第215回 正木ゆう子『羽羽』

つかみたるひよこに芯のありて春
正木ゆう子『羽羽』
 都市生活を送る人間には、生きた鶏やヒヨコに触れる機会はそうはない。あるとすれば最近はめっきり見なくなったが、縁日で売られているヒヨコくらいのものだ。生まれたばかりのヒヨコは骨も細く産毛もふわふわしていて、まことに頼りない存在である。そんなヒヨコでも手で掴み上げるとはっきりと手に感じる芯があるという。この芯とは命の核にほかならない。ヒヨコを掴んだ作者は自分は今命を掴んでいるのだとハッと気づく。この気づきがこの句の生命である。作者は対象に触れる「やはらかさ」を特色とする俳人で、この句はその特色をよく表している。ちなみに正木は有季定型を基本とするが、あまり季語が句中で目立つ作り方をしない人である。そのため出来てみれば無季だったという句も混じる。掲句では「雛」が春の季語なので、一見すると季重なりなのだが瑕疵とはならないだろう。
 『羽羽』は2016年9月に春秋社から上梓された第五句集である。これまでに『水晶体』、『悠HARUKA』、『静かな水』、『夏至』の四冊の句集があり、前の三冊は邑書林刊のセレクション俳人シリーズ『正木ゆう子集』で読むことができる。句集題名『羽羽』は「はは」と読み、集中の「たらちねのははそはのはは母は羽羽」から採られている。言うまでもなく造語である。正木は今までにも数々の賞を受賞しているが、『羽羽』で高橋睦郎と並んで第51回蛇笏賞に輝いた。蛇笏賞がどんなにすごい賞かは、過去の受賞者一覧を見ればすぐにわかるが、ざっと見ただけでも桂信子、佐藤鬼房、鈴木六林男、金子兜太、鷹羽狩行、黒田杏子と、目が回るほどである。
 正木の作る句の特色は、先ほど上げた対象に触れる「やはらかさ」と並んでその居住まいの自然さではないだろうか。熊本で写真館を営んでいた両親も兄も俳句を作る人だったので、生活の中に俳句がごく自然にあったという。本人の言によると、「或る日、黄色い小菊を抱いて歩いていると、ふと季語入りの十七文字の短い言葉が口をついて出てきた」(『水晶体』跋)というから驚きである。自分が俳句を作るのではなく、俳句の方からやって来たのだ。
はなびらと吹き寄せられて雀の子
藤の花よりもはるかに桐の花
紫陽花と静かに糸を待つ針と
ひんやりと家霊もわれも跣足にて
サラダさっと空気を混ぜて朝曇
 一句目、花びらはもちろん桜の花だから落花盛んな春の終わりである。風に吹き寄せられる花びらといっしょに雀の子も片隅に吹き寄せられているという微笑ましい情景である。雀の子は春の季語。二句目、藤の花は藤棚のように人の目の高さに咲いていることが多い。一方、桐は大木で桐の花は高い所に咲く。近景が藤、遠景が桐となっていて遠近感の強い句である。ちなみに藤は春の季語、桐は夏の季語なので本来はまずいのだが正木は気にしないのだろう。三句目、紫陽花だから季節は梅雨時の6月である。糸を待つ針とは針山に刺された針と読んだ。紫陽花は室外で庭か道に咲いていて、針山は室内にあるという対照の句。静謐さが際立つ。四句目、夏期休暇で田舎の実家に帰省した折の句であろう。家霊が居るのだから年期が入った古い日本家屋である。季語は「跣足」で夏。五句目、「朝曇」は夏の季語なので、夏の朝の食卓風景で、ポイントは言うまでもなく「空気を混ぜて」。爽やかさが匂い立つ。
 正木の長兄の正木浩一は1992年に49歳の若さで鬼籍に入っている。ゆう子は俳句仲間でもあったこの兄を慕っていたようで、1993年に自ら編集して『正木浩一句集』(深夜叢書社)を上梓している。また父も特別な存在だったようで、ゆう子には父を詠んだ句が少なからずある。その父もすでに他界し、本句集で詠まれているのは母の死である。句集題名『羽羽』は母恋を表しているのである。
けふ母を死なさむ春日上りけり
死にゆくに息を合はする春の星
もうどこも痛まぬ躰花に置く
此処すでに母の前世か紫雲英畑
たましひの寝そべるによき麦の秋
