第196回 中山俊一『水銀飛行』

火の粉ふり払う消防夫の如く螢の夜から出でし少年
中山俊一『水銀飛行』
 唐突だが『偶然短歌』(飛鳥新社)がおもしろい。プログラマーのいなにわと作家のせきしろの共著で、ウィキペディアの文章のなかから偶然に五・七・五・七・七になっている箇所を抜き出したものである。たとえば次のような偶然短歌がある。
念仏で救済される喜びに衣服もはだけ激しく踊り
少量か逆に非常に大量のコンクリートを必要とする
こういった夜間海面近くまで浮上してくる生物もまた
「立ち乗り」を行っている最中に車のドアが閉まってしまい
旅立ちの季節が終わりもう雁が来なくなっても海岸にまだ
 これらは書いている人も意識しないままたまたま五・七・五・七・七の韻律に乗ってしまったものだが、こうして取り出してみると誰かが作った短歌に見えてくるのがおもしろい。一首目は一遍上人が広めた念仏踊りの記述だが、踊りの情景がまざまざと見える。また五首目は俳句の季語の「雁風呂」の説明で、寂寥感が漂うではないか。私が好きなのは大塩平八郎の記述から取った次の歌だ。
暗殺を志してか、淀川に船を浮かべて日が暮れるまで
 巻末にはRubyというプログラミング言語で書かれた偶然短歌検出プログラムのスクリプトが掲載されている。漢字の音訓の音数の判別などをどうしているのかわからないが、興味のある方はお試しあれ。
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 さて今回取り上げるのは書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの一冊、中山俊一の『水銀飛行』である。監修と解説は東直子。聞くところによると、このシリーズは著者の歌人が監修者を指名するシステムになっているようだ。中山は今年 (2016年)大学を卒業したばかりの青年で、映画監督・脚本家として注目されている人らしい。『水銀飛行』は作者が大学に在学中に作った短歌を集めたものである。若い人それも異分野の人が短歌の世界に入って来るのは喜ばしいことだ。
 読み始めると歌集の最初の方に次の歌があった。
うけいれるかたちはすべてなだらかに夏美のバイオリンの顎あて
 短歌に親しんでいる人ならすぐピンと来るが、下敷きになっているのは寺山修司の初期短歌「夏美の歌」である。
空のない窓が夏美のなかにあり小鳥のごとくわれを飛ばしむ
パン焦げるまでのみじかきわが夢は夏美と夜のヨットを馳らす
中山は寺山修司に傾倒して映画制作と短歌の両方を表現手段として選んだようだ。改めて寺山が若者を惹き付ける魅力の大きさを思う。中山は映画の人なので、短歌においてもイメージの多彩さと視覚性が際立つようだ。たとえば掲出歌に選んだ「火の粉ふり払う消防夫の如く螢の夜から出でし少年」にそれは見て取れ、蛍の乱舞する夜の闇から少年が現れるという情景は、まるで映画のワンシーンのように鮮明な映像となっている。次の歌も映像鮮明である。
犯人がインタビュアーに応えてた後ろで珊瑚樹の実が熟れて
(夢は無風)風鈴売りがやってきて扇子で仰ぐ夏の亡骸
みずうみに櫂を沈める天葬を想えば空の重みを受けて
一首目はTV画面だろう。何かの犯罪の犯人がインタビューを受けているその背後に真っ赤な珊瑚樹の実が映っている。実に映画的なカットだ。二首目は天秤棒でかつぐ台一杯に風鈴を吊した風鈴売りで、これも映像的だ。ただし「仰ぐ」は「扇ぐ」の誤記。三首目は山間の静かな湖に櫂を沈めるという儀式的な光景で、これもなかなか美しい。「天葬」は「水葬」「鳥葬」にならった造語か。
 また中山の歌ではイメージの噴出も特徴的である。解説を書いた東は、「明るい昼間のなかで、ふっと非現実の世界がまじってしまう、つかの間の白昼夢を見ているような感触である」と述べている。たとえば次のような歌がそうだろう。
ひとたまりもない夏の笑みこの先が西瓜の汁のように不安さ
瞳孔に差し込むひかり融けてゆく氷彫刻の涙にアウラ
紅いペディキュアが乾けば中華街むかうよあなた体育座りの
火から目を離すな俺の目を見るな焚火を囲むゲイのカップル
転勤族のあの娘になみだ剣玉の剣の部分で突き刺した月
 部分部分を取り出すと「西瓜の汁」「融けてゆく氷彫刻」「紅いペディキュア」「焚火を囲むゲイのカップル」のようにイメージとしては受け取れるが、全体としては起承転結がなく、脈絡なしにカット割りされた映像を見ているような不安定さがある。このあたりは夢にこだわった晩年のフェリーニの映画のようで、夢幻的なイメージが次々と現れる作り方になっているのかと思う。そういう意図はわかるが、出来上がった短歌を受け取る受け手の立場から言うと、意味的な脈絡を欠き一首としてのまとまりが薄くて、歌の世界に入り込めない。また「網戸越しの蝉の裏側みるきみの裸身のごとき翅のカーテン」のように、「網戸」から「蝉の裏側」へ、次に「君」から「カーテン」へと、次々とカットが切り替わり、全体としてひとつの映像へと収斂しない。これではあまりにせわしない。逆の例を挙げると、「積みてある貨車の中より馬の首しづかに垂れぬ夕べの道は」(玉城徹)では、読み終えた後に、貨車の窓から馬の首が垂れる静かな夕刻の映像がくっきりと読者の脳裏に浮かぶ。その結果あとに馥郁たる余情が残るのである。短い短歌のなかにあまりたくさんのものを詰め込むのは好ましくない。かえって薄いスープのようになってしまう。
 一方、成功しているなと思えるのは次のような歌である。
七の段くちずさむとき七七の匂いに満ちる雨の土曜日
あゝぼくのむねにひろがるアコーディオン抱けば抱くほど風の溜息
愛が死語の村で育った青年の汗を舐めれば汗の味して
こんなものすててしまえばいいのにね静かに蜆の砂抜きをして
醒めたとき雪の匂いの夜行バスひとつ灯っている読書灯
傘立ての金属バットに血飛沫の予感漂う九月に降る雨
人妻の三角巾から垂れ下がる手首を掴む 炎天の駅
龍角散の匂い溢れる午後だった水銀色の電車に眠る
低いレを愛する少女の精一杯のばす左手ゆれる吊橋
首都高に今、花吹雪ゆっくりと花屋のトラック横転してゆく
 一首目の清新な抒情、二首目の青春歌の完成度はとても高い。三首目の青年の汗、四首目の蜆も印象的でポエジーとして成立している。五首目はどことなく穂村弘の歌を思わせる。また六首目の切迫する危機感、七首目の危険な香りもよい。「人妻の三角巾」は秀逸だ。許されない恋の逃避行の歌だろう。ただし、三角巾は腕を骨折したときなどにするもので、三角巾を当てると手首は上を向く気もするのだが。九首目も危険な香りの歌で、「ゆれる吊橋」が効果的に一首を締めくくっている。十首目も映像鮮明な歌だが、「今」の次の読点は不要で、「花吹雪」という常套句は避けるべきだろう。しかし首都高で花屋のトラックが横転するというのはいかにも映画的なカットだ。
 最後に私がいちばん好きな歌を挙げておこう。
孵卵器の温度をさげるきみのては一神教の翳りに満ちて
 歌の「きみ」は孵卵器のなかの卵に対して生殺与奪の権を持つ神として振る舞っている。温度を上げ下げすることで、卵を生かすことも殺すこともできるからである。この全能の立場を「一神教の翳り」と捉えた所に、作者の鋭い感性と反省的思索が見える。

 

第195回 江戸雪『昼の夢の終わり』

昼すぎの村雨の後ふいに射すひかりよそこにうつしみ立たす
江戸雪『昼の夢の終わり』
 村雨は夏の季語だから季節は夏。昼過ぎに俄雨が降るがまもなく止む。まだ空には雨を降らせた黒い雲が漂い、空気中に水滴が残っているが、ふいに一条の日が射す。まるでヤコブの階段のようだ(ただしこちらは冬の景色だが)。その光の中に立つ現そ身とは〈私〉に他ならない。〈私〉がそうである現そ身とは、驟雨の後に射す日の光の中にたまさか現出したものにすぎない。この歌を貫いているのは「須臾しゅゆ感覚」だろう。淋しく美しい歌だ。
 『昼の夢の終わり』は2015年11月に上梓された江戸の第六歌集である。この1年前に第五歌集『声を聞きたい』が出版されている。わずか1年の間隔で歌集を出すというのはふつうはないことである。江戸がそうした理由は生き急いだからだ。本歌集のあとがきに、「一ヶ月ほど入院して手術をした。危ない情態だったそうだが危機感はほとんどなかった。なんということか。」とさらりと書かれているが、病を得て入院し手術したことが著者にとってきわめて重大な事件であったのは、本歌集を一読すればわかる。
生きるとはゆるされること梔子くちなしの枯れゆくようにわれは病みたり
あといくつ夏はあるだろう淀川のぶあつい水のそばに佇ちつつ
この夏は鈍感になろうこの夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす
もし泣くとしたらひとつの夏のため ほそいベルトのサンダルを買う
 秋に手術を控えた夏の時期に作られた歌だろう。「臓器を喪くす」に「喪」という漢字をわざわざ当てたところに作者の心の有り様が感じられる。また一首目にあるように、自分はあといくつ夏を過ごせるのだろうかという疑問を抱くほどの病状だったと推察される。
 病を得たときに人がそれまで以上に鋭く意識するのは「時間」である。時間軸を過去方向に辿れば「自分は今まで精一杯生きて来ただろうか」という苦みを伴う想いが湧き上がり、未来方向に辿れば「自分にはあとどれくらい時間が残されているだろうか」という切実な想いが胸を突く。江戸の場合も同じであり、この歌集は「時間をめぐる変奏」が隠れた主題となっている。
花があるその下にひとはスカーフをなびかせ時を見送っている
うしなった時間のなかにたちどまり花びらながれてきたらまたゆく
けてわれには生きたと言える時間どれくらいあるきいの菜の花
いちはやく秋だと気づき手術台のような坂道ひとりでくだる
来るひとはみな美しくほほえんでこの世の時をくっきりまとう
われはいまどの時間のなかにいる 黄色い薔薇が窓辺にまぶし
ストーブを消して静かな窓の辺のわれに残りの時間ながれる
分かれてはまた重なってゆく水を川には川の時間があって
 一首目は不思議な歌で、「ひと」と表現されているのは作中の〈私〉だろう。〈私〉はスカーフを靡かせて、まるでバスを見送るように時間を見送る。なぜそうするかと言えば、〈私〉は時間に乗り遅れたからである。二首目も負けず劣らず不思議な歌で、隠れた主語が〈私〉だとすると、「うしなった時間のなかにたちどまり」とは過去の回想に耽ることと解することができる。花びらを合図のようにして〈私〉は過去から脱して再び時間の流れに復帰する。三首目は解説不要。四首目は上に引いた「夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす」の歌と併せて読まなくてはならない。なぜいち早く秋だと気づくのかというと、手術の予定が秋に控えているからである。だから〈私〉は時間の経過に鋭敏になっているのだ。「手術台のような坂道」という直喩に驚く。五首目は病院に見舞いに来た人を詠んだ歌。〈私〉の時間と彼らの時間はもはや交わることはないという想いが潜む。六首目の「どの時間」という表現が示唆するように、時間の流れはひとつではなく複数なのである。そのことは最後の八首目の歌にもはっきりと詠われている。
 江戸の今までの歌集とのもうひとつの違いは、故郷の大阪を詠んだ歌が多いことだろう。これまでの歌集にもないわけではないが、本歌集にはより多くの歌が見られ、また郷土愛を率直に表現した歌が多い。その理由は言うまでもなかろう。
のんのんとわたしのなかに蠢いている大阪よ木津川安治川
まよなかの大渉橋おおわたりばしはわれひとり渡しふたたび空っぽとなる
打合せ終えて初夏しばらくはひかる堂島川を眺める
栴檀木橋せんだんきのはしうつくしそれゆえ渡ることなく時は過ぎたり
溶接の工場のまえにすっきりと真白き薔薇が咲いておりたり
さびしくて松ぼっくりになろうかな土佐堀通りをしばらく歩く
蒼き水を淀川と呼ぶうれしさよすべてをゆるしすべてを摑む
 八百八橋と称されていただけあって、大阪には川と橋が多い。江戸の歌に登場する大阪も川と橋が中心である。そういえぱ大阪の有名な地名も、天神橋、天満橋、淀屋橋など、橋ばかりである。なかでも四首目の栴檀木橋という名は風雅だ。なんでも橋のたもとに大きな栴檀の木があったのが名の由来だという。
 橄欖追放の前身である「今週の短歌」時代に江戸を取り上げたときには、「ぐらぐらの私」と、「ぐらぐらの私を世界に投射することによって得られる世界把握」というようなことを述べた。感情をぶつけてそのエコーによって世界を把握するような姿勢に変わりはないのだが、本歌集にはそれとはまた肌合いの異なる一本の芯のようなものが感じられる。それは病を得たことで直視せざるをえなくなった自らの「死」と「時間」である。それらへの濃密な想いが収録された歌のあらゆる場所に感じられることが、本歌集を一種独特な色合いに染め上げていると言えるかもしれない。

