第84回 石川美南『裏島』『離れ島』

夏の夜のわれらうつくし目の下に隈をたたへてほほ笑みあへば
                          石川美南『裏島』
 練馬区立美術館で開催されている「磯江毅展」を見た。磯江は若くしてスペインに渡って写実絵画を学び、かの地で30年活躍した画家である。惜しくも2007年に57歳の若さで亡くなっている。磯江の画風は、高度な絵画技術に支えられたハイパー・リアリズムを通して、〈存在の神秘〉と〈在ることの尊厳〉へと迫るというものである。その写実力はすさまじい。しかし、「鮭・高橋由一へのオマージュ」と題された作品で、新巻鮭を縛っている荒縄が、正面は絵の具で描いたものなのに、板の側面に食い込んでいる部分は本物の縄であることに気づいた観客がどれくらいいるだろう。磯江は絵画世界(=虚構)と外部世界(=現実)とを、気が付かないほど巧妙に連接し、交錯させているのである。磯江の絵画を見て、改めて写実の迫力をまざまざと実感した。ここ数年見たうちで最も心を動かされた展覧会だった。
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 石川美南の歌集が2冊同時に刊行された。『裏島』と『離れ島』である。第一歌集『砂の降る教室』(2003年)以来だから、8年ぶりとなる。『裏島』は2002年から2011年までの393首、『離れ島』は2004年から2011年までの292首を収録している。どちらの数字も100の位と1の位が同じ数なのは偶然か。装丁は『屋上の人屋上の鳥』の花山周子。銅版画を思わせるTAKORASUの表紙イラストが瀟洒だ。魚の形や帆船の形をして空を飛ぶ街は、細密に描かれながらも現実にはあり得ない存在であり、石川の短歌世界と見事なまでに符合している。『離れ島』には主に単発作品が収録され、『離れ島』には主に連作作品が収められている。2冊同時リリースは、CDにおける両A面のようなものだろうか。多方面で活発に活動している石川ならではの意欲的な試みと言ってよい。
 石川が2冊の歌集の題名にいずれも「島」を用いたのには理由があると思われる。この歌集の扉を開く人は、人跡未踏の絶海の孤島に上陸するのであり、その島の風物は私たちが日頃慣れ親しんでいるものと似てはいるが、どこかちがっている。そのような異世界であり、島に足を踏み入れる人はもはや今までの常識が通用しないと心得なくてはならない。歌集の題名はそう宣言しているのである。だから写実を背骨とし、抒情を血液とする近代短歌の読みに慣れた人、あるいはその読みしかできない人は、この歌集に足を踏み入れると当惑するだろう。次のような歌が並んでいるからである。
壁や床くまなく水びたしにして湯浴みを終ふる夕暮れの王  『離れ島』
窓枠に夜をはめ込む係にしてあなたは凜と目を凝らしたり
憤然と顔を上げたりセキュリティチェックに引つかかる雷神は
暗緑の森から森へ続きゐる点線をつないだらく・ま・ぐ・す
かもめかもめ賢い鳥の近道はショーウィンドウの中を飛ぶこと
飛び魚を容れては吐いて燦々とながれゆくポリ袋の旅路
 歌集題名の『離れ島』とは言い得て妙というべきだろう。ここでは一首一首が離れ島であり、歌と歌をつなぐ通路がないのみならず、歌と外部をつなぐ回路も断ち切られている。歌は一首ごとに異世界を立ち上げて、結句に至って終了する。次の歌が立ち上げる世界はまた異なったものである。だから石川の短歌を読み進む読者は、外宇宙の放浪者となって、その都度、風俗習慣のみならず、住民の身体形態までも異なる星々に、次々と訪れているような気持ちになる。ページをめくるうちに、時として宇宙酔いに似た症状すら呈するほどである(宇宙酔いがどんなものか知らないが)。
 たとえば一首目の「夕暮れの王」とは何者か、何かの暗喩なのか、何か意味しているのだろうかと問うても無駄である。それは何の暗喩でもない。それは夕暮れの王以外の何者でもなく、そのような者が生きている世界がここにあるのだと得心するほかはない。言葉と想像力によって立ち上げられた異世界であり、読者はその発想の妙味と言葉の連接の美しさをただ味わえばよいという仕掛けなのである。
 思えば石川には『砂の降る教室』からすでにそのような傾向があった。
好きな野球の話をしても生返事ばかりの鯨 春になるのか
なにがあったかわからないけど樅茸もみたけがいぢけて傘をつぼめていたよ
風はうすき日かげを流れくさりたるくちなしを食べたがる弟
 本コラムの前身の「今週の短歌」で『砂の降る教室』を取り上げたときは、石川の態度を「世界を異化する意志」と規定した。石川はたぶん幼少時から本を読んで空想に耽るのが好きな少女だったのだろう。歌人のあいだでは有名な石川のキノコ好きもそのような性向と無関係ではない。キノコのなかには確かにこの世のものとは思えない色彩と形状を呈するものがある。石川が空想の延長性として営々と研ぎ澄ましたのが、世界を異化する視線である。その視線の前では寝室は熱帯植物園となり、スターバックス・コーヒー店は荒れ寺と化す。
 今回の『裏島』『離れ島』の二連発では、異化の眼差しがさらにパワーアップしている感がある。しかし、私は読んでいてどこか違和感を感じた。ふだん歌集を読むときには、よいと思った歌には付箋を付ける。しかし、『裏島』『離れ島』を読んでもなかなか付箋が減らないのだ。ひと晩寝てその理由に思い至った。それは次のようなことではないか。
   上に述べたように、石川は基本的には一首ごとに異世界を立ち上げる。それは外部との回路を断たれた孤島である。異世界を訪れる人は、しばらくその世界を歩き回って基本的特性を会得しなくては、その世界を味わうことができない。しかるに石川の歌では一首で世界が終了してしまうので、なかなかその世界に没入することができないのだ。その結果、読者は灯しては消すマッチポンプのような作業を強いられることになる。これが一首の屹立性の弱さとなって現れるのである。その結果として付箋が減らないという訳だ。
 短歌は31音節の短い詩型なので、単独で異世界を立ち上げるには短すぎる。世界が成立するめには外部からの支えがなくてはならない。古典和歌の支えは共同性に基づく美の抽象空間であり、近代短歌の支えはリアリズムに基づく〈私〉である。
 では異世界の持続時間を引き延ばし、短歌詩型の支えとして機能させるにはどうすればよいかというと、すぐに思いつくのが連作である。そして実際に石川は連作において、その実力を遺憾なく発揮しているように思える。
 『裏島』は連作中心の構成で、集中には同人誌『風通し』No.1 (2008)に発表された「大熊猫夜間歩行」が収録されている。この秀作については本コラムの「風通しの歌人たち」ですでに触れたので、ここでは繰り返さない。私が今回いちばん感心したのは、「猛暑とサッカー」だ。この連作は全段二首から成る対で構成されていて、一首目は現在学校の校庭で行われているサッカーの試合を、二首目は戦争のあった昭和を描いている。いくつか抜粋して引く。
サッカーの盛んな町だアスファルトを破って育つ夏のたましい
  警報の響き渡らぬ空の下我は盛んに汗かいてゐる

