第200回 小津夜景『フラワーズ・カンフー』

ゆふぐれをさぐりさゆらぐシガレエテ
小津夜景『フラワーズ・カンフー』
 今回取り上げるのは歌集ではなく小津夜景の句集である。小津は1973年北海道生まれの俳人で無所属。突然ネット上で俳句と評論を発表し始め、句誌「豈」に掲載された「出アバラヤ記」で攝津幸彦記念賞の準賞を受賞している。現在フランスのニースに住んでおり、在仏17年になるという。『フラワーズ・カンフー』は今年 (2016年)ふらんす堂より上梓された第一句集である。
 一読した感想は「俳句は自由だなあ」というものだ。有季定型俳句には切れ字や季重なりの禁止など、短歌に較べていろいろ決まりがあるが、最低限さえクリアしていれば句の作り方は短歌よりはるかに自由である。『フラワーズ・カンフー』はその俳句の自由さを存分に発揮している。句集のタイトルからしてぶっ飛んでいるではないか。アルファベットでFlowers’ Kung-Fuとあるので「花々たちのカンフー」なのだが、どうして花とカンフーが結びつくのか考えても無駄である。
 句風をひと言で言い表すのは難しいが、あえて特徴を拾うなら「音の導き」と「プレテクスト」か。掲句を見てみよう。平仮名で表記された「ゆふぐれをさぐりさゆらぐ」を導き出しているのは意味ではなく音である。「ゆふぐれ」と「さぐり」の「ぐれ」と「ぐり」の音連想、「さぐり」と「さゆらぐ」の頭韻、三度繰り返される「ぐ」音がたゆたうような動きを作り出している。下五に配されている「シガレエテ」はシガレットつまり紙巻き煙草。煙草の煙がゆったりゆらゆらと登る様を、音と意味との類像性 (iconicity)が表現している。
 一方、「プレテクスト」は「言い訳」ではなく pre-text 、つまり「先行するテクスト」である。どうやら小津は相当な読書家らしく、先行するテクストに寄せて作った作が多いようだ。はっきりわかるのは李賀の漢詩に自作の句を配した「閑吟集」と題された連作である。たとえば「上楼迎春新春帰」を詞書風に配して「楼の人いづれの春を迎えたる」と付ける試みである。また「こころに鳥が」という連作では、八田木枯の句を主題として短歌を作っている。残念ながら俳句に暗い私には、どこに八田木枯の主題があるのか不明なのだが。
 いくつか句を引いて見てみよう。
きぬぎぬのあさつきぬたの柔らかき
黴のパンあるいはパンセ風に寄す
あかんべの舌でひとでを創られし
毒薬の壜のきつねのてぶくろよ
コマ落としめいて遅日の走り書き
まだ踏まぬ切手の国や種をまく
影ばかり地をゆく夏のフラスコは
 一句目、「後朝きぬぎぬ」は一夜を共にした男女の別れの朝だから、ぬたは朝食の卓にあるのだろう。「あさつき」は葱より細く柔らかい。「朝」と「あさつき」が掛詞。この句でも繰り返される「ぬ」音がリズムを作っている。二句目、最初はカビの生えたパンだが、それがパンセへと転調する。パンセはフランス語で「思想、思惟」とパンジーの両方の意味がある。フランス暮らしの長い小津はそれを知っているだろう。三句目、確かにヒトデの脚はあかんべをする舌によく似ている。「創られし」の主語はもちろん神なので、神が天地創造の時にあかんべをしながらヒトデを創ったという愉快な句。季語はヒトデで夏。四句目、キツネノテブクロはジギタリスのこと。有毒植物である。だから毒薬の壜なのだが、まるで狐が手袋をはめて壜を握っているようなイメージが湧くのがおもしろい。五句目、「遅日」は「ちじつ」または「おそひ」と読み、日が長くなった春の日のこと。なかなか日が暮れない様子が「コマ落とし」なのだろう。六句目、まだ訪れたことのない外国の切手は想像をかき立てる。何かを思いながら庭の花壇に種をまいている。季語は「種まき」で春。七句目は夏の情景である。たとえば二階にあるカフェテラスから道路を見ると、上から見下ろす恰好になる。すると地面に伸びた影がよく見える。フラスコには冷たい水が入っているのだろう。
あさがほのかたちで空を支へあふ
はんなりとたそがれ華道部の毒は
つちふるやあなたと肉の香を組み
白骨となりそこねてや夢のハム
怪奇船グラジオラスを素通りす
ゆけむりの人らと少しかにばりぬ
 一句目の朝顔は秋の季語。朝顔の花が上を向いて咲いている。それを何かが朝顔の形をして空を支えていると詠んだ句。虚実の反転がポイント。二句目、「はんなり」は上品で華やかな様を言う関西の言葉。華道部に所属しているのはたいてい女子生徒・女子学生だから、華道部の毒とは女性の毒のことだろう。三句目、「つちふるや」は晩春に黄砂が風で運ばれる様を言う春の季語。「香を組む」は香道の用語で、香木を取り合わせて望みの香を作ること。「肉の香」は男女の交情だろう。そういえば「交合」と「香合」は同音だ。四句目はとりわけおもしろい。白骨になり損ねたのは原料の豚だろう。ボンレスハムの塊となり果てた身を晒しているわけだ。五句目、「怪奇船」とは怪奇な姿をした船のことか。奇怪で巨大な船が浜辺に咲いているグラジオラスの向こうを通過する。この取り合わせが絵になる。どこか「南浦和のダリアを仮のあはれとす」という攝津幸彦の句を連想させる。六句目、「ゆけむりの人」とはいっしょに温泉に浸かっている客のことだろう。「かにばりぬ」は造語で、カニバリスム (cannibalisme)とは「人喰い、人肉嗜食」のこと。これを「かにばる」という動詞になぞらえたものだろう。「ちょっと人肉を食べてみた」という恐ろしい句である。
 なかには一読してまったく句意の取れない句もあるが、俳句の自由さを感じさせてくれる句集である。『俳コレ』の選者が「しまった、小津夜景を入れるのを忘れていた」とつぶやいたという噂もある。一読すれば脳のシワが伸びて、ふだん使っていない筋肉や腱が動き出すのが感じられることだろう。ひとつの価値観にこり固まりがちな日常で、それこそ文芸の持つ力である。
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 平成28年最後の「橄欖追放」は200回を迎えることになりました。前身の「今週の短歌」は200回をもっていったん終了しましたので、同じ回数を数えることとなりました。ご愛読いただいた皆様には心より感謝いたします。
 歌集一冊に平均400首の歌が収録されているとすると、単純計算で今までに16万首読んだことになります。16万首というと気の遠くなるような数字ですが、継続は力なり。コツコツ続けているとそんな数字になったというだけのことです。とはいうものの、これだけ読むと短歌を読むために必要な「短歌筋」がそれなりに鍛えられたような気もします。
 当初は歌集を恵投いただいた方には愛用の笹尾光彦のポストカードでお礼状を出していました。しかしそのうちとてもおっつかなくなり、近頃は頂くばかりでお礼をしていません。実に申し訳ないことで、この場を借りてお詫びいたします。いただいた歌集にはすべて目を通しております。
 平成28年度も残り少なくなりました。みなさまにはよいお歳をお迎えになりますよう、心より祈念いたします。

 

第199回 今川美幸『雁渡りゆき』

紅鶴フラミンゴの桃色の脚 生くなればやすらはざれば地にそよぎたり
今川美幸『雁渡りゆき』
 「紅鶴」はフラミンゴの和名。その特徴は言うまでもなくピンク色の身体と、折れそうに細い脚、また一本脚で立つ独特の姿勢である。動物園でしか見られない鳥なので、短歌の素材としては比較的新しい。千勝三喜男編『現代短歌分類集成』のフラミンゴの項には六首挙がっているが、小池光の『うたの動物記』には項目がないので、それほど短歌に詠まれる鳥ではないようだ。
かなしみのときをはかりている如く佇つフラミンゴの一本足  
                         石田比呂志
フラミンゴ一本の脚でちてをり一本の脚は腹に埋めて  奥村晃作
はななしてフラミンゴねむる群生のなかうらうらと乱れ歩まな  大塚寅彦
 掲出歌もまたフラミンゴの脚に着目している。「生くなれば」は「生きているので」、「やすらはざれば」は「安らぐことはないので」の意。フラミンゴが生きているのは自明のこと。しかしフラミンゴが安らぐことがないというのは自明でなく、作者の心情の投影であり、安らぐことがないのは作者の心である。「地にそよぐ」とはまるで草が風に吹かれてなびくようにゆらゆらしている様。何百羽のフラミンゴが一本脚で立ってゆらゆらと揺れている光景は印象的である。
 今川美幸は北海道在住の歌人で、「潮音」「辛夷」所属。これまでに『チモシーの風』『基督の足』『エロスへの伝言』『君を孕みて』の四冊の歌集がある。『基督の足』で北海道新聞短歌賞を受賞している。歌集にはプロフィールが付されていないので、それ以上のことはわからない。
 一読した印象は、景より情、善より悪に傾く心根を持ち、性愛とエロスを大胆に詠う歌人だというものである。
どこからがわれどこまでがわれなるや身の閂はわれが外せし
アンソールの帽子かぶりて夏をゆく正しい悪女もいいではないか
聖と毒 知と無知 美と悪 つねに対局は負の部分がまぶし
魔の棲むはむしろ潔し まつすぐに汝れを肯定しわれを肯定す
たてがみをたたみて眠れ歓尽くし歓を頒ちて真澄めるかたへ
これの世に抱かるるための髪を梳くたちまち髪さへ咆哮すらむ
かぎりなく闇負ふる背な いとほしき背な われの爪くひこみし背な
 一首目、上句は自己と他者の境界はどこかという一般的な問ではなく、〈私〉と性愛の相手という具体的な他者を念頭に置いての問だろう。「閂は私が外した」とあるので、自ら境界線を踏み越えたのである。このあたりの思い切りのよさが歌に力を与えている。一首全体が想いからなる歌である。二首目、アンソールは仮面で名高いベルギーの画家。「夏帽子」は短歌や俳句で好まれる素材だが、ここでは「正しい悪女」の頭を被う。三首目ははっきりと毒と悪に心惹かれる心情を吐露している。これも景なしの情の歌である。四首目も同工異曲。五首目、たてがみを畳んでいるのは性愛の相手の男性。たてがみが男性の象徴だとすれば、六首目の髪は女性の象徴で、髪が咆哮するとはなかなか激しい。古来より感情の激しさを詠うのは女性歌人である。
 「叙景を通して抒情に至る」のが俳句や短歌などの短詩型文学の王道である。だからこそプレバトの毒舌先生もいつも「視覚化しましょう」と言って赤ペンで添削しているのだ。しかしこれらの歌を見てもわかるように、今川においては天秤の右に「景」左に「情」を置くと、大きく左に傾ぐのである。今川にとって短歌は自己の想いを盛る器であるようだ。
 本歌集を通読して感じるのは「死への想いの深さ」である。この場合の死とは、親しい人の死であると同時に、そう遠くない未来に待ち受けている自らの死でもある。
やがて死がふたりを訣つおもむろにわれのおよびはふふまれにけり
黙契のふかさにふたりあるさへも抗ひがたき死がくひこみぬ
フェルメールの女のやうに読む手紙死までの時間告げてしづけし
祐三の深緑の扉その奥にひつそりと死は整ふらむか
密使にて死ははこばれぬ 安穏は汝をねむごろにひたしゆくらむ
汝は死してうたとどまれりかなしみはゆきかひにつつうたとどまれり
 一首目はやがて訪れる死を想う歌で、「指が口に含まれた」とあるので相手は伴侶か。二首目も同じで「黙契」とは口にされない約束。「愛している」と口には出さずとも二人とも了解しあっているほど深い間柄なのだろう。三首目は友人から余命を告げる手紙を受け取った場面。フェルメールの「手紙を読む女」が効果的に使われている。四首目の祐三はパリに客死した画家の佐伯祐三のこと。鋭い線と色彩でパリの街角を描いた。扉の奥にあるように待ち構えている死を想う歌である。五首目、人の死の瞬間に立ち会うのは稀であり、死とは常に手遅れである。それを「死は密使に運ばれて来る」と詠むのは実感がこもっている。六首目は歌友の死を詠んだものだろう。友は死すとも歌は残るのがせめてもの慰めか。
 これ以外で印象に残った歌を挙げておこう。
乳房ちちふさは裏まで洗ふ このうつしみ匕首のごと緊りゆくべし
火宅とはわれ ゴーギャンは万緑に瞬きもせぬをみなをおきぬ
もしわれに死の刻えらべといふならば道行きにして雪のしののめ
惑溺のあまやかにして夕暮れの雨に出でゆく紫野まで
つひにして千尋の谷には落せざりきさあ食へ食へと言ひたるのみに
夏のいのちつなぐ真水をふふみたる汝れが咽喉のみどのはつか動きぬ
幽明の境に存るや銀漢はうつくしからむまなこの奥に
 一首目は「匕首のごと」という喩が鮮烈だ。二首目の「火宅かたく」とは煩悩に満ちた現世のこと。壇一雄の小説『火宅の人』が念頭にあるのだろう。妻子を捨ててタヒチに渡ったゴーギャンもまた火宅の人であった。三首目、西行は「花の下にてわれ死なん」と詠んでそのとおりになったが、作者は旅行中に雪の降る明け方に死にたいと望んでいる。四首目、惑溺したのはおそらく恋で、それは甘美な経験だったのだろう。「紫野」は京都市北区の地名であるが、それはまた万葉集の「紫野行き標野行き」の紫野でもある。五首目は子供を詠んだ歌で、虎は千尋の谷に子を突き落とすと伝えられているが、自分はついにできなかったという。
 本歌集の白眉は帯にも印刷されていて、歌集タイトルにもなった次の歌であろう。
火の酒を口移されぬ たましひの冥き韻きを雁渡りゆき
 「火の酒」つまり「火酒かしゅ」とは、ウォッカ・ジンなど火が付くほど酒精度数が高い酒のこと。「冥き韻き」はくらひびきと読む。性愛の相手に火酒を口移しに飲まされる。その瞬間、心に暗い戦慄が走り、その中を雁が渡る思いがするという。エロスの体験を魂の領域へと昇華した歌となっている。
 ちなみに雁は秋の季語であり、多くの歌に詠まれてきたが、一つの種を指す用語ではなく、コクガン、ヒシクイ、マガンなどカモ目の大型の鳥の総称だそうだ。越冬のため日本に飛来し、その8割は宮城県に来るという。私は京都に住んでいるが、雁が飛んでいるのを見たことがない。雁の越冬飛来は関東以北に限られているのだろう。京の都に暮らした古の平安人も、国司などに任じられて東下りしないかぎり、実際に雁を目にすることはなかったはずだ。
 しかしそれでよい。平安人の多くにとっては雁は季節の中に存在する幻の鳥である。同様に上に引いた今川の歌でも雁は実在の鳥ではなく、魂の中に幻視するものである。その意味においてこの歌は古歌の伝統に連なるものと言えるだろう。