生きているということなのだクロユリを風が揺らしているこのときも

 上に述べたような眼でこの歌を読むと、黒百合が風に揺れているという何気ない日常風景にも、強い「いま・ここ」感覚が感じられるだろう。最後にいかにも江戸らしい世界把握と、辛い経験をしたにもかかわらず強さが感じられる歌を挙げておこう。

さびしさを摑んでそして突き放す安治川に陽がつよく射すとき

 

第194回 岡野泰輔『なめらかな世界の肉』

冴ゆる夜のボタン製造機しづかに毀れ
岡野泰輔『なめらかな世界の肉』
 岡野は1945年生まれの俳人で、「船団の会」所属。『なめらかな世界の肉』は第一句集である。現代俳句アンソロジー『俳コレ』(邑書林 2011年)にも参加しており、『俳コレ』を取り上げた折に短く触れた。1頁に4句配されて本体が143頁あるので、相当な句数の句集である。帯文に「船団の会」主宰のネンテンさんこと坪内稔典が寄せた文章に、「分かろうとしない、前から順に読まない、退屈なとき、とても贅沢な気分のとき、なぜだか泣きたいとき、ぱらっと何ページ目かを開く。すると、そこにある言葉が話しかけてくるだろう。以上がこの句集のほぼ唯一、そして屈強の読み方だ」とある。要するに一筋縄ではいかない句集だということだろう。私はネンテンさんのお勧めに従わず最初から順に読んだが、最後まで大いに楽しんだ。歌集を読むのはときにしんどいことがあるが、句集を読むのは常に楽しい。作者と世界の触れ合い方がちがうからだろう。
 『俳コレ』の巻末座談会で、岸本尚毅が「大リーグボール3号俳句ですね。わかる人にはわかるという句です」と評している。大リーグボールとは、野球マンガ『巨人の星』の主人公星飛馬が投げる魔球で、1号はバットに当てる球、2号は消える魔球、3号は超スローボールで、打者の手元で球速がほぼゼロになりバットの風圧で浮き沈みする球。大リーグボール3号俳句とは、ふわふわと浮き沈みして捕えどころがない句という意味だろう。どれくらい捕えどころがないかというと次のような具合なのだ。
縞馬を裏返しては青き踏む
崖が見え空が見え花烏賊のゆく
流れ藻にをかしなものが涅槃西風
小鳥来るあゝその窓に意味はない
キンキーブーツ公園に父いまそがり
 こういう句は手強い。作風はあくまで有季定型であるが、意味を取ろうとすると途端にとまどってしまう。『俳コレ』巻末座談会で関悦史が「世界のレイヤー(階層構造)の別々の層を行き来しながら、そこにあるものを拾って作っているという感じがする」と述べている。いずれにせよあらかじめ意味は脱臼されているので、こういう句を味わうには読むときに脳に明滅するイメージに抵抗せず素直に身を委ねるのがよろしかろう。このような句を作ることに作者として何か意味があるかと言うと(「意味」を云々している時点ですでに作者の意図を外しているのだが)、私たちの日常の慣習化された世界の見方をずらし崩すことによって、私たちと世界の間に新しい関係を架橋すること、と言えるだろうか。そうした彼方に現出するものが「世界の肉」なのである。
 もう少しわかりやすい句ももちろんある。
逃水の真中に代筆屋の恋
鉄人の28号までは毀れ
霧が出てゐるすべての鉄は喰はれつつ
おしまひは櫂を失ふ蓮見舟
ガーベラに影といふもの元々無し
その夏のダリアの前に父がゐる
夕立の匂ひに還る戦闘機
 一句目の逃水は夏の季語。「代筆屋の恋」とはまるで昔の映画の題名のようだ。郷愁を感じさせる句。二句目、確かに鉄人28号の前には1号から27号までが存在したはず。毀れてしまい話題にも上らないのが哀れ。三句目、霧の水分で鉄が錆びてゆく様を詠んだ句。錆びる様を「喰はれる」と表現したところがミソ。四句目、蓮見舟とは夏に咲いた蓮の花を間近から鑑賞するために小舟に乗って遊覧するという優雅な行事である。船頭が櫂を失って終わるところに趣がある。五句目、ガーベラのまるで造花のような様を影がないと言い当てた句。六句目、夏のダリアにも郷愁がある。ダリアやグラジオラスや鶏頭は懐かしい昭和の花だ。「その夏」にいったい何があったのだろうと思わせる句。七句目は叙情性が際立つ。確かに夕立には特に降り始めに乾いた土と水の匂いが混じったような独特の匂いがある。基地へと帰還する戦闘機との取り合わせがイメージ鮮烈。
 なかでも私が特に好んだのは次のような句である。
野遊やそろそろ昏い布かけて
手の上を文鳥がゆく夕永し
ふらここが還らぬ空のふかさかな
滑らかな肩もつミシン鳥の戀
目はいちど糸遊の横とほりすぎ
浴衣着て生者の列にふと並ぶ
夕暮に独楽は止まつてゐるところ
花いばらレ点で雨の崖に出て
 一句目は「そろそろ」が怖い。昏い布をかけるというのが夕暮れの喩とも、死者の顔にかける布とも取れる。二句目は手乗り文鳥の句でこれも昭和の郷愁。三句目、はずみをつけて上がったブランコが戻ってこないほど空が深いという句。四句目、昔はどこの家庭にもあったミシンは、シンガーミシンかブラザーミシンだった。艶やかな黒い機械は確かにそれとわかる丸みを帯びていた。五句目の糸遊いとゆうとは、蜘蛛の子が糸に乗って空中を浮遊することで、春の季語。「目はいちど」だから、一度通り過ぎても気がつかないほどかすかな糸で、はっと二度見て気づいたということだろう。この「気づき」が世界の覚醒となる。六句目は何の行列か、並ぶ人をことさら生者と表現することによって、生の短さと死を炙り出す。七句目は夕暮れに回転を止めた独楽の句で、ただそれだけなのに映像鮮烈で味わい深い。「止まってゐる」と言うことで、もはや眼前にない回転を幻視させる。八句目はもっと極端で、意味もよくわからないながら忘れがたい句である。
 「日比谷は暗き谷電気蜘蛛の夢をみるか」「万緑に半減期あり子に乳歯」「とりあへず水漬くウランに年の夜」など、東京電力福島第一原発の苛酷事故に想を得た句も印象に残る。「万緑」はもちろん中村草田男の「万緑の中に吾子の歯生え初むる」の本歌取りで、「電気蜘蛛の夢をみるか」はフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』のもじりである。集中にはこのように過去の作品や映画・小説などに想を得て、機知のひねりを効かせた句もあり楽しい。萩尾望都の名作『ポーの一族』を下敷きにした「冬の星遠ざかりつつ眼のエドガー」や、往年の英語リーダー「Jack and Betty」による「十年後も夏マリファナ臭きベティかな」という句もある。
 さて、最後になったが『なめらかな世界の肉』という句集としては珍しい題名について一言。巻頭に現象学の泰斗M.メルロ=ポンティの『見えるものと見えないもの』から「わたしの身体は世界と同じ肉でできている」という文章がエピグラフとして引用されている。またあとがきには、「この世界を自他の区別があらかじめ失われた、方向も、厚みも、重さもないものとして想像してみる、まるで生まれたての自分が包まれたように。その世界を、しかも世界の内部から言葉だけで触ってみるささやかな営為のひとつを俳句と呼ぶのならその関係の全体を『なめらかな世界の肉』と呼んでも差し支えないだろう」と書かれている。メルロ=ポンティが「眼差し」を梃子にして世界内存在としての私たちの有り様を描き出そうとしたように、岡野は私たちが暮らす世界を想像上でいったん解体し、その上で世界が再び立ち上がる瞬間を内側から捉えようとしているのだろう。短歌の基本は抒情詩であるため、ここまで激しく世界を解体し再構築することができない。短歌は世界肯定的なのである。そのような短歌と俳句の生理のちがいも感じさせてくれる句集と言えよう。

 

