第117回 佐藤弓生『うたう百物語』

一本の避雷針が立ちじりじりと夕焼の街は意志もちはじむ
                   浜田到『架橋』
 今回話題にするのは佐藤弓生『うたう百物語』(メディアファクトリー、2012)である。あとがきによると、怪談専門誌『幽』に連載した文章をまとめたものだという。世に怪談専門誌などというものがあることにまず驚くが、お寺の住職を読者とする『寺門興隆』とか、養護教諭向けの『保健室』などという雑誌まであるのだから、怪談専門誌があってもおかしくはない。日本は世界に冠たる雑誌王国なのだ。ちなみに本書の帯文は道尾秀介と穂村弘。表紙装画は黒田潔。いつもの線描イラストではなく、黒の背景に花と昆虫を配した耽美的な絵である。装丁は名久井直子。錦見映理子の歌集『ガーデニア・ガーデン』の装丁を手がけた人で、今注目の装丁家である。
 『うたう百物語』の構成は、一回分が見開き2頁弱の掌編に短歌を一首添えるという形式になっている。題名の「百物語」は伝統的な怪談話の形式で、起源は不明ながら室町時代に遡るともいう。和室に百本の蝋燭を灯し、その場に集まった人が一人怪談話をするたびに蝋燭を一本消してゆく。百本の蝋燭を消したとき、本当の妖怪が出現すると言われている。時には99本の蝋燭を消した段階で話を止めて、朝を待つこともあるとされている。おもしろいことに『うたう百物語』も99話までは掌編と短歌の組み合わせだが、百話目は読者を怪談話会に誘う内容の掌編のみで、短歌は添えられていない。これは本書に佐藤が施した楽しい仕掛けで、百話目の歌は読者自身が詠ってくださいということである。
 注目したいのは掌編と添えられた短歌の関係性である。あとがきによれば、佐藤は連載を始めるに当たって、最初は怪しい短歌を選び、その中にある物語を読み解いてゆくつもりだったという。ところが物語は中ではなく外からやって来た。短歌の前に立ったとき、背後から別の物語が聞こえて来たという。つまり短歌と掌編とは独立したものであり、その間に交感し照応する関係があるということだろう。
 しかし「怪しい短歌」とは何だろうか。佐藤が選んだのは次のような歌である。
きりわけしマンゴー皿にひしめきてわが体内に現れし手よ  江戸雪
鉄門の槍の穂過ぎて春の画の少女ら常春藤きづたの門より入れり
                             山尾悠子
包丁に獣脂の曇り しなかつた事を咎めに隣人が来る  魚村晋太郎
鈍色の客車ひとつら黄昏を地下隧道に入りて出で来ず  山田消児
夕ぐれといふはあたかもおびただしき帽子空中を漂ふごとし  玉城徹
 確かに何やら不穏な気配の漂う歌ではある。江戸の歌の「わが体内に現れし手」は何かの比喩だと思われるが、字義通りに取るとシュールである。山尾の歌にも不思議な感じが満ちている。魚村の歌に登場する包丁はいったい何を切ったのだろう。玉城の歌も比喩なのだが、歌に置かれると比喩が実体的な視覚性を帯び、あたかもルネ・マグリットの絵を見ているような印象を与える。余談ながら山尾悠子の歌が引かれているのが嬉しい。佐藤自身もSFを書いているので、違う畑の人ではないのだ。
 ではこのような歌に佐藤が添えた掌編はどのようなものか。たとえば江戸の歌に寄り添う掌編は、お腹に胎児を宿した女性が数時間前に男から聞かされた偽りの言葉を反芻し、「どんな言葉も、自ら死ぬことはできない。異常細胞と同じだ。言葉は分裂と増殖を始めてしまった」と感じる。そして「傍らで眠るこの人の、偽りを話す口を、塞いでしまわくては」と締めくくられている。「わが体内に現れし手」を文字通り胎児の手に見立てて紡がれた幻想である。
 佐藤の紡ぎ出す掌編は、時に短歌に付き、時に短歌から離れた詩空間に飛翔して、読者を幻想の糸に搦め取る。できれば夏の夜か秋の夜長に、芳醇な香りのウィスキーをちびちびと舐めながら、ひと晩に一編を読むとよかろう。ふだん目にする機会の少ない夢野久作や中島敦の短歌に触れることができるのも楽しい。
 ちなみにいろいろな短詩型文学に触れることができるという点でお勧めなのは、斎藤慎爾編の三部作『短歌殺人事件』『俳句殺人事件』『現代詩殺人事件』(光文社文庫)である。それぞれ短歌・俳句・現代詩を素材に用いた推理小説を集めたアンソロジーで、『短歌殺人事件』『俳句殺人事件』では、頁の欄外に現代を代表する短歌と俳句が添えられていて、一粒で二度美味しい。『現代詩殺人事件』には佐藤弓生の「銀河四重奏のための6つのバガテル」という短編が収録されている。
 最後に集中で私が最も好んだ掌編を紹介しておこう。語り手はタクシーの運転手。深夜に大きな花束を抱えた一人の客を乗せる。客は隣の県の半島の南端まで行ってくれという。走り出すと、客は一人のはずが、後部座席にはいつのまにかもう一人いて、二人の輪郭は怪しく溶け合い、植物の芳香と動物の体臭が強く匂う。やがて夜明けとなり目的地が近くなったときに、「海岸まで降りますか」と問いかけると客は次のように答えた。「ここで、いいです。ここがいい。もう急ぐことはありません。分かれたあとは僕たち、とてもお腹がすくんです。」(原文では「分かれた」に傍点)
タクシーの後部座席が祭域となる 沈黙のぼくらを乗せて  黒瀬珂瀾

