第243回 黒田京子『揺籃歌』

月草のうつろふ時間たぐり寄せたぐり寄せつつゆく京の町

黒田京子『揺籃歌』

 

 あとがきによれば黒田が短歌に手を染めたきっかけは、伊藤園が募集する俳句大賞だったという。ある日、缶入りのお茶を手にしたら、缶の表に俳句が印刷されていた。それを見て自分でも作ってみたいと思ったという。それから短歌講座に通うようになったらしいが、なぜ俳句に触発されて短歌に行ったかというと、単純に十七字より三十一字のほうが表現できそうに思ったからだという。恐ろしいことである。黒田は藤井常世の短歌講座に通い、藤井の主宰する「笛の会」に入会。それ以来「笛の会」を中心に活動している。短詩型文学との出会いは思いがけない所にころがっているものだ。

 あらためて調べてみると、藤井常世の父君は折口信夫門下の国史学者の藤井貞文で、藤井常世の弟は国文学者・詩人の藤井貞和とある。それは知らなかった。私は日本語文法の研究もしていて、藤井貞和の本にはお世話になっている。なかでも『日本語と時間』(岩波新書)は名著である。

 『揺籃歌』は2018年に六花書林から刊行された黒田の第一歌集で、跋文は「笛の会」の難波一義が書いている。黒田は難波に「私の歌を歌集にまとめて読んでもらう価値がありますか」と何度もたずねたという。こういう心がけから生まれた第一歌集は初々しい。文体は端正な文語定型で、藤井常世からは情念の世界は学ばなかったとみえる。

短か日の日暮華やぐひとところ露天商人〈とちおとめ〉売る

少年の蹴る缶の音冬空に高くひびくを我は聴きをり

ふくらめる胸をやさしみ我のこと僕と呼びにき少女期われは

指先に残る蕗の香エプロンに拭ひつつ思う古きノラのこと

薄ら日も届かざる隅さみし気なひと木にあをく芽の尖りをり

 一首目、「短か日」なので夕暮れが早い冬の日だ。次第に物が色を失ってモノトーンとなる刻限である。そんななか路上で苺を売っている。その一角だけが苺の赤色で華やいでいる。色彩感覚が鮮やかな一首だ。二首目、黒田の歌にはよく少年少女が登場するのだが、それは現実の男子女子ではなく、追憶と憧憬の中に形象化された存在のようだ。この歌の季節も冬だ。少年が一人で缶蹴りをしている。そのカーンと響く音を聴いている。そこには「私はもう少年少女の年齢ではない」という思いがある。三首目、今ではマンガの影響もあって、少女が自分を「僕」と呼ぶのはごく普通になった。少女期の作者は自分の女性性に違和感を感じていたのだろう。四首目は厨歌だ。台所で蕗の皮を剥いている。蕗の皮を剥くと指先が黒ずみ蕗の強い香りが手に移る。嗅覚は記憶を刺激する。作者が思い出しているのはイプセンの『人形の家』の主人公ノラである。ノラは男性に従属しない新時代の女性だ。作者は女性の置かれた社会的立場にも違和感を抱いているのだろう。五首目、日のあまり当たらない隅にある庭木にも新芽が芽吹いているのを見つけるという春隣の歌で、弱者への優しい眼差しを感じさせる。自分の見たことや想い・想像を適切な言葉に落とし込んで歌にする技量には確かなものが見受けられる。

 個性を感じさせる歌を少し見てみよう。

なよらかに揺れつつ芯のかたきまま風の星座に我は生まれて

見た目にはやはらかさうな山茱萸の触れて知りたるその実のかたさ

曖昧に笑ふ術もて生きむとす煮ゆるかぶらの黄味がかる白

媚ぶることを覚えし日より違和感を感じそめたる我が口の中

輪の中にあらば易きか カンナ黄色き焔を放つ

群れゆくは息苦しきか一羽二羽群れを離るるひよどりの見ゆ

 一首目、風の星座とは双子座、天秤座、水瓶座をいう。ホロスコープによる性格診断は知らないが、作者には自分の中にはかたくなな所があると感じている。付和雷同を嫌って周囲に同調せず、徒党を組まず孤立を恐れない。そういう性格である。だから二首目のように山茱萸の実の硬さに自分を投影してしまう。三首目では不本意ながら曖昧に笑ってごまかす自分が、蕪の真っ白ではなく黄味がかった曖昧な白に投影されている。五首目では黙って輪の中に入れば生きやすいと感じつつも、作者の心の中にはカンナの如き激しい火が燃えるのだ。この歌は珍しく字足らずの破調になっている。案外激しいものを内蔵している人かもしれない。六首目の群れを離れるひよどりも言うまでもなく作者の分身である。

 作者には子供がいない。そのことをめぐる想いの歌がある。

子のなきも欠けたるひとつ母となる勇気持てずに我は生き来し

どくだみが十字を切りて迫りくる我に母性の兆したるとき

かたはらに眠れる吾子を持たざればうたふべし 我がための揺籃歌ララバイ

線路沿ひの家の窓辺にプーさんの黄色い背中が大きく見える

いのちあまた生まるる季節うまざるを選びし我の生受けし春

いちじくを漢字に書きて物思へば天使降り立つごとき夕影

 四首目、通勤電車の車窓から沿線の民家を眺めると、窓際にくまのプーさんの縫いぐるみが置いてある。子供のいる家なのだ。六首目、いちじくを漢字で書くと無花果、すなわち花なくして実る果実となる。花がなければ交配ができず子孫を残せない。夕暮れに降り立つ天使は受胎告知の大天使ガブリエルか。それでも作者は三首目のように、子守歌を歌う子がいなければ自分に向かって詠うと気丈に心を立て直すのである。ここへ来て歌集題名の「揺籃歌」は「ララバイ」と読んでほしいと知れる。

 作者にも思う人はあるがどうやら片恋のようである。

かくまでも我に近くて遠ききみ幼なじみは哀しきものを

きみの〈今〉を我は知りたし少年と少女の日々を懐かしむより

逢ひたし戻りたし きみと町思ひかもめ見てゐる山下埠頭

 このようにいろいろな主題を歌にしている作者だが、歌集一巻を通読して改めて感じるのことは、短歌に滲み出るのは〈時の移ろい〉だということだ。たとえば冒頭の掲出歌「月草のうつろふ時間たぐり寄せたぐり寄せつつゆく京の町」は自分が生まれた京都を再訪した折の歌である。「ちちははに我の生まれて家族といふかたち整ふ 京都市左京区」という歌もある。作者は長女で初めての子なのだ。「月草の」は「うつろふ」にかかる古語の枕詞。作者は子供の頃の記憶を辿って京都の町を歩いている。しかし建物は建て代わり昔の面影のない場所もある。それを記憶の海をたゆたうように記憶をたぐり寄せるのだ。またすぐ上に引いた片恋の歌にも、戻しようもなく経過した時間が深く刻印されている。〈時の移ろい〉は短歌の一番奥底に仕舞われた核のごときものかもしれない。

 最後に特に好きな歌を挙げておこう。

モディリアーニのくらき妻の顔泛び出づ黒き細身の傘閉づるとき

バジリコのひと葉に落つる花の影晩夏のひかり衰へゆかむ

冬の川流れゐるべし夜深くバカラグラスに水を満たせば

銅色あかがねいろを帯ぶるみづきのわかき葉に流るるごとくあをき葉脈

 一首目、35歳の若さで世を去った薄幸の画家モディリアーニの妻ジャンヌ・エピュテルヌはモディリアーニの死の2日後に投身自殺している。細身の傘を閉じるときにふいにその顔が脳裏に浮かんだという歌だ。写真に残るジャンヌの黒い服からの連想と思われる。二首目、三首目の、バジリコと晩夏の光、バカラグラスと冬の川の清冽な水の組み合わせにも、色彩と光の取り合わせが感じられる。四首目の遠くからズームインして虫眼鏡レベルの映像で終わる描写も印象的である。

 

第242回 脳と短歌とオノマトペ

海鳥の羽先はさはさ拡げつつ果てなく海を抱かむとせり

春日真木子

 

 短歌にはオノマトペが使われていることがある。掲歌では「はさはさ」というオノマトペが大型の鳥のゆったりした羽ばたきを表している。スズメのような小型の鳥や、ツバメのように高速で飛ぶ鳥に「はさはさ」はそぐわない。また「羽先」と「はさはさ」の「はさ」という音が同じで「はさきはさはさ」という反復によるリズムも効果的だ。

 ちょっと歌集を開いてみれば、オノマトペを使った歌に出会うことは難しくない。

風は溶け風で梳かして風を解け蜻蛉ひりひり前ばかり見ている                               盛田志保子

しんしんとみどりたたふる瞳を持ちて生まれ来るゆゑに人はかなしき

                       永井陽子

蜜を垂らしているのはきっとゆめですね/じゅうんと窓をやぶる洪水

                       加藤治郎

石 その寡黙を笑え カラカラと狂気含んだ風落ちる時

                      佐藤通雅

トンパラリと髪ほどきたり向かい合う鏡に青き一日ついたちの空

                      早川志織

 『現代短歌事典』(三省堂)の「オノマトペ」の項に小池光が書いているように、慣用表現化したオノマトペはどのような対象に接続するかが決まっている。小川は「さらさら」流れ、雷は「ゴロゴロ」鳴り、風は「ひゅうひゅう」吹き、炎は「めらめら」と燃え上がる。余りに陳腐なオノマトペは、言語感覚の覚醒と革新をめざす短詩型文学では避けなくてはならないとされる。いきおい歌人は創造的なオノマトペを創作しようとする。

いずこより凍れるらいのラムララム だむだむララム ラムララムラム

                             岡井隆

 オノマトペは短歌に音のリズムを作り出し、感覚性を高める働きがあるとされる。それは短歌を作る側の歌人から見たオノマトペの効果である。では短歌を読む側から見るとオノマトペはどのように受容されているのだろうか。

 私たちは言葉を発したり理解したりするときには脳を使っている。脳は言語の座である。人間の大脳は左半球と右半球に別れており、両者を脳梁という橋のようなものが結んでいて情報を交換している。大脳には一側性という特徴があり、右半球は体の左半分を統御し、左半球は右半分を統御している。このため脳の右半球に脳出血を起こすと、体の左側に麻痺などの障碍が出る。

 私たちが言葉を話したり理解したりするときに働いているのは大脳の言語中枢である。ブローカ野は言語の産出にかかわる運動性中枢で、ウェルニッケ野は言語の理解にかかわる感覚性中枢である。言語中枢もまた局在している。言語中枢は右利きの成人の95%で左半球にある。左利きの人の7割は言語中枢が左半球にあり、1割5分は右半球にあり、残りは優位差がないという。左利きの人は人口全体の7%程度なので、大部分の人は左半球優位ということになる。

 右脳と左脳の機能差については俗説が多い。人に話すときは右耳に話しかけるほうがよく言葉が届くというのもそのひとつだ。先頃終了した野島伸司脚本、石原さとみ主演のTVドラマ『高嶺の花』でもこれが使われていた。右耳から入った音は脳梁を通って左脳に届く。一方、左耳から入った音は脳梁を通っていったん右脳に行き、もう一度脳梁を通って左脳で言語処理される。だから右耳から入った言葉のほうが伝わり方が早いというのである。この説を支持する研究もあるようだが、脳内のニューロンを伝わるのは電気信号である。脳の横幅20cm程度で伝達速度に大きな差が出るとは思えない。

