第262回 石川美南『架空線』

友だちを口説きあぐねてゐる昼の卓上になだるるひなあられ

石川美南『架空線』

 世に取り上げて批評しにくい歌人がいる。独断だがその代表格は斉藤斎藤と石川美南ではないかと思う。その理由はいくつかあるが、箇条書きで述べると、その一、どちらも連作が中心で構成意識が強いために、一首、二首を取り出して批評がしにくい。その二、詞書きを多用するため、短歌の意味解釈に詞書きが影響し、歌を単体で批評しづらい。その三、近代短歌の私性をいともかんたんに振り切っているために、歌から〈私〉をたどりにくい。その四、連作の背後にストーリーが隠れているために、連作丸ごとでないと批評できない。その五、あちこちに仕掛けが施してあって油断できない。とまあ、こんなところになるかと思う。

 というわけで『架空線』である。本書は『砂の降る教室』(2003年)、『裏島』『離れ島』(2011年)に続く著者第4歌集。あとがきによると、この歌集はもともと『Land』というタイトルになる予定だったのが、それ以外の部分が膨らんで現在の形になったという。最初にタイトルを見たとき、「架空」とは現実でないフィクションのことかと思ったが、実はそうではない。町の至る所にある電柱に架かっている電線のことを指す実在する言葉である。こんな所にも石川の仕掛けが施してある。

 石川が批評しにくい歌人であるさらなる理由は、巻末の初出一覧を見るとわかる。『短歌研究』『短歌』『歌壇』のような短歌総合誌や、『外大短歌』『エフーディ』のような大学短歌会の雑誌や同人誌は言うに及ばず、柴田元幸編集の『MONKEY』とか文芸誌『星座』などにも歌を発表し、さらに短歌朗読イベントにも積極的に参加するなど、歌人としては実に活動が多彩である。これが結社に所属する歌人ならば、自分が師と仰ぐ歌人の選歌欄に毎月出詠し、結社誌に歌が掲載され、それを5年分まとめて歌集を編む。すると選の結果も与って、収録された歌のトーンの振れ幅はある一定量に収まるはずだ。読む人はその幅のトーンに波長を合わせて読めばよいので楽に読める。ところが石川のように歌を発表する媒体が多様だと、その媒体に合わせた構成意識が介在する。たとえば柴田元幸編集の『MONKEY』の○○特集だったら、こんなテーマと構成で歌を作ってやろうという気持ちがきっと起きるはずだ。するとそうしてできた歌は『MONKEY』の○○特集という「場」込みのものとなる。歌をカップに喩え、場をソーサーに喩えると、カップとソーサーが揃って初めて十全な意味作用を発揮する。ところが歌集に収録するときは、カップだけでソーサーはなくなる。意味作用に必要な「場」を失うのである。構成意識の強い「場」込みの短歌は、言い換えれば一首の屹立性が低く、また名歌主義からは遠いということにならざるをえない。

 構成意識と物語性が強く感じられるのは、なかんずく集中では「犬の国」「わたしの増殖」「彼女の部分」だろう。「犬の国」は、「犬の国の案内者は土曜の夜もきちんとして黒いスーツに身を包み、市街を案内してくれる」という詞書きから始まる。

ブラックで良いと答へて待つあひだ意識してゐる鼻先の冷え

重ね着をしても寒いね、この国は、平たい柩嗅ぐやうに見る

立ち上がりものを言ふとき犬の神は肉桂色の舌を見せたり

何もかも許されてゐる芝のうへドーベルマンは銅像のふり

 歌の中の〈私〉は案内人に導かれて犬の国を見て回るという設定なのだが、「鼻先」「嗅ぐ」などの犬の縁語を見ると、どうやら〈私〉もいささか犬化しているようでもある。初出は『びーぐる』などとあるので、愛犬家向けの雑誌ではないかと思う。ならばこのテーマ設定にもうなずける。

 「わたしの増殖」には柴田元幸訳のアラスター・グレイ作『イアン・ニコルの増殖』の一節がエピグラフとして置かれている。石川は柴田と親交が深く、柴田訳の小説に想を得た連作と思われる。

嫉ましき心隠して書き送る〈前略、へそのある方のわたし〉

めりめりとあなたははがれ、刺すやうな胸の痛みも剥がれ落ちたり

へそのある方のわたしとすれ違ふパレードを持つ喧噪の中

 〈私〉が真っ二つに分裂し、へそのある私とへそのない私に分かれるという奇想天外なお話である。この連作は仙台で開催された朗読イベントで朗読されたものであり、「楽天」「パレード」「復興」などやはり短歌の「場」の影響が感じられる。「出雲へ」という連作の詞書きに、「散文を書くときは自分の声を想定してゐるが、短歌は〈誰かの声〉を取り込んでゐるという感覚が強い」と書かれており、これは石川の短歌を読み解く鍵の一つになるのではないかと思う。〈誰かの声〉とは短歌の「場」の声であり、また「わたしの増殖」のような作品では想を得た元の小説の声でもある。石川にとって短歌とは〈私〉の表現ではない。近代リアリズムと伝統的な「私性」から自由な石川にとって短歌とは、〈私〉と「場」との化学反応によって生み出される何かであり、石川はそのようにして生まれる〈私〉の変容を楽しんでいるように見える。

 「彼女の部分」にもまた多く詞書きが付されている。「姉の右の耳には穴が開いている」という一文から始まる詞書きを読むと、お姉さんの話かと思いきや、実は動物園にいる象の話なのである。

 

ヒンディー語で「慈悲」を意味する名前なり体揺らして日盛ひざかりに立つ

顔の横に耳はあるなり風吹けばすこしうるさし、はためく耳は

やはらかき足裏あうらぱ感知するといふ午後の豪雨を、遠き戦を

 

 石川のキノコ好きは有名だが、動物も好きらしく、『風通し』創刊号にも「大熊猫夜間歩行」という佳品がある(そう言えば『風通し』の第二号は出たのだろうか)。石川はあまり人間を詠むことはないのだが、動物を詠む歌においては愛情深く観察鋭い。動物歌集など出してはいかがかと思うほどである。

 とても実験的なのは、多和田葉子の『容疑者の夜行列車』を読んで書評のような短歌を作ってほしいという依頼を受けて作られた「容疑者の夜行列車に乗車」という連作である。『容疑者の夜行列車』から抜粋した文の一部を素材として作られたコラージュのような作品となっている。$で括った部分が多和田からの引用である。原文ではゴチック体になっているがうまく表示できないのでこのようにする。

男たちはわたしに恋をしないまま$黒胡麻を擂る、白胡麻も擂る。$

$透明な接着剤で貼り付けた偽の傷$から湧く偽のうみ

詰め草の野を行くときも$筆跡をただで売り渡して$はならない

 まさにこれは「〈誰かの声〉を取り込んでいる」短歌であり、まるでポリフォニーのように多声の作品となっている。改めてバフチンの名を出すまでもなく、文学作品の中に響くのは〈私〉の声ばかりではない。そのことをうすうす知りつつも敢えて見ない人がほとんどだろうが、石川のように多声性を積極的に利用しようという歌人もいるのである。

 その他にも、日本橋川の川舟乗船記「川と橋」、爬虫類カフェ訪問記「脱ぐと皮」、単語と短歌を組み合わせた「コレクション」、夜行列車体験記「出雲へ」など、いずれも主題と構成意識の明確な連作が並んでいて、日々の「折々の歌」が一首もない。これも特筆すべきことだろう。

 いつものように特に印象に残った歌を挙げておくが、上に述べたような断り書き付きでのことである。構成された連作から一首だけ抜き出すと、その歌は連作と主題という「場」を失う。おのずから歌意は変化せざるをえないことは断っておく。

皮脱ぐとまた皮のある哀しみの関東平野なかほどの夏  「脱ぐと皮」

転ぶやうに走るね君は「光源ハ俺ダ」と叫びつつ昼の浜  「沼津フェスタ」

窓は目を開き続ける 紫に染め上げられて夜といふ夜  「human purple」

春の電車夏の電車と乗り継いで今生きてゐる人と握手を  「運命ではない」

ポケットに咲かせてゐたり 国境を越えたら萎む紙の花々  「容疑者の夜行列車に乗車」

極東は吹き矢のごとく夕暮れてあなたを闇に呼ぶ ガブリエル  「声」

ぬかるみを踏めばはつかに盛り上がる泥土もしくは春の係恋  「リビングデッドの春」

恋知らぬ人と行きたり藤波と呼べば波打つ空の真下を  「朗らか」

暗ぐらと水匂ひゐき(はまゆり、)と呼びかけられて頷く夢に  「千年選手」

 

 一読してわかるように、どんな一首にも小さな物語が秘められている。石川にとっては、短歌を作ることもさることながら、この小さな物語を紡ぎ出すことが無常の楽しみなのではないかと、しきりに思えてならないのである。


 

第261回 田中まひる『ピース降る』

星ひとつ滅びゆく音、プルタブをやさしく開けてくれる深爪

田中まひる『ピース降る』

 田中まひるは1983年生まれで未来短歌会所属、「七曜」同人の歌人である。第一歌集『晴れのち神様』(2004年)、第二歌集『硝子のボレット』(2014年)があり、『ピース降る』は書肆侃侃房からユニヴェール叢書の一冊として2017年に上梓された第三歌集。田中はしんくあと短歌ユニット「ぺんぎんぱんつ」としても活動しており、実生活においては精神科医であるという。精神科医と短歌は相性がよい。歌集題名の『ピース降る』はもちろん英語のpeaceful「平和な、平穏な、安らかな」からだろう。

 田中が結社内の未来賞を受賞していることを知り、受賞作「ひとりひとり」が『硝子のボレット』に収録されていたので、結局今回は歌集二冊読みという荒技に挑戦とあいなった。

 『ピース降る』を読んでいる途中でしきりに感じたのは、名言の宝庫穂村弘が『短歌はプロに訊け!』などでしきりに述べている「短歌のくびれ」ということである。曰く、短歌は読む人に「驚異」つまりワンダーを手渡すものである。そのためには一首の中にしぼりこんである箇所がなくてはならない。それは砂時計の途中が狭くなったくびれのようなものである。穂村は「人の不幸をむしろたのしむミイの音の鳴らぬハモニカ海辺に吹きて」という寺山の歌を例に取って、この歌のくびれは「ミイの音の鳴らぬハモニカ」だという。この歌を「人の不幸をむしろたのしむただひとり古きハモニカ海辺に吹きて」と改作すると寸胴になってしまい、ワンダーがなくなってしまう。「ミイの音の鳴らぬ」という具体性が一首にくびれを与えているという。

