第54回 『現代詩手帖』特集「短詩型文学新時代」

 『現代詩手帖』6月号が「短詩型新時代 詩はどこに向かうのか」という意欲的な特集を組んでいる。黒瀬珂瀾編の「ゼロ年代の短歌100選」と高柳克弘編の「ゼロ年代の俳句100選」も掲載されており、ここ10年の短歌界と俳句界を俯瞰するのに好適なアンソロジーとなっている。また岡井隆・松浦寿輝・小澤實・穂村弘の座談会、城戸朱理・黒瀬珂瀾・高柳克弘の鼎談、平田俊子・穂村弘の対談という豪華なラインナップに加え、多くの若手歌人・俳人・詩人の論考とエッセーが収録されており、読み応え十分な内容である。
 現代詩では短歌・俳句を短詩型文学と捉えて領域横断的に俯瞰することで、詩に活力を取り戻そうという動きがある。現代詩は自由詩で形式の約束事がなく、一方短歌・俳句は伝統的定型詩というちがいがあるので、ポエジーを発生させる回路が異なり、そこが詩の拡大につながるのだろう。また詩人のなかには俳句を作る人がけっこういて、清水昶のように本格的な句集を持つ人もいる。最初の出発点は新聞俳句の投稿だったという人も多い。今回現代詩の側からの提案でゼロ年代の短歌と俳句を俯瞰する試みが行われたのはおもしろいことである。短歌の側からの提案で同様の試みができないのだろうか。座談会で岡井は短歌界と現代詩の交流がほとんどないことを嘆いている。
 ゼロ年代はおそらく最初は批評の世界で使われ始めた用語で、2000年から2010年を指す。新世紀を迎えた2001年に9.11同時多発テロが起きたことは象徴的で、世界はグローバル化と液状化とが同時進行しているようにも見える。この10年間に作られた短歌と俳句にはそれがどのように反映されているだろうか。
 黒瀬は、戦後の第二芸術論を乗り越えるために提唱された土屋文明の「生活即短歌」と近藤芳美の「今日有用の歌」というアララギ戦略と、これに対抗する前衛短歌という流れがあり、それを引き継いで行く形で修辞の変革が起きたというのが昭和30年代から60年代までの様相だとまとめた後に、肯定するにせよ否定するにせよ共有されていたそのような戦後短歌の価値観が分散してきたのがゼロ年代の特徴だとしている。つまり戦後短歌のテーゼが共有されていた時代から一歩違う位相に突入したということである。このような認識を踏まえて黒瀬はゼロ年代を過渡期と捉え、新旧の価値観が併存していることを示すように選歌したという。発表年代順に並べられた100首の短歌は、確かに作者の年齢層もばらばらで、伝統的な文語定型もあれば完全口語の歌もある。
たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔
                 飯田有子『林檎貫通式』01年1月
おそらくはつひに視ざらむみづからの骨ありて「涙骨オス・ラクリマーレ」                      塚本邦雄『約翰傳偽書』01年3月
目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき
        穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し〈ウサギ連れ〉』01年7月
神はいづこぞ晴れわたりたる海境にちかちかと千の針降りやまず
                雨宮雅子『昼顔の譜』02年7月
 最初期から何首かを引いた。これだけでも歌姿の多様性に頭がくらくらするほどである。完全口語の飯田の歌、前衛短歌の技法をほとんど留めない塚本の歌、加藤治郎が「短歌の死」と形容した穂村の話題作、これぞ伝統定型という雨宮の歌。こうして並べてみると、互いにほとんど接点がないようにすら見える。一首一首は読んだことのある歌でも、10年間という切り口で年代順に並べることで初めて見えて来る歌の風景というものがある。その意味で興味尽きないアンソロジーと言えるだろう。
 同時に100首に選ばれた作者のなかに物故者が多いことにもいやおうなしに気づく。斎藤史、塚本邦雄、上野久雄、高瀬一誌、春日井建、前登志夫、中澤系、近藤芳美、笹井宏之、竹山広、森岡貞香らはこの10年間に亡くなっている。このうち中澤系と笹井宏之は若くして亡くなっているが、他は名実ともに戦後短歌の担い手であった人たちである。世代交代が進んだことで、戦後短歌という認識が薄れたと黒瀬が言うのもうなずける。
