第326回 今井聡『茶色い瞳』

一枚の玻璃を挟みてそれを拭く男とわれと生計たつきちがへり

今井聡『茶色い瞳』

 おそらくゴンドラに乗った作業員がビルの窓の外側を清掃しているのだろう。歌の〈私〉はビルの中にいてオフィスワークをしている。一枚のガラスを挟んでの内と外という空間的対比は、事務職と肉体労働という仕事の対比に重ねられている。一枚の透明な窓ガラスによって人の境涯のちがいが鋭く表現されていて、印象深い歌となっている。

 今井聡は1974年生まれ。2003年にコスモス短歌会に入会し、奥村晃作を師と仰ぐ。2009年に本歌集にも収録されている連作「茶色い瞳」で第24回短歌現代新人賞を受賞している。『茶色い瞳』は今年 (2022年) 2月に上梓された第一歌集である。版元は六花書林、装幀は真田幸治、栞文は石川美南、内山晶太、奥村晃作。編年体で構成してあるが、2020年から21年の近作が集められている第III部が全体の4分の3を占めている。その割には付箋が付いた歌は歌集前半に多かった。

 今井が所属しているコスモス短歌会は、北原白秋の「多摩」を継ぐ形で宮柊二を中心に1952年に結成された結社である。宮が掲げた理念は短歌作品による「生の証明」で、その理念は師の奥村を通じて今井へと繋がっているようだ。

土中よりコンクリ片を掘り出せるショベルカーその動きくはしも

空をゆく雲のかたまり裂けはじめ千切るるほどにへりの明るむ

空疎なる会議なりしと椅子机片付くる時われは張り切る

宵闇に降りくる雨の滴々を犬はぬかに受けわれはに受く

道端の石蹴りし日はとほくして街灯のしたわが影の伸ぶ

 形式は文語定型で、文字は新漢字に旧仮名遣い、作風は写実を基本とし叙景と人事が半々くらいで感情は控え目である。一首目は工事現場を詠んだ都市詠で、「くはし」は細かい所まで行き届いて精密である様をいう。ショベルカーがコンクリート片を掘り出す動きに着目している。二首目はまるで古典和歌のような叙景歌。雲が千切れてゆくにしたがって、雲の周辺部から日光が差す様を詠んでいて、柄の大きい歌となっている。三首目は職場詠。会議は中身がなかったが、終了後に机と椅子を片づける時に、ようやく意味あることができると張り切る。四首目、降る雨は犬の頭にも降りかかっているのだが、犬が〈私〉を見上げているせいか顔に当たるのが目に止まる。一方、〈私〉はもっぱら頭に雨を受けているという歌。五首目、道端の石を蹴った少年時代は遠くに去り、現在の〈私〉は一日の労働に疲れてとぼとぼと夜道を帰る勤労者である。言葉遣いは端正でザ・近代短歌の趣があると感じる向きは多かろう。華麗なレトリックや言葉遊びには見向きもせず、実直に自らの生の現実を詠う作風は近代短歌のメインストリームと言ってよい。

 さまよえる歌人の会などで親交のある石川美南が栞文に書いているエビソードがおもしろい。師の奥村に初めて会うことになり、駅前で待ち合わせをした今井青年は真夏というのにスーツに身を固めている。そこへ自転車で現れた奥村が炎天下を疾走する後を、今井は汗だくになって追いかけたという。そのことが「おもひいづ師との出会ひは真夏の日、吾は上下共スーツ姿で」と詠まれている。実直な人柄を物語る挿話である。歌風も人柄を反映している。

人間の表情に心に点数をつけゆく仕事ああジンジロゲ

障害者雇用の部署に六年余やうやく為事を愛し始めつ

有休をいただきながらわがからだ「いつもの時間」に目覚めてしまふ

辞めゆかむひとぽつりぽつりその訳を語りて降りぬ市ヶ谷駅で

萎びたる苦瓜のごと垂れ下がり社に残りをり何かを恐る

新しき人のなやみを渋柿の渋とおもひて吾が聴きたり

 表情や心に点数を付ける仕事とは何かよくわからないが、作者はその後、障害者雇用の部署に異動になったようだ。詠まれているのは会社勤めをしている人ならば、誰しも覚えのあることだろう。このような労働詠は古典和歌には見られず、近代短歌が発掘した鉱脈である。ところが現代の若手歌人の短歌にはこのような労働詠は少なくなった。それと入れ替わるように出現したのは非正規雇用の現実を詠んだ歌だろう。

