「フランス語100講」第4講 人称代名詞 (1)

第4講 人称代名詞 pronom personnel (1)

 

 フランス語の人称代名詞をまとめて次の表に示します。

 

                           主格 直接目的格 間接目的格 強勢形(自立形)

1人称単数            je (j’)    me (m’)      me (m’)          moi

2人称単数            tu         te (t’)           te (t’)               toi 

      男性   il         le (l’)           lui                   lui

3人称単数  女性   elle      la (l’)           lui                  elle

      不定   on                                                  soi

1人称複数           nous     nous            nous             nous

2人称複数           vous     vous            vous              vous

3人称複数  男性    ils        les               leur               eux

     女性    elles    les              leur               elles

 

onをどこに入れるか問題】

 上の表がふつうの文法書とちがうのは、3人称単数に不定のonを置いているところです。ふつうon は不定代名詞 (pronom indéfini) とされています。しかしonは人称代名詞に含めたほうがよいのです。(注1)その理由はいくつかあります。

 

《理由その1》

 他の不定代名詞の quelqu’un, quelque chose, chacun, ne… rienなどは主語だけでなく、他の文法役割でも使われます。

 

 (1) Quelqu’un est venu.  [主語]

        誰か来ました。

 (2) J’ai vu quelqu’un dans le jardin.  [直接目的補語]

       庭に誰かいるのを見ました。

 (3) Ça ne sert à rien.  [間接目的補語]

      そんなこと何の役にも立たない。

 

 しかしonは主語としてしか使えません。

 

 (4) On peut être heureux et triste en même temps.

  人には嬉しいと同時に悲しいことがある。

 

《理由その2》

   onは (5) のように疑問文では動詞と単純倒置します。単純倒置とは、主語代名詞と動詞の順序を入れ替えて、間にハイフンを置くことをいいます。onが (6) の主語人称代名詞と同じように単純倒置することは人称代名詞の仲間であることを示しています。

 

 (5) Arrive-t-on bientôt à la gare ?

   まもなく駅に着きますか。

 (6) A-t-elle été en Chine ?

        彼女は中国に行ったことがありますか。

 

 他の不定代名詞は (7) のように複合倒置しなくてはなりません。複合倒置とは、主語 (quelqu’un)をいったん代名詞 (il) で受けて、代名詞と動詞を倒置することを言います。フランス語では英語とはちがって、Is the president sick ?「大統領は病気ですか」のように主語の名詞 (the president)と動詞 (is)を倒置することはできません。このことはon以外の不定代名詞が普通の名詞と同じ部類に属することを示しています。

 

 (7) Quelqu’un est-il venu ?

   誰か来ましたか。

 (8) *Est-quelqu’un venu ?

 

《理由その3》

 これは根拠というよりは利点というべきですが、onを人称代名詞の表に含めておくと、強勢形のsoiをうまく教えることができます。教科書では強勢形の人称代名詞の表にsoiは含まれておらず、触れる機会がないこともままあります。(注2)

 

 (9) On a souvent besoin d’un plus petit que soi.

  人は自分より小さいものの助けが要ることままもある。

 

【接辞代名詞と自立代名詞のちがい】

 上の表にまとめて示した人称代名詞は大きく二つのグループに分かれます。1人称単数を例にとると、主格 (je) / 直接目的格 (me) / 間接目的格 (me)がひとつのグループをなし、強勢形 (moi)だけが別になります。

 ちょっと横道に逸れますが「強勢形」という呼び名について少し触れましょう。強勢形人称代名詞はフランス語では pronom personnel toniqueといいます。toniqueというのは「強勢がある」という意味で、これにたいして主格・直接目的格・間接目的格の代名詞はpronom personnel atoneと呼ばれます。atoneとは「強勢がない」という意味です。

 英語では主語人称代名詞の にも強勢を置いて次のように言うことができます。

 

 (10) I dit it.(他の人ではなく)私がやったんだ。

 

 しかしフランス語ではこれはできません。主格の je に限らず、目的格の me にも強勢は置けないのです。ですからatoneと呼ばれているのです。

 これにたいして強勢形は次のような場合に使います。(11)では属詞として、(12)では前置詞とともに使われています。

 

 (11) C’est moi.  それは私です。

 (12) Viens jouer avec moi.  私と遊びにおいで。

 

 フランス語では強勢(アクセント)は英語ほど強くはなく、リズム・グループ(注3)の最後に置かれます。(11)や(12)で moi はちょうど強勢が落ちる位置にあり、このために強勢形と呼ばれるのです。このように強勢形というのは音声に着目した呼び名で、文法書でふつうに使われていますが、あまりよい呼び名とは言えません。それはこの代名詞の文法的な振る舞い、少しむずかしく言うと統語的実態を表していないからです。

 統語的に見ると、主格・直接目的格・間接目的格は接辞代名詞(仏 pronom clitique / 英 clitic pronoun)と見なされます。接辞というのは言語学の用語で、独立して使うことはなく、他の語にくっついて使う小さな記号のことをいいます。たとえば名詞の接頭辞で「再び」を表す ré- / re-などがそうです。redescendre のように、動詞の前に付いて「再び降りる」という意味を作ります。

 これと同じように、Je crois que oui.「私はそうだと思う」/ Il me déteste. 「彼は私を嫌っている」/ Elle me téléphone.「彼女は私に電話する」のように使われた人称代名詞も接辞なので、必ず動詞といっしょに使われます。