 いかにも穂村らしい明晰な分析である。それと同時に感じるのは、近年どっと増えた口語短歌にはこのくびれが見られない寸胴の歌が多く、また口語短歌でくびれを作るにはそれなりに工夫が必要だろうということである。たとえば掲出歌を見てみよう。この歌は二句切れとなっている。「星ひとつ滅びゆく音」は、本当にそんな音が聞こえるはずもないので、失恋の深い喪失感を表す喩だろう。下句は恋人が缶入りドリンクのプルタブを開けてくれるという実景描写である。優しくプルタブを開けて「はい」と手渡してくれるその人が、〈私〉に失恋の喪失感を与えた張本人だろう。この歌は心理を表す喩の部分と、それに呼応する実景部分とから成っていて、短歌の基本を押さえている。そしてこの歌の「くびれ」は「深爪」である。「深爪」の具体性が歌にリアリティーを与え奥行きを生み出している。田中はこのような歌の組み立て方がとてもうまい。いくつか見てみよう。

胸骨にくちをつければ笑い出すきみが片手で飲むVolvic

心臓をさわってみたいあたらしい牛乳石鹸おろす夕刻

生まれたかった季節のことを言いながら冷凍果実つまむ指先

昨日まで戦前でしたゼラニウムオイルを髪になじませる朝

半年は死ねないように生き延びるために予定を書く細いペン

 一首目は恋人と戯れる日常の場面。「胸骨」はやや医学的語彙だが、それよりもこの歌のくびれは結句の「きみが片手で飲むVolvic」だろう。これを「きみが片手で飲む鉱泉水」とか「きみが飲み干すミネラルウォーター」などとするとぐっと歌の解像度が落ちる。二首目は掲出歌と同様二句切れで、「心臓をさわってみたい」までが心理で残りが実景である。この歌のくびれは「あたらしい牛乳石鹸」だ。三首目は「私は9月に生まれたかったな」などという恋人とのたわいない会話から始まる歌で、くびれはもちろん「冷凍果実つまむ指先」である。ただの果物ではなく冷凍果実とすることによってリアリティーが生まれる。また結句に向かって指先という微細な場所にズームインする効果も高い。四首目、「昨日まで戦前でした」というのだから、今日からどこかで戦争が始まったのだろう。それは遠い国の本当の戦争かもしれず、また人間関係や内心の葛藤の喩かもしれない。この歌では「ゼラニウムオイル」でくびれている。五首目は生き延びるために予定表に予定を書くという歌で、この歌のくびれはもちろん「細いペン」だ。ペンの細さが予定の実現の危うさを表しているということもある。これがもし「モンブラン」だったら台無しだ。こうして歌を並べてみると、田中はどうやら結句で歌のくびれを作って着地させるのが巧みなようだ。

 未来賞受賞作の「ひとりひとり」からも引いてみよう。

美しい傘をいっぽん抜き取って空とふたりを遮断する夏

こいびとはひとりでもいい傾いた電信柱にもたれるように

人型を濡らして歩くわたしから永遠に鳴る鍵束の音

きりのない反射 皮膚からこぼれ出す熱を確かめ合う午後三時

花飾りつきのヘアピンすべり落ち冷たい床で待つ絶頂期

 選考会で岡井隆は「知的な処理をやった歌ですね」と発言したという。岡井の発言の真意はわからないが、おそらくは歌にしたい感情をそのまま言葉に置き換えるのではなく、言葉を選んで再構成する処理を施しているということではないかと思う。たとえば一首目、一本の傘の中に入って二人だけの世界に籠もるという恋愛感情の高まりを詠んだ歌だが、それを「空とふたりを遮断する」と表現し、その前段に恋愛感情とは直接関係しない「美しい傘をいっぽん抜き取って」を置く構成となっている。岡井はこのような構成意識に注目したのではないか。

 精神科医としての仕事を詠んだ歌もある。

傷痕は表皮に残るだけというきみのたましいが終えるパレード 『ピース降る』

先生も切ってみろよとカッターを突きつけられて吐く白い息

一生眠れる薬ほしがる女子生徒に言い返せない 夕立ですか 『硝子のボレット』

「別に。彼と電話しながら突き刺した」シャーペンの芯残る太もも

明日こそ死ぬ約束をいつまでも更新させて生き延びたいね

 精神科医や心療内科の医者は人の心に直接触れる仕事なのでたいへんな職業である。多く詠まれているのは自傷行為をくり返す少女だ。上に引いた歌は解説が不要で、批評するのもためらわれるほど重い内容である。『ピース降る』と『硝子のボレット』を読み較べてみると、『硝子のボレット』の方に精神科医としての仕事に想を得た歌が多く、また苦しみを吐き出すような歌も多く見られる。人の立ち位置は移動することによって初めてわかる。田中も変化したのかもしれない。

 最後にいくつか心に残った歌を挙げておく。

こころには水際があり言葉にも踵があって、手紙は届く  『ピース降る』

また老いを口にするねと笑われて天然水で飲むロキソニン

書きかけの手紙を伏せて眠るときだれかを待っている雨後の森

ポケットの奥の荒野に文庫版詩画集を入れ抜ける改札

言い訳の作法もうつくしいひとのゆりのストラップがゆれている

いつの日か官僚になる友達をジギタリス咲く裏庭で抱く  『硝子のボレット』

ひだまりににおいの秘密聞かされるときゆるやかに上がる体温

わたしより重い臓器をつめこんだ男のひとと選ぶ白菜

おとうとのカルピスは濃くこいびとのカルピスはやや甘くする朝

 『ピース降る』に「借りていた傘を返しに行くときの時雨『カフェー小品集』を鞄に」という歌があり、懐かしくて思わず目を止めてしまった。『カフェー小品集』は2001年に刊行された嶽本野ばらの短編集である。やや背表紙が焼けているが今でも書架にある。

 『硝子のボレット』にも『ピース降る』にも、岡井の言う「知的処理」がなされておらず、感情が生の形で露頭している歌や、言葉が甘く口語のポエムになっている歌がある。しかし適切な構成意識が発動するとき、田中の短歌は上質の口語短歌となっている。


 

第260回 西川啓子『ガラス越しの海』

なだらかに底を見せたる泥の上を鷺は歩めり影揺らしつつ

西川啓子『ガラス越しの海』

 

 京都市右京区嵯峨に広沢池という大きな池がある。昔から観月の名所として知られていて、多くの歌が詠まれた歌枕である。「更級も明石もここにさそひ来て月の光は広沢の池」という慈円の和歌がある。広沢池では一年に一度池の水を抜くかいぼりをする。すると普段は見えない池の底が見える。掲出歌はその様を詠んだ歌である。池の底のなだらかな泥という場所、歩く鷺という対象、そして鷺が歩く様と生まれる影が、過不足ない措辞で詠まれている。

 作者の西川啓子は1956年生まれで「塔」の所属。『ガラス越しの海』は2018年に上梓された第一歌集で、跋文は「塔」の真中朋久が寄せている。あとがきによると、作者は河野裕子の歌との出会いを契機として短歌を表現手段に選び、家族の歌を残したいと念ずるようになったという。その言葉どおり本歌集の大きな主題は家族である。同居する父母、成人して独立した二人の息子、息子たちの妻たちとその子供たちが、季節の移ろいとともに様々に詠まれている。

黒豆が皺なく炊けたと言うときの呪術師めきてははそはの母

薬害の原告団に投げられし生卵にも触れし一節

社史にのみ残りし社屋にただ一度父と入りたり半ドンの午後

リクルートスーツ着なれてずぶずぶとうつつに入りゆくを見ており

また一つ嘘ついて子は離れゆくリュックのように哀しみ背負って

だれにでも抱かれるときは短くて代わる代わるに双子抱きあぐ

いまだ子の仕事に躊躇い持つことを言いてその父挨拶を終える

丹前の袖ほどくとき零れ落つ祖父の遺しし「いこい」の粉よ

 一首目は正月の準備に黒豆を炊く年老いた母親を詠んだ歌である。黒豆が皺なく炊けて快心の笑みを浮かべたのだろう。作者の父は製薬会社に勤めていたようだ。二首目は退職して自分史を執筆しているというくだりの一首。三首目は、取り壊されて現存しない父が働いていた社屋を詠んだ歌。半ドンは土曜日のこと。昔はこのように、子供を自分が勤めている会社や工場に連れて行くということがあったが、今はどうなのだろうか。次の二首は子の歌である。就職して最初は着慣れないスーツもだんだん体に着いてくる。それは社会人としての経験値が上がったということなのだが、作者は現実にずぶずぶと入って行く危うさも感じている。五首目は親離れする子の歌だ。息子の一人には双子が誕生する。生まれた子が一人ならば長く抱いていることができるが、双子なので平等に代わる代わる抱かなくてはならない。勢い一人を抱く時間は短くなるのがせつない。七首目は息子の結婚式の締めくくりに父親、つまり作者の夫が挨拶した場面の歌。「躊躇い」については後に触れる。最後はもうこの世にいない祖父の歌である。祖父が着ていた丹前の袖から煙草の粉が零れ落ちたという。その世代の人は帰宅すると冬には丹前を着ていた。「いこい」は代表的な当時の煙草の銘柄である。私の祖父も「いこい」を吸っていた。

 このように作者の祖父から孫に到るまで、五代に及ぶ家族の暮らしが丹念に詠まれており、まさに作者の言のとおり家族の歌となっている。またそれぞれの場面の折々に作者が感じたこと、思いを馳せたことが詠み込まれていて、あらためて短歌は民衆の詩であることを思わせられる。

 家族が本歌集の表の主題ならば、裏の主題はさしずめ原発ということになろう。作者の息子の一人は、原子力発電所を製造している会社に技術者として勤めているのである。

原発を責める連作二作ありそれのみ読みて書棚に戻す

いくたびもチェルノブイリを言いしかど核エネルギーに魅せられて子は

辞めろとも帰れとも言えず「あのさぁ」と問う燃料棒の仕組みなど

福島の桃あまた食みし夏ありき詫びたきような廉価のままに

原子の灯と大きく書かれしEXPO70エキスポの夜の灯のなか昂ぶりて歩みぬ

電池ばかり設計したという人の手触り感を子はうらやみぬ

 東京電力福島第一発電所の苛酷事故の前から作者は危惧を抱いていたようだが、その危惧は現実のものとなった。1979年のスリーマイル島、1986年のチェルノブイリと並び、2011年の福島第一発電所はまさに悪夢のような事故だ。先に引いた歌で新郎の父が述べた「躊躇い」とは息子の従事している仕事をさす。巨大な技術となった原子力発電所では、誰もがそのごく一部にしかタッチしていない。上の六首目はそのことを詠んだ歌で、勤務する息子もまた巨大な機構の歯車となっているのだ。五首目は大阪万博の跡地を訪れた折の歌と思われる。広島と長崎で原爆の惨禍を経験した戦後の日本において、忌避の対象となるはずの原子力が、「原子力の平和利用」の名のもとに希望の光へと転化する奇妙な捻れがどのようにして起きたのか不思議でならない。

