第195回 江戸雪『昼の夢の終わり』

昼すぎの村雨の後ふいに射すひかりよそこにうつしみ立たす
江戸雪『昼の夢の終わり』
 村雨は夏の季語だから季節は夏。昼過ぎに俄雨が降るがまもなく止む。まだ空には雨を降らせた黒い雲が漂い、空気中に水滴が残っているが、ふいに一条の日が射す。まるでヤコブの階段のようだ(ただしこちらは冬の景色だが)。その光の中に立つ現そ身とは〈私〉に他ならない。〈私〉がそうである現そ身とは、驟雨の後に射す日の光の中にたまさか現出したものにすぎない。この歌を貫いているのは「須臾しゅゆ感覚」だろう。淋しく美しい歌だ。
 『昼の夢の終わり』は2015年11月に上梓された江戸の第六歌集である。この1年前に第五歌集『声を聞きたい』が出版されている。わずか1年の間隔で歌集を出すというのはふつうはないことである。江戸がそうした理由は生き急いだからだ。本歌集のあとがきに、「一ヶ月ほど入院して手術をした。危ない情態だったそうだが危機感はほとんどなかった。なんということか。」とさらりと書かれているが、病を得て入院し手術したことが著者にとってきわめて重大な事件であったのは、本歌集を一読すればわかる。
生きるとはゆるされること梔子くちなしの枯れゆくようにわれは病みたり
あといくつ夏はあるだろう淀川のぶあつい水のそばに佇ちつつ
この夏は鈍感になろうこの夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす
もし泣くとしたらひとつの夏のため ほそいベルトのサンダルを買う
 秋に手術を控えた夏の時期に作られた歌だろう。「臓器を喪くす」に「喪」という漢字をわざわざ当てたところに作者の心の有り様が感じられる。また一首目にあるように、自分はあといくつ夏を過ごせるのだろうかという疑問を抱くほどの病状だったと推察される。
 病を得たときに人がそれまで以上に鋭く意識するのは「時間」である。時間軸を過去方向に辿れば「自分は今まで精一杯生きて来ただろうか」という苦みを伴う想いが湧き上がり、未来方向に辿れば「自分にはあとどれくらい時間が残されているだろうか」という切実な想いが胸を突く。江戸の場合も同じであり、この歌集は「時間をめぐる変奏」が隠れた主題となっている。
花があるその下にひとはスカーフをなびかせ時を見送っている
うしなった時間のなかにたちどまり花びらながれてきたらまたゆく
けてわれには生きたと言える時間どれくらいあるきいの菜の花
いちはやく秋だと気づき手術台のような坂道ひとりでくだる
来るひとはみな美しくほほえんでこの世の時をくっきりまとう
われはいまどの時間のなかにいる 黄色い薔薇が窓辺にまぶし
ストーブを消して静かな窓の辺のわれに残りの時間ながれる
分かれてはまた重なってゆく水を川には川の時間があって
 一首目は不思議な歌で、「ひと」と表現されているのは作中の〈私〉だろう。〈私〉はスカーフを靡かせて、まるでバスを見送るように時間を見送る。なぜそうするかと言えば、〈私〉は時間に乗り遅れたからである。二首目も負けず劣らず不思議な歌で、隠れた主語が〈私〉だとすると、「うしなった時間のなかにたちどまり」とは過去の回想に耽ることと解することができる。花びらを合図のようにして〈私〉は過去から脱して再び時間の流れに復帰する。三首目は解説不要。四首目は上に引いた「夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす」の歌と併せて読まなくてはならない。なぜいち早く秋だと気づくのかというと、手術の予定が秋に控えているからである。だから〈私〉は時間の経過に鋭敏になっているのだ。「手術台のような坂道」という直喩に驚く。五首目は病院に見舞いに来た人を詠んだ歌。〈私〉の時間と彼らの時間はもはや交わることはないという想いが潜む。六首目の「どの時間」という表現が示唆するように、時間の流れはひとつではなく複数なのである。そのことは最後の八首目の歌にもはっきりと詠われている。
 江戸の今までの歌集とのもうひとつの違いは、故郷の大阪を詠んだ歌が多いことだろう。これまでの歌集にもないわけではないが、本歌集にはより多くの歌が見られ、また郷土愛を率直に表現した歌が多い。その理由は言うまでもなかろう。
のんのんとわたしのなかに蠢いている大阪よ木津川安治川
まよなかの大渉橋おおわたりばしはわれひとり渡しふたたび空っぽとなる
打合せ終えて初夏しばらくはひかる堂島川を眺める
栴檀木橋せんだんきのはしうつくしそれゆえ渡ることなく時は過ぎたり
溶接の工場のまえにすっきりと真白き薔薇が咲いておりたり
さびしくて松ぼっくりになろうかな土佐堀通りをしばらく歩く
蒼き水を淀川と呼ぶうれしさよすべてをゆるしすべてを摑む
 八百八橋と称されていただけあって、大阪には川と橋が多い。江戸の歌に登場する大阪も川と橋が中心である。そういえぱ大阪の有名な地名も、天神橋、天満橋、淀屋橋など、橋ばかりである。なかでも四首目の栴檀木橋という名は風雅だ。なんでも橋のたもとに大きな栴檀の木があったのが名の由来だという。
 橄欖追放の前身である「今週の短歌」時代に江戸を取り上げたときには、「ぐらぐらの私」と、「ぐらぐらの私を世界に投射することによって得られる世界把握」というようなことを述べた。感情をぶつけてそのエコーによって世界を把握するような姿勢に変わりはないのだが、本歌集にはそれとはまた肌合いの異なる一本の芯のようなものが感じられる。それは病を得たことで直視せざるをえなくなった自らの「死」と「時間」である。それらへの濃密な想いが収録された歌のあらゆる場所に感じられることが、本歌集を一種独特な色合いに染め上げていると言えるかもしれない。

