第374回 第35回歌壇賞

カーブする数秒間を照らされて蕾のようにひらく左眼

早月くら「ハーフ・プリズム」 

 第35回歌壇賞の受賞作が『歌壇』2月号で発表された。受賞作は早月はやつきくらの「ハーフ・プリズム」である。早月は1992年生まれで、2021年に作歌を始めたというから、始めてまだ3年しか経たずでの受賞である。短歌同人「絶島」所属。第9回詩歌トライアスロン三詩型融合部門でも受賞しており、詩も書くようだ。主に「うたの日」などで短歌を発表している。

しなやかなめまいがあって手をついた場所から果樹が広がってゆく

ほんとうを言わない喉のつめたさに無花果ふかい紅色をして

水道のゆるさつめたさ行き来して洗面台をひたす季節は

 選考委員の三枝昻之と水原紫苑が◎、東直子が○を入れている。吉川宏志は取っていない。選評で三枝は、どんな仕事をしてどんな暮らしをしているかが見えないが、ひとつひとつの場面への反応に詩的なセンスがあると評している。水原は、表現力勝負の作風で、言葉によって世界を組み替えることを目的としていると、いかにも水原らしい意見を述べている。三枝が、どこか着地していない宙吊り感が詩になっているという評に注目した。確かにひとつひとつの場面を克明に描かず、わざと言いさし感を残す詠み方で、そこに余情が生まれている。

 実は私は本コラムの第359回(2023年9月4日)の「『西瓜』に集う歌人たち」で早月の歌を三首引いているのだ。

窓際にひかりを溜めて不在とはまばたくたびに影を見ること

冬の陽がやわらかいのはシーグラスとよく似た仕組み 遠い眼球 

みなぞこは此処 薄明るい真昼間の壁に映画を浅くうつして

 どれも独自の清新なポエジーがある。二首目のシーグラスとは、浜辺に打ち上げられたガラス瓶などの破片のこと。「人魚の涙」とも呼ばれていて、独特な味わいがあり愛好家もいるようだ。この歌にも「眼球」という言葉が使われていて、作者は眼や光やガラスに親和性を感じているようだ。受賞の言葉によると、最初は自己表現として写真を撮っていたようなので、それも関係していると思われる。

 選考座談会で選考委員の誰も「ハーフ・プリズム」という連作タイトルに触れていないのでちょっと驚いた。ハーフ・プリズムとは、入射した光線の方向を45度あるいは90度変えるプリズムである。望遠鏡や光学式カメラのファインダーで使われている。これも光の縁語で、連作タイトルとしては出色だと思う。

 次席には福山ろかの「白昼」が選ばれた。福山は2004年生まれの若い歌人で、東京大学Q短歌会所属。2023年と2022年の角川短歌賞で連続して次席となっている。今回の歌壇賞も次席だったので、本人はさぞかし口惜しいことだろう。これにめげず頑張ってほしいものだ。

その胸に確かなくうを保ちつつ恐竜類の骨は立ちおり

まばたきのたびに途切れているはずの、まなうらを降り続ける雪の

姪っ子のためにわたしがめくるのはみな過去形でかかれた絵本

 吉川が◎、水原が○を付けている。吉川は、細かい所に着目してとても歌がうまいが、これまでの現代短歌の方法をよく吸収していて、そこが淡さにもなっていると評している。水原も歌のうまさは認めつつ、自意識の出し方に少し既視感があると言い、三枝は歌の上手さに新しさが少し欠けていると、東は比喩に驚きがなくどこかで見た気がするものが多いと評している。確かに、「森にいてよく見える雨 たましいが硝子細工のように冴えくる」の直喩などはもう少し工夫が必要かもしれない。

 以下は候補作である。坂中真魚まなは1986年生まれで、相田奈緒・睦月都と神保町歌会を運営している。

雨みんな海に降り終え貝がらを集めた手のひらひらく弟  「時計草」

切り株を踏めば足裏にやわらかく死を言祝いでしまうひととき

シーツ洗えば薄く時間の傷口がひらくあしたを丁寧に縫う

 東一人が◎を付けている。「引かれる手 波のちからを浴びながら春に父は海に連れられ」や「じゃないほうの子供に生まれて彼のみが父となり祖父と呼ばれる今は」などの歌を引いて、作中の〈私〉の父親は事情のある生まれで、祖母は父親と心中未遂をしていて、いろいろな人の孤独を描いた複雑な構成の連作ではないかと読み解いている。これにたいして残りの三人の選考委員は声を揃えて、これは東日本大震災を背景とする歌だと述べたので、東は驚いて絶句している。私は東とまったく同じ読み方をしたので私も驚いた。東日本大震災という読みはないのではなかろうか。そうだとすると、「眠たくなるような孤独をまなざしに 家族の誰もあなたに似てない」のような歌の収まり所がなくなる。連作タイトルの「時計草」は、パッションフルーツの生る植物の仲間で、十字形の花序が磔刑の十字架に似ていることから、「受難」を意味するパッション (passion) という名が付いた。だとすればこの連作の背景にも「受難」と「受苦」が隠されているはずだ。

 松本志李しりは1985年生まれで「塔」所属の歌人である。

馬よりは扱いやすき750ccナナハンで夕空の下ひとりとなれり

                  「海のもの、山のもの」

流れ弾でありしかわれは 一灯のヘッドライトに死ぬる虫見ゆ

かなしみは地を這いいるかひっそりと窓に張り付くニホンアマガエル

 三枝と水原が○を付けている。短歌に賭けている人特有の病んだ感じや暗さがないところがおもしろかったという水原の評に思わず笑ってしまった。確かに健康的で暗さのない歌だ。水原がこういう作風の歌に点を入れたのは少し意外だ。女性ながらナナハンを駆って東北地方を一人で旅する羇旅詠で、明るい青春歌である。吉川も○は付けなかったものの、印を付けていた作と言い、ていねいに読み解いている。しかしバイカーあるあるが時々見られるという東の評言も当たっている。

