夕映えに逆らふごとく耐へゐるか
君の眼に棲む水鶏(くひな)を放て
大口玲子『海量』
君の眼に棲む水鶏(くひな)を放て
大口玲子『海量』
歌人の輩出数において早稲田大学は群を抜いている。篠弘、藤原龍一郎、福島泰樹、三枝昂之、小島ゆかり、俵万智など数え切れないほどである。大口もまた早稲田大学文学部に入学し、佐佐木幸綱の「心の花」に入会した歌人である。1998年に「ナショナリズムの夕立」で角川短歌賞を受賞、第一歌集『海量』で現代歌人協会賞を受賞するという華々しいデビューを果たしている。大口は1969年生まれだから、角川短歌賞受賞はまだ19歳の大学在学中である。続く第二歌集『東北』では、第一回前川佐美雄賞を受賞している。ちなみに『海量』は「ハイリャン」と読み、中国語で大酒飲みのことを言う。早稲田大学卒業後、日本語教師になり、中国に赴任した経験から出た題名である。これまたちなみに作者の名前は「おおくち りょうこ」と読むのが正しい。
『海量』の解説で佐佐木幸綱が書いていることだが、大口は高校時代剣道少女であり、早稲田では「思惟の森の会」という農業経験を通じて農家の人たちと交流するサークルの熱心なメンバーであったという。もともとアウトドア派なのである。『海量』にはこのような自然と人間との触れ合いから生まれた歌が多く見られ、それが大口の短歌の特色ともなっていることは、誰しも認めるところであろう。
精神の青葉若葉を揺らしつつ山頂までの下見を終へつ
チェーンソーでいつしんに樹木切りながら我は快楽の底にしゐたり
下草を刈りすすむ人の広き背をときどき隠す木々の骨格
中国で日本語教師として働いていたときや、外国から来た留学生に日本語を教えるときの心の屈折を詠んだ歌もまた、大口の個性を示す歌として引用されることが多い。
起立して中国国歌を聞きおれば剥かれゆく蜜柑のごとき我かも
答へられぬ学生に深く立ち入れば星選ぶやうに助詞選びをり
日本語で君の心を区切りたればその曖昧さを君は指弾す
二ヶ月だけ若い恋人との相聞も、若く傷つきやすい青春の恋愛歌としての清新さに満ちている。恋人はどうやら新聞記者らしい。
たつた二か月若かりき君は若きまま今も我が名を呼び捨てにして
かぎりなく遠くなりゆくものとして喉仏ふるふさまを見てをり
くちびるを押し開かるるごと苦し雨夜ひとりの名前を呼べば
しかし大口の個性の強さはむしろ飲食と飲酒の歌にある。私は次のような歌をとてもおもしろく読んだ。
南湖の量、否、海の量の酒を飲み語らむと逢ふ夕暮れはよし
空腹を抱へ山より戻り来しゆふべゆふべのどんぶり飯よ
言葉より深く信ずるスヂ肉をながくながく煮て犬とわけ合ふ
作者の名を隠して提示したら、誰も女性歌人の歌とは思わないだろう。大口の個性はこのように、手弱女振りとか纏綿たる情緒といった、伝統的に女歌の特色とされて来た枠組みを自在に跳び越えて、自己と現実の向き合う様を大胆かつ細心に詠うところにあると思われる。
ところが私は第一歌集『海量』をおもしろく読みながらも、心のどこかで解決のつかないような居心地の悪さというか、不安定感を感じていた。ネット検索で前川佐美雄賞の選考評を見つけ、審査員のひとり三枝昂之の「助走なしの全力疾走」という大口評を読んだとき、なるほどと腑に落ちるところがあった。大口の短歌は、方法論なしの全力疾走体当たりなのである。ここで方法論というのは、作歌にあたっての技術的方法論という意味もあるが、むしろ〈私〉と短歌と現実のあいだの距離の取り方という、生き方にかかわる部分が大きい。
やめてゆく学生の前で鳥のごとく我は日本語を啄み泣けり
