第165回 松村由利子『耳ふたひら』

時に応じて断ち落とされるパンの耳沖縄という耳の焦げ色
               松村由利子『耳ふたひら』
 この歌集を読むとき、どうしてもこの歌を挙げずにはおられまい。島津藩から琉球処分を受け、戦後は米軍に長く占領されるという苦難を経験した沖縄を、時の為政者の都合によって切り落とされるパンの耳に喩えた歌である。「焦げ色」という形容には、山の形が変わるほど激烈な地上戦によって焦土と化した沖縄の大地への思いがこもっているのだろう。元新聞記者の作者の社会派歌人としての側面が強く出た歌である。
 全国紙の新聞社の記者であった作者がフリーとなった後に、沖縄に移住する決心をしたとき、周囲の人は驚いたが、師の馬場あき子だけは「あら、いいじゃない」と言ったという。なぜか心に残るエピソードである。『耳ふたひら』は作者の第4歌集で、石垣島に移り住んでからの歌が収められている。石垣島には俵万智と光森裕樹も移住しているので、歌人密度の高い島となっている。ちなみに東京電力福島原発1号機の過酷事故以来沖縄に移住する人が増えたのは、沖縄が環境放射能 (background radiation)が全国一低いからである。自然界にはもともと微量の放射能が存在していて、花崗岩から多く出るため、花崗岩がない沖縄が一番低いのである。沖縄で露出している岩のほとんどは珊瑚由来の石灰岩だ。
 私は10数年前に初めて沖縄を訪れた時に衝撃を受けて以来、沖縄が好きになり、その後幾度も訪れている。何も知らずにそうしたのだが、今から思えば関西空港発の飛行機で最初に石垣島に着いたのがよかった。たいていの人は沖縄本島にまず行くだろうが、本島は戦災がひどかったため古いものが残っておらず、都市化とアメリカ化が進行している。那覇のタクシーの運転手さんに那覇で観光名所はありますかとたずねたら答えに窮していた。それに比べて八重山諸島は琉球の古い文化と町並が比較的よく残っている。竹富島、西表島、小浜島、黒島、鳩間島などに、サザンクロス号に乗って次々と訪れるのも楽しい旅である。これから沖縄へ行こうという方は、本島ではなく八重山から始めるのがお勧めだ。
 さて、『耳ふたひら』に収録されている歌でまず目につくのは、本土とは異なる亜熱帯性気候の植物相と気候を詠んだものだろう。
半身にパイナップルを茂らせて島は苦しく陽射しに耐える
ねっとりと濃く甘き闇迫りくる南の島の舌の分厚さ
ハイビスカス冬にも咲きて明るかり春待つこころの淡き南島
湾というやさしい楕円朝あさにその長径をゆく小舟あり
ティンパニの中に入れられ巨きなる奏者の連打聞くごとき夜
 一首目、石垣島名産のパイナップルは、農園で即売していてその場で食べられる。島には広大なパイナップル畑があり、作者には島がそれで苦しんでいるように映ったのだろう。二首目、沖縄の夜の空気は本土とはちがい、たしかにねっとりとまとわりつくような空気である。月桃の香りがただようと一層密度が濃く感じられる。沖縄の冬は風が強く天気が悪いが、三首目にあるとおり本土に比べて四季の変化に乏しい。新しい土地に移り住んでまっさきに気づくのは気候のちがいである。四首目はとても美しい歌で、湾の長径は水平方向と垂直方向の両方の可能性があるが、ここでは水平方向と取っておきたい。鏡のように凪いだ湾を右から左に一艘の船がすべるように進んでいる。どこか本土とは異なる水深の浅い珊瑚礁の多島海の風景だ。海の色のちがいさえも感じられるようだ。五首目は台風の夜を詠んだ歌。風を遮る山のない石垣島では台風の風が直接に襲いかかる。
 しかし松村は元新聞記者である。観光客のように沖縄の自然に驚嘆するだけに終わることなく、その眼差しは移住者、すなわち余所者である自身へと向けられる。
南島の陽射し鋭く刺すようにヤマトと呼ばれ頬が強張る
島ごとに痛みはありて琉球も薩摩も嫌いまして大和は
言うなれば自由移民のわたくしがぎこちなく割く青いパパイヤ
サントリーホールのチケット購入し島抜けという言葉思えり
半身をまだ東京に残すとき中途半端に貯まるポイント
わたしくも島の女となる春の浜下りという古き楽しみ
 沖縄では地元の人のことをウチナンチュ、本土の人をヤマトンチュと呼ぶ。ヤマトは沖縄に苦難を強いてきた民族であることを沖縄の人たちは忘れていない。四首目と五首目は同じような想いを詠んだ歌で、完全に島人となったわけではない自分に対してどこかうしろめたい気持ちを抱いているのだろう。東京の店のポイントカードが残っているというのがリアルだ。六首目の浜下りとは、3月3日にみんなで浜辺に出て貝や海藻を採る伝統行事のこと。宮古島の八重干瀬やえびしが名高く、韓国にも同じ風習があると聞く。
 とはいえ集中で心に残るのは、ヤマトンチュの移住者としての葛藤を内心に抱えつつも、八重山の自然に自己を溶解させる次のような歌だろう。
アカショウビンの声に目覚める夏の朝わたしの水辺から帰り来て
月のない夜の浜辺へ下りてゆくたましい濡らす水を汲むため
鳥の声聴き分けているまどろみのなかなる夢の淡き島影
覚めぎわのかなしい夢のかたちして水辺に眠る鹿の幾群れ
海に降る雨の静けさ描かれる無数の円に全きものなし
 今まで引いた歌はみなどこか説明的な感じが残る。ところが上の歌群は説明的な部分が少ない分だけ言葉の圧力がポエジーへと向かっているように思う。説明においては視る〈私〉と視られる対象(=自然)の分離が前提となるが、ポエジーにおいては視る〈私〉と視られる対象が、時に入り交じり、時に入れ替わり、交感しあうことが必須となる。そんなことを感じさせる歌である。