 

第198回 吉川宏志『鳥の見しもの』

砂肝にかすかな砂を溜めながら鳥渡りゆくゆうぐれの空
吉川宏志『鳥の見しもの』
  掲出歌は一見すると叙景歌のように見えるが実はそうではない。上句の「砂肝にかすかな砂を溜めながら」は実景ではないからである。砂肝の中身は見えない。私たちは知識によって砂肝には砂が含まれていることを知っているにすぎない。だから上句は鳥を見て「あの鳥たちの砂肝にもきっと砂が溜まっているのだろうな」と思う〈私〉の思念である。また内臓に砂を蔵して空を飛ぶ鳥の姿にはかすかな悲しみが漂う。かくて上句は抒情となり下句の叙景と呼応してポエジー溢れる一首となる。このような作りの歌の背景には、〈私〉と〈世界〉との往還運動と相互規定を信じる信念が横たわっている。そして吉川はそのような信念を最も強く持っている歌人なのである。
 『鳥の見しもの』は今年 (2016年) 8月に上梓された吉川の第七歌集で、第21回若山牧水賞を受賞した。吉川は宮崎県の出身であり、ゆかりの深い牧水賞受賞は嬉しいことだろう。「橄欖追放」の前身「今週の短歌」では、2005年6月に吉川を取り上げたが、その時点ではまだ第一歌集『青蝉』、第二歌集『夜光』、第三歌集『海雨』までしか出ていなかった。あれから11年経過して再び吉川を論じることになったが、その間に第四歌集『曳船』、第五歌集『西行の肺』、第六歌集『燕麦』が出版され、永田和宏の後を襲って塔短歌会の主宰に就任したのは周知の通りである。この短歌コラムでは意識して歌集を出したばかりの若い歌人を論じるようにしているので、吉川のように評価の定まったベテラン歌人は取り上げる機会を逸することが多い。
 さて、『鳥の見しもの』だが、ひと言で感想を要約すると、「さすがの安定感」と「芽生えつつある新たな顔」となろう。
 「さすがの安定感」を感じるのは例えば次のような歌である。
石段の深きところは濡らさずに雨は過ぎたり夕山の雨
支社の人叱りていたり電話から小きざみの息感じながらに
白菊の咲く路地をゆく傘ふたつ高低変えてすれちがいたり
手に置けば手を濡らしたり貝殻のなかに巻かれていた海の水
立ち読みをしているあいだ自転車にほそく積もりぬ二月の雪は
ゆらゆらと雪の入りゆく足もとの闇をまたぎて電車に乗りぬ
 一首目、短時間で止む通り雨は石段の水平面と垂直面が交わる深い部分には届かないという吉川らしい着眼点が光る歌である。二首目は職場詠で、電話で支社の人を叱っている。その電話の向こうに叱られている人の息遣いを感じているという歌で、ほんとうに相手の息遣いが聞こえているかとは無関係に、叱りながらも叱られている人に想いを馳せている点がポイントだろう。三首目は狭い路地で傘を差した人がすれ違うとき、傘がぶつからないように一人は高く上げ一人は少し下げる様を詠んだ歌。些細な日常風景ながら他人への気遣いが感じられる。四首目、手に零れた水はもとは大海原の水であり、貝殻=死と海=生の対比に貝殻=小と海=大の対比が重ねられて広がりのある歌になっている。五首目のポイントは「ほそく」である。なぜ「うすく」ではないのか。それは自転車のハンドルやタイヤカバーが曲面だからである。鉄棒のような棒状の物体に雪が積もるとき、曲面部分の雪はすぐ落下するため積もらず、上面の細い部分、山で言えば尾根に当たる部分にしか積もらない。言われて初めて気づく観察である。六首目は雪が降る電車のホームの情景で、電車の車体とプラットホームの間に少し隙間があって、その闇に雪が吸い込まれて行く。足もとの闇が誤って落ちれば死ぬ闇であることは言うまでもない。日常に潜む不穏の歌と読むこともできて、「ゆらゆら」という擬態語が効果的だ。
 2005年に吉川を論じたときは、「一行空けの人」というキーワードを用い、吉川の直喩の嗜好を指摘したが、今回はもう少しちがう角度から吉川の短歌の巧さを見てみよう。それは歌の中の〈私〉の視点の確かさと、それを読者に感じさせる工夫である。
雨のあと光の沈む路をゆくムラサキシノブの枝は斜めに
向かいのビル壊されてゆく窓だったところに冬の雲がはいりぬ
 一首目では初句「雨のあと」でまず空気感を出し、「光の沈む路」だからおそらく夕方だろうという時間設定がある。次に「路をゆく」で歌中の〈私〉の位置が確定される。一首すべてが歩行する〈私〉の視点からの光景として定位される。ムラサキシノブは初夏に花を付ける植物なので季節は初夏という季節感まである。道を歩く〈私〉の目の前にムラサキシノブの枝が斜めに張りだしている。このように歌の中での〈私〉の立ち位置と視線の方向が明確に描かれているため結像力が強い。二首目では「向かいのビル」で職場の窓から見る風景であることが示される。「窓だったところ」で窓硝子と窓枠がなくなりコンクリートに開いた穴であることがわかる。その穴を通して向こう側に冬の雲が見えるという歌である。この歌でも〈私〉の立ち位置と視線の方向がはっきりとしていて、こちらにいる〈私〉、向かいにある解体中のビル、その向こうにある空という、近・中・遠のパースペクティブが明快だ。吉川の歌が一読して意味がわかり、抜群の安定感を見せるのは、このような細かい工夫によるところが大きいのである。
 ではこの歌集はいつもの吉川かというとそうではないところがある。「芽生えつつある新たな顔」が随所に顔を出すからだ。
見るほかに何もできない 青海に再稼働を待つ大飯原発
反対を続けている人のテントにて生ぬるき西瓜を食べて種吐く
原発をなおも信じる人の目には我は砂男のごとく映らむ
透明の傘にて顔を薄めつつ列に加わる秋雨のデモ
耳、鼻に綿詰められて戦死者は帰りくるべしアメリカの綿花
 最初の四首は原発再稼働反対運動に加わった折の歌で、五首目は安保関連法案が国会を通過し集団的自衛権の行使が可能になったことを受けての歌である。吉川は近年社会派の傾向を強めており、2015年12月6日に早稲田大学で開かれた「時代の危機と向き合う短歌」という緊急シンポジウムの呼びかけ人にもなっている。『鳥の見しもの』にはこれ以外にも東日本大震災の被災地を訪問した折の歌も収録されている。果たしてこれらの歌は成功しているか。判断の難しい問題である。少なくとも吉川は「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」という態度には与しないということだ。本歌集には小高賢の訃報に接した時の歌も収録されており、その一連の中に「論争は死後も終わらぬ 原発をどう歌うか君に問いかけている」という歌がある。短歌は短い詩型であり、近代短歌は私性を基軸として展開して来たために、集団的自衛権とか原発のような「大きな問題」は不向きである。〈私〉を始点とする近景・中景が近代短歌の主領域であり、遠景にはなかなか手が届かない。著書『風景と実感』で実感の大切さを説いた吉川がこの課題をどのように解決するのか注目したい。
 『塔』の11月号には今年の8月20日に岡山で開かれた全国大会の報告が掲載されている。報告の冒頭にマンガ『ベルサイユのばら』の著者池田理代子と吉川と永田紅の鼎談の記録があり、なかなかおもしろい。永田はベルばらの熱烈なファンらしく、「暴走したら止めてください」と言っているが、吉川は少年マンガしか読んでおらず、ベルばらも読んでいないようだ。実にもったいないことである。萩尾望都や竹宮恵子や佐藤史生や吉田秋生らによって、少女マンガはテーマの拡大のみならず表現手段も多様化しており、それは少年マンガ以上と言える。吉川の短歌にはサブカル的要素はほとんど登場しないが、『鳥の見しもの』には次の歌が一首ポツリと置かれていて思わずニヤリとした。
空条くうじょう承太郎を共通の友として息子と暮らす冬深きころ
 空条承太郎は荒木飛呂彦のマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』の主人公の一人である。わが家も愛読者でシリーズ全巻揃えてある。思春期を迎えた息子と父親はなかなか会話が成立しないが、愛読するマンガのことなら話せる。そんな家庭の雰囲気がうかがえる一首だ。
 最後に次の歌を挙げておこう。
さむざむと風は比叡を吹き越すも酢の華やかに匂える夕べ
 「物名歌」と詞書きがある。物名歌ぶつめいかとは物の名を詠み込んだ歌のこと。この歌では「越すも酢」に「コスモス」が掛けてある。技巧的な歌だが、そのことを忘れてもよい歌だ。

