020:2003年10月 第1週 山尾悠子
または、幻想の夜の紅玉を砕けば言葉の光る粒

昏れゆく市街(まち)に鷹を放たば紅玉の
   夜の果てまで水脈(みを)たちのぼれ

        山尾悠子『角砂糖の日』

 短歌の世界で山尾悠子の名を知る人は少ないだろう。山尾はもっぱら幻想的SF作家として知られており、熱狂的愛好者がいる作家で、若干20歳で『SFマガジン』にデビューを果たしている。その作品は、『SFマガジン』や『幻想文学』誌上に発表されたまま単行本化されなかったため、長らく読者の手の届かない所にあったが、幸い『山尾悠子作品集成』(国書刊行会)が2000年に刊行され、いささか高価な代価さえ支払えば、主要な作品を読むことができるようになった。

 『集成』から作品名を拾ってみると、「夢の棲む街」「耶路庭園異聞」「私はその男にハンザ街で出会った」「破壊王」「支那の禽」「夜半楽」と並んでいて、山尾作品の内容をおぼろげながら感じてもらえるかと思う。こんな文章を書く作家である。

「仰角45度、月齢13.5の辺境の月は、依然として純粋な夜の青さの光源となっている。もはや抵抗の気力も失せた。”神”の美少年は、胴上げの姿勢で何処かへ運び去られていったようだ。」

 その作品は、ときにE.A.ポーの短編の趣を湛え、ときに倉橋由美子の不条理な世界に近づくこともある。『集成』巻末の石堂藍による解題に、山尾が自身の精神形成を回想するインタビューが引かれている。曰く、「あの頃の大学生の流行は、倉橋由美子、アイリス・マードック、ロレンス・ダレル、高橋たか子だった。アナイス・ニンやパシュラールとか。京都に住んでいましたから、生田耕作の『るさんちまん』は必読で、高橋たか子の『誘惑者』を読んで、赤江瀑を読んで。周りの人がみんなそうでしたから」「あの頃」とは、山尾が京都の同志社大学に入学した1973年の頃である。山尾が並べる名前は、涙が出るほど懐かしい名前ばかりである。「周りの人がみんなそうだった」というほど、みんな知的憧憬に駆動されて読書に耽溺した時代だったのだ。文学が必須の教養の座から滑り落ちて久しい現代から見れば、隔世の感がある。

 山尾は小説家としての活動のかたわら、若い頃から短歌を作っているという。『角砂糖の日』は山尾唯一の歌集で、1982年に深夜叢書社から刊行されている。歌集の存在は知っていたがもはや絶版で、古書店のカタログにも載らず、私にとっては長らく幻の歌集であったが、短歌を愛好する旧友のおかげで最近入手することができた。

 山尾は深夜叢書社の斎藤慎爾から、「きれいな本を作ってあげるから」と誘わてこの歌集を編んだという。深夜叢書社は、社主の斎藤慎爾が山形大学生のときに創設したひとり出版社である。黒鳥館館主・中井英夫が短歌界の裏の仕掛け人であったように、斎藤慎爾もまた、俳句の世界では知らない人はいない。その軌跡を辿りたい向きは、久世光彦他編集になる大型ヴィジュアル本『寺山修司・斎藤慎爾の世界』(柏書房)を見られるがよい。斎藤にはまた、遊び心溢れた『短歌殺人事件』『俳句殺人事件』(いずれも光文社文庫)という、短歌と俳句が重要な役を演じるミステリーのアンソロジーがあることも付け加えておこう。

 試みに斎藤の句をいくつかあげてみよう。

 百日紅死はいちまいの畳かな

 天金こぼす神父の聖書秋夜汽車

 人妻に致死量の花粉こぼす百合

 その斎藤が注目し、歌集の出版を勧めたのだから、山尾悠子の短歌が凡庸なものであるはずがない。掲載歌「昏れゆく市街に」は、集中最も山尾らしい歌だが、次のような歌が目に留まる。

 金魚の屍(し) 彩色のまま支那服の母狂ひたまふ日のまぼろしに

 角砂糖角(かど)ほろほろと悲しき日窓硝子唾(つ)もて濡らせしはいつ

 腐食のことも慈雨に数へてあけぼのの寺院かほれる春の弱酸

 鏡のすみに野獣よぎれる昼さがり曼陀羅華(まんだらげ)にも美女(ベル)は棲みにき

 夢醒めの葛湯ほろろに病熱の抱きごころ午後うす甘かりき

 春を疲れ父眠りたまふあかときはひとの音せぬ魂(たま)もたつかな

 山尾の短歌はきらきらとした言葉でできている。『山尾悠子集成』巻末の解題で、昔『幻想文学』誌上のインタビューで、「<世界は言葉でできている> というのが山尾悠子を象徴する言葉ではないか」と問われ、山尾が肯定したというエピソードが紹介されている。確かに山尾の幻想的SF小説が克明に描き出す世界は、現実のなかにその対応物を持たない。いわんや作者の実生活とはまるで接点がない。描かれた世界は<虚構> であり、<観念>である。それと同じように、山尾の短歌もまた「言葉でできている」のであり、われわれは、その中に過剰な<意味>を読みとろうとすることなく、歌のなかに散りばめられた煌めく言葉が目を射、視神経を辿って脳細胞に突き刺さる感覚を味わえばよい。これが、山尾のような視座から短歌を作る作家の正しい鑑賞態度である。

 小林恭二は『俳句という遊び』(岩波新書)のなかで、高橋睦郎の俳句世界について、「高橋が俳句を作るとき、そこには外的世界に求められるモチーフというものはなく、言葉がすべてである。上質の言葉を発見しそれを研磨しおえた時点で作品は完成する」と述べているが、この小林の言葉はそのまま山尾の作品世界にも当てはまるのである。