 一般に、左脳は言語中枢があるために、言語、論理的思考、演算などで働く優位半球であり、右脳は空間認識、図形認識、音楽などの優位半球であると言われている。優位半球を使うタスクを2つ同時に被験者にしてもらうとこれを確かめることができる。たとえば、ヘッドフォンから絶えず言葉を流しながら計算をしてもらうと、たいていの人は能率が落ちる。言語処理と計算はどちらも左脳を使うからである。一方、ヘッドフォンから歌詞のないクラシック音楽を流しながら計算をしても能率は落ちない。計算は左脳だが、音楽は右脳で処理されているため脳の負荷が増えることがないからである。最近は機能的核磁気共鳴装置(fMRI)という大がかりな装置で、非侵襲的に脳内の血流の増加を観察できるようになっている。

 さてオノマトペである。慶応義塾大学の認知科学者の今井むつみが著書『ことばと思考』(岩波新書 2010年)で自身が行なった興味深い実験を紹介している。人が様々な動き方で動いている様子を撮影したビデオを被験者に見てもらう。同時に画面に「ずんずん」「はやく」「歩く」などの言葉がテロップとして提示される。被験者には動きのビデオとテロップの両方を見てもらう。そのとき脳のどの部分が活発に働くかをfMRIで測定した。

 「はやく」という副詞や「あるく」という動詞を提示したときは、左半球の言語中枢のある部分が活性化したという。言葉として処理しているのだから当然だろう。ところが「ずんずん」という擬態語を提示したときに限り、左半球の言語野に加えて、右半球の運動を知覚したり、これから行なう運動をプランニングする場合に使われるMT野という部位も活性化したという。

 これは何を意味するか。「ずんずん」は動きの様子を表す擬態語であり言語の一種である。しかし「勉強机」のような名詞や「ぶらさがる」のような動詞が持つ語彙的意味を持たず、私たちが何かの動きから受ける印象をそれ自体は無意味な音連続を用いて表現したものである。「大型冷蔵庫」のような概念的表象ではなく、動きを模したミメーシス的な「演技」に近い。そのために通常の語彙的・概念的意味を処理する左半球の言語野ではなく、運動を知覚するときに活動する右半球が活動したのである。乱暴にまとめてみれば、ふつうの言語は左脳で処理されるが、擬態語は右脳で処理されるということだ。

 残念ながら今井はオノマトペ(擬音語)についての実験は行なっていない。しかしながら非言語音の音楽はふつう右半球で処理されることを考え合わせると、オノマトペも擬態語と同様に右脳を活性化させると推測することは許されるだろう。

さゐさゐと辛夷ゆすりて過ぐる風傷うけしあの春も薄れぬ

                     横山未来子

 私たちはふだんの生活で右脳を使っているか左脳を使っているかを意識することはない。しかし上に引いた横山の歌を読むとき、初句の「さゐさゐ」を除く部分は左脳の言語中枢で意味を処理しているのにたいして、オノマトペの「さゐさゐ」を読むときだけは、通常の意味処理を行なう部位ではなく、図形や運動や空間を知覚する部位を活性化させて受容しているのである。つまり私たちが「さゐさゐ」と読むとき、脳内に作り出されているのは語彙的・概念的意味表象ではなく、風が辛夷の枝や花を揺する動きそのものなのだ。

 このように考えるならば、擬音語・擬態語など非概念的な言語記号は、うまく織り交ぜて使うとき、短歌の世界を重層的にすると同時に、より感覚的・運動的な歌の受容を可能にすることがわかるだろう。

 

第241回 ユキノ進『冒険者たち』

午後ずっと猫がふざけて引きずった魚のまなこが見上げる世界

ユキノ進『冒険者たち』

 魚を食べずに戯れて引きずるとは、よっぽど猫も腹が減っていなかったのだろう。でなければすぐに食べてしまったはずだ。魚も猫の腹に収まってその血肉となれば成仏もできようが、おもちゃにされたのでは浮かばれない。しかしそんな魚にもその目に映っている世界がある。それは私たちが見ている世界とも、猫が見ている世界ともちがう世界だ。自分の視点を離れて異なる対象の視点に立って世界を眺めてみる。作者はそういうことができる人なのだろう。

 ユキノ進は1967年生まれで、結社に所属していない歌人である。『冒険者たち』は書肆侃侃房の新鋭歌人シリーズの一巻として上梓された第一歌集である。解説と編集は東直子。ユキノは福岡県の出身だから侃侃房は地元の出版社だ。

 東が選考委員を務めている歌壇賞と角川短歌賞の選考を終えて作者名が明かされると、候補作のリストにはいつもユキノの名があったと解説で東が書いている。2014年の第25回歌壇賞では惜しくも次点に選ばれている。ちなみに2017年の短歌研究新人賞では、「弔砲と敬礼」で候補作に(新人賞は小佐野弾)、2017年の角川短歌賞では「朝が来るまで」で予選通過(短歌賞は睦月都)、2018年の歌壇賞では「冒険者たち」で候補作に選ばれて東から二重丸をもらっている(歌壇賞は川野芽生)。本人ならずとも実に惜しいのである。

 さてユキノの作風はというと、基本は口語定型短歌だが、掲歌を見てもわかるように日常の話し言葉を生かした口語というよりは、文語定型の代替として選択した口語であるようだ。だから口語定型というよりも現代語定型と言ったほうがふさわしいかもしれない。

葉の裏の暗いところにみっしりと蝶を眠らせ樹は覚めている

水鳥が嘴をみずに挿す刹那しずかに終わる一生がある

ぶちまけたビー玉が床を這うようにスクランブル交差点をおれは

誰かの手を離れる風船 世界から失われゆくひとつのかたち

複葉機の仕組みを話している人の白い手のひらにかかる揚力

 第25回歌壇賞で次点に選ばれた「飛べない男」が本歌集では「複葉機の仕組み」と改題されて歌集冒頭に置かれている。ユキノとしても自信作なのだろう。その一連から引いた。

 一首目、蝶が葉裏にびっしり留まっているというから、亜熱帯か熱帯地方の風景だろう。蝶の睡りと樹木の覚醒、葉裏の暗さと樹木が浴びる光のコントラストを思い浮かべるとよい。アンリ・ルソーの絵を思わせる風景である。もとより写実ではなく想像の産物だ。二首目、水鳥が嘴を水に入れるのは餌となる小魚や貝を食べるためである。水鳥にしてみればそれは日常的な捕食行為だが、食べられる小魚や貝の立場からすればそれは一生の終わりである。ここにも掲歌と同様の視点移動が見られる。三首目、「ビー玉が床を這う」という表現にはいささか抵抗があるが、下句の「スクランブル交差点を(這うように進む)おれは」との連接を意識したものだろう。ビー玉を床にこぼすとビー玉は四方八方にころがる。その様がスクランブル交差点を行く歩行者の歩みと似ている。「ぶちまけた」という強い表現に作者の心情が滲んでいる。四首目、公園や商店街で、幼い子供がもらったばかりの風船をうっかり離してしまう。すると風船は風にゆらゆらと上昇しもう手の届かない所に行ってしまう。よく見る光景である。ユキノはそれを「世界からひとつのかたちが失われる」と感じるのである。五首目、複葉機の飛ぶ仕組みの解説に身振り手振りが混じる。すると手のひらにわずかな揚力が生じるというのだ。揚力は飛行機を浮上させる主な力である。

 上に引いた歌を見てもわかるように、ユキノは静かな口調で歌を詠む人で、その主な関心は「いのち」をめぐる「世界のかたち」にあるようだ。掲歌の魚への視点移動に見られるように、あくまで〈私〉を中心として世界を把握する「自我の歌」としてではなく、自在に移動する風となって「世界のかたち」を確かめているようにも感じられる。ユキノは集中でフランスの作家ル・クレジオの『地上の見知らぬ少年』一節を引用している。そこにある「大空にまで、彼方にまで、海にまで至るような言葉で」はおそらくユキノの信条だろう。

八階のコピー機の裏で客死するコガネムシその旅の終わりに

暁に鳴いただろうかつやつやとハーブチキンは輪廻の途中

光る刃をあてて林檎をこの星の自転の向きにゆっくり回す

静まりゆく森を歩めば思いがけず立ち上がる昏いいのちの匂い

闇に在る光を集め灯台が少しずつ濃くするのだ夜を

 オフィスのコピー機の裏で果てるコガネムシ、ハーブチキンと化して輪廻転生する鶏、林檎の回転と地球の自転の呼応、森の下草から立ち上がる生命の匂い、光によって夜の闇を濃くする灯台、このようなものが作者によってていねいに掬い取られる。そのような表象が決して〈私〉の信条の投影としてではなく描かれている。ユキノの眼差しは〈私〉の側にではなく「世界」の側に傾いていると言えよう。

 しかし本歌集に収録された歌にはこれとは別の側面がある。それは会社員として働く人間としての側面である。

男より働きます、と新人の池田が髪をうしろに結ぶ

ランチへゆくエレベーターで宙を見る七分の三は非正規雇用

おとこらはしばし世界へ背を向けて駅のホームで立って食うソバ

あしたからしばし無職となる人を囲んで同じ課の五、六人

ストラップの色で身分が分けられて中本さんは派遣のみどり

 一首目は、男性よりも働かなくては認めてもらえない女性社員の立場を、二首目は正社員が減って非正規雇用が増えた現代の日本を詠んでいる。三首目は駅の立ち食い蕎麦の風景、四首目は契約終了となって職場を離れる契約社員、五首目は職場に厳然として存在する身分差別である。次のような歌もある。

搾取する一パーセントを敵として連帯していいのかおれも

五十円時給を上げる申請を手紙のように丁寧に書く

効率的な働き方を、ときれいごとを並べるおれに集まる視線

 作者は勤務する会社で中間管理職に就いているのだ。だから非正規雇用の社員の置かれた境遇に同情しつつも、管理職として会社の方針を伝えなくてはならない。おまけに誰かが働き方改革などと言い出したものだから、残業を減らさなくてはならない。中間管理職としては板挟みに苦吟するのである。笑った歌と衝撃を受けた歌を一首ずつ引く。

禿げ、白髪、白髪、禿げ、禿げ 光りつつ役員会議に集うたましい

一階のロビーの隅のごみ箱に花束が深く突き刺してある

 一首目は重役会議の風景で、重役になる頃にはみんな禿げか白髪になっているのだ。二首目は派遣契約が打ち切られてやめる人が送別の拍手とともにもらった花束である。「深く」突き刺してあるところに怒りの強さが滲み出ている。しばらく前から短歌の世界では「生きづらさ」を主題とする歌が増えているように感じるのだが、これら一連の歌もまたそのような系譜に連なるものと捉えることができるだろう。世界から目を転じて〈私〉へと向かうときにこのような歌になるのは辛いことである。もっとも集中には新潟に単身赴任している時に、離れて暮らす我が子に寄せる愛情深い歌もある。

