139:2006年1月 第3週 梅内美華子
または、感官に映し出された世界の抒情

みつばちが君の肉体を飛ぶような
      半音階を上がるくちづけ

           梅内美華子『若月祭』
 若い女性の短歌の場合、相聞にその力が発揮されるのはごく当然といえる。愛恋の喜びと苦しさは人を強く揺り動かす。そこに感情の波動が生まれ歌が生まれる。梅内の掲出歌もまた恋の歌であり、それもくちづけの歌である。くちづけの陶酔を蜜蜂のぶんぶんいう羽音と半音づつ上昇する音階に喩えて、性愛の高揚感を歌にしている。おもしろいのは「みつばちが君のまわりを飛ぶような」ではなく「肉体を飛ぶような」となっている点だろう。「君のまわりを飛ぶ」ならば単なる音の喩としてしか働かない。しかし「肉体を飛ぶ」というやや突飛な表現を選択することで、羽音が肉のなかから立ち上がるような印象を与え、性愛の身体性を表現することに成功している。このような一見強引とも見える喩は、当初から梅内の文体的特徴として指摘されてきたところである。

 梅内美華子は1970年(昭和45年)に青森に生まれ、11歳のときから短歌を作っていたという。同志社大学に入学して第5次京大短歌会に参加している。第5次京大短歌会といえば、それまで休眠状態であったのを九州から出てきた吉川宏志が再興した時期で、京大短歌会黄金時代のひとつである。歌誌「かりん」所属。1991年に「横断歩道(ゼブラゾーン)」50首で角川短歌賞を受賞している。第一歌集『横断歩道(ゼブラゾーン)』(1994年)、第二歌集『若月祭』(1999年)、第三歌集『火太郎』(2003年)がある。

 角川短歌賞を受賞した「横断歩道(ゼブラゾーン)」には、今では有名になった次のような歌がある。

 階段を二段跳びして上がりゆく待ち合わせのなき北大路駅

 空をゆく鳥の上には何がある 横断歩道(ゼブラゾーン)に立ち止まる夏

 生き物をかなしと言いてこのわれに寄りかかるなよ 君は男だ

 一首目「待ち合わせのなき」に焦点化される青春の軽い虚ろさ、表題ともなった二首目の横断歩道(ゼブラゾーン)に形象化される青春のまだら模様の陰翳、三首目の結句の断言が示す若い男女の新しい関係性、このような要素が、サラダ現象以降のライトヴァースの波に洗われた短歌界において、新しい女性の感性を表現する短歌として歓迎されたのである。木漏れ日のような光と影はあっても、自我の浮遊感や不全感はここには見られない。青春特有の迷いはありながらもぴんと伸ばした背筋があり、現代の若手男性歌人の多くが自我の未決定性に悩んで眉根に皺を寄せているのとは対照的である。

 体感を基軸とする歌は『横断歩道(ゼブラゾーン)』のひとつの特徴である。

 釣糸のごとく降りくる蜘蛛はひかり雨上がりたる匂いを揺らす

 われよりもしずかに眠るその胸にテニスボールをころがしてみる

 ゆるま湯のごとき話に首を振るパルメザンチーズ舌に溶かして

 ラベンダーの香を焚きつつ汗ばみてゆく肉体を蔑していたり

 われの何を壊さぬように撫でいるか髪に触るる手湿りていたる

 一首目の雨上がりの匂い、二首目のかたわらに眠る人のかすかな吐息、三首目のパルメザンチーズの味、四首目のラベンダーの香り、五首目の髪を撫でる人の湿った手触り。こうして見るとわかるように、男性歌人が往々にして観念的な世界把握の方法を選択するのとは対照的に、梅内の歌の根底には皮膚的体感を通じて世界と接するという感覚が顕著である。

