落胆はうすかげの射す目に顕ちて
煮くづれをして沈む大根
桝屋善成『声の伽藍』(ながらみ書房)
煮くづれをして沈む大根
桝屋善成『声の伽藍』(ながらみ書房)
桝屋はたぶん1964年生まれで、『未来』『レ・パピエ・シアン』同人。『声の伽藍』は2002年に出版された第一歌集である。岡井隆が行き届いた解説を書いている。「古いなつかしいタイプの文学青年」で、「古風といへば古風だが、格調ある短歌をつくる」と評し、「印象としては地味である。手堅いのであつて、奔放ではない」と続けている。なるほど結社の主宰者は会員の特徴をよく見ているものだ。
昨今流行している口語・文語混在文体の絵記号を駆使したニューウェーブ短歌など、いったいどこの世界のことかと思わせるほど古典的な文語定型短歌で、確かに岡井の言うように格調ある歌ばかりである。新古典派の代表格と目されている紀野恵も文語を駆使するが、紀野には「白き花の地にふりそそぐかはたれやほの明るくて努力は嫌ひ」のように、肩すかしを食らわせるように日常的語法を混ぜたりする遊びと、軽さを感じさせる才気がある。これにたいして、桝屋の短歌には軽さや遊びを思わせる要素が少なく、どこまでも重厚で「腹に来る短歌」なのである。男性歌人の作る短歌には、程度の差こそあれ、どうも共通して重くて「腹に来る」傾向がある。イマ風のノリは「ブンガクを気取らない」「ジンセイを賭けない」というスタンスなのだが、桝屋は超然と流行を無視して、文学としての短歌に「人生を賭ける」姿勢を取るのである。桝屋の短歌が腹に来る理由はここにある。
『短歌ヴァーサス』第3号の荻原裕幸と加藤治郎の対談で、ふたりはなかなかおもしろい発言をしている。加藤千恵、杉山理紀、盛田志保子らの若い女性歌人に共通する特徴は、モチーフに生活の匂いがしないことだが、男性歌人のなかには「日常べったり」で書いている人がいて、モチーフ的に変化に乏しく「不景気」に見えてしまうというのである。もっとはっきり言えば「ビンボー臭い」ということだろう。そう言えば、ニューミュージックと呼ばれた荒井(松任谷)由美が登場した時にも、「生活の匂いがしない」と手厳しく批判されたものだ。その少し前までの主流は「生活の匂いのする」四畳半フォークソングだったからだ。30年の時を隔てて、同じような現象が生まれているのだろうか。女性はひたすら軽く華麗でファブリースしたように生活臭がなく、男性は地を這うような不景気という構図である。もっともいささかも不景気を感じさせない黒瀬珂瀾のような人もいるが。
断っておくが桝屋の短歌が不景気だという訳ではない。しかし、モチーフとしては作者の日常から汲み上げたものがほとんどで、このような作歌態度は『未来』の伝統である。桝屋の短歌をいくつか見てみよう。
色のない夢ばかりみし手にのこれ今朝摘みとりしローズマリーの香
ひと刷けの落暉の雲のむかうには夕星光り鳥の訃をきく
狂気へといたる畏れを抱き初むアンモナイトの断面幽か
月の海喚起力冴えひろごりぬロールシャッハテストのごとく
最初期の歌群から意図的に選び出したものだが、これらの歌は日常の生活実感から生まれたものというよりは、「短歌という特殊な文学を作る」という強い意識のもとで作られたものに見える。モチーフは想像力から生み出されたもので、作者の日常生活に根を持つものではない。だから歌のなかに〈私〉を感じさせる要素が少ないのである。
しかし、歌集のなかで4つの時期に分類された歌群を年代順に読んで行くと、このような初期の作歌傾向は急速に姿を消してゆく。代わって目につくようになるのは、次のような歌である。
河豚刺しの歯ざはりしまし愉しみて薄くうすく鬱の削がれぬ