 最後に心に残った歌をいくつか挙げておこう。

地底湖のみず溢れ出すキッチンでまよなか梨にナイフあてれば

夜おそく井戸の水面を揺れながら静かにわたる小さな星座

春の陽を細かく空へ返しつつひとたびきりの川の流れに

しまわれた古いカメラの内にある現像を待ちつづける風景

地下室で宝箱開ける時のごと夜のコピー機に照らされる顔

夜おそく終着駅から車庫へゆく空の車両に満ちる明るさ

 

第240回 鷺沢朱理『ラプソディーとセレナーデ』

水に書く言葉に似たるこの生をマルクス=アウレリウスも生きしと想へば

鷺沢朱理『ラプソディーとセレナーデ』

 鷺沢は1982年生まれで「中部短歌会」所属。短歌実作だけでなく評論でも活躍しており、『ラプソディーとセレナーデ』は本年 (2018年) 8月に上梓された第一歌集である。鷺沢の名はずいぶん前からあちこちで見ていたので、これが第一歌集と知って驚いた。どうやら制作にじっくり時間をかける遅作型らしい。跋文は「中部短歌会」主宰の大塚寅彦。

 まず歌集の構成がおもしろい。クラシック音楽の構成を模しており、第一部は第一楽章 Moderato grazioso, ma non troppoと題されている。「中程の早さで優美に、しかし過度でなく」を意味する。この調子で第二楽章は Larghetto, tempo rubato、第三楽章は Presto energico et passionatoなど第六楽章まで続く。歌集題名も『ラプソディーとセレナーデ』だから、短歌と音楽の交通を念頭に置いているのである。

 おもむろに歌集を繙いてみると、中身も尋常ではない。第一楽章の冒頭は「四曲一隻屏風『濃姫』」と題されている。最初の数首を引く。

「国宝の玻璃割る美学」と追放の修復師われの末路笑ふか

十余年美濃の御寺みてらの奥の院に闇を食ひつつ絵をなほしをり

信長の美濃攻めゐたる屏風より銀箔はくはがしみれば姫うかびたり

 どうやら歌の中の〈私〉は美術品の修復師らしく、美濃の斎藤道三の娘で織田信長に嫁いだ濃姫を描いた屏風を修復しているらしい。極めてフィクション性の高い設定である。

 屏風はくの字に折れ曲がる平面を畳むが、1つ1つの平面を「扇」という。扇は右から一、二、三、四と数える。扇4枚から成る屏風が「四曲」である。屏風はふつう2つが対になっており、それを「一双」と呼ぶ。対を成さず片割れだけが「一せき」である。したがって「四曲一隻屏風」とは、扇4枚から成る片割れのみの屏風ということになる。

 

壱扇「輿入」

なして父よ尾張へゆけとおつしやるか黒柿のごときうつけの嫁に

泰西の真珠呑む女王の決意もてわれ火瑪瑙ひめなうを呑むが婚をす

弐扇「信長殿」

荒梅雨にはだけたる肩うち出して泥蹴り帰る人がわが夫

信長殿のうすき胸処むなどに寄する頬琥珀のごとく染まりゆくらん

参扇「父と兄」

弘治二年美濃に報あり父道三、兄義龍に討たるるとあり

閉ぢ合はぬあにいもうとの黒蝶貝われて輝けと父よ言ひしか

四扇「稲葉山炎上」

紅蓮や紅蓮燃えて帰蝶は亡き父の山城たかく灰と散りたし

吹き荒れしひかりと花の交響ゆふと覚めみれば朝の静もり

 

 それぞれの扇から二首ずつ引いたが、濃姫の輿入れに始まり、信長との日々、道三が息子の義龍に打たれるという出来事が続き、最後に道三の居城稲葉山城が落城するまでを時系列で描いている。ちなみに「帰蝶」は濃姫の名であったとされる。

 後はこの調子で、「軸装三幅対『雪豹』、「海底洛中洛外図屏風」、「四曲一双屏風『夢葵』」など、源氏物語や伊勢物語や長谷川等伯の絵などに想を得た屏風仕立ての歌が続く。文語定型旧仮名遣の絢爛たる歌物語の世界である。

 なぜ屏風なのか。跋文で大塚寅彦も同じ問を発しているがはっきりとは答えていない。少し考えてみよう。

 私たちが知っている西洋絵画はふつう動きのないものである。教会に飾られている宗教画や世俗の静物画を見てもそこにはふつう動きはない。したがって絵の中に流れる時間はない。カラヴァッジォのようなバロック絵画は好んで劇的でダイナミックな場面を描いたが、それでもなお画面の動きはスナップショットのように凍結され時間が止まっている。絵画の中では時間は流れないのである。このような西洋絵画に革命をもたらしたのは印象派のモネだ。モネはルーアン大聖堂や牧場の積み藁の前にイーゼルを立て、早朝から夕刻まで太陽の移動に従って刻々変化する光を描いた。その光の時間的変化を一枚の絵に重ねて描いたため、絵は輪郭を失った光の集積と化したのである。そこに描かれているのは時間、より正確には表象の移ろいを通して感じられる時間である。

 これに対して日本の絵画にはもともと時間の観念が含まれていたと思われる。代表的なのは絵巻物である。絵巻物を繙くと、右から左に向かって一連の出来事が時間順に描かれている。だから絵巻物では同じ人物が何度も登場するが、見ている私たちは何の違和感も感じない。この感覚は現代のマンガにも受け継がれている。今でもマンガは右から左に向かって読む習慣が根強く残っているのは、絵巻物以来の日本の絵画の伝統のせいにほかならない。

 日本画の重要な主題は季節の移ろいである。だから一双の屏風には右に春の風景を、左に秋の風景を描いたりした。私たちは右から左に視線を移動させることで、時間の経過を感じることができる。

 ここまで来れば鷺沢がなぜ自らの短歌世界を展開する舞台として屏風を選んだのか明らかだろう。屏風は扇の集合体であり、見る私たちは右から左へと目を走らせることによって、そこに擬似的な時間を作り出すことができる。これは物語を語ろうとする鷺沢にとってまことに好都合なのである。

軸装三幅対「淡路廃帝」

怨み描く身はそそり立つ筆持ちて赤羅引く血に指も染まれり

淡路へと永久とはに逢はじのみやこ背に大炊おほひみかどふなべりに泣く

淡路とは泡のみちなれぬばたまの墨に浮くその気泡か生は

 しかしなぜ鷺沢は自らを絵画修復師や絵師に見立てて、現代とは関係のない歴史物語を描くのか。近現代短歌は「私性の文学」と言われるが、いったい鷺沢の〈私〉はどこにあるのだろうか。あとがきで鷺沢は次のように書いている。

 短歌に《美》を復権しなければならない。葛原妙子は、「歌とはさらにさらに美しくあるべきではないのか」(『朱霊』後記)と問うたが、短歌に於いてその達成はいまだ道半ばであるどころか、美への義絶はますます忌々しき問題に、いや問題にすらされない。

 跋文で大塚は、古典的和歌の世界では作りごととしての花鳥風月が詠まれてきて、それは言葉が織りなす世界であると指摘した後に次のように続けている。

 つまり近代の和歌革新以降に、現実の個体と作中の「われ」との紐付けが強固になされたことによって見失われた膨大な何か、自由自在な「こころ」の住処としての形式が、まだまだ回復されてないこと、あるいは現在において失われた古典的な美意識の復権ということも鷺沢の中にあるのは明白であって、言葉本来の意味に近い些かフェティシズミックに見える拘りによってそれを実現しようとしていると思われる。

 つまりはこういうことだ。古典和歌の世界は「美の共同体」を感性の基盤としており、美しいとされる言葉の中から選んで組み合わせる技を競った。藤原俊成が「夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里」と詠んだとき、その背後には誰もが知る『伊勢物語』があった。だからここには男に捨てられた女性の嘆きが聞こえるのである。それは美の共通基盤として共有された世界である。しかし近代の和歌革新の結果、短歌は「自我の詩」となり「美の共同体」は忌むべきものとして否定され失われた。代わって称揚されたのは、一回きりの生を生きる〈私〉の表現としての歌である。大塚が正しく指摘したように、鷺沢はこの現状を嘆き、短歌に美を復権しようとしているのだ。その試行が屏風仕立てによる絢爛たる物語絵巻なのである。

 しかし一抹の不安が残る。回復すべきは「美の共同体」もしくは「美の共通資源」なのだが、鷺沢個人の試行によってその共同性が回復できるだろうか。塚本邦雄は前衛短歌の時代を経て古典へと回帰し、独自の美の世界を打ち立てた。しかしそれは古今東西の芸術に通じた博覧強記と強烈な個性によって可能になったものである。また塚本自身は「共同性の回復」など目指してはおらず、むしろ孤高を愉しんだ感がある。

 本歌集の短歌すべてが屏風仕立ての絵物語ではなく、第二楽章では、上司のパワハラに遭って務めていた学習塾を辞職し、鬱病になって実家に戻り祖父の畑を耕すという現実の作者に近い〈私〉が詠まれている。

青竹のわれのこころをパキリ折る怒声の上司斧のごとしも

木にもあらぬ草にもあらぬうつ病者わが就職の笹の靡きよ

祖父に代はり手に持つ鍬の重かれどこのリハビリは効くよと祖母は

座してをられぬこの病なれうろつけば桜は耳のうしろに咲かゆ

 また第三楽章の「桜と春草のための大屏風歌」では早世した友人を詠っている。

桜咲く遠山の暮れ見つめゐる絵を描く君とそを詠ふ僕

ともに見し京の桜の散るゆめの三十五にして絵と果てし君

芸大を中途に出でて師を謗りその放埒は憎まれて死す

 これらの一連は「私性の文学」としての近代短歌のコードに基づいており、自在に詠む作者の技量は明らかなのだが、絢爛たる美の絵物語の合間にこれらの歌に出会うと、〈私〉の在り処と位相の落差にどうしても違和感が残る。作者が本歌集を題名まで含めて一巻の巧緻に織り上げられた作品としようとしているのでなおさらそのように感じるのである。

 最後に個人的なエピソードをひとつ。歌集の表紙絵は1926年に描かれた中村大三郎の「ピアノ」という京都市美術館所蔵の絵である。着物姿の女性がグランドビアノに向かって演奏している大正ロマンの漂う絵だ。ピアノにはANT. PETROFと刻印されている。チェコのアントニン・ペトロフ社製のピアノである。実は我が家にもペトロフのピアノがあった。家人がピアノを弾くので産まれた娘にも習わせたいと購入した。その際、ヤマハやカワイではおもしろくないとペトロフのアップライトを買った。ヤマハのように低音から高音まで均一に音が鳴るという点では劣る点があったものの、華やかや音色のピアノだったと記憶する。

 大塚は跋文で鷺沢のユニークさは歌壇広しといえども彼にしか見いだせないほどだと言いつつも、「かなり読者を選ぶ世界」だと評した。鷺沢の試行がどのように受容されるか注目される。

 

第239回 九螺ささら『ゆめのほとり鳥』

失った時間をチャージするためにサービスエリアがあるたび止まる

九螺ささら『ゆめのほとり鳥』

 

 不思議な歌である。場面は高速道路。下句の「サービスエリアがあるたび止まる」はわかる。不思議なのは上句である。高速道路は早く目的地に着くために走るものだ。普通の道路を走ったら6時間かかるところを2時間で目的地に着いたら、4時間得をしたと考えるのがふつうだ。しかし作者は高速道路を走ると時間を失うと感じているのだ。