 作者は家庭においては妻であり母であり主婦なので、日々の生活に材を得た歌や厨歌も多くある。私は食いしん坊のせいか食べ物が登場する歌に特に引かれる。

アンペイドワークばかりの10000日そら豆のスープきょうは作りぬ

跳ね上がる泥土のように思いたり主婦にしてはと言われるたびに

あいまいに厨に立ちて出汁を取る海に棲みいしものの中から

父と夫の首締め来たるネクタイをほどきて作る座布団カバー

冬のひかり閉じ込めたような柚子ジャムの瓶を並べて恍惚とせり

 主婦業が給与が支払われず社会的評価の低いアンペイドワークであることに誰しも倦むことがあるだろう。二首目のような歌を見るときいつも思い出すのは、「マニュアルに〈主婦にもできる〉といたはられ〈にも〉の淵より主婦蹶起せよ」という島田修三の歌である。上に引いた四首目はなかなかおもしろい。スーツとネクタイは会社人としての男の象徴である。そのように記号性のあるネクタイを再利用して座布団カバーを作りその上に座るという行為は、密やかな復讐とも見ることができるだろう。その一方で、ネクタイが父親と夫の首を窮屈に絞め続けて来たということ憐れみも感じているのである。

 私が本歌集を読んでいちばん感心したのは、西川の鋭い観察力とそれを歌にする的確な描写力である。それが最も感じられるのは次のような歌だと思われる。

電線をひょいと上げるもバイトなりその下をゆく神輿の矛先

点描で育ちゆく葉よ春楡のあわいに閉じてゆく空が見ゆ

看護師に夜勤明けかと問われたる医師は小さきゴミ提げており

窓の向こう藪の迫りてときおりに風とは違う枝の揺れあり

水張田に揺らめくひかり区切られて影のようなる細き道あり

扇の骨辿りしような水脈引きていく艘か見ゆひかり放つ海

 一首目は10月に北野天満宮で行われるずいき祭りを詠んだもの。神輿の矛先が電線に触れるのを避けるために、長い棒で電線を持ちあげる係がいるのだ。それをユーモラスに詠んでいるのだが、電線で読者視線を上に誘導し、次に視線を下げて巡行する神輿を登場させるのが巧みである。二首目は楡の葉の成長を印象派の点描になぞらえた歌で、葉が成長するにつれて下から見える空が小さくなってゆくという視点がおもしろい。三首目はなにげない病院の場面だが、夜勤明けの医師がおそらく夜食に食べたコンビニおにぎりかサンドイッチのゴミを手に持っているところに注目するのが鋭い観察眼である。四首目は家の窓から見える庭の光景で、風と違う揺れをする枝があるのは小鳥が停まったり飛び立ったりするからだ。小鳥を詠まずに、枝の揺れで小鳥の存在を詠んでいるのが巧みである。五首目、水田の畦道が水に反射する光を区切るという描写と、畦道が光に挟まれて影のように見えるという描写が鋭い。六首目は船の航跡を放射状に広がる扇の骨に喩えているのだが、「扇」「骨」「水脈」「海」のとり合わせが典雅だ。いずれの歌も言葉に無理な圧をかけることなく、過不足ない措辞で詠まれている。そのことを特筆しておきたい。

 最後に個人的な思い入れのある歌を挙げる。

伐りくれし葡萄の枝を鉢に挿す 京大農場わが街より消ゆ

 作者は高槻市に在住している。阪急電車で京都から高槻駅に近づくと、沿線に京都大学の附属農場が見える。長い並木道の向こうに、左右に細長く伸びる二階建てのレトロな建物がある。私は古い建物を見るのが好きなので、一度訪れてみようと思っているうちに、農場は移転し跡地は公園になるという。あの建物がどうなるのか気がかりだ。

 

第259回 木ノ下葉子『陸離たる空』

「神の救ひ」見えぬ誰かに説く横で少年の送球宙繋ぎたり

木ノ下葉子『陸離たる空』

 掲出歌は不思議な歌である。「少年の送球」とあるので、公園か学校のグラウンドで野球かキャッチボールをしているのだろう。その場に神の救いを説く人がいる。布教は人の多い駅前などの街頭か、個別に家を訪問してすることが多い。公園で布教しているのか、あるいはミッション系の学校の一角で神父さんが生徒に話しているのか。いずれにせよ神の救いについて話している相手が視界の外にある。この場面の切り取り型が特異である。そして下句では一転して、少年がボールを投げる場面が描かれているが、「宙繋ぎたり」という措辞が秀逸だ。上句と下句は「横で」という場所句で接続されてはいるものの、両者が描く場面には同時にほぼ同じ場所で起きたという以外の関係性はない。にもかかわらず一首は緊密なまとまりを持って成り立っている。どういう発想から生まれたのか知りたくなるような歌だ。

 巻末のプロフィールによれば、作者は1980年生まれで「水甕」同人。『陸離たる空』は2018年に上梓された第一歌集である。版元は港の人。光森裕樹が歌集を出して以来、港の人は歌集出版に縁ができたようだ。今回も社の方針で帯はない。ちょっと変わっているのは栞文である。第一歌集を出すときには結社の主宰や重鎮メンバーに栞文を依頼することが多い。ところが本歌集の栞文を執筆しているのは岐阜女子大学教授の助川幸逸郎という人である。どうやら作者が助川教授の講義を受講したことが短歌の道に足を踏み入れるきっかけとなったようだ。

 まったく知らない人の歌集を読むときは、助走に少し時間がかかることが多い。なにしろ全然知らない人なので、どういうスタンスで作歌しているのかわからない。作者のスタンスにこちらの波長を合わせるチューニングの時間が必要となる。しかし『陸離たる空』は読み始めていきなり引き込まれてしまった。こちらの胸倉をぐいとつかむ力が木ノ下の歌にはある。巻頭から引いてみよう。

もう二度と逢へない人の貌をして或る日するりと降りてくる蜘蛛

空の底ぞつとするほど露出して逆上がりさへ無理せずできる

現在を過去へ押し遣るやうにして定まらぬ夜のアクセルを踏む

葉のあひに透けて見えゐる青いろを疑ひてみきそらと言ふもの

我がおもて体内よりも赤からむ完膚なきまで朝日を浴びて

 一首目、軒先から蜘蛛が糸を垂らして降りて来ることはよくある。しかしその蜘蛛が二度と会えない人のような顔をしているという見立は特異である。二首目は「ぞつとするほど露出して」という措辞が荒々しく迫力に満ちている。雲一つなく晴れ渡って天頂が深く見える様を描いているのだろうが、「ぞつとするほど」という形容によって禍々しいことにも見える。三首目、現在を過去へと押し遣るのは何か忘れたいことがあるからだろう。「今」を逃れたい。しかし〈私〉が踏むアクセルは踏み込みが定まらない。「定まらぬ夜の」の字余りが魅力的だ。四首目も不思議な歌だ。木の葉の間に見える青空を見て、これが本当に空というものだろうかと疑っている。どうやら作者には自己と周囲の事物への存在論的不安があるようだ。五首目は朝日を正面から浴びている場面である。体内をめぐる血潮よりも朝日に照らされている顔の方が赤かろうと詠んでいながら、実は作者の意識は体内の血潮の方に向かっているのではないか。いずれも発想のおもしろさ、措辞の大胆さ、視点の独自性が感じられる歌である。木ノ下の詩魂はまぎれもない。

特急のパンタグラフの削りゆく西つ空より血汐したたる

水無月の雨はあまねし電柱に後から濡れる面のありたり

阿弥陀籤辿りてゆけば枯れ枝はこたへ空へと投げ出だしたり

四枚の影を蜻蛉の翅のやうに羽ばたかせ蹴るナイトゲームよ

迫り上がるガラスの窓は運転席の君を消しつつ夕映えてゆく

繰り返し互ひの軌跡を消し合ふもひとつところへ帰るワイパー

 一首目のパンタグラフが空を削るという発想が独特だ。血汐がしたたる西の空はまるでムンクの絵のようである。二首目は発見の歌。吹き降りの時は雨が垂直ではなく斜め方向から降るので、電柱の雨が当たる面は濡れるが、反対側は濡れない。しかし風向きが変わるとその面もいずれは濡れる。「後から濡れる面」に発見があり時間が内包されている。三首目は枯れた木の枝を下から上に辿る阿弥陀くじに見立てている。木の枝の阿弥陀くじを辿ってゆけば、あるいは探している答が見つかるかという期待は裏切られる。結句の「投げ出だしたり」が絶妙の選択だ。作者の心の中には答の見つからない問があるのである。四首目はサッカーのナイトゲームの場面である。四方向から照明を浴びた選手の足元には自分の影が4つできる。それを蜻蛉の四枚の羽根に見立てている。「蹴る」の一語でサッカーの場面であることがわかるようにできているのも秀逸だ。五首目は視点の独自性が光る。開いている車の運転席の窓がゆっくりと閉じてゆく。すると窓のガラスに夕陽が当たり、ガラスは夕映えの赤に染まる。ここにも時間が閉じ込められており、また〈私〉が車の外にいる別れの場面であることもわかる仕掛けになっている。六首目も車の歌だが、今度はワイパーである。ワイパーが作動すると、フロントグラスに扇形の跡が残る。しかしその跡は反対側のワイパーが拭うことで消えてしまう。左右のワイパーはお互いの跡を消し合うのだ。しかしそのワイパーもスイッチを切ると定位置に収まる。おもしろい所に目を付けた着想の歌である。

 その一方で、次のように危ういバランスを感じさせる歌がある。

真つ直ぐなものの基準としてあをき水平線を心に持ちつ

海面をのたうつ光のくるしみを凪ぎゐるなどとゆめのたまふな

意志・希望の助動詞運用するきはに脳裏を過ぎる自動詞あるも

三本目の触角として我を刺す蝶標本の胸の虫ピン

蜘蛛の糸とは斯くも頼りなきものか白衣の袖より糸屑の垂る

 三首目の意志・希望の助動詞とは「む」で、脳裏を過ぎる自動詞とは「死ぬ」だろう。いずれも心のバランスの危うさを匂わせる歌である。あとがきによれば、作者は幼少期から胸の中に溜まるエネルギーのやり場に苦しんでいたということである。栞文を書いた助川も木ノ下の病に触れており、ここには引かないが入院加療の歌も収録されている。行き場のないエネルギーを短歌に振り向けることで、短歌は作者にとって「苦しみ方を変える変圧器」の役割を果たしているという。