第193回 西橋美保『うはの空』

たましひのほの暗きこと思はせて金魚を容れし袋に影あり
西橋美保『うはの空』
 第一歌集『漂沙鉱床』(1999年)に続く西橋の第二歌集である。両歌集を隔てる17年という時間は長く、本歌集を読めばその長さに重い意味があることがわかる。本コラムの前身で『漂沙鉱床』を取り上げたのは2005年のことである。その時は西橋の短歌の特徴を、「奇妙な味わい」「奇想」「視点のユニークさ」「異界・異類への共感」などのキーワードとして論じた。本歌集でもこのような西橋の短歌世界の特徴は基本的には変わっておらず、また下句への落とし込みのうまさも健在だ。
 しかし本歌集でどうしても触れざるを得ないのは、第二歌集までの17年の不在期間の主な原因となった家族のしがらみと舅による家庭内暴力である。藤原龍一郎は帯文に「文学少女が成長して、おとなの世界に棲み始める。実はそこは地縁や血縁のしがらみが絡まりあうカオスだった」と書いているが、「カオス」としたのは表現上の遠慮からであり、ほんとうは「地獄」と書きたかっただろう。
殴らんと構へしひとに手向かひてつかみしスリッパふにやふにやなりき
家族とふそれぞれの髪がよぢりあふ排水口とふ闇の入り口
放ちたる殺気はさすが元兵士ちちなるひとは殴らんとして
柳田國男のあによめいびられ自殺せしそのくだり読む何度もなんども
この家を出ていきたいと七夕の星につくづく願ひをかける
冬の夜聖なる家長が殴る殴る殴れどああ、と泣かざる女を
殴られても殴られても従はぬ女が憎いか春ちかき夜の
 嫁いだ婚家で作者は「従わぬ嫁」であり、舅から執拗な暴力を受ける。その主な原因が読書にあったことは次のような歌で知れる。
読む罪を問はれてをりぬ文字の禍は渦となりつつ生者をまきこむ
萬葉集を燃やせし祖父の裔われら「文字もんじの呪ひ」のあるを伯母いふ
八番目の大罪あれば読書する罪ぞと祖父は萬葉集焼く
好きなだけ読んでもいいと伯父だけがわれにやさしく吃音なりき
 「萬葉集焼く」とはまるで始皇帝の焚書ではないか。教養の修得と人格の涵養のため読書を勧めるのがふつうであり、「文字の呪ひ」とは尋常ではない。こういう家庭もあるのかと心底驚いた。上に引いたような家庭内暴力の歌は数としてはそれほど多くはないものの、印象が強烈でややもすれば他の歌を圧してこちらに迫って来る。
 歌から読み解くと、作者は暴力に絶えきれず婚家を離れて別の町に住み、独身時代の職業である中学か高校の教員に一時戻ったようだ。やがて年月は流れ舅も鬼籍に入る。家庭内暴力の歌以上に戦慄するのが舅の死去以後の歌である。
くるしみのすでに終はれば海岸の真夏の病院ひきしほを待つ
死者を連れゆく道のあり「鬼の道」決してひとりはかへらざる道
わたくしを殴りしその手の持ち主は死にたりその手を焼くまへに拭く
墓穴をめざして雨はふりそそぐ墓あばくごと納骨すれば
たましひを啄みし鳥は死者の乗る舟となるべし夕焼け小焼け
死者の目に写真のなかから見られつつ死者の遺せし片づけをする
われを殴りし箒にわれは手を添へてただ床を掃くただの日常
吊されていまだ死者ゐるかたちなる服の胸倉あたりをつかむ
亡きひとの日記の二冊は嫁われをまだいきいきと罵りやまず
死者の靴あつめて積めばテキメンに靴塚ぐづりと崩れ雨降る
 前半の五首は舅の死去から葬儀・納骨までの歌で、後半は無人となった舅の家の片付けの歌である。親が亡くなり家財道具や衣服や大量のアルバムが残る家を片づけるのは並大抵のことではない。これらの歌には自分を殴った舅への怨嗟や遺恨だけではなく、そうして過ごして来た過去の日々への想いと、これでもう暴力から解放されるという気持ちも滲んでいるように感じられる。
 さて他の歌にも触れなくてはならない。先に奇想と異界と書いたがその入り口となるのは多く何かに映った映像のようだ。
映り込んだ月を盥でざぶざぶと洗つてさつぱりきれいな月だ
をさな日の恐怖のひとつ姿見のうらに塗られて剥がれし朱色
そよぎつつ光をかへすゆふぐれの桜は鏡ぞ異界を映す
鏡には何が映つてゐたのだらう私が覗きこまない真昼は
あをぞらに身をなげしとふはるばると井戸の底なる青空めざし
 盥に映った月、姿見の裏側、咲き誇る桜、また鏡と、「何かを映す」存在に作者の偏愛が感じられる。五首目は若い頃に方違えのため自殺者の出た家に住んだことを詠った一連にある歌だが、ここにも井戸の底に映った青空がある。第一歌集『漂沙鉱床』にも「井戸の底はるかはるかの青空を背にした私がこちらを見てゐる」という歌があるが、映像を用いた上下反転による空間の位相転換は西橋の得意技である。異界と言えば大津仁昭が頭に浮かぶが、大津がわが故郷は異星であり、この世の我はかりそめの存在と観じているのにたいして、西橋はあくまでこの世の住人であり、時折ばっくりと異界が顔を出すところがちがっている。
髪を地に擦らせて笑まふ藤にただ樹は巻かれつつうつとりと死ぬ
光あつまり散りゆくところ渚にて果てしは敦盛そして小次郎
直実なほざねに斬られてむかし敦盛がその肩越しに見た空と海
響きあふグラスのソーダのしろき泡ちりちりと鳴くこゑ夕雲雀
つばくろの雛ふと黙しふさるびあの蒼ふかぶかと咲けるま昼を
みづうみのおもてに散り敷く花を踏み死者は日本の春をおとなふ
代理ミュンヒハウゼン症候群にあらざれど風摘むごとく薔薇摘むゆふべ
 一首目は藤が他の木に巻きつく習性を読んだ歌で、「髪を地に擦らせて笑まふ藤」という擬人化が怖い。怖い歌はよい歌である。二首目は渚を光が集まり散ってゆく場所と捉えた把握が秀逸で、ここでも作者の下句の落とし方が冴えている。上句は誰でも何とかなるが、下句にこそ作歌の腕前が出る。敦盛は熊谷直実に討ち取られた平敦盛で、小次郎はいわずとしれた佐佐木小次郎。三首目にはお得意の視点の転換があり、仰向けに組み伏された敦盛の目から見ている。「その肩越し」は直実の肩越しなのだが、この「その」は文法的にはやや苦しい。四首目はソーダ水の泡がはじけるかすかな音を夕雲雀に見立てた美しい歌。視覚と聴覚とソーダ水の爽快感が渾然一体となっているところがよい。五首目はツバメのヒナが見られる時期だから初夏だろう。黄色い口を開けて餌を求めて騒ぐヒナの声がふと止む瞬間を捉えている。こういう瞬間に魔が通り過ぎる。サルビアの花は赤いのだがなぜ蒼なのだろう。六首目は湖に散る桜の花を詠んだ歌で、関西人ならば琵琶湖北端の花の名所である海津大崎を思い浮かべるだろう。七首目は「代理ミュンヒハウゼン症候群」というあまり短歌に詠まれない素材ゆえ引いた。代理ミュンヒハウゼン症候群とは、周囲の同情を引き献身的な親と見てもらうため自分の子供を傷ける病気である。ここでは薔薇を摘む行為を他傷行為に見立てているのだが、こんなに長い病名を詠み込むのはなかなかの力業である。
夢前の川面に映りしみづからの影に触れつつ消えてゆく雪
春の雨満員のバスはめぐりつつ花影町から東雲町しののめちやう
何を見てわれは病みしか花のころ鷹匠町の眼科に通ふ
お蜜柑を買ひに出でしが紺屋町あたりで日は暮れ雪に降られる
 「夢前川ゆめさきがわ」「東雲町しののめちょう」「鷹匠町たかじょうちょう」「紺屋町こんやまち」はいかにも詩的な町名で、作者の創作かと一度は思ったが、調べてみると作者の在住する姫路市に実際に存在するので驚いた。塚本邦雄が最も好んだのは京都に実在する町名の「天使突抜」だったそうだ。短歌を作る人は多かれ少なかれ「言葉フェチ」だが、最近の若い歌人にはあまりそういう言葉への執着が見られないのはなぜだろう。
ここでかの「バールのやうなもの」ひとつさし出す淑女のたしなみとして
 本歌集には上に引いたように、文語定型の表裏を知り尽くし言葉の斡旋に長けた作者の歌が散りばめられているのだが、最後におもしろい歌を引いた。「バールのやうなもの」とは、ニュースで盗難事件が報じられるとき、「夜間に侵入した犯人は金庫をバールのようなものでこじ開けたと思われます」とお約束のように登場するあれである。まるで「バールのやうなもの」という名前の器具が存在するかのようだ。このようなそこはかとないユーモアもまた西橋の魅力と言える。

 

第192回 高柳克弘『寒林』

標無く標求めず寒林行く
              高柳克弘『寒林』

 清家雪子せいけゆきこのコミックス『月に吠えらんねえ』が矢鱈おもしろい。今時珍しい文学マンガである。舞台はどことも知れぬ□街という街。「しかくがい」と読む。「しかく」とは「詩歌句」で、詩人・歌人・俳人が住む街である。どうやらここ以外にもっと景気のいい小説街とか政治街などがあるらしい。なかでも□街はとびきりの変人たちの住む街である。主人公はさくくん。『月に吠える』で日本の近代詩を確立した萩原朔太郎である。徐々に明らかになるのだが、□街というのは朔太郎の脳内世界らしい。主な登場人物は朔くんが師と仰ぐはくさん、こと北原白秋は女性にもてまくり。悩んで放浪の旅に出る犀くん、こと室生犀星は朔くんの親友。二人が会話する喫茶店Cafe JUNのマスターは西脇順三郎、朔くんの家に押しかけ書生として通うミヨシくんは三好達治。オートバイに乗りときどき銃をぶっ放す危ないチューヤくんは中原中也という具合で、詩壇・歌壇・俳壇総出演である。中でも笑ったのはアララギ正統派のキョシこと高浜虚子と新傾向俳句のリーダー・ヘキゴトこと河東碧梧桐の対立がボクシングの試合になっている場面だ。互いに自信作を繰りだして相手をノックアウトしようとするのだが、キョシのサポーターはスジューとセイホというあたりでクスリと笑う。外野では短歌でも試合をやろうと提案があり、「アララギ」と「日光」の因縁の対決の出場者は白さんとモッさんこと斎藤茂吉。解説はシキさんこと正岡子規とアッコさんこと与謝野晶子との提案に、「モッさんに恨みはないよ。やるなら島木のレッドだろ」と白さんが返すあたりでもう爆笑。
 折しも詩誌『ユリイカ』8月号が「あたらしい短歌、ここにあります」という特集を組んだ。このタイトルも木下龍也の『つむじ風、ここにあります』のもじりである。穂村弘と最果タヒの対談や、編集部による鳥居のインタビューなど、なかなか読ませる内容だが、真打ちは黒瀬珂瀾による清家雪子のインタビューである。黒瀬も驚いたと述べているが、『月に吠えらんねえ』の巻末には膨大な国文学の参考文献表が付されている。どうやってこれを読みこなしたのかとの黒瀬の質問に、国文学の研究者を目指したことがあるので、資料の収集や読み込みは馴れていると清家は答えている。ああやっぱりと思った。『月に吠えらんねえ』はマンガ家の単なる思いつきで描けるようなものではない。俳句や短歌や近代詩を愛情を持って読み、研究書も読み込んで構想を長い間温めていたはずだ。また『月に吠えらんねえ』では戦争と文学が大きな主題になっているのだが、これも構想段階からあったものだという。多くの詩や短歌や俳句が作中に引用されており、近代詩歌を作り上げた先人たちへのオマージュとなっている。ぜひ一読を勧めたい。
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 さて、俳壇のプリンス高柳克弘も□街の立派な住人であることは疑いない。『寒林』は『未踏』(2009年)に続く第二句集。第一回田中裕明賞を受賞した『未踏』はその清新な作風で注目を集めた。『新撰21』に解説を寄せた高山れおなは、「些末写生や季題趣味が横行する『結社の時代』の黄昏」のなかにあって、高柳は「写生と抒情の相互浸潤による詩的昇華へと一旦立ち帰る」が、その後「融通無碍なる詩精神を獲得」したと評した。