 こういう風に考えてみるとわかるかもしれない。私たちの寿命が70年に決まっていると仮定してみよう。これは目的地までの距離に当たる。生き方に2コースあるとする。ふつうの時間で生きて課長まで昇進する生き方と、3倍のスピードで生きて取締役まで出世する生き方だ。後者は確かに到達する職階は上だが、速度を上げて生きたため実際には70年の3分の1、つまり23.33年しか生きていない。46.67年の時間を失っているのである。だから掲出歌ではサービスエリアがあるために止まって、そこで高速で移動したために失った時間を取り戻すと言っているのだ。逆転の発想でとてもおもしろい。

 九螺ささらの名前は新聞の短歌投稿欄や穂村弘『短歌ください』などでたびたび目にしていた。ペンネームの名字を何と読むのか長い間謎だったが、このたび「くら」と読むことがわかり、積年のつかえが解消した感がある。プロフィールによれば、九螺は2009年頃から独学で短歌を作り始めたという。それからいくらも経たないうちに2010年に短歌研究新人賞の次席となっている。その年の新人賞受賞は「ロックン・エンド・ロール」の吉田竜宇と「死と放埒な君の目と」の山崎聡子。『ゆめのほとり鳥』は書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズから刊行された第一歌集である。編集と表紙絵と解説は東直子。九螺は直前に『神様の住所』(朝日出版社)という歌文集も出版している。朝日新聞の書評欄で元東大教授の哲学者野矢茂樹がこの本を取り上げて書評していたので驚いた。ちなみに「神様の住所」は九螺が短歌研究新人賞次席を取った時に投稿した連作の題名である。

 一読してすぐわかることだが九螺の短歌は誰の歌にも似ていない。きわめて独自な歌である。いくつか目についたものを引いてみよう。

(なんだろう、これは…)と呟きながら1号は自身の涙で錆びついていった

離陸したとたんはらぺこになったから空中にて鳥の肉を頼む

いまなにか消えた気がしたシューマイのグリーンピースのようななにかが

テロメアの長さがすなわち寿命らしお好み焼きにかつおぶし踊る

不要だと集められたる六千のピアノが奏でる〈乙女の祈り〉

 一首目は「ロボット」の題詠に応募した作だという。その背景を知らなくても「1号」でロボットかサイボーグだとわかる。ロボットが流すはずのない涙で錆びてゆくという歌だ、涙には塩分が含まれているので確かに錆びやすいだろう。このロボットの躯体は鉄でできているようだから、ずいぶん旧式のロボットにちがいない。そんなレトロ感も漂う。

 二首目、機内食の「Beef or chicken?」である。この歌のミソは「鶏肉」とせずに「鳥の肉」と書いた点。空を飛行中に同じく空を飛んでいる鳥の肉を食するところに、自身か猛禽類にでも化身したかのような不穏な感じがただよう。もっとも飛行機の巡航高度の1万メートル付近を実際に飛ぶ鳥はいないのだが。

 三首目はとりわけおもしろい。「今何かが消えた気がする」ことは日常ままある。その些細な感覚をシューマイのグリーンピースに喩えたところが愉快だ。シューマイは好きだが上に乗っかっているグリーンピースが嫌いだという人は少なくない。そもそもなぜシューマイにグリーンピースが乗る必要があるのか理由がわからない。つまりこれは『ハムレット』におけるローゼンクランツとギルデンスターンのような存在の不条理を詠んだ歌なのだ。

 四首目、現代生物学の教えるところによると、我々の寿命は細胞内の染色体の末端にあるテロメアによって決まるという。細胞分裂を繰り返すたびに、テロメアはバスの回数券のように1枚ずつ減ってゆくらしい。これが上句だが、下句は一転してお好み焼きにジャンプする。熱いお好み焼きに薄く削った鰹節をふると、鰹節は熱に煽られて踊り出す。それが生命の乱舞のようでもあり、またMemento Moriを忘れて踊る私たちのようでもある。

 五首目、子供が幼い時にピアノを習わせようとピアノを買う親は多い。しかしたいていの子供は単調な練習を嫌って途中でやめてしまう。こめために大量の不要ピアノが生まれる。六千台ものピアノが一斉に「乙女の祈り」を奏でる光景は壮観だが、それは無理矢理好きでもないピアノを習わせられた少女の怨嗟の声のようにも、また不要品として回収されたピアノの嘆きのようにも聞こえる。

 このように九螺の短歌は、時にSF的であり時にファンタジー/メルヘン的でもある。短歌というよりショート・ショートを読んでいる気分になる。その特徴は「奇想」と徹底した〈私〉の不在であると言ってよい。上に引いたシューマイのグリーンピースの歌に見られるように、九螺の短歌は哲学的で、なかんずく存在論的である。九螺自身も短歌は哲学や理性と相性が良いといい、また『神様の住所』のあとがきでは自身に形而上的世界を愛する「宇宙酔い」の持病があったと述べている。

大江戸線のエスカレーター上がってくこの世の時間を巻き戻しなかがら

右手用ミトンだけが三つもありこの部屋はバランスがいびつ

けのCD揺れる銀河色 四億年前の記憶のごとく

時空からしたたった泡我というかりんとう好きの有機体である

 一首目、一番最近に作られた大江戸線は他の路線を避けるために東京の最深部を通っている。このためホームまで行くエスカレーターがとても長い。この歌にも掲出歌と同じく空間的移動から時間への経過の転写がある。地下深いホームから地上に上がるのはまるで時間を巻き戻しているかのようだというのである。

 二首目、ミトンは鍋つかみのこと。確かにミトンはどこかに行きやすい。片方失くして新しいのを買ううちに、右手用が3つもある。この事態を「世界の歪み」と捉えているのだ。

 三首目、民家の軒先や畑に鳥よけのCDが吊られている光景はよく目にする。キラキラと光るのが鳥よけに効果があると考えられているのだろう。ふつうそのきらめきは「虹色」と表現するが、ここでは「銀河色」と表現されることで、一気に宇宙的スケールへと広がる。

 四首目は自分を「時空からしたたった泡」と観じる存在論的な歌である。動的平衡を提唱する青山学院大学教授の生物学者福岡伸一は、私たち有機生命体はつまるところ「タンパク質の一時的な淀み」でしかないと喝破した。それを思わせる歌だ。

 誰でも子供の頃に、「地球は46億年前に生まれた」とか、「宇宙は無限で果てがない」とか、「ビッグバンで宇宙が誕生する前は無であった」などという途方もない話を聞かされると、一瞬頭がぼうっとなって思考が中止する体験があるにちがいない。太陽系は銀河系という島宇宙の片隅にあり、銀河系と同じような島宇宙が無数にあって、さらに…と考えるだけで子供心に恐怖を覚えた人もいるだろう。しかし人は大人になるにつれて感性を日常的スケールに刈り込んで行き、宇宙のことは頭から閉め出してしまう。九螺はおそらく誰もが子供時代に経験したことのある存在論的懐疑を失わずに持ち続けている人なのだろう。

 あえて短歌の世界に先蹤を求めるとすれば、香川ヒサの名が頭に浮かぶ。香川の短歌もしばしば哲学的でまたときに宇宙論的である。

角砂糖ガラスの壜に詰めゆくにいかに詰めても隙間が残る

もう一人そこにはをりき永遠に記念写真に見えぬ写真屋

棒切れをくはへて戻り尾を振りて犬として犬を在る犬がある

ビッグバンの残光およぶ地上にて小麦畑に播かれゐる種

 しかし香川の歌がどちらかと言えば知性と機知による世界の再構成という趣きがあるのに対して、九螺の短歌は存在論的懐疑が体質として体の奥にまで染み込んでいる感じがある。

「世界観が世界を造っているのです、世界が世界観を、ではなくて」

神経の集合が脳であるように存在は時空間の貯水池

「この現実」は実験室の水槽の一つの脳が見つづけている夢

 上に引いた歌ようなは短歌的昇華が不十分で、あまりに生な表現になっているように思う。「世界が世界観を作っているのではなく、世界観が世界を作っている」というのは実にその通りなのだが、そのまんまを歌にするとストレートすぎる。また中国にもこの世界は「クワン」という巨大な魚が見ている夢だという伝承があったり、有名な荘子の胡蝶の夢の逸話もあるので、私たちが現実だと信じているものは実は誰かの夢だというのはそう目新しいものではない。照屋真理子の短歌や俳句でも現実と夢の位相の逆転はずっと大きなテーマとなっている。

公園は散歩のためにある幻公園を出ると散歩が消える

横書きの樅の木を縦書きにすると樅の木はやがて縦の木になる

 どれもおもしろい歌で、特に二首目のように漢字を部首に分解する歌は九螺の好みのようだ。『神様の住所』にも「目と耳と口失ひし王様が『聖』といふ字になった物語」という歌がある。しかし惜しむらくは九螺の歌のように奇想を中心に据えると、どうしても意味中心の歌になり、短歌に必要な調べが犠牲になる。そこにいささかの不満が残る。

 しかし奇想と調べがバランスよく配合されると、次のような美しい歌となる。結句をもう少し工夫すれば定型に収まるだろう。

ひとすじに飛び込み台から落ちてゆく人の形をした午後の時間

 『神様の住所』を読むとこのような発想がどういう経路で出て来るのかがよくわかる。まだまだ暑さの去らない短夜の読書としてお奨めしておこう。

【追記】

 九螺ささらさんの『神様の住所』がこのたび第28回BUNKAMURAドゥマゴ文学賞を受賞されました。選考委員は写真家・文筆家の大竹昭子氏。受賞おめでとうございます。(2018年9月4日追記)

 

第238回 野口あや子『眠れる海』

押し黙ればひとはしずかだ洗面器ふるき卵の色で乾けり

野口あや子『眠れる海』

 

 第一歌集『くびすじの欠片』(2009年)、第二歌集『夏にふれる』(2012年)、第三歌集『かなしき玩具譚』(2015年)に続く、著者第四歌集である。書肆侃侃房の現代歌人シリーズの一巻として刊行された。短歌だけでなく、写真家三品鐘によるモノクロ写真が収録されている。野口は朗読会を開いたり、他のジャンルとの交流を積極的に進めているようで、そのような姿勢の一環だろう。

 本ブログではすでに『くびすじの欠片』と『夏にふれる』を取り上げているので、今回で3度目になる。野口はどのように変化した、あるいは変化しなかったのだろうか。

愛しては子供をつくることに触れボトルシップのようなくびすじ

秋すなわちかげろうでありきみの姓を聞いてふりむくまでの眩しさ

父の骨母の血絶つごと婚なして窓辺にかおる吸いさしたばこ

茶葉ふわり浮いてかさなるはかなさで夫と呼んで妻と呼ばれる

子はまだかとかくもしらしらたずね来る男ともだちの目に迷いなく

 これらの歌を読むと、野口は伴侶を得て結婚したようだ。しかし結婚して幸福に包まれているかといえば、どうやらそうでもないようで、互いを夫と妻と呼ぶことにも茶葉が浮く程度の現実感しか感じていない。また子をなすことにためらいがあるようで、三首目の「父の骨母の血絶つごと」は子を残さない決意のようにも感じられる。一首目の「ボトルシップのようなくびすじ」、三首目の「窓辺にかおる吸いさしたばこ」の下句のさばき方はいかにも野口流である。