第72回 佐藤弓生『薄い街』

暮れながらたたまれやまぬ都あり〈とびだすしかけえほん〉の中に
                    佐藤弓生『薄い街』
 本書は昨年(2010年)末に刊行された佐藤弓生の第三歌集である。本コラムの前身「今週の短歌」で2004年8月に第一歌集『世界が海におおわれるまで』を、そして「橄欖追放」としてリニューアルした第一回目の2008年4月に第二歌集『眼鏡屋は夕ぐれのため』を取り上げているので、佐藤は今回で三度目となり、本コラム最多登場である。
 歌集題名の『薄い街』とは不思議なタイトルだが、巻末近くで稲垣足穂の短編に由来することが明かされる。「この街は地球上に到る所にあります。ただ目下のところたいへん薄いだけです」という引用があり、次に「手ぶくろをはずすとはがき冷えていてどこかにあるはずの薄い街」という歌が、あたかも稲垣の引用にたいする反歌のごとくに置かれている。どうやらこの「反歌」が本歌集のコンセプトらしい。本歌集で引用されているのは泉鏡花、安西均、澁澤龍彦、吉田秀和、シュペルヴィエルなどで、このような構成によって一巻が言葉の交響曲のようにも感じられる。
 さて、本歌集の内容だが、私は通読してこの歌集は〈声〉をめぐる主題と変奏ではないかと感じた。どこからか声がする。その声はこの世のどこからか聞こえて来るのかもしれないし、この世ならぬ場所から聞こえて来るのかもしれない。低く流れるその声に〈私〉はじっと耳をすます。そのような印象を受ける歌が多い。たとえば次の歌にははっきりと声が登場している。
満天にいま噎せかえる沈黙の、死後の朝より呼ぶ声きこえ
ドードーの声はしらねどほろぶべき歌ドードーの声もてうたう
毛穴おしひらかるる春おしなべて木々はくるしき声もつものを
こよなし とアジサシならぬ声すれば今宵こよなく美しい鳥
おひさま、とつぶやく声に中陰を泳いでおいでわたしの睡魔
風かつて声帯をもてかく云えり──おれはことばといっしょに死ぬよ。
あとすこし、すこしで星に触れそうでこわくて放つ声──これが声
 「死後の朝」とあるから一首目の声はこの世の外から聞こえる声だろう。二首目のドードーはもう絶滅した鳥なので、誰もその鳴き声を知らない。しかしその知らないはずのドードーの声で歌うという断言が世界の反転を生む。三首目では木の声が詠われているが、これは自然の人格化であり、逆方向の人間の自然化と並んで佐藤の歌にはよく見かける対象把握である。四首目は「こよなし」「こよい」「こよなく」の音連鎖がひとつの眼目である歌だが、「アジサシならぬ声」とは不思議な声である。このことは五首目の歌にも言えて、いったい誰の声なのかわからない。ちなみに「中陰」とは仏教用語で、死んで次の生に転生するまでの期間をいい、四十九日のことである。六首目は風の声で、「おれはことばといっしょに死ぬよ」は澁澤龍彦の『高丘親王航海記』からの引用。
 これらの歌を見てもわかるように、誰の声なのかとか、どこから聞こえて来るのかなどと問うても無駄なのだ。それは世界に満ちている声なのである。作者はその声にそっと耳をすます。そのとき口から流れ出る歌には、悲しみとかすかな滅びの予感が刻印されている。
 世界に満ちている声は、果てしない日常を生きる我ら凡夫の耳には聞こえない。そんなものに耳を傾けていたら仕事にならないからである。詩人の仕事は我ら凡夫に代わって秘やかな声を聴くことである。私たちが詩人にたいしていささかの無軌道や放埒を大目に見るのはこのためである。
 佐藤の作風については過去二回のコラムで詳しく論じたので、ここで繰り返すことはしないが、本書を読んであらためて感じるのは佐藤の短歌における〈私〉の設定の自在さである。いやむしろ融通無碍と言うべきか。古典和歌の持つ普遍性・抽象性・集団性から、明治の短歌革新を経て個別性・具象性・個人性へと転轍して以来、近代短歌は〈私〉の一貫性を基軸としており、それは今でも変わらない。若手歌人においてもほとんどはそうである。例として若手の実力派・澤村斉美の歌を引いてみよう。
グラウンド・ゼロの廻りをわが行けばからびし飛蝗足を追い越す
              澤村斉美「視界のアメリカ」『豊作』4号
かはきゆくみづのかたちを見てゐれば敷石の上ひかりうしなふ
絵はとほく言葉に隔てられてをりノートの中の冷たきひかり
 これらの歌には明確な視点に支えられた一貫した〈私〉がある。言葉のすべてはたとえ遠くに飛ばされても、最終的には一人の〈私〉へと送り返されるという構造になっている。ところが佐藤の歌の〈私〉はときに風となり、ときに虫となり、あるいは他人になって、あらゆる時空に出現するのである。
まてんろう 海をわたってわたしたち殖えてゆくのよ胞子みたいに
エリス・アイランドの霊のひとつなるわたくしでした 日本ここに生まれて
新世界交響曲は耳に雪触れくるようでしたか、ジョバンニ
いっせいにミシンのペダル踏む学園あたしは赤い暗号を縫う
酢のような夕映えだからここにいるぼくらは卵生だった きっとね
 一首目の「わたしたち」はヨーロッパから大西洋を渡って新大陸に移民した人たちで、エリス島は入国管理事務所のある島だった。歌の中の〈私〉は移民のなかの一人かと思えば、二首目では日本に生まれたとなっている。三首目では『銀河鉄道の夜』の主人公に語りかけていて、四首目では女学園の生徒らしく、五首目の「ぼくら」が誰なのかはまったくわからない。ファンタジーと言ってしまえばそれまでなのだが、短歌を徹底して一人称の文学だと考える立場からは批判があるだろう。