 本歌集のあとがきを読んで改めて考えるところがあった。ひとつは短歌に選ばれた人がいるということである。木ノ下は心のバランスに苦しむ過程で短歌に出会った。その出会いは運命的なものであったにちがいない。木ノ下が短歌を選んだというよりも、短歌が木ノ下を選んだのかもしれない。もうひとつは短歌によって救われる人がいるということである。セーラー服歌人の鳥居の歌集を読んだときにも強く感じたことだが、短歌や俳句は家庭の主婦の習い事や退職老人の暇つぶしなどではない。文学には迷える魂を救済する力があるのだ。詩人の荒川洋治が『文学の空気のあるところ』で述べているように、文学は物の役に立たない虚学ではなく立派な実学なのである。『陸離たる空』を読むと改めてそのことに得心がゆく。

 最後に印象に残った歌を挙げておこう。

われが我に飽きくる心地ややありて夕べのバスに小銭を探る

ゴムバンド締まりてをらむ十字路の電信柱に供花のなき夜

ただなかを読点打たず走り抜け振り返るとき夏は句点だ

はららかぬやうに電線に搦めたし今年仕舞の秋虹ならば

水面に浮くもの何れも静もりてその影のみが揺らぎて止まず

銀色の差し出し口に手の甲を滑らせ放つ夏への手紙

世界地図挟みし塩ビの下敷きの端に肘つくボリビアの上

きみの名に忌と続ければ唐突に君は死にたり陸離たる空

校正の部屋の窓辺の百日紅ああイキてゐるそのママである

入口はこの白きドアのみなればいつの日か此処を出口となさむ

 九首目は言葉遊びの歌で、印刷原稿の校正作業をしたことのある人ならばわかるだろう。「イキ」とは、一度修正した箇所の修正を取り消して原文どおりに戻すこと、「ママ」とは「原文のまま」の意で、編集者から修正の提案があった時などに、「そのままにしてください」と指示するために使う。十首目は否が応でも喩としての読みを誘う歌だが、「この白きドア」とは何だろうか。病室のドアともまた短歌とも取れる。多様な読みを誘うのもまたよい歌である。

 

第258回 井上孝太郎『サバンナを恋う』

湖の底に沈みし銀の匙魚知らざるや背に秋のかげ

井上孝太郎『サバンナを恋う』

 今回取り上げるのは異色の歌集である。巻末の著者略歴によれば、井上は1940年生まれ。東京大学工学部を卒業し、日立製作所に入社。原子力開発などに関わり研究所長も務める。その後、科学技術振興機構に異動となり、国の研究開発戦略の画定などに携わる。2016年に退任。その間、東京農工大学大学院教授、日本学術会議委員などを歴任する。環境やエネルギーの専門家だという。要するにばりばりの理系なのである。それが還暦間近になって、上野駅構内の書店でふと子規の『歌詠みに与ふる書』を手に取ったのがきっかけで、短歌を作り始めたという。こういうことがあるから短歌はおもしろい。やがて短歌人会に入会し、小池光に師事。『サバンナを恋う』は2017年に上梓された第一歌集である。栞文は有馬朗人、梅内美華子、小池光。歌集題名は集中の「高原の町に晩夏の陽はあふれサバンナを恋うガラスのきりん」から取られている。

 あとがきで著者は、「短歌では自分の記憶に残したいこと、他の人と共有したいことを詠む」と書いている。「自分の記憶に残したいこと」とは、自分の生活と人生の記録である。「他の人と共有したいこと」とは、「ほら、こんなことがあったよ」と人に伝えたいことである。本歌集に収められた歌は著者の言明に忠実に、生活と人生の記録となっている。ただし、前半は短歌を作り始める前の若い頃の出来事が回想され、後半は短歌を作り始めてからの記録という構成である。前半からいくつか引いてみよう。

水木の上幾春過ぎしかチボー家のジャックのごとく思いし日より

蜜蜂をちぎりひそかに蜜なめし少年おびえる空のむらさき

教室で夏を焦がれる少年にかすかに聞こえる遠き雷鳴

山好きの少年ひとりプールに死す水面に夏の雲を残して

「皆自明」のみ答案用紙に書き入れて数学試験の教室を出た

ミニヨンを読むため学びしドイツ語の遙かな記憶オレンジの香に

 これらの歌を読むと若き日の井上青年は理系ばかりの人ではなかったことがわかる。ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』は、トルストイの『戦争と平和』やドストエフスキーの『罪と罰』などと並んで、ある年代の人たちには教養の一部となっている。二首目や三首目の青春の抒情に潜むのは師の小池光の影か。五首目は数学の試験で解答を書かずに、「皆自明」つまり「すべて当たり前である」とのみ書いて退出するという青春の自負である。

 流麗な文体と言うよりは、どちらかと言えば無骨な文体なのだが、それが返って好ましく感じられる。それはこれらの歌が自らの生活と人生の飾らぬ記録であり、短歌は民衆の詩という性格を持つからである。俳句も共有するこの特性が、桑原武夫の『第二芸術論』で攻撃の的となったのは周知のことだ。

 本歌集を特異なものとしている理由の一つは海外詠の多さである。それも私的な旅行ではなく、環境問題やエネルギー問題の解決のために世界を駆け巡る仕事上の出張旅行なのである。

炎曳き深く落ちゆく夏の蝶 風音絶えし太魯閣タロコの谷に (台湾)

天と地の白く融けいるヒマラヤの町に転生祈る声満つ  (ネパール)

下放シャアファンの時代の生活とつとつと語る教授に定年近し  (西安)

海原に刷毛で引かれし白き道ヘミングウェイを捉えし島へと  (フロリダ)

再見ツァイチェンと手を振る車上にふと思う再び会わざる人の多きを  (桂林)

「天地とはかくなるものぞ」咆哮し大河を落とすイグアスの滝  (ブラジル)

ポリ袋アルミ缶に覆われて沈みゆくのかツバルの国は  (ツバル)

コーランの唱和につつまれ馬車がゆくナイル・デルタの春の夕暮れ  (エジプト)

 ざっと見てわかるように、台湾・中国・ネパールから、アメリカ大陸や太平洋に浮かぶツバルやアフリカに到るまで、まさに地球を股に掛ける活躍ぶりだ。海外詠では特に異国の地で自分が受けた印象の記録という性格が強くなる。短歌人会には本多稜というすごい人がいて、海外を駆け巡って山に登り海に潜るという行動派なのだが、どうも短歌人会にはこのような野人が多い印象があるのだがどうだろう。

 海外旅行詠では同行の人を詠んだ歌にクスリとするものがある。

「この土地は塩分過剰」と土なめし佐藤教授は下痢に倒れる

岸を這い丸木舟にて渡る河 山極教授は三度落ちしと

襞深き氷河に一歩かけしまま有馬先生しばし目を閉ず

 二首目の山極教授はゴリラの研究者で、現在の京都大学総長その人である。また三首目の有馬先生は栞文を寄せた有馬朗人で、元東京大学学長にして文部大臣まで務めた俳人である。

 作者は理系の人なので、理系に関係する歌にもまたおもしろいものがある。

集合シグマ集合シグマすなわち複集合トリグマは……」若き教授にガロアの翳射す

「何故に神は乱流創りしか」ハイゼンベルグの今際の叫び

久慈川の岸辺に蝶のつがい舞うチェレンコフの青き光よ

自らの腐臭に耐えて横たわる「もんじゅ」に捧げん白百合の花

三万メートル気球は昇り破裂せりオゾンのデータを地上に届け

フクシマの対策案をメールする胃がん手術の麻酔より醒め

 一首目は「ガロアの翳」と題された連作の一首。ガロアは群論を創始するも20歳で決闘に斃れた天才数学者である。二首目から四首目までは「チェレンコフ光」という連作から。チェレンコフ光とは陰電子や陽子などの電荷を持つ粒子が光速を超えて物質内を移動するときに出す光のことで、原子炉の核燃料プールで見られる青い光がそれである。著者は原子力発電所の開発にも関わっていたので、四首目の「もんじゅ」の歌や六首目の「フクシマ」の歌が生まれたのだろう。これらの歌には技術者としての悔恨も読み取れる。「乱流」、「集合」、「オゾンホール」、「チェレンコフ光」といった硬質の理系用語が短歌に読み込まれるとき、ふつうの短歌の言葉とはとはまた異なる詩的効果が生まれるように思う。

 最後に印象に残った歌をいくつか挙げておこう。

 

手に触れる木陰の小さな黒百合の思いがけない生のたしかさ

うら若き住職の妻は香り立ち月下の庭に百合の花剪る

草を食みやがて伏せたる牛のせなすでにこの世を見極めしごと

クリップの錆びし書類を破棄せんと繰れば激しきわがメモに会う

鯊釣りの客乗せ沼に浮かぶ間も小舟は朽ちる海焦がれつつ

籾を焼く火は穂をたてず深く澄む忘れしはずの悔恨に似て

胸を病む父の食事に玉子添えわれら見つめし母の眼悲しき

死に急ぐ人を思いぬやわらかくカサブランカをつつむ夕暮れ

睡蓮の葉は御仏の手にも似て水面にもがく虻のかたえ

 

第257回 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』

今日もまた前回までのあらすじを生きているみたい 雨がやまない

鈴木美紀子『風のアンダースタディ』

 

 プロフィールによれば、鈴木美紀子は2009年から新聞に短歌投稿を開始、同年未来短歌会に入会して加藤治郎に師事する。雑誌「ダ・ヴィンチ」の「短歌ください」にも投稿している。『風のアンダースタディ』は2017年に書肆侃侃房の「新鋭短歌シリーズ」の一巻として上梓された第一歌集。編集と解説は師の加藤治郎である。歌集題名の「アンダースタディ」(understudy)は、英語で「代役を務める」もしくは「代役」を意味する。本歌集を読み解くキーワードである。

 刊行から手に取って実際に読むまで少し時間がかかったが、私はこの歌集をとてもおもしろく読んだ。その理由は二つあって、一つは作者が「独自の世界を持っている」こと、いま一つは「口語短歌の文体と骨法を会得していること」である。この両方を兼ね備えている人は滅多にいるものではない。

 このうち「独自の世界を持っている」は、努力したり勉強したりして得られるものではない。その人の体格や容貌や体臭と同様に、本人の意思とは関わりなく得たものである。またそれを得たことが必ずしも本人にとって幸福とは限らないという点もまたやっかいだ。

