぜ「うすく」ではないのか。それは自転車のハンドルやタイヤカバーが曲面だからである。鉄棒のような棒状の物体に雪が積もるとき、曲面部分の雪はすぐ落下するため積もらず、上面の細い部分、山で言えば尾根に当たる部分にしか積もらない。言われて初めて気づく観察である。六首目は雪が降る電車のホームの情景で、電車の車体とプラットホームの間に少し隙間があって、その闇に雪が吸い込まれて行く。足もとの闇が誤って落ちれば死ぬ闇であることは言うまでもない。日常に潜む不穏の歌と読むこともできて、「ゆらゆら」という擬態語が効果的だ。
 2005年に吉川を論じたときは、「一行空けの人」というキーワードを用い、吉川の直喩の嗜好を指摘したが、今回はもう少しちがう角度から吉川の短歌の巧さを見てみよう。それは歌の中の〈私〉の視点の確かさと、それを読者に感じさせる工夫である。
雨のあと光の沈む路をゆくムラサキシノブの枝は斜めに
向かいのビル壊されてゆく窓だったところに冬の雲がはいりぬ
 一首目では初句「雨のあと」でまず空気感を出し、「光の沈む路」だからおそらく夕方だろうという時間設定がある。次に「路をゆく」で歌中の〈私〉の位置が確定される。一首すべてが歩行する〈私〉の視点からの光景として定位される。ムラサキシノブは初夏に花を付ける植物なので季節は初夏という季節感まである。道を歩く〈私〉の目の前にムラサキシノブの枝が斜めに張りだしている。このように歌の中での〈私〉の立ち位置と視線の方向が明確に描かれているため結像力が強い。二首目では「向かいのビル」で職場の窓から見る風景であることが示される。「窓だったところ」で窓硝子と窓枠がなくなりコンクリートに開いた穴であることがわかる。その穴を通して向こう側に冬の雲が見えるという歌である。この歌でも〈私〉の立ち位置と視線の方向がはっきりとしていて、こちらにいる〈私〉、向かいにある解体中のビル、その向こうにある空という、近・中・遠のパースペクティブが明快だ。吉川の歌が一読して意味がわかり、抜群の安定感を見せるのは、このような細かい工夫によるところが大きいのである。
 ではこの歌集はいつもの吉川かというとそうではないところがある。「芽生えつつある新たな顔」が随所に顔を出すからだ。
見るほかに何もできない 青海に再稼働を待つ大飯原発
反対を続けている人のテントにて生ぬるき西瓜を食べて種吐く
原発をなおも信じる人の目には我は砂男のごとく映らむ
透明の傘にて顔を薄めつつ列に加わる秋雨のデモ
耳、鼻に綿詰められて戦死者は帰りくるべしアメリカの綿花
 最初の四首は原発再稼働反対運動に加わった折の歌で、五首目は安保関連法案が国会を通過し集団的自衛権の行使が可能になったことを受けての歌である。吉川は近年社会派の傾向を強めており、2015年12月6日に早稲田大学で開かれた「時代の危機と向き合う短歌」という緊急シンポジウムの呼びかけ人にもなっている。『鳥の見しもの』にはこれ以外にも東日本大震災の被災地を訪問した折の歌も収録されている。果たしてこれらの歌は成功しているか。判断の難しい問題である。少なくとも吉川は「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」という態度には与しないということだ。本歌集には小高賢の訃報に接した時の歌も収録されており、その一連の中に「論争は死後も終わらぬ 原発をどう歌うか君に問いかけている」という歌がある。短歌は短い詩型であり、近代短歌は私性を基軸として展開して来たために、集団的自衛権とか原発のような「大きな問題」は不向きである。〈私〉を始点とする近景・中景が近代短歌の主領域であり、遠景にはなかなか手が届かない。著書『風景と実感』で実感の大切さを説いた吉川がこの課題をどのように解決するのか注目したい。