中村は町の英雄ヒーロー 輝けるアジアカップを僕は見守る
  防空壕通り抜ければ炎天のゴールキーパー手を広げをり

鼻に汗入って走るのが辛い コーナーキックの柴田がとおい
  思ひ出づることにも慣れて蝉の音に時折混じる人の死ぬ音

ディフェンスの弱いところを突破され電光石火の舌打ちをした
  校庭にもののくすぶる匂ひして見る間に燃ゆる孫のゼッケン

爆撃機素通りしをしたこの町で小石蹴りつつ過ごしてた祖父
  遠からず灰となるべき橋桁と思ひ込みにきひたと触れにき

町中のとろけるチーズとけかかりゼロ対ゼロで後半戦へ
  本当はあの日ぴかりと消えたのか我も級友たちも小石も
 石川の工夫は文体とタイポグラフィーにまで及ぶ。対の一首目は新仮名遣いの口語でゴシック体、二首目は旧仮名遣いの文語で明朝体で印刷されている。一首目を続けて読むと、熱中症患者が出るほどの炎天下で繰り広げられるサッカーの試合風景が浮かび上がる。その基調音は若さと汗と明るさである。ところが二首目を拾って読むと、空襲で爆撃されて燃え上がる町と死者の世界がある。その通奏低音は、物が焼ける臭いと死である。そしてこの対が、「昭和というあだ名の生徒会長」や「日陰の席の笑顔の祖父」などを転轍機として、時にメビウスの帯のように時空の捩れを起こすという複雑な造りになっているのである。
 この仕掛けによって石川は、短歌の世界に物語性を巧妙に持ち込むことに成功している。一首ごとに異世界をワープするようなマッチポンプのせわしさはなく、堅牢に構成された世界のなかを読者が歩き回り、その世界の果実を心ゆくまで味わうことができる。平和の平成と戦争の昭和という時間軸を対立させることで、重層的な世界構造と複眼的な視点を生み出して、短歌世界に奥行きを与えていると言えるだろう。
 このような理由で私は単発作品が中心の『離れ島』よりも、連作で構成された『裏島』の方を興味深く読んだ。そして、巻を閉じてあらためて、石川の真骨頂は物語性に富む連作にありとの感想を持ったのである。

第32回 『風通し』の歌人たち

 最近、若い歌人による同人誌が盛んに創刊されている。すでに6号を迎える「pool」は別として、「豊作」「[sai]」「町」「風通し」など目白押しである。共通する特徴は、結社・流派などにこだわらず、横断的に若い人たちが寄り集まって作っているところか。同人誌は若い人たちの切磋琢磨に格好の場であり、歓迎すべき傾向だろう。今回はその中から2008年11月創刊の「風通し」を取り上げてみたい。1号の同人は、我妻俊樹、石川美南、宇都宮敦、斎藤、故・笹井宏之、棚木恒寿、永井祐、西之原一貴、野口あや子。最年長の我妻が41歳、最年少の野口が22歳と年齢に幅があり、世代論で輪切りにできる構成ではない。あとがきの「説明しよう」によれば、「風通し」は1号ごとのメンバーで1号ごとに企画を立ち上げる「そのつど誌」とある。つまり固定メンバーによる同人誌ではなく、演劇の世界でいうブロジェクト方式なのだ。ということは次号の同人はがらりと顔ぶれが変わることもあり、縁起でもないことを言って恐縮だが、次号はもう出ないという可能性だってあるということだ。若人ならではの大胆さとエネルギーに脱帽しよう。おまけに創刊号の企画はなんと連作歌会なのだ。同人は30首の連作を提出し、インターネット掲示板で一ヶ月にわたる相互批評をしている。「みなさんもやってみるといいが、想像以上のやるんじゃなかったである」とあとがきにあるように、心身ともに相当大変だったことは想像に難くない。各人の個性が光る連作もおもしろいが、それ以上に興味深いのは相互批評の書き込みで、各人の短歌観とともに現在の短歌シーンが置かれている状況が如実にあぶり出されている。
 意欲的構成の連作という点で特筆に値するのは、何と言っても石川美南の「大熊猫夜間歩行」と斉斎藤の「人体の不思議展 (Ver.4.1)」だろう。両方とも大量の詞書を駆使した作品で、ここで何首か抜き出して批評することが不可能な構成になっている。石川の作品は、「四月三十日、上野動物園最後のジァイアント・パンダ、リンリンが死んだ。」という書き出しで始まり、一昨年の7月に起きたリンリン脱走事件という架空の物語を、詞書と短歌で織り上げたものである。短歌だけを部分的に抜き出してみる。
異界より取り寄せたきは氷いちご氷いかづち氷よいづこ
目を閉ぢて開ければ宙に浮かびゐる正岡子規記念球場しづか
枝豆のさや愛でながら〈パンダの尾は白か黒か〉についての議論
夏の夜のわれらうつくし目の下に隈をたたへてほほえみあへば
街灯の赤きを浴びて思ひ出す懐かしいメキシコの友だち
手を振つてもらへたんだね良かつたねもう仰向きに眠れるんだね
真夜中の桟橋に立ちやさしげな獣に顔を噛まれたること
 上野公園を脱走してから、アメ横を通り御徒町を過ぎて、ヨドバシカメラの角を曲がり、万世橋から竹芝桟橋までの夜間歩行の行程を、石川は自分で歩いて確かめてみたそうだ。目撃証言を詞書として挟み、連作もこの行程をたどって進行する。最初は新聞報道のように始まり、酔漢の証言や学生のコンパの場面によって徐々に情景が具体性を増し、終盤に至って作中の〈私〉がパンダに優しく顔を噛まれるという場面で、一連の事件の意味を自ら引き受けるという構成は圧巻で、不覚にも涙したほどだ。最後の歌を除いて歌にパンダが登場せず、目撃証言とそれに遠く近く寄り添う歌という構成を取り、終始パンダを不在の対象として描くことによって、連作全体に神話的雰囲気を漂わせることに成功している。思えばすでに第一歌集『砂の降る教室』所収の快作「完全茸狩りマニュアル」などで、「世界を異化する視線」を駆使していた石川であるが、ここへ来てその才能はますます発揮されているようだ。
 連作批評では2点に議論が集まっている。歌の背後に想定される発話主体が、リンリンなのか目撃者なのか、それとも最後に登場する作中の〈私〉なのかよくわからないという点と、詞書が多すぎて「歌をストーリーに捧げてしまっている」(野口)という意見である。前者については、発話主体の未分化な感じは、「近代的リアリズムとべっこ(ママ)のより始原的なリアリズムを立ち上げようとしている」という宇都宮の分析はやや先走り過ぎの感があるが、確かに近代短歌の〈私〉ではない発話主体として読んで抵抗を感じない。後者については、「『プライベートな個別な私』の感情からの離脱」であり、「一首の背景に『特殊な顔の私』を代入しない」ことが物語のなかに歌を作る意義だとする棚木の意見が、発話主体の未分化性の議論とからむ形で印象に残る。棚木の意見にたいして、「『プライベートな個別な私』しか書けない私にとっては、そんな姿勢に歯がゆさを感じてしまう」という野口の反論に、はしなくも野口の作歌姿勢が露呈しているところが興味深い。
 我妻の指摘するように、物語作家としての作者の資質が存分に発揮された作品であることはまちがいないが、心配な点もある。この作品の延長で石川が散文の世界に行ってしまうのではないかという心配である。もしそうすると「みんな散文に行っちまう。」(大辻隆弘『時の基底』)ということになり、困った事態となる。ぜひ短歌の世界に留まってほしい。
 斉斎藤の「人体の不思議展 (Ver.4.1)」は、本物の死体を様々に標本展示して話題になった展覧会の見聞記という体裁を取っており、石川作品以上に大量の詞書を用いている。こうなると詞書の方が作品の骨格で、歌はその所々に挿入されている感すらある。詞書は、「いらっしゃいませ(カチカチ)」のような現場レポート風のもの、「プラストミック標本の作製法」という展覧会の目録からの引用、「悪いことして死んだヤツとかじゃない」「な」という観覧者の会話などから成る。特におもしろいのは、次のように詞書と歌とが連続して地続きになっている構成である。
 「おそらくこれは、標本になってからの凹みでしょう、
中国から来たものでわかりませんが、立ててたんでしょう針金か何かで」

