フランス語の文法書で基本文型についてきちんと説明しているものは意外に少ないものです。基本文型とは、疑問文・命令文・感嘆文などを除く平叙文の主節において、どのような要素がどんな順序で並ぶかをタイプ分けしたものをいいます。英語ではふつうSV、SVC、SVO、SVOO、SVOCの5文型を習うことが多いでしょう。不思議なことにフランス語ではこのように教えることはあまり一般的ではありません。
文を形作る構成要素は、名詞・動詞・形容詞などのいろいろな品詞 (partie du discours) です。しかし、これらの品詞は文の中で文法機能 (fonction grammaticale) を持ちます。ですから基本文型は品詞ではなく、文法機能によって記述しなくてはなりません。フランス語の文の中で品詞が持つ文法機能には次のようなものがあります。(注1)
(1) a. 主語 (sujet)
b. 直接目的補語 (complément d’objet direct)
c. 間接目的補語 (complément d’objet indirect)
d, 状況補語 (complément circonstanciel)
e. 属詞 (attribut)
英文法の用語とのちがいに注意しましょう。英文法で補語 (complement)というと、次の例の斜体太字の部分をさします。
(2) John is a teacher.
ジョンは先生だ。[主格補語]
(3) I found the book interesting.
私はその本をおもしろいと思った。[目的格補語]
しかしフランス語では英語の「補語」を「属詞」(attribut) と呼びます。フランス語で補語 (complément) というのは、主語と属詞以外のすべての句をさします。たとえば次の文では、主語のCélineと動詞の a rencontréを除いて、後は全部補語と呼ばれます。英文法では à la Gare de Lyon「リヨン駅で」のように場所を表したり、la semaine dernière「先週」のように時間を表す語句は「付加詞」(adjunct) と呼びますが、フランス語では補語になります。(注2)
(4) Céline / a rencontré / une vieille amie / à la Gare de Lyon
主語 動詞 直接目的補語 状況補語
/ la semaine dernière.
状況補語
セリーヌは先週リヨン駅で旧友にばったり出会った。
主語をS、動詞をV、直接目的補語をCOD、間接目的補語をCOI、属詞をAと略称すると、フランス語の基本文型は次のようになります。(注3)
i) S-V
Jean travaille.
ジャンは働いている(働く)。
動詞は目的補語を取らない自動詞 (verbe intransitif) です。
ii) S-V-A
Annie est pianise.
アニーはピアニストだ。
Pierre restera célibataire.
ピエールは独身のままだろう。
動詞はコピュラのêtreの他に、rester「〜のままでいる」、devenir「〜になる」、paraîrre「〜のように見える」などの準コピュラ動詞 (verbe copulatif) です。属詞は主語にかかる主語の属詞 (attribut du sujet) です。
iii) S-V-COD
Luc regarde la télé.
リュックはテレビを見ている(見る)。
動詞は直接目的補語を取る他動詞 (verbe transitif) です。
iv) S-V-COI
Nicole ressemble à sa tante.
ニコルは叔母さんに似ている。
Lucie s’occupe de ses enfants.
リュシーは子供たちの世話をする。
動詞は間接目的補語が必要な間接他動詞 (verbe transitif indirect) です。(注4)
v) S-V-COD-COI
Karine a offert un stylo à son père.
カリーヌはお父さんに万年筆をあげた。
動詞は直接目的補語と間接目的補語の両方を取る動詞です。
vi) S-V-COD-A
Je trouve ce flim intéressant.
私はこの映画はおもしろいと思う。
属詞は直接目的補語の属詞 (attribut de l’objet direct) です。
ここでひとつ注意しておきたいのは直接目的補語と間接目的補語の見分け方です。英語には次のような二重目的語構文があります。
(5) I gave Peter a book.
私はピーターに本をあげた。
Peterは間接目的語、a bookは直接目的語なのですが、どちらも裸の名詞で形だけでは見分けがつきません。しかしフランス語にはこのような二重目的語構文はありません。フランス語では動詞に続く裸の名詞が直接目的補語で、間接目的補語には必ず前置詞のàかdeが付きます。次の例では前置詞のない un livreが直接目的補語で、前置詞のあるà Pierreが間接目的補語です。
(6) J’ai donné un livre à Pierre.