生きているということなのだクロユリを風が揺らしているこのときも

 上に述べたような眼でこの歌を読むと、黒百合が風に揺れているという何気ない日常風景にも、強い「いま・ここ」感覚が感じられるだろう。最後にいかにも江戸らしい世界把握と、辛い経験をしたにもかかわらず強さが感じられる歌を挙げておこう。

さびしさを摑んでそして突き放す安治川に陽がつよく射すとき

 

124:2005年10月 第1週 江戸 雪
または、「ぐらぐらの私」を世界に投射する歌

薄明に水分多きかたまりと
   なるわがからだ転がしておく

         江戸雪『百合オイル』
 実はずいぶん前に江戸の歌集を読み,歌論を書こうとしたことがある。そのときいろいろなメモを取ったが江戸の短歌の本質を掴もうとして掴み切れず,あきらめて書くことを断念した。こういうことは珍しい。江戸の歌の世界に入り込もうとすると,歌はまるで弾性体であるかのように私の読みを弾き返したり,まるで液体ででもあるかのようにするっとすり抜けたりして,歌から受ける印象が拡散してしまったのだ。統一像を得ることができないというのが私の印象だった。

 今回再挑戦してみて,印象に残った歌に付ける付箋の場所が前回読んだ時とはまったくちがっていることを興味深く感じた。それは江戸の歌を読むときの読者としての私の〈構え〉が変化したためである。前回読んだときに付箋を付けたのは,たとえば次のような歌であった。

 雨はやみたとえばひとの声のするくろい受話器のような夕闇

 ぼくたちに遠くなりゆく海の音紺のセロファンのぞいてみても

 他界への坂のびてゆくにわたずみ君つまさきをじわりとのせたり

 ふたつぶの白き錠剤あかときにひとの闇へと落ちゆくをみる

 浮草のあおさつめたさ広がりて日傘まわせば陽がとびちるよ

 一首のなかに印象的な視覚像がくっきりと描かれており,叙景を通して叙情に至るという短歌的結構に忠実である。これらの歌は今でもとてもよい歌だとは思うけれども,歌集を読み進むうちにこれらは必ずしも江戸の本質を表わす歌ではないと考えるようになった。二度目に読んで付箋を付けたのは,たとえば掲出歌である。自分の身体を「薄明に水分多きかたまりとなる」と,まるで動物か家畜であるかのように突き放して表現し,「転がしておく」といささか乱暴に放り出すこの〈私〉の放り出し方にこそ,江戸と短歌のあいだにある距離感がよく表われているのではないか。これと同じような距離感を感じる歌を,第一歌集『百合オイル』から探して並べてみよう。