また一歩記憶になってゆく道にわたしは見たいものを見ていた
 のだろうか。
 (詞書さらに続く)
 斉藤は極めて自覚的な演出者なので、歌と詞書のこのような関係性を意図的に構成したものと考えられる。歌をいくつか引く。
「アセトンに漬けたろか」的なツッコミが嫁とのあいだで流行る四、五日
たましいの抜けきらぬ今しばらくは人目に触れる旅をかさねる
腹が立つ、臆面もなく腹は立ちわたしを駆けめぐるぬるい水
死因の一位が老衰になる夕暮れにイチローが打つきれいな当たり
どのレジに並ぼうかいいえ眠りに落ちるのは順番ではない
 さらにいまひとつの仕掛けは、〈私〉が見た新生児の輪切り標本をもう一度見に行くと会場に見あたらず、係員にたずねてもそんな展示はないと言われ、嫁にたずねてもよく覚えていないと言われたというエビソードである。これまた作品中に虚空間を作るべく斉藤が連作に施した周到な仕掛けであることは言うまでもない。
 批評では、詞書が主になり歌が従になっている構成への疑問や、人体をここまで見せ物にしてよいのかという倫理観や死生観の反省といった主題性の突出をどう評価するかに議論が集中している。「いろんなことを考えるいいきっかけにしたいぼくらはよいこに並ぶ」という連作冒頭の歌からして、「展示方法にご批判もありましょうが、これを生死や献体の問題などを考えるきっかけにしていただければ」的な主催者側の理屈を逆手に取っているのだから、斉藤のスタンスは二重三重に捻れていて一筋縄ではいかない。同人たちもこの点をどう評価してよいのか決めあぐねている感がある。方法論的には、「斉藤さんの作品の特徴として、すでに世の中にカタマリ化して流通している言葉を定型の中に頻繁に引用する」というのがあり、そうすることで「定型のはたらきを失調させる」とする我妻の指摘にうなずく。同時にカタマリ化して流通している言葉を嵌め込むことで、定型の存在をいっそう意識させる点に斉藤の戦略があるのではないかとも思う。斉藤は近代短歌という制度をあぶり出したいのである。
 斉斎藤は一度本格的に論じてみたくなる歌人だが、まだ誰もその本質を剔抉することに成功していないように思える。それは斉藤と短歌の関係が、すぐさま見極められないように周到に韜晦の煙幕に隠されているからである。「人体の不思議展 (Ver.4.1)」もそのうな地点から放たれた変化球なので、評価は様々だろうが問題作であることはまちがいない。同人たちによる掲示板への書き込みの量が、それを雄弁に語っている。
 残りの連作については短評に留める。
けむりにも目鼻がある春の或る日のくだものかごに混ぜた地球儀 
                       我妻俊樹「案山子!」
歯みがきは過去のどこかに始まっていつかは消える 人より早く
片方のサンダルだけがリボンになってほどけて終わる花道をゆく

さびしさの音の粒さえみえそうな夜もわたしはどうせまるがお
              宇都宮敦「昨晩、君は夜釣りへいった」
はなうたをきかせてくれるあおむけの心に降るのは真夏の光
まちがった明るさのなか 冬 君が君の笑顔を恥じないように

手品師が手に品をのせやってくる 冬の日曜日の午後三時
                  笹井宏之「ななしがはら遊民」
太刀魚を夜のシンクに横たえてなんだかよくわからないが泣いた
みぞれ みぞれ みずから鳥を吐く夜にひとときの祭りがおとずれる

こころのことを語れぬほどに暗かった二次会の店 朝に思えば
                       棚木恒寿「秋の深度」
わが内を流るる河に沈みしは鉄の斧なりすでに光らず
近道、裏道ふやしてゆけぬわが性質(たち)をふかく感じて今朝の通勤

一年は六月のまだ一日でパスタのあとにパイの実を食う
                永井祐「ぼくの人生はおもしろい」
コーヒーショップの2階はひろく真っ暗な窓の向こうに駅の光
去年の花見のこと覚えてるスニーカーの土の踏み心地を覚えてる

海を見ぬ日々が私を造りゆく缶のキリンを凹ませながら
                      西之原一貫「夏の嵩」
にわか雨過ぎたる昼のデスクにて加へられし朱の嵩を見てをり
来ぬものをあの日のわれは待ちながら埃の雨のなかに立ちけり