 

第197回 『筒井富栄全歌集』

きらめいて墜ちゆく血のとりたちの残したうたで開く 夏
筒井富栄『未明の町』
 本年(2016年)10月に六花書林から『筒井富栄全歌集』が刊行された。私は浅学ゆえこの歌人を知らず、送られて来た全歌集を開いて拾い読みを始めたら、いたく興味を引かれてそのまま全部読んでしまった。
 筒井富栄は昭和5年(1930年)生まれの歌人である。「個性」に所属し加藤克巳に師事した。『現代短歌事典』(三省堂)は歌人や結社・短歌運動を多く拾っており、筒井も立項されていて沖ななもが項目を書いている。同じ「個性」の会員なので執筆を依頼されたのだろう。事典刊行時には存命であったので『現代短歌事典』には生年しか記載されていないが、筒井は2000年に泉下の人となっている。
 『筒井富栄全歌集』には、筒井が生前に上梓した『未明の町』(1970年)、『森ざわめくは』(1978年)、『冬のダヴィンチ』(1986年)、『風の構図』(1989年)の4冊の歌集と、未完歌篇、初期歌篇および歌人論が収録されている。この全歌集を編纂し解題を付したのは、ご子息の村田馨氏である。村田自身も短歌人会に所属する歌人で『疾風の囁き』という歌集があり、かつまた村田の夫人は天野慶である。短歌・俳句など短詩型文学の家族性を示す例と言える。ご子息の手によって筒井の全歌集が世に出て、みんなに読まれるというのは慶賀すべきことだ。
 私が読み始めて驚いたのは、1970年に刊行された第一歌集『未明の町』がとてもモダンで新鮮な歌集だったからである。とても今から半世紀近く前に書かれたものとは思えない。何首か引いてみよう。
ゆっくりと恋唄流す若者にいつか丁字の匂う日も暮れ
夜を聞く 風は軌道をもっている 螺旋階段 うたう六月
高圧線 風 青い麦 一冊のサラ・デイーン まだ新しい麦わら帽子
牡蠣にひそむレモンの酸味ひろがりて傷みの如し人を待つ刻
ウインドに花が流れる若者と少女がゆがむ銀座雨の日
なぜ撃たれたかわからないまま山鳩の瞳孔ひらき朝がくずれる
アンスリュームの花ひらくあさ地下街にボイラーマンの火傷 悪化す
死者まねる青年に牛の首ささげわらいあうわれら 夏の末裔
もういない 球形の部屋にあおい人 きんようび ダミアの雨が降る
おびただしい鳩とびたたせ競争車 太陽にむかい車体傾け
ねじられてはがねの切れる瞬間の赤紫の火の如き朝
 基本は定型だが、破調を恐れず時に大胆な形式的試みも行なっている。注目すべきは口語脈である。戦後短歌では先蹤として平井弘の『顔をあげる』(1961年)があるが、その口語脈が注目された村木道彦の『天唇』(1974年)よりも4年早い。
 1970年と言えば日航機よど号ハイジャック事件が起き、三島由紀夫が割腹自殺し、小野茂樹が交通事故で亡くなった年だが、年表をひもといてみると同年に出た歌集には、春日井建『行け帰ることなく』、佐佐木幸綱『群黎』、大島史洋『藍を走るべし』、西勝洋一『未完の葡萄』などがある。口語・ライトヴァースの時代が到来するのは1980年代になってからである。上に引いた歌の語彙から判断すると、「ボイラーマンの火傷」「ダミアの雨」あたりには塚本邦雄の影響が色濃く感じられ、「球形の部屋」は師の加藤だろう。察するに加藤の芸術性重視のモダニズム短歌を範としつつ、前衛短歌から多くを吸収して自身の短歌世界を作り上げていったのだろう。
 60年代は学生運動が盛んだった政治の季節で、1970年の大阪万博は日本が戦後辿った高度経済成長の完成を示す祭りだったのだが、そのような時代の反映をこの歌集に見ることはできない。また昭和5年生まれの筒井は、ほぼ同世代の馬場あき子が繰り返し語っているように、戦争に青春を蹂躙された世代なのだが、戦争に触れた歌もない。あとがきに「私の世代が戦中、戦後を通じて体験した事は、非常に波乱にとんだ出来事だったと思う。国のために死ねと昨日まで教えこまれていたのが、敗戦、自由、食糧不足、ヤミ市、etc…。しかし、それらの出来事が、侵蝕し得なかった部分を私はうたいたかった。それは同時に自分自身への抵抗でもあった。」と書かれている。「侵蝕し得なかった部分」とは何か。おそらくそれは自己の最も内的部分であり、美に憧れる心、ポエジーを希求する心だろう。
 注目すべきなのは、音楽に軽音楽があるように、短歌にも軽短歌があってよいとして、筒井が軽短歌をめざしていたということである。「軽短歌」という呼称は80年代になって猖獗を極めるライトヴァースを先取りしていたと言えるだろう。
 ただし、上に引いた歌を見ると、80年代のライトヴァースと筒井の歌は本質的に異なるものと考えるべきだろう。たとえば「おびただしい鳩とびたたせ競争車 太陽にむかい車体傾け」を見ると、飛び立つ鳩の群れと車体を傾けて疾走するレーシングカーという構図は、それまでの短歌にはなかったダイナミックで斬新な表現である。80年代のライトヴァースは親しみやすい口語表現と現代風俗を取り入れて短歌の敷居を下げたが、筒井の短歌はあくまで美を希求する芸術派であり、敷居はそれほど低くはない。
 第二歌集『森ざわめくは』に収録されている「ママン」という連作を見てまた驚いた。
なぜママン 魚は光って川をゆき 帰ってくるの? 虹はきながら
ねえ ママン 鳥はとびたつ なぜ鳥はうたれるためにとびたってゆく
ねえママン太陽を抱くそれはなぜ 日に一回はもえておちるの?
一筋の道があの尾根こえている その先をママンみたくはないの?
 メルヘン調のこれらの歌は20数年を隔てて、東直子の次の歌へと呼応している。
ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね
                         東直子『青卵』
 会話体の口語を用いてメルヘン風のやわらかい世界を作り出す試みが、すでに筒井によっていち早く行われていたことになる。
 じかに〈私〉を詠うことがなく心象を美にまで昇華する筒井の歌風がもっともよく表れているのは第三歌集『冬のダヴィンチ』の次の一連だろう。
この川に青年がひとり立っていたあの窓の内に暖炉があった
石垣は崩れているがだがしかし鉄扉にのこるこの頭文字
あのドアのむこうに陶の傘立てと蛇の握りのついた靴べら
客間では三方の窓のそれぞれに立葵首をのばして咲けり
いずこよりきたる報せか鞄から紙片とり出す男のありて
寝台にくぼみをのこし連れ去られそのまま消えてゆきしひとびと
墓碑銘がかすかに読めるほどのこるこの苔の中の時間の流れ
 もともと筒井は演劇を志していたことがあり、芝居の脚本を書くように短歌を書きたいと考えていたらしい。「風景」と題された上の一連はまさにその手法で書かれていて、まるで舞台を見ているかのようだ。筒井の短歌に〈私〉が希薄で境涯がないのはこのためであり、舞台で俳優が観客を魅了する演技をするように、短歌の中で筒井が配した事物・人物が、美しい演技をするように工夫されているのである。舞台の上に脚本家・演出家の〈私〉は登場しない。脚本家・演出家は袖に隠れて舞台を見ているのである。ひょっとしたらここには戦後の前衛短歌運動が、一時演劇と接近を試みたことも影響しているかもしれない。
 このように心象の美への昇華によってポエジーをめざしていた筒井だが、私生活においては若い頃に脊椎カリエスを病み、晩年になってからはパーキンソン病を発症し、身体の自由がきかなくなったという。それと呼応するように、第四歌集『風の構図』には、それまで見られなかった境涯歌が散見されるようになる。
むかい風さけるしぐさがいつよりか身につきそめて九段坂下
風立てどわがめぐりのみ静まりてせばまりて小さく息を吐きたり
うらぶれし家が時折コスモスの花にかこまれ眼裏にたつ
もう二度と開くことなき艇庫ありわが船水脈を曳くこともなし
林道にまつわりつきくる蝶もなく青春がここにかつてはありき
 老境に入って回想を交えたこれらの歌の〈私〉は、まぎれもなく近代短歌の〈私〉である。とはいえ『風の構図』にも心象の昇華による美を追究した歌がある。
眼底をガラスの船がゆきすぎてやがて砕ける音のみきこゆ
墓地白く夕やみに立つ供うべきあてなき花をたずさえており
血を喀きしごとくに茱萸の実はつぶれすでに閉ざされおる療養所
視えざるものを追いつめてこの崖にきてひえびえと今墜ちゆく一羽
夕景を火薬の匂いただよいてわが身体を這う導火線
 一人の歌人の創作面での全生涯が、こうして重みのある一巻の本として残ることには大きな意味があるということを教えてくれる一冊である。

 