 こでまりをゆさゆさ咲かす部屋だからソファにスカートあふれさせておく

 たわみやすい歩道橋のうえ大声にうたうたうなり誰もいないから

 飲みほしたビールの缶をぱこぱこといわせて歩く海までの道

 思い出を確かめながら渡る橋バックシートにCDなげて

 陽のなかに蝶ひるがえるかるさなら胸に入りこよ すきまだらけさ

 アンテナの壊れた車走らせる逃げだすように逢いにいく夕

 革ジャンが硬くて君に届かない 二段とばしにのぼる階

 これらの歌には上に引用した歌群のような安定感がない。その理由は明らかで,〈私〉がぐらぐらと揺れているからである。近代の写生短歌の要諦は,静止した〈私〉の視点からの情景の切り取りであるが,江戸の短歌の〈私〉はひと所に安定して静止していない。藤原龍一郎はセレクション歌人『江戸雪集』の解説のなかで,江戸の〈私〉が静止していないさまを「スピード感」と表現し高く評価した。そういう見方もできるかもしれないが,私は少しちがうと思う。スピード感ではなくむしろ「〈私〉のぐらぐら感」とでも表現したほうがよい。ではなぜ江戸の〈私〉はぐらぐらと揺れているのか。その時々でさまざまな感情に突き動かされているからである。

 上の一首目では「だから」という理由を表わす接続詞が,上句と下句をいささかも論理的に結合していない。「こでまりをゆさゆさ咲かす部屋」と「ソファにスカートあふれさせておく」のあいだには,「だから」で結ばれるような論理的関係がない。このため「だから」を強引に用いる隠された理由がこの歌の背後にあることを読者は感じざるをえないのだが,それはおそらく感情的理由だろう。二首目では〈私〉には往来で大声で歌を歌う理由があるにちがいないが,それも明かされていない。この歌で注目すべきは「たわみやすい」という連体修飾語で,〈私〉は自分の行為が歩道橋をたわませる危険性があることを知っているのである。そこに漠然とした危機感が感じられる。四首目でなぜ〈私〉はバックシートにCDを投げるのか。ふつうなら大事なCDはグローブボックスにしまうだろう。ひとつの可能性は,誰かとの思い出のあるCDで,思い出といっしょにCDも放り出すのである。このように江戸の歌に登場する場面や行為は,〈私〉の感情に浸されている。サヴァランというフランス菓子が,甘いラムシロップに芯までびしょびしょに浸されているように。そして大事なことは,「〈私〉のぐらぐら感」はとりも直さず「世界のぐらぐら感」と直結しているということだ。

 いらだちをなだめてばかりの二十代立ちくらみして空も揺れたり

 『百合オイル』の巻頭歌であるが,ここには「自分が揺れることは世界が揺れることだ」とする強い感覚がある。つまり江戸は「〈私〉のぐらぐら感」を唯一の根拠として,世界を歌のなかに掬い取ろうとしているのである。江戸の短歌の不思議な魅力と,それと裏腹をなす統一的〈私〉の不在感は,江戸の特異な世界把握の方法論に由来する。

 小池光他編『現代短歌100人20首』(邑書林)では,自選短歌20首とともに作歌信条の寄稿を求めているが,江戸は求めに応じて「自分の中にある愛情や憎しみといった感情から自由になりたい」と書いた。こんなことを書いた人は他にはいない。他の歌人は,「言葉の持つ力を活かしながら,生を基盤とした歌を作ってゆきたい」(横山未来子)とか,「現実を通しながら,存在の奥,意識の深みにあるものを探る」(内藤明)などと信条を述べている。江戸が書いたのは信条ではなく願望だが,江戸にとって身内にうずまく制御しがたい情念は持てあましものであり,江戸がそのことにこだわっていることを物語っている。