くろぶちのめがねのおとこともてあそぶテニスボールのけばけばの昼 
               野口あや子「学籍番号は20109BRU」
野口あや子。あだ名「極道」ハンカチを口に咥えて手を洗いたり
小説を見せろとじりじり詰め寄れば燕のごとく飛び立つおとこ
 我妻と宇都宮はともに無所属の歌人で、宇都宮は第4回歌葉新人賞次席になっている。早稲田短歌会出身の永井祐も加えてこの三人は、完璧にニューウェーブ以後の短歌シーンの空気を当然のものとして呼吸している人たちである。そんななかに、「音」「京大短歌会」出身で第一歌集『天の腕』を持つ棚木と、「京大短歌会」「塔」の西之原が混ざると非常に奇異な感じを与える。棚木と西之原は文語定型に則り、近代短歌の作りと読みのコードを前提としている歌人で、手堅い作りの抒情歌は安心して読める。一方、我妻・宇都宮・永井の作品は、いったいどのようなコードで読んだらよいのかわからない。そもそもコードの存在自体を否定しているのかもしれない。もしそうなら究極の一回性の文芸ということになる。
 我妻が棚木の作品について次のように評している。「作中人物が歌に収まる姿勢のようなものが気になる」、「カメラ目線とまでは行かなくても、カメラ=短歌のフレームを作中人物が意識している」、「そのような向き合い方でフレームに接していることへの疑いのなさ」が問題だというのである。我妻も宇都宮もなかなかの論客であることを相互批評で示しているが、ここは斉藤に解説をお願いしよう。斉藤は『短歌ヴァーサス』11号に、「生きるは人生とちがう」という文章を書いている。そのなかで、「私は身長178cmである」というときの「私」を客体用法、「私は歯が痛い」というときの用法を主体用法と区別し、短歌の〈私〉は両者の複合体であるという。この事情を次の歌を引いて分析している。
飛ぶ雪の碓氷をすぎて昏みゆくいま紛れなき男のこころ 岡井隆
 上句は〈私〉、下句は「岡井隆」であるという。敷延すれば、「飛ぶ雪の碓氷をすぎて昏みゆく」は主体用法の〈私〉の目に映った風景である。一方、「いま紛れなき男のこころ」は自分を客体視した客体用法である。このように近代短歌の手法は、「作中主体が見ている風景を、作中主体の(人生の翳りを帯びた)背中をも構図にふくめ、ななめうしろから撮る」ことだと斉藤は言う。つまり〈私〉が映り込んだ情景を、〈私〉込みで斜め上方から切り取る視線が近代短歌の視線なのである。我妻の「カメラ=短歌のフレーム」はこのことを指している。そして〈私〉がいけしゃあしゃあと映り込んでいる風景が我慢ならないと言っているのである。我妻の発言は近代短歌の作歌と読みのコードをまるごと否定することに他ならない。
 では我妻らが肯定するコードとは何か。ここでもまた斉藤に頼ることになるが、同じ「生きるは人生とちがう」のなかで宇都宮の発言が紹介されている。
「『ふつう』の反対って『特別』とかじゃないですか。で、なんていうのかな、『特別』っていうことを声高に叫んでも、特別にならないような気がしてて。(…) そういう風の特別さって感じじゃ特別にならないと思うんです。ふつうに存在してるていうことの特別さっていう。自分のいる空間に他の人は立てないわけじゃないですか、ぜったい。っていう風な意味での特別さっていうものを書いてるんで」(宇都宮敦ロングインタビュー、永井祐HPより)
 異常だとか特殊な能力があるとか特異な体験をしたという「特別さ」を排除し、ここにふつうに生きているという「かけがえのなさ」をこそ「特別」と見なすわけだ。これはひとつの価値観なので、それはそれでよい。問題はその価値観からどのような作歌と読みのコードが導かれるかである。実作を読む限り、そこに近代短歌のコードに取って代わるコードを見いだすことは難しい。しかし、「『短歌のひと』特有のポーズの決め方に私も長々と葛藤していた」という野口の発言や、「短歌的な『私』がア・プリオリには成立しないという理屈、というよりは感覚が、『風通し』に参加されている皆さんの世代では身体化されているのだろうということもひしひしと感じています」という近代短歌サイドの西之原の発言を見ると、近代短歌の「斜め後方からの視線」は若い人たちには嘘くさいポーズと感じられているようだ。近代短歌側としては、これは是非考えなくてはならない問題だろう。もしこの感覚が燎原の火のごとく広まれば、近代短歌は死滅するからである。
 永井らの歌の読み方について、「永井さんの歌はロックだなあと思いながら僕は読んでいます (あるいはロックだなあと思いながら読むとおもしろいと思っている)」と宇都宮は発言している。ロックだなあというのは、「本当のことを歌いに来たんだぜ」とか「負けねえよ」とかいう意味だ。忌野清志郎とか尾崎豊を思い浮かべておけばそう遠くはなかろう。そうか、そう言われてみれば、「噴水の音がうるさくなってくる 話していると夕方になる」(永井祐)という歌なんて、音を当てればそのままロックの歌詞になりそうだ。しかしそれは短歌とは別物である。
 相互批評を読んでいて仰天したのは、「私は自分が歌人であるはずがないと思っている」という野口の発言である。というのも4月20日付の橄欖追放で、「青春の心拍として一粒のカシスドロップ白地図に置く」という野口の歌を引き、「カシスドロップは短歌の喩で、この歌は歌人としての野口の覚悟の表明と読みたい」と私は書いたのだが、これでは完全な読み違いということになってしまうからだ。これは困る。だから野口の発言を、「自分はまだ歌人だと胸を張って言えるほどのレベルには達していない」という自己認識の表明と勝手に解釈しておくことにしよう。野口の歌についての「短歌は気合いだ」という発言にうなずく。また歌ではなくその背後にいる作者に感情移入して読んでしまうことを「作者萌え」と同人たちは表現しているが、なかなか便利な言葉である。どこかで使わせてもらうことにしよう。
 「風通し」はこのように気鋭の若手歌人たちによる刺激的な同人誌である。通読するのにものすごく時間がかかったが、それは内包されている問題量の嵩の多さに由来する。近いうちにぜひ2号の刊行を期待したい。