在ることのあやふさ蝶の生まれけり  『未踏』
ストローの向き変はりたる春の風
キューピーの翼小さしみなみかぜ

 さて、『未踏』に続く第二歌集『寒林』であるが、まずそのタイトルに注目したい。第一歌集の『未踏』は俳句において未踏の高みを目指すという青春の宣言であり向日性は疑うべくもない。一方、『寒林』は、字義どおりの意味は冬枯れした林で冬の季語であるが、かつてインドは王舎城近くにあった林で死体を遺棄する場所だったという。転じて寒林は墓地を意味することもある。ただの寒い林ではないのである。掲出句「標無く標求めず寒林行く」の「しるし」は、自他を区別する標識、紋所や旗を指すが墓標の意味もある。この句に揺曳するのは死の影である。したがってこの句は、「紋所や旗など自分の標識となるものを求めることなく孤絶の道を行く」という述志と読めるが、また同時に「俳句の世界に自分が入る墓はなく、安住の墓を求めることなく限りない道を行く」とも読めるのである。
 小川軽舟は『未踏』に寄せた序文の末尾で、「やがて高柳君は、波郷や湘子がそうしたように、青春詠の時代を遠い故郷として捨て去り、見晴るかす荒地に足を踏み出すだろう」と書いたが、師の慧眼恐るべし。『寒林』の世界はまさに見晴るかす荒地と言えよう。
 『未踏』には「風鈴や長き休みの厚き本」、「マフラーのわれの十代捨てにけり」といったいかにも若さを感じる句があったが、作者も三十代を迎えて句境が変化するのは当然である。その変化をひと言で表現するのは難しいが、第一歌集ではキラキラして真っ直ぐだった眼差しが、『寒林』では複雑な陰影を帯びてときにふと曇る感じと言えばよいだろうか。

見る我に気づかぬ彼ら西瓜割
雪投げの母子に我は誰でもなし
片隅にグッピーの死や美食会
踏み入れば我も影なり夜鳴蕎麦
神は死んだプールの底の白い線

 一句目、夏の砂浜で西瓜割に興じている若者たちを少し離れた場所から見ている。若者たちに気づかれていない私はここに存在しないのと同じである。二句目、珍しく都心に雪が積もった冬の朝、雪合戦に興じている母子を見ている私もまた無の存在である。よく似た構造を持つこの二つの句は、やや大仰に言えば作者の心に芽生えた存在論的疑念を表している。このような句に「ふと曇る眼差し」を感じる。三句目、美食に舌鼓を打っているレストランの片隅に置かれた水槽でひっそりとグッピーが死んで行く。一句目と二句目には「今を熱中して生きる現在」と、「今・ここ」から一歩身を引いて眺める冷静な孤心の対比があったが、三句目にも同じ構造を認めることができる。四句目はややちがっていて、深夜の屋台のラーメン屋が舞台である。屋台のラーメン屋にはよく暖簾がかかっていて、横を通り過ぎる時、中に座ってラーメンを食べている客は暖簾越しに影として見える。ところが今度は自分が客となって屋台に座ると、自分が影となるというのである。しかし自分が影として見えるということは、外からそれを見ている視線があるということである。ここにもやはり少し離れて見ている視点が存在する。五句目はまたちがっていて、「神は死んだ」というニーチェの言葉は近代人の実存状況を端的に述べたもので、それが輝く夏のプールの線と取り合わされているところがポイントか。晩年の藤田湘子の薫陶を受けただけあって、季語を中核とする俳味に終わらず抒情詩となっている点が味わいと言える。ちなみに季語は、「西瓜割」夏、「雪投げ」冬、「グッピー」夏、「夜鳴蕎麦」冬、「プール」夏。
 やや気になるのは本句集には次のようなペシミスムの色濃い句が多くある点である。

ぶらんこに置く身世界は棘だらけ
嗚咽なし悲鳴なし世界地図麗らか
この国のをはりに雨のかきつばた
冷房に黒き想念湧きやまず
初茜地を焼く星のいつか降る
この世から消えたく団扇ぱたぱたと

 あとがきに「特に後半の句には厭世の気分が濃い」とあるので、自分でも自覚しているのだろう。特に二句目では、世界地図に嗚咽なし悲鳴なしと述べることで、現実の世界には嗚咽と悲鳴が溢れていることを炙り出していて注目される。また五句目の「初茜」は正月元旦の明け方の空で、本来ならば希望と祝福のシンボルなのだが、地球を焼き尽くす隕石が降るという不吉な幻視をしている。『未踏』には見られなかったテイストの句であり、このような句にも作者の「眼差しの陰り」がある。
 本句集は2009年から2015年までの作を集めたもので、2011年の3.11を跨いでいる。大震災に寄せた句は「災害の地にて」という詞書きを持つ次の二句に留まる。

瓦礫の石抛る瓦礫に当たるのみ
サンダルをさがすたましひ名取川

 二句目の「名取川」は宮城県を流れる川で閖上ゆりあげで太平洋に注ぐ。閖上地区は先の大震災で甚大な被害を受けた場所である。同時に名取川は歌枕でもあり、「陸奥みちのくにありといふなる名取川なき名とりては苦しかりけり」という『古今集』に収録された壬生忠岑みぶのただみねの歌がある。また狂言では、希代坊と不肖坊という二つの名をもらった僧侶が帰国する途中で名取川を渡るときに、転んでその名を忘れ、流れた名を笠ですくって拾おうとするという演目がある。高柳の句はこれらをすべて踏まえているのである。無くした名を探すとサンダルを探すが時空を超えて呼応し、津波で水死した死者がサンダルを探すという悲痛な句となっていて印象深い。
 集中では次の句がとりわけ印象に残った。

夏蝶やたちまち荒るる日の中庭パティオ
皆既日蝕ゼリーふるへてゐたりけり
夜も力抜かぬ鉄路よ去年今年
手毬つく紅唇すこしゆるみをり
蝶わたり文字渡り来し夏の海
夏館画商に犬の吠えかかる
日盛や動物園は死を見せず
絵の少女生者憎める冬館
小説を伏す船窓の寒潮に

 高柳の蝶好みは相変わらずと見える。上に引いた中では六句目や八句目・九句目に物語性が濃厚である。「夏館なつやかた」は夏に涼しいようにしつらえた家を言うが、画商が通うくらいだから庭に木が鬱蒼と茂るひっそり佇む洋館を思わせる。九句目は対をなすような冬館である。絵に描かれた少女はすでにこの世にない、先代の女主人か、若くして川で溺れ死んだ現当主の姪か。少女には生者を憎む理由があるのだ。九句目は冬の船旅で、小説を読んでいるくらいだから一人旅である。小説に倦んで丸窓から寒々とした冬の海を眺める視線に軽い倦怠と鬱屈が感じられる。
 石川美南、川野里子、小島なお、高柳克弘、東直子、平岡直子、平田俊子、三浦しをんによる同人誌『エフーディ』第2巻(2016年5月刊行)は、九州の竹田吟行特集を組んでおり、高柳は黒一点のメンバーとして参加している。なんでも竹田は川野の故郷だという。みんなでエッセー、短歌、俳句を寄稿している。『寒林』に収められた「寒林の空や飛ぶものかがやかす」「寒林を鳥過ぎ続くもののなし」はこの同人誌が初出である。高柳は次のような短歌も寄稿していて達者なものだ。

銭湯が飯屋に化けるその町に黄花コスモス盛りなりけり
空井戸におういおういと声掛けて夜も更けたる骨牌会かな
血の流れ沁みたる土にあをあをと夏の名残のとのさまばつた

 どういう経緯で生まれた同人誌かは知らないが、□街プラス小説街の交流はとても楽しそうで、もはや「島木のレッド」の苛烈さはない。もって瞑すべきか。

第191回 歌集の読み方

 直接のきっかけは忘れてしまったが、近現代短歌に興味を持って読み始めたとき、まず手を伸ばしたのはアンソロジーだった。次のような本である。


 『新星十人 現代短歌ニューウェーブ』(立風書房 1998年)
 小池光・今野寿美・山田富士郎編『現代短歌100人20首』(邑書林 2001年)
 『現代短歌最前線 上・下巻』(北溟社 2001年)
 篠弘編『現代の短歌 100人の名歌集』(三省堂 2003年)
 高野公彦編『現代の短歌』(講談社学術文庫 1991年)


中でも愛読したのは塚本邦雄『現代百歌園 明日にひらく詞華』(花曜社 1990年)だった。同時期に穂村弘・東直子・沢田康彦『短歌はプロに訊け』(本の雑誌社 2000年)を読み、歌の良し悪しの判断基準という点で大いに学ぶところがあった。
 短歌に興味を持った人はまずアンソロジーから入るのがよい。手練れのプロが精選した歌を解説までしてくれるのだから敷居が低く入りやすい。アンソロジーのよい所は拾い読みができることで、パラパラめくって目に留まった箇所を読む。読んでいるうちに好きな歌、好きな歌人に出会うものだ。
 ところが歌集を初めて買った時、私はどう読めばよいのかまったくわからずとまどった。歌集を一冊丸ごと読むことができないのである。小説ならばストーリーというものがあり、登場人物が出会ったり愛し合ったり殺し合ったりするので、「筋を辿る」という読み方ができる。エッセーや論文ならば、著者の主張や証明が順序立てて展開されているので「論理を辿る」のが読み方である。ところが歌集は小さな章というか節というか、区分に分かれていて小題が付されているものの、ずらりと短歌が並んでいて、どこからどう読めばよいのかわからない。並んでいる短歌同士の関係もわからないのである。
 「短歌をどのように鑑賞するか」という本はたくさん書かれている。しかし私の知るかぎり「歌集をどう読むか」を手ほどきする本はない。その理由はおそらく二つある。近代になって歌人は「歌集で勝負」がふつうになったが、出した歌集がどのように読まれるかまでは気が回らない。「読者論の不在」である。おまけに出版した歌集のほとんどは歌人仲間に贈呈され、「作者&読者=歌人」という等式が暗黙のうちに前提されているので、わざわざ読み方まで教える必要はないのである。おそらく大方の歌人には、「歌集をどう読めばよいかわからない」という人種がこの世に存在することすら頭に浮かばないだろう。短歌初心者の私はそのような人種だったので、今回は「歌集をどのように読めばよいのか」を体験を交えて書いてみたい。

 

【歌集題名】
 歌集題名は作者の美意識の発露である。ゆめゆめおろそかにしてはいけない。藤原龍一郎『花束で殴る』のように、いつかタイトルにしようとずっと暖めていたという思い入れのある題名もあるのだ。春日井建『行け帰ることなく』、松平盟子『帆を張る父のように』、苑翠子『ラワンデルの部屋』のように、題名だけで詩になっているものもある。まず題名をじっくり味わおう。近頃味わい深い題名が少ないのが残念だ。

 

【帯】
 歌集には帯があるものもないものもある。帯があると歌集の中身の重要な手がかりとなる。たとえば仙波龍英せんばりゅうえい『わたしは可愛い三月兎』の帯には、「夕照せきしょうはしづかにひらくこの谷のPARCO三基を墓碑となすまで」という代表歌が大きく印刷されており、裏表紙側には「ここには、バルーンのように吹き上げられた言葉たちの世界がある。かつて短歌形式が、これほどの浮力を持ったことがあっただろうか」という清水哲男の文章が刻まれている。表に推薦文、裏に自選数首という形式も多い。自選の歌を見ればどのような傾向の歌人かがわかる。

 