 『塔』の11月号には今年の8月20日に岡山で開かれた全国大会の報告が掲載されている。報告の冒頭にマンガ『ベルサイユのばら』の著者池田理代子と吉川と永田紅の鼎談の記録があり、なかなかおもしろい。永田はベルばらの熱烈なファンらしく、「暴走したら止めてください」と言っているが、吉川は少年マンガしか読んでおらず、ベルばらも読んでいないようだ。実にもったいないことである。萩尾望都や竹宮恵子や佐藤史生や吉田秋生らによって、少女マンガはテーマの拡大のみならず表現手段も多様化しており、それは少年マンガ以上と言える。吉川の短歌にはサブカル的要素はほとんど登場しないが、『鳥の見しもの』には次の歌が一首ポツリと置かれていて思わずニヤリとした。
空条くうじょう承太郎を共通の友として息子と暮らす冬深きころ
 空条承太郎は荒木飛呂彦のマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』の主人公の一人である。わが家も愛読者でシリーズ全巻揃えてある。思春期を迎えた息子と父親はなかなか会話が成立しないが、愛読するマンガのことなら話せる。そんな家庭の雰囲気がうかがえる一首だ。
 最後に次の歌を挙げておこう。
さむざむと風は比叡を吹き越すも酢の華やかに匂える夕べ
 「物名歌」と詞書きがある。物名歌ぶつめいかとは物の名を詠み込んだ歌のこと。この歌では「越すも酢」に「コスモス」が掛けてある。技巧的な歌だが、そのことを忘れてもよい歌だ。

 

第197回 『筒井富栄全歌集』

きらめいて墜ちゆく血のとりたちの残したうたで開く 夏
筒井富栄『未明の町』
 本年(2016年)10月に六花書林から『筒井富栄全歌集』が刊行された。私は浅学ゆえこの歌人を知らず、送られて来た全歌集を開いて拾い読みを始めたら、いたく興味を引かれてそのまま全部読んでしまった。
 筒井富栄は昭和5年(1930年)生まれの歌人である。「個性」に所属し加藤克巳に師事した。『現代短歌事典』(三省堂)は歌人や結社・短歌運動を多く拾っており、筒井も立項されていて沖ななもが項目を書いている。同じ「個性」の会員なので執筆を依頼されたのだろう。事典刊行時には存命であったので『現代短歌事典』には生年しか記載されていないが、筒井は2000年に泉下の人となっている。
 『筒井富栄全歌集』には、筒井が生前に上梓した『未明の町』(1970年)、『森ざわめくは』(1978年)、『冬のダヴィンチ』(1986年)、『風の構図』(1989年)の4冊の歌集と、未完歌篇、初期歌篇および歌人論が収録されている。この全歌集を編纂し解題を付したのは、ご子息の村田馨氏である。村田自身も短歌人会に所属する歌人で『疾風の囁き』という歌集があり、かつまた村田の夫人は天野慶である。短歌・俳句など短詩型文学の家族性を示す例と言える。ご子息の手によって筒井の全歌集が世に出て、みんなに読まれるというのは慶賀すべきことだ。
 私が読み始めて驚いたのは、1970年に刊行された第一歌集『未明の町』がとてもモダンで新鮮な歌集だったからである。とても今から半世紀近く前に書かれたものとは思えない。何首か引いてみよう。
ゆっくりと恋唄流す若者にいつか丁字の匂う日も暮れ
夜を聞く 風は軌道をもっている 螺旋階段 うたう六月
高圧線 風 青い麦 一冊のサラ・デイーン まだ新しい麦わら帽子