 同じことは時間についても言える。佐藤の歌には未来を懐かしみ過去を前望するような転倒した時間がある。
階段にうすくち醤油香る朝わたしがいなくなる未来から
星動くことなき夜のくることもなつかし薄き下着干しつつ
ぜったいに来ない未来のなつかしさバナナフィッシュの群れのまにまに
ほがらかに喪服の群れがくだりくる朝のメトロに 生はなつかし
 一首目では未来から醤油の香りが匂って来るのだが、その未来には私はもういない。存在と非在とが捻れた時空間のなかで共存しているかのような奇妙な感じか残る。また二首目の「星動くことなき夜」というのは地球が自転を止める遙かな未来だが、それが「なつかしい」というのも転倒した時間意識である。同じように三首目でも未来がなつかしいと断定されている。「バナナフィッシュ」はサリンジャーの小説『バナナフィッシュにうってつけの日』に登場する架空の魚だから、ここにも反転された非在の世界がある。バナナフィッシュの名前を多くの人は吉田秋生の名作コミックで知った。四首目に登場する喪服の群れは葬儀を連想させ、「生はなつかし」は死後からこの世を眺める目線だろう。
 佐藤はこのように時空を自在に遊弋する。佐藤が逍遙する街とは、どこにでもある街でありながら、同時にどこにもない街であり、それが「薄い街」ということなのではないかと思われる。それは詩精神がすくい取った世界であり、現実世界と似ていながら、現実世界と同一のものではない。誰もが日常目にしていながら、誰一人目に入っていない、そのような時空間かと思われる。佐藤が歌によってこのような世界を眼前に現出させるときに用いている手法は、すでに上でも述べたように意味の反転と時空の捻れといった手法である。このようにして出現する世界は、永田和宏がかつて『表現の吃水』(1981年)で美しい数学の比喩を用いて「虚数平面」と呼んだ世界とそれほど隔たっているとは思えない。佐藤の作風はリアリズムから遠く離れているにもかかわらず。
 理屈はこれくらいにして、あらためて本歌集に収められた秀歌を鑑賞しよう。
老いやすき少年のごと春昼はおのずとたわむ背骨をもてり
ふなべりのあかりが呑まれゆくあたりほら、ほんとうの夜があそこに 
フリューリンク、と歌うみどりのわたつみにピアノはしずみるいるいしずみ
塩壺の匙のむらさき深海に腐蝕されゆく船のたよりに
ハンカチをひらけばうすくひるがえり横切る夜を墜ちないで、鳥
舌先を愚者フールみたいにつきだせば冬のおわりのあおぞらにがい
虚空からつかみとりては虚空へとはなつ詩人の手つき花火は
はなびらはよこにながれる春の日の橋わたりゆくわが傍らを
 一首目の「春昼しゅんちゅう」は俳句の季語で、のんびりと時間の流れる春の午後のこと。少年が老いやすいのはもちろん時間が早く流れるからであり、時間の経過を骨の変形によって描いている。時間が主題の一首である。二首目は幻想的な風景を描いているが、「あかりが呑まれ / ゆくあたり / ほら、ほんとうの」の句割れがささやくような肉声を感じさせ魅力的だ。なべて歌においては破調やリズムの破れが息遣いを感じさせるのはおもしろいことである。三首目で誰かが歌っているのはドイツ語の歌曲だろう。下句の「しずみるいるいしずみ」の平仮名の連続が、どこで切れるのか一瞬とまどうところがこの歌の魅力となっている。海に無数のピアノが沈んでゆくというイメージも鮮烈。四首目はほとんど言葉だけでできているような歌で、このような歌の魅力を説明するのは難しい。『俳句という遊び』(岩波新書)で藤田湘子が「よそながら音なき日あり龍の玉」という三橋敏雄の句を評して、「意味もクソもないすべての言葉が龍の玉という季語に奉仕していて、それだけの句だが、それでいながら読み終わった後に龍の玉が見えてくるんだ」と言い放ったのを思い出す。佐藤の歌ではもちろん「塩」「海」「船」の縁語と、「匙のむらさき」と「腐蝕」の共鳴関係が意味のネットワークを巧妙に作っていて、そこから立ち上がるイメージが歌のすべてだろう。五首目では上句のハンカチのイメージと、下句の鳥への呼びかけとの対比が寓話的世界を作っている。佐藤の文体はほぼ100%文語から文語と口語の混合まで幅広いが、六首目はほぼ口語の歌。英語でfoolと発音するとき、唇が丸まって前に突き出される身体感覚も、歌の意味に寄与しているだろう。七首目は現代短歌のフィクサーだった中井英夫へのオマージュ。詩人の営為のすべてを語っているような言葉である。八首目は永井陽子の秀歌「あはれしづかな東洋の春ガリレオの望遠鏡に花びらながれ」と遠く響き合う歌。上句の平仮名の連なりが読字時間を引き延ばして、春の駘蕩とした雰囲気を生み出し、「はなびら」「春」「日」「橋」のh音が心地よいリズムを作り出している。こういう歌を読むと、日々の塵埃で脳にできてしまったシワが伸びるような気がする。
 歌集巻末に引用文献と音盤の書誌情報があるので、佐藤の手引きに従って引用された小説や詩を読んでみるのも一興だろう。私もそう言えばフィリップ・K・デイックの『流れよわが涙、と警官は言った』がダウランドのFlow my tearsからの引用だったことを久しぶりに思い出した。埃を被った文庫本を書架の奥から探し出してみようか。