 上に引いたような歌では、意味はほぼ定型の中に収まっているのだが、読んでいるとそのような歌ばかりではなく、どこか過剰で定型に収まりきらない何かがはみ出しているような印象を受けることがある。

あしのつけねのねじをまわしてくろきくろきポールハンガーたたむひととき

大きなアルミラックの上に小さなアルミラック乗せて人生、なんてわたしたち

飛ぶことと壊れることは近しくてノブを五つあけて出ていく

あ・ま・だ・れとくちびるあければごぼれゆく 赤い、こまかい、ビーズ、らんちゅう

 一首目、部屋におかれているポールハンガーを畳むというごくふつうの動作だが、「くろきくろき」と反復されることで何か過剰なものが感じられる。二首目のアルミラックも若い人たちの部屋によく見られる家具だが、大きなアルミラックの上に小さなアルミラック乗せるという前半と、「なんてわたしたち」という結句の詠嘆がうまく結びつかない。三首目、「ノブを五つあけて」というのは語法的にいささか妙で、ノブをつかんで開けるのはドアである。仮にそう解釈したとして、ドアを5つ開けて出てゆくというのもどこか過剰だ。四首目は意味がよく取れないが、唇から零れるにしても、ビーズはよいとしてらんちゅうは不思議だ。

 いろいろな歌人の歌を読んでいると、言葉と自分(作者)を隔てる距離が人によってずいぶん異なることに気づくことがある。自分と言葉の距離が大きな人にとって、言葉はいわば自分の外にあるもので、画家が絵の具を配合して絵を描くように、石工がレンガを積み上げて家を建てるように、言葉を操作し組み合わせて何かを作り出す。こうして作り出したものは自分の外部に存在する。例えば塚本邦雄はそのような歌人の代表格だろう。一方、言葉と自分の距離が小さな人にとっては、言葉は自分の外にあるものではなく、ましてや操作するものではなく、自分の内側から滲み出て来るものであり、たやすく外在化することができない。自分から言葉を無理に剥ぎ取ろうとすると、皮膚が破れて血が滲んでしまう。野口の歌を読んでいるとそのように感じることがある。

さげすみて煮透かしている内臓の愛と呼びやすき部分に触れよ

夜の底、撹拌されてあわあわと垂らすしずくのオパールいろよ

ゆきふるかふらぬか われはくずおれたむすめを内腿に垂らしておりぬ

真葛這うくきのしなりのるいるいと母から母を剥ぐ恍惚は

ひらかれてくだもののからだ味わえばおなじくいたむ嵐の中で

 このような歌を読むと、野口は言葉を道具として用いて、自分の中にある意味なり感情なりを表現しようとしているのではなく、言葉を皮膚に絡ませ、皮膚を裏返して言葉に被せ、自分と言葉の間をたゆたう関係性を、絞りだすように歌にしているようにも感じられる。

 このことはよく短歌で論じられる「私性」とはちがうことである。「私性」とは、現実を生きる作者としての私と歌の中に詠まれた〈私〉の異同の問題である。「生活即短歌」のような立場では、歌の中の〈私〉はほぼそのまま実人生の作者と取ってかまわない。しかし反写実、芸術至上主義の立場に立つと、その等式は成り立たない。「私性」は現実の私と歌の中の〈私〉の関係を言うものだが、上に野口について述べたのはそうではなく、作者としての現実の私と言葉、あるいは声との距離の問題である。これ以上うまく言えないのだが、短歌の実作者ならば感じ取ってくれるかもしれない。

 このことは野口の身体と関係しているかもしれないとふと思う。

とかげ吐くように吐く歯磨き粉の泡の木曜日がみるまに繰り上がる

芹吐けり冬瓜吐けりわたくしのむすめになりたきものみな白し

 集中にはこのように何かを吐くという歌があるのだが、野口は青春期に長く摂食障害に苦しんでいたらしい。摂食障害は自分の身体との違和である。また『気管支たちとはじめての手紙』という共著の著書もあるので、喘息の持病もあったのかもしれない。身体との違和があったり持病を抱えている人にとって、身体は透明な存在ではなく、時に自己の内部に蠢く他者ともなる。野口の歌に感じられる言葉や声との距離の近さはそのような事情と関係しているのかもしれない。

 最後に印象に残った歌を挙げておこう。

うしなったのも得たものもなく午前十時の地下鉄にいる

感情を恥ずかしむため眉引けばあらき部分に墨はのりたり

ひややかに刃にひらかれて梨の実は梨の皮へとそらされていく

ずがいこつおもたいひるに内耳うちみみに窓にゆきふるさらさらと鳴る

つよく抱けば兵士のような顔をするあなたのシャツのうすいグリーン

さみどりののどあめがのどにすきとおりつつこときれるよるの冷たさ

血脈をせき止めるごとくちづけてただよう薄荷煙草の味は

名残 いえ、じょうずに解けなかっただけ 牡丹のように手から離れる

第237回 穂村弘『水中翼船炎上中』

天使断頭台の如しも夜に浮かぶひとコマだけのガードレールは

穂村弘『水中翼船炎上中』

 

 ガードレールはふつう道路の脇に長く続くものである。車が車道を逸れるのを防止するためにあるのだから当然と言えば当然だ。しかしどういうわけがポツンとひとコマだけのガードレールが残されている。ひと「コマ」というのが正しい数え方かどうかは知らないが、要するに支柱2本分しかない短いものである。これではガードレールの用をなさない。路上観察学会にならって言えば「トマソン」である。「夜に浮かぶ」とあるので、暗い夜道を車で走っていたら、曲がり角でヘッドライトに白く浮かび上がったのだろう。それを「天使断頭台の如しも」という喩を用いて表現するところは近代短歌のコードを遵守している。天使も断頭台で死刑に処せられることがあるのだろうかなどと真面目に考え込んではいけない。これは「詩的比喩」である。詩的比喩はあるが、あまり「圧縮」はかけておらず、修辞は倒置法だけに留めているのでわかりやすい歌になっている。

 天使というと思い出すのは、塚本邦雄が最も美しい町名と評価した「天使突抜」である。京都市下京区に実在する。マリンバ奏者の通崎睦美がこの地名に引かれて住み着いている。穂村は塚本の短歌に衝撃を受けて短歌を作り始めたので、この歌の背後には密やかな塚本へのオマージュが隠されているのかもしれない。

 今年(2018年)の5月に講談社から上梓された『水中翼船炎上中』は、『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』以来、実に17年ぶりの穂村の歌集だという。とても信じられない気持ちになるのは、その間も穂村の名を頻繁に目にしているからだろう。穂村は定評のあるエッセーの名手で、爆笑エッセー集をたくさん出しており、また『短歌ください』のような投稿短歌のアンソロジーや、『ぼくの短歌ノート』のような歌論も書いているので、とても17年ぶりだとは思えないのである。『水中翼船炎上中』の装幀はあの名久井直子。挟まれたメモによると表表紙と裏表紙の組み合わせで9パターンあるそうだ。装画のテーマは旅である。昔の大西洋横断豪華客船の写真や旅行用大型トランクのイラストや古い絵葉書などが配されている。この「旅」は本歌集を読み解くキーワードと言ってよい。穂村はどこへ旅をするのだろうか。

 メモによれば、冒頭の連作「出発」は現在、「楽しい一日」「にっぽんのクリスマス」「水道水」は子供時代、その後は「思春期へのカウントダウン」「昭和の終焉から二十一世紀へ」、やがて「母の死」を経て、最後は「再び現在」となっている。つまり穂村は過去の世界へ旅をしているのである。このうち「楽しい一日」は2008年の短歌研究賞受賞作である。

食堂車の窓いっぱいの富士山に驚くお父さん、お母さん、僕

スパゲティとパンとミルクとマーガリンがプラスチックのひとつの皿に

水筒の蓋の磁石がくるくると回ってみんな菜の花になる

ゆらゆらと畳に影を落としつつ丹前姿になってゆく父

雪のような微笑み充ちるちちははと炬燵の上でケーキを切れば

元旦に明るい色の胴体を揉めばぷよぷよするヤマト糊

 最初の三首は「楽しい一日」から、残りの三首は「にっぽんのクリスマス」から引いた。一首目は新幹線の食堂車の光景である。今はもうないが昔の新幹線には食堂車があつた。子供にとっては憧れの的である。二首目は小学校の給食の風景だろう。私の子供の頃は脱脂粉乳だったが、穂村の時代には牛乳になっていたと思われる。三首目は遠足の光景。そういえば昔の水筒の蓋には方位磁石が付いているものがあった。四首目も明らかに昭和の風景だ。お父さんは会社から戻ると、スーツを脱いで丹前に着替えた。みんなで囲むのはちゃぶ台である。五首目はクリスマス。「食堂車」「マーガリン」「丹前」「炬燵」「ヤマト糊」といったノスタルジーを感じさせるアイテムが散りばめられている。穂村は単なるノスタルジーから過去に旅をしているのだろうか。

 穂村は『短歌研究』2018年9月号に掲載された短歌研究賞受賞のことばで次のようなことを書いている。当時の子供にとって新幹線やビュッフェは憧れだった。しかし新幹線はその後速度が上がったため食堂車は無用となり廃止された。新たな時代状況に見合った大人の憧れを探せばいいのだが、どこにそれを求めればよいのかわからない。「楽しい一日」にはすべてが幻だったような感覚と、それに抗う気持ちがまざっている、と。

 短歌は「今」を切り取り「今」を輝かせる詩型だ言われることがある。穂村自身、近代短歌の重要なモチーフは「生のかけがえのなさ」だと論じ、次のように書いている。

 「かけがえのない〈われ〉が、言葉によってどんなに折り畳まれ、引き延ばされ、切断され、乱反射され、ときには消去されているように見えても、それが定型の内部の出来事である限り、この根源的なモチーフとの接触は最終的には失われない。一人称としての〈われ〉が作中から完全に消え去っているようにみえても、生の一回性と交換不可能性のモチーフは必ず『かたちを変えて』定型内部に存在する。」(『短歌の友人』p.185)

 もしそうだとすると、上に要約した穂村の受賞の言葉は、今の世界に憧憬の対象を見いだせず、輝かせようにも「今」に手が触れないという気持ちを言い表していると取ることができる。

 穂村はたびたび「酸欠世界」について語っている。穂村が今の世界に欠けていると感じている「酸素」とは、「愛や優しさや思いやりといった人間の心を伝播循環させるための何か」であり、それが欠けた世界では「愛や優しさや思いやりの心が、迷子になったり、変形したりして、そこここに虚しく溢れかえっている」(『短歌の友人』p.106)のである。そして「蜆蝶草の流れに消えしのち眠る子どもを家まで運ぶ」と詠む吉川宏志や、「花しろく膨るる夜のさくらありこの角に昼もさくらありしか」と詠む小島ゆかりは酸欠とは無縁で、それは彼らが一人用の高性能酸素ボンベを背負って詠っているからだとする。「一人用の高性能酸素ボンベ」とはいかにも穂村らしい言い回しで笑ってしまうが、言いたいことはわかる。今の自分の暮らし、住んでいる町、つきあいのある友人、働いている会社、所属しているサークル、通っている教会などの近景や中景世界で、どんなに些細でも「愛や優しさや思いやり」を感じることのある人は酸欠にはならない。

