加藤克巳の「個性」終刊後、結社に属さず独自の活動を続ける高橋みずほの第八歌集である。題名の『白い田』は集中の「白い田に父の寝息が届くよに息をひそめているなり」から。老齢の父が住む北国の冬の田である。
高橋の父君は東北大学名誉教授の植物学者高橋成人。本歌集のテーマの一つは父親の晩年とその死である。父恋の歌が胸を打つ。
すずなすずしろしろきにねむれ父ゆきてしろきにねむれ
父の椅子いなくなりてしばらく欅大樹の木漏れ日をのせ
高橋の歌には字足らずなど破調の歌が多く、本歌集も例外ではない。
ときおり少年の振り返りつつ丸まる影の頭なく
白い田に二本の轍ゆるき曲がりの畦の道
高橋が字足らずの歌に拘り定型をあえて崩すのは、ややもすれば定型の流れに乗って出来事と出来事を結ぶ時間に注がれがちな眼差しを、出来事の間に潜み奥へと沈む別の時間に導くためである。高橋はそれを「縦軸の時間」と呼ぶ。
うつくしき玉と思うまどいつつおちる面にてゆくさきざきへ雨の玉
染みわたる今日のおわりのひかりに鱗ひと片輝く形
満月にすこしかけたる白月が朝顔蔓の輪に入りつ
あるときは歌の韻律の流れが抵抗に遭って澱み、またあるときは早い流れに思いがけず遠くまで運ばれる。そこに韻文ならではの濃密な時間と意味の広がりが立ち現れる。消費される言葉の対極にある本歌集は、とりわけじっくりと味わわれるべき歌の花園である。
『うた新聞』2018年8月号(第77号)に掲載