牡蠣にひそむレモンの酸味ひろがりて傷みの如し人を待つ刻
ウインドに花が流れる若者と少女がゆがむ銀座雨の日
なぜ撃たれたかわからないまま山鳩の瞳孔ひらき朝がくずれる
アンスリュームの花ひらくあさ地下街にボイラーマンの火傷 悪化す
死者まねる青年に牛の首ささげわらいあうわれら 夏の末裔
もういない 球形の部屋にあおい人 きんようび ダミアの雨が降る
おびただしい鳩とびたたせ競争車 太陽にむかい車体傾け
ねじられてはがねの切れる瞬間の赤紫の火の如き朝
 基本は定型だが、破調を恐れず時に大胆な形式的試みも行なっている。注目すべきは口語脈である。戦後短歌では先蹤として平井弘の『顔をあげる』(1961年)があるが、その口語脈が注目された村木道彦の『天唇』(1974年)よりも4年早い。
 1970年と言えば日航機よど号ハイジャック事件が起き、三島由紀夫が割腹自殺し、小野茂樹が交通事故で亡くなった年だが、年表をひもといてみると同年に出た歌集には、春日井建『行け帰ることなく』、佐佐木幸綱『群黎』、大島史洋『藍を走るべし』、西勝洋一『未完の葡萄』などがある。口語・ライトヴァースの時代が到来するのは1980年代になってからである。上に引いた歌の語彙から判断すると、「ボイラーマンの火傷」「ダミアの雨」あたりには塚本邦雄の影響が色濃く感じられ、「球形の部屋」は師の加藤だろう。察するに加藤の芸術性重視のモダニズム短歌を範としつつ、前衛短歌から多くを吸収して自身の短歌世界を作り上げていったのだろう。
 60年代は学生運動が盛んだった政治の季節で、1970年の大阪万博は日本が戦後辿った高度経済成長の完成を示す祭りだったのだが、そのような時代の反映をこの歌集に見ることはできない。また昭和5年生まれの筒井は、ほぼ同世代の馬場あき子が繰り返し語っているように、戦争に青春を蹂躙された世代なのだが、戦争に触れた歌もない。あとがきに「私の世代が戦中、戦後を通じて体験した事は、非常に波乱にとんだ出来事だったと思う。国のために死ねと昨日まで教えこまれていたのが、敗戦、自由、食糧不足、ヤミ市、etc…。しかし、それらの出来事が、侵蝕し得なかった部分を私はうたいたかった。それは同時に自分自身への抵抗でもあった。」と書かれている。「侵蝕し得なかった部分」とは何か。おそらくそれは自己の最も内的部分であり、美に憧れる心、ポエジーを希求する心だろう。
 注目すべきなのは、音楽に軽音楽があるように、短歌にも軽短歌があってよいとして、筒井が軽短歌をめざしていたということである。「軽短歌」という呼称は80年代になって猖獗を極めるライトヴァースを先取りしていたと言えるだろう。
 ただし、上に引いた歌を見ると、80年代のライトヴァースと筒井の歌は本質的に異なるものと考えるべきだろう。たとえば「おびただしい鳩とびたたせ競争車 太陽にむかい車体傾け」を見ると、飛び立つ鳩の群れと車体を傾けて疾走するレーシングカーという構図は、それまでの短歌にはなかったダイナミックで斬新な表現である。80年代のライトヴァースは親しみやすい口語表現と現代風俗を取り入れて短歌の敷居を下げたが、筒井の短歌はあくまで美を希求する芸術派であり、敷居はそれほど低くはない。
 第二歌集『森ざわめくは』に収録されている「ママン」という連作を見てまた驚いた。
なぜママン 魚は光って川をゆき 帰ってくるの? 虹はきながら
ねえ ママン 鳥はとびたつ なぜ鳥はうたれるためにとびたってゆく
ねえママン太陽を抱くそれはなぜ 日に一回はもえておちるの?
一筋の道があの尾根こえている その先をママンみたくはないの?