第1回 佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』

胸おもくまろくかかえて鳥たちははつなつ空の果実となりぬ
         佐藤弓生『眼鏡屋はゆうぐれのため』
 リニューアルした短歌コラム「橄欖追放」の第一回目に誰を取り上げようか、あれこれ思案をめぐらせた。まだ取り上げていない歌人にしようか、それとも一度論じた歌人の新歌集にしようか。こういう迷いの時間はこの上なく楽しい。いろいろ考えた結果、リニューアルしたからには自分の嗜好を押しだそうと、佐藤弓生の第二歌集『眼鏡屋はゆうぐれのため』(2006年)に決めた。佐藤弓生は「今週の短歌」で2004年8月に一度取り上げているが、その時は『世界が海におおわれるまで』 (2001年、沖積舎)が唯一の歌集だった。『眼鏡屋はゆうぐれのため』は角川書店の叢書「21世紀短歌シリーズ」の一巻として刊行されており、同じ年に角川短歌賞を受賞した作品を巻頭に収録している。淡いワインレッドの装丁に開いた白紙の手帖とルーペを配したブックデザインは、死語と化しつつある瀟洒という形容がぴったりで、収録作品の放つうっすらとノスタルジックな空気感とよくマッチしている。
 『世界が海におおわれるまで』の巻末に歌誌「かばん」の仲間である井辻朱美が解説を寄稿している。井辻がキーワードとして選んだのは「距離」であった。ここで「距離」というのは歌人の歌に対する立ち位置のことで、歌が作者の身体から見て右手前にあるのか、30センチの近距離にあるのか、それとも10メートルの遠方にあるのか、はたまた作者の身体は歌の空間の内部に含まれているのか、それとも遙か遠くから遠望しているのかといったことをさす。「視点」と呼んでもよいが、井辻は「距離」という言葉を選んでいる。その上で、「空洞を籠めてこの世に置いてゆく紅茶の缶のロイヤルブルー」のような佐藤の歌を引いて、佐藤の歌には魅力的な視点のあいまいさがあり、「距離への作者の無関心というよりも、故意におこなうずらし、ゆらぎ」が認められ、「視点人物だの仮想作者だの焦点化だのという理論の枠組みをいともかろやかにくしゃっと踏みつぶしてしまっている」と論じている。「視点人物」や「焦点化」というのは、フランスの文芸批評家ジェラール・ジュネットの理論を念頭に置いているのだろうが、佐藤の短歌はそのような小賢しい文芸理論を軽々と踏み越えているというのだ。
 「視点」が近代の産物であることは言を待たない。西欧ルネサンス初期までの絵画には視点がない。すべてを同列に置いて斜め上方から俯瞰的に描く日本の大和絵も同様である。ルネサンス時代の「人間」の発見が視点を誕生させ、視点が〈私〉と〈世界〉の距離を生んだ。これが主客二元論の発生であり、見る〈私〉と見られる〈世界〉の対立の始まりである。明治時代の近代短歌運動が西洋絵画の大きな影響のもとに成立したのは偶然ではない。見る〈私〉と見られる〈世界〉の対立は写実の基盤であり、「歌の情景を作者はどこから見ているか」が明確であることを求められる。これが近代の〈眼〉であり、現代において歌を詠んでいる歌人も、意識するしないにかかわらず、この〈眼〉を内面化させている。
 井辻の言うように佐藤がこの近代の〈眼〉を「くしゃっと踏みつぶして」いるとしたら、それは佐藤が近代短歌のセオリーからの逸脱と自由を、何らかの理由で獲得しているということである。見る〈私〉と見られる〈世界〉の対立と、そこから生ずる距離を無効化する方法は理論的にはいくつか考えられる。〈私〉100パーセントの濃縮還元ジュースを作って世界を消滅させても距離は消えるし、これよりは難度が高くなるが〈私〉をゼロにして〈世界〉100パーセントにしても同様の効果が得られる。しかし佐藤の選択した方法はどちらでもなく、「〈私〉を小刻みに〈世界〉に差し入れる」というものだと思われる。『眼鏡屋はゆうぐれのため』から何首か引いてみよう。