 では鈴木の「独自の世界」とは何か。それは歌集題名の「アンダースタディ」によく現れている、「自分は誰かの代役としてこの世に生まれ生きているのではないか」という感覚である。

間違って降りてしまった駅だから改札できみが待ってる気がする

きみはまたわたしの角を折り曲げるそこまで読んだ物語として

わたしだけカーテンコールに呼ばれないやけにリアルなお芝居でした

「これはあなたの物語です」と帯にある本は今でも読みかけのまま

異国にてリメイクされた映画では失われているわたくしの役

親族を数えるときにいつだって自分自身をかぞえ損ねて

過るのは再現フィルムでわたくしを演じてくれたひとの眼差し

 一首目、電車の駅を間違って降りたという所に、すでに「ここは私が本来いるべき場所ではない」という不全感が現れている。この歌の「だから」という順接の接続詞には奇妙な捩れが加えられていて、間違って降りたら待ち合わせをしている君はいないはずなのに、「だから」いる気がするというのである。二首目を見てもわかるように、鈴木は自分を語るに際して、「物語」や「映画」「芝居」という喩を多用する。「人生は一幕の芝居にすぎない」と喝破したのはシェークスピアだが、現実を生きる私が物語であり芝居と感じられるのは一種の不全感である。毎日を精一杯暮らし、額に汗して働き、家族と団欒しているリア充の人は、「これは芝居だ」などと感じることはない。三首目は自分だけカーテンコールに呼ばれないという疎外感、四首目は「読みかけの物語」という不全感であり、それは五首目や六首目にもはっきりと現れている。七首目はさらに転倒していて、自分を再現フィルムで演じた人がいるという。

 このような感覚を一般化してみると、それは「多重世界」と「分岐的時間」となるだろう。多重世界とは、自分が生きているこの世界とは別に、それと並行的に存在する世界があり、そちらの方が本当の世界であって、この世界の私は影ではないのかという感覚である。SFに登場するパラレルワールドだ。また分岐的時間とは、時間は一直線に過去から未来に流れているものではなく、あちこちに分岐があり、現実に辿った分岐とはちがう分岐を選んでいたならば、今ある世界とは異なる世界になっていただろうということである。上皇后美智子の「かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいずこに行きけむ」がそれだ。「自分は本当の自分の影にすぎない」という感覚は、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』や『流れよ我が涙と警官は言った』の作者フィリップ・K・ディックが偏執的に作品に描いたものでもある。このような独自の感覚が鈴木の短歌世界の基底を成しており、その特徴となっていることは注目に値する。

 次に第二の点「口語短歌の文体と骨法を会得している」は、次のような歌を見ると感じられるだろう。

悪気などなかったのですセロファンの中でべとつくミントキャンディ

ちかちかと今宵もチックが鳴りなまぬレム睡眠のまぶたの端の

言いかけてやっぱりいいやと呟いたクルトンひとつ沈めるように

「何処まで」と訊かれて途方にくれるためそのためだけに停めるタクシー

 「き」「けり」「はも」など様々なニュアンスを持つ助動詞などの文末要素がある文語と異なり、口語短歌の結句は終止形「語る」や過去形「行った」など種類が少なく単調になりがちである。それを避けるために用いられるのが倒置法と体言止めだ。たとえば上の一首目、終止形の「悪気などなかったのです」を上句に置いて二句切れとし、三句以下は連体修飾語の付いた大きな体言としている。そして二句までと三句以下の意味関係を意図的に曖昧にすることで、三句以下を喩としている。二首目ではやはり「ちかちかと今宵もチックが鳴りなまぬ」を最初に配して三句切れとし、「チック」にかかる連体修飾語「レム睡眠のまぶたの端の」を倒置している。三首目も似ていて、「クルトンひとつ沈めるように」という直喩を倒置により文末に置いている。四首目は一首全体が大きな体言となっており、「途方にくれるため」「そのためだけに」という重複した畳みかけが切迫感を生んでいる。このような文体上の工夫が随所に施されていて、結句の単調さを避けて短歌の内的リズムを生み出しているのである。

 さらに注目されるのは喩の独自性と、感覚の鋭さである。

傘の中のふたりの会話はどこもでも定員割れのようなさびしさ

他人のものばかり欲しがる長い指火打ち石の匂いをさせて

埋められぬ空欄みたいに白かった絆創膏を剥がした膝は

ブランコの鎖の匂いの手のひらを咲かせてしまうわたしの花壇

しゃらしゃらと流水麺をすすいではFMで聴くウェザーリポート

 一首目で寂しさの喩として置かれている「定員割れ」や、二首目の「火打ち石の匂い」、三首目の「埋められぬ空欄みたい」という直喩は短歌ではあまり見かけない。私が感心したのは四首目の「ブランコの鎖の匂い」だ。確かに公園のブランコの鎖を握ると、その後に鉄とかすかな錆の匂いが混じったものが手に残る。忘れていた感覚である。また五首目の「流水麺」のように歌に織り込むアイテムもおもしろい。思わず笑ったのは、「同罪だ。魚肉ソーセージのビニールを咬み切るわたしと見ているあなた」という歌である。魚肉ソーセージの両端の金具の部分を歯で噛みちぎるというのはあるあるだ。他にも「冷凍庫のガリガリ君」、「ティファールの把手」、「うまい棒コーンポタージュ味」など、あまり短歌には登場しないアイテムを詠み込んでいるのも工夫である。

ほんとうはあなたは無呼吸症候群おしえないまま隣でねむる

日曜のファミレスくり返されるメニューお皿の砕ける音が聴きたい

車いす押して海辺を歩きたい記憶喪失のあなたを乗せて

部屋中の鏡にあなたを見張らせるわたしの夢から目覚めぬように

無意識に肩紐のよじれ直すだろうあなたが死んで号泣する夜も

片膝を立ててペディキュア塗っている喪服を脱いだばかりのわたしは

 怖い歌を集めてみた。怖い歌は歌の中の〈あなた〉との関係性を詠んだ歌に集中して見られる。無呼吸症候群であることをパートナーに教えないとか、記憶喪失になったあなたと海辺を歩きたいとかはぞっとするほど怖い。怖い歌は良い歌である。上にも書いたように、私が生きている生は一つの物語にすぎず、並行世界に別の物語があるという考えに憑かれている人には、パートナーとの関係もあの角を曲がった瞬間にがらっと変わってしまうかもしれないと感じられるのだろう。

 最後にいつものように特に心に残った歌を挙げておく。

この辺は海だったんだというように思いだしてねわたしのことを

くちびるに果肉の色をのせるとき啄みにくる片翼の鳥

完璧な口述筆記するときの沈黙にふるルビの星屑

あまやかに女性名詞で海を呼ぶあなたのために砕く錠剤

今のうち眠っておけよと声がする晩夏へ向かう青い護送車

振り向けば今まで出会った人たちとオクラホマミキサー踊るまぼろし

海までの道を誰かに訊かれたらあの非常口を指し示すだけ

自らのいのちをそっと手放して水を産みたりあわれ淡雪

 六首目「振り向けば」を読んだとき、思わず「またひとり顔なき男あらはれて暗き踊りの輪をひろげゆく」という岡野弘彦の歌を想起した。私が特に好きなのは四首目で、女性名詞の海はフランス語の la merだろう。la merは la mere「母親」と同じ発音だ。「あまやかに」がそれを暗示しているとしたら男はマザコンだ。もしそうだとすると、砕いている錠剤は男に一服盛るための睡眠薬か毒薬かもしれない。そう考えるとぞくぞくして歌は一層美しさを増すのである。

 

第256回 𠮷田恭大『光と私語』

バス停がバスを迎えているような春の水辺に次、止まります

𠮷田恭大『光と私語』

 𠮷田恭大やすひろは1989年つまり平成元年生まれで、塔短歌会に所属。早稲田短歌会にいた頃は、同い年の𠮷田隼人と二人「白い𠮷田」と「黒い𠮷田」として知られていたという。『光と私語』は今年(2019年)の3月に刊行された第一歌集。高校生の頃から地元の鳥取で塔短歌会に所属して作歌を始めていた人としては、29歳の第一歌集刊行は遅いくらいだ。満を持してという言葉がぴったりの歌集である。

 ふつう第一歌集を出すときには所属結社の主宰や先輩歌人に跋文や帯文を依頼するものだが、『光と私語』にはそういうものは一切ない。代わりに𠮷田がコラボレーションを依頼したのはデザイン集団「いぬのせなか座」である。何と言う綴じ方なのかわからないが、本の背の綴じ代が丸見えでそこに固い表紙が付いている。本全体に透明プラスチックのカバーがかかっていて、そこに題名と著者名が印刷されているので、カバーを外すと背表紙の文字も消えてしまう。おまけにどこにも歌集と書かれていない大胆な装幀である。ちなみに「いぬのせなか座」は加藤治郎の最新歌集『Confusion』でもコラボしている。

 本歌集を繙くと、レイアウトも通常の歌集と異なっていることに戸惑う人もいるかもしれない。ほぼ1頁に一首で、歌と共に大小の矩形や円が配されており、歌に寄り添ったり歌を横切ったりしている。単に歌を並べた歌集ではなく、レイアウトによる視覚的効果を狙っているのは明らかだ。頁を繰ると視覚的なリズムが生まれるように感じる。

 さてでは中身の歌はというと、大方の人はどこから取り付いたらよいのかわからずに戸惑うのではないだろうか。中から一首取り上げて批評するということがとてもしにくい。栞文を寄せた堂園昌彦は、この歌集は都市そのものであるといい、𠮷田がわざと描写の解像度を落としていると指摘している。一方、荻原裕幸は𠮷田の歌を読みあぐねているような印象を受ける。世代的に堂園は𠮷田より6歳年上の早稲田短歌会の先輩で、同じ空気を吸って育っている分だけ共感がある。荻原はずっと年上の世代であるだけにギャップが大きいのではないだろうか。

 たとえば冒頭に挙げた歌を見てみよう。「バス停がバスを迎えているような」までが比喩で、実景は春の水辺である。ところが比喩だとばかり思っていた上句が、「次、止まります」というバスの車内表示を思わせる結句によって、突然反転して現実になる。するとその反動で実景だと思っていた「春の水辺」が虚の空間にはじき飛ばされる。つまりここにはメビウスの帯のように、比喩と実景、虚と実とが反転しあう構成がある。読者はどちらに焦点を当てて読めばよいのかわからずに戸惑うことになる。荻原は栞文で、「実が虚であり、虚が実であるようなこの感じ」と言い、「𠮷田の文体マジック」「マジカルな文体」と呼んでいるが、言い得て妙と言えよう。