酒たばこのみ放題の方代と虚実綯い交ぜのその歌の華

『右左口』の混沌はながき時を経て『迦葉』で澄めり方代短歌

後代に「無用の人」とあらはされ黄泉に笑まふか方代さんは

素十の句一句一句を書き写す 虚子の賞せし謂われ知りたく

見たまんま俳句と時に揶揄されし素十の句師の御歌に重ぬ

 上に引いた歌にあるように、作者は山崎方代に心を寄せているようだ。「身を用なきものに思ひなして」都落ちした在原業平を始めとして、日本の文芸と無用者が切っても切れない関係にあることは、唐木順三の名著『無用者の系譜』に詳しい。山崎方代も紛れもなくその系譜に連なる歌人である。本歌集にも「安かるも善きものありて日々使ふ椀の底しろく剥げたるがよき」のように方代の境地に繋がる歌がある。今井も心のどこかで自分を無用者と感じているのかもしれない。「石塊のひとつとなりて眠りたし踏まるるもなき深き谿間に」のような歌にそんな気分が感じられる。

 高野素十は虚子門下で、水原秋桜子・山口誓子・阿波野青畝らと4Sと並び称された俳人である。虚子は「厳密なる意味に於ける写生と云ふ言葉はこの素十君の句の如きに当て嵌まるべきものと思ふ」と素十の句を真の写生と褒めた。

方丈の大廂より春の蝶  素十

まつすぐの道に出でけり秋の暮

朝顔の双葉のどこか濡れゐたる

 今井は素十の句を師の奥村晃作の短歌と重ねて見ているのである。

次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く  奥村晃作

わがめぐり次々と鳩が降り立ちて赤き二本の足で皆立つ

一定の時間が経つと傾きて溜まりし水を吐く竹の筒

 奥村の短歌はただごと歌と呼ばれ、時に認識の歌、また発見の歌と言われることもある。読んだ人は「言われてみればなるほどその通り」と感じるからだろう。しかし歌論集『抒情とただごと』(本阿弥書店、1994年)を読むと、ただありのままを詠めばよいと言っているわけではなく、一筋縄ではいかない歌人のようだ。

 本歌集に収録された歌の中では次のような歌にただごと歌の味わいがある。

あさめしにゆで卵剥きひとくちを食めばぽかりと黄味のあらはる

ミニ缶のサッポロビール黒ラベル一缶肴はうにくらげ少し

 集中では次のような歌が特に心に残った。

潦さらなる雨を受け入れて波紋生るるを跨ぎて過ぎぬ

曇天の秋の広場の陶器市うつはは内にみな陰持てり

夕どきのはかなごとわがレモン水飲みつつ一人駅階くだる

坂道をくだりくる夜のテニスボールたかく弾みてわが傍を過ぐ

みつしりと咲くアベリアの花をる足長蜂の空中静止ホバリングみゆ

晴れのなき休日のをはりゆふぐれて曇りの層の仄か明るむ

板橋区蓮根のみ空ひときはに澄みて跳ねたり雀子ふたつ

鶏頭の茎のふときを花器に活けふたつの花の鶏冠あかるし

 内山晶太は栞文で「みつしりと」の歌を引き、日常そうそうその前にとどまることがないものの前にとどまることにより、はじめて目にすることができるものがあると書いている。そしてそれらが「時間というものが本来的に備えているだろう幸福となって姿をあらわす」と続けている。なかなかに美しい分析である。

 私が上に引いた歌を読むときに強く感じるのは「現実の肌理」である。確かに上の歌では忙しく過ごす日常で、私たちがあまり目を止めないことが詠まれている。言ってみればそれはどうでもよいことである。そのような些事が適確な言葉によって陰翳深く彫琢されるとき、私たちの目の前に現実の肌理が濃密な存在感を伴って立ち現れる。それを読む私たちはふだん見過ごしていた現実の豊穣さにいっとき触れて、打たれる。一首を読む時間はごく短いので、目交に立ち現れた豊穣な現実の肌理は須臾の幻のように消えてしまう。しかしながらたとえ眼前から消えたとしても、その残像は歌を読んだ私たちの心の奥深くのどこかの場所に残り続け、それ以後、私たちが身の回りの世界を見る眼差しをどこか変えてしまう。今井の歌はそういう歌である。