011:2003年7月 第2週 小中英之
または、薔薇園にただよい続ける魂の蝶

黄昏にふるるがごとく鱗翅目
   ただよひゆけり死は近からむ

       小中英之『わがからんどりえ』
 2000年6月に刊行された『現代短歌事典』(三省堂)の小中英之の項目には、1937年生まれとあり~の右側は空白である。この記号は存命中を意味するが、この記述はもう正確ではない。小中は2001年暮れに、虚血性心不全で他界しているからである。自宅玄関で死後2日目に発見されたという。

 第一歌集『わがからんどりえ』は1979年著者が42歳の年の刊行であるが、すでにここには死への思いが充満している。小中は若い頃から不治の病に冒されていて、宿痾との戦いのうちに短歌は生まれた。俗に宗教に入信する動機は「生病老死」であるという。生きることに戸惑い、病に苦しみ、老いを恐れ、死を間近にすると、人は神を求めるようになるということだろう。不思議なことに短歌を作る動機もまた同じであるように私には思える。「文学は死を胚胎している」と述べたのは、モーリス・ブランショだが、短歌と死は双子の兄弟のようによく似ている。掲載歌の、黄昏にふらふらと力なくただよう蝶は、身内に確実な死を抱える小中が自分自身を見つめる目に他ならない。

 月射せばすすきみみづく薄光りほほゑみのみとなりゆく世界

 氷片にふるるがごとくめざめたり患むこと神にえらばれたるや

 螢田てふ駅に降りたち一分の間にみたざる虹とあひたり

「螢田」の歌は小中の代表作とされている歌で、『現代短歌事典』(三省堂)も、篠弘・馬場あき子編『現代秀歌百人一首』(実業之日本社)もこの歌を引いている。地名に織り込まれた螢といい虹といい、小中の視線ははかなく消えるものに向けられる。その視線の透明さ、言葉遣いの端正さにおいて、小中は現代歌人の中でも群を抜いている。

 刈られたる男の髪の燃えつきて夜の集落に理髪店閉づ

 射たれたる鳥など食みて身の闇にいかばかりなる脂のきらめくや

 夕かげるまでを雀の群ありてあな内向の一羽際立つ

 身内に宿痾を抱える小中の目に映るものは、すべて自己の内面の表象へと転じる。歌に詠まれた事物は、事物であって事物ではない。それは自己の内にあるものが外へと転じたものである。

 今年の3月に、第一歌集『わがからんどりえ』、第二歌集『翼鏡』以降の小中の歌をすべて収めた遺稿集『過客』(砂子屋書房)が刊行された。歌の仲間であった辺見じゅんが巻末に思いのこもった文章を寄せている。辺見が中国旅行に発つ前日に、小中は薔薇の花を持って辺見宅を訪れたそうである。これから旅行で留守にするのに花はもったいないと言うと、小中は「花は帰ってきたときに待っていてくれるよ」と言ったという。辺見が中国から帰って来ると、確かに花はまだしおれずに待っていたが、小中は帰りを待たずその間に不帰の客となったという。

 芹つむを夢にとどめて黙ふかく疾みつつ春の過客なるべし

 むらぎもに含むくすりを毒として存在理由ゆふぐれにけり

 朝顔に終ひの花咲き巡礼の鈴の音にも秋深むなり