 乳ふさをもたない鳥としてあるくぼくを青空が突きぬけてゆく
 ふゆぞらふかく咬みあう枝のあらわにもぼくらはうつくしきコンポジション
 水に身をふかくさしこむよろこびのふとにんげんに似ているわたし
 定住のならいさびしいこの星のおもてをあゆむ庭から庭へ
 一首目で鳥は〈私〉の観察する対象ではなく、私は鳥としてあるのだから、主客の乖離はむしろ融合している。その〈私〉を青空が突き抜けてゆくという感覚もまた、主客の対峙よりは混交の感覚を表していると言えるだろう。二首目は冬空を背景としたモンドリアンの抽象絵画を思わせる歌である。三句目までは〈私〉の目から見た冬景色の通常の叙景と読むこともできるが、四句目に来ていきなり交叉する枝は「ぼくら」に転じており、一瞬頭がくらっとするような主客逆転が行われている。三首目の上句は水泳の光景を詠んでいるのだが、「水に身をふかくさしこむ」という表現が「〈私〉を〈世界〉に差し入れる」という佐藤の方法論を象徴しており、おまけに下句の「ふとにんげんに似ているわたし」が暗示しているのは、この歌の〈私〉は少なくとも意識の上では人間という種をふらふらとはみ出しているらしいということである。〈私〉が人間でなくなれば主客二元論もまた消滅する道理だ。四首目は現代短歌が獲得した新しい「視点」を示す歌。「定住のならいさびしい」という上二句は、放浪と風のような自由さに憧れる気持ちを表現している。それはよいとして、「庭から庭へあゆむ」主体が人間であるとしたら、その距離は数メートルかたかだか数キロメートルが常識だが、それにたいして「この星のおもて」と天文学的視点からの表現を配しているところに視点の飛躍がある。四首目を含む「庭から庭へ」の連作には、他に「胸に庭もつ人とゆくきんぽうげきらきらひらく天文台を」とか、「ゆく春やアインシュタイン塔をなす錆びた小ネジであったよわたし」のように宇宙的次元へとつながる歌が配されている。このような視点の取り方、もしくはこのような近代的視点の無効化は、現代短歌がある頃から獲得した手法のひとつと言えるだろう。
 吉川宏志の『風景と実感』(2008年、青磁社)の中で、正岡子規の「地図的観念と絵画的観念」という文章が紹介されていて興味深い。吉川の本や子規の文章については、またいずれ改めて詳しく論じたいと思っているが、とりあえず要点をまとめると、「地図的観念は万物を下に見、絵画的観念は万物を横に見る」のであり、子規は前者を排し後者を推奨しているのである。つまり「上から俯瞰するような視点はリアリティーを欠くのでよろしくない」と言っているのだ。近代短歌が見る〈私〉と見られる〈世界〉の対峙を基本とするならば、両者は細部が観察可能な距離に位置しなくてはならない。あまり両者の距離が開くと、〈世界〉は〈私〉の眼から逃れる抽象的存在になってしまう。子規はこれを嫌ったのである。しかし近代短歌のセオリーから脱却せんと欲する人は、これを逆手に取ればよろしい。〈世界〉を地図的にはるか上空から俯瞰する視点を取れば、主客二元論はおのずと超克される。上空から俯瞰する視点はすなわち偏在する視点であり、その原理上〈私〉の位置を一意的に定義しない。これは〈神〉の視点なのであり、この視座に立つ人は畳の上に寝起きする通常の〈私〉ではなくなるのである。
 人工衛星(サテライト)群れつどわせてほたるなすほのかな胸であった 地球は
 草原が薄目をあけるおりおりの水おと ここも銀河のほとり
 ゆくりなく夕ぐれあふれ街じゅうの眼鏡のレンズふるえはじめる
 ふたしかな星座のようにきみがいる団地を抱いてうつくしい街
 あしのうら風に吹かせてあたしたち二度と交わらない宇宙船
