第266回 生駒大祐『水界園丁』

枯蓮を手に誰か来る水世界

 生駒大祐『水界園丁』

 

 先週日曜(2019年9月29日)の朝日新聞の俳句時評で、青木亮人が生駒大祐の句集『水界園丁』を取り上げて、「後生まで令和俳句の第一歩と語られるだろう」と書き、「ゆと揺れて鹿歩み出るゆふまぐれ」という句を引いていた。そこで早速版元の港の人から取り寄せた。

 まず句集の題名がよい。「水界」には、水の世界という意味と、水と陸の境界という二つの意味があるが、おそらく前者だろう。小学館の日本国語大辞典には、山水経の「世界に水ありといふのみにあらず、水界に世界あり」という件が引かれている。この句集は水がテーマなのだ。園丁はgardenerであり庭師だ。広大な庭を一つの世界として作り上げる庭園は人類の昔からの夢の一つである。園丁はその管理人であり、創造者でもある。

 次に装幀がよい。ぶ厚い厚紙を表紙に用いたハードカバーで、表紙の色は薄墨色。「水界」と「園丁」という文字が色違いで大きく圧押しされている。歌人で俳人で造本作家の佐藤りえがこの装幀について詳しく解説している。驚いたのは用いられている紙で、片側がつるつるでもう片側がざらざらの紙なのだ。佐藤によればおそらくキャピタルラップという名前の紙だそうだ。ふつうは包装に用いられるもので、本の用紙として使うのは異例らしい。装幀はセプテンパーカーボーイの吉岡秀典。1ページに二首配されて155ページある。構成は、冬、春、雑、夏、秋の部立てとなっている。

 生駒大祐は1987年生まれ。「天為」「オルガン」「クプラス」を経て現在は無所属。第三回摂津幸彦記念賞、第五回芝不器男俳句新人賞を受賞というかんたんなプロフィールが添えられている。私の印象では短歌よりも俳句の方が師系が重要である。そこで調べてみると、「天為」は元東大学長の有馬朗人によって東大ホトトギス会をベースに作られた俳誌で、師系は山口青邨とある。山口は東大工学部教授で、東大俳句会、東大ホトトギス会の創始者であり、有馬の師でもある。ということは生駒も有馬のもとで東大俳句会で活動していたのだ。したがってルーツはホトトギス系の伝統俳句ということになる。「オルガン」は鴇田智哉を中心とする同人誌で、「クプラス」は高山れおなや佐藤文香らが編集する俳句文芸誌のようだ。

 さらに調べてみると、生駒は俳句甲子園に三重県の高田高校のチームBのメンバーとして出場している。2003年の第6回大会である。生駒は「水槽に緑夜浮かびてアンデルセン」と「河童忌や火のつきにくい紙マッチ」という句を出している。その年の優勝校は俳句甲子園常連の開成高校で、大将は山口優夢。決勝戦の句は「火蛾二匹われにひとつの置き手紙」であった。

 前置きが長くなったが中身の句である。前半から水のからむ句を引く。

鳴るごとく冬きたりなば水少し

水の世は凍鶴もまたにぎやかし

金澤の睦月は水を幾重かな

初空や水とはうしなはれやすき

水の中に道あり歩きつつ枯れぬ

水は日の光に涸れてゐたりけり

二ン月はそのまま水の絵となりぬ

雪解水に溶けゐるくれなゐを思へ

水折れて野原を進む薺かな

広がりし桜の枝の届く水

 いずれも端正な有季定型句である。句意の取りやすいものを挙げると、三句目は正月を金沢に遊ぶと町を流れる川の印象が残ったか。最後の句は水面に枝を広げる桜で、例えば琵琶湖北端の海津大崎の光景が目に浮かぶ。残りの句には水が少ないとか水が涸れる様を詠んだ句が目につく。七句目も美しく、二月の風景がそのまま水の絵になったという。本句集にはよく「絵」の語彙が登場するのも一つの特徴である。

 しかし俳句の鑑賞は短歌よりも難しい。何か手がかりはと探すと、佐藤文香編『天の川銀河発電所 現代俳句ガイドブック Born after 1968』(左右社 2017)があった。その中で上田信治と佐藤文香が生駒について語っている。曰く、「この人は誰よりも俳句が好き」、「生駒さんは何かを踏襲して書く人。そしてそこに添加されるロマンチックさがある」、「ルービックキューブの揃っている色をがちゃがちゃにするみたいにして、言葉とかイメージをすこし複雑錯綜したものにしていくんだけど、でもモチーフは、世界に対する愛情、あるいはかって実現された俳句のよさにある」、「言葉を自己運動させて書いているんだって言い張りながら、それでもなお、ああ、と声が漏れるところに真価があるような気がする」等々。