 肉親の死は身を引き裂かれるように悲しい。親を看取った経験のある人間には三句目は殊に心に響く。死は悲しいが、それは病苦や痛みからの解放でもあるからだ。四句目もはっとする句で、ゲンゲが咲いている畑は現実のこの世の光景だが、来世に生まれ変わる母親にとっては、もうそれは前世である。地軸がグラリと揺らぐ感覚がある。
 親の死にはあまり気づかれない意味がある。自分が子供の頃は、両親がいて祖父母がいて、死は抽象的にしか捉えられない遠い存在である。しかし祖父母に続いて親が死ぬと、自分と死を隔てていた防波堤がなくなる。親は私に死が迫ってこないよう堰き止めてくれていたのである。親が死ぬとそれがなくなり、私は剥き出しで死に直面する。親を亡くすと初めてそれがわかる。
 正木は俳論もよくする人で、『起きて、立って、服を着ること』(深夜叢書社)という俳論集があるが、一部はセレクション俳人シリーズ『正木ゆう子集』で読むことができる。「生命と俳句 — 俳句とは何か」と題された文章の中で、正木は「二句一章が呼び込む不思議」と「一句一章が切り取る瞬間」という言葉を使っている。二句一章とは一句の中に切れがある句で、一句一章は切れが最後にある句を言う。俳句を俳句たらしめているのは「切れ」である。ここが短歌とちがう。短歌には切れがなくてもいっこうに構わない。正木によれば切れは論理が切断される場所で、切れによって俳句は論理の飛躍と時空の超越を可能にするという。例えば、「少年や六十年後の春の如し」(永田耕衣)では「少年や」で切れる。目の前の少年は現在にいるのだが、それと同時に60年後の未来にもいるというように、時空が捻れている。一方、一句一章は「流れ行く大根の葉の早さかな」(高浜虚子)のように瞬間を切り取ることによって、モノの存在を顕現させる力があるとする。
 これを踏まえて改めて上に引いた句を眺めてみると、圧倒的に一句一章が多い。正木の論に従えば、切れによって論理を切断し時空を捻れせしむる句よりは、瞬間を切り取ることで存在を顕現させるタイプの句を好むということになる。正木の文章に、「自己が詩となって時を充填できるのは、今の瞬間においてだけであろう。なぜならそこでしか人は時と交差しないからだ」とあるのもそのことを裏付けている。最近、「私の俳句は、私が『今』『ここ』に在ることの証でなければならない」という上田五千石の言葉を知ったが、正木の文章と通じるものがある。翻って現代の歌人は自らの歌の根拠をどのように考えているのだろうかとふと思ってしまう。
 本句集から以下赴くままに句を引いてみよう。
青葉木菟眼底月の逆さ影
飛ぶ鳥のまりにも水輪春の湖
降る雪のときをりは時遡り
天地創造葛湯の匙を引き上げて
月の出や前脚そろへ狐の子
はだれ雪鹿のかたちに鹿の骨
うすらひのふれあふおととわかるまで
 一句目、青葉木菟は夏の季語。アオバズクの眼底に月が逆さに映っている。われわれ人間も同じで、水晶体を通過した光は網膜に天地逆さの像を映す。写生ではなく想像の句である。二句目、鳥が糞を落とすと静かな小面に水輪ができる。それほど穏やかで静かな湖面なのである。「水輪」は俳句では「みなわ」と読むが広辞苑にも載っていない。「湖」は「うみ」と読む。三句目、雪は上から下に落ちてくるが、時折突風にあおられて上に流れる。それを時間を遡ると表現している。四句目、正木にはときどきこのような宇宙的スケールの句がある。葛湯を作ってかき混ぜたスプーンを引き上げると、先から雫が垂れる。それが日本書紀に書かれているイザナギとイザナミの国造りのようだと詠まれているのである。五句目はとりわけ可愛い句である。「月の出」は秋の季語。山端に上る月を狐の子が見ているのだ。ポイントは「前脚そろへ」。六句目、雪が溶けるとそれまで雪に被われて見えなかったものが姿を現す。絶命した鹿の骨である。鹿の骨が鹿の形をしているのは当たり前なのだが、そう詠まれるとなるほどと気づかされる。七句目は平仮名表記で柔らかくしてある。薄氷がぶつかり合う音は聞こえないほど微かだからである。