 一首目の結句の「地球は」には、字足らずになることを承知で思わず「テラは」とルビを振りたくなる。三首目は巻頭の「眼鏡屋は夕ぐれのため千枚のレンズをみがく(わたしはここだ)」と呼応する歌だが、言うまでもなく地理上の一点に縛られた〈私〉には街じゅうのレンズを見ることはできないのであり、ここにも視点の浮遊とそれによって生み出された夢幻的なムードがある。五首目は佐藤史生のSFマンガのようだ。総じてこれらの歌にはSFやファンタジーやコミックスと通底する空気感が濃厚である。佐藤は短歌を作る傍ら詩人であり、英国推理小説などの翻訳家でもあり、『少女領域』『ゴシックスピリット』の著者の高原英理と共同でホームページを持っていることからもわかるように、SF・ファンタジー・幻想系に近い位置にいる。幻想系やゴシック系は反近代の先兵のようなものだから、もともと佐藤には近代の主客二元論の桎梏から自由になりやすい素地があったのかもしれない。
 いささか近代短歌論に走りすぎたようだ。『眼鏡屋はゆうぐれのため』に話を戻すと、『世界が海におおわれるまで』と比較して気がつくのは修辞の成熟である。
 敷石に触れるさくらのはなびらの肉片ほどの熱さか死期は
 腿ふとく風の男に騎られてはみどりの声を帯びゆくさくら
 風の舌かくまで青く挿しこまれ五月の星は襞をふかくす
 瞼とは貧しい衣 光を、とパイナップルに刃を入れるとき
 一首目の助詞「の」で結ばれた長い序詞は、加藤治郎の言う現代短歌の修辞ルネサンスを思わせる。二首目は一読すると謎のような歌だが、よく読むと桜の花が風に散って葉桜となるまでを詠っていることがわかる。風を腿の太い男に譬える喩に媒介された「風 – 男」「桜 – 女」の二重イメージが無限カノンのように響く。四首目では目の切れ目である瞼とパイナップルに入れられたナイフの切り込みのイメージとが二重映しになって、どこか危うい感じが漂う不思議な歌である。
 このように『眼鏡屋はゆうぐれのため』は、第一歌集から5年を経た作者の技量の成熟と同時に、近代短歌に対するスタンスまでもがはっきりと看取される充実した歌集となっている。満都の喝采を浴びることはまちがいない。仄聞するところによれば、版元品切れとなり重版がかかったようだから、洛陽の紙価を高らしむることになるかもしれない。  最後に特に印象に残った歌を挙げておこう。
 桐の花ふりてふれくるふところをおそるるにこのうすむらさきは
 生きのびたひとの眼窩よ あおじろくひかる夜空のひとすみに水
 箱蜜柑ざわめきいたり星ほどの冷えなしながら夜の廊下に
 もくもくと結び蒟蒻むすびつつたましいすこしねじれているか
 地震(ない)深し銀のボウルにたふたふとココアパウダーふりこぼすとき
 本ゆずりうけたるのちを死でうすく貼りあわされた春空、われら
 唐ひとの骨がほんのりにおうまでカップを載せたてのひら はだか
 長くなるので一首ごとに論じることは控えるが、二首目はどこかで目にして愛用のモールスキンの手帳に書き留めた歌である。どこで目にしたのか忘れてしまったが、不思議な印象忘れ難く、折りに触れて愛唱してきた。この歌集で再会できて喜ばしい。
 余談だが、昨年(2007年)お招きを受けて歌集の批評会に二度出席する機会を得た。偶然ながら、その二度とも佐藤弓生さんにお会いして、強い印象を受けた。ひと言で言うと、地上の重力から少し解放された人という印象である。また、電脳空間を渉猟していた折りに、テキサスの教会でオルガニストをしている人のブログに行き当たった。何とその人は佐藤弓生さんと大学でオルガン仲間だったらしく、母校の立派なパイプオルガンの前で写した仲良し三人組の写真が掲載されていた。三人のうちブログの主はテキサスでオルガニストとなり、一人は歌人となり、残る一人は眼鏡屋の女主人になったというのはいささか出来過ぎた話である。そういえば『眼鏡屋はゆうぐれのため』にも何首かオルガンの歌があった。オルガンが天上的な楽器であることは言うまでもないことである。
 神さまのかたち知らないままに来て驢馬とわたしとおるがんの前
 いらんかね耳いらんかね 青空の奥のおるがんうるわしい日に