【歌集の構成】
 書き下ろしの歌集というのはまずない。ふつう歌人は数首または数十首を短歌雑誌や結社誌・同人誌に発表し、それをまとめて歌集を編む。だから一巻の歌集に収められた歌の制作時期は数年にわたることが多い。これも歌集の特徴で、歌集の中には時間の流れが伏在しているのだ。
 歌集の構成には編年体・逆編年体と、制作時期とは無関係に構成したものとがある。編年体は歌を制作した順番に並べたものである。「塔」のようにアララギの流れを汲む流派は歌と実生活の繋がりを重視するので、編年体を採ることが多い。女性歌人だと、短歌を作り始めた大学生の頃の歌に始まり、恋愛・失恋から結婚・出産(時には離婚)の歌が年代順に並び、さながら「女の一生絵巻物」を見るようだ。こういう場合は作者の人生に寄り添うような気持ちで読むのがよかろう。歌も日々の生活から生まれたものが多い。
 逆編年体は最も新しい歌を最初に置き、昔作った歌は後に置くという、編年体の逆を行く配列である。実例は少ないが資延英樹すけのぶひでき『抒情装置』がそうだ。編年体だと若書きで下手な歌が最初に来るので、それを嫌って最近作った自信作を巻頭に起きたい時に逆編年体を採るようだ。従って逆編年体を採る歌人は、ありのままの自分よりも最高のパフォーマンスをしている自分を見てもらいたいという人だ。自信家といえよう。
 制作年代に関係なく歌集を再構成する歌人は、「日々の歌」「折々の歌」という日常詠を否定し、自分の美学に貫かれた世界を構築したいと望む人である。日々の生活から歌が生まれるタイプではなく、美意識に基づいて作歌する人が多い。
 とはいえ実際には編年体を中心にしながら、素材に応じて一部歌の順番を入れ替えたなど、ミックス型の歌集のほうが数は多いかもしれない。

 

【歌の種類】
 歌は詠まれた題材によっていくつかの種類に分かれる。たとえば『角川現代短歌集成』を見ると、第1巻は生活詠、第2巻は人生詠、第3巻は自然詠、第4巻は社会文化詠となっている。第1巻の生活詠の中身は、生老病死・挽歌、日常生活・衣食住・料理・食品など、仕事・家事、人・友・出会い・別れ・感謝・懐旧、旅、都市・街、交通・乗り物、趣味・遊び、家電・機器となっている。挽歌と職場詠は除くとして、まさに生活即短歌(by土屋文明)である。このうち卑近な日常を詠んだものを身辺詠ということもある。ちなみに第2巻の人生詠は、身体、人間、感情、人智・能力、人生、愛、夫婦・親子、家族となっている。このうち人生の来し方行く末に想いを馳せる歌を境涯詠と呼ぶこともある。ここまでを大きく括ると、生活詠、職場詠、境涯詠、挽歌、相聞となり、これに自然詠・社会詠を加えると、ほぼ網羅することになる。
 勅撰和歌集の部立ては春・夏・秋・冬・恋・雑で、古典和歌は自然詠と相聞が中心だった。とはいえそれは素材の話で、実際は歌のテクニックを競い合うのが主眼である。これにたいして「自我の詩」である近代短歌は生活詠が中心になる。
 さて、歌集を読むときまず問題になるのは、誰かが怪我したとか、どこかに子供が生まれたとか、古家の屋根が雨漏りするとかいう歌を読んで何がおもしろいのかである。ここをクリアできなければ、短歌を読むことはほぼムリと言ってよかろう。

十幾年そのままにして過ぎて来つ外れる雨戸のことのみならず  柴生田稔しばうたみのる
包帯で吊ったあなたの右腕がおほきな鳩のやうな春昼しゅんちゅう  目黒哲朗
白粥にひかる塩ふり掬ひゐつ起きてわが身のあらたまる日に  横山未来子

 一首目は「外れる雨戸のことのみならず」に「ああ、作者は雨戸以外にそのままにして来て気にかかることがあるのだな」という想いを読み取るのがポイントだ。「だから何じゃい」と言われると困るが。二首目は骨折してギブスを付けた恋人の右腕を、うららかな春の日の鳩に喩えた優しさが読みのポイントである。三首目は病に伏せった後、少し回復して白粥をすすれるようになった日の感慨を、「身のあらたまる」と表現した歌。いずれも些細なことながら、それが定型に詠まれることによって、アルバムに貼ったスナップ写真が修学旅行の大事な思い出になるように、人がこの世に生きた証となる。捉えられているのは「瞬間の生の輝き」で、これに感動するのが短歌を読むということに他ならない。

 

【連作】
 すでに述べたように、歌集はどこかに発表した数首や十数首のまとまりを編集したものである。元の数首や十数首は連作という形式を取っている。たとえば中部短歌会の結社誌『短歌』2016年6月号には主宰大塚寅彦の次の五首が載っている。

    千年時計
樹木より生れたるプラスチックもて組まれし時計ゆつたり廻る
千年の時計は人の絶えしのち時を刻むか何をか待ちて
エニグマ〉のめぐるローター想はせてひめやかにあまた歯車動く
囓られし林檎をついの謎として同性愛者アラン逝きにき
iPodのロゴの林檎の欠落を見るなく人ら恋唄を聴く

 冒頭の「千年時計」は連作の題名である。さあ、この連作をどう読むか。まず一首目は読者を連作の世界に誘い込む役割がある。特に名前はないが仮に「導入歌」と呼んでおく。題名の「千年時計」を見て、「何じゃこりゃ」と思った読者に、わかりやすく謎解きをして説明している。お手本のような導入歌である。
 千年時計とは愛知県のナルセ時計が実際に作った時計で、西暦4999年まで日付の表示が可能だそうだ。それを次の歌が受けて、人類が絶滅した千年後の未来に時を刻む時計に思いを馳せている。三首目では千年時計から第二次大戦中にドイツ軍が用いていたローター式暗号機エニグマを連想している。四首目ではエニグマの解読法を考案したイギリスの数学者アラン・チューリングへと移り、死の床に落ちていた囓られたリンゴに思いを馳せる。チューリングの死は青酸中毒死であったと言われているが、謎のままである。五首目では囓りかけのリンゴから、アップル社のロゴを連想し、iPodでラブソングを聴く現代の若者たちで終わっている。千年時計から人類が死滅した未来へと飛び、また第二次大戦の過去へ遡行し、最後に現在に着地するという見事な構成の連作である。わずか五首の中に、我らが時の囚人であること、先の大戦、未来に待ち受ける核戦争の脅威、春日井建譲りの同性愛というテーマ、そして現代風俗が盛り込まれていて間然とするところがない。
 このように連作はそこに集められた全部の歌が同じテーマを扱うものではなく、自由な連想によって他のテーマに飛んだり、メインテーマとはちがう内容の歌が挟み込まれていたりする。単調になることを避けて、主題に膨らみを持たせるためである。だから読む側も、ガイド付きの半日ツアーに参加したつもりで、「おっと、ここでこう来るか」と展開を楽しむのが正しい読み方と言えるだろう。

 

【秀歌と地歌】
 連作には秀歌ばかりが並んでいるということはない。それは当たり前だ。他の歌より優れている歌が秀歌なのだから、秀歌の隣にはつまらぬ歌がなくてはならない。ではつまらぬ歌には存在価値がないのかというとそうではなく、秀歌を秀歌たらしめているのはつまらぬ歌である。だから一冊の歌集には少数の秀歌と大多数のつまらぬ歌があることになる。つまらぬ歌を地歌という。広辞苑にも載っていない用語だが、何人もの人が使っているのを見たので、歌人のあいだでは使われているのだろう。ゲシュタルト心理学でいう「図と地」の「地」に当たる。地あっての図だ。
 したがって歌集を一冊読むということは、大量のつまらぬ歌を読むということである。だから歌集を通読するのは根気がいる。登山に喩えてみればよい。足場の悪い登山道を延々と登ったり、藪漕ぎをしている時は楽しくも何ともない。なぜそんな苦労をするかというと、頂上には素晴らしい景色が待っているからである。
 これと同じように、つまらぬ歌地帯を抜けているときは実に退屈だが、やがて待望のよい歌に出会う。すると地獄で仏に出会ったようにその歌から後光がさす。かくして秀歌が生まれるのである。
 歌集を読み始めた頃の私にはそのことがわからなかった。だからどの歌も同じように力を込めて読んでいたので、そのうち疲れてしまい一冊を読み通すことができなかったのである。歌集を読むときには、集中力を6割くらいに下げて並んだ歌に目を走らせる。秀歌センサーはオンにしてあるので、センサーに引っかかる歌が出て来たときに集中力を一挙に上げて秀歌をしばし味わい付箋を付ける。これが正しい歌集の読み方である。
 「大量のつまらぬ歌」と書いたからといって歌人諸氏は落胆するには及ばない。逆転満塁サヨナラホームランは凡打と空振りの山の上に生まれるのである。

 

【間テクスト性】(上級編)
 大きく言えばどんな歌も過去に詠まれた歌を滋養とし下敷きにしている。だからどんな歌にも過去の歌との遠くまた近い関係が潜んでいる。この関係に気づくのも歌集の読み方のひとつである。

生まれ来む君を待ちつつ鶏鳴あかときの霧降る町に蹲りをり  内藤明

 この歌では「鶏鳴」に「あかとき」とルビが振られている。「けいめい」とも読み、一番鶏が鳴く明け方を意味する。このルビがどうもくさい。調べてみると万葉集に次の歌があることがわかる。

妹を思ひの寝らえぬに安可等吉あかときの朝霧ごもり雁がねそなく

 相聞歌である。本歌の「朝霧ごもり」が内藤の歌では「霧降る町」に変えられている。本歌は恋人か妻を思う歌だが、内藤では生まれて来る子供を思う歌になっている。歌に「鶏鳴」を置くことで、背後に万葉集を浮かび上がらせて歌に奥行きを与えている。プロのテクニックである。

 

【歌集を入手する】
 短歌を読み始めたとき私がいちばん困ったのは、書店で歌集が手に入らないということだった。穂村弘や東直子や河野裕子のような人気歌人の歌集は書店に置いてあるが、それもごく少数である。ながらみ書房の『私の第一歌集 上下巻』の巻末に、収録された歌人に行った「あなたは何歳の時にはじめて歌集を出版したか、発行部数は何部だったか」というアンケートがあり、回答を見ると発行部数はほとんど200部から500部くらいである。その大部分は先輩歌人や歌人仲間や親戚縁者に寄贈されるので、寄贈の輪に入っていないと入手できない。高名な歌人は、国文社の「現代歌人文庫」や砂子屋書房の「現代短歌文庫」に収録されており、また『現代短歌全集』(筑摩書房)もあるが、そこまで有名でない歌人の場合、通常の流通ルートでの入手は難しい。
 どうしても入手したいとき、取る手立ては 1) 出版社に直接注文する 2) 歌人に直接連絡する 3) 古書を探す の3つある。
 ほとんどの出版社はホームページを開いており、そこから注文することができる。代金は郵便振替などで支払う。ただし在庫がなければ入手できない。それでも歌人の手元には何冊か残っていることもある。歌人の連絡先は『短歌研究』12月号の短歌年鑑、および角川『短歌』の12月号に住所録があるので知ることができる。私も最初のうちは何度か歌人に直接連絡して歌集を譲ってもらったことがある。中山明『愛の挨拶』や横山未来子の『樹下のひとりの眠りのために』などはこうして手に入れた。
 歌人の手元にも残っていないときは、古書で探すしかない。最近はネット上での古書販売が充実したので、根気よく検索していればたいていは見つかる。ただしレアものは値が張る。私がネットで買ったいちばん高価な古書は三枝昂之の『水の覇権』か松平修文の『水村』のどちらかだが、2万円くらいした記憶がある。
 それでもたとえば黒木三千代『貴妃の脂』(砂子屋書房 1989年)のような「幻本」は見つからない。どうしても読みたければ、持っている人に貸してもらうか、図書館に行くしかない。試みに検索すると、『貴妃の脂』は国会図書館と石川県立図書館と広島市立中央図書館に所蔵されていることがわかる。遠いからとあきらめることはない。近くの公立図書館に出向いて申し込めば、図書館同士の相互貸借制度で借りることができる。私は山崎郁子の『麒麟の休日』をこのやり方で読んだ。