炎昼に母語は汗して立つものを樹皮剥ぐごとき剥奪思ふ
「助走なしの全力疾走」に由来する振幅の大きさがこのような歌を生み出すのだが、トレーナーの指導なしで練習しすぎる高校野球の投手が肩を壊しがちなように、方法論のない全力疾走は体のどこかに無理が来る危険性を孕んでいる。
その予感は第二歌集『東北』で不幸にも的中する。大口は結婚して東北に移り住むのだが、抑うつ状態を発症して入院を繰り返すようになる。歌集前半には新天地に住む新しい経験を詠んだ歌が並んでいるが、次第に歌に孤独の影が深くなるのである。
こともなげに桜花を散らす風に吹かれ孤独の砂ぶくろわれにあり
約束を一つも持たず人と居てわれはもうじき三十歳になる
分析し尽くされわが精神は秋青空に透きて見えざる
この歌集の圧巻は何と言っても、抑うつ状態で入院中に詠んだとおぼしき次のような歌を収めた連作である。
夜ごと泣く妻とはなりて 東京が怖い。短歌が、点滴が怖い
はさみ、シェーパー取り上げられてもまだ我は刃物秘め持つ気がしてならず
ミカちやんが突然壊れガラス割るかくもあつけなく人は壊るる
遠山光栄「脳病院にて」どのやうに歌書き留めてゐしかと思ふ
やすやすと我は壊れずマットレスと便器だけの保護室を見学す
短歌技法という観点から見れば、直截でストレートに過ぎる歌がある。第一首など短歌になっていない叫びのようなものである。これらの歌において、大口の〈私〉はひりひりと剥き出しの肌でまさに現実と肉薄していると言えるだろう。しかし、こういう歌は読む方もつらい。
『東北』後半にはあまり広がりのない歌が多い。好きな歌につける付箋は『海量』後半にはたくさん付いたが、『東北』後半に至って少なくなるのは読んでいて淋しい。『海量』巻末の連作「ほたる放生」や、『東北』の「ヒロシマ私の恋人」に見られるような、主題意識と方法論の明確な歌においても大口は才を見せているが、「助走なしの全力疾走」だけでなく、このような方向をもう少し意識的に押し進めていればと考えてしまうのである。
つらぬきて沢流るると思ふまで重ねたる胸に螢をつぶす
夏至の日の思ひ撓めりほたるほたる螢の水をゆふべ飲みにき
惜しみつつ振り落としたるほたる地に息づくやうに明滅しをり
『海量』の解説で佐佐木幸綱が書いていることだが、大口は高校時代剣道少女であり、早稲田では「思惟の森の会」という農業経験を通じて農家の人たちと交流するサークルの熱心なメンバーであったという。もともとアウトドア派なのである。『海量』にはこのような自然と人間との触れ合いから生まれた歌が多く見られ、それが大口の短歌の特色ともなっていることは、誰しも認めるところであろう。
精神の青葉若葉を揺らしつつ山頂までの下見を終へつ
チェーンソーでいつしんに樹木切りながら我は快楽の底にしゐたり
下草を刈りすすむ人の広き背をときどき隠す木々の骨格
中国で日本語教師として働いていたときや、外国から来た留学生に日本語を教えるときの心の屈折を詠んだ歌もまた、大口の個性を示す歌として引用されることが多い。
起立して中国国歌を聞きおれば剥かれゆく蜜柑のごとき我かも
答へられぬ学生に深く立ち入れば星選ぶやうに助詞選びをり
日本語で君の心を区切りたればその曖昧さを君は指弾す
二ヶ月だけ若い恋人との相聞も、若く傷つきやすい青春の恋愛歌としての清新さに満ちている。恋人はどうやら新聞記者らしい。
たつた二か月若かりき君は若きまま今も我が名を呼び捨てにして
かぎりなく遠くなりゆくものとして喉仏ふるふさまを見てをり
くちびるを押し開かるるごと苦し雨夜ひとりの名前を呼べば