 穂村が『水中翼船炎上中』で過去に旅をするのは、現在に「生のかけがえのなさ」「生の一回性」を実感できる「今」が感じられないからではないだろうか。だからこそ毎日が「わくわく感」に充ちていた子供時代がモチーフとなるのである。

灼けているプールサイドにぴゅるるるるあれは目玉を洗う噴水

東京タワーの展望台で履き替えるためのスリッパをもって出発

カルピスと牛乳まぜる実験のおごそかにして巨いなる雲

ザリガニが一匹半になっちゃった バケツは匂う夏の陽の下

魚肉ソーセージを包むビニールの端の金具を吐き捨てる夏

 このような歌に穂村が求めているのは過去を懐かしむノスタルジーではない。毎日が「わくわく感」に溢れていた「今」を再び現前させたいと願っているのである。正月とクリスマスを除けば、描かれているのが夏であることもこれと無縁ではない。長い夏休みは子供時代のハイライトである。穂村はそれを詠むことによって、「ワンダー」をもう一度感じたいと希求しているのではないだろうか。

 このように本歌集は「過去への旅」をテーマとしているので、そちらに注意を引かれがちだが、穂村の短歌の作り方の巧さにも注意しておきたい。

あのバスに乗ったらどこへ着いたのと訊かれて駅と答える冬の

埋立地で拾った猫がレフ板の上でねむれば墜ちてくる雪

金色の水泳帽がこの水のどこかにあると指さした夏

 穂村は口語が基本だが、定型は驚くほどきちんと守っている。おそらく穂村が腐心しているのは歌を「どこに着地させるか」である。一首目は「あのバスに乗ったらどこへ着いたの」という仮定法過去完了の会話に始まり、「駅」と答えた後で「冬の」と付け加えている。結句は「冬の駅と答える」でも音数は同じだが、「あのバスに乗ったらどこへ着いたのと訊かれて冬の駅と答える」とすると、用言の終止形で終わる凡庸な歌になってしまう。口語的な後置法を用いることで統辞法に詩的な捻れを生み出している。二首目では「埋立地で拾った猫」まではありそうなことだが、「レフ板」で読者は「?」となる。レフ板はプロの写真家が撮影に用いるものだ。すると埋立地で写真の撮影をしているという情景が浮かび上がる。冬で雪が降ってくるのだが、それに「墜ちてくる」と漢字を使うことでうっすら天使失墜のイメージが被さり歌が重層化する。三首目は「この水」の解釈が鍵だ。学校のプールなら探せばすぐに見つかるだろう。だから「この水」は海でなくてはならない。しかしもし「この海のどこか」としたら詩的水位はぐんと下がってしまう。そのような点に工夫があるのだ。

 しかし考えてもわからないのは、なぜ穂村はすぐに酸欠になってしまうのかだ。穂村は1962年(昭和37年)生まれである。キューバ危機の起きた年だ。吉川宏志は1969年(昭和44年)生まれ。東大の安田講堂占拠事件のあった年だ。穂村の方が年長だから、もし酸素が徐々に消失しているのなら、吉川の方が酸欠になっているはずだ。確かに吉川は18歳で京都大学に入学するまで、自然豊かな宮崎で少年時代を過ごしているので、酸素の備蓄がたくさんあるのかもしれない。私が唯一考えついたのは「穂村=カナリア説」である。

 1995年に地下鉄サリン事件が起き、しばらくして警察は山梨県の上九一色村にあったオウム真理教教団本部の強制捜査に入った。ものものしい装備を付けてサティアンに突入する機動隊の先頭の隊員は、鳥籠に入ったカナリアを持っていた。昔、カナリアは炭鉱で使われていたという。坑道で有毒ガスが発生したとき、ガスに弱いカナリアがまっさきに苦しみ出す。それを見て鉱夫は逃げ出したという。もし穂村が何らかの理由でカナリア体質だったとしたら、酸素の欠乏に敏感に反応してしまうのではないか。もしそれが正しければ穂村は未来の予言者である。そんな想像をしてしまうのだ。

 特に心に残った歌を挙げておく。

何もせずに過ぎてしまったいちにちのおわりににぎっている膝の皿

冷蔵庫のドアというドアばらばらに開かれている聖なる夜に

ひまわりの顔からアリがあふれてる漏斗のようなあおぞらの底

下駄箱の靴を掴めば陽炎のなかに燃えたつ審判台は

金魚鉢の金魚横から斜めから上からぐわんとゆがんでる冬

母の顔を囲んだアイスクリームが天使に変わる炎のなかで

今日からは上げっばなしでかまわない便座が降りている夜のなか

生まれたての僕に会うため水溜まりを跳んだ丸善マナスルシューズ

カーテンもゴミ箱もない引っ越しの夜に輝くミルクの膜は

 一首だけちがう色の付箋を付けた歌がある。本歌集の空気を象徴する歌だと思う。

胡桃割り人形同士すれちがう胡桃割りつくされたる世界

 

第236回 歌壇賞受賞川野芽生

思惟をことばにするかなしみの水草をみづよりひとつかみ引きいだす
川野芽生


 川野芽生かわのめぐみが今年度の歌壇賞を受賞した。発表は『歌壇』2月号で行われたのですでに旧聞に属する話題をなぜ今頃取り上げるかというと、恥ずかしながら今まで知らなかったのである。私が定期購読しているのは『短歌研究』だけで、他の短歌総合誌は書店で見かけると買ったりしている程度なのだ。『短歌研究』7月号の作品季評で川野芽生の「ラビスラズリ」が取り上げられていて、荻原裕幸が「川野さんは歌壇賞の受賞者で」と講評を始めているのを読んで知ったというお粗末である。新聞の受賞短報記事は注意して見ているのだが見落としたようだ。
 川野芽生は1991年神奈川県生まれで、東京大学の駒場教養学部にある超域文化科学専攻比較文学比較文化コースという長い名前の学科で学んでいる現役の大学院生である。長い名前だが伝統的な言い方をすれば文学部の比較文学科に当たる。プロフィールから計算してたぶん博士課程の1年生だろう。本郷短歌会と同人誌「穀物」に所属している。私は「本郷短歌」は創刊号から愛読していて、川野芽生は安田百合絵や小原奈実と並んで注目していた歌人なので、川野の受賞はまことに喜ばしい。『歌壇』2月号を取り寄せてさっそく受賞作品と選考座談会を読んだ。受賞作は「Lilith」30首。選者は伊藤一彦、三枝昂之、東直子、水原紫苑、吉川宏志の5名で、水原と吉川が二重丸を付して一位に推し、三枝が一重丸を付けている。選者も川野作品の読みに苦吟したようで、なかでは吉川がいちばん的確な読みを披露している。短歌賞の選考では選者も力量を試されるのだ。
 川野作品の読みが難しいのは、川野が比較文学の研究者であり、その知識を駆使して作品を作っているからである。題名の「Lilith」からして曲者で、リリスとはユダヤ教の伝承で男の子に害をなすとされる妖怪もしくは悪霊の名である。この世に最初に登場した女性とされることもあり、アダムの最初の妻であったという異説もある。イブがアダムの肋骨から作られたのにたいして、リリスはアダムと同様に土から作られたとされることから、男女の対等を求めるフェミニズムのシンボルとなっているという。題名にこれだけの歴史的背景とコノテーションが隠されているのだ。あとは推して知るべしである。

馬手と云へり いかなる馬も御さずしてさきの世もをみななりしわが馬手
harassとは猟犬をけしかける声 その鹿がつかれはてて死ぬまで
晴らすharass この世のあをぞらは汝が領にてわたしは払ひのけらるる雲
摘まるるものと花はもとよりあきらめて中空にたましひを置きしか
おのこみなかつて狩人〉その嘘に駆り立てらるる猟犬たちよ
汝が命名なづけなべて過誤あやまりにてアダム われらはいまも喩もて語らふ
白木蓮はくれんよ夜ごとに布をほどきつつあなたはオデュッセウスをこばむ

  「Lilith」から引いた。一首目、馬手めては馬の手綱を取る右手のことで、左手は弓を持つので弓手ゆんでという。初句の「馬手と云へり」は「誰かが馬手と言った」ということではなく、右手を馬手と呼んだ命名そのものを呪っているのである。「自分は女に生まれ武者や騎士のように馬に乗ることはないのに、自分の右手も馬手と呼ばれるのはなんでやねん(関西風に言えば)」と憤り、「おまけに私は前世も女だったので、馬に乗ることなど金輪際ない」とまで言いつのっているのである。巻頭歌が高らかにフェミニズムを宣言してこの連作の基調を規定している。
 二首目、harassとは「困らせる、うるさがらせる」の意で「ハラスメント」という言い方に用いられている。「セクハラ」の「ハラ」である。辞書によると古仏語harerに由来し、その意味は「刺激する、かき立てる、犬をけしかける」で、古高地ドイツ語のharenに遡るのではないかと考えられている。ガリアを占領したフランク族の言葉から仏語に入り英語となった単語である。現代仏語のharasserが有音のhなのはこの歴史的理由による。この歌で詠われている鹿とは男性からのハラスメントに悩まされる女性の喩に他ならない。一首目の馬手から馬による狩猟のイメージが準備され、それが二首目の猟犬へと繋がっていることにも注意しよう。
 三首目ではharassが音から「晴らす」へとずらされており、この世の青空を占拠する男性の前では女性の私は払いのけられる雲にすぎないと詠っている。初句の「晴らす」を見たとき、一瞬「恨みを晴らす」方向に行くのかとどきどきした。
 四首目、美しい女性はしばしば花に喩えられるが、男性に摘まれることを待つだけの花は受動的存在で、いわば純粋な対他存在である。自分の人生をいかに生きるかという自己決定権を放棄して(放棄させられて)魂を失った人形になっていると詠んでいる。ちなみに「中空」は「なかぞら」と読む。古語で「なかぞら」は形容動詞であり、「どっちつかずで中途半端な」「精神の不安定な」を意味する。
 五首目は、馬、猟犬、狩人のイメージで一首目と二首目に縁語的につながっている。「太古の昔から男は狩人なんだ」と男は言いたがる。だから外に狩りに出かけて獲物を捕り、洞窟で子育てをしながら待っている女に獲物を分け与える。性による分業という神話であり、川野ははっきりと「嘘」と断定し、その嘘に駆り立てられる男たちに憐れみの眼差しを向けている。
 六首目を読み解くには旧訳聖書の知識が要る。神は最初の人間アダムを作った後に、あらゆる家畜、あらゆる野の獣、あらゆる空の鳥をアダムの前に連れて来てアダムがどう呼ぶかを見た。アダムが呼んだ名が獣や鳥の名となったと創世記にある。物の名の起源神話である。ちなみにこのくだりに魚が出てこない。ヨーロッパで長く「魚の名は真の名であるか」という哲学論争が続いたのはそのためである。またアダムは何語で事物に名を付けたのかも論争となった。旧訳聖書はユダヤ民族の聖典だからヘブライ語だろうと考えるのが自然だが、そうかんたんには運ばず「真の名」論争は実に17世紀まで続いたのである。川野は男性であるアダムの名付けはすべて誤りだと断言する。この世のさまざまな名称は男性の視点から男性に都合よく作られているということだろう。だから女性である自分はアダムが付けた名ではなく喩を使って語らざるを得ない。ここには川野の言語についての根源的関心が看て取れる。
 七首目はホメロスの『オデュッセイア』を下敷きにしている。トロイア戦争のために出陣したオデュッセウスの妻ペネロペアには求婚者が108人押し寄せたが、求婚を退けるためにペネロペアは「今織っている織物が完成したら結婚相手を決める」と言って、昼に織った織物を夜に解いて時間かせぎをしたという逸話である。このためペネロペアはしばしば貞女の鑑とされる。しかし川野はこの逸話に独自の変奏を加え、ペネロペアは求婚者を拒むだけでなく、夫のオデュッセウスをも拒んでいるのだという。