 激情の匂いするみず掌(て)にためてわたしはすこし海にちかづく

 今日を得てまた失いてぐらぐらとはずれそうなり外れない耳

一首目は第二歌集『椿夜』の巻頭歌である。ほんとうは水に激情の匂いがあるわけではない。水は無味無臭であり,水に激情の匂いをつけたのは他ならぬ江戸自身である。二首目は不思議な感覚の歌だが,ズバリ「ぐらぐら感」に溢れている。このように江戸の世界把握は,「ぐらぐらの〈私〉」を世界に投射することによってなされるのである。

 川野里子は江戸には液体感覚が感じられるのにたいして,田中槐は固体感覚であるとした上で,両者の共通点について次のように続けている。

 「感覚を際だたせた世界へのアプローチ、対象の輪郭を消しつつ世界の歪みを感じ取る歌い方、共に人間を感情の面から鋭敏に感受している、といった要素である。(中略) 液体感覚や固体感覚は、言ってみれば世界の輪郭が崩れた後、人間が分節された後の世界把握の仕方に他ならない。これらの歌は自らを「激情」や「泣き声」といった感情のパーツとして世界に投げ出し、トータルな人間像を拒否している。しかし、それと引き替えに世界に手触りを得、感情の背後に分断されながら、しかししっかりと在る「私」を置いてゆくのだ。」(未来 2002年10月号、web版)
 川野らしい実に鋭い分析でほとんど付け加えるものがない。「自らを『激情』や『泣き声』といった感情のパーツとして世界に投げ出し」というくだりがまさにその通りなのである。私が最初に江戸の歌集を読んだときに,歌の背後から立ち顕れる統一的〈私〉のイメージを得ることができなかったのはこのためである。なぜなら一首のなかに投げ出される〈私〉は決してトータルな〈私〉ではなく,その時々の感情によりパーツ化された部分的〈私〉にすぎないからである。このようにパーツ化された〈私〉をいくら積分しても統合された〈私〉は得られない。

 しかし第二歌集『椿夜』に至って微妙な変化が見られる。江戸が出産により男児をもうけたためである。「臨月」と題された連作のあたりから,急に歌に整序感が満ちるようになる。

 砂の城くずれおわりて目覚めれば冬の陽のなか汝はおりたり

 夏雲の気配なりけりバックシートにタオルを握る色白の子は

 抱くばかり焦ってばかりの夕暮れを子の髪空へ流すベランダ

 水仙に眸ありやと見ておれば子のてのひらがひきちぎりたり

 〈私〉と世界のあいだに子供というくさびが打ち込まれたことにより,『百合オイル』に充満していた「ぐらぐら感」は影を潜めて,江戸の世界は急速に安定感を増したようだ。車のバックシートには赤子がいるのだから,もうCDを放り投げたりはしないのである。また女性歌人にとって子供を詠むというのは近代短歌の大きな主題のひとつで,江戸の歌がこの伝統的水脈に身体を添わせたとも言えるかもしれない。主題はしばしば世界の見え方を規定するからである。

 もっと最近の歌を見てみよう。

 胎児なればわれのものかも雨の夜にひきはがされてそっと焼かれき 『短歌』2004年10月号

 噴水は夜空をたかく持ち上げて明日あらばわがかなしみを消せ  

 ぐらぐらと頭の上のあかい花見えるひと出ていってください
                       『短歌ヴァーサス』4号,2004年7月

 歪みたる天より紐のたれてくる 部品はずしてのぼりゆきたり

 ひらひらと爪ふたひらを飛ばすごと蝶をみおくるまぶしき空へ 

 歌から察するに第二子を流産するという不幸な出来事があったらしい。この時期に発表された歌には子を喪った悲しみが満ちていて胸を打たれる。しかし歌に話を限定するならば,江戸の歌は確実に奥行き感を増している。『短歌ヴァーサス』の一首目に見られるように,仮に〈私〉のぐらぐら感がまだ残っていたとしても,その感覚には今や確かな理由という裏付けがあるからであり,かつてのように〈私〉のぐらぐら感を直截に世界に投射するということはなくなっている。それは江戸のなかで時間が流れ蓄積されたからであり,世界を構成する要素として新たに「過去」と「未来」が確実な重みを持つようになったからである。ひと言でいうならば,江戸は「歴史」を手にしたのである。