第338回 U-25短歌選手権

これからのことを話せばしめやかに崩されていくチョコレートパフェ

中牟田琉那「死んで百年」

 この夏はほぼ丸ごと秋学期の講義の準備に終わった。たくさんの論文を読んで考えをまとめて講義録を書く。秋学期のテーマは「フランス語の無冠詞」である。しばらく前から講義録をHPで公開しているので、秋学期の分も学期が終了したら公開するつもりだ。興味のある方はどうぞご覧あれ。

 そうこうしているうちに時間が経過してしまったが、今回は角川『短歌』8月号で発表された「U-25短歌選手権」を取り上げてみたい。角川『短歌』は4月号で「よし、春から歌人になろう」という特集を組み、全国大学短歌会動向MAPで31の大学短歌会(うち一つは超大学短歌会)をリストアップした。最近の学生短歌会の隆盛ぶりには目を瞠るものがある。活発に活動しているのが早稲田短歌会と京大短歌会ぐらいだった20年前と較べると隔世の感がある。この特集の最後に思いついたかのように「U-25短歌選手権」の臨時開催が予告されている。応募者には25首提出することを求めているのだが、何と締め切りはひと月後の4月25日という無茶な企画である。予告では選考委員は公表されていない。その結果発表が8月号であった。蓋を開けてみると、選考委員は栗木京子、穂村弘、小島なおで、角川が一枚噛んでいる大学短歌バトルの選考委員と同じ顔ぶれになっている。締め切りまでひと月しかなかったのに、応募は98点あったという。若い人たちの短歌熱は相当なもののようだ。

 選考の結果、優勝は中牟田琉那なかむたるな「死んで百年」に決まった。中牟田は、ひねもす・いわて故郷文芸部ひっつみの所属となっている。平成16年生まれなので、現在17歳か18歳という若い歌人である。

泣くときはかならずきみが先でしたトートバッグに混ざるはなびら

面接のあとの身体でベーグルがねじ曲げられてる動画みている

冗談で言ったことばはサイダーの匂いあとからあとから立って

 トートバッグ、ベーグル、サイダーなどのアイテムの詠み込み方がうまい。また結句の処理も、一首目は体言止め、二首目はテイル形、三首目はテ形とバリエーションがある。

 ちょっと調べてみると、中牟田は盛岡第三高校の文芸部所属である。ということは工藤玲音の直系の後輩だ。盛岡第三高校は高校生万葉短歌バトルの上位入賞常連校で、第6回は優勝しており、このときは中牟田も参加している。だから若いながらも昨日今日短歌を始めたという素人ではないのだ。そのことは手慣れた感のある歌の造りから感じられる。「いわて故郷文芸部ひっつみ」は2015年に工藤玲音が立ち上げたグループである。ちなみに「ひっつみ」とは、小麦粉を練ったものを汁に入れるすいとんに似た郷土料理のこと。「ひねもす」という歌人グルーブについては、角川『短歌』6月号の田中翠香の歌壇時評でくわしく紹介されている。大学や結社というわく組みを越えてネットでつながる集団ということだ。地方の高校の文芸部が元気に活動して、中牟田のような注目株の歌人を生み出しているのは実に喜ばしいことである。

 準優勝作品には永井貴志の「たそがれのいじわる」が選ばれた。永井は平成12年生まれ、21歳か2歳の歌人である。

通り歩いておなかすいたらぱらぱらとはだいろの雪が降ってきた

はなびらのちょくせんすぎる「すき」にぼくいっぱいいっぱいになりました

花びらの好きでした そして夜でした きれいにひらかれた額です

 平仮名を多用して意図的に幼児性を演出した文体と、「花びらの好きでした」のような破格の助詞の使用によって日常言語の文体をずらそうとした工夫がある。小島なおが最高点の5点を入れて、「自分の心を信じる力があまりに強すぎて世界を変えてしまうある意味強引なところが、マジカルでおもしろかった」と評している。これにたいして穂村が「今なおさんが仰った『自分を信じる力があまりに強すぎて世界を変えてしまう』人は、感性重視で破調を恐れないスタイルになりがちですね」とコメントしている。

 しかし穂村の杞憂は無用である。現在は所属なしとなっているが、かつて永井は京大短歌会に所属していて、次のような歌を作っている。

猫じゃらしを取って遊ぶをひらりひらり思い出したり葉の落つるごと

一人なる旅人のごとしん、と静か羽ばたかず鳥が岩に止まれり

真夏日に太き声聞こゆ聞こゆ校舎の明かりの薄暗さかな

          「暁のいろへ」『京大短歌』25号(2019年)

 やや生硬ではあるものの文語(古文)の短歌を作っていて、「自分の心を信じる力があまりに強すぎて世界を変えてしまう」ようなところは微塵もない。準優勝作品の文体は意図的に工夫して作ったものだろう。もちろんそれは悪いことでも何でもない。受賞を目指す戦略というものだ。