 川野里子は「かりん」2000年4月号に「世界をあばく感官」という文章を書き、そのなかで梅内の短歌世界を次のように総括している。

 「もし、『若月祭』を注意深く読むなら、九十年代以後おそらく最も新しい表現の方向が示されていることに気づくだろう。そこには身体感覚という世界把握の方法が息づいており、輪郭を失いつつある世界に潜り、沿って捉え、また暴いてみせている。その最も深いところに官能を伴ったエネルギーが隠されていることは見逃せない。」
 川野は梅内を河野裕子と比較し、河野が登場したとき「全身の感官を開いて世界を感受するような言葉とその新しさ」にみんな驚かされたという。篠弘の言うところの「体性感覚」である。梅内はその点において河野と共通するところがあるが、ちがいがあるとすればそれは、「河野と異なるのはどこか命の循環などの全体性をあきらめたところから出発せざるを得ない、もっと見えにくい世界に向かって感官を開かざるをえないという時代の宿題をかかえていることだろうか」と続けている。川野ならではの鋭い指摘であり、私には何ら付け加えるものがない。

 梅内の体感エネルギーはしばしば定型の枠を打ち破るためか、『横断歩道(ゼブラゾーン)』には破調の歌が多く、定型意識の緩さが指摘されることもままある。

 マニキュアの爪の吸われてしまいそうな牡丹は狭庭に大きすぎたり

 明るく話すことに疲れている昼に喉を冷たくおちるカフェ・オ・レ

 われらいつまで花火を眺めておれるのかギムレット黄砂のごとく揺らめく

 口語と文語の配合に稚拙さの残る歌もあるが、第一歌集特有の清新さがそれを補って余りあるというところだろう。このように世評の高い第一歌集であるが、たんねんに読むとよくわからない歌もある。

 わが知らぬ君の恋ほど明るくて木星の目を恋いつつ眠る

 炎天の下へとびだすまでの胸水濁りいてその水憎し

 ざりざりと耳含まれて笑いおる男 一気に食べてしまえず

 「わが知らぬ君の恋」はわかるが、なぜ「木星の目」なのだろう。どうもここには作者だけにわかる意味の飛躍があるようだ。二首目の「炎天の下へとびだすまでの胸」も意味が取りずらい。三首目になると正直かいもくわからないのである。若さゆえの筆の走りというべきだろうか。それとも読むこちらの感覚が鈍いのか。

 第二歌集『若月祭』になると歌の作りはぐっと落ち着きを増す。感覚の横溢が定型を突き崩すような歌は少なくなり、その分だけ定型意識が強くなったと見受けられる。

 風立ちてマロニエとわれをあばくときじっと動かぬ皇居の森は

 夏の風キリンの首を降りてきて誰からも遠くいたき昼なり

 ティーバッグのもめんの糸を引き上げてこそばゆくなるゆうぐれの耳

 給油所に赤く灯れるアポロンの横顔の先に春はひろがる

 いつかわれ雪食らう子を追うらむかあめゆき鼻に降りかかりたり

 冬の椅子恋と呼ばざるわれらいて長くそこより見ている裸木

 すべて字余りの句を含んでいるが、定型のリズムを壊すようなことはなく短歌的にうまく回収されている。「昼食べしバルチックカレーなつかしく夏の孤独は胃の腑のかたち」のようにうまくまとまった歌がある一方で、「あやつれぬ心か男 竹箒しばらく持たぬ手には長かり」のような歌もある。どちらに作者の心がストレートに出ているかといえば、もちろん後者の方である。『若月祭』を読んでいると、梅内はどちらの傾向の歌を作りたいと思っているのか、わからなくなるところがある。作歌技術が向上すれば短歌的にまとまった歌が多くなるが、その反面ストレートな感情が表現されている歌は減ってしまう。ここには大きなジレンマがある。

 第三歌集『火太郎』は読んでいないのだが、『現代短歌最前線 上巻』〔北溟社〕に『若月祭』以降の雑誌に掲載された歌がある。

 結界は空にもありややぶれたる桐のビロードの花をひろいぬ

 白鳥はいつしか白きKEYとなり鈍色の湖に差されていたり

 語るべき一本の芯見えぬ昼ほのおを盛りてドラム缶燃ゆ

 秋の皿掬いあげれば水影の揺らめくなかに青き鰭消ゆ

 夕水のほたる呑みしか君が母ほのかにともりわれを待ちおり

 口語が減り文語の比重が高まっていると同時に、青春の日常と相聞から次の段階に踏み込んでいる様が見て取れる。それと平行して、川野が指摘した「身体感覚という世界把握の方法」もまた、歌の表面からはきれいに拭い去られている。それに代わってどのような方法論を獲得してゆくのか、これが梅内の課題だと思えるのである。