第3回 [sai] 歌合始末記

 すべては一通のメールから始まった。
 2005年の暮れも押し詰まった11月のことである。同人誌[sai]で歌合を企画しているので、判者になってくれないかという依頼が黒瀬珂瀾氏から舞い込んだ。[sai]は黒瀬珂瀾氏をはじめとして、石川美南、今橋愛、生沼義朗、島なおみ、高島裕、正岡豊、玲はる名、鈴木暁世らを立ち上げメンバーとして発足した短歌同人誌で、2005年の9月に第1号が出ている。この歌合は第2号に向けての企画なのだという。
 いきなりの依頼に驚いた。「歌合の経験がないのはもちろんのこと、ルールも知らないので、とても判者が務まるとは思えない」ととっさの返事をしたのだが、黒瀬氏からは「参加するメンバーもルールを知らないのは同様で、真剣な遊びと考えてもらえばよい」との答えが返って来た。逡巡の末に受諾したのは、おもしろそうだという単純な好奇心もさることながら、それまで姿を見たことのない歌人という人種に会えるという魅力に抵抗できなかったからである。
 私は2003年から自分のホームページで「今週の短歌」と題して素人短歌批評(のようなもの)を毎週書いていた。しかし純粋読者を目指す私の短歌との付き合いは本を通してのものに限られており、生身の歌人に会ったことは一度もなかったのだ。私にとって歌人とは、言葉の魔術を巧みに操る超人のように思えるので、歌人とじかに会うのは恐ろしいが、会ってみたいという誘惑も抗しがたかったのである。
 そうこうするうち12月11日(日)の歌合当日を迎えることとなった。待ち合わせ場所は京都駅の七条側改札口である。黒子役で黒瀬珂瀾夫人の鈴木暁世さんが目印に[sai]を一冊手に持って待っているという。ホームページに実物そっくりの似顔絵を掲載しているので、先方が私を見つけるのはかんたんだ。少し早めに待ち合わせ場所に到着してあたりを観察するが、私は歌人たちの顔を知らないのできょろきょろするばかりだ。ふと見ると改札口を出た所に、並々ならぬ存在感を発散させている男性がいるなと思っていたら、参加メンバーの一人、北の歌人・高島裕氏であった。やがて参加者が続々と到着し、とりあえず昼食をとることになる。あいにく日曜の時分時で飲食店はどこも混雑している。京都駅を出て向かいにある京都タワービル地階の食堂に入る。こんなとき自然とリーダーとなってみんなを引率するのは黒瀬珂瀾氏で、そのカリスマ性はすごいなと横から観察する。昼食が終わったところで、歌人たちはふたつのチームに分かれて作戦会議に入る。私は判者なので会議には加わらず、手持ちぶさたで所在がない。作戦会議が終了し、地下鉄に乗って会場へ移動する。会場は四条烏丸を少し北上した所にあるウィングス京都である。楽屋裏のような場所を通って予約した会議室にたどり着き、いよいよ歌合わせの幕が切って落とされた。
 今回の歌合のルールはこうである。方人(かたうど)は東方が生沼義朗、高島裕、光森裕樹、玲はる名、西方が石川美南、今橋愛、黒瀬珂瀾、土岐友浩、司会は鈴木暁世、判者は不肖私。東方には「ゆりかもめ」、西方には「チーム赤猫」というニックネームがつく。参加者にはあらかじめお題が出ており、「パパイヤ」「たんす」「半島」「姉」の4つを詠み込んだ歌を準備している。方人は一首ずつを出して一騎打ちの対戦をする。残りのメンバーは念人(おもいびと)となって、自軍の歌を弁護し敵軍の歌を攻撃する。ひとしきりの議論の後で、判者の私が判辞(裁定理由)とともに勝ち負けを宣告するという手順で、小林恭二『短歌パラダイス』(岩波新書)のルールにほぼ則っている。『短歌パラダイス』では高橋睦郎が判者として見事な裁定を下しているが、もとより私にはそんな能力も権威もないので、心臓に汗をかく思いである。
 最初のお題は「パパイヤ」で、対戦者は「ゆりかもめ」から光森裕樹、「チーム赤猫」から石川美南。
 光森裕樹は「京大短歌会」OBで、現在は東京でIT関係の仕事をしており所属結社なし。2005年に「水と付箋紙」50首で角川短歌賞の次席に選ばれている。何首か引いてみよう。
 しろがねの洗眼蛇口を全開にして夏の空あらふ少年
 てのひらは繋がるかたちと知るゆふべ新京極に影をうしなふ
 はさまれし付箋にはつかふくらみて歌集は歌人の死をもて終はる
 80年代後半からの修辞全盛を通過した目で見れば、古典的とも言える端正な作りで、手堅い骨格のなかに清新な抒情を漂わせる作風である。しかし欲を言えば、歌の中にひっかかりが少なく、すらすらと結句まで読めてしまう。そんなところが、選考委員の河野裕子の「感じのいい歌ですが、迫力がないのね」という発言に繋がるのだろう。日本語にもっと負荷をかけて、言葉を撓ませることもときには必要ではなかろうか。
 かたや「チーム赤猫」の石川美南は『砂の降る教室』(2003年)でデビューした若手の注目株である。最近東京で「さまよえる歌人の会」なる組織を結成したらしい。水原紫苑に「口語とも文語とも判別がつかない文体」と評された石川の歌も引用しておこう。
 窓がみなこんなに暗くなつたのにエミールはまだ庭にゐるのよ
 いづれ来る悲しみのため胸のまへに暗き画板を抱へてゐたり
 カーテンのレースは冷えて弟がはぷすぶるぐ、とくしやみする秋
 さて、お題「パパイヤ」の出詠歌である。
  タイ内陸部、チェンマイ
 パパイヤを提げて見てをり瞑想のまへに僧侶がはづす眼鏡を  光森裕樹