第196回 中山俊一『水銀飛行』

火の粉ふり払う消防夫の如く螢の夜から出でし少年
中山俊一『水銀飛行』
 唐突だが『偶然短歌』(飛鳥新社)がおもしろい。プログラマーのいなにわと作家のせきしろの共著で、ウィキペディアの文章のなかから偶然に五・七・五・七・七になっている箇所を抜き出したものである。たとえば次のような偶然短歌がある。
念仏で救済される喜びに衣服もはだけ激しく踊り
少量か逆に非常に大量のコンクリートを必要とする
こういった夜間海面近くまで浮上してくる生物もまた
「立ち乗り」を行っている最中に車のドアが閉まってしまい
旅立ちの季節が終わりもう雁が来なくなっても海岸にまだ
 これらは書いている人も意識しないままたまたま五・七・五・七・七の韻律に乗ってしまったものだが、こうして取り出してみると誰かが作った短歌に見えてくるのがおもしろい。一首目は一遍上人が広めた念仏踊りの記述だが、踊りの情景がまざまざと見える。また五首目は俳句の季語の「雁風呂」の説明で、寂寥感が漂うではないか。私が好きなのは大塩平八郎の記述から取った次の歌だ。
暗殺を志してか、淀川に船を浮かべて日が暮れるまで
 巻末にはRubyというプログラミング言語で書かれた偶然短歌検出プログラムのスクリプトが掲載されている。漢字の音訓の音数の判別などをどうしているのかわからないが、興味のある方はお試しあれ。
  *   *   *   *   *   *   *
 さて今回取り上げるのは書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの一冊、中山俊一の『水銀飛行』である。監修と解説は東直子。聞くところによると、このシリーズは著者の歌人が監修者を指名するシステムになっているようだ。中山は今年 (2016年)大学を卒業したばかりの青年で、映画監督・脚本家として注目されている人らしい。『水銀飛行』は作者が大学に在学中に作った短歌を集めたものである。若い人それも異分野の人が短歌の世界に入って来るのは喜ばしいことだ。
 読み始めると歌集の最初の方に次の歌があった。
うけいれるかたちはすべてなだらかに夏美のバイオリンの顎あて
 短歌に親しんでいる人ならすぐピンと来るが、下敷きになっているのは寺山修司の初期短歌「夏美の歌」である。
空のない窓が夏美のなかにあり小鳥のごとくわれを飛ばしむ
パン焦げるまでのみじかきわが夢は夏美と夜のヨットを馳らす
中山は寺山修司に傾倒して映画制作と短歌の両方を表現手段として選んだようだ。改めて寺山が若者を惹き付ける魅力の大きさを思う。中山は映画の人なので、短歌においてもイメージの多彩さと視覚性が際立つようだ。たとえば掲出歌に選んだ「火の粉ふり払う消防夫の如く螢の夜から出でし少年」にそれは見て取れ、蛍の乱舞する夜の闇から少年が現れるという情景は、まるで映画のワンシーンのように鮮明な映像となっている。次の歌も映像鮮明である。
犯人がインタビュアーに応えてた後ろで珊瑚樹の実が熟れて
(夢は無風)風鈴売りがやってきて扇子で仰ぐ夏の亡骸
みずうみに櫂を沈める天葬を想えば空の重みを受けて
一首目はTV画面だろう。何かの犯罪の犯人がインタビューを受けているその背後に真っ赤な珊瑚樹の実が映っている。実に映画的なカットだ。二首目は天秤棒でかつぐ台一杯に風鈴を吊した風鈴売りで、これも映像的だ。ただし「仰ぐ」は「扇ぐ」の誤記。三首目は山間の静かな湖に櫂を沈めるという儀式的な光景で、これもなかなか美しい。「天葬」は「水葬」「鳥葬」にならった造語か。
 また中山の歌ではイメージの噴出も特徴的である。解説を書いた東は、「明るい昼間のなかで、ふっと非現実の世界がまじってしまう、つかの間の白昼夢を見ているような感触である」と述べている。たとえば次のような歌がそうだろう。
ひとたまりもない夏の笑みこの先が西瓜の汁のように不安さ
瞳孔に差し込むひかり融けてゆく氷彫刻の涙にアウラ
紅いペディキュアが乾けば中華街むかうよあなた体育座りの
火から目を離すな俺の目を見るな焚火を囲むゲイのカップル
転勤族のあの娘になみだ剣玉の剣の部分で突き刺した月
 部分部分を取り出すと「西瓜の汁」「融けてゆく氷彫刻」「紅いペディキュア」「焚火を囲むゲイのカップル」のようにイメージとしては受け取れるが、全体としては起承転結がなく、脈絡なしにカット割りされた映像を見ているような不安定さがある。このあたりは夢にこだわった晩年のフェリーニの映画のようで、夢幻的なイメージが次々と現れる作り方になっているのかと思う。そういう意図はわかるが、出来上がった短歌を受け取る受け手の立場から言うと、意味的な脈絡を欠き一首としてのまとまりが薄くて、歌の世界に入り込めない。また「網戸越しの蝉の裏側みるきみの裸身のごとき翅のカーテン」のように、「網戸」から「蝉の裏側」へ、次に「君」から「カーテン」へと、次々とカットが切り替わり、全体としてひとつの映像へと収斂しない。これではあまりにせわしない。逆の例を挙げると、「積みてある貨車の中より馬の首しづかに垂れぬ夕べの道は」(玉城徹)では、読み終えた後に、貨車の窓から馬の首が垂れる静かな夕刻の映像がくっきりと読者の脳裏に浮かぶ。その結果あとに馥郁たる余情が残るのである。短い短歌のなかにあまりたくさんのものを詰め込むのは好ましくない。かえって薄いスープのようになってしまう。
 一方、成功しているなと思えるのは次のような歌である。
七の段くちずさむとき七七の匂いに満ちる雨の土曜日
あゝぼくのむねにひろがるアコーディオン抱けば抱くほど風の溜息
愛が死語の村で育った青年の汗を舐めれば汗の味して
こんなものすててしまえばいいのにね静かに蜆の砂抜きをして
醒めたとき雪の匂いの夜行バスひとつ灯っている読書灯
傘立ての金属バットに血飛沫の予感漂う九月に降る雨
人妻の三角巾から垂れ下がる手首を掴む 炎天の駅
龍角散の匂い溢れる午後だった水銀色の電車に眠る
低いレを愛する少女の精一杯のばす左手ゆれる吊橋
首都高に今、花吹雪ゆっくりと花屋のトラック横転してゆく
 一首目の清新な抒情、二首目の青春歌の完成度はとても高い。三首目の青年の汗、四首目の蜆も印象的でポエジーとして成立している。五首目はどことなく穂村弘の歌を思わせる。また六首目の切迫する危機感、七首目の危険な香りもよい。「人妻の三角巾」は秀逸だ。許されない恋の逃避行の歌だろう。ただし、三角巾は腕を骨折したときなどにするもので、三角巾を当てると手首は上を向く気もするのだが。九首目も危険な香りの歌で、「ゆれる吊橋」が効果的に一首を締めくくっている。十首目も映像鮮明な歌だが、「今」の次の読点は不要で、「花吹雪」という常套句は避けるべきだろう。しかし首都高で花屋のトラックが横転するというのはいかにも映画的なカットだ。
 最後に私がいちばん好きな歌を挙げておこう。
孵卵器の温度をさげるきみのては一神教の翳りに満ちて
 歌の「きみ」は孵卵器のなかの卵に対して生殺与奪の権を持つ神として振る舞っている。温度を上げ下げすることで、卵を生かすことも殺すこともできるからである。この全能の立場を「一神教の翳り」と捉えた所に、作者の鋭い感性と反省的思索が見える。

 

第195回 江戸雪『昼の夢の終わり』

昼すぎの村雨の後ふいに射すひかりよそこにうつしみ立たす
江戸雪『昼の夢の終わり』
 村雨は夏の季語だから季節は夏。昼過ぎに俄雨が降るがまもなく止む。まだ空には雨を降らせた黒い雲が漂い、空気中に水滴が残っているが、ふいに一条の日が射す。まるでヤコブの階段のようだ(ただしこちらは冬の景色だが)。その光の中に立つ現そ身とは〈私〉に他ならない。〈私〉がそうである現そ身とは、驟雨の後に射す日の光の中にたまさか現出したものにすぎない。この歌を貫いているのは「須臾しゅゆ感覚」だろう。淋しく美しい歌だ。
 『昼の夢の終わり』は2015年11月に上梓された江戸の第六歌集である。この1年前に第五歌集『声を聞きたい』が出版されている。わずか1年の間隔で歌集を出すというのはふつうはないことである。江戸がそうした理由は生き急いだからだ。本歌集のあとがきに、「一ヶ月ほど入院して手術をした。危ない情態だったそうだが危機感はほとんどなかった。なんということか。」とさらりと書かれているが、病を得て入院し手術したことが著者にとってきわめて重大な事件であったのは、本歌集を一読すればわかる。
生きるとはゆるされること梔子くちなしの枯れゆくようにわれは病みたり
あといくつ夏はあるだろう淀川のぶあつい水のそばに佇ちつつ
この夏は鈍感になろうこの夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす
もし泣くとしたらひとつの夏のため ほそいベルトのサンダルを買う
 秋に手術を控えた夏の時期に作られた歌だろう。「臓器を喪くす」に「喪」という漢字をわざわざ当てたところに作者の心の有り様が感じられる。また一首目にあるように、自分はあといくつ夏を過ごせるのだろうかという疑問を抱くほどの病状だったと推察される。
 病を得たときに人がそれまで以上に鋭く意識するのは「時間」である。時間軸を過去方向に辿れば「自分は今まで精一杯生きて来ただろうか」という苦みを伴う想いが湧き上がり、未来方向に辿れば「自分にはあとどれくらい時間が残されているだろうか」という切実な想いが胸を突く。江戸の場合も同じであり、この歌集は「時間をめぐる変奏」が隠れた主題となっている。
花があるその下にひとはスカーフをなびかせ時を見送っている
うしなった時間のなかにたちどまり花びらながれてきたらまたゆく
けてわれには生きたと言える時間どれくらいあるきいの菜の花
いちはやく秋だと気づき手術台のような坂道ひとりでくだる
来るひとはみな美しくほほえんでこの世の時をくっきりまとう
われはいまどの時間のなかにいる 黄色い薔薇が窓辺にまぶし
ストーブを消して静かな窓の辺のわれに残りの時間ながれる
分かれてはまた重なってゆく水を川には川の時間があって
 一首目は不思議な歌で、「ひと」と表現されているのは作中の〈私〉だろう。〈私〉はスカーフを靡かせて、まるでバスを見送るように時間を見送る。なぜそうするかと言えば、〈私〉は時間に乗り遅れたからである。二首目も負けず劣らず不思議な歌で、隠れた主語が〈私〉だとすると、「うしなった時間のなかにたちどまり」とは過去の回想に耽ることと解することができる。花びらを合図のようにして〈私〉は過去から脱して再び時間の流れに復帰する。三首目は解説不要。四首目は上に引いた「夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす」の歌と併せて読まなくてはならない。なぜいち早く秋だと気づくのかというと、手術の予定が秋に控えているからである。だから〈私〉は時間の経過に鋭敏になっているのだ。「手術台のような坂道」という直喩に驚く。五首目は病院に見舞いに来た人を詠んだ歌。〈私〉の時間と彼らの時間はもはや交わることはないという想いが潜む。六首目の「どの時間」という表現が示唆するように、時間の流れはひとつではなく複数なのである。そのことは最後の八首目の歌にもはっきりと詠われている。
 江戸の今までの歌集とのもうひとつの違いは、故郷の大阪を詠んだ歌が多いことだろう。これまでの歌集にもないわけではないが、本歌集にはより多くの歌が見られ、また郷土愛を率直に表現した歌が多い。その理由は言うまでもなかろう。
のんのんとわたしのなかに蠢いている大阪よ木津川安治川
まよなかの大渉橋おおわたりばしはわれひとり渡しふたたび空っぽとなる
打合せ終えて初夏しばらくはひかる堂島川を眺める
栴檀木橋せんだんきのはしうつくしそれゆえ渡ることなく時は過ぎたり
溶接の工場のまえにすっきりと真白き薔薇が咲いておりたり
さびしくて松ぼっくりになろうかな土佐堀通りをしばらく歩く
蒼き水を淀川と呼ぶうれしさよすべてをゆるしすべてを摑む
 八百八橋と称されていただけあって、大阪には川と橋が多い。江戸の歌に登場する大阪も川と橋が中心である。そういえぱ大阪の有名な地名も、天神橋、天満橋、淀屋橋など、橋ばかりである。なかでも四首目の栴檀木橋という名は風雅だ。なんでも橋のたもとに大きな栴檀の木があったのが名の由来だという。
 橄欖追放の前身である「今週の短歌」時代に江戸を取り上げたときには、「ぐらぐらの私」と、「ぐらぐらの私を世界に投射することによって得られる世界把握」というようなことを述べた。感情をぶつけてそのエコーによって世界を把握するような姿勢に変わりはないのだが、本歌集にはそれとはまた肌合いの異なる一本の芯のようなものが感じられる。それは病を得たことで直視せざるをえなくなった自らの「死」と「時間」である。それらへの濃密な想いが収録された歌のあらゆる場所に感じられることが、本歌集を一種独特な色合いに染め上げていると言えるかもしれない。