今年もまた柚子湯につかるよろこびを臘梅などをながめておもふ
飲み会のさそひを断り家居して火難ののちの茂吉を読みぬ
土手脇に首のねぢれた自転車がこゑを失ひ捨てられてあり
最初の歌に比べてずっと〈私〉を感じさせる要素が増えている。「河豚を食べている私」「柚子湯につかっている私」「茂吉を読んでいる私」が明白であり、歌の重心が〈私が目にしている光景〉から、〈光景を見ている私〉へと移行し、さらには〈何気ない行為に物思う私〉にまで移動していることがわかる。作者の視線が内向きに変化しているのである。
これがさらに進むと、「手許を見つめる歌」とでも呼びたくなるような鬱屈を滲ませた歌に出会うことになる。冒頭の掲載歌もそのひとつである。落胆を象徴する煮崩れた大根が煮汁に沈んでゆく様を眺める視線は、決して世界に向けられてはいない。次の歌もそうだろう。
為すことのなべてをさなく蔑されて魚の鱗をゆふべに削がむ
ひんがしに打ち据ゑられに来し旅の夜半に蕎麦湯を一人のみたる
焼き蟹の身のはぜをりて名声の壊れやすさの見ゆる思ひせり
この苦みもまた短歌の味わいであり、さらに言えばオジサンにしかわからない味である。子供の好きなオムライスやアイスクリームではなく、涙とともに食べるサンマの腸とかサザエの肝や熟成しすぎた青黴チーズの味だ。これはこれでひとつの境地であり、桝屋はこの境地を深化しつつあるように見える。
桝屋の歌にもうひとつ感じられるのは、静かな怒りと祈りである。
永遠(とことは)に非戦闘員としてわれ在るや まなこ深くに沁めよ蒼穹
広き額わたれる鳥の影もなくああ射干玉のミロシェビッチよ
オムライスの胴を匙もて抉るとき非戦闘地帯とふ言葉をぐらし
一首目は歌集末尾の歌であり、この場所に配置したのは桝屋の祈りである。三首目だけは『レ・パピエ・シアン』2004年3月号から採った近詠だが、静かな怒りがある。市井の人として静かに日常を暮す人の短歌に込められた祈りは、華やかな文学運動に身を投じる才気とは次元の異なるものだが、読む人の心を打つという点においてどちらに軍配が上がるか、答は人それぞれだろう。私は祈りの方をとりたい。
桝屋善成のホームページ「迷蝶舎」
昨今流行している口語・文語混在文体の絵記号を駆使したニューウェーブ短歌など、いったいどこの世界のことかと思わせるほど古典的な文語定型短歌で、確かに岡井の言うように格調ある歌ばかりである。新古典派の代表格と目されている紀野恵も文語を駆使するが、紀野には「白き花の地にふりそそぐかはたれやほの明るくて努力は嫌ひ」のように、肩すかしを食らわせるように日常的語法を混ぜたりする遊びと、軽さを感じさせる才気がある。これにたいして、桝屋の短歌には軽さや遊びを思わせる要素が少なく、どこまでも重厚で「腹に来る短歌」なのである。男性歌人の作る短歌には、程度の差こそあれ、どうも共通して重くて「腹に来る」傾向がある。イマ風のノリは「ブンガクを気取らない」「ジンセイを賭けない」というスタンスなのだが、桝屋は超然と流行を無視して、文学としての短歌に「人生を賭ける」姿勢を取るのである。桝屋の短歌が腹に来る理由はここにある。
『短歌ヴァーサス』第3号の荻原裕幸と加藤治郎の対談で、ふたりはなかなかおもしろい発言をしている。加藤千恵、杉山理紀、盛田志保子らの若い女性歌人に共通する特徴は、モチーフに生活の匂いがしないことだが、男性歌人のなかには「日常べったり」で書いている人がいて、モチーフ的に変化に乏しく「不景気」に見えてしまうというのである。もっとはっきり言えば「ビンボー臭い」ということだろう。そう言えば、ニューミュージックと呼ばれた荒井(松任谷)由美が登場した時にも、「生活の匂いがしない」と手厳しく批判されたものだ。その少し前までの主流は「生活の匂いのする」四畳半フォークソングだったからだ。30年の時を隔てて、同じような現象が生まれているのだろうか。女性はひたすら軽く華麗でファブリースしたように生活臭がなく、男性は地を這うような不景気という構図である。もっともいささかも不景気を感じさせない黒瀬珂瀾のような人もいるが。