 うるはしきルーティンワーク犇めけるパパイヤのたね身に飼ひながら  石川美南
 光森の歌はタイ旅行に取材したもので、一見すると単なる叙景歌に見える。歌合参加者がこの歌についてどのような発言をしたかは[sai]第2号の記録に譲るとして、私には高島裕の示した解釈が印象深かった。眼鏡は近視の人がこの世の事物を見るために必要なものであり、この世を暫時離脱する瞑想に入る僧侶には必要のないものである。眼鏡を外す行為は、見える世界から見えない世界への移行の喩であり、この歌にはそのような仏教的世界観が表現されているというのである。高島が自軍の念人であることを差し引いても優れた読みと言えよう。
 一方の石川の歌は働く日常がテーマである。この歌のポイントは「犇めける」という表現で密集する種の様子を描写した点と、パパイヤの種を外在的事物として詠むのではなく、体内の感覚の喩として提示した点にある。その感覚はルーティンワークに象徴される卑小な日常性に対する焦燥だろう。
 題詠では「パバイヤ」という題が十分生かされているか、「パパイヤ」でなくても成立する歌ではないかといった点が、歌の優劣を判定するポイントとして重視される。光森の歌をめぐっても、ひとしきりそのような議論が続いた。私は議論に参加する立場にないので黙って聞いていたが、後日思いついたのは、パパイヤの形状と、黄色い果肉の中に黒い種がぎっしり詰まっている内部構造が重要ではないかということだ。パパイヤの外見はやや括れた卵形をしているが、卵はしばしば宇宙や再生のシンボルとされる。また内部に詰まった種はビッグバンのごとき爆発的な生産力を暗示する。するとパパイヤ自体を転成を繰り返す宇宙の暗喩とみなせるのではないか。ならば僧侶が眼鏡を外す行為が象徴するこの世からの離脱と、パパイヤが体現する宇宙的次元はよくマッチするのである。
 判定は東方の光森を勝ちとした。僧侶が眼鏡を外すという何気ない情景に精神性を詠み込んだ光森の手腕と、倒置法による手堅い措辞を多としたのである。石川の歌もおもしろいが、二句切れなのか三句切れなのか判然とせず、上句の調子があまりよくない。これで東方「ゆりかもめ」チームが一勝となる。
 次のお題は「たんす」。方人は東方が生沼義朗、西方が今橋愛である。生沼は短歌人会所属。『水は襤褸に』(2002年)で日本歌人クラブ新人賞を受賞して注目を浴びた歌人であり、荒廃を抱え込む現代都市東京を背景とする神経症的な抒情に持ち味がある。
 ペリカンの死を見届ける予感して水禽園にひとり来ていつ
 塩辛き血の腸詰を喰いながらわがむらぎものさゆらぎはじむ
 嚥下するピリン錠剤 精神の斜面(なだり)にしろき花咲かすため
短歌人会には現代では珍しく「男歌」の系譜が脈打っているように感じるが、生沼も確実にその衣鉢を継ぐ一人だろう。
 一方の今橋は『O脚の膝』(2003年)で北溟短歌賞を受賞した若手で、『短歌研究』800号記念臨時増刊の「うたう作品賞」には赤本舞の名前で投稿していた。多行書きで場所を取るので『O脚の膝』から1首だけ引用する。
 「水菜買いにきた」
 三時間高速をとばしてこのへやに
 みずな
 かいに。
 独特な言葉の浮遊感と、現代詩と淡く接続した詩想は、明治以来の近代短歌の作歌原理と完全に切れている印象が強い。その個性はとうてい他人が真似できるものではなく、ヘタに短歌のお勉強などしないよう切に願いたくなる作風である。
 さて、生沼と今橋のタンスの歌に移ろう。
 人生の荷物を背負うこと思い、タンスかつげばタンスは重い  生沼義朗

 うかがって うすくわらっておりました
 たんす ながもち どの子がほしい?  今橋 愛
 生沼の歌は今回のお題と波長が合わなかったのか、いつもの調子が出ないようで、敵軍からは人生の荷物をたんすで象徴するのは陳腐だとか、「思い」「重い」の脚韻もうさんくさいだとかさんざん攻撃されていた。ちょっと反論しにくいのが気の毒である。自軍の東方の念人もほめあぐねている感があった。また「本当にたんすをかつげるのか」という話題にも花が咲いたが、その昔、TBSの「ベストテン」で演歌歌手の大川栄策がかついでいるのを見たことがあるのでその点は心配ない。
 今橋のたんすの歌は、上句の主語が意図的に消去され、下句にわらべ歌を引用して、人気のない大きな日本家屋で座敷童が白昼に戯れているような不思議な印象を生み出している。初句「うかがって」が「伺って」なのか「窺って」なのかひとしきり議論があったが、これは「窺って」だろう。
 題詠で重要なのは、題の持つ意味場の潜在力をいかに引き出すかという点と、日常的文脈に回収されていない意味や結合をいかに発見できるかという点である。今回の対決では、生沼の歌の「人生の荷物」と「たんす」の取り合わせはいささか平凡に堕した感が否めない。今橋の歌は、日常的什器であるたんすから滲み出る不気味さの感覚をよく捉えている。実力派の生沼には気の毒な結果となったが、判定は西方の今橋の勝ちとした。ここでコーヒーが運ばれてきて、いったん休憩となる。
 次のお題は「半島」。なかなか手強いお題だが、今回の歌合わせ白眉の勝負となった。お題から放散される意味場の強度が歌人の創作意欲を刺激したと見える。東方は玲はる名、西方は黒瀬珂瀾である。
 東方の玲はる名は「短歌21世紀」所属。歌集に『たった今覚えたものを』(2001年)があり、印刷媒体よりもインターネット上で活躍している歌人である。今回の歌合でもずっと膝の上にノートパソコンを置いて何か打ち込んでいた。何首か引いておく。
 便器から赤ペン拾う。たった今覚えたものを手に記すため
 冬の間は忘れ去られる冷蔵庫の製氷皿のごときかわれは
 体には傷の残らぬ恋終わるノンシュガーレスガム噛みながら
 かたや黒瀬珂瀾は『黒耀宮』(2002年、ながらみ書房出版賞)の耽美的世界で注目された歌人で、「中部短歌」を経て現在は「未来」所属。批評会やシンポジウムなどの常連と言ってよいほど短歌シーンで活躍している。短歌の未来を担う逸材であることはまちがいない。得度したとも聞いているので、私が万一のときには一面識もない坊さんより、黒瀬氏に経をあげてもらいたいものだ。
 咲き終へし薔薇のごとくに青年が汗ばむ胸をさらすを見たり 『黒耀宮』
 世界かく美しくある朝焼けを恐れつつわが百合をなげうつ
 父一人にて死なせたる晩夏ゆゑ青年眠る破船のごとく
 さて両者の「半島」の出詠歌である。
 半島に夕暮れどきを 半熟の卵で汚れたスカートに銃を  玲はる名