 以下は選考委員が最高点を付けた作品が、その委員の名を冠した受賞作品となる。栗木京子賞は酒田現の「神戸にて」が選ばれた。酒田は平成9年生まれである。

花は咲く どんな顔をして歌ってたんだろうな 街に重なる街で

自転車で海まで行けるこの街の生まれる前の震災のこと

この街が墓そのものと気付くとき途端に鮮やかな常緑樹

 自分が生まれる前に起きた阪神淡路大震災を、現在の神戸の街を重ね合わせるようにして詠んだ歌である。選考委員も指摘していたが、今回のU-25選手権には時事的なテーマを詠んだ歌が少ないなかで、酒田の連作はやや異色と言える。酒田は「かりん」に所属していたようだが、現在は所属なしとなっている。

 穂村弘賞は今紺いまこんしだの「summerly」が受賞した。今紺は平成13年生まれ。

ビーカーは割れたる面の凹凸に初夏の鋭き光を呼べり

まつすぐに立てしレモンに包丁を当つ六十度づつに切りたし

雲が切れアガバンサスの柔らかき花は鋭き影を落としぬ

 今回のU-25選手権に応募したほとんどの作品が口語(現代文章語)短歌なのだが、今紺の作品だけは文語(古語)・旧仮名で異彩を放っている。言葉に厳格な栗木から「ときおり」は間違いで「ときをり」が正しいと指摘されているが、これもご愛嬌だ。今紺は京大短歌会の所属で理系の現役大学生である。ふだんは口語(現代文章語)・新仮名で歌を作っているようだ。だからU-25選手権に出した連作はがんばってトライしたものなのだ。

窓という窓が鏡に切り替わる夜景の中へ滑り出すとき

まだペテルギウスは在るか着信にこもる想いも過去の光だ

栞紐は昨日のままにしておこう 「待たせた?」の声に閉じたページで

      「From Heart To Heart」『京大短歌』27号(2020年)

 若くみずみずしい感覚の横溢する作品である。驚いたのは今紺の作品に5点を付けたのが穂村弘で、他の二人はまったく点数を入れていないことだ。今紺の作品は応募作の中でいちばん伝統的な近代短歌に見えるからである。穂村は短歌賞の選考委員になったときは革新的で現代を感じさせる作品を推すことが多い。ところが今回はそうではないのでいささか意外だった。

 小島なお賞は中川智香子の「バンドやってる友達」が受賞した。中川は平成14年生まれだから、今年19歳か20歳である。東京大学Q短歌会所属。

違う人の臓器で生きてきたのかも ライブハウスを出たあとの夜

本来は西日が強く差すビルの五階で内田クレペリン検査

飲み屋から出た友達が自転車で描いた円が大きすぎる気が

 この作品に4点を付けた小島は、「心象を緻密に描いている作者が多いなかで、自分が生身で存在しているという実体感、観念じゃなくてそこにある物に触れている感覚が伝わって好感を持ちました」と述べている。

 東大には川野芽生、小原奈実らを輩出した本郷短歌会があったが数年前に解散している。東京大学Q短歌会は2018年にできた若い団体で、顧問は東大副学長の坂井修一となっている。

 今回応募した総勢98名のうち、結社・大学短歌会・同人誌などに所属のある人が39名、所属なしが59名だったという。25歳以下という若い年齢層ということもあるが、特定のグループに属さない独立系歌人が増えていることはまちがいないようだ。応募した人のうちの多くは、ツイッターなどのSNSを使って短歌を発信している。

 現在は所属なしとなっていても、大学短歌会に所属していて、卒業とともに会を離れた人もいる。たとえば今回は残念ながら受賞を逃したが、黒川鮪くろかわまぐろ神野優菜こうのゆなは元九州大学短歌会所属だ。

さくらばな例年通りに咲くでしょう暮らしはまばたきよりもたやすい

まちなみはお墓の気配 ほの高い公衆浴場からのぼる湯気

      黒川鮪「たちまちに」『ねむらない樹』第3号(2019年)

神野優菜は次の歌で2019年の第5回大学短歌バトルで佐佐木幸綱賞を受賞している。

わけがないと会えない人のせわしさの積もるばかりの雪に触れたい

 また『現代短歌』2021年9月号のAnthology of 60 Tanka Poets born after 1990にも歌が収録されている注目の新人である。

 九州大学短歌会は『温泉』の山下翔によって設立され、二代目代表は石井大成が務めているが、活発に活動しているようで頼もしい。

 最終選考に残った村上航は元岡山大学短歌会の所属である。

生存は円の遊びを許すこと 射し込む朝日とただのフラミンゴ

母親が楽しそうにするタミフルでバグった時の息子の話

               『岡大短歌』10号 (2022年)

 今回のU-25短歌選手権では大学短歌会所属の人とOBの活躍が目立った。こういう人たちのなかから次の短歌の方向性を示すような優れた歌人が出て来ることだろう。U-25短歌選手権はよい企画なので、角川には今回で終わらずに定期的に開催してもらいたいものだ。