 俳句は自然だけでなく人事も詠む。本歌集には東日本大震災と福島第一原発事故に思いを馳せる句もあり、句集の奥行きを深くしている。充実の句集である。
真炎天原子炉に火も苦しむか
校庭をはつるや花にまだ早く
原発まで十キロ草の花無尽
絶滅のこと伝はらず人類忌

 

 

第42回 正木ゆう子『夏至』

月はいま地球の真裏ふたつ蝶
        正木ゆう子『夏至』
 朝日新聞の毎週月曜の朝刊に歌壇・俳壇のページがある。中にコラムがあり、俳句時評と短歌時評が交互に掲載される。書き手は様々だが、まだ知らない歌人・俳人を紹介してくれるのが楽しい。2009年12月7日のコラムでは、加藤英彦が「押入をあけて眠れば藻の花の咲きゐるさむきみづうみへゆく」という松平修文の歌を引いて、この歌には微かに死の匂いが感じられるという趣旨のよい文章を書いていた。2009年11月30日には、俳人の五島高資が、「死界からの詩境」と題したコラムで高岡修の話題の詩集『火曲』に触れて、俳人でもある高岡の俳句を紹介している。私は浅学にして高岡修という俳人を知らなかったので、さっそく句集を買い求めようとしたが、版元のジャプランから品切れを詫びる手紙が届いた。それが何と高岡本人の直筆である。ジャプランは高岡の個人出版社らしい。私は歌人や俳人の方々からいただいた手紙や、寄贈された本に添えられた一筆箋などは、断簡零墨に至るまで保存しているので、高岡肉筆の手紙もありがたくファイルした。それにしても句集を読めないのが口惜しい。インターネットの古本サイトでも見つからない。現代詩人の城戸朱理がブログで紹介しているので、数句引いてみよう。
虚無の世に舌入れている縄の端 『蝶の髪』
雉一羽、暗喩の森を踏みまよう
猟銃の美しい思想である紅葉
死者の眼に朝の湖底となる葡萄
転生は北半球の花あやめ
たれもみな未完のさくら死にゆかむ
水のそら蝶生れるまで蝶を書く
 城戸がメタ・ポエム的傾向が強いと評する高岡の俳句世界には非常に惹かれるが、句集が読めないことにはいたしかたない。というわけで今回は、東大の沼野充義も今年の収穫として挙げていた正木ゆう子の第四句集『夏至』である。正木は1952年生まれ。句集『水晶体』『悠 HARUKA』『静かな水』で数々の賞を受賞した句界の中堅を担う逸材である。「しづかなる水は沈みて夏の暮」「やや甘き土になるべく落つる桃」「海鞘切れば海ほとばしる刃先かな」など、日頃から私の愛唱する句が多い。『静かな水』のテーマは月と水だったが、今回のテーマは太陽だという。句の配列は編年体を採らず、編集により巡る季節と座に配置されている。表紙には「俳句は世界とつながる装置」という言葉と、「半年後、私たちは太陽の向こう側にいる」という言葉が印刷されている。後者は安野光雅が「私たちは太陽は遠いと思っているけれど、半年後には太陽の向こう側にいるんですよ」と言ったのを受けている。もともと正木の俳句は対象にやわらかに入っていく感覚に優れているが、本句集ではそれに宇宙的感覚が加味されている。それが発揮されている句から引いてみよう。
つかのまの人類に星老いけらし
仰ぐほかなければ仰ぐ天の川
北辰のずれとことはに星月夜
月はいま地球の真裏ふたつ蝶
うすずみの洞なす雲へ鷹柱
   ヒトが地上に出現してたかだか数百万年なのにたいして、星々は数十億年の星霜を重ねているという対比が一句目の眼目で、スケール感が大きい。短歌でこのスケール感に匹敵するのは井辻朱美くらいではないか。二句目では「仰ぐほかなければ」が天の川の圧倒的な存在感を表現している。語句の斡旋が対象の存在をまざまざと感じさせるところに句の力がある。北極星は地球の自転軸を北方向に延ばした所に位置しているため、天球上で不動に見えるが、実は自転軸から一度ずれている。三句目の「北辰のずれ」はこの一度のずれのこと。一度という宇宙的尺度から見ればわずかな差異と、永遠を意味する「とことはに」の取り合わせにより、一句の中に天文学的空間と時間を閉じこめているところがすごい。四句目の「ふたつ蝶」は虚空を高速で移動する地球と月の喩と読んでもよいし、前二句とは切れていると読んでもよかろう。鷹柱とは、小型の鷹の一種であるサシバが南方へ渡る際に、上昇気流を利用して上空へと集団で昇る様を言い、秋の季語。天に駆け上る柱は壮大であり、またその陰にこれから渡る南方も揺曳する。