 短歌界の混迷と対比的に驚かされるのは、俳句界の盛況ぶりである。「ゼロ年代の俳句100選」の選句を担当した高柳克弘は、先頃句集『未踏』で第一回田中裕明賞を受賞している。この賞は惜しまれつつ2004年に45歳の若さで他界した田中裕明を顕彰するために創設された賞であり、清新な高柳の句集はまことに第一回受賞にふさわしい。高柳の選句は今の俳句界の全体的傾向を表しているわけではないが、形式の可能性を拡大した句、つまり従来の表現史に新しいものを付け加えたものを意識して選んだと述べている。
《蝶来タレリ! 》韃靼ノ兵ドヨメキヌ  辻征夫『貨物船句集』
わたくしに烏柄杓はまかせておいて     飯田晴子『平日』
揚雲雀空のまん中ここよここ     正木ゆう子『静かな水』
にはとりの血は虎杖に飛びしまま      中原道夫『不覺』
気絶して千年氷る鯨かな    富田拓也『青空を欺くために雨は降る』
台風がいすわるウィトゲンシュタインも  坪内稔典『水のかたまり』
 一見してベテランも若手も新しい俳句表現に挑戦していることがわかる。その多彩さは混迷からはほど遠く、読んでいて楽しい限りである。城戸朱理と黒瀬珂瀾との鼎談で高柳は、自分の上の世代は伝統的な結社中心で、下の世代は俳句甲子園出身が多く結社とは離れた所で句作しており、自分はその裂け目を繋ぎたいと抱負を述べている。また自分はあくまで俳句の表現史というものを意識したいと続けている。「表現史を意識する」とは、それまでの表現技法をただ踏襲するのではなく、また歴史性をまったく無視してゼロから始めるのでもなく、歴史性を踏まえた上で自分がそれに何を付け加えることができるかを考えるということである。何という健全でまっとうな態度だろうか。俳句の将来は明るい。若手を中心とした論考とエッセーでも、歌人に較べて俳人の方が表現に踏み込んだ文章を書いている。ここでもどうも短歌の方が劣勢なのだ。奮起してもらいたいものである。
 俳人のエッセーで特におもしろかったのは、1969年生まれの関悦史の「現代詩読者から俳句作者への漸進的横滑り」だった。最初は現代詩を作り短歌も作ったことがある関は、最終的に詩と短歌を放棄して俳句のみを作るようになったという。その理由として関は次のような俳句特有の生理を挙げている。
「俳句は自由詩に比べ、世界とむき出しで対峙せずに済ませることも容易に出来る。結社や師弟といった制度を引きずり、前近代的技芸の枠に引きこもれるからばかりではない。説話論的持続を最低限に減殺し、断裂・飛躍を呼び込む形式自体に『世界対私』という枠組みを明るみへと溶融させる契機があるからである。それを初心者向け教育法に仕立てたのが高濱虚子の『花鳥諷詠・客観写生』で、これはいわば出来合いの自我・感情を去勢・無頭化した上で詠み手の真の主体を『花鳥』の擬似世界へと開かせるカリキュラムである。わずかな例外を除いて詩人・小説家の俳句が陳腐なのはこれに相当する手続きを怠り、既成の自我にじかに語らせた『短い短歌』にしてしまうからだ。(…)大我なり他界なりへと主体が開けていれば良い。自我が直接対決しないことがそのまま世界への向かい合いとなり得る回路もこの形式にはおそらくある」
 さすがは第11回俳句界評論賞を受賞した論客である。用語・概念の自分への引き寄せ方の強引さに説得力がある。上の文章で関は、短歌が基本的に私語りであるのに対して、俳句は出来合いの自我をいったんカッコに入れた上で、花鳥の擬似世界へと開く回路を用意しているという。関の言う花鳥の擬似世界とは、永田和宏が短歌創作における「虚数世界」と呼んだものとおそらくは同じものである(『表現の吃水』所収「虚数軸について」)。だとすれば短歌もベタな私語りであるはずもなく、新たな〈私〉への回路をその形式の裡に秘めているはずである。しかし関も言うように、短歌においてそれをなし続けるためには「作者の側に断固たる世界観とそれをリアライズする修辞を組織し続ける執念が必要」だというのもまた、認めなくてはならない事実だろう。短歌と俳句とはそのあたりの生理が異なるということか。
 インターネット上では俳句批評のホームページやブログが花盛りだそうである。短歌はそれほどでもない。どうも俳句の方が隆盛を迎えているらしい。これから少し俳句に目を向けてみようと思いつつ、短歌も負けないようにがんばってほしいと、短歌応援団の読者としては考えてしまうのである。