第330回 橘夏生『大阪ジュリエット』

「お母さん」と亡きがらにこそ呼べ時計屋の針いつせいにかがやく五月

橘夏生『大阪ジュリエット』

 本コラム橄欖追放の第300回で取り上げた『セルロイドの夜』の作者橘夏生の第二歌集である。第一歌集『天然の美』が1992年刊で、本歌集『大阪ジュリエット』が2016年、『セルロイドの夜』が2020年刊なので、第三歌集と第二歌集の順番が逆になってしまった。『大阪ジュリエット』は青磁社から出版されていて、水原紫苑と藤原龍一郎が栞文を寄せている。

 『大阪ジュリエット』という歌集題名を見たとたんに、森下裕美の名作コミック『大阪ハムレット』(双葉社 2006年)を思い出した。ジュリエットとハムレットは同じシェークスピアでも違う戯曲の登場人物なので対にはならないが、作者の頭にはこのコミックの題名があったかもしれない。

 寺山修司に短歌を勧められ、塚本邦雄の選歌欄で世に出た橘の本来の作風は、文学・芸術への言及と空想の飛翔を組み合わせた華麗なものであり、『セルロイドの夜』ではそれが遺憾なく発揮されて魅惑的な歌集となっていた。しかし同じ作風の歌を本歌集に期待して繙いた人は落胆させられるであろう。本歌集は慟哭と解放の書である。本歌集は六部からなり、第I部はパートナーであった短歌人会同人の川本浩美の死を悼む歌で満ち溢れている。

桜咲く無言のこゑのざわめきを聞きつつあゆむきみのゐぬ春

きみがゐるもうひとつの街へ空いろのあの路面電車がはこんでくれる

ジャズ喫茶「しあんくれーる」にきみはゐるおとぎ話のやうな永遠

ショット・グラスに薔薇さしたまままどろみぬほら、川本くんがほんのそこまで

まるで世界中が赤信号のやう川本くんがゐなくなってから

 作者の嘆きは深く、それは時には定型の形を歪ませるほどである。二首目のように、路面電車が自分をあの世に運んでくれないかという願望を抱くこともあり、「リストカット用のカッターを手放せず『いつか世界中の子と友達になれる』」、「たしかにきみがゐたといふあかしにこのナイフで消えない消せない傷をつけて」などという危ない歌もある。ちなみに「シャンクレール」は京都の荒神口にあったジャズ喫茶で、「世界中の子と友達になれる」は日本画家の松井冬子の絵のタイトルである。

 第III部まで読み進むと、作者は再婚したことがわかる。藤原龍一郎の栞文によれば、順番は川本との離婚、再婚、そして川本の死去ということらしい。

そよそよとうすものを脱ぐそのあひだわが人生に迷ひこんできた夫

前妻の遺影の代はりにつまが飾るラファエロ前派の絵のをんな

わが死後もこのアバアトの一室でしづかに髭を剃らむ夫は

まだ知らぬははの実家の鏡台に桃の花クリームあればよからむ

襟もとの琅玕の首飾り冷え冷えとFAKEとしての人妻われは

 「人生に迷い込んで来た」とはご挨拶だが、再婚相手の人は前妻と死別したようだ。ラファエロ前派の絵の女とは、ダンテ・ガブリエル・ロゼッティが描いたウィリアム・モリスの妻のジェーン・バーディンか。五首目の琅玕とは碧玉のような緑色の貴石のこと。作者には自分は世間の十全な意味で妻ではなく、レプリカントのような偽物だという意識があるらしい。とはいうものの「かにかくに夫はの子われはただ米研ぎしことなき掌を慈しむ」という歌が示すように、心穏やかな暮らしを手に入れたようだ。