 予想以上に長くなったが、短歌に興味を持ち、これから歌集を読もうとしている人の参考になれば幸いである。

第190回 経塚朋子『カミツレを摘め』

碧釉漣紋器(へきいうれんもんき) 青をたどればしづかなる縁の乱るるひとところあり
経塚朋子『カミツレを摘め』
 「碧釉」とは陶磁器にかける青い釉薬で、「漣紋」とは打ち寄せるさざ波のような波形の模様である。したがって「碧釉漣紋器」はさざ波模様のある青い陶磁器となる。作者は美術展か展示会に出掛けて陳列された作品を観ているのだ。しかし陶磁器の縁を視線で辿ってゆくと、滑らかな縁に一ヶ所だけ乱れたところがあることに気づく。轆轤を回す手の乱れか、釉薬をかけるときの気の乱れか。それに気づくのは作者自身に陶芸の経験があるからである。つまり単なる鑑賞者ではなく実作者の眼差しである。作者の鋭い観察眼が生きた歌で、三句までの静に四句以下の動を対比させた構成もよい。
 経塚朋子は「心の花」所属で、『カミツレを摘め』は今年 (2016年)3月に出版された第一歌集である。序は佐佐木幸綱、解説は『すずめ』の藤島秀憲、装幀は花山周子。歌集題名は「わたくしは雨であり車輪であり轢かれた肉だ カミツレを摘め」という一首から採ったという。不思議な歌だが、あとがきによれば、高校生の時に駅のホームで目撃した轢死に触発された歌だという。「カミツレ」はハーブのカモミーユのことで、ハーブティーによく使われる。この命令形は他者にではなく、自分自身に向けたもので、カミツレのような小さな花を摘むことで死者を供養できればという想いを表している。この想いはまた作歌という行為にも続くのだろう。
 前回も書いたことだが、「自我の詩」としての近代短歌は作者もしくは作中の〈私〉との紐帯がポエジーの要であり、歌の言葉はすべて〈私〉へと収束し、〈私〉を押し上げる。本歌集も例外ではなく、ほぼすべての歌の背後に作者経塚の〈私〉がある。意味不明な歌や誰に向かうのか曖昧な歌は一首としてない。そういう意味できちんとピントの合った眼鏡でものを見ているような印象を受ける。また近代短歌の常道として家族がよく詠われるので、作者には夫と最近親離れした男の子が一人いて、10歳を超える黒猫のクロと暮らしていること、また亡父は数学者で、年老いた一人暮らしの母親をときどき訪ねていることもわかる。
 いくつか引いてみよう。
黒表紙の帳簿を数字でうづめつつ海よりとほき窓べにはたらく
疲れはて君が眠る日裏庭にしげる茗荷をことごとく刈る
ほの暗き水中にくぐむわれが見ゆ時計まはりにろくろ挽くとき
父の部屋に古き書物の積まれをり増ゆることなく減ることもなく
海老天の揚げ方までも講義せり油絵保存修復博士
 作者は美術体験施設工房に勤務しており、一首目は職場詠である。「海よりとほき」に憧れとため息が聞こえる。二首目は家族と自宅を詠んだ歌で「ことごとく刈る」という結句に何かの想いがありそうだ。三首目でわかるように作者は陶芸に携わっている。あとでも詳しく述べるが美術制作や美術品に向き合う歌が本歌集のひとつの特徴となっている。四首目の亡父を詠んだ歌にははっとした。死とはもはや変化しないことなのだ。逆に生とは変化し続けることである。この歌の下句には深い洞察がある。五首目はユーモアの感じられる歌。油絵保存修復博士という称号が実在するのかどうか知らないが、確かに油の化学的性質には通じていそうだ。
あをく鋭く旋律きこゆ釉薬を茶碗の内に流し込むとき
わが眠る霜月の夜をかがやくべし器つめたる窯のふた閉づ
窯の蓋ひらけば器鳴りいづる冬の銀河のさざめく音に
土が燃ゆ金属がもゆ石がもゆ窯の穴より朱の噴きいづ
意にそふと見せて手強し陶筐を窯よりいだせば反りかへりをり
 陶芸の歌を引いた。一首目は巻頭歌で、流し込んでいるのは青い釉薬である。「鋭く」は「するどく」でもよいが「とく」と詠むべきか。三首目はとりわけ美しい。器が鳴るのは取り出すときに互いに触れるためか、あるいは温度変化による収縮のためか。その音を銀河のさざめきに喩えているのだが、もちろん銀河は無音である。五首目のように陶芸では思わぬ変化に逢うこともあり、それがまた陶芸の妙味でもあるのだろう。手強く反り返る陶筐がまるで生き物のように描かれている。
卵のサラダを男食べをり針金の人々冥く立つアトリエに
ウィリアム・モリスの庭群青の草をふみ鶫が盗むエゾヘビイチゴ
筆順をたどれば絵師の息の見ゆ笑ひころげるうさぎとかへる
一人を思ひつめつつ石化せるカミーユ・クローデル 有楽町 雨
エゴン・シーレその名を口にしたるとき鳩尾にくろき茨の痛み
図録(カタログ)を閉ぢおもひをりハンス・コパーのざらざらとした器のふくらみ
 本歌集の特徴のひとつは美術品に向かう歌や芸術家に想いを馳せる歌が多いという点にある。一首目は「針金の人々」でジャコメッティのことだと知れる。あとがきによれば2006年に開催されたジャコメッティ展を観たことが作者の転機になったようで、「真実は虚の中にもあり、その虚に救われることもある」と知ったとある。ジャコメッティは私にとっても思い出が深い。大学生のとき矢内原伊作の『ジャコメッティとともに』(筑摩書房、昭和44年)という名著を読み、当時国内で唯一ジャコメッティの作品を所蔵していた箱根の彫刻の森美術館まで足を運んだ。その頃私もやり場のない青春の鬱屈を抱えていたのである。後年パリに留学した折、アレジア街にあったというジャコメッティのアトリエ兼住居跡を訪ねたが、見つけることができなかった。二首目のモリスはアーツ・アンド・クラフツ運動の旗手。三首目は高山寺所蔵の鳥獣戯画図である。四首目のカミーユ・クローデルは詩人ポール・クローデルの姉で、長くロダンの助手であり愛人であった女性。五首目のエゴン・シーレはクリムトらと共に活動したウイーン分離派の画家で、その強烈な絵画は一度見たら忘れられない。世紀末ウィーンの矛盾と相克を一身に引き受けたようなシーレの絵は確かに痛みを感じる絵である。六首目のハンス・コパーはルーシー・リーの伴侶でもあった陶芸家で、ナチスの手を逃れた亡命ユダヤ人。「我が生の痕跡を一切残さぬこと」と遺言して自死したという。挙げられた芸術家の名を見ると、多くは運命の手に翻弄され受苦を芸術へと昇華させた人たちであることがわかる。作者の想いがそのような芸術家へと向かうことが、作者の芸術観をよく示していると言えよう。
ニュルンベルグの橋わたらむと迷ひゐむ数式も解もわすれたる父
娘たちに継がるることなく北側の書庫に古りたる『位相幾何学』
黒き森に倒れたる樅 数学者は冷たき手をして横たはりをり
肩ごしにすすきが原の虹を見き失職の父とすごしし一夏
ひるがほの花がためたる天の水 父の正義は難く尊し
比丘尼坂に見初めし少女をこの岸にのこし寂しくないのか 父よ
 父恋いの歌を引いた。作者の父への想いはとりわけ深いようだ。この歌からもいろいろなことが読み取れる。たとえば作者の他に娘がいたこと、父の跡を継いで数学者になった姉妹はいないこと。「黒き森」はドイツのシュバルツバルトなので、父君はドイツに客死したのだろうか。また四首目と五首目は並んでいる歌なので、父君はどうしても譲れない正義を貫いて職を辞したことがあるようにも読める。六首目の「少女」は作者の母親で、この歌では比丘尼坂という地名が効果的に使われている。
 最後に特に好きな歌を挙げておこう。
古生代いかなる音の満ちゐしか鳥の囀りなき世界とは
若き鳶の地図にわが家のオレンジの屋根もあるべし葡萄も薔薇も
万緑の句碑の冷たさ花と花のあはひのときを森はざわめく
藤の花のにほひしづかに降りてきてわれに王者の夕暮れがくる
階(きだ)なして波くづれゆく海岸線サガンのやうに車走らす
白き蝶かげをひきつつ庭をゆき楓の下に影をうしなふ
 一首目、作者は庭に来る鳥をこよなく愛しているようで、まだ鳥類のいなかった古生代の空を満たしていた音に想いを馳せている。二首目は空高く遊弋する鳶の視点に立って、我が家のオレンジ色の屋根も見えているだろうと詠んでいる。一首目は時間的距離、二首目は空間的距離が歌に広がりを与えている。三首目、「万緑」と来れば中村草田男の「万緑の中や吾子の歯生え初むる」を思わずにはいられない。この句ではないかもしれないが、句碑が初夏の緑に包まれている光景。「花と花のあはひのとき」が巧みである。四首目を採ったのは個人的好みからで、私も一日の中で夕暮れがいちばん好きだ。「王者の夕暮れ」がよい。五首目、『悲しみよこんにちは』で18歳にして文壇の寵児となったサガンの生活はその後乱れ、スピードとアルコールとコカインに溺れた。しかし海岸線の道路をオープンカーで疾走するサガンはスキャンダルとは無縁のカッコよさだ。六首目、庭を飛ぶ蝶とその影の両方を視ているのだが、楓の木陰に入った途端、影は消えて蝶のみとなる。その瞬間を切り取って「影をうしなふ」と表現したところが巧みである。
 28年になるという歌歴を凝縮した感のある充実の歌集である。