 メルヘン調のこれらの歌は20数年を隔てて、東直子の次の歌へと呼応している。
ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね
                         東直子『青卵』
 会話体の口語を用いてメルヘン風のやわらかい世界を作り出す試みが、すでに筒井によっていち早く行われていたことになる。
 じかに〈私〉を詠うことがなく心象を美にまで昇華する筒井の歌風がもっともよく表れているのは第三歌集『冬のダヴィンチ』の次の一連だろう。
この川に青年がひとり立っていたあの窓の内に暖炉があった
石垣は崩れているがだがしかし鉄扉にのこるこの頭文字
あのドアのむこうに陶の傘立てと蛇の握りのついた靴べら
客間では三方の窓のそれぞれに立葵首をのばして咲けり
いずこよりきたる報せか鞄から紙片とり出す男のありて
寝台にくぼみをのこし連れ去られそのまま消えてゆきしひとびと
墓碑銘がかすかに読めるほどのこるこの苔の中の時間の流れ
 もともと筒井は演劇を志していたことがあり、芝居の脚本を書くように短歌を書きたいと考えていたらしい。「風景」と題された上の一連はまさにその手法で書かれていて、まるで舞台を見ているかのようだ。筒井の短歌に〈私〉が希薄で境涯がないのはこのためであり、舞台で俳優が観客を魅了する演技をするように、短歌の中で筒井が配した事物・人物が、美しい演技をするように工夫されているのである。舞台の上に脚本家・演出家の〈私〉は登場しない。脚本家・演出家は袖に隠れて舞台を見ているのである。ひょっとしたらここには戦後の前衛短歌運動が、一時演劇と接近を試みたことも影響しているかもしれない。
 このように心象の美への昇華によってポエジーをめざしていた筒井だが、私生活においては若い頃に脊椎カリエスを病み、晩年になってからはパーキンソン病を発症し、身体の自由がきかなくなったという。それと呼応するように、第四歌集『風の構図』には、それまで見られなかった境涯歌が散見されるようになる。
むかい風さけるしぐさがいつよりか身につきそめて九段坂下
風立てどわがめぐりのみ静まりてせばまりて小さく息を吐きたり
うらぶれし家が時折コスモスの花にかこまれ眼裏にたつ
もう二度と開くことなき艇庫ありわが船水脈を曳くこともなし
林道にまつわりつきくる蝶もなく青春がここにかつてはありき
 老境に入って回想を交えたこれらの歌の〈私〉は、まぎれもなく近代短歌の〈私〉である。とはいえ『風の構図』にも心象の昇華による美を追究した歌がある。
眼底をガラスの船がゆきすぎてやがて砕ける音のみきこゆ
墓地白く夕やみに立つ供うべきあてなき花をたずさえており
血を喀きしごとくに茱萸の実はつぶれすでに閉ざされおる療養所
視えざるものを追いつめてこの崖にきてひえびえと今墜ちゆく一羽
夕景を火薬の匂いただよいてわが身体を這う導火線
 一人の歌人の創作面での全生涯が、こうして重みのある一巻の本として残ることには大きな意味があるということを教えてくれる一冊である。

 

第196回 中山俊一『水銀飛行』

火の粉ふり払う消防夫の如く螢の夜から出でし少年
中山俊一『水銀飛行』
 唐突だが『偶然短歌』(飛鳥新社)がおもしろい。プログラマーのいなにわと作家のせきしろの共著で、ウィキペディアの文章のなかから偶然に五・七・五・七・七になっている箇所を抜き出したものである。たとえば次のような偶然短歌がある。
念仏で救済される喜びに衣服もはだけ激しく踊り
少量か逆に非常に大量のコンクリートを必要とする
こういった夜間海面近くまで浮上してくる生物もまた
「立ち乗り」を行っている最中に車のドアが閉まってしまい
旅立ちの季節が終わりもう雁が来なくなっても海岸にまだ
 これらは書いている人も意識しないままたまたま五・七・五・七・七の韻律に乗ってしまったものだが、こうして取り出してみると誰かが作った短歌に見えてくるのがおもしろい。一首目は一遍上人が広めた念仏踊りの記述だが、踊りの情景がまざまざと見える。また五首目は俳句の季語の「雁風呂」の説明で、寂寥感が漂うではないか。私が好きなのは大塩平八郎の記述から取った次の歌だ。