 第IV部に至って本歌集のもうひとつの大きな主題である「母親の桎梏からの解放」が顔を現す。

父がゐていもうとがゐて母が笑ふただそれだけのポラロイドの夏

「イグアナの娘」のわれに恋ヲスル日ガ来タルとは母は教えず

われを撲ちし母の手が巻く太巻の甘き酢の香を憎みはじめき

母の胎内はらよりとほく逃れ来し朝ああああからすの鳴きごゑ母音

鶴の肉くらふごとくにわれを喰ひし母なればわれも鶴をくらふか

 一首目は楽しかった幼年時代の回想だろう。ポラロイドの写真はもちろんセピア色に変色している。『イグアナの娘』は萩尾望都のコミックで、娘を愛することができない母と娘の葛藤が描かれており、萩尾自身の体験が投影されていると言われている。五首目のように驚くほど激しい憎悪を詠んだ歌もある。ただしその一方で集中には「一滴の塩みづとしてなみだこぼれたり留守番電話に聞く母のこゑ」という歌もあって、長年の間に絡まりあった感情の糸の錯綜は決して単純なものではない。母親がこのように墨痕黒々と激しく描かれているのに対して、父親は「菜の花の畑のむかう父が呼ぶ微熱の朝の夢のさめぎは」という歌が示すように、あくまで輪郭の淡い思慕の対象として描かれている。

 息子は父親を乗り越えなくてはならないという宿命があるため、『エデンの東』から『スター・ウォーズ』に至るまで、父と息子の葛藤を描いた作品は数多い。その一方で母親と娘は双生児のような関係になることもあり、葛藤の側面はあまり強調されなかったきらいがある。最近は「毒親」(toxic parents)という言葉もあり、親の過度な支配の弊害が指摘されるようになった。橘の母親はそのようなタイプの人だったのだろう。

 「果たして文学は人間を救済するか」というのはなかなか答を出しにくい問題である。そもそも「短歌は文学であるか」というもう一つ別の問いもあるのだが、それはひとまず措くとして、文学や演劇にカタルシス効果があることはアリストテレスの時代から言われて来たことである。私たちは映画や演劇で人が殺されるようなドラマをなぜ好んで見るのか。それは葛藤や憎悪の果てに殺人にまで至ることもあるドラマを見て、感情の起伏や亢進を擬似的に体験することによって心が浄化されるというのがカタルシス理論である。同じことは短歌を作る場合にも言えるだろう。自らの心の奥底に溜まりに溜まった情動を短歌にして吐き出すことによって心が解放される。それまで固く閉じられていたものが再び動き出す。『大阪ジュリエット』はかつて愛したバートナーの死という体験と、母親との葛藤的関係性という桎梏から自己を解放するために書かれた書である。

 本歌集の主調音は上に書いたとおりなのだが、その合間に挟み込まれている歌にも良い歌が多くある。

金魚玉に金魚揺れをり「神の火」の踏み絵をふみし夜より幾夜

マンモグラフィーの被曝量のいくばくか時経て骨となる白き花

死者の領あれば五月の死者つかはせよレインコートの寺山修司

悉皆屋三代目当主秀太郎なにはの雪を舌で受けたり

産みしことなしと答へよ白昼にほむらたちたるさざんくわの群れ

 一首目と二首目は東日本大震災と東京電力福島原発事故を詠んだ歌である。「神の火」は高村薫の小説の題名で、ギリシア神話のプロメテウスの火が念頭にある。三首目は安部内閣による安保関連法案採決に寄せた歌。「めつむりていても吾を統ぶ五月の鷹」は寺山の代表句である。四首目の悉皆屋とは和服の洗い張りなどをする業者のこと。まるで時代小説の一節のようで、橘はこういう歌を作るのが抜群に上手い。歌舞伎の一場面を見ているようだ。五首目は自分が子供を産まなかったことを詠んだ歌で、「都こんぶ噛みつつおもふ夜の底森茉莉にさへ子がありしこと」という歌も集中にある。「炎たちたる」は「これやこの一期のいのち炎立ちせよと迫りし吾妹よ吾妹」という吉野秀雄の歌と、それをタイトルに借りた福本邦雄の『炎立つとは』(講談社、2004年)が念頭にあると思われる。