 集中にこのような反転マジックが見られる歌が散見される。

高級なティッシュの箱のしっとりした動物の寝ている写真

お時間を指定したのは母なれど私に待たれるクロネコヤマト

路地、猫を追う君を追わない僕を、気にしなくてもいいから、猫を

 一首目は措辞の掛かり方が組み替えられており、「しっとりした」は本来高級ティッシュを修飾するものだろう。箱に印刷されている写真の動物がしっとりしているわけではない。しかし文中の修飾関係を組み替えることによって、それまで見ていたのとはちがう風景が立ち上がる。二首目にはまず発話者の入れ替えがある。「お時間」は「配達のお時間にご指定はありますか」という宅配業者の言葉で、発話主体は業者である。それを「指定したのは母なれど」という作中主体の言葉に接ぎ木している。この歌にはもうひとつ逆転があって、それは主体と客体の反転である。〈私〉がクロネコヤマトの宅配荷物を待つという能動態が本来のものだが、それを逆転してクロネコヤマトの宅配荷物が〈私〉に待たれているという受動態に変えている。これにより歌には二重の捻れが生じているのである。三首目には二重の埋め込みがあり、「猫を追う君を」とくればふつう「追う僕」と続くはずが、「追わない僕」と肩すかしをくらう。最後は「猫を」という言いさしで終わっているが、これまたメビウスの帯のように歌の最初に戻って永遠にループする感じが残る。そのループの間に猫は虚の空間に笑いながら消えてゆくようでもある。

 時間に関わる存在と非在のマジックが感じられる歌もある。

とっておきのアネクドートをこれからも使うことなく覚えてゆこう

今後とも乗ることはないだろうけどしばらく視界にある飛行船

飼いもしない犬に名前をつけて呼び、名前も犬の一瞬のこと

その角のつぶれる前のコンビニの広々として闇ではないな

 一首目、「とっておきのアネクドート」というのだから、「君に聞かせてあげよう」と続くのかと思えば、これからも使うことはないという。二首目も似ていて、視界を漂う飛行船は今では広告用とはいえ、元は人の乗り物である。しかしその飛行船に乗ることはないという。三首目では飼っていない犬に名前を付けて呼ぶという。四首目の「つぶれる前のコンビニ」にはくらくらする時間感覚を感じる。「つぶれる前」というのだから、まだつぶれておらずちゃんと営業しているのである。「闇ではない」のだから煌々と灯りが灯っているのだ。しかし不思議なことに文体のマジックによって、営業しているコンビニの背後につぶれて真っ暗になった店舗の影がちらちら見える。ここには存在と非在とが反転しあうような不思議な空間がある。

 なぜ𠮷田はこのような歌を作るのか。それはおそらく𠮷田が新しい文体の創造は新しい世界の創造に等しいと考えているからではないだろうか。𠮷田にとって短歌とは抒情詩というよりも認識の歌と見なされているのかもしれない。確かに上に引いたような歌では文体のマジックによって、従来私たちが慣れ親しんできたものとは異なる認識の型が示されていると言える。

 しかしこれで本歌集のすべてが言い尽くせたかというと、そんなことはない。

ここはきっと世紀末でもあいている牛丼屋 夜、度々通う

お互いの生まれた海をたたえつつ温めてあたたかい夕食

脚の長い鳥はだいたい鷺だから、これからもそうして暮らすから

坂道で缶のスープを散らかして笑う時代の犬になりたい

真夜中のランドリーまで出でし間に黄色い不在通知が届く

 こうした歌に描かれているのは極めて体温の低いフラットな日常である。どこにでもある牛丼屋、ささやかな二人の食卓、坂道を転がる缶スープ、コインランドリーと宅配便の不在配達通知などは、都会で暮らす若者のどこにも派手な所のない暮らしである。取り立てて言うほどのことでもないこのような日常、敢えて言うならサエない日々の暮らしをなぜ詠うのだろうか。

  2007年刊行の『短歌ヴァーサス』終刊号特集「わかものうたの行方」で、斉藤斎藤は次のように書いていた。引用中の「私」は私を外から見た客体用法、〈私〉は私を内部から感じる主体用法ということである。

 「異常であるとか天才であるっていうのとか」のほうの「特別さ」を特殊さと呼び、「ふつうに存在してるっていうことの特別さ」のほうをかけがえのなさと呼ぶことにする。「特殊さ」は「私」に、かえがえのなさは〈私〉に対応する。「私」の特殊さではなく、〈私〉のかけがえのなさをたいせつにするということが、ポストニューウェーヴのわかものうたをつらぬく特徴である。(…)ニューウェーヴでは、前衛短歌にあった大きな物語が否定/無化され、「私」の特殊さが〈私〉の特別さに接続され、「わがまま」な歌となった。そしてポストニューウェーヴ世代において、「私」の特殊さは歌から排除され、あるいは「私」まるごと歌から排除され、そして〈私〉の生きるが残った。

 また2010年6月号の『現代詩手帖』の「短詩型新時代」特集の中で黒瀬珂瀾は次のように発言している。「私性」をめぐる議論の中で黒瀬は「短歌は私性を表面張力のように極度に強くしている」という見解を示して、次のように続けている。

 その私性とは、単純な自己のドラマ化ではなく、「私」がいまここに存在して、この世界を見ているという視線の一瞬性を取り上げるという意味での私性です。(…)自分だけにしか見えない強烈なカメラアイで撮った歌、逆に言えば他人の視線を排除している歌です。かつての短歌は共感というものを重んじていたわけです。もしくは読者による作中光景の再現可能性を重んじていた。そういう詠風からは大きく変わっています。2000年代後半に出てきた若手歌人は、ある程度この視点を共有しているのではないかという気がします。

 斉藤の文章と黒瀬の発言を掛け合わせると、おぼろげながらポストニューウェーヴ世代の短歌に対する立ち位置が見えてこないだろうか。ニューウェーヴ世代は修辞の復権と「わがまま」とが短歌を駆動する原動力となっていた。しかし斉藤の言うことが正しければ、ニューウェーヴの波が引いた後に登場したゼロ年代の歌人たちには、ささやかな日常を生きる内面用法の〈私〉が歌の拠り所となった。内面用法の〈私〉とは、単に自己劇化を排除したありのままの私ということではなく、内的実感のみを拠り所とする私ということである。そのような意味において本歌集は、ゼロ年代歌人の特徴をよく示していると言えるだろう。

 最後に心に残った歌を挙げておこう。

カロリーをジュールに変えてゆく日々の暮らしが骨と骨の隙間に

なくした傘には出会えなくても終電は外回り、遠回り、まみどり

砂像建ちならぶ海際から遠く、あなたの街もわたしも眠る

朝刊が濡れないように包まれて届く世界の明日までが雨

名前から覚えた鳥が金網を挟んでむこう側で飛んでいる

恋人がすごくはためく服を着て海へ 海へと向かう 電車で

旧い海図を封筒にしてまひるまの埃きらきら立ち上がる部屋

 ちなみに本歌集には「雷乃発声 /区境を越える」と題された特性ペーパーがある。半透明のプラスチック用紙に短歌が印刷されていて、「ともすると什器になって」という連作のページに重ねると、あらたな連作とレイアウトが現れるという工夫である。詩歌に印刷上のレイアウトを加えることを初めて行ったのはたぶんマラルメだと思うが、短歌でも岡井隆とか石井辰彦の試みや、最近出た加藤治郎の『Confusion』の例もある。これをおもしろいと感じるか、それとも短歌には不要と見なすかは人それぞれだろう。


 

第255回 田口綾子『かざぐるま』

をはりゆく恋などありて春寒の銀のボウルに水をゆらせり

田口綾子『かざぐるま』

 

 田口は1986年生まれ。高校生の時に読んだ俵万智の短歌に触発されて作歌を始める。早稲田大学に入学と同時に早稲田短歌会に入会。在学中の2008年に「冬の火」で第51回短歌研究新人賞を受賞。「まひる野」所属。『かざぐるま』は2018年(平成30年)に上梓された第一歌集。本歌集で第19回現代短歌新人賞を受賞。帯文は早稲田短歌会会長の仏文学者堀江敏幸が書いている。全体は5部構成で、歌の配置の原則は不明だが、後半になるにつれて生活感が濃厚に表れているので、ほぼ編年体かと推測する。V部は初期歌編で、短歌研究新人賞受賞作の「冬の火」と「闇鍋記」が収録されており、番外編という位置づけである。

 「冬の火」は口語・新仮名遣いで書かれているが、本歌集に収録された歌のほとんどは文語・旧仮名になっている。早稲田大学で修士課程まで進み国文学を学んだ田口は、現在高校で古文の非常勤講師をしているようなので、表記の変化にはそのことも関係しているかもしれない。さすがに専門だけあって、文語の使い方が巧みで歌にびったりはまっている。最初の方から引いてみよう。

うらがへしあて名を書かば砂となりこぼれてしまひさうな絵はがき

身のうちにうをを棲まはせええ、ええ、と頷くたびにゆらしてをりぬ

がらすだま昏きをひとつみづくさの陰にかくして顔をあげたり

みづくさのそやそや揺るる水槽のごときこころをたづさへてゆく

石庭の苔やはらかく雨に濡れ告げてはならぬことひとつあり

 描かれているのははっきりと言葉にできない陰影を帯びた心情で、それを砂や水や雨といった流動体に託して詠んでいる。たとえば一首目、宛名を書こうとすると絵葉書が砂になるというのは、宛名の人と〈私〉との関係性を象徴しているのだろう。はっきりと言葉を届けることがためらわれる相手ということか。支配的なのは雨と水のイメージである。「まひる野」のインタヴューで田口は、歌集をまとめてみて、水と雨がよく登場するのに自分でも驚いたと述懐しているので、作者は意識していなくてもあるイメージに囚われていたのだろう。水と火と光は特に若手歌人の好むアイテムである。

 私は本歌集をとても楽しく読んだのだが、その理由の一つは、田口が日本語に無理に圧をかけることなく、短歌の韻律に寄り添って歌を作っていることによる。

 他の言語と比較して日本語の特異な点は、音節が100%「母音」または「子音+母音」の開音節であり、促音「っ」、撥音「ん」と長音「-」もまた一つの音節を作ることにある。仮名文字は音節を表す音節文字であり、表記に音節文字を用いているのは世界でも珍しい。和歌も短歌も俳句も、日本語の短詩型文学は仮名という音節文字を用いているからこそ生まれたものである。