暗殺を志してか、淀川に船を浮かべて日が暮れるまで
 巻末にはRubyというプログラミング言語で書かれた偶然短歌検出プログラムのスクリプトが掲載されている。漢字の音訓の音数の判別などをどうしているのかわからないが、興味のある方はお試しあれ。
  *   *   *   *   *   *   *
 さて今回取り上げるのは書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの一冊、中山俊一の『水銀飛行』である。監修と解説は東直子。聞くところによると、このシリーズは著者の歌人が監修者を指名するシステムになっているようだ。中山は今年 (2016年)大学を卒業したばかりの青年で、映画監督・脚本家として注目されている人らしい。『水銀飛行』は作者が大学に在学中に作った短歌を集めたものである。若い人それも異分野の人が短歌の世界に入って来るのは喜ばしいことだ。
 読み始めると歌集の最初の方に次の歌があった。
うけいれるかたちはすべてなだらかに夏美のバイオリンの顎あて
 短歌に親しんでいる人ならすぐピンと来るが、下敷きになっているのは寺山修司の初期短歌「夏美の歌」である。
空のない窓が夏美のなかにあり小鳥のごとくわれを飛ばしむ
パン焦げるまでのみじかきわが夢は夏美と夜のヨットを馳らす
中山は寺山修司に傾倒して映画制作と短歌の両方を表現手段として選んだようだ。改めて寺山が若者を惹き付ける魅力の大きさを思う。中山は映画の人なので、短歌においてもイメージの多彩さと視覚性が際立つようだ。たとえば掲出歌に選んだ「火の粉ふり払う消防夫の如く螢の夜から出でし少年」にそれは見て取れ、蛍の乱舞する夜の闇から少年が現れるという情景は、まるで映画のワンシーンのように鮮明な映像となっている。次の歌も映像鮮明である。
犯人がインタビュアーに応えてた後ろで珊瑚樹の実が熟れて
(夢は無風)風鈴売りがやってきて扇子で仰ぐ夏の亡骸
みずうみに櫂を沈める天葬を想えば空の重みを受けて
一首目はTV画面だろう。何かの犯罪の犯人がインタビューを受けているその背後に真っ赤な珊瑚樹の実が映っている。実に映画的なカットだ。二首目は天秤棒でかつぐ台一杯に風鈴を吊した風鈴売りで、これも映像的だ。ただし「仰ぐ」は「扇ぐ」の誤記。三首目は山間の静かな湖に櫂を沈めるという儀式的な光景で、これもなかなか美しい。「天葬」は「水葬」「鳥葬」にならった造語か。
 また中山の歌ではイメージの噴出も特徴的である。解説を書いた東は、「明るい昼間のなかで、ふっと非現実の世界がまじってしまう、つかの間の白昼夢を見ているような感触である」と述べている。たとえば次のような歌がそうだろう。
ひとたまりもない夏の笑みこの先が西瓜の汁のように不安さ
瞳孔に差し込むひかり融けてゆく氷彫刻の涙にアウラ
紅いペディキュアが乾けば中華街むかうよあなた体育座りの
火から目を離すな俺の目を見るな焚火を囲むゲイのカップル
転勤族のあの娘になみだ剣玉の剣の部分で突き刺した月
 部分部分を取り出すと「西瓜の汁」「融けてゆく氷彫刻」「紅いペディキュア」「焚火を囲むゲイのカップル」のようにイメージとしては受け取れるが、全体としては起承転結がなく、脈絡なしにカット割りされた映像を見ているような不安定さがある。このあたりは夢にこだわった晩年のフェリーニの映画のようで、夢幻的なイメージが次々と現れる作り方になっているのかと思う。そういう意図はわかるが、出来上がった短歌を受け取る受け手の立場から言うと、意味的な脈絡を欠き一首としてのまとまりが薄くて、歌の世界に入り込めない。また「網戸越しの蝉の裏側みるきみの裸身のごとき翅のカーテン」のように、「網戸」から「蝉の裏側」へ、次に「君」から「カーテン」へと、次々とカットが切り替わり、全体としてひとつの映像へと収斂しない。これではあまりにせわしない。逆の例を挙げると、「積みてある貨車の中より馬の首しづかに垂れぬ夕べの道は」(玉城徹)では、読み終えた後に、貨車の窓から馬の首が垂れる静かな夕刻の映像がくっきりと読者の脳裏に浮かぶ。その結果あとに馥郁たる余情が残るのである。短い短歌のなかにあまりたくさんのものを詰め込むのは好ましくない。かえって薄いスープのようになってしまう。