 ひとづまのごと国を恋ふ少年にしなやかに勃つ半島のあれ  黒瀬珂瀾
   ふたりが詠んだ歌は期せずして強いエロスの磁場を発散するものとなった。玲の歌は「夕暮れどきを」と「スカートに銃を」と、二重の希求体を並置して高いテンションを付与し、「スカート」の女性性に「銃」という男性性を対置することで、歌の内部に緊張感を演出している。また「夕暮れ時」を権力の凋落、「半熟の卵で汚れた」を抑圧・陵辱、「銃」を闘争の喩と読むならば、政治的な解釈も可能な歌である。歌合では実際にそのような解釈を示す人もいた。二句切れの不安定さもここでは歌にこめられた切迫した希求感を強める効果がある。
 一方黒瀬の歌は、「人妻」と「少年」の対置が醸し出す「禁忌」と「隔たり」を、「少年」と「国」の関係へ投影し、「勃つ」と「半島」の連接が性的暗喩を生む構造になっている。直喩と暗喩を駆使した技巧的な歌であり、黒瀬の得意とする同性愛的世界である。
 「半島」というお題が二人の歌でこれほどの物語性を押し上げるのには驚く。海に向かって突き出しているという形状もさることながら、半島がしばしば政治的軋轢や戦闘の舞台となったという歴史的経緯も、この語に強い意味的磁場を付与しているのだろう。  さて判定である。事前になるべく「持ち」(引き分け)は出さないようにと言われていたのだが、こういう秀歌が出そろうと判者の心は千々に乱れる。考えた末、この対決ばかりは甲乙付けがたく、よって持ちとすることとした。
 歌合もいよいよ大詰めを迎え、最後のお題は「姉」である。東方「ゆりかもめ」チームからは高島裕、西方「チーム赤猫」からは土岐友浩。労働で鍛えた頑丈そうな高島の体格と、神経質そうな痩せた土岐の体格が対照的な対戦である。別に体格で勝負するわけではないけれど。
 高島は「首都赤変」で1998年の短歌研究新人賞候補に選ばれて注目された歌人で、「未来」に所属していたが現在は無所属。歌集に『旧制度(アンシャン・レジーム)』、『嬬問ひ』、『雨を聴く』、『薄明薄暮集』がある。最近は故郷の富山の風土に沈潜するような歌を作っているらしい。北国の人らしく寡黙だが、歌の解釈を述べるときの冷静にして的確な意見は印象に残った。
 蔑 (なみ) されて来し神神を迎えへむとわれは火を撃つくれなゐの火を
                『旧制度(アンシャン・レジーム)』
 森の上 (へ) にふと先帝の顕ち給ふ苦悶のごとく微笑のごとく
 雪の野に横たふわれの掌のなかで灯る青あり青はいもうと 『嬬問ひ』
 一方の土岐友浩は京大短歌会所属の現役大学生。2005年の第3回歌葉新人賞では「Cellphone Constellations」で、2006年の第4回歌葉新人賞では「Freedom Form」で最終候補作品に選ばれている。最近、Web歌集「Blueberry Field」を上梓したので、何首か引用しておこう。
 首もとのうすいボタンをはずしたらゆびさきにのりうつったひかり
 ウエハースいちまい挟み東京の雑誌をよむおとうとのこいびと
 こいびとの黄色い傘をもったままイルミネーションへ移る心は
 土岐の世代にとってはニューウェーブ短歌はすでに歴史であり、その資産は組み込み済みのものとして作歌を始めるのだろう。
 ふたりの「姉」の出詠歌は対照的な歌となった。
 姉歯、とふ罪人の名を愛でながら夕餉の魚を咀嚼してをり  高島 裕

 かろうじてきれいな川をふたりして見る 姉にしてお茶をくむひと  土岐友浩
 高島の歌には今となってはいささか解説が必要である。歌合の少し前、姉歯一級建築士による建築強度偽装問題が発覚して大騒ぎになったので、これは時事的な歌なのである。お題の「姉」が姉歯という固有名として詠み込まれている。題詠ではお題をストレートに詠み込まず、少しずらして詠むというやり方もあって、これもアリなのだ。描かれているのは男の孤独な夕食の場面で、「罪人の名を愛でながら」にどこか屈折した心理が読み取れる。また「咀嚼してをり」には、世の出来事に対して距離を置いた即物的な反応が暗示されている。全体として静かな中に鬱屈した心情を体臭のように発散させるよい歌だと思う。また「姉歯」の「歯」と「咀嚼」とが遠く呼応しているという指摘もあった。
 土岐の姉の歌は解釈をめぐっていろいろな議論があった。なかなか読みにくい歌である。「ふたりして見る」とあるので、女性と「私」が川を見ているのだろう。「お茶をくむひと」は死語となった感のある「お茶汲みOL」か。「姉にして」も本当の姉か、姉のような人か解釈が分かれる。私など最初は、川を見下ろす旅館の二階で女性がお茶を淹れている場面を想像してしまったが、みんなの読みはそうではないらしい。テーマは年上の女性に対する淡い恋情と、まもなく関係が壊れるという予感あたりだろうと推測される。
 歌合では一首ずつで勝負を決めるので、一首の屹立性が弱くまた結像力に欠ける口語短歌は不利である。「決まった」という感じが薄いからだ。口語短歌における連作の重要性とも関係する問題だろう。
 判定は高島の勝ちとした。土岐の若さも高島の作歌経験のぶ厚さを突破するには少し勢いが不足したようだ。
 都合四番の勝負の結果、東方「ゆりかもめ」チームが2勝1引き分け、西方「チーム赤猫」が1勝1引き分けで、東方の勝ちである。「ゆりかもめ」チームは快哉を叫び、[sai]歌合はお開きとなった。
 開始が予定時間より遅れたので、会場を出ると京都の町はもう暮れ方である。これから喫茶店に行くという歌人たちと別れて、疲労困憊した私は一人家路についたのであった。

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051:2004年5月 第2週 石川美南
または、世界を異化し続けるアヤシイ短歌

カーテンのレースは冷えて弟が
    はぷすぶるぐ、とくしやみする秋

         石川美南『砂の降る教室』
 いやはや大変な才能を持った人が現われたものだ。同人誌『レ・パピエ・シアン』の「今月の一首」で紹介されていた石川美南の数首の短歌を初めて見て「ン?」と思い、歌集を買って一読し感心してしまった。最近の若い人の短歌の例に漏れず、口語と文語の混在した言葉遣いで何気ない日常を詠んでいるので、最近流行のライトでポップな短歌かと思ったらそれはまちがいである。この人にはそこに還元できない何かがある。栞文を書いた水原紫苑はそれを「石川美南の怪しさ」と表現しているが、確かにそうなのである。

 どれほど怪しいか、特に怪しそうなのを何首かあげてみよう。

 わたしだつたか 天より細く垂れきたる紐を最後に引つぱつたのは

 隣の柿はよく客食ふと耳にしてぞろぞろと見にゆくなりみんな

 始業ベル背中に浴びて走りにき高野豆腐の湿る廊下を 

 茸たちの月見の宴に招かれぬほのかに毒を持つものとして

 噂話は日陰に溜まりひやひやと「花屋は百合の匂ひが嫌ひ」

 夕立が世界を襲ふ午後に備へて店先に置く百本の傘

 窓がみなこんなに暗くなつたのにエミールはまだ庭にゐるのよ

 石川は1980年生まれ。あとがきには短歌を作り始めて7年とあるから、逆算すると16歳の高校生の頃から作歌をしていたことになる。特定の結社には所属していないが、早稲田の水原紫苑の短歌ゼミで学んでいる。2003年に東京外国語大学を卒業していて、ホームページには就職活動に題材を採った歌が掲載されているので、首尾よく就職していれば社会人になりたてという若い人なのである。