生きているということなのだクロユリを風が揺らしているこのときも

 上に述べたような眼でこの歌を読むと、黒百合が風に揺れているという何気ない日常風景にも、強い「いま・ここ」感覚が感じられるだろう。最後にいかにも江戸らしい世界把握と、辛い経験をしたにもかかわらず強さが感じられる歌を挙げておこう。

さびしさを摑んでそして突き放す安治川に陽がつよく射すとき

 

第194回 岡野泰輔『なめらかな世界の肉』

冴ゆる夜のボタン製造機しづかに毀れ
岡野泰輔『なめらかな世界の肉』
 岡野は1945年生まれの俳人で、「船団の会」所属。『なめらかな世界の肉』は第一句集である。現代俳句アンソロジー『俳コレ』(邑書林 2011年)にも参加しており、『俳コレ』を取り上げた折に短く触れた。1頁に4句配されて本体が143頁あるので、相当な句数の句集である。帯文に「船団の会」主宰のネンテンさんこと坪内稔典が寄せた文章に、「分かろうとしない、前から順に読まない、退屈なとき、とても贅沢な気分のとき、なぜだか泣きたいとき、ぱらっと何ページ目かを開く。すると、そこにある言葉が話しかけてくるだろう。以上がこの句集のほぼ唯一、そして屈強の読み方だ」とある。要するに一筋縄ではいかない句集だということだろう。私はネンテンさんのお勧めに従わず最初から順に読んだが、最後まで大いに楽しんだ。歌集を読むのはときにしんどいことがあるが、句集を読むのは常に楽しい。作者と世界の触れ合い方がちがうからだろう。
 『俳コレ』の巻末座談会で、岸本尚毅が「大リーグボール3号俳句ですね。わかる人にはわかるという句です」と評している。大リーグボールとは、野球マンガ『巨人の星』の主人公星飛馬が投げる魔球で、1号はバットに当てる球、2号は消える魔球、3号は超スローボールで、打者の手元で球速がほぼゼロになりバットの風圧で浮き沈みする球。大リーグボール3号俳句とは、ふわふわと浮き沈みして捕えどころがない句という意味だろう。どれくらい捕えどころがないかというと次のような具合なのだ。
縞馬を裏返しては青き踏む
崖が見え空が見え花烏賊のゆく
流れ藻にをかしなものが涅槃西風
小鳥来るあゝその窓に意味はない
キンキーブーツ公園に父いまそがり
 こういう句は手強い。作風はあくまで有季定型であるが、意味を取ろうとすると途端にとまどってしまう。『俳コレ』巻末座談会で関悦史が「世界のレイヤー(階層構造)の別々の層を行き来しながら、そこにあるものを拾って作っているという感じがする」と述べている。いずれにせよあらかじめ意味は脱臼されているので、こういう句を味わうには読むときに脳に明滅するイメージに抵抗せず素直に身を委ねるのがよろしかろう。このような句を作ることに作者として何か意味があるかと言うと(「意味」を云々している時点ですでに作者の意図を外しているのだが)、私たちの日常の慣習化された世界の見方をずらし崩すことによって、私たちと世界の間に新しい関係を架橋すること、と言えるだろうか。そうした彼方に現出するものが「世界の肉」なのである。
 もう少しわかりやすい句ももちろんある。
逃水の真中に代筆屋の恋
鉄人の28号までは毀れ
霧が出てゐるすべての鉄は喰はれつつ
おしまひは櫂を失ふ蓮見舟
ガーベラに影といふもの元々無し
その夏のダリアの前に父がゐる
夕立の匂ひに還る戦闘機
 一句目の逃水は夏の季語。「代筆屋の恋」とはまるで昔の映画の題名のようだ。郷愁を感じさせる句。二句目、確かに鉄人28号の前には1号から27号までが存在したはず。毀れてしまい話題にも上らないのが哀れ。三句目、霧の水分で鉄が錆びてゆく様を詠んだ句。錆びる様を「喰はれる」と表現したところがミソ。四句目、蓮見舟とは夏に咲いた蓮の花を間近から鑑賞するために小舟に乗って遊覧するという優雅な行事である。船頭が櫂を失って終わるところに趣がある。五句目、ガーベラのまるで造花のような様を影がないと言い当てた句。六句目、夏のダリアにも郷愁がある。ダリアやグラジオラスや鶏頭は懐かしい昭和の花だ。「その夏」にいったい何があったのだろうと思わせる句。七句目は叙情性が際立つ。確かに夕立には特に降り始めに乾いた土と水の匂いが混じったような独特の匂いがある。基地へと帰還する戦闘機との取り合わせがイメージ鮮烈。
 なかでも私が特に好んだのは次のような句である。
野遊やそろそろ昏い布かけて
手の上を文鳥がゆく夕永し
ふらここが還らぬ空のふかさかな
滑らかな肩もつミシン鳥の戀
目はいちど糸遊の横とほりすぎ
浴衣着て生者の列にふと並ぶ
夕暮に独楽は止まつてゐるところ
花いばらレ点で雨の崖に出て
 一句目は「そろそろ」が怖い。昏い布をかけるというのが夕暮れの喩とも、死者の顔にかける布とも取れる。二句目は手乗り文鳥の句でこれも昭和の郷愁。三句目、はずみをつけて上がったブランコが戻ってこないほど空が深いという句。四句目、昔はどこの家庭にもあったミシンは、シンガーミシンかブラザーミシンだった。艶やかな黒い機械は確かにそれとわかる丸みを帯びていた。五句目の糸遊いとゆうとは、蜘蛛の子が糸に乗って空中を浮遊することで、春の季語。「目はいちど」だから、一度通り過ぎても気がつかないほどかすかな糸で、はっと二度見て気づいたということだろう。この「気づき」が世界の覚醒となる。六句目は何の行列か、並ぶ人をことさら生者と表現することによって、生の短さと死を炙り出す。七句目は夕暮れに回転を止めた独楽の句で、ただそれだけなのに映像鮮烈で味わい深い。「止まってゐる」と言うことで、もはや眼前にない回転を幻視させる。八句目はもっと極端で、意味もよくわからないながら忘れがたい句である。
 「日比谷は暗き谷電気蜘蛛の夢をみるか」「万緑に半減期あり子に乳歯」「とりあへず水漬くウランに年の夜」など、東京電力福島第一原発の苛酷事故に想を得た句も印象に残る。「万緑」はもちろん中村草田男の「万緑の中に吾子の歯生え初むる」の本歌取りで、「電気蜘蛛の夢をみるか」はフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』のもじりである。集中にはこのように過去の作品や映画・小説などに想を得て、機知のひねりを効かせた句もあり楽しい。萩尾望都の名作『ポーの一族』を下敷きにした「冬の星遠ざかりつつ眼のエドガー」や、往年の英語リーダー「Jack and Betty」による「十年後も夏マリファナ臭きベティかな」という句もある。
 さて、最後になったが『なめらかな世界の肉』という句集としては珍しい題名について一言。巻頭に現象学の泰斗M.メルロ=ポンティの『見えるものと見えないもの』から「わたしの身体は世界と同じ肉でできている」という文章がエピグラフとして引用されている。またあとがきには、「この世界を自他の区別があらかじめ失われた、方向も、厚みも、重さもないものとして想像してみる、まるで生まれたての自分が包まれたように。その世界を、しかも世界の内部から言葉だけで触ってみるささやかな営為のひとつを俳句と呼ぶのならその関係の全体を『なめらかな世界の肉』と呼んでも差し支えないだろう」と書かれている。メルロ=ポンティが「眼差し」を梃子にして世界内存在としての私たちの有り様を描き出そうとしたように、岡野は私たちが暮らす世界を想像上でいったん解体し、その上で世界が再び立ち上がる瞬間を内側から捉えようとしているのだろう。短歌の基本は抒情詩であるため、ここまで激しく世界を解体し再構築することができない。短歌は世界肯定的なのである。そのような短歌と俳句の生理のちがいも感じさせてくれる句集と言えよう。

 