たれも追はずたれも衛らず生きたまへ青年よここが対岸
わがウェルギリウスわれなり薔薇そうびとふ九重の地獄infernoひらけば
魔女を焼く火のくれなゐに樹々は立ちそのただなかにわれは往かなむ

 私は男性に従わず生きるのだから、男性も誰も守らず生きよと呼びかけ、『神曲』では地獄めぐりをするダンテをウェルギリウスが導いたが、私を導くウェルギリウスは私自身だと宣言する。そしてたとえ魔女狩りに遭って火刑に処されようとも、火のただ中に屹立するというのだから威勢がよい。
 選考座談会で吉川は、「男性社会に対する呪詛に近い批判」があり、「新しい形のフェミニズム的な表現が生まれている」と高く評価した。水原は最初はフェミニズム的視点に気づかず耽美的文体に引かれて推したが、男性社会に対する呪詛に近い批判をここまで繊細で端麗な文体で歌いあげたのはすごいと述べた。伊藤は吉川が指摘したようなテーマでリアルに歌うのは難しいが、様式美でしか表現できないことを作者は歌っていると評価し、すごく才能のある作者だと述べている。三枝は、このところずっと平たい歌の方へ行っていたのが、かっこいい表現をしていて大きな問い掛けにはなるが、このかっこよさは引いてしまうという人もいるかもしれないと述べている。
 ほぼ全会一致で一位に決定した選考委員の評言に付け加えるとしたら、文体の面では文語定型を基本としつつも、前衛短歌の技法に多くを学び、イメージの重視と破調を恐れない大胆さを有し、また塚本邦雄にも通じる言葉フェチでありながら言語への根源的懐疑を内包しているところが川野の個性だろう。
 歌壇賞受賞後の第一作となる「ラピスラズリ」(『歌壇』2018年3月号)から引く。

くがといふくらき瘡蓋のを渡り傷を見に来ぬ海とふ傷を
薔薇園をとざすゆふやみ花の色なべて人には禁色にして
Lapis-lazuliみがけりからだ削ぎゆけばたましひ見ゆ、と信じたき夜半
ねむる――とはねむりに随きてゆく水尾みをとなること 今し水門越ゆ
殺められて水底にある永遠を胡蝶菫パンジイめきて海馬うみうまよぎる

 ちなみにラピスラズリは旧約聖書の創世記にも登場する貴石で、青色の原料として高値で取引された。フェルメールの絵によく使われている。胡蝶菫と書いてパンジイと読ませるところなど言葉フェチの本領発揮である。海馬はタツノオトシゴの異名だが、大きなウミガメをも意味するらしい。歌壇賞受賞作のフェミニズムは影も形もなく、むしろ『本郷短歌』に発表された旧作を見ると、こちらが川野のベースラインのようだ。

身じろがば囚はれなむをこゑのごと曼珠沙華あふれかへる白昼  『本郷短歌』第5号
夕かげは紅茶を注ぐやうに来て角砂糖なるわれのくづるる

 『本郷短歌』創刊号の座談会で川野は、「小さいころからずっと小説や詩を書いていた」と述べ、「自分の中に表現したいものがあるんじゃなくて、言葉との出会い」が大事で、「自分に理解できない言葉がやってきて、その言葉と自分がぶつかって何かの化学反応が起きる」と述べている。文学少女であったことはまちがいなく、また「人生派」ではなく「コトバ派」の歌人であることを裏付けていよう。そのことは『歌壇』2月号に掲載された歌壇賞の受賞の言葉にも表れている。
 今回このコラムを書くために関連情報をネットで調べていたら、衝撃的な事実が判明した。本郷短歌会は運営が困難になったため2017年12月末をもって解散したというのである。本郷短歌会は2006年に発足しているので、11年で活動に終止符を打ったことになる。最近『本郷短歌』が送られてこないなと思っていたら、解散していたのだ。小原奈実は6年間の医学部の課程を終えて退会したし、安田百合絵や川野芽生は博士課程に進学して忙しいだろうし、その他のメンバーも卒業して大学を離れたのでやむを得ないのかもしれない。私は2012年5月7日のコラムに、「発表の場を得て漕ぎだした『本郷短歌』である。雑誌を創刊するのにはたいへんなエネルギーが必要だが、続けるのにはさらにエネルギーがいる。エールを送りたい」と書いた。解散という事態を迎えたことはとても残念だ。しかしまた何年か時が過ぎたら新しい種が地に蒔かれることを期待したい。


 

第235回 大森静佳『カミーユ』

天涯花ひとつ胸へと流れ来るあなたが言葉につまる真昼を

大森静佳『カミーユ』

 辞書によれば天涯花てんがいばなとは曼珠沙華または向日葵の異称だそうだ。だからどちらの可能性もあるのだが、一首の中に放ったときの美しさを較べれば曼珠沙華に軍配が上がる。曼珠沙華は彼岸花の別称で秋の季語であり、その名から「彼岸」という宗教的感情を喚起する。曼珠沙華は仏教で言う「四華」の一つで、法華経が説かれる時に天から降る花だという。四華とは白蓮花、大白蓮花、紅蓮花、大紅蓮花で、曼珠沙華は紅蓮花に当たる。だから赤い彼岸花である。

 その曼珠沙華が〈私〉の胸に流れて来るという。花を放ったのは天だろう。つまりそれは天啓ということだ。「あなた」が言葉に詰まるとある。なぜ言葉に詰まったのかは明かされていない。そこにあるのは緊張を孕んだ〈私〉と「あなた」の関係性と、ふいに訪れる天啓の瞬間だけである。大きな謎を残す歌だがとても美しく、読者の想像力を刺激する。結句の助詞「を」も効果的だ。初句六音、四句八音の増音をほとんど感じさせない。

 大森静佳は京大短歌会のOGで「塔」所属。2010年に角川短歌賞を受賞。第一歌集『てのひらを燃やす』(2013年)がある。『カミーユ』は書肆侃侃房から現代歌人シリーズの一巻として今年(2018年)の5月に刊行されたばかりの第二歌集である。

 『てのひらを燃やす』を論じたときに私が指摘したのは、収録歌のほとんどが相聞であること、全体を通底するテーマが「流れ去る時間に触れる悲しみ」であること、および作者の資質が「感性に基づく世界の把握」だということだった。第一歌集から5年の歳月が流れたが、相聞の割合が減ったことを除けば私が指摘したことはそう変化してはいない。しかし歌境の深化は確実に見られる。そのひとつは自らの孕む〈闇〉に眼を向けるようになったことだろう。

わたくしが切り落としたいのは心 葡萄ひと粒ずつの闇嚥む

〈在る〉ものは何かを裂いてきたはずだつるつると肉色の地下鉄

夕暮れは穴だからわたし落ちてゆく壜の砕ける音がきれいだ

春の日に手を見ておればとっぷりと毛深しわが手夕闇のせて

風を押して風は吹き来る牛たちのどの顔も暗き舌をしまえり

 後でも触れるが、一首目は「宦官」と題された連作中の一首なので、読解にいささか注意が必要だが、口にするブドウのひと粒ひと粒が〈闇〉と観じられていることが目を引く。二首目は「五月」という自身の誕生に思いを馳せる連作の一首で、存在の傷と呼ぶべき原罪意識を詠んだものである。三首目も同じ連作から。「夕暮れは穴」というのは、朝に誕生した新しい時間が終息してゆく頃とも、早朝に昂揚した気分が夕暮れとともに落ち込んでゆくとも取れる。〈私〉はそこに壜が砕ける音を聞いているのである。四首目の「夕闇」、五首目の「暗き舌」も同様の〈闇〉の変奏だと言えるだろう。

 本歌集のもうひとつの特色は、何かに想いを寄せて想像力で作った連作が多いという点である。たとえばある日、どこかで開催されている展覧会に行く。例えば有元利夫展だとしよう。展示されている絵画や、画家の送った短い人生に着想を得て歌を作る。すると日常生活に題材を得る日々の歌とは次元を異にする、想像力による歌ができる。

 集中の「瞳」はナチスに抵抗して21歳で処刑されたゾフィー・ショルを描いた映画「白バラの祈り ゾフィー・ショル最後の日々」を題材とした連作である。事象の奥へと向かおうとする眼差しが印象的だ。

枝から枝へおのれを裂いてゆくちから樹につくづくと見て帰りたり

殺されてうすいまぶたの裡側をみひらいていた 時間とは瞳

そのひとは怒りをうつくしく見せる〈蜂起〉の奥の蜂の毛羽立ち

 「異形の秋」は中国の宦官に想を得た連作である。なぜそのように思ったのかは不明ながら、宦官の運命を自らに引き寄せて感じようとしているようだ。

暮れ残る浴室に来て膝つけばわが裡の宦官も昏くしゃがみぬ

蝿払う彼らの無数のてのひらがぼとぼととわが胸に墜ちくる

亡骸にふたたびそれを縫いつけよ もう声が軋むことはないから

 「サルヒ」はモンゴル帝国を築いたチンギス・ハンを詠んだ連作。チンギス・ハンには夭折した妹がいたようで、二人の関係が主題となっている。

兄というもっとも遠い血の幹を軋ませてわれは風でありたし

骨を煮る臭気のなかにまどろめばきみの子を産むぎんいろのゆめ

どんぶりで飲む馬乳酒のこくこくと今を誰かが黒き紫陽花

 これ以外にも近松門左衛門の「曾根崎心中」や、安珍と清姫に想を得た連作もある。このように文学作品や歴史的事件などを題材とする歌は、日々の生活に限定されがちな短歌の素材を広げてくれる一方で、想像のみで歌を作る危うさも孕んでいる。しかし大森の場合、「感性に基づく世界の把握」が現実世界を超えて、文学作品や映画や絵画にまで拡張したと考えれば、それほど不思議なことでもないのかもしれない。

いっしんに背骨は蒼く燃えながら何から逃れようとする線

肉体の曇りに深く触れながらカミーユ・クローデル火のなかの虹

〈死の床のカミーユ・モネ〉のカミーユもおそらくは寒い光のなかを

 「ダイナード」と題された連作から引いた。「ダイナード」とはロダンの代表作の一つであるうずくまる裸婦の大理石像である。ここには二人のカミーユがいる。一人はロダンの助手にして愛人でもあったカミーユ・クローデルである。ちなみにカミーユ・クローデルは、駐日フランス大使を務めた外交官・詩人のポール・クローデルの姉に当たる。もう一人はモネの異色作〈死の床のカミーユ・モネ〉に描かれたモネの最初の妻のカミーユである。「でもたぶん七月の雲のようなだイザベル・アジャーニの顔に嵌まって」という歌からわかるように、大森は1988年公開の「カミーユ・クローデル」という映画を観ている。ロダンとカミーユをジェラール・デパルデューとイザベル・アジャーニといういずれも重量級の名優が演じた濃い映画である。私はフランスで暮らしていたときに観たのだが、ものすごく長い映画だったと記憶する。あとがきで大森は、歌集題名の「カミーユ」は音の響きの美しさに惹かれて決めたと書いているが、それだけではあるまい。カミーユ・クローデルもカミーユ・モネも、幸か不幸か強い個性を持つ芸術家のパートナーだったという共通点がある。大森はこの点に引かれたにちがいない。