しかし大口の個性の強さはむしろ飲食と飲酒の歌にある。私は次のような歌をとてもおもしろく読んだ。
南湖の量、否、海の量の酒を飲み語らむと逢ふ夕暮れはよし
空腹を抱へ山より戻り来しゆふべゆふべのどんぶり飯よ
言葉より深く信ずるスヂ肉をながくながく煮て犬とわけ合ふ
作者の名を隠して提示したら、誰も女性歌人の歌とは思わないだろう。大口の個性はこのように、手弱女振りとか纏綿たる情緒といった、伝統的に女歌の特色とされて来た枠組みを自在に跳び越えて、自己と現実の向き合う様を大胆かつ細心に詠うところにあると思われる。
ところが私は第一歌集『海量』をおもしろく読みながらも、心のどこかで解決のつかないような居心地の悪さというか、不安定感を感じていた。ネット検索で前川佐美雄賞の選考評を見つけ、審査員のひとり三枝昂之の「助走なしの全力疾走」という大口評を読んだとき、なるほどと腑に落ちるところがあった。大口の短歌は、方法論なしの全力疾走体当たりなのである。ここで方法論というのは、作歌にあたっての技術的方法論という意味もあるが、むしろ〈私〉と短歌と現実のあいだの距離の取り方という、生き方にかかわる部分が大きい。
やめてゆく学生の前で鳥のごとく我は日本語を啄み泣けり
炎昼に母語は汗して立つものを樹皮剥ぐごとき剥奪思ふ
「助走なしの全力疾走」に由来する振幅の大きさがこのような歌を生み出すのだが、トレーナーの指導なしで練習しすぎる高校野球の投手が肩を壊しがちなように、方法論のない全力疾走は体のどこかに無理が来る危険性を孕んでいる。
その予感は第二歌集『東北』で不幸にも的中する。大口は結婚して東北に移り住むのだが、抑うつ状態を発症して入院を繰り返すようになる。歌集前半には新天地に住む新しい経験を詠んだ歌が並んでいるが、次第に歌に孤独の影が深くなるのである。
こともなげに桜花を散らす風に吹かれ孤独の砂ぶくろわれにあり
約束を一つも持たず人と居てわれはもうじき三十歳になる
分析し尽くされわが精神は秋青空に透きて見えざる
この歌集の圧巻は何と言っても、抑うつ状態で入院中に詠んだとおぼしき次のような歌を収めた連作である。
夜ごと泣く妻とはなりて 東京が怖い。短歌が、点滴が怖い
はさみ、シェーパー取り上げられてもまだ我は刃物秘め持つ気がしてならず
ミカちやんが突然壊れガラス割るかくもあつけなく人は壊るる
遠山光栄「脳病院にて」どのやうに歌書き留めてゐしかと思ふ
やすやすと我は壊れずマットレスと便器だけの保護室を見学す
短歌技法という観点から見れば、直截でストレートに過ぎる歌がある。第一首など短歌になっていない叫びのようなものである。これらの歌において、大口の〈私〉はひりひりと剥き出しの肌でまさに現実と肉薄していると言えるだろう。しかし、こういう歌は読む方もつらい。
『東北』後半にはあまり広がりのない歌が多い。好きな歌につける付箋は『海量』後半にはたくさん付いたが、『東北』後半に至って少なくなるのは読んでいて淋しい。『海量』巻末の連作「ほたる放生」や、『東北』の「ヒロシマ私の恋人」に見られるような、主題意識と方法論の明確な歌においても大口は才を見せているが、「助走なしの全力疾走」だけでなく、このような方向をもう少し意識的に押し進めていればと考えてしまうのである。
つらぬきて沢流るると思ふまで重ねたる胸に螢をつぶす
夏至の日の思ひ撓めりほたるほたる螢の水をゆふべ飲みにき
惜しみつつ振り落としたるほたる地に息づくやうに明滅しをり
区別できぬふたついのちと思ふまで抱かるるたび灰にまみれて
水は死者を映せるかいま簡潔に肉の輪郭不確かに浮く
真夏汗して人を抱き敷き立秋の向かうに燃ゆる都市の名を呼ぶ