 こういったスケール感の大きな句の傍らで、逆に細やかな観察に基づく句が本来正木の得意とするところである。
蝉すでに老いて出でたる蝉の穴
あさがほの蘂さし出づるところ白
稲雀散るご破算をくりかへす
先ず土に固定をいそぐどんぐりぞ
暮れてゆくどの水底も蜷の道
 蝉は地中で10年にも及ぶ幼虫期間を過ごし、成虫期間はわずか二週間にすぎない。確かに地上に出た時にはすでに老いているとも言える。そう表現するとき微かに哀れさが漂う。朝顔は江戸時代から都市住民に好まれ、品種改良が進んで色も形も様々である。しかし萼が外から支え内側に蘂のある部分だけは白い。俳句はおもしろい形式で、当然の事実を改めて表現するところに発見があり、朝顔の姿が読者の脳裏にくっきり浮かぶ。朝顔は秋の季語。稲が実る田に群がる雀は、ささいなことに驚いて飛び立つ。その様を算盤のご破算に見立てている。どんぐりは地上に落ちて次代の生命を引き継ぐのだが、別に固定を急いでいるわけではない。しかし作者の目にそう見えるところがおもしろい。五句目は観察の句ではない。作者には川底は見えないからである。どの川底にも川になが棲息し、ゆっくり移動しているだろうというのは作者の想像である。いずれの句にも正木の対象を見るやわらかな眼差しが感じられる。
 次ははっとさせられる句。
進化してさびしき体泳ぐなり
地続きに狼の息きつとある
甲種合格てふ骨片や忘れ雪
鮠の子の水より淡く生まれけり
潜水の間際しづかな鯨の尾
ちょうど今たった今綿虫と居る
 一句目で作者はおそらくプールで水泳をしており、ヒトの祖先が太古に魚だった時代に思いを馳せている。「進化」は本来プラス方向への変化を意味するが、作者にはそうは思えないのだ。水中を自在に泳ぐ魚と比較して、ヒトはほんとうに幸福かという思いがある。この思いを軸に一句の中で現在と太古が交差する。二句目では、自分のいる場所と北方の狼の棲息する大地とは地続きなのだから、今私の頬を撫でている風の中にもきっと狼の息が混じっているにちがいないという。想像力を梃子に広大な空間を一挙に超えるところは、大滝和子の秀歌「観音の指の反りとひびき合いはるか東に魚選るわれは」と通じるものがある。しかし、俳句は短歌より少ない十七音でこの飛躍を実現するのだから、驚くべきことだ。このような句に出会うと、言葉の持つ潜在力が十二分に発揮されている奇跡に立ち会うような気がして、他に得られない深い喜びを感じる。三句目は父親の死を詠んだもの。この句の前にある「死もどこか寒き抽象男とは」と並んで慄然とさせられる句である。四句目も正木らしい句で、はやはウグイ・カワムツ・モツゴなどのコイ科の川魚の総称で、小型で細身の魚のこと。卵から孵ったばかりの透き通る稚魚を水より淡いと表現するところに、正木が対象に触れるやわらかさがある。五句目は鯨が身を翻して潜水する様を詠んだ句で、尾鰭が一瞬静止する瞬間を捉えるところに俳句の持つ瞬発力がある。六句目は私が特に好きな句。晩秋に空中を浮遊する綿虫が目の前に来た瞬間を詠んだもの。何でもない瞬間が、実は二度と反復されることのないかけがえのない瞬間であるという一期一会感覚が、一句の中から溢れだしている。俳句は小さな対象を捉えるに適した形式だが、対象自体は小さくとも、その対象が引き連れて来る世界は広大無辺である。こういう句を読むと、日々の塵埃にまみれて凝り固まった脳のシワが伸びる心地がする。
 最後にこれは参ったという句を。
さざなみはさざなみのまま夏の暮
 夏の夕暮れは凪で風が止み、海は一面夕日に煌めく漣である。しかしこう解説してもこの句の不思議な魅力は説明できない。二度繰り返される「さざなみ」に、対象を静かに肯定し、鎮魂のごとく魂を慰撫する眼差しすら感じられる。句の前に言葉が消え、清浄な感覚だけが残るのである。