老けてゆくわたしの頬を見てほしい夏の鳥影揺らぐさなかに

時間っていつも燃えてる だとしても火をねじ伏せてきみの裸身は

揚げ餃子ホーショール手づかみで食む指の間を油が〈今〉が滴り落ちる

痛いほどそこに世界があることをうべなうごとし蝿の翅音も

 集中のいろいろな所から引いた。これらの歌の背後に感じられるのは、せつないほどに流れる〈今〉である。鳥は死者の魂を運ぶとされており、窓を一瞬よぎる鳥の影に時間の経過を思い出させられる。時間が燃えているのは、触れることができず、消すこともできない火だからである。耳に響くかすかな蝿の羽音すらも〈今〉を生きる豊穣な世界を感じさせてくれる。

 読み応えのある第二歌集である。

 

第234回 小佐野彈『メタリック』

弓張のひかりのなかを黒髪はたゆたひながら結はれゆきたり

小佐野彈『メタリック』
 

 昨年度(2017年)、「無垢な日本で」により第60回短歌研究新人賞を受賞し話題になった小佐野の第一歌集が出た。5月21日付けで版元は短歌研究社。カバーはアクションペインティング風に油絵の具を垂らしたようなピンク、赤、青、黄色などが配されていてかなり毒々しい。私は歌集のカバーを剥がして見る習慣があるのだが、カバーを剥がすと一転して光沢のある白一色である。外側と内側の対比が印象的だ。水原紫苑と野口あや子が解説を書いている。栞文は複数の人が書くのが一般的だが、解説を複数の歌人が書くのは珍しい。

 解説では水原も野口も申し合わせたように春日井建の名を引いている。それはある意味で必然だろう。「無垢な日本で」で新人賞を受賞した時、最も話題になったのは作者がゲイであり、そのことを公言しているという点だった。私も家に届いた昨年の『短歌研究』誌9月号を開いて見たとき、「ついにその時が!」と思わず叫んだものだ。春日井と比較されるのはそのような事情があるからである。

 本歌集は4章に分かれている。作者のあとがきによれば、過去4年間に作った歌を収録し、改作や改編を加えたとある。あえて編年体を採らないところに作者の意識の在り処が窺える。編年体を採る歌人にとって、短歌は日々の歌であり記録性を持っていて、言葉に過度の負荷をかけない作風の人が多い。歌の〈私〉と実作者との距離はそれほど離れていない。一方、編年体を採らず後から編集の手を加える歌人は、芸術至上主義的で美意識が強く、言葉に負荷をかける傾向が強い。また歌の〈私〉と実作者を隔てる距離は大きいことがある。おおまかにそのようなことが言える。この分類に従うならば、小佐野は後者であるということになる。口語を取り入れながらも旧仮名遣を用い、自分の名前にも旧漢字を使っているところにもそれは窺える。

 しかしながら以上述べたことは経験則による理屈であり、本歌集を一読するとそのような単純な分類は意味を失う。収録された歌の中には血が流れており、身を捩る煩悶が厚く塗り込められているからである。

ぬばたまのソファに触れ合ふお互ひの決して細くはない骨と骨

なんとまあやさしき社名きらきらと死にゆく友のむアステラス

獣肉を男同士で喰ふことの罪╱そののちのあひみての罪

耳朶ふかく鴉が鳴くよ 危険物同士夜更けにまぐはひをれば

感染者の平均余命淡々と告げられながら飲むスムージー

からだから痛みあふれて寝室は桃の匂ひで充たされてゆく

 性愛を詠んだ歌を引いた。一首目、触れ合う骨の太さでお互い男だと確認するという歌だが、このような歌が詠まれる動機を考えてみよう。同性の恋愛に何の疑いも持たず没入していたらこんな歌は作らない。恋の素晴らしさを歌い上げるだろう。あとがきで小佐野は子供の頃から、「自分を認めてあげたい自分」と「自分を認めたくない自分」が心の中で喧嘩していたと述懐している。どうしようもなく男性に引かれながら、心に一抹の罪悪感を拭い切れない。そこに二律背反の激しい葛藤がある。小佐野の歌の底流に流れているのはこの葛藤であり、それが歌にリアリティーと人を惹き付ける強さを与えている。

 二首目、ゲイの友人はHIVかも知れないが、あるいは睡眠薬による自殺かも知れない。実在のアステラス製薬の名が詠み込まれているが、アステラスという名は何となくアマテラスと似ているような気もして連想を誘う。三首目、焼き肉を食べているシーンだが、それを「獣肉を男同士で喰ふ」と表現するとまるでちがった情景になる。ここにも強い罪悪意識が見られる。四首目、鴉は何の形象化かは不明ながら、ポーの詩を待つまでもなくそのしわがれた鳴き声は不吉な予兆に満ちている。五首目ははっきりとHIVの危険を詠んだ歌。四首目で危険物と表現されているものそのためである。

 同性愛者は葛藤を抱え危険に晒されるだけでなく、社会から偏見に満ちたまなざしを向けられる。

ほんたうの差別について語らへば徐々に湿つてゆく白いシャツ

赤鬼になりたい それもこの国の硝子を全部壊せるやうな

うしろゆび指されることの不合理を語る瞳に宿る狐火

病みたるは君ではなくて街なのだ 山手線はまはり続ける

さみどりのむなしく濁るおそろひの湯呑みの底の八女星野村

 一首目、本当の差別について語るとき体は徐々に熱を帯びる。二首目、小佐野の歌にはよく鬼が登場する。鬼は豆を投げつけられて村から追われる対象としてだけではなく、怪力を用いて既存の秩序を破壊する主体としても捉えられていて、ここにも二律背反が認められる。この歌では眼には見えないガラスの壁を破壊するものとして描かれている。同性愛を認めない社会は不当だと感じながら、五首目にあるように、お揃いの湯呑みを使っていても、どこにも行き着けない虚しさを拭うことができない。

 故郷や家族を詠んだ歌にも愛憎の二律背反がある。

金色の信玄公は踏みつける私を棄てた故郷の駅を

なにもかも打ち明けられてしんしんと母の瞳は雨を数える

受け容れることと理解のそのあはひ青く烈しく川は流れる

最後まで父と息子になれざりしふたりを穿つ一本の棘

 小佐野の故郷は山梨だが、自分は故郷に棄てられた者だという思いがある。自分の性的傾向を母親に打ち明けたとき、母は表面上は受け入れはするものの理解はしてくれない。父親との間にはもっと深い溝がある。

 フランスの文芸批評家にして小説家のモーリス・ブランショはかつて「文学は欠如 (manque)から生まれる」と喝破した。何の不自由もなく幸せに暮らしている人に文学はいらない。自分の中の欠如を鋭く意識し剔抉したときに文学は生まれる。その意味において小佐野は文学に呼ばれた人と言えるかもしれない。

 作者は起業して台湾で暮らす実業家でもある。息苦しい日本を離れて外国に赴くとき、小佐野の歌には他にはない自由さと風通しの良さが感じられすがすがしい。

熟れてなほ青々として芒果マンゴーはレインボーフラッグとならんでゆれる

ゆるしにも似たる湿りを従へて夏は来たれり榕樹の島に

美麗島フォルモサに出会ひしわれらはにたづみいづれは海へ流れてゆかむ

熱帯の黒きいのちは片隅で亜麻色のに仕留められたり

ソドミーの罪の残れる街をゆく鞭打つごとき陽に灼かれつつ

 一首目から三首目までは台湾詠で、残りはベトナムを訪れた折に詠まれた歌である。いずれも南国の色彩に溢れていて、海外詠としても優れた歌だ。

 色彩と言えば小佐野の歌には色を詠み込んだものが多くある。一読して注意を引かれたのはその点である。

〈自由が丘心療内科〉そのやはき百合根のいろの大理石床

つややかな赤いスマホを手繰りつつどこで会はうか考へてゐる

桃色のねむりぐすりは半減期過ぎていまなほ胸に巣喰へり

永住者カード涼しき水色の存在感で財布に眠る

体温が色を帯びゆく丑三つのあひみてなればわれらむらさき

 一首目の「百合根のいろ」は出色と言ってよい。あまり見ない表現で少なくとも私は短歌で出会ったことがない。百合根の色はかすかに黄色がかったオフホワイトである。二首目、野口の解説で知ったが、小佐野は本当に赤いスマートフォンを使っているらしい。この他にも色が詠まれた歌を探すとあちこちに見つかる。

 これはおそらく意識的である。そのヒントは上に引いた五首目にあるかもしれない。パーブルはもともと欧米ではゲイのシンボルカラーであったと聞いたことがある。またLGBTなど性的少数者 (セクシャル・マイノリティー)の人権擁護のシンボルはレインボーカラーである。色の多様性は性的傾向の多様性に通じるからだ。その意味でこの歌集は「色の溢れる歌集」と呼んでもいいかもしれない。

性愛が淡雪のごと舞ひ降れば真つ赤に染まりゆく通学路

軋むほど強く抱かれてなほ恋ふる熱こそ君の熱なれ ダリア

漆黒の翼はひしとたたまれて酸ゆき深夜の雨に光るよ

あくまでも青、と言ひ張る君のためわづかに青く腐りゆく桃

 付箋のついた歌を引いた。驚いたのは二首目である。恋の情熱のシンボルとしてダリアは実にふさわしい。しかし小佐野は実際にダリアを見たことがあるのだろうか。昔の日本のどこにでもあって今はとんと見かけない花の代表格はダリアとカンナと鶏頭だろう。ダリアは近代短歌によく詠まれた。『岩波現代短歌辞典』にも立項されているほどである。

君と見て一期いちごの別れする時もダリヤは紅しダリヤは紅し 北原白秋

 他にも次のような歌もある。その燃え上がるような赤い花ゆえに、激しい感情の象徴とされることが多い。

わがこゝろ恋に変れといふごとく紅きダリアの灯の前に咲く 原阿佐緒

黒きだりやの日光をふくみ咲くなやましさ我が憂鬱の烟る六月  前田夕暮

ダリア畑でダリア焼き来し弟とすれちがうとき火の匂うなり  佐藤通雅

 小佐野は近現代短歌をよく勉強しているのだと思う。ダリアは自分で目にしたものではなく、近代短歌に詠まれたものを見たのではないか。上に引いた四首目の桃の歌も加藤治郎を思わせる。小佐野は「かばん」所属の歌人だが、「かばん」の中では作風が古典的で、修辞的技法を多く使っている。そういう側面からもっと論じられてもよいように思う。

 最後に出色の一首を挙げておこう。新人賞受賞後の第一作「ページェント」所収の歌で、「彼女は乳粥で供養した」という詞書がある。舞台は新宿二丁目である。

スジャータのミルクしたたるひるを生き僕らはやがて樹下のねむりへ