 「動詞にくっついていない。離して書かれているじゃないか」と思った人も多いことでしょう。そのとおりですね。アンドレ・マルチネ André Martinet (1908〜1999)という高名な言語学者は、je mange「私は食べる」のようにjeとmangeを離して書く習慣になっているが、ほんとうはjemangeと続けて書いた方がよいと言いました。卓見だと思います。それほど主語人称代名詞と動詞は緊密に結びついているのです。この結果、次のようなことが起こることに注意しましょう。

 

《その1》

 接辞代名詞は動詞と隣り合った位置でしか使えません。(13)は動詞の前にあり、(14)では疑問倒置されていますが、動詞のすぐ後にあるのでOKです。しかし(15)のように動詞から離れてはだめです。(注4)

 

 (13) Je pense, donc je suis.

          我思う、故に我あり。(Descartes)

 (14) Que sais-je ?

         私は何を知っているというのか。(Montaigne) 

 (15) *Paul gagne plus que je.

        ポールは私より稼いでいる。

 

 英語の人称代名詞は接辞性が弱く、自立性が強いので、(16)のように動詞から離れた場所でも使えます。しかし は主語人称代名詞なので、英語の授業ではつじつまを合わせるために「〜 than I (do)のようにdoが省略されている」と説明することが多いですね。

 

 (16) Paul earns more that I. ポールは私より稼いでいる。

 

《その2》

 接辞である人称代名詞は動詞と強く結びついているために、他の語が間に入ることができません。たとえば英語では often、always、seldomなど頻度を表す副詞は、(17)のように主語と動詞の間に置くのがふつうです。しかし、(18)でわかるようにフランス語ではこれはできません。(19)のように副詞は動詞の後に置きます。

 

 (17) I often go to school on foot. 

           私はよく学校まで歩いて行きます。

 (18) *Je souvent vais à l’école à pied.

 (19) Je vais souvent à l’école à pied.

           私はよく学校まで歩いて行きます。

 

 複合時制を作るavoir / êtreなどの助動詞は、(20)のように主語代名詞と動詞の間に置かれているように見えますね。しかし複合時制では助動詞が動詞の役割を果たしていて、過去分詞 atteintはいわば動詞のミイラとなって動詞としての特性を失っています。ですから nousは新たに動詞の役割を引き受けたavonsの前で使われているのでOKです。

 

 (20) Nous avons atteint le sommet.

          私たちは頂上に到達した。

 

 この原則の例外は (21)の否定辞のneと、(22)のlaや (23)のenなどの他の接辞代名詞です。enは中性代名詞と呼ばれていますが、人称代名詞と同じく接辞代名詞の仲間です。

 

 (21) Je n’aime pas les chats. Ils sont capricieux.

           私はネコがきらいだ。ネコは気まぐれだ。

 (22) Nicole ? Je l’ai vue ce matin au bureau de poste.

          ニコルですか。私は今朝郵便局で見かけましたよ。

 (23) Tiens, il y a un serpent. J’en ai peur.

          ほら、ヘビがいる。僕はヘビが恐い。

                         (この稿次回につづく)

 

(注1)『フランス文法総まとめ』を書いたときは、他にはない独創的な見解だと思っていたのだが、朝倉季雄『新フランス文法事典』(白水社)に、「一般に不定代名詞の1つとみなされるが、これを主語人称代名詞の中に加えることができる」(p. 344)と書かれていることに後で気づいた。また倉方秀憲『倉方フランス語講座 I 文法』(トレフル出版、2023)にも、「onは不定代名詞と呼ばれる品詞に分類されますが、動詞の主語として用いられる代名詞という点では主語人称代名詞と同じです」(p. 42)と書かれている。

(注2)朝倉季雄『新フランス文法事典』(白水社)では、soionではなく、再帰代名詞seの強勢形とされている。目黒士門『現代フランス広文典』(白水社)でも同じ見解を採っている。しかしながら、seil / elleの再帰代名詞でもあるが、特定の人を指すil / ellesoiは使わないので、そこにいささかの齟齬が感じられる。

 ちなみのsoionだけでなく、plus d’un(一人ならずの人々)、personne … ne (誰も〜ない)、tout le monde(みんな)、quiconque(誰でも)などの不定代名詞の強勢形としても使われる。 

  i) Tout le monde dit du bien de soi.

        誰しも自分のことをよく言うものだ。

 したがってsoionだけの強勢形ではなく、先行詞が不定のときや、le respect de soi(自尊心)のように先行詞が表現されていないときに用いるとするほうがより正確である。

(注3)リズム・グループ (groupe rythmique)の定義は難しいが、統語的・意味的に一つのまとまりをなす語群をさす。統語的には句(仏 syntagme、英phrase)に対応することが多い。次の例では / / がリズム・グループの境界を表す。

 i) / Il est à la maison. /

          彼は自宅にいる。

 ii) Un grand homme / n’est pas toujours / un homme grand.

        偉大な人は背が高いとは限らない。

(注4)公的文書などでは次のように人称代名詞jeを動詞から離して用いる例がある。

   i) Je soussigné, Président de l’Université de Paris VI– Sorbonne, certifie que…

        私、パリ第4大学ソルボンヌ校の学長は〜であることを証明する。

 これはjeなどの人称代名詞が強勢を持つことがあり、自立的に使われていた古フランス語の名残りである。