第193回 西橋美保『うはの空』

たましひのほの暗きこと思はせて金魚を容れし袋に影あり
西橋美保『うはの空』
 第一歌集『漂沙鉱床』(1999年)に続く西橋の第二歌集である。両歌集を隔てる17年という時間は長く、本歌集を読めばその長さに重い意味があることがわかる。本コラムの前身で『漂沙鉱床』を取り上げたのは2005年のことである。その時は西橋の短歌の特徴を、「奇妙な味わい」「奇想」「視点のユニークさ」「異界・異類への共感」などのキーワードとして論じた。本歌集でもこのような西橋の短歌世界の特徴は基本的には変わっておらず、また下句への落とし込みのうまさも健在だ。
 しかし本歌集でどうしても触れざるを得ないのは、第二歌集までの17年の不在期間の主な原因となった家族のしがらみと舅による家庭内暴力である。藤原龍一郎は帯文に「文学少女が成長して、おとなの世界に棲み始める。実はそこは地縁や血縁のしがらみが絡まりあうカオスだった」と書いているが、「カオス」としたのは表現上の遠慮からであり、ほんとうは「地獄」と書きたかっただろう。
殴らんと構へしひとに手向かひてつかみしスリッパふにやふにやなりき
家族とふそれぞれの髪がよぢりあふ排水口とふ闇の入り口
放ちたる殺気はさすが元兵士ちちなるひとは殴らんとして
柳田國男のあによめいびられ自殺せしそのくだり読む何度もなんども
この家を出ていきたいと七夕の星につくづく願ひをかける
冬の夜聖なる家長が殴る殴る殴れどああ、と泣かざる女を
殴られても殴られても従はぬ女が憎いか春ちかき夜の
 嫁いだ婚家で作者は「従わぬ嫁」であり、舅から執拗な暴力を受ける。その主な原因が読書にあったことは次のような歌で知れる。
読む罪を問はれてをりぬ文字の禍は渦となりつつ生者をまきこむ
萬葉集を燃やせし祖父の裔われら「文字もんじの呪ひ」のあるを伯母いふ
八番目の大罪あれば読書する罪ぞと祖父は萬葉集焼く
好きなだけ読んでもいいと伯父だけがわれにやさしく吃音なりき
 「萬葉集焼く」とはまるで始皇帝の焚書ではないか。教養の修得と人格の涵養のため読書を勧めるのがふつうであり、「文字の呪ひ」とは尋常ではない。こういう家庭もあるのかと心底驚いた。上に引いたような家庭内暴力の歌は数としてはそれほど多くはないものの、印象が強烈でややもすれば他の歌を圧してこちらに迫って来る。
 歌から読み解くと、作者は暴力に絶えきれず婚家を離れて別の町に住み、独身時代の職業である中学か高校の教員に一時戻ったようだ。やがて年月は流れ舅も鬼籍に入る。家庭内暴力の歌以上に戦慄するのが舅の死去以後の歌である。
くるしみのすでに終はれば海岸の真夏の病院ひきしほを待つ
死者を連れゆく道のあり「鬼の道」決してひとりはかへらざる道
わたくしを殴りしその手の持ち主は死にたりその手を焼くまへに拭く
墓穴をめざして雨はふりそそぐ墓あばくごと納骨すれば
たましひを啄みし鳥は死者の乗る舟となるべし夕焼け小焼け
死者の目に写真のなかから見られつつ死者の遺せし片づけをする
われを殴りし箒にわれは手を添へてただ床を掃くただの日常
吊されていまだ死者ゐるかたちなる服の胸倉あたりをつかむ
亡きひとの日記の二冊は嫁われをまだいきいきと罵りやまず
死者の靴あつめて積めばテキメンに靴塚ぐづりと崩れ雨降る
 前半の五首は舅の死去から葬儀・納骨までの歌で、後半は無人となった舅の家の片付けの歌である。親が亡くなり家財道具や衣服や大量のアルバムが残る家を片づけるのは並大抵のことではない。これらの歌には自分を殴った舅への怨嗟や遺恨だけではなく、そうして過ごして来た過去の日々への想いと、これでもう暴力から解放されるという気持ちも滲んでいるように感じられる。
 さて他の歌にも触れなくてはならない。先に奇想と異界と書いたがその入り口となるのは多く何かに映った映像のようだ。
映り込んだ月を盥でざぶざぶと洗つてさつぱりきれいな月だ
をさな日の恐怖のひとつ姿見のうらに塗られて剥がれし朱色
そよぎつつ光をかへすゆふぐれの桜は鏡ぞ異界を映す
鏡には何が映つてゐたのだらう私が覗きこまない真昼は
あをぞらに身をなげしとふはるばると井戸の底なる青空めざし
 盥に映った月、姿見の裏側、咲き誇る桜、また鏡と、「何かを映す」存在に作者の偏愛が感じられる。五首目は若い頃に方違えのため自殺者の出た家に住んだことを詠った一連にある歌だが、ここにも井戸の底に映った青空がある。第一歌集『漂沙鉱床』にも「井戸の底はるかはるかの青空を背にした私がこちらを見てゐる」という歌があるが、映像を用いた上下反転による空間の位相転換は西橋の得意技である。異界と言えば大津仁昭が頭に浮かぶが、大津がわが故郷は異星であり、この世の我はかりそめの存在と観じているのにたいして、西橋はあくまでこの世の住人であり、時折ばっくりと異界が顔を出すところがちがっている。
髪を地に擦らせて笑まふ藤にただ樹は巻かれつつうつとりと死ぬ
光あつまり散りゆくところ渚にて果てしは敦盛そして小次郎
直実なほざねに斬られてむかし敦盛がその肩越しに見た空と海
響きあふグラスのソーダのしろき泡ちりちりと鳴くこゑ夕雲雀
つばくろの雛ふと黙しふさるびあの蒼ふかぶかと咲けるま昼を
みづうみのおもてに散り敷く花を踏み死者は日本の春をおとなふ
代理ミュンヒハウゼン症候群にあらざれど風摘むごとく薔薇摘むゆふべ
 一首目は藤が他の木に巻きつく習性を読んだ歌で、「髪を地に擦らせて笑まふ藤」という擬人化が怖い。怖い歌はよい歌である。二首目は渚を光が集まり散ってゆく場所と捉えた把握が秀逸で、ここでも作者の下句の落とし方が冴えている。上句は誰でも何とかなるが、下句にこそ作歌の腕前が出る。敦盛は熊谷直実に討ち取られた平敦盛で、小次郎はいわずとしれた佐佐木小次郎。三首目にはお得意の視点の転換があり、仰向けに組み伏された敦盛の目から見ている。「その肩越し」は直実の肩越しなのだが、この「その」は文法的にはやや苦しい。四首目はソーダ水の泡がはじけるかすかな音を夕雲雀に見立てた美しい歌。視覚と聴覚とソーダ水の爽快感が渾然一体となっているところがよい。五首目はツバメのヒナが見られる時期だから初夏だろう。黄色い口を開けて餌を求めて騒ぐヒナの声がふと止む瞬間を捉えている。こういう瞬間に魔が通り過ぎる。サルビアの花は赤いのだがなぜ蒼なのだろう。六首目は湖に散る桜の花を詠んだ歌で、関西人ならば琵琶湖北端の花の名所である海津大崎を思い浮かべるだろう。七首目は「代理ミュンヒハウゼン症候群」というあまり短歌に詠まれない素材ゆえ引いた。代理ミュンヒハウゼン症候群とは、周囲の同情を引き献身的な親と見てもらうため自分の子供を傷ける病気である。ここでは薔薇を摘む行為を他傷行為に見立てているのだが、こんなに長い病名を詠み込むのはなかなかの力業である。
夢前の川面に映りしみづからの影に触れつつ消えてゆく雪
春の雨満員のバスはめぐりつつ花影町から東雲町しののめちやう
何を見てわれは病みしか花のころ鷹匠町の眼科に通ふ
お蜜柑を買ひに出でしが紺屋町あたりで日は暮れ雪に降られる
 「夢前川ゆめさきがわ」「東雲町しののめちょう」「鷹匠町たかじょうちょう」「紺屋町こんやまち」はいかにも詩的な町名で、作者の創作かと一度は思ったが、調べてみると作者の在住する姫路市に実際に存在するので驚いた。塚本邦雄が最も好んだのは京都に実在する町名の「天使突抜」だったそうだ。短歌を作る人は多かれ少なかれ「言葉フェチ」だが、最近の若い歌人にはあまりそういう言葉への執着が見られないのはなぜだろう。
ここでかの「バールのやうなもの」ひとつさし出す淑女のたしなみとして
 本歌集には上に引いたように、文語定型の表裏を知り尽くし言葉の斡旋に長けた作者の歌が散りばめられているのだが、最後におもしろい歌を引いた。「バールのやうなもの」とは、ニュースで盗難事件が報じられるとき、「夜間に侵入した犯人は金庫をバールのようなものでこじ開けたと思われます」とお約束のように登場するあれである。まるで「バールのやうなもの」という名前の器具が存在するかのようだ。このようなそこはかとないユーモアもまた西橋の魅力と言える。

 

第192回 高柳克弘『寒林』

標無く標求めず寒林行く
              高柳克弘『寒林』

 清家雪子せいけゆきこのコミックス『月に吠えらんねえ』が矢鱈おもしろい。今時珍しい文学マンガである。舞台はどことも知れぬ□街という街。「しかくがい」と読む。「しかく」とは「詩歌句」で、詩人・歌人・俳人が住む街である。どうやらここ以外にもっと景気のいい小説街とか政治街などがあるらしい。なかでも□街はとびきりの変人たちの住む街である。主人公はさくくん。『月に吠える』で日本の近代詩を確立した萩原朔太郎である。徐々に明らかになるのだが、□街というのは朔太郎の脳内世界らしい。主な登場人物は朔くんが師と仰ぐはくさん、こと北原白秋は女性にもてまくり。悩んで放浪の旅に出る犀くん、こと室生犀星は朔くんの親友。二人が会話する喫茶店Cafe JUNのマスターは西脇順三郎、朔くんの家に押しかけ書生として通うミヨシくんは三好達治。オートバイに乗りときどき銃をぶっ放す危ないチューヤくんは中原中也という具合で、詩壇・歌壇・俳壇総出演である。中でも笑ったのはアララギ正統派のキョシこと高浜虚子と新傾向俳句のリーダー・ヘキゴトこと河東碧梧桐の対立がボクシングの試合になっている場面だ。互いに自信作を繰りだして相手をノックアウトしようとするのだが、キョシのサポーターはスジューとセイホというあたりでクスリと笑う。外野では短歌でも試合をやろうと提案があり、「アララギ」と「日光」の因縁の対決の出場者は白さんとモッさんこと斎藤茂吉。解説はシキさんこと正岡子規とアッコさんこと与謝野晶子との提案に、「モッさんに恨みはないよ。やるなら島木のレッドだろ」と白さんが返すあたりでもう爆笑。
 折しも詩誌『ユリイカ』8月号が「あたらしい短歌、ここにあります」という特集を組んだ。このタイトルも木下龍也の『つむじ風、ここにあります』のもじりである。穂村弘と最果タヒの対談や、編集部による鳥居のインタビューなど、なかなか読ませる内容だが、真打ちは黒瀬珂瀾による清家雪子のインタビューである。黒瀬も驚いたと述べているが、『月に吠えらんねえ』の巻末には膨大な国文学の参考文献表が付されている。どうやってこれを読みこなしたのかとの黒瀬の質問に、国文学の研究者を目指したことがあるので、資料の収集や読み込みは馴れていると清家は答えている。ああやっぱりと思った。『月に吠えらんねえ』はマンガ家の単なる思いつきで描けるようなものではない。俳句や短歌や近代詩を愛情を持って読み、研究書も読み込んで構想を長い間温めていたはずだ。また『月に吠えらんねえ』では戦争と文学が大きな主題になっているのだが、これも構想段階からあったものだという。多くの詩や短歌や俳句が作中に引用されており、近代詩歌を作り上げた先人たちへのオマージュとなっている。ぜひ一読を勧めたい。
  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
 さて、俳壇のプリンス高柳克弘も□街の立派な住人であることは疑いない。『寒林』は『未踏』(2009年)に続く第二句集。第一回田中裕明賞を受賞した『未踏』はその清新な作風で注目を集めた。『新撰21』に解説を寄せた高山れおなは、「些末写生や季題趣味が横行する『結社の時代』の黄昏」のなかにあって、高柳は「写生と抒情の相互浸潤による詩的昇華へと一旦立ち帰る」が、その後「融通無碍なる詩精神を獲得」したと評した。

在ることのあやふさ蝶の生まれけり  『未踏』
ストローの向き変はりたる春の風
キューピーの翼小さしみなみかぜ

 さて、『未踏』に続く第二歌集『寒林』であるが、まずそのタイトルに注目したい。第一歌集の『未踏』は俳句において未踏の高みを目指すという青春の宣言であり向日性は疑うべくもない。一方、『寒林』は、字義どおりの意味は冬枯れした林で冬の季語であるが、かつてインドは王舎城近くにあった林で死体を遺棄する場所だったという。転じて寒林は墓地を意味することもある。ただの寒い林ではないのである。掲出句「標無く標求めず寒林行く」の「しるし」は、自他を区別する標識、紋所や旗を指すが墓標の意味もある。この句に揺曳するのは死の影である。したがってこの句は、「紋所や旗など自分の標識となるものを求めることなく孤絶の道を行く」という述志と読めるが、また同時に「俳句の世界に自分が入る墓はなく、安住の墓を求めることなく限りない道を行く」とも読めるのである。
 小川軽舟は『未踏』に寄せた序文の末尾で、「やがて高柳君は、波郷や湘子がそうしたように、青春詠の時代を遠い故郷として捨て去り、見晴るかす荒地に足を踏み出すだろう」と書いたが、師の慧眼恐るべし。『寒林』の世界はまさに見晴るかす荒地と言えよう。
 『未踏』には「風鈴や長き休みの厚き本」、「マフラーのわれの十代捨てにけり」といったいかにも若さを感じる句があったが、作者も三十代を迎えて句境が変化するのは当然である。その変化をひと言で表現するのは難しいが、第一歌集ではキラキラして真っ直ぐだった眼差しが、『寒林』では複雑な陰影を帯びてときにふと曇る感じと言えばよいだろうか。