 もし水原の言うとおり石川の短歌が怪しいとするならば、その原因は理論的にはふた通り考えられる。歌を作る主体としての石川が怪しいヒトだからか、短歌に詠まれた世界が怪しいからかである。怪しさのよって来たる根拠を、〈主体〉の側に求めるか〈客体〉の側に求めるかということだ。歌から読みとる限り、石川本人にはまったく怪しいところがない。極めて健全でまっとうであり、文学青年(少女)にありがちな自虐的なところがなく、自己演出もない。舌にピアスをしたり、カミソリでどこかを切ったりする気配のない人である。

 オジサンの目から見れば、青年期の文学がそのエネルギーを汲み出す泉は次のいずれかである。その一〈自我への懐疑〉。適用例:「私は何ものか」「ほんとうの私はどこにいるのか」、よくある結末:インドかネパールに旅立つ。その二〈世界のなかで自己が占める位置に対する不全感〉、適用例:「どこにも自分の居場所がない」「私はこんな世界に生まれて来るはずではなかった」、よくある結末:夜中に学校中の窓ガラスを叩き割る。その三はその二の裏返しで、攻撃性が世界に向けられた場合である。適用例:「オレを正当に扱わなかった世界に復讐してやる」 先週取り上げた〈暗い眸をした歌人〉高島裕の短歌には、この世界憎悪が強く感じられる。その四は恋愛で、これは説明不要だろう。青春期にもっとも魂を揺り動かすのは恋愛体験である。ところが石川の短歌には、上に列挙したどれにも該当するものがない。

 それでは理由を客体の側に求めるとして、世界が怪しいかどうかは、一概に決められるものではなく、見る人の視線に依存する。だから石川の短歌の怪しさは、ひとえに石川が世界を怪しく見る視線のなかに存在することになる。その謎を解く鍵は歌集のあとがきにある。深夜、東海道線の列車に乗っていると、ぬるりとした空気が車内に漂い、前に立つ人のうしろには犬の尾のようなものが見え、隣に座っている人の手には鱗のようなものが光っていて、自分にもたれかかって眠る人の顔がいつのまにかトドの顔になっているという文章である。石川はこんな風に世界を見るのが好きなのだ。これはつまり〈世界を異化する感覚〉である。石川の短歌は、作者のまなざしによって異化された世界を描いているのである。石川の短歌が怪しいのはここに理由がある。

 上にあげた歌をもう一度見てみよう。一首目の「天より細く垂れきたる紐」とは何だろう。何かはわからないが読者は「やってしまった」感とともに宙ぶらりんに残される。二首目、早口言葉の「隣の客はよく柿食う客だ」を言い間違えると、こんなにシュールな世界になる。石川が好む「異化」による世界の転倒は、この歌に遺憾なく発揮されていると言える。三首目は学校風景を詠んだ歌だが、廊下に高野豆腐とは比喩としても奇抜である。ほんとうに高野豆腐が落ちていたらもっとすごい。四首目は「完全茸狩りマニュアル」と題された連作のなかの一首で、この連作は石川の異化作用がとりわけ強い。茸が月見をしているというのはメルヘン調の童話的でまあいいとして、自分がそこに招かれており、しかも自分に毒があるというのは、完全な主客転倒である。五首目、近所の噂話としても「花屋は百合の匂ひが嫌ひ」というのはどこか変である。ちなみにこの歌は「日陰に」「ひやひや」の語頭の「ひ」の繰り返し、「百合」「匂ひ」「嫌ひ」の語末[i]音の連続が心地よいリズム感を作り出している。六首目、古本屋の店先に百本の傘はどう考えても異様である。七首目は水原も特に好きな歌としてあげているが、このメルヘン風を装った怖さはどうだろう。それにエミールって誰だ? 

 石川の短歌のもうひとつの特徴として、言葉と擬音語のきわめて意図的な使用がある。これを押し進めると、次のような言葉遊び的短歌になる。

 はらからがはらはら泣きて駆け戻るゆめよりさめて歯の奥いたむ

 恋人を連れて歩けるひとを見しみしみしと染みてくる空のいろ

 にこにこと笑ふばかりの兄上はにまめにまいめお別れにがて

 掲載歌もくしゃみの擬音を「はぷすぶるぐ」としたことに面白みがあるのは言うまでもない。こういう歌を見ていると、永井陽子の「べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊」を思い出してしまう。永井が作るのも見立てとウィットに富む短歌だったが、石川の短歌世界はどことなく永井の歌の与える感覚に通じるところがある。言葉なんかどうでもいいから世界と関わりたいというのではなく、〈世界を見るプリズム〉として言葉を大事にする態度があり、時には見ていたはずの世界の影が薄くなって言葉だけが中空に残るという感覚である。

 もちろん集中には、言葉遊びでもなく世界の異化でもなく、次のようないかにも短歌的な短歌もあり、これはこれでなかなか美しい。

 いづれ来る悲しみのため胸のまへに暗き画板を抱へていたり

 梨花一枝春ノ雨帯ビ ゆふはりと忘れゆきたる人の名ありき 

 花びらの残骸積もる路地ありて真昼ちひさき古書店に入る

 ところでなぜ世界を異化して眺めるのだろうか。動機にはふたつあるように思う。〈遊戯としての異化〉と〈自己防衛としての異化〉である。前者は異化して眺めることによって現われる世界の異相を楽しむ感覚であり、後者は世界をあるがままに見るのが怖いので異化して見ることで自己を防衛する態度である。石川のホームページの「就活を詠む」にある「玉ネギにすこし似てゐる社長にてネギが説明してゐる社風」などを見ると、買手市場の就職戦線での自己防衛という動機も少しはあるのかなとも思うが、基本的には石川は「そう見える」ことを楽しんでいる。それがこの歌集の明るくのびのびとした印象につながっているのだろう。自己の内部に鬱屈して屈み込む歌が一首もない。

 人生の猶予期間である学生時代を卒業し、社会人になった石川がこの先どのように世界を異化して眺めるのか、なかなか楽しみなことではある。そう思わせてくれる第一歌集だ。

石川美南のホームページ