第189回 中津昌子『むかれなかった林檎のために』

ああすべてなかったことのようであり凌霄花は塀をあふれる
 最近「プレバト」が面白い。関西では毎週木曜の午後7時から、毎日放送で放映されているTV番組である。ゲストの芸能人に書道、生け花、料理の盛りつけなどの課題を課して、その出来映えを格付けするという趣向である。なかでも俳句コーナーに人気がある。俳人の夏井いつきが先生役で、出てきた俳句を容赦なく「才能アリ」「凡人」「才能ナシ」と断定する。「才能アリ」と判定された人は手放しで喜び、「才能ナシ」とされた人はがっくりと落胆する。夏井の歯に衣きせぬ毒舌が人気の秘密だが、それ以上に、出詠された句に少し手を加えるだけで見違えるようによくなる様がおもしろい。夏井は「季語を生かすように言葉を選ばなくてはならない」と繰り返し述べているが、このことは季語のない短歌にも言えることだろう。ちなみに夏井には『絶滅寸前季語辞典』という楽しい著書がある。近頃あまり使われなくなった季語を拾い出して例句を挙げて解説し、適当な例句がなければ自作している。なかでも私が特に気に入った季語は「雁風呂」である。
 閑話休題。『むかれなかった林檎のために』は2015年6月に刊行された中津の第五歌集。これまでに『風を残せり』『遊園』『夏は終はつた』『芝の雨』の4冊の歌集がある。この短歌コラムでは以前に『風を残せり』『遊園』『夏は終はつた』の3冊をまとめて批評したことがある。短歌とは面白いもので、一度も会ったことがない人でも、短歌を読めばその人の近況や境遇の変化が手に取るようにわかることがある。中津の場合それは、アメリカに暮らしたこと、病を得たこと、仮名遣いを旧仮名から新仮名に戻したことである。それらすべてが中津の歌に影響を与え、韻律や内容に変化をもたらし深い陰影を与えている。
ふわりふわりと芝生の上を流れいしアメリカの蛍 狩らざりし蛍
終焉はかく秋草を揺らしつつパックス・アメリカーナ光の尾をひく
そして秋、加速度つけて若者は離れゆくなりバラク・オバマを
ひらりひらり黄葉の空より落ちてくるマイケル・ジャクソンの白い手袋
もう会わぬ町といえどもアメリカのあかあかと燃えいし秋の広さよ
 一首目はアメリカで見た蛍を詠んだものだが、アメリカには蛍狩の習慣はないので蛍もただ飛んでいるのみ。日本やアジアには昆虫を愛でる文化がある。中津はオバマが大統領に就任した頃に在米していたようで、三首目はその頃と較べるとオバマに期待した若者のオバマ離れが哀れという歌である。五首目の落ちてくる手袋はたぶん白木蓮の花弁が散る様の喩だと思う。
 病を得た時の一連は「むかれなかった林檎のために」と題され、それが歌集題名となっていることからも、中津にとって大きな出来事だったことが察せられる。
月はもう沈んだ頃か 吸いのみにすこしの水を飲ませてもらう
五年間服むことになる錠剤のはじめの一つを指に押し出す
青い手術着のままの外科医があわわれる とおいところに合歓の莢が鳴る
あおぞらよりしみでるようにくるひかり むかれなかった林檎のために
 この一連を読めば歌集題名の意味がよくわかる。林檎は誰かが病室に見舞いに訪れた時に持参し、剥かれ食されることなく終わったもので、この欠落の感覚は中津の歌に馴染みのあるものである。
 別の一連からも引いておく。
照射部位に引かれしペンのむらさきと同じ色もて暮れてくる空
肉体はこんな風に他人なのかむらさき色の線がひかれて
病院の裏手の出ればきらきらと川は流れる夏草の間(あい)
ボール二つ掌にもちサーブするときの空がいちばん青かったのか
症例の一つのわれが歩みゆく真白に燃える雪柳の径
 病気、入院、手術は人生における大事件である。その及ぼす影響のひとつは、それまでより自分が肉体にとらわれた存在であることを意識することであり、今ひとつは自らの生の終期を思うことである。それを念頭に置いて改めて掲出歌「ああすべてなかったことのようであり凌霄花は塀をあふれる」を読めば、その背後にある想いの深さに言葉を失う。ちなみに凌霄花(のうぜんかずら)の開花期はちょうど今頃で夏の季語である。
 一首目と二首目は自らの身体を意識した歌で、四首目は発病以前の過去を振り返る歌。中津の冷静な眼差しは五首目に表れていて、何人もの患者を診る医師にとって自分は症例の一つに過ぎないことを喝破している。
 著者は弓道をたしなむ人のようで、時折挟み込まれる弓道の歌も注目に値する。
向かうべき的定かにてまひるまの弓は扇のごとくに開く
力みたる腕の力をしずめつつ月なき夜の矢を放ちたり
なにものかがふっと降りてくるまでをいっしんに引くゆうぐれの弓
馬弓はゆめゆめできぬものなれど馬上の風にあこがれやまぬ
 弓に限らず、柔道・剣道・ラグビーや陸上競技など、身体を用いる活動には実際に経験した人にしかわからない感覚があるのだろう。二首目にあるように、弓を引く時は力を込めればよいかというとそうでもないようで、力を抜く加減が大事なのだろう。
鯉の口に吸われてゆきしはなびらよ体内あかく夕あかりせん
目の底を写されている午後ふかくさくらは水に落ちつづけおり
釣り糸はしずかな力に張りながら水の内なるもの反りあがる
赤い靴が傘をはみ出し前へ出る濡れながら出るわたしの靴が
死が大きく目を見ひらいてみる夢のあかるさのなかをながれゆく川
香りの重さを運ぶごとしよ土佐文旦二つが袋のなかに沈めば
廊下隔て昼をあかるき浴室の銀に縊れているシャワーノブ
 中津の個性と歌の上手さをよく表している歌を引いた。一首目、水に落ちた花びらが鯉に吸われ、その花びらの発光で鯉の体内が夕あかりするだろうという幻想を詠んだ美しい歌である。「鯉が吸った」と能動態ではなく受動態にしたところがポイント。二首目、眼科医で眼底検査を受けている情景で、下句「さくらは水に落ちつづけおり」は医院の外の実景ととっても幻想ととってもよかろう。「午後ふかく」が効いている。三首目、「しずかな力に張りながら」と静と動の併存を的確な描写で捉え、釣り上がる魚を「水の内なるもの」と表すところが上手い。四首目は意外性の歌で、最初は誰かの靴かと思えば実は自分の靴だったという落とし方が巧妙。五首目は不思議な歌で、死が目を見開くというのも、死が見る夢の中に川が流れているというのも幻想的だ。六首目は香りを重さに転化するところが上手く、また結句の「沈めば」が効いている。七首目はとりわけ美しくて好きな歌である。浴室の壁に掛かっているただのシャワーノブをこれほどまでに詠えるとは。ポイントは「縊れている」で、中津はこのように一首の鍵となる表現を選び出すのが実に上手い。「昼をあかるき」の助詞の「を」も中津がよく用いる語法である。
 中津は私と同じく京都市左京区に住んでいるので、親しい地名が詠まれているのを楽しんだ。
雨粒がひとつ当たりぬ青空がまだ残りいる鴨川左岸
対岸は遠いところか 午後ホテルフジタの窓に雲がながれて
背後よりぐっと空気をたわませて燕抜けたり荒神橋へ
 著者はとりわけ川のほとりの散策を好むようで、「対岸」という語がよく登場するのはそのためと思われるが、より大きな視点で見れば「対岸」には「彼岸」の含みも感じられる。ホテルフジタは取り壊されてザ・リッツ・カールトン京都になり、もう今はない。

第188回 井上法子『永遠でないほうの火』

ひかりながらこれが、さいごの水門のはずだと さようならまっ白な水門
 書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズからまた注目すべき歌集が出版された。書肆侃侃房は今の短歌シーンにおける新人発掘の重要な一角を担っていると言えるだろう。井上法子は1990年生まれで早稲田短歌会所属。明治大学と立教大学を経て現在東京大学大学院の博士課程で研究を続ける学問の徒である。本歌集のタイトルとなっている「永遠でないほうの火」は2013年の第56回短歌研究新人賞で次席に選ばれている。そのときの新人賞受賞は山木礼子の「目覚めればあしたは」。しかし審査員の合計点数をいちばん多く獲得したのは井上の「永遠でないほうの火」だった。井上を一位に推した穂村は、「口語文体でありながら、読者が簡単には通過できない世界。独自の摂理というか、マジカルな論理が、息遣いの感じられるリズムで歌われている」と評し、米川は「私も、口語だけれどもなにか粘着力を感じるというか、吸引力があると思いました」と感想を述べている。
 書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズは加藤治郎と東直子の編集によって陸続と若い歌人を世に出しているが、その中でも井上は特段に異色の歌人である。読んでいて「果たしてこれを短歌と呼んでいいのだろうか」という疑問に捕らわれることしばしばであった。ランダムに選んでみる。
ずっとそこにいるはずだった風花がうたかたになる みずうみに春
紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて
加速するけれどしずかなはなやぎを抱いて(つむ)る 誰にも告げず
透明なせかいのまなこに疲れたら芽をつみなさい わたしのでいい
ほの青い切符を噛めばふるさとのつたないことばあそびがせつない
 このような歌を近代短歌のOSで読み解こうとしても無理である。一首目、「ずっとそこにいるはずだった」は動詞「いる」から隠れた主語は人間か動物のはずだが、それが「風花」に掛かっている。ここで脳裏に「?」が点灯する。「風花がうたかたになる」はわかる。風花が水面で泡に変化するのだ。一字空けて「みずうみに春」もわかる。しかし「ずっとそこにいるはずだった」が宙ぶらりんのまま残る。しかし湖に春が訪れて何かが失われた喪失感は静かに伝わる。おそらくそれが作者の意図だろう。
 二首目はなかなかに美しい歌なのだが、内容を現実的に解釈しようとしたら夢落ちしかあるまい。作者が世界の夢を見ている。その夢の色は紺青である。ちなみに青は井上の好きな色だ。その夢を翡翠が駆け抜ける。その翡翠の色が夢よりもさらに青いという。読後に鮮烈な青の印象だけが脳裏に残響するので、この読みでよいと思われる。
 三首目、まず「加速する」を終止形ととるか、それとも「加速するけれど」まで続けて読むのか迷う。近代短歌ではこのような曖昧性は瑕疵である。「しずかなはなやぎを抱いて瞑る」のように主語が明示されないときは、主語は〈私〉と取るのが普通だ。すると「加速する」の主語も〈私〉なのかまた迷いが生じる。加速するのは〈私〉が乗っている列車かもしれない。意味の曖昧性の中に「静かな華やぎ」という心情だけが残る。
 四首目はさらに難解だ。「透明なせかいのまなこ」は何かの喩だろうか。例えば至る所で私の行動を監視している監視カメラとか。続けて「芽をつみなさい」、「わたしのでいい」と畳みかけられるとお手上げだ。
 五首目は珍しく近代短歌のOSで読める。「ほの青い切符」はたぶん故郷に帰る汽車の切符だろう。それを戯れに噛むと、子供時代に興じた言葉遊びが追憶されるという歌である。
 韻律に目を転じると、おおむね定型に準拠してはいるものの、下句の句跨がりが多いところに前衛短歌の影響が色濃く見られる。それからランダムに選んだ五首のうち三首で結句が一字空けで切り離されている。短歌は結句で着地する文芸なので、結句にそれまでと意味の関連性の薄い句を持って来られると、肩すかしを食らったような気持ちになる。
 短歌研究新人賞の選考座談会でも、米川は「フレーズのセンスはよい」と認めつつも、「それはよさでもあり欠点でもある」とし、「言葉のほうが先行している」と評している。続けて「何となく口から出まかせというところが、よくも悪くもある」と述べている。
 本歌集の東直子による解説によれば、井上は高校生の時に塚本邦雄の短歌に接して歌作を始めたという。また現代詩も書いていて、現代詩と短歌のコラボ作品もあるという。このくだりを読んでなるほどと得心した。井上は現代詩と繋がっている人なのである。現代詩を書く技法で短歌を作っているのだ。だから作品の中に生活者としての〈私〉を感じさせる要素が皆無なのである。
 現代詩だから「言葉先行」なのは当然と言えよう。詩においては、単語と単語の日常的な連接をずらし、新しい組み合わせを求め、言葉に圧をかけることで、単語同士のぶつかり合いから生じる火花が言葉を日常の地平から浮上させて、中空にポエジーを生む。その様子が米川には「口から出まかせ」と映ったのである。
 近代短歌のOSを捨てて現代詩のように読めば、確かに美しい歌はある。
月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい
選んでもらったお花をつけて光らずにおれない夜の火事を見にゆく
花かがり 逢えぬだれかに逢うための灯の、まぼろしのときをつかえば
海に魚さざなみたてて過ぎてゆくつかいきれない可視のじかんの
ふいに雨 そう、運命はつまずいて、翡翠のようにかみさまはひとり
ときに写実はこころのかたき海道の燃えるもえてゆくくろまつ
くちをひらけばほとばしる火をかみくだき微笑んでほほえんで末黒野