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066:2004年8月 第4週 佐藤弓生
または、自己表現としての近代短歌の呪縛から自由に

風鈴を鳴らしつづける風鈴屋
  世界が海におおわれるまで

佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』(沖積舎)


 今では見なくなったが、江戸時代には屋台に風鈴を積んで売り歩く商売があったらしい。風鈴と朝顔は江戸の都市文化の風物で、関西にはあまりない。掲載歌に詠まれた風鈴屋は、どことなくこの世のものではないようである。世界が海に被われるまで風鈴を鳴らし続けるのだから、永遠の生命を生きるか、あるいはそれに近い存在であろう。一首を流れる決して暗くはない終末感と、次第に強く鳴り響くように思える風鈴の音とが共鳴しあって、叙景でもなく抒情でもない、独特の夢幻的世界が作り出されている。

 掲載歌は歌集の表題が採られた歌であり、佐藤の代表歌と見なしてよいだろう。『短歌WAVE』2003年夏号の特集「現代短歌の現在 647人の代表歌集成」では、佐藤は掲載歌に加えて次の二首を自分の代表歌としてあげている。

 ぼんやりと街のはずれに生えている水銀灯でありたいわたし

 こなゆきのみるみるふるは天界に蛾の老王の身をふるうわざ

 佐藤弓生は1964年生まれ。「かばん」を拠点として活動している。唯一の歌集『世界が海におおわれるまで』は2001年に出版されている。詩集と英国小説の翻訳があり、歌集に収録された職場詠を見ると会社勤めもしているようだが、あまり歌のなかで自分を語らない人なのでよくわからない。この「自分を語らない」というのが佐藤の短歌の特徴でもある。

 荻原裕幸は『短歌ヴァーサス』4号の連載のなかで、近代短歌は手短に言えば「自己像を描くことによる自己表現としての短歌」だが、90年代を迎えて状況が変化したと述べている。荻原のいう自己表現としての近代短歌とは、例えば次のようなものである。

 ペシミズムにまたおちてゆく結論にあらがひて夜の椅子をたちあがる 木俣 修

 たたかひを終りたる身を遊ばせて石群(いはむらが)れる谷川を越ゆ 宮 柊二

 桃いくつ心に抱きて生き死にの外なる橋をわたりゆくなり 築地正子

 表現が直接的であったり、隠喩を用い暗示的であったりする手法の差はあれ、これらの短歌の中には明確に結像する「自己像」がある。それは、「心が暗い方向に傾斜する〈私〉」であったり、「戦争に疲弊した心を抱える〈私〉」であったり、「生を抱えつつ死の観念におののく〈私〉」であったりする。〈私〉の位相はさまざまであるが、いずれにしてもこれらの短歌は「自己表現」だと言ってまちがいない。明治時代の和歌革新運動の結果、短歌はそれまでの共有された美意識に基づく花鳥風月の世界から離れ、近代的自我を表現する器となった。佐佐木幸綱のことばを借りれば、普遍性・抽象性・集団性から、個別性・具象性・個人性へと移行したのである。その結果として近代短歌は、上にあげた三首にも色濃く滲み出ている孤独感を引き受けることになった。

 21世紀を迎えた今でも、短歌の裾野を形作る人たちの短歌観は変化していない。新聞の歌壇に投稿されるおびただしい数の短歌は、「自己像を描くことによる自己表現としての短歌」という近代短歌のセオリーをいささかも疑っていない。

 背に花火聞きつつ帰る抱いた子の重さも今日の思い出として 船岡みさ

 またひとり癌に倒れし友ありて同窓会の夏さむくなる 吉竹 純

 疎開児の袋に蝗わけくれし顔もおぼろなひとりの少年 林 理智

 2004年8月16日の朝日歌壇から引用した。近代を特徴づけるのはデカルトあたりを嚆矢とする「自我への信仰」である。どのような経験をくぐっても疑えない自我の一貫性は、近代の産物である。しかし、荻原は90年代あたりから、短歌の世界においてこの状況が変質したという。代わって目に付くようになったのは、枡野浩一の短歌に代表される「作家の自己表現でありながら、同時に読者が自分のことばだと錯覚するような場所で共感を誘発する文体」だという。これは「コピーライト短歌」である。もうひとつは、「東直子に見られるような、読者の側の自在な補完によってはじめて『自己像』が成り立つ文体」だとする。これは「何かが欠けている文体」と言える。埋めるべき情報のスロットがいくつか埋まっていないで、不飽和状態なのである。荻原は出版されたばかりの『短歌、WWWを走る』(邑書林)のあとがきでもほぽ同じ趣旨の文章を書いているが、こちらで指摘されているのは「自己像が何らかのかたちで明確に結んでしまうことを拒むような文体、もともと世界から断片化されている短歌の記述をさらに断片化するような記述」だとしている。こちらはポストモダンの「リゾーム的文体」とでも言うべきか。明治以来百数十年を経て、「近代的自我の一貫性」はそろそろ空洞化してきたようなのである。

 佐藤弓生もまた短歌の中で自己像を明確に結像させることに、あまり関心がないようだ。佐藤の短歌の文体は、荻原の分類したなかの二番目の文体に近い。確かに佐藤の短歌は、補完すべき情報が欠けている「不飽和文体」の代表選手である東直子や小林久美子の文体と、どこか共通するところがある。

 いつまでも薬はにがいみどりめくめがねの玉をみがきにみがく

 押しこんでぎしぎしかけたかけがねがひかるたとえば春の砂場に

 いくとせののちあけがたにくる人は口にみどりの蝉をふくんで

 いささか恣意的に選んでみたが、これらの歌に「明確な自己像」を探すことは不可能であるし、そもそもどのような情景が詠われているのかすらはっきりしない。しかしここにはリズムがあり、そのリズムはまぎれもなく短歌のリズムである。「みどりめくめがね」「みがきにみがく」の「み」と「め」の交替と連続、「かけたかけがね」の「かけ」の連続が生み出すリズム感は耳に心地よい。かつてヴァレリーは詩論のなかで、ことばによる意味の伝達が終って目的を遂げたその果てに、なおもそのことばを耳にしたいと願う欲望が詩の発生であると論じたが、その意味からすればここにはまぎれもなく「詩」がある。しかしこれは「近代的自我の表現」としての短歌とは相当にちがう位相で、詩と美を生み出そうとする短歌文体だと言わなくてはならない。今までの短歌理論や短歌批評は、このような新しい文体を正当に分析してきただろうか。

