第173回 堀田季何『惑亂』

ぬばたまの黒醋醋豚を切り分けて闇さらに濃く一家團欒
                  堀田季何『惑亂』
 ふつうは何かを表現したいと願う人が、数ある表現手段のなかから短歌という短詩型文学形式を選び取るのだが、稀ではあるが逆に短歌に選ばれる人がいるのではないかと思えてならない。他の芸術に例を求めると、音楽ならモーツアルト、近代詩ならランボー、小説ならラディゲ、あるいはサガンの名が頭に浮かぶ。短歌ならば石川啄木がそれに当たるだろう。こういう人たちは、刻苦勉励努力してその芸術形式の頂点を極めたという印象がない。気がついたらいつのまにかもう頂点で遊んでいるのである。そしてその人生にどこか悲劇的な影がある点も共通している。堀田季何の第一歌集『惑亂』をさっと見て私の脳裏に去来したのはこのような感想だった。
 堀田季何(ほった きか)は1975年生まれ。中部短歌会に所属し、晩年の春日井建に師事。たちまち頭角を現して、中部短歌新人賞と第二回石川啄木賞(2009年)を受賞している。現在中部「短歌」同人。プロフィールはここで終わらない。小澤實に師事して俳句を学び、現在「澤」の同人であり、澤新人賞と芝不器男俳句新人賞齋藤愼爾奨励賞まで受賞しているのである。おまけに海外で暮らしていた中学生の頃から英語詩を書いているというのだから驚愕するほかはない。俳句を英訳して海外への普及に努めてもいるようだ。
 しかし『惑亂』のあとがきで自分の来歴を語る口調は苦痛に満ちている。自分のこまれでの人生はまさしく惑乱の日々であったというのだ。いかなる仕儀にによるものかは詳らかではないが、母一人子一人の母子家庭で長く海外で暮らし、「数十カ国の人間に接し」、「数十種の仕事に手を染め」、「数十の疾患に罹り」、「今も五指に余る疾患と五指に余る障碍を抱へてゐる」と綴られている。なるほどこれでは惑乱するほかはあるまいと納得する。『惑亂』は書肆侃侃房の「新鋭短歌シリーズ」の一巻として上梓され、中部短歌會叢書第277篇とされている。跋文は中部短歌會主宰の大塚寅彦。異色ながらブラウン大学で堀田と共に学んだ俳優の平岳大が前書きを寄せている。
 さて、世代的に堀田がどんな年代に属するかと探してみると、1975年生まれの歌人には生沼義朗、永田紅、笹公人などがいる。黒瀬珂瀾が2歳下の1977年生まれだが、『現代短歌最前線新響十人』(北溟社 2007年刊)に収録されている歌人とほぼ同世代と言ってよい。しかしながら、旧仮名遣と旧漢字を用いた文語定型という形式面でも、また美意識の面においても、堀田の孤立は際だって見える。いくつか歌を引くが、OSの関係で旧漢字を表示できず新字になっているのを断っておく。
朝なさな血痰吐けば冠したし赤ら引くてふ枕詞を
決潰の目玉をすする食卓に秋のひかりは淫のごとしも
紫貽貝の毒そのひとつドウモイ酸に脳侵さるる夢見て脳は
熱ありて白川夜船を漕ぎゆけば沈没前の(あした)のひかり
龍井(ロンジン)茶のふかきみどりを滴滴と(のみど)におとす時さはにあれ
わがむくろ土に崩れてももとせの時しめぐらば黒百合よ咲け
 衒学趣味と耽美的傾向において黒瀬にいささか似るところがあるが、口語・フラット・低体温全盛の現代短歌シーンに置いてみると、異色というほかはない。ある日、突然に外惑星から飛来して地上に落ちた隕石のようだ。その隕石はもちろん黒光りしているのである。
 あとがきに数十の疾患に罹ったとあるように、堀田は生来病弱であったようで、幼少から死を身近に感じていたにちがいない。そのことは上に引いた一首目、三首目、六首目に見てとれる。死と疾患を抱える自己の身体は、堀田の重要な主題である。また病弱な少年は読書と空想に耽溺するものだ。堀田の文学の根はそのあたりに存したと考えられる。
エジプトに緑の季節ありしころ獅身女(スフィンクス)をば撫でし神の手
彗星の回帰するたび痩せてゆくわが全身像(シルエット)レンズにさらす
ヒルベルト空間すでにおとろへてある日名残の雪降りだすも
他の天体と意味ある角度なさぬとき月は空白(ボイド)の時を(かな)しむ
銀河てふ環の断面を環の中の星より観たり銀河(びと)われ
 一首目ではナイル川の流域に緑が溢れていた古代に思いを馳せ、二首目では宇宙空間を数十年の周期で旅する彗星を思い、三首目では微分方程式を解くヒルベルト空間を持ち出すという多彩さである。四首目は占星術のことかと思うが、英語のvoidは宇宙空間・虚空を意味することも押さえてある。五首目では夏の夜空の銀漢を詠んでおり、夜空に帯のように見える天の川はレンズ状の環であり、われわれの住む地球もまた銀河の中に位置するので、その意味でわれわれは銀河人だと言っているのである。
 このような歌について、跋文を書いた大塚寅彦は、「宇宙的なスケールの思考が、そのまま自身の生命と身体性につながる思念に重なっており、従来の死生観を詠んだ観念歌とは一線を画すものと言える」と述べている。それは確かにそうなのだが、私が思いを馳せるのは、堀田がどのようにしてこのような世界観を獲得したのかということである。それはおそらく読書と空想から得たものだろう。だからブッキッシュというのが堀田の短歌のもうひとつの特徴である。ちなみに英語のbookishには、「本好きな」という意味以外に、「学者ぶった」「(実際的でなく)机上の」や、「文語調の、堅苦しい」という意味もあり、このすべてが当てはまるのである。
自らを嘘吐きと述べしエピメニデスその言説を吾は信じつ
むらきもの蛭子の神の産みのおや伊邪那美こそをにくめよ海鼠
レヴィ=ストロース読むなかれ。どの構造もよめばよむほど土台が揺ぐ
智天使(ケルビム)の不可思議の火に囲まれて楽園(エデン)は待ちをりわれの帰還を
非凡とはやがて悲しきものと()ふつきのわぐまの白化個体(アルピノ)のごと
 集中の歌の至る所にギリシア・ローマ神話や聖書や世界中の文学・伝承への言及が見られ、塚本邦雄を思わせるものがある。博覧強記の証ではあるが、人によっては衒学趣味と取る人もいよう。また上の四首目と五首目には強い自意識と矜恃が見てとれるのだが、これもまた読書に耽る知的に早熟で孤独な少年時代を過ごした人間によく見られるものである。
 異才の登場と言ってよい。堀田の短歌はその含有する微量の毒によって輝く。その肉体が抱える疾患に屈することなく、さらに詩作を続けてほしいと願うばかりである。もうひとつ欲を言えば堀田の句集を見てみたい。この願いが遠からず叶うことを願いつつ稿を閉じよう。