 橘の得意技の一つは固有名を詠み込んだ歌である。それも芸能人から芸術家まで実に幅広い。

炎昼につまなじれば目を醒ますわたしのなかの〈春川ますみ〉

姉が貼りしポスターはデビッド・ハミルトン少女を噛めば蜜があふるる

加藤一彦死にたればおもふ完璧な生、完璧な死といふものはある

昭和といふ昨日きのふのわたしを呼んでゐる大西ユカリと愛の新世界

オートバイを真紅の薔薇で埋めたりしアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ

端正をはみだすところに極まる美 セルフ・プロデューサー「タマラ・ド・レンピッカ」

 一首目には「赤い殺意」という詞書きがある。春川ますみはドラマに出演した女優。二首目のデビッド・ハミルトンは少女のポートレートを得意とした写真家。三首目の加藤一彦はフォーク・クルセダーズのメンバーであった音楽家で、軽井沢のホテルの一室で自死した。四首目の大西ユカリは新世界ゆかりの歌手。五首目のマンディアルグはフランスの小説家。『オートバイ』という小説がある。六首目のタマラ・ド・レンピッカはポーランド生まれで表現主義的な画風の画家。これらの固有名には全体にうっすらと昭和という時代が漂っている。

 橘は『大阪ジュリエット』の刊行後わずか4年で第三歌集『セルロイドの夜』を出して本来の耽美的な作風に戻っている。栞文で水原紫苑が書いているように、書かなければならなかった歌だったのだろう。


 

第329回 『現代詩手帖』2021年10月号 特集「定型と╱の自由」

 いささか遅きに失した感は拭えないが、今回は昨年 (2021年)の『現代詩手帖』10月号を取り上げたい。「定型と╱の自由 ― 短詩型の現在」という特集を組んでいるからである。同誌は2010年の6月号でも「短詩型新時代 ― 詩はどこに向かうのか」という特集を組んでいたので、それから約10年を経ての再び短詩型特集となる。

 2010年の特集では、「滅びからはじめること ― 岡井隆とゼロ年代の詩歌」と題された松浦寿輝(詩人)・小澤實(俳人)・穂村弘(歌人)とゲストの岡井隆の座談会、黒瀬珂瀾による「ゼロ年代の短歌100選」、高柳克弘によるゼロ年代の俳句100選」、城戸朱理・黒瀬珂瀾・高柳克弘の「いま短詩型であること ― 短歌・俳句100選をめぐって」という鼎談が主な内容であった。当時は21世紀を迎えて10年が経過し、「ゼロ年代」という世代による括り方が話題になっていたので、それを踏まえての企画だったと思われる。

 2021年10月号の特集では、巻頭に「俳句・短歌の十年とこれから ― 現代にとっての詩歌」という題目で、佐藤文香(俳人)・山田航(歌人)・佐藤雄一(詩人)の三人による座談会が置かれている。しかしよく考えてみると、現代詩の雑誌が定型の特集を組むのはいささか奇妙なことだ。なぜなら現代詩は自由詩であり、定型詩ではないからである。なぜ現代詩が短歌や俳句のような定型詩に秋波を送るかというと、現代詩自身がある種の行き詰まり感を覚えているからだろう。

 座談会に佐藤文香と山田航が呼ばれたのは、佐藤が『天の川銀河発電所 ― 現代俳句ガイドブック Born after 1968』(2017年)、山田が『桜前線開架宣言 ― 現代短歌日本代表 Born after 1970』(2015年)という一対をなすアンソロジーを編んでいるからである。両方とも左右社から刊行されている。ちなみに左右社からは瀬戸夏子の『はつなつみずうみ分光器 ― 現代短歌クロニクル after 2000』(2021年)も出ていて、これに小池正博編著『はじめまして現代川柳』(書肆侃侃房、2021年)を加えると、ほぼ現在の短詩型文学の全貌を見渡すことができる。アンソロジーは文芸の発展にとって重要なものであり、特に入門者に便利なものなので、このように優れたアンソロジーが陸続と刊行されたのは喜ばしいことだ。

 座談会で山田は2000年代の短歌の動向を次のように総括している。まず加藤治郎・穂村弘・荻原裕幸による『短歌ヴァーサス』の創刊 (2013年)と、同誌による歌葉新人賞によって斉藤斎藤、永井祐、宇都宮敦ら若手歌人が輩出したことを挙げる。山田は当時の短歌のテーマは「主体からいかに自由になるか」であったとする。作者と作中主体の分離を高度に体現したのが笹井宏之だったが、笹井の死と短歌自動生成装置を考案した星野しずるによって2000年代の短歌は終了し、2010年代に登場した歌人たちがそれを乗り越えてゆく。山田は2000年代以降の短歌のポイントは口語によるリアリズムの復権だとして、永井