 佐藤の短歌は上にあげた三首のように、意味朦朧としたものばかりではない。

 白の椅子プールサイドに残されて真冬すがしい骨となりゆく

 みずうみの舟とその影ひらかれた莢のかたちに晩夏を運ぶ

 秋の日のミルクスタンドに空瓶の光を立てて父みな帰る

 さくらんぼ深紅の雨のように降るアルトの声の叔母のお皿に

 牛乳瓶二本ならんでとうめいに牛乳瓶の神さまを待つ

 てのひらに卵をうけたところからひずみはじめる星の重力

 一首目、プールサイドに放置されたプラスチックの白い椅子が冬の陽を浴びて、動物の骨のように見えるという情景は、夏と冬という正反対の季節の対比のなかに、生と死があざやかに視覚的に対比されている。二首目、鏡のように静かな湖に浮かぶ小舟と水面に映るその影は、水面を対称軸としてたしかに開いた豆の莢のように見える。発見の歌であり、静かな晩夏の印象が美しく、私の特に好きな歌である。三首目、駅のホームのミルクスタンドだろうか。通勤途中のサラリーマンが、牛乳を飲み干して、空になった瓶をそのままにして去ってゆく情景である。人の去ったミルクスタンドに光が立っているという描写が秀逸であり、神なき世界にささやかに立つ小さな神のような趣きすらある。四首目、さくらんぼが皿に降るというのはわかりにくいが、さくらんぼを水洗いした叔母さんが皿に勢いよく盛りつけているのだろうか。「深紅の雨」と「アルトの声」の取り合わせがポイントだろう。五首目、また牛乳瓶の歌だが、二本並んで神様を待つというのは、ベケットの不条理演劇の名作『ゴドーを待ちながら』が下敷きにある。ここにもまた神なき世界のかすかな終末感が漂っていて、印象に残る歌である。六首目、「卵の歌」のところでも引用した歌だが、卵の凸と手のひらのくぼみの凹の照応から、アインシュタインの重力場理論へと飛躍する発想が秀逸で、極小の卵と極大の星との対比が宇宙論的視野の広がりを感じさせる秀歌である。

 最近の作品も見てみよう。『かばん』2004年7月号から。

 水に身をふかくさしこむよろこびのふとにんげんに似ているわたし

 虚空からつかみとりては虚空へとはなつ詩人の手つき花火は

 淹れたての麦茶が澄んでゆくまでを沈める寺に水泡立つ見ゆ

「虚空からつかみとりては」は、「虚空を一閃して花束を掴み出す」と言った中井英夫を思わせる。佐藤も詩人の営為をそのように理解しているのだろう。「沈める寺」は、ドビュッシーの楽曲の題名だが、私の好きな日本画家・智内兄助の仏画のような連作の題名でもある。

次は『短歌、WWWを走る』から。

 秋天の真青の襞にひとしずく真珠くるしく浮くまでを見つ  題「浮く」

 もくもくと結び蒟蒻むすびつつたましいすこしねじれているか  題「蒟蒻」

 エヴァ・ブラウンそのくちびるの青きこと世界を敵と呼ぶひとといて  題「敵」

 まよなかにポストは鳴りぬ試供用石鹸ふかく落としこまれて  題「石鹸」

 ひともとの短歌を海に投げこんでこれが最後のばら園のばら  題「短歌」

 三首目のエヴァ・ブラウンはヒトラーの愛人だから、「世界を敵と呼ぶひと」はヒトラーその人をさす。四首目「まよなかに」は背筋がスッと冷えるような気がして、特に印象に残る歌である。だいたい真夜中にポストに投函されるのは不吉な知らせである。それが実は試供用石鹸という日常的で無害なものなのだが、下句の「ふかく落としこまれて」によって異次元にワープしている。石鹸をポストに深く落しこむことには、何か深い意味があるように感じられてくる。佐藤はこのような言葉の使い方が非常にうまい。それは言葉を日常的意味作用とは別の次元で把握しているからである。優れた詩人はみなそうなのだが。

 近代短歌のセオリーである「自己像を描くことによる自己表現としての短歌」を追求している歌人は、近頃あまり元気がないようだ。それは『短歌ヴァーサス』3号における「男性歌人を中心とする〈不景気な感じ〉」という荻原裕幸の発言が指摘していることでもある。生沼義朗『水は襤褸に』のような登場の仕方をした人を読んでいても、「この先いったいどこへ行くのだろう」という不安を感じてしまう。そこへいくと、自己像を描かない佐藤弓生のような短歌には、不思議と不景気感もなく、先細り感もない。ある意味で近代短歌の呪縛から自由な地平から詩想を汲み上げているからかもしれない。

佐藤弓生のホームページ