見る我に気づかぬ彼ら西瓜割
雪投げの母子に我は誰でもなし
片隅にグッピーの死や美食会
踏み入れば我も影なり夜鳴蕎麦
神は死んだプールの底の白い線

 一句目、夏の砂浜で西瓜割に興じている若者たちを少し離れた場所から見ている。若者たちに気づかれていない私はここに存在しないのと同じである。二句目、珍しく都心に雪が積もった冬の朝、雪合戦に興じている母子を見ている私もまた無の存在である。よく似た構造を持つこの二つの句は、やや大仰に言えば作者の心に芽生えた存在論的疑念を表している。このような句に「ふと曇る眼差し」を感じる。三句目、美食に舌鼓を打っているレストランの片隅に置かれた水槽でひっそりとグッピーが死んで行く。一句目と二句目には「今を熱中して生きる現在」と、「今・ここ」から一歩身を引いて眺める冷静な孤心の対比があったが、三句目にも同じ構造を認めることができる。四句目はややちがっていて、深夜の屋台のラーメン屋が舞台である。屋台のラーメン屋にはよく暖簾がかかっていて、横を通り過ぎる時、中に座ってラーメンを食べている客は暖簾越しに影として見える。ところが今度は自分が客となって屋台に座ると、自分が影となるというのである。しかし自分が影として見えるということは、外からそれを見ている視線があるということである。ここにもやはり少し離れて見ている視点が存在する。五句目はまたちがっていて、「神は死んだ」というニーチェの言葉は近代人の実存状況を端的に述べたもので、それが輝く夏のプールの線と取り合わされているところがポイントか。晩年の藤田湘子の薫陶を受けただけあって、季語を中核とする俳味に終わらず抒情詩となっている点が味わいと言える。ちなみに季語は、「西瓜割」夏、「雪投げ」冬、「グッピー」夏、「夜鳴蕎麦」冬、「プール」夏。
 やや気になるのは本句集には次のようなペシミスムの色濃い句が多くある点である。

ぶらんこに置く身世界は棘だらけ
嗚咽なし悲鳴なし世界地図麗らか
この国のをはりに雨のかきつばた
冷房に黒き想念湧きやまず
初茜地を焼く星のいつか降る
この世から消えたく団扇ぱたぱたと

 あとがきに「特に後半の句には厭世の気分が濃い」とあるので、自分でも自覚しているのだろう。特に二句目では、世界地図に嗚咽なし悲鳴なしと述べることで、現実の世界には嗚咽と悲鳴が溢れていることを炙り出していて注目される。また五句目の「初茜」は正月元旦の明け方の空で、本来ならば希望と祝福のシンボルなのだが、地球を焼き尽くす隕石が降るという不吉な幻視をしている。『未踏』には見られなかったテイストの句であり、このような句にも作者の「眼差しの陰り」がある。
 本句集は2009年から2015年までの作を集めたもので、2011年の3.11を跨いでいる。大震災に寄せた句は「災害の地にて」という詞書きを持つ次の二句に留まる。

瓦礫の石抛る瓦礫に当たるのみ
サンダルをさがすたましひ名取川

 二句目の「名取川」は宮城県を流れる川で閖上ゆりあげで太平洋に注ぐ。閖上地区は先の大震災で甚大な被害を受けた場所である。同時に名取川は歌枕でもあり、「陸奥みちのくにありといふなる名取川なき名とりては苦しかりけり」という『古今集』に収録された壬生忠岑みぶのただみねの歌がある。また狂言では、希代坊と不肖坊という二つの名をもらった僧侶が帰国する途中で名取川を渡るときに、転んでその名を忘れ、流れた名を笠ですくって拾おうとするという演目がある。高柳の句はこれらをすべて踏まえているのである。無くした名を探すとサンダルを探すが時空を超えて呼応し、津波で水死した死者がサンダルを探すという悲痛な句となっていて印象深い。
 集中では次の句がとりわけ印象に残った。

夏蝶やたちまち荒るる日の中庭パティオ
皆既日蝕ゼリーふるへてゐたりけり
夜も力抜かぬ鉄路よ去年今年
手毬つく紅唇すこしゆるみをり
蝶わたり文字渡り来し夏の海
夏館画商に犬の吠えかかる
日盛や動物園は死を見せず
絵の少女生者憎める冬館
小説を伏す船窓の寒潮に

 高柳の蝶好みは相変わらずと見える。上に引いた中では六句目や八句目・九句目に物語性が濃厚である。「夏館なつやかた」は夏に涼しいようにしつらえた家を言うが、画商が通うくらいだから庭に木が鬱蒼と茂るひっそり佇む洋館を思わせる。九句目は対をなすような冬館である。絵に描かれた少女はすでにこの世にない、先代の女主人か、若くして川で溺れ死んだ現当主の姪か。少女には生者を憎む理由があるのだ。九句目は冬の船旅で、小説を読んでいるくらいだから一人旅である。小説に倦んで丸窓から寒々とした冬の海を眺める視線に軽い倦怠と鬱屈が感じられる。
 石川美南、川野里子、小島なお、高柳克弘、東直子、平岡直子、平田俊子、三浦しをんによる同人誌『エフーディ』第2巻(2016年5月刊行)は、九州の竹田吟行特集を組んでおり、高柳は黒一点のメンバーとして参加している。なんでも竹田は川野の故郷だという。みんなでエッセー、短歌、俳句を寄稿している。『寒林』に収められた「寒林の空や飛ぶものかがやかす」「寒林を鳥過ぎ続くもののなし」はこの同人誌が初出である。高柳は次のような短歌も寄稿していて達者なものだ。

銭湯が飯屋に化けるその町に黄花コスモス盛りなりけり
空井戸におういおういと声掛けて夜も更けたる骨牌会かな
血の流れ沁みたる土にあをあをと夏の名残のとのさまばつた

 どういう経緯で生まれた同人誌かは知らないが、□街プラス小説街の交流はとても楽しそうで、もはや「島木のレッド」の苛烈さはない。もって瞑すべきか。

第191回 歌集の読み方

 直接のきっかけは忘れてしまったが、近現代短歌に興味を持って読み始めたとき、まず手を伸ばしたのはアンソロジーだった。次のような本である。


 『新星十人 現代短歌ニューウェーブ』(立風書房 1998年)
 小池光・今野寿美・山田富士郎編『現代短歌100人20首』(邑書林 2001年)
 『現代短歌最前線 上・下巻』(北溟社 2001年)
 篠弘編『現代の短歌 100人の名歌集』(三省堂 2003年)
 高野公彦編『現代の短歌』(講談社学術文庫 1991年)


中でも愛読したのは塚本邦雄『現代百歌園 明日にひらく詞華』(花曜社 1990年)だった。同時期に穂村弘・東直子・沢田康彦『短歌はプロに訊け』(本の雑誌社 2000年)を読み、歌の良し悪しの判断基準という点で大いに学ぶところがあった。
 短歌に興味を持った人はまずアンソロジーから入るのがよい。手練れのプロが精選した歌を解説までしてくれるのだから敷居が低く入りやすい。アンソロジーのよい所は拾い読みができることで、パラパラめくって目に留まった箇所を読む。読んでいるうちに好きな歌、好きな歌人に出会うものだ。
 ところが歌集を初めて買った時、私はどう読めばよいのかまったくわからずとまどった。歌集を一冊丸ごと読むことができないのである。小説ならばストーリーというものがあり、登場人物が出会ったり愛し合ったり殺し合ったりするので、「筋を辿る」という読み方ができる。エッセーや論文ならば、著者の主張や証明が順序立てて展開されているので「論理を辿る」のが読み方である。ところが歌集は小さな章というか節というか、区分に分かれていて小題が付されているものの、ずらりと短歌が並んでいて、どこからどう読めばよいのかわからない。並んでいる短歌同士の関係もわからないのである。
 「短歌をどのように鑑賞するか」という本はたくさん書かれている。しかし私の知るかぎり「歌集をどう読むか」を手ほどきする本はない。その理由はおそらく二つある。近代になって歌人は「歌集で勝負」がふつうになったが、出した歌集がどのように読まれるかまでは気が回らない。「読者論の不在」である。おまけに出版した歌集のほとんどは歌人仲間に贈呈され、「作者&読者=歌人」という等式が暗黙のうちに前提されているので、わざわざ読み方まで教える必要はないのである。おそらく大方の歌人には、「歌集をどう読めばよいかわからない」という人種がこの世に存在することすら頭に浮かばないだろう。短歌初心者の私はそのような人種だったので、今回は「歌集をどのように読めばよいのか」を体験を交えて書いてみたい。

 

【歌集題名】
 歌集題名は作者の美意識の発露である。ゆめゆめおろそかにしてはいけない。藤原龍一郎『花束で殴る』のように、いつかタイトルにしようとずっと暖めていたという思い入れのある題名もあるのだ。春日井建『行け帰ることなく』、松平盟子『帆を張る父のように』、苑翠子『ラワンデルの部屋』のように、題名だけで詩になっているものもある。まず題名をじっくり味わおう。近頃味わい深い題名が少ないのが残念だ。

 

【帯】
 歌集には帯があるものもないものもある。帯があると歌集の中身の重要な手がかりとなる。たとえば仙波龍英せんばりゅうえい『わたしは可愛い三月兎』の帯には、「夕照せきしょうはしづかにひらくこの谷のPARCO三基を墓碑となすまで」という代表歌が大きく印刷されており、裏表紙側には「ここには、バルーンのように吹き上げられた言葉たちの世界がある。かつて短歌形式が、これほどの浮力を持ったことがあっただろうか」という清水哲男の文章が刻まれている。表に推薦文、裏に自選数首という形式も多い。自選の歌を見ればどのような傾向の歌人かがわかる。

 

【歌集の構成】
 書き下ろしの歌集というのはまずない。ふつう歌人は数首または数十首を短歌雑誌や結社誌・同人誌に発表し、それをまとめて歌集を編む。だから一巻の歌集に収められた歌の制作時期は数年にわたることが多い。これも歌集の特徴で、歌集の中には時間の流れが伏在しているのだ。
 歌集の構成には編年体・逆編年体と、制作時期とは無関係に構成したものとがある。編年体は歌を制作した順番に並べたものである。「塔」のようにアララギの流れを汲む流派は歌と実生活の繋がりを重視するので、編年体を採ることが多い。女性歌人だと、短歌を作り始めた大学生の頃の歌に始まり、恋愛・失恋から結婚・出産(時には離婚)の歌が年代順に並び、さながら「女の一生絵巻物」を見るようだ。こういう場合は作者の人生に寄り添うような気持ちで読むのがよかろう。歌も日々の生活から生まれたものが多い。
 逆編年体は最も新しい歌を最初に置き、昔作った歌は後に置くという、編年体の逆を行く配列である。実例は少ないが資延英樹すけのぶひでき『抒情装置』がそうだ。編年体だと若書きで下手な歌が最初に来るので、それを嫌って最近作った自信作を巻頭に起きたい時に逆編年体を採るようだ。従って逆編年体を採る歌人は、ありのままの自分よりも最高のパフォーマンスをしている自分を見てもらいたいという人だ。自信家といえよう。
 制作年代に関係なく歌集を再構成する歌人は、「日々の歌」「折々の歌」という日常詠を否定し、自分の美学に貫かれた世界を構築したいと望む人である。日々の生活から歌が生まれるタイプではなく、美意識に基づいて作歌する人が多い。
 とはいえ実際には編年体を中心にしながら、素材に応じて一部歌の順番を入れ替えたなど、ミックス型の歌集のほうが数は多いかもしれない。