私はピエールに本をあげた。
さて、上に示した i)〜vi)の基本文型は構文として必ず必要な要素だけをあげているので、状況補語や副詞などのその他の要素は入っていません。場所や時を表す状況補語は文の中のあちこちに置くことができますが、基本は次の三箇所です。
(7) 文頭
En France, on roule à droite.
フランスでは車は右側通行だ。
(8) 動詞の直後
Le café occupe dans la vie des Français une place importante.
カフェはフランス人の生活で重要な位置を占めている。
(9) 文末
Mon grand-père avait l’habitude de promener son chien dans le jardin public.
祖父は公園に犬を散歩に連れていくのを日課にしていた。
これ以外の場所に状況補語を置くときは、前後にヴィルギュール ( , )を置きます。ヴィルギュールに挟まれた語句は挿入句 (incise) となります。
(10) Il est courant, dans beaucoup de pays, d’attendre que celui qui parle ait terminé pour prendre la parole.
多くの国では話している人が話し終えるのを待って発言するのがふつうだ。
では上にあげたフランス語の基本文型は、実際にはどのくらいの頻度で使われているのでしょうか。少し古い文献ですが、次のような調査結果があります。(注5)数字は見つかった用例の数です。順位が飛び飛びになっているのは、C’est構文やIl y a構文などの非人称構文を別に数えているからです。
1位 S-V-COD [415]
2位 S-V-A [244]
3位 S-V [234]
4位 S-V-COI [115]
9位 S-V-COD-COI [16]
13位 S-V-COI-COD [10]
16位 S-V-A-COD [6]
数から見ると、上位の4位までが圧倒的に多いですね。9位や13位の目的補語を二つ持つ文は実際には少ないことがわかります。
さて、基本文型を構成する主語や直接目的補語や間接目的補語は、それがなくては文が成り立たない必須要素です。これにたいして状況補語は場所や時間の情報を付け加えて文の意味をより豊かにするものとされています。
しかしこう考えると都合の悪いこともあります。次の例文を見てみましょう。
(11) Ma grand-mère habite à Nice.
私の祖母はニースに住んでいる。
(12) Je vais à Londres demain.
私は明日ロンドンに行く。
(13) Elle pèse quarante-huit kilos.
彼女の体重は48kgだ。
(14) Ce livre coûte vingt euros.
この本の値段は20ユーロだ。
(15) Je me souviens de cet événement.
その出来事は覚えている。
(11)でもし à Niceを取ってしまうと、*Ma grand-mère habite.「私の祖母は住んでいます」となり、意味をなしません。他の例も同様です。同じ à Niceという前置詞句でも、次の例文では必須ではない状況補語です。à Niceを取り去っても文として成立します。
(15) Claire a trouvé un bon appartement à Nice.
クレールはニースでよいアパルトマンを見つけた。
このため最近では (11)〜(14)の斜体太字の補語を complément essentiel 「必須補語」と呼ぶようです。この場合、補語はもう単なる「補い」ではなく、文とって必要な要素になります。
ということは à Niceという前置詞句は、それ自体では省略可能な補語かそれとも必須補語かが決まっているわけではなく、(11) の動詞 habiterが必須補語を必要とするために、à Niceは必須補語という役割を果たしているということになるでしょう。この意味でも文を作る主役は動詞だと言えます。
(注1)(1)に挙げたもの以外に「同格」(apposition) を文法的役割に含めることがあるが、それがはたして適切かどうかは議論の余地がある。
(注2)「補語」(complément) という用語はフランス語の世界では古くから使われていて、人によって意味するものが少しちがうことがある。たとえば la montre de mon père「父の腕時計」のように名詞の意味を限定したり、Elle est allergique à la farine.「彼女は小麦アレルギーだ」のように形容詞の意味を限定する語句も補語と呼ぶことがある。
(注3)主語 (S) や直接目的補語 (COD) や属詞 (A) は文法機能 (fonction grammaticale)だが、動詞 (V)はそうではなく品詞である。したがってS-V-CODなどの基本文型は、文法機能と品詞が混在した不ぞろいなものである。このことは言語学では古くから認識されていた。ここでは伝統に従うものとする。
(注4)間接他動詞という分類を認めず、ressembler à 〜、obéir à 〜などを自動詞に含める立場もある。
(注5)Corbeil, Jean-Claude, Les structures syntaxiques du français moderne, Klincksieck, 1968.