ジョルジュ・プーレ張りのテマティック批評をするなら、井上の作品に頻出するのは〈青〉〈雨〉〈水〉〈火〉〈液体〉〈光〉で、上に引いた歌にはこのすべてがある。一首目、「月を洗えば」は塚本の「馬を洗はば」の本歌取りか。「月」「夏」「雨」のイメージが一首の核だろう。二首目、途中までの意味のはっきりしない句が、「夜の火事を見にゆく」という具体的な句で受け止められている。夜の火事には人を興奮させるものがある。それが花を着けたはなやぎと呼応するのだろう。三首目、「花かがり逢えぬだれかに逢うための」と続けるとまるで古典和歌のようだ。話は飛ぶが、「かばん」の最新号 (2016.6)で、山田航の『桜前線開架宣言』を松村由利子が論じている。松村は現代短歌を読み解くうえで古典和歌が重要だと山田が見抜いたことを評価し、たとえば今橋愛の短歌は近代短歌よりもむしろ古典和歌に近いと指摘したことに衝撃を受けたと述懐している。佐佐木幸綱は近代短歌と対比したときの古典和歌の特質は「抽象性」「観念性」「普遍性」だとした(『現代短歌』)。明治時代の短歌革新運動はその否定として〈私〉の個別性を浮揚させたわけだが、塚本チルドレンである井上の作品を見ると、確かに古典和歌の世界に近いものがある。そういう目で見るとまたちがう風景が見えてくる。面白いのは六首目で、「ときに写実はこころのかたき」は自身の作歌の心得を述べているかのようだ。七首目は本稿冒頭の掲出歌とならんで屈指の美しい歌である。この歌の功績は「末黒野」という言葉を見つけたことだろう。末黒野とは、野焼きをした後の黒く焼けた原で春の季語である。

 次の歌もおもしろい。

きみには言葉が降ってくるのか、と問う指が、せかいが雪を降りつもらせて
降りては来ない あふれるのよ 遠いはかないまなざしからきっとここへ
 井上の詩作の秘密を垣間見るようだ。「きみには言葉が降ってくるのか」とは歌会で誰かに言われたことなのだろう。それに対して井上は「言葉は降って来るのではなくどこか遠い所から溢れて来るのだ」と答えている。
 短歌研究新人賞選考で井上は惜しくも新人賞を逃したが、選考では作品の難解さ、言葉の選び方の不適切さ、イメージの飛躍などが瑕疵とされた。加藤治郎は「魅力的な作者ですけど、おそらく、自分の作品を歌会などで人に読んでもらって自分の表現は人に通じるかという、そういった言葉や表現を鍛えていく場面をほとんど通過しなかった、そんな作者ではないかと思ったんです」と述べている。井上は早稲田短歌会に所属し、歌会にも出詠して仲間の批評を浴びているだろうから、加藤の推測は当たらない。難解さとイメージの飛躍の原因は、現代詩の作り方で短歌を作っているところにある。それを「瑕疵」と言われ、「早く修復した方がよい」と言われると、井上としても苦しいところがあるだろう。
 さてどうすればよいか。結論はそっけないようでも「言葉を鍛えるしかない」ということなのだが、井上の資質は俳句に向いているようにも感じるので、前衛俳句を読んでみるのもよいかもしれない。
首に蛇捲いてほほえむ旧師こそ  安井浩司
鷲の眼の遙かなりけり蓮華敗
百日紅秘密は正午の前にあり
死にゆくを汀と思う冬いちご  高岡修
花舗のくらがりに亡命の白鳥を犯し
夕空の血を抜きにゆく日日草
 俳句の方が短歌よりも意味に依存しない。また俳句は〈私〉に送り返すことのない言葉の世界である。井上の作品とは親和性が高いだろう。私は『永遠でないほうの火』を大いに楽しんで読んだが、歌壇での評価は分かれるかもしれない。
 歌集冒頭にエピグラフとして、文芸批評家モーリス・ブランショの『来るべき書物』からあるパッセージが引かれている。そこにある「非人称的語り」「言葉と化した沈黙」はなるほど井上の短歌の言葉の位相としてふさわしい。少なくとも井上は自身の言葉の位相をこのように認識しているのだ。ブランショは私が最も愛読した思想家の一人であり、バルトが「エクリチュールの零度」と呼んだその文体は硬質である。併せて『文学空間』も勧めておこう。 

第187回 千種創一『砂丘律』

このストールを巻くたびに遭うかなしみの砂漠へ放つ、一羽の鷹を
                      千種創一『砂丘律』
 昨年 (2015年)12月に上梓された千種の第一歌集のなかから、いちばんカッコいい歌を引いた。切れの多い文体が特徴の作者にしては珍しく四句まで切れがなく、立ち上がる映像も鮮明である。砂漠でストールが必需品なのは、絶えず風に乗って運ばれる砂が鼻や口に入るのを避けるためだ。私の世代だと砂漠に白いストールというと、ピーター・オトゥール主演の名作「アラビアのロレンス」を思い浮かべてしまう。千種が砂漠に放つ鷹の背後には、寺山の句「目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹」が揺曳していよう。青春歌として申し分ない愛唱性を持つ歌である。
 千種は1988年生まれだから今年28歳の歌人である。東京外国語大学で卒業生でもある三井修の「短歌創作論」を受講し、その縁で塔短歌会に入会。「外大短歌会」の創立に参加する。2013年に塔新人賞を受賞、2015年に歌壇賞次席に選ばれている。東京外国語大学でアラビア語を専攻し、現在中東のレバノンで働いているという経歴は、先輩の三井と同じだ。めきめき頭角を現している若手歌人である。
 その千種が上梓した第一歌集は、まずその造本と装幀が話題になった。ペーパーパックのような荒い紙質と縦長の版型、何と呼ぶのか知らないが漫画雑誌のような背の綴じ方、背表紙から表紙にかけて張られたガーゼのような布地、「千種創一歌集 砂丘律」と印刷された黄色のラベル。その一見するとぞんざいな造本は、「この歌集が、光の下であなたに何度も読まれて、日焼けして、表紙も折れて、背表紙も割れて、砂のようにぼろぼろになって、いつの日か無になることを願う」というあとがきの言葉と照応しあう。
 さて、歌集の中身だが、あらゆる言語は形式と意味の結合であることを反映して、千種の歌も形式面と意味面においてきわだつ特徴を持っている。基本はゆるやかな定型意識に基づく口語短歌であるが、定型から逸脱することもしばしばである。
瓦斯燈を流砂のほとりに植えていき、そうだね、そこを街と呼ぼうか
マグカップ落ちてゆくのを見てる人、それは僕で、すでにさびしい顔をしている
砂の柱にいつかなりたい 心臓でわかる、やや加速したのが
窓のすきまから春風が、灯油くさい美術室舞う、羽根っすかこれ
なつふくの正しさ、あとは踊り場の手すりに挿していったガアベラ
 編年体ではないという歌集の冒頭付近から引いた。一首目は巻頭歌で、三句目まではふつうに進行するが、四句目で突然転調して会話体になり人の声が響く。この響く声が千種の歌に特徴的である。三句の終わりに大きな切れがあり、一首はふたつに分断されている。二首目もよく似た構造をしており、最初は叙景かと思えば、やはり三句目の終わりに転調が待っている。三首目は定型の韻律からかなり外れていて、三つに分断された句が島のように浮かんでいる印象を与える。四首目も読点がなければひとつの流れとして読むことも可能なのだが、わざわざ読点を付して切れを作っている。また結句の「羽根っすかこれ」で突然声が響くのは一首目と共通である。五首目で二句目の句割れを引き取る「あとは」の使い方は、現代短歌でもあまり見られない用法だろう。
 読む側の印象としては、スナップショットを並べて構成しているようにも見える。その結果、一首全体が流れるように一つの情景を描いたり、一つの意味を浮かび上がらせることがなく、心象もまた分断される。おそらくこのような作り方は意図的なもので、近代短歌のコードとは異なる歌法を模索しているのではないかと思われる。
 意味の面における特徴は、千種が暮らす中東という日本とは対極的な風土の景物だろう。
難民の流れ込むたびアンマンの夜の燈は、ほらふえていくんだ
新市街にアザーンが響き止まなくてすでに記憶のような夕焼け
林檎売る屋台のそばの水たまり静かだ、林檎ひとつを浮かべ
たましいの舟が身体と云うのなら夕陽のあふれている礫砂漠
骨だった。駱駝の、だろうか。頂で楽器のように乾いていたな
 湿潤な日本の風土とはまったく異なる乾燥と砂漠の中東である。一般に旅行者の羇旅詠は、目にした景物の物珍しさに引きずられて景物のみが前景化するきらいがあるが、千種の短歌がその弊を免れているのは、旅行者ではなく生活者だからである。一首目の増えてゆく灯火、二首目の祈りを促すアザーンの響き、三首目のリンゴ屋の屋台、四首目の礫砂漠、五首目のラクダの骨、これらに注ぐ眼差しは、中東に暮らし中東の風土を内在化した人でなければ詠えないものだろう。
 中東は戦火の絶えない地域であり、中東に暮らす人は戦火ともまた無縁ではいられない。
北へ国境を越えればシリアだが実感はなくジャム塗りたくる
召集の通知を裂いて逃げてきたハマドに夏の火を貸してやる
映像が悪いおかげで虐殺の現場のそれが緋鯉に見える
君の村、壊滅らしいとiPhoneを渡して水煙草に炭を足す
ちまみれの捕虜の写真の載る面を裏がえすとき嗅ぐオー・デ・コロン
 とはいえ自分は戦争の直接的な関係者ではない。だから煙草の火を貸すとか、水煙草に炭を足すとか、オー・デ・コロンの香りを嗅ぐといった、ごく日常的な仕草でしか関わることができない。このような歌を取り上げた吉川宏志は、「異国の他者の死を、自分の文学の中で扱っていいのか、という問いが、つねに心の中にあるのではないか」と分析しているが(ブログ「シュガークイン日録3」)、確かにそのような「畏れ」は感じることができる。
 「短歌研究」5月号の作品季評で、穂村弘・水原紫苑」吉岡太朗が『砂丘律』を俎上に乗せて論じているのがおもしろい。水原は「みずべから遠くでマッチを擦っているおととい君を殴ったからには」とか「美しく歳をとろうよ。たまになら水こぼしても怒らないから」といった歌を取り上げて、「すごくむかついた」と発言している。要するにマッチョで上から目線の女性差別ではないかという趣旨なのだが、そこを突くかという気がしないでもない。穂村は「今までに見たことのない何かがあるという印象は僕も持ったんだけど、それが何なのかはっきりわからなかった」と述べて、千種の短歌の新しさは認めつつその魅力のありかは言い淀んでいる。おそらくその新しさは、上に書いたように千種の短歌の形式面と意味面の特徴が相乗して生まれたものだろう。
 最後に印象に残った歌を挙げておこう。
焦点を赤い塔からゆるめればやがて塔から滲みでた赤
図書館も沈んだのかい沿岸に漂う何千という図鑑
海風を吸って喉から滅ぶため少年像は口、あけている
どら焼きに指を沈めた、その窪み、世界の新たな空間として
エルサレムのどの食堂にもCoca-Cola並んで赤い闇、冷えてます
油絵の前大統領閣下(ちち)の笑顔にかこまれて君の羽根ペンの落下は静か
駅前に受け取る袋いっぱいの梨の重さへ秋はかたむく
世界を解くときの手つきで朝一、あなたはマフィンの紙を剥ぐ
燃えはせず朽ちてゆく木の電柱のその傾きに降る冬の雨