 

【歌の種類】
 歌は詠まれた題材によっていくつかの種類に分かれる。たとえば『角川現代短歌集成』を見ると、第1巻は生活詠、第2巻は人生詠、第3巻は自然詠、第4巻は社会文化詠となっている。第1巻の生活詠の中身は、生老病死・挽歌、日常生活・衣食住・料理・食品など、仕事・家事、人・友・出会い・別れ・感謝・懐旧、旅、都市・街、交通・乗り物、趣味・遊び、家電・機器となっている。挽歌と職場詠は除くとして、まさに生活即短歌(by土屋文明)である。このうち卑近な日常を詠んだものを身辺詠ということもある。ちなみに第2巻の人生詠は、身体、人間、感情、人智・能力、人生、愛、夫婦・親子、家族となっている。このうち人生の来し方行く末に想いを馳せる歌を境涯詠と呼ぶこともある。ここまでを大きく括ると、生活詠、職場詠、境涯詠、挽歌、相聞となり、これに自然詠・社会詠を加えると、ほぼ網羅することになる。
 勅撰和歌集の部立ては春・夏・秋・冬・恋・雑で、古典和歌は自然詠と相聞が中心だった。とはいえそれは素材の話で、実際は歌のテクニックを競い合うのが主眼である。これにたいして「自我の詩」である近代短歌は生活詠が中心になる。
 さて、歌集を読むときまず問題になるのは、誰かが怪我したとか、どこかに子供が生まれたとか、古家の屋根が雨漏りするとかいう歌を読んで何がおもしろいのかである。ここをクリアできなければ、短歌を読むことはほぼムリと言ってよかろう。

十幾年そのままにして過ぎて来つ外れる雨戸のことのみならず  柴生田稔しばうたみのる
包帯で吊ったあなたの右腕がおほきな鳩のやうな春昼しゅんちゅう  目黒哲朗
白粥にひかる塩ふり掬ひゐつ起きてわが身のあらたまる日に  横山未来子

 一首目は「外れる雨戸のことのみならず」に「ああ、作者は雨戸以外にそのままにして来て気にかかることがあるのだな」という想いを読み取るのがポイントだ。「だから何じゃい」と言われると困るが。二首目は骨折してギブスを付けた恋人の右腕を、うららかな春の日の鳩に喩えた優しさが読みのポイントである。三首目は病に伏せった後、少し回復して白粥をすすれるようになった日の感慨を、「身のあらたまる」と表現した歌。いずれも些細なことながら、それが定型に詠まれることによって、アルバムに貼ったスナップ写真が修学旅行の大事な思い出になるように、人がこの世に生きた証となる。捉えられているのは「瞬間の生の輝き」で、これに感動するのが短歌を読むということに他ならない。

 

【連作】
 すでに述べたように、歌集はどこかに発表した数首や十数首のまとまりを編集したものである。元の数首や十数首は連作という形式を取っている。たとえば中部短歌会の結社誌『短歌』2016年6月号には主宰大塚寅彦の次の五首が載っている。

    千年時計
樹木より生れたるプラスチックもて組まれし時計ゆつたり廻る
千年の時計は人の絶えしのち時を刻むか何をか待ちて
エニグマ〉のめぐるローター想はせてひめやかにあまた歯車動く
囓られし林檎をついの謎として同性愛者アラン逝きにき
iPodのロゴの林檎の欠落を見るなく人ら恋唄を聴く

 冒頭の「千年時計」は連作の題名である。さあ、この連作をどう読むか。まず一首目は読者を連作の世界に誘い込む役割がある。特に名前はないが仮に「導入歌」と呼んでおく。題名の「千年時計」を見て、「何じゃこりゃ」と思った読者に、わかりやすく謎解きをして説明している。お手本のような導入歌である。
 千年時計とは愛知県のナルセ時計が実際に作った時計で、西暦4999年まで日付の表示が可能だそうだ。それを次の歌が受けて、人類が絶滅した千年後の未来に時を刻む時計に思いを馳せている。三首目では千年時計から第二次大戦中にドイツ軍が用いていたローター式暗号機エニグマを連想している。四首目ではエニグマの解読法を考案したイギリスの数学者アラン・チューリングへと移り、死の床に落ちていた囓られたリンゴに思いを馳せる。チューリングの死は青酸中毒死であったと言われているが、謎のままである。五首目では囓りかけのリンゴから、アップル社のロゴを連想し、iPodでラブソングを聴く現代の若者たちで終わっている。千年時計から人類が死滅した未来へと飛び、また第二次大戦の過去へ遡行し、最後に現在に着地するという見事な構成の連作である。わずか五首の中に、我らが時の囚人であること、先の大戦、未来に待ち受ける核戦争の脅威、春日井建譲りの同性愛というテーマ、そして現代風俗が盛り込まれていて間然とするところがない。
 このように連作はそこに集められた全部の歌が同じテーマを扱うものではなく、自由な連想によって他のテーマに飛んだり、メインテーマとはちがう内容の歌が挟み込まれていたりする。単調になることを避けて、主題に膨らみを持たせるためである。だから読む側も、ガイド付きの半日ツアーに参加したつもりで、「おっと、ここでこう来るか」と展開を楽しむのが正しい読み方と言えるだろう。

 

【秀歌と地歌】
 連作には秀歌ばかりが並んでいるということはない。それは当たり前だ。他の歌より優れている歌が秀歌なのだから、秀歌の隣にはつまらぬ歌がなくてはならない。ではつまらぬ歌には存在価値がないのかというとそうではなく、秀歌を秀歌たらしめているのはつまらぬ歌である。だから一冊の歌集には少数の秀歌と大多数のつまらぬ歌があることになる。つまらぬ歌を地歌という。広辞苑にも載っていない用語だが、何人もの人が使っているのを見たので、歌人のあいだでは使われているのだろう。ゲシュタルト心理学でいう「図と地」の「地」に当たる。地あっての図だ。
 したがって歌集を一冊読むということは、大量のつまらぬ歌を読むということである。だから歌集を通読するのは根気がいる。登山に喩えてみればよい。足場の悪い登山道を延々と登ったり、藪漕ぎをしている時は楽しくも何ともない。なぜそんな苦労をするかというと、頂上には素晴らしい景色が待っているからである。
 これと同じように、つまらぬ歌地帯を抜けているときは実に退屈だが、やがて待望のよい歌に出会う。すると地獄で仏に出会ったようにその歌から後光がさす。かくして秀歌が生まれるのである。
 歌集を読み始めた頃の私にはそのことがわからなかった。だからどの歌も同じように力を込めて読んでいたので、そのうち疲れてしまい一冊を読み通すことができなかったのである。歌集を読むときには、集中力を6割くらいに下げて並んだ歌に目を走らせる。秀歌センサーはオンにしてあるので、センサーに引っかかる歌が出て来たときに集中力を一挙に上げて秀歌をしばし味わい付箋を付ける。これが正しい歌集の読み方である。
 「大量のつまらぬ歌」と書いたからといって歌人諸氏は落胆するには及ばない。逆転満塁サヨナラホームランは凡打と空振りの山の上に生まれるのである。

 

【間テクスト性】(上級編)
 大きく言えばどんな歌も過去に詠まれた歌を滋養とし下敷きにしている。だからどんな歌にも過去の歌との遠くまた近い関係が潜んでいる。この関係に気づくのも歌集の読み方のひとつである。

生まれ来む君を待ちつつ鶏鳴あかときの霧降る町に蹲りをり  内藤明

 この歌では「鶏鳴」に「あかとき」とルビが振られている。「けいめい」とも読み、一番鶏が鳴く明け方を意味する。このルビがどうもくさい。調べてみると万葉集に次の歌があることがわかる。

妹を思ひの寝らえぬに安可等吉あかときの朝霧ごもり雁がねそなく

 相聞歌である。本歌の「朝霧ごもり」が内藤の歌では「霧降る町」に変えられている。本歌は恋人か妻を思う歌だが、内藤では生まれて来る子供を思う歌になっている。歌に「鶏鳴」を置くことで、背後に万葉集を浮かび上がらせて歌に奥行きを与えている。プロのテクニックである。

 

【歌集を入手する】
 短歌を読み始めたとき私がいちばん困ったのは、書店で歌集が手に入らないということだった。穂村弘や東直子や河野裕子のような人気歌人の歌集は書店に置いてあるが、それもごく少数である。ながらみ書房の『私の第一歌集 上下巻』の巻末に、収録された歌人に行った「あなたは何歳の時にはじめて歌集を出版したか、発行部数は何部だったか」というアンケートがあり、回答を見ると発行部数はほとんど200部から500部くらいである。その大部分は先輩歌人や歌人仲間や親戚縁者に寄贈されるので、寄贈の輪に入っていないと入手できない。高名な歌人は、国文社の「現代歌人文庫」や砂子屋書房の「現代短歌文庫」に収録されており、また『現代短歌全集』(筑摩書房)もあるが、そこまで有名でない歌人の場合、通常の流通ルートでの入手は難しい。
 どうしても入手したいとき、取る手立ては 1) 出版社に直接注文する 2) 歌人に直接連絡する 3) 古書を探す の3つある。
 ほとんどの出版社はホームページを開いており、そこから注文することができる。代金は郵便振替などで支払う。ただし在庫がなければ入手できない。それでも歌人の手元には何冊か残っていることもある。歌人の連絡先は『短歌研究』12月号の短歌年鑑、および角川『短歌』の12月号に住所録があるので知ることができる。私も最初のうちは何度か歌人に直接連絡して歌集を譲ってもらったことがある。中山明『愛の挨拶』や横山未来子の『樹下のひとりの眠りのために』などはこうして手に入れた。
 歌人の手元にも残っていないときは、古書で探すしかない。最近はネット上での古書販売が充実したので、根気よく検索していればたいていは見つかる。ただしレアものは値が張る。私がネットで買ったいちばん高価な古書は三枝昂之の『水の覇権』か松平修文の『水村』のどちらかだが、2万円くらいした記憶がある。
 それでもたとえば黒木三千代『貴妃の脂』(砂子屋書房 1989年)のような「幻本」は見つからない。どうしても読みたければ、持っている人に貸してもらうか、図書館に行くしかない。試みに検索すると、『貴妃の脂』は国会図書館と石川県立図書館と広島市立中央図書館に所蔵されていることがわかる。遠いからとあきらめることはない。近くの公立図書館に出向いて申し込めば、図書館同士の相互貸借制度で借りることができる。私は山崎郁子の『麒麟の休日』をこのやり方で読んだ。

 予想以上に長くなったが、短歌に興味を持ち、これから歌集を読もうとしている人の参考になれば幸いである。