 一方、成功しているなと思えるのは次のような歌である。
七の段くちずさむとき七七の匂いに満ちる雨の土曜日
あゝぼくのむねにひろがるアコーディオン抱けば抱くほど風の溜息
愛が死語の村で育った青年の汗を舐めれば汗の味して
こんなものすててしまえばいいのにね静かに蜆の砂抜きをして
醒めたとき雪の匂いの夜行バスひとつ灯っている読書灯
傘立ての金属バットに血飛沫の予感漂う九月に降る雨
人妻の三角巾から垂れ下がる手首を掴む 炎天の駅
龍角散の匂い溢れる午後だった水銀色の電車に眠る
低いレを愛する少女の精一杯のばす左手ゆれる吊橋
首都高に今、花吹雪ゆっくりと花屋のトラック横転してゆく
 一首目の清新な抒情、二首目の青春歌の完成度はとても高い。三首目の青年の汗、四首目の蜆も印象的でポエジーとして成立している。五首目はどことなく穂村弘の歌を思わせる。また六首目の切迫する危機感、七首目の危険な香りもよい。「人妻の三角巾」は秀逸だ。許されない恋の逃避行の歌だろう。ただし、三角巾は腕を骨折したときなどにするもので、三角巾を当てると手首は上を向く気もするのだが。九首目も危険な香りの歌で、「ゆれる吊橋」が効果的に一首を締めくくっている。十首目も映像鮮明な歌だが、「今」の次の読点は不要で、「花吹雪」という常套句は避けるべきだろう。しかし首都高で花屋のトラックが横転するというのはいかにも映画的なカットだ。
 最後に私がいちばん好きな歌を挙げておこう。
孵卵器の温度をさげるきみのては一神教の翳りに満ちて
 歌の「きみ」は孵卵器のなかの卵に対して生殺与奪の権を持つ神として振る舞っている。温度を上げ下げすることで、卵を生かすことも殺すこともできるからである。この全能の立場を「一神教の翳り」と捉えた所に、作者の鋭い感性と反省的思索が見える。

 

第195回 江戸雪『昼の夢の終わり』

昼すぎの村雨の後ふいに射すひかりよそこにうつしみ立たす
江戸雪『昼の夢の終わり』
 村雨は夏の季語だから季節は夏。昼過ぎに俄雨が降るがまもなく止む。まだ空には雨を降らせた黒い雲が漂い、空気中に水滴が残っているが、ふいに一条の日が射す。まるでヤコブの階段のようだ(ただしこちらは冬の景色だが)。その光の中に立つ現そ身とは〈私〉に他ならない。〈私〉がそうである現そ身とは、驟雨の後に射す日の光の中にたまさか現出したものにすぎない。この歌を貫いているのは「須臾しゅゆ感覚」だろう。淋しく美しい歌だ。
 『昼の夢の終わり』は2015年11月に上梓された江戸の第六歌集である。この1年前に第五歌集『声を聞きたい』が出版されている。わずか1年の間隔で歌集を出すというのはふつうはないことである。江戸がそうした理由は生き急いだからだ。本歌集のあとがきに、「一ヶ月ほど入院して手術をした。危ない情態だったそうだが危機感はほとんどなかった。なんということか。」とさらりと書かれているが、病を得て入院し手術したことが著者にとってきわめて重大な事件であったのは、本歌集を一読すればわかる。
生きるとはゆるされること梔子くちなしの枯れゆくようにわれは病みたり
あといくつ夏はあるだろう淀川のぶあつい水のそばに佇ちつつ
この夏は鈍感になろうこの夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす
もし泣くとしたらひとつの夏のため ほそいベルトのサンダルを買う
 秋に手術を控えた夏の時期に作られた歌だろう。「臓器を喪くす」に「喪」という漢字をわざわざ当てたところに作者の心の有り様が感じられる。また一首目にあるように、自分はあといくつ夏を過ごせるのだろうかという疑問を抱くほどの病状だったと推察される。