断っておくが桝屋の短歌が不景気だという訳ではない。しかし、モチーフとしては作者の日常から汲み上げたものがほとんどで、このような作歌態度は『未来』の伝統である。桝屋の短歌をいくつか見てみよう。
色のない夢ばかりみし手にのこれ今朝摘みとりしローズマリーの香
ひと刷けの落暉の雲のむかうには夕星光り鳥の訃をきく
狂気へといたる畏れを抱き初むアンモナイトの断面幽か
月の海喚起力冴えひろごりぬロールシャッハテストのごとく
最初期の歌群から意図的に選び出したものだが、これらの歌は日常の生活実感から生まれたものというよりは、「短歌という特殊な文学を作る」という強い意識のもとで作られたものに見える。モチーフは想像力から生み出されたもので、作者の日常生活に根を持つものではない。だから歌のなかに〈私〉を感じさせる要素が少ないのである。
しかし、歌集のなかで4つの時期に分類された歌群を年代順に読んで行くと、このような初期の作歌傾向は急速に姿を消してゆく。代わって目につくようになるのは、次のような歌である。
河豚刺しの歯ざはりしまし愉しみて薄くうすく鬱の削がれぬ
今年もまた柚子湯につかるよろこびを臘梅などをながめておもふ
飲み会のさそひを断り家居して火難ののちの茂吉を読みぬ
土手脇に首のねぢれた自転車がこゑを失ひ捨てられてあり
最初の歌に比べてずっと〈私〉を感じさせる要素が増えている。「河豚を食べている私」「柚子湯につかっている私」「茂吉を読んでいる私」が明白であり、歌の重心が〈私が目にしている光景〉から、〈光景を見ている私〉へと移行し、さらには〈何気ない行為に物思う私〉にまで移動していることがわかる。作者の視線が内向きに変化しているのである。
これがさらに進むと、「手許を見つめる歌」とでも呼びたくなるような鬱屈を滲ませた歌に出会うことになる。冒頭の掲載歌もそのひとつである。落胆を象徴する煮崩れた大根が煮汁に沈んでゆく様を眺める視線は、決して世界に向けられてはいない。次の歌もそうだろう。
為すことのなべてをさなく蔑されて魚の鱗をゆふべに削がむ
ひんがしに打ち据ゑられに来し旅の夜半に蕎麦湯を一人のみたる
焼き蟹の身のはぜをりて名声の壊れやすさの見ゆる思ひせり
この苦みもまた短歌の味わいであり、さらに言えばオジサンにしかわからない味である。子供の好きなオムライスやアイスクリームではなく、涙とともに食べるサンマの腸とかサザエの肝や熟成しすぎた青黴チーズの味だ。これはこれでひとつの境地であり、桝屋はこの境地を深化しつつあるように見える。
桝屋の歌にもうひとつ感じられるのは、静かな怒りと祈りである。
永遠(とことは)に非戦闘員としてわれ在るや まなこ深くに沁めよ蒼穹
広き額わたれる鳥の影もなくああ射干玉のミロシェビッチよ
オムライスの胴を匙もて抉るとき非戦闘地帯とふ言葉をぐらし
一首目は歌集末尾の歌であり、この場所に配置したのは桝屋の祈りである。三首目だけは『レ・パピエ・シアン』2004年3月号から採った近詠だが、静かな怒りがある。市井の人として静かに日常を暮す人の短歌に込められた祈りは、華やかな文学運動に身を投じる才気とは次元の異なるものだが、読む人の心を打つという点においてどちらに軍配が上がるか、答は人それぞれだろう。私は祈りの方をとりたい。
桝屋善成のホームページ「迷蝶舎」