 乃上のがみあつこは1976年生まれで「玲瓏」所属。

朝礼前 集うわれらのときめきは新色リップの発色具合 「confidential」

エレベーター閉まり切るまでお辞儀する「さすが銀座」と小さく聞こゆ

一時間の通訳終えし空腹を銀巴里跡の蕎麦屋へ運ぶ

 三枝と吉川が○を入れている。この一連は職業詠で、作者は銀座の美容院で中国語の通訳をしている人らしい。正規職員ではなく通訳として働く外部スタッフという微妙な立場や、増えている中国人の客への対応など、短歌としては珍しい素材が詠まれている。タイトルのconfidentialは「部外秘」の意味。吉川は、具体的にうたわれていて、業界の細かいところが伝わるのがおもしろいと評し、三枝は現場の確かな手触りが歌のおもしろさになっていると吉川に同意している。

 これは一種の現代短歌の最前線へのアンチテーゼとなっているという水原の評になるほどと思った。現代短歌の最前線を行く若手歌人たちは、歌が描く場面の具体性をできるだけ削ぎ落とす方向に進んでいるからである。

よれよれにジャケットがなるジャケットでジャケットでしないことをするから

                    永井祐『広い世界と2や8や7』

ライターをくるりと回す青いからそこでなにかが起こったような

 こんな現代短歌の動向に照らしてみると、乃上のように場面に具体性を持たせた職業詠は逆に珍しいものに見えるのである。

 からすまぁは2003年生まれで、東京大学Q短歌会とひねもす所属。昨年のU-25短歌選手権で優勝した記憶も鮮しい。

玄関の隅に埃は堆く〈登山家〉ではなく〈山屋〉の父よ  「追憶」

なぜという切り傷のような問いがある 答えは父の心音だった

そそり立つ岩壁のよう 面談の平たき椅子に父の不在は

 東と水原が○を付けている。水原は山という舞台があってうたわれている感じがいいと評し、東は学生生活を登山で捉えているのが特殊だと述べている。一連を読むとわかるが、山登りが趣味だった父親は、〈私〉が中学生か高校生で、妹がまだ幼かった頃に山で亡くなったのである。二首目の「なぜという問い」とは、「お父さん、あなたはなぜ私たちを残して山で死んだのですか」という問である。ユニークなのは、東も述べているように、トラバース、ポータレッジ、岩壁、アイゼン、ビレイといった登山の縁語を駆使して自分の学生生活を描写している点である。これはなかなかの力業だ。しかし吉川は、「追憶」というタイトルがよくなくて、これではもしかしたら若い人ではなく学生生活を振り返っているのかなと思ってしまうと述べている。よく理解してもらえなかったようで、〈私〉は父の死という傷がまだ癒えない若い人なのだが、その死はすでに手の届かない追憶の彼方にあるということなのだろう。

 はづき(早瀬はづき)は2003年生まれで、「京大短歌」所属。2023年の第2回U-25短歌選手権において「可逆」で予選通過している。連作タイトルのカストラートはイタリア語で、声変わりしないように去勢した男性歌手をさす。

調弦をすればそのあと手にのこる木のにおいごとひく二胡の弓 「カストラート」

わたしは利き手をきみは利き手じゃないほうの手をつないだら一対の羽

影の脚は足からのびて きみがいないふたつの冬がわたしにはある

 東と吉川が○を付けている。東は恋愛感情と身体性が印象に残り、喜びと絶望が表裏一体になっているのが特徴と述べ、吉川は男性同士の恋愛と読み、繊細でユニークな表現があると指摘している。吉川の言うとおりだとすると、これはBL短歌ということになるのだが、「おたがいに隆起のゆるい喉元を前世にふれるようにふれあう」という歌を見ると、女性同士の恋愛とも取れる。しかし性を超えることを指向しているのだから、どちらかに限定する必要もなかろう。この連作で「負晶」という言葉を初めて知った。なんでも結晶のなかにもうひとつ結晶が封じ込められている水晶だという。とても繊細な言葉選びが印象に残る連作である。

 荒川梢は1988年生まれで、「まひる野」所属。

もうこれは葬儀依頼の声だけど依頼されるまでファの声通す

                    「火をよせる」

十五分早いのですが始めましょう人より花のあふれる式場

地獄すらいけないだろうな御目閉ざすお守りとしてアロンアルファを

 三枝と東が○を付けている。葬儀社に勤めている人の歌である。三枝は現場の手触りがきちっとある一連もやはり選びたいと思ってこの歌にしたと述べ、東は葬儀という人間の一番最後の時を過ごす手伝いをするなかで見えてくる人間性が読みどころだと評している。明治時代の短歌改革以来、生老病死は近代短歌の重要な主題である。いずれも誰も避けて通ることのできない宿命で、葬儀は人の一生の最後に待ち受ける儀式だ。そんな特大の主題ながら、自分の職業からやや距離を取って、時には批判的に眺める眼差しが印象に残る。

 この他に、今紺しだ「コペルニクス的な」、乙木なお「降り積もる文字」、斎藤君「ナイトフィッシュ」、木村友「記念日」も候補作品に選ばれている。応募総数は397だったという。これだけの人が短歌を作り応募して来ることに改めて驚く。選考座談会でもそういう意見があったが、力作の多い回だったと思う。