 病を得たときに人がそれまで以上に鋭く意識するのは「時間」である。時間軸を過去方向に辿れば「自分は今まで精一杯生きて来ただろうか」という苦みを伴う想いが湧き上がり、未来方向に辿れば「自分にはあとどれくらい時間が残されているだろうか」という切実な想いが胸を突く。江戸の場合も同じであり、この歌集は「時間をめぐる変奏」が隠れた主題となっている。
花があるその下にひとはスカーフをなびかせ時を見送っている
うしなった時間のなかにたちどまり花びらながれてきたらまたゆく
けてわれには生きたと言える時間どれくらいあるきいの菜の花
いちはやく秋だと気づき手術台のような坂道ひとりでくだる
来るひとはみな美しくほほえんでこの世の時をくっきりまとう
われはいまどの時間のなかにいる 黄色い薔薇が窓辺にまぶし
ストーブを消して静かな窓の辺のわれに残りの時間ながれる
分かれてはまた重なってゆく水を川には川の時間があって
 一首目は不思議な歌で、「ひと」と表現されているのは作中の〈私〉だろう。〈私〉はスカーフを靡かせて、まるでバスを見送るように時間を見送る。なぜそうするかと言えば、〈私〉は時間に乗り遅れたからである。二首目も負けず劣らず不思議な歌で、隠れた主語が〈私〉だとすると、「うしなった時間のなかにたちどまり」とは過去の回想に耽ることと解することができる。花びらを合図のようにして〈私〉は過去から脱して再び時間の流れに復帰する。三首目は解説不要。四首目は上に引いた「夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす」の歌と併せて読まなくてはならない。なぜいち早く秋だと気づくのかというと、手術の予定が秋に控えているからである。だから〈私〉は時間の経過に鋭敏になっているのだ。「手術台のような坂道」という直喩に驚く。五首目は病院に見舞いに来た人を詠んだ歌。〈私〉の時間と彼らの時間はもはや交わることはないという想いが潜む。六首目の「どの時間」という表現が示唆するように、時間の流れはひとつではなく複数なのである。そのことは最後の八首目の歌にもはっきりと詠われている。
 江戸の今までの歌集とのもうひとつの違いは、故郷の大阪を詠んだ歌が多いことだろう。これまでの歌集にもないわけではないが、本歌集にはより多くの歌が見られ、また郷土愛を率直に表現した歌が多い。その理由は言うまでもなかろう。
のんのんとわたしのなかに蠢いている大阪よ木津川安治川
まよなかの大渉橋おおわたりばしはわれひとり渡しふたたび空っぽとなる
打合せ終えて初夏しばらくはひかる堂島川を眺める
栴檀木橋せんだんきのはしうつくしそれゆえ渡ることなく時は過ぎたり
溶接の工場のまえにすっきりと真白き薔薇が咲いておりたり
さびしくて松ぼっくりになろうかな土佐堀通りをしばらく歩く
蒼き水を淀川と呼ぶうれしさよすべてをゆるしすべてを摑む
 八百八橋と称されていただけあって、大阪には川と橋が多い。江戸の歌に登場する大阪も川と橋が中心である。そういえぱ大阪の有名な地名も、天神橋、天満橋、淀屋橋など、橋ばかりである。なかでも四首目の栴檀木橋という名は風雅だ。なんでも橋のたもとに大きな栴檀の木があったのが名の由来だという。
 橄欖追放の前身である「今週の短歌」時代に江戸を取り上げたときには、「ぐらぐらの私」と、「ぐらぐらの私を世界に投射することによって得られる世界把握」というようなことを述べた。感情をぶつけてそのエコーによって世界を把握するような姿勢に変わりはないのだが、本歌集にはそれとはまた肌合いの異なる一本の芯のようなものが感じられる。それは病を得たことで直視せざるをえなくなった自らの「死」と「時間」である。それらへの濃密な想いが収録された歌のあらゆる場所に感じられることが、本歌集を一種独特な色合いに染め上げていると言えるかもしれない。

生きているということなのだクロユリを風が揺らしているこのときも

 上に述べたような眼でこの歌を読むと、黒百合が風に揺れているという何気ない日常風景にも、強い「いま・ここ」感覚が感じられるだろう。最後にいかにも江戸らしい世界把握と、辛い経験をしたにもかかわらず強さが感じられる歌を挙げておこう。

さびしさを摑んでそして突き放す安治川に陽がつよく射すとき