 もう一つ特異なのは文節である。文節は国語学者橋本進吉が提唱した概念で、学校の国語教育でも広く使われている。基本的には、名詞・動詞・形容詞などの「内容語」に助詞・助動詞などの「機能語」が付いたものが文節である。これは日本語が膠着語であることに由来する。日本語の文を構成する単位は音節である。試みに上に引いた田口の歌を文節に分けてみると次のようになる。

がらすだま/昏きを/ひとつ/みづくさの/陰に/かくして/顔を/あげたり

 文節が五・七・五・七・七に過不足なく収まっていることがわかる。しかしこれだけでは短歌の韻律は生まれない。五・七・五・七・七の中に緩急がある。初句「がらすだま」は内容語のみで機能語がないのでここで切れる。続いて「昏きを/ひとつ」は読みの速度が上がる。「昏きを」の助詞「を」が連接する語を要求するからである。三句「みづくさの」でリズムは緩やかになり、ジェットコースターの最高地点に到達した時のように休止が生まれる。そこからは下りで速度が増し、連用修飾の「陰に/かくして」から述語の「顔を/あげたり」へと一気に落ちてゆくという具合である。

 ちなみに短歌研究新人賞受賞作の「冬の火」では、このような文節と韻律の呼応が実現されてはいなかった。田口が「冬の火」を初期歌編と位置づけたのはこのような理由によるものと思われる。

 集中には恋の歌も多い。恋の歌になると平仮名が多くなるのは平安朝からの伝統かもしれない。

燃えやすきたばこと思ふそのひとが吸ふこともなくしづかに泣けば

これは火より生るることばか昨夜きぞの熱をさまらぬまま君に向かへば

片恋のをはりに砕く飴ひとつくちばし持たぬいきものとして

半身に左右のあるをさびしみて人は抱きあふならひを得しか

とほりあめ 傘持たざらむひととしてあなたの早足を思ひをり

 いずれも静かな情感や時に激しい感情がたおやかな言葉に乗せられていて、さながら古歌を読む心地さへする。五首目の「持たざらむ」は、否定の助動詞「ず」の未然形「ざら」に推量の助動詞「む」が付いたもので「~ではないであろう」の意だが、ここまで古語を駆使するのはさすがである。

 身分の不安定な非常勤講師の境涯を詠んだ歌もある。

せんせい、と呼ばるるときにわがうちの恩師いつせいにわれを見る

非常勤なれば異動といふことば使わぬままに別れを言へり

便覧には載らじと思ふわが生にからあげクンを購ひ帰る

(代はりなどいくらでもゐる)冷蔵庫の卵置き場にみんなでならぶ

 一首目は教壇に立って日が浅い頃の歌だろう。私にも覚えがあるが、それまで授業を受けている側だったのに、突然教壇に立って「先生」と呼ばれると、中身が伴っていない気がして面はゆいものだ。思わず噴き出したのは次のような男子校での国語の授業風景を詠んだ歌だ。

それはいい質問ですが脚注を見ないおまへにカノジョがゐない

万葉集の「人妻」なるにさつきからエロいエロいと騒ぎやまずも

色気がないと先生わたしを笑ふおまへらにくれてやる色気などあるかは

いもなどとわたしを呼ぶな大声でおまへが言ふと芋になるから

「女御」の読み問へば「おなご」と答へゐて一枚めくればそこには「あねご」

空欄しろ×あか、あはれむやみにあかるくて授業内容をわれはうたがふ

 中学・高校くらいの男子は一生でいちばんアホな時期なので、相手をする先生も大変だ。五首目は小池光の秀歌「雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ」のパロディである。田口にはユーモアのある歌を作る才能があるようで、巻末の「闇鍋記」が抱腹絶倒だ。ある日、早稲田短歌会の歌会の後で闇鍋をした折りのことを詠ったもので、メンバーは五島諭、服部真里子、平岡直子、吉田隼人、吉田恭大らと豪華なのである。

次々と野菜は切られ家中の鍋にボウルに盛り上げられる

服部さん魔法使いのような笑みあさりの水煮一缶を手に

唐突に平岡さん女神現れ三日月のように真白きバナナを投ず

魔法使いが鍋に再びやってきてためらいもなくきなこを投ず

ごほごほと喉につかえるきなこ味ひとり残らずむせこんでおり

 いつものように最後に特に心に残った歌を挙げておこう。

まだこゑのきこゆるやうなあまあひのそらにはしろき椅子をたむけぬ

こころより遅れて眠りにつく耳になほ降りつづく雨の名を知る

けだものにあらざるわれら流水にあぶらまみれの箸を洗へり

未来とは思ひ描くものでしかなく水切り籠に食器を重ぬ

ものがたりにやがてをはりのくることを青空のブックカバーにくるむ

そこに直れ、歌にするから歌になりさうなポーズを今すぐに取れ

水音であなたがわかるきつといま菜箸を洗ひ終へたるところ

すすぐたびきちんと止める水道のレバーにまとひつくらむ泡は

八月ののどに流せば夏の先へすこし冷えゆくビールと思ふ

 六首目はどうしても歌ができずに、同居人に歌になりそうなポーズを取れという無理難題をふっかけているという歌でおもしろい。歌集を通読して私が集中で最も良いと感じたのは次の歌である。

日ざかりのそらのやうなるいろ見せてほのほはおのれのほのほを焼けり

 平仮名を多用しているため読字時間が長く、歌の内部空間に大きな広がりが感じられる。意味が勝つ歌は読んだ時は面白くても耳に残らない。耳に残り舌がひとりでに何度も繰り返すのは、意味と調べとが捩り合わされた二本の糸のやうに互いを支え合い、どちらかと言えば調べが勝つ歌だ。上に引いた歌は青白く燃える炎を詠んだもので、「炎が燃えている」という以外のことは何も言っていない。極小の意味が極大の歌を作るという手本のような歌である。このような歌に出会うとき、しみじみと短歌という短詩型文学の良さを味わうのである。

 

第254回 佐藤りえ『景色』

飽きられた人形と行く夏野かな

 佐藤りえ『景色』

 佐藤りえは2003年に歌集『フラジャイル』を上梓し、このコラムの前身「今週の短歌」で取り上げたことがある。そのときは知らなかったが、佐藤は10代の頃から俳句を作っていて、短歌よりも俳句の方が手を染めたのが早いらしい。初めは独学だったようだが、現在は「豈」同人とあるので本格的に俳人なのである。攝津幸彦記念賞若手推薦賞を受賞している。

 俳句と短歌は生理がずいぶんちがう。塚本邦雄や藤原龍一郎(藤原月彦)のように、短歌も俳句も作って句集まで出している人がいないわけではないが、陸上競技の100m走と球技のバレーボールのように使う筋肉がちがうので、両方をうまく操るのは難しかろうと思う。佐藤はどうかと言うと、なかなか俳人なのである。

 俳句は17音(正確には17音節)しかないので、31音ある短歌と較べると、ストーリーや作り手の主情を入れ込む余地が少なく、スパッと切った写実の切れ味や二物衝撃による驚きで勝負しがちだが、佐藤の俳句には物語が感じられるものが多くておもしろい。

探偵の衣嚢に桜貝はあれ

開拓史用箋燃やす夏の庭

ロボットの手をふる庭や系外銀河

花闇に蓄光塗料の指の痕

夏来ぬといへばジョージの胸毛かな

 一句目、探偵というだけで物語ができそうだが、衣嚢というからには現代の探偵ではなく、大正か昭和初期の江戸川乱歩の匂いが立ち上る。その衣嚢の中に探偵には似つかわしくない桜貝がある。そこにどんな物語が隠されているのだろうとあれこれ想像するのが楽しい。季語は桜貝で春。二句目、開拓史でまっさきに頭に浮かぶのは北海道の開拓の歴史だろう。その昔、開拓の拠点があった古い建物が目に浮かぶ。用箋は昔の机の引き出しに黄ばんで残されていたものだろうか。それを雑草の生い茂った庭で燃やしている。三句目、佐藤の俳句には宇宙ものが多いのだが、これもその一つ。ロボットが手を振るというと、「天空の城ラピュタ」が連想される。「系外銀河」とは私たちが住む銀河から遥かに遠く離れた銀河なので気宇壮大なのである。四句目、花闇なので桜の季節である。蓄光塗料は日光のエネルギーを溜めて発光する塗料。昼間のうちに近くで蓄光塗料を塗る作業をしていたのだろう。作業員の指に塗料が付着して、それが思わぬ場所に指跡を残す。昼間は気づかないのだが、夜になって暗くなると指の痕がぼーっと光るのである。五句目は回想の歌。夏が来たといえば思い出されるのはジョージの濃い胸毛だというのだから、ジョージはかつての恋人だろう。横須賀にいた海兵隊員かなどと想像が膨らむ。読者を想像に誘うのは良い俳句である。

地球恋しはつたい粉など振りまきて

アストロノート蒟蒻を食ふ訓練

夏痩せて肘からのぞくベアリング

月世界兎が跳ねてゐるはずの

夏星に妹与へ七人も

 宇宙ものから引いた。一句目はどこかの惑星か宇宙ステーションにいるのだろう。はったい粉は麦焦がしともいう。湯で溶いて食べる懐かしい昔の食べ物である。近未来の宇宙生活と昭和ノスタルジーの対比が眼目の句。二句目はずばり宇宙飛行士だ。無重力状態で窒息しないようにコンニャクを嚥下する訓練をしているのか。宇宙にまで出かけてコンニャクを食べることはないような気もするところにおかしみがある。三句目はアンドロイド。夏痩せしたので関節のベアリングが見えているのだ。四句目は月に到達した宇宙飛行士がウサギがいないのでがっかりという句。五句目は2017年に発見された地球によく似た外惑星に寄せた句である。

 短歌とちがって俳句には脱力の文芸という一面がある。「三月の甘納豆のうふふふふ」という坪内稔典の有名な句を見てもそれは明らかだろう。

焼き網の焦げを落としてゐる春夜

溶けてきて飲み物となるくらげかな

豆のいろうつすらさせて大福は

コッペパンになづむ一日や春の雪

さいたまにいくつの浦和バスに乗る

 たとえぱ一句目は、焼き網にこびりついた焦げをブラシか何かで落としているという句で、だから何だと言われると答えようがない。三句目だって、豆大福の中の黒い豆の色がうっすらと透けて見えるという句で、とり立てて言うほどのことはない。俳句は極小の短詩なので、大きなものを入れるには適さないかわりに、日常の小さなものを掬い上げるのに向いている。大きな声で叫ぶのではなく、小さな声を拾うのである。世に言う俳味は、滑稽、飄逸、洒脱などと言われるが、大きな感動というよりは、じわじわとこみ上げて来る味わいを楽しむものだろう。穂村弘が短歌について言うような「世界を更新する」というほど大げさなものではなく、机に置いてある花瓶の位置をほんの1cm横にずらす感じか。それでも目に映る風景が少しちがって見えるものだ。