 どうやら生駒は言葉を自己運動させて句を作ると言いながらも、過去の俳句を踏まえているという作風らしい。どこが過去の俳句を踏まえているかを論じるのは私の手に余る課題なので、虚心坦懐に鑑賞することにしよう。

真昼から暗むは雨意の帰り花

せりあがる鯨に金の画鋲かな

にはとりの首見えてゐる障子かな

霜の野を立つくろがねの梯子かな

幸せになる双六の中の人

 一句目、「雨意」は雨の降り出しそうな気配の意。真昼間に今にも雨が降り出しそうな暗い空となり、ふと見ると季節外れの花が咲いている。季語は「帰り花」で冬。暗むのは空なのだが、帰り花が暗んでいるかのように見え、そこに憂愁が感じられる。二句目はなかなかシュールな句だが、鯨は実景ではなく絵ととってはどうだろう。ならば画鋲が打ってあるのも頷ける。画鋲で壁に留めるのは子供の絵である。季語は「鯨」で冬。三句目、障子の隙間から鶏の首が見えているという句。季語は「障子」で冬。四句目、霜の降りた冬の野原に鉄製の梯子が立っているという句である。しかし梯子は自立しないので、何かに立て掛けてあるはずなのだが、それが示されておらず不思議な光景である。双六遊びは正月に親戚の子供たちが集まる折などによくする。骰子を振って駒を進めるが、これが人生ゲームだと吉凶が分かれる。しかし正月のお約束のように結末は幸せなのである。

 平井照敏編『現代の俳句』(講談社学術文庫)所収の平井照敏「現代俳句の行方」という文章は1992年に書かれたものだが、俳句を考える上で今でも参考になる。平井は近代の俳句の辿った歴史を「詩」と「俳」という二要素の相克として読み解くことを提案している。「俳」とは伝統的な俳味を守ろうとする態度で、「詩」とは伝統を打ち破り新しいポエジーを俳句に求める運動である。虚子に対する秋桜子がそれだという。降っては飯田龍太や森澄雄は俳の側、金子兜太や高柳重信は詩の側だとする。しかし時代が進むにつれて、詩と俳の二分法は複雑錯綜して分けがたくなるという。

 確かに頷ける論だが、一人の俳人が俳から詩へと移ることもあれば、一人の中に俳と詩とがある配分で共存することもあるだろう。その伝で行くと、生駒は俳に軸足を置きながらもその中に詩を求めて行くというようになろうか。

薄紙が花のかたちをとれば春

のぞまれて橋となる木々春のくれ

星々のあひひかれあふ力の弧

西国の人とまた会ふ水のあと

瓜の花冷たし水の中の手も

列車の灯糸引きて去る緑雨かな

夏の櫂冷たく差し出されにけり

 美しい句が並ぶ。一句目、何かの包装紙か、薄紙が花の形を取ると春になるという。春の花はまとこに薄紙のごとくに脆く儚い。二句目、山に立つ木が切り倒されて材木となりやがて橋となる。しかし今はまだ山に聳えており、不思議な時間の経過を感じさせる。三句目はスケールの大きくダイナミックな句である。星と星が引き合う引力を詠んでいるが、もちろん引力は目に見えない。従って写生の句ではない。作者が心の目で感じているのである。「私に初期値を与えれば、何百年後の星々の位置を計算してご覧にいれよう」と豪語したラプラスを思わせる句だ。四句目は句意が取りにくいながらもどこか魅力的な句である。俳句にはこういうことがあって、「南国に死してご恩のみなみかぜ」という摂津幸彦の句も意味がよくわからないながらに忘れがたい。六句目、雨のために列車の灯火が残像として糸を引くように流れてゆく光景。季語は緑雨で夏。

 生駒の俳句はこのように写生の句ではない。コトバから作る句である。しかし葛粉を作るときに、何度も何度も水で洗って不純物を流して精製するように、コトバを洗って濾過して抽象化する一歩手前で留め、それを使って廃園の園丁のように世界を組み立てる、そのように感じるのである。

天体のみなしづかなる草いきれ

夕凪の水に遅れて橋暗む

流されて靴うしなへる氷旗

水澄みて絵の中の日も沈むころ

七夕待つ水のおもてを剪り揃へ

次の絵に変はれば秋の揚羽蝶