 その他に印象に残った句をいくつか挙げる。

りりやんの穴に落ちしは春の蝿

立子忌のサラダボウルに盛るひかり

マスタング路上駐車の青蛙

西方のあれは非破壊検査光

月も灯も容れて深夜の水たまり

泥沼に仏手柑放る銀となれ

ここへ来て滝と呼ばれてゐる水よ

をぢさんが金魚を逃すその小波

 このような句で何を味わうべきか。俳句や短歌に限らず、言葉によるあらゆる文芸においては、言語が詩的用法において用いられている。詩的用法の対極にあるのは言語の日常的用法である。私たちはふだん言葉を用いて人に何かを伝えたり、指示・命令したりする。「この書類のコピーを取ってくれないか」という文は、実際にコピーを取って手渡された時点で用済みとなる。意味が伝達されたからである。そのためにはコトバは意味が理解できる組み合わせでなくてはならない。言語の詩的用法においては意味の伝達は主要な目的ではない。最も重要なちがいは、詩的言語においてはコトバは話し手としての〈私〉の〈今・ここ〉から解放されるということだ。コトバは〈私〉の〈今・ここ〉という紐帯を離れて、誰のものでもない無人称的なものへと相転移する。それがブランショの言う「文学空間」(espace litteraire)であり、永田和宏の言う「虚数空間」である。そのような空間において、コトバは日常的な統辞から解放されて、ふだんは見られない組み合わせをなかば自動的に作り出す。作者はそのコトバの自動運動に身を委ね、降ってきたものを掬い取るのである。そうして得られたのが、りりやんの穴と蝿、マスタングと蛙、沼と仏手柑という取り合わせである。読者はこうして相転移したコトバの日常言語とは異なる匂いや手触りや軋みをゆっくりと玩味する。およそこういうことではないだろうか。

 

第253回 熊谷純『真夏のシアン』

太陽へあなたの傘を広げれば昨日の午後の雨がにほへり

熊谷純『真夏のシアン』

 雨の日の翌日に傘を干すというのは、布製の傘を使っていた時代の習慣である。今は使い捨てのビニール傘を使う人が多いので、傘を干すことはないかもしれない。「あなたの傘」とあるので、同居人か恋人の傘だ。自分はビニール傘なのかもしれない。傘を開くと雨の匂いがする。それは昨日の午後に降った雨である。「昨日の午後」という具体性が歌を立ち上げる。傘を干すという何気ない行為の中に、時間の流れが封じ込められている。

 熊谷純は1974年生まれ。35歳の頃から短歌を作り始めており、所属結社はなし。主に新聞や雑誌への投稿をしてきたらしい。2014年にNHK短歌の近藤芳美賞受賞。2018年に刊行された『真夏のシアン』が第一歌集である。歌集題名は、「あざやかな思ひ出そつとひもとけば渡れる風は真夏のシアン」という収録歌から採られている。シアンはプリンタにも使われている原色の青のこと。

 熊谷は結社に所属せず師も歌友もなく、独力で短歌を学びあちこちに投稿してきたようなので、歌集を出版するというのはなかなかに決心の要ることだろう。素っ気ないほどかんたんなプロフィールにもあとがきにも、独学で短歌を作るに到った経緯などは書かれていない。しかし読む進むうちに熊谷の辿って来た人生が浮かび上がる。歌の背後に「たった一人だけの人の顔が見える」短歌ならではのことである。

 熊谷は広島で大学を卒業した後、職を転々としている。そして現在は主にコンビニのアルバイト店員として生計を立てているようだ。

いくつものバイトと四つの会社辞し街には元の職場があふる

わが家から最寄りのコンビニにてレジを打ちては帰るもうすぐ七年

 非正規雇用の労働者で、中年フリーターという言い方もあるらしい。当然ながら生活は不安定で、未来を描くことができない。歌集を一読してまず感じるのは、非正規労働者が置かれている厳しい現実だ。特に職場のコンビニを詠んだ歌が多い。

ほほ笑みを仕舞つた若き蝶たちが光を求める夜のコンビニ

努力して夢をかなへた人たちの「夢はかなふ」がのしかかる夜

春風に時をり抗はうとするむすび百円セールののぼり

潔く命の期限を前面に押し出して待つ棚の弁当

窓外の景色を白く阻むのは指名手配のポスターの裏

真夜中にいつもと同じパンを買ふ人の名前も憂ひも知らず

あたたかきものの居場所はせばめられ夏に向かひて走るコンビニ

絶え間なく代謝のつづくコンビニで老廃物のやうに働く

平等に流るる時の真ん中で平等でない命を削る

 一首目、夜のコンビニに買い物に来る人はたいてい仏頂面である。ニコニコして買い物する人はいない。二首目、世の中には夢は叶うというメッセージが氾濫しているが、コンビニのアルバイト店員にはそれは重圧でしかない。三首目、時々春風に抗おうとする幟は作者の分身である。四首目、コンビニでは消費期限の管理が大切で、期限が切れた商品はゴミ箱に行く。それを「命の期限」と表現したところに軽いショックを覚える。五首目は店内で働く人にしか作れない歌だろう。コンビニに指名手配犯の写真を掲載した貼り紙があるのだが、外から見えるように貼られている。だから店の内側から眺める人には白紙である。六首目、いつも立ち寄る常連客との間でも、「暖めますか」とか「500円です」のような定型化した会話しか交わされない。七首目、村上春樹は『ランゲルハンス島の午後』で、現代の都市で季節感を感じられるのはデパートの売り場だと書いたが、時代は移りそれはコンビニの中となった。冬になるとおでんや肉まんの売り場が幅をきかせ、暖かくなると消えてゆく。八首目、代謝されるのは売り場に並ぶ商品だけではない。店員もまた新しい人が入ってくる。しかし自分だけは代謝されない老廃物のようだという歌である。九首目、時間は万人に平等に流れる。しかし個々人の命と生活のあり方は平等ではない。

 夢を持つことができない非正規労働者の現実である。近年、現代社会の生きづらさを詠んだ歌が増えている。角川『短歌』の2019年版短歌年鑑でも、「生きづらさと短歌」という座談会が企画されたほどだ。『塔』2019年3月号の時評で濱松哲朗が苛立っているように方向性のよくわからない座談会だったが、「生きづらさ」が現代のキーワードのひとつであることはまちがいない。

 しかし見方を少し変えれば、上に引いたような熊谷の短歌は、戦後の日本が貧しく人々の暮らしが厳しかった時代に多く作られた労働歌・生活歌の系譜に連なると考えることもできる。

吾帰る四畳半の家あることがいつしかあはれになりて歩める  出崎哲郎

夜は吾の寝台となる陳列台今日は干物を仕入れて並べる  富永正太郎

雪道の街灯の下にかぞへたるこまかき銭に鰯買ひたり  野本郁太郎

卑屈にまでこびて働きなりはひの無組織かなし大工われらは  高橋駆橘

 戦後のこの時代にはこのような労働詠がたくさん作られた。現代のコンビニのアルバイト店員はまさに無組織労働者であり、大いに通じるところがある。現代短歌シーンでは労働詠は少ないが、熊谷の短歌はこのような視点から評価することも可能だろう。

 このような環境で日々働く作者は、必然的にそのような境涯にいる自分を見つめることになる。

明確な使命を抱いて生きてゐるサラブレッドが我をみつめる

とりあへずあさつてまでは生きてみてその日に決めるそのあとのこと

めとりたることなき我の手が握る雨傘の柄はやや熱を帯ぶ

何もかも捨て去る時の喜びを知るゆゑ捨つるために拾へり

今日でバイトを辞めると言ふ君をもう羽ばたけぬ我はうらやむ

 走るという明確な使命を持って生きるサラブレッドと、何の使命もなく毎日を生きるだけの自分との対比、結婚することなく家族を持たない自分、会社を辞める時の開放感を知ってしまった自分。短歌は熊谷にとって、表現の手段であるに留まらず、自己を見つめる手段ともなっているのだろう。

 そのような日々を生きる熊谷とて、日々の暮らしの中で自分をとりまくものに何かを感じないわけではない。

ゆく道のあちらこちらで落ちてゐる小さなもののただ一度の死

平日の雑踏のなか目を閉ぢる助けを求める声が聞こえる

日めくりのまだまだ尽きぬ今日の日も誰かが誰かを生み落とした日

靴ひもを固くむすびてあざやかな苔のむしたる遊歩道ゆく

 一首目はおそらく晩夏にそこここに見られる蝉の死骸だろう。自分が置かれた境遇ゆえか、世界の中で助けを求める小さな声にも鋭く反応する。今日という平凡な日も、世界の片隅で誰かが生を受けた記念すべき日かもしれない。非正規という労働環境は厳しくとも、世界は私とは関わりなく美しい。集中に「うつし世の荒き波間をこぎ渡る三十一文字はたましひの舟」という歌がある。確かに熊谷にとって短歌は「たましひの舟」なのだろう。

 その他に心に残った歌を挙げておこう。

映画館の真下の本屋で君を待つポップコーンの香に包まれて

両肩に別別の鳥憩はせて今日も真顔の銅像は立つ

降る雨をまづ手のひらに確かめて四月の街を急ぐ人びと

道のべにはりつく軍手に近づきて後出しなれど挑む左手

真夜中にひつそり開くごみ箱に春には春のごみがあふるる

あなたのために流しし涙の道すぢをこよひ静かにたどる目薬

とりどりのサラダの並ぶコンビニに蝶が舞ひこみさうな夕ぐれ

 特におもしろいのは四首目である。歩いていると道端に手袋が、それも決まって片方だけ落ちていることがある。世に「片手袋」といって、写真に撮って集めているサイトもあるくらいだ。落ちていたの手袋とじゃんけんをするという歌で、ユーモアが感じられる。六首目もおもしろい。コンビニから出るゴミにも季節感があるという歌で、言われてみればそうだろうが、ふつうは気がつかないことである。七首目もなかなか美しい。陳列棚に並んだ色とりどりのサラダがお花畑となって、その上を蝶がひらひらと飛ぶという想像は新鮮だ。

 ただし気になるのはかなり口語を取り入れているのに、旧仮名遣いを用いていることである。会話的な口語を旧仮名で書くのは違和感がある。新仮名のほうがふさわしいのではないか。

【註記】
 熊谷以外の引用短歌は、篠弘『現代短歌史 I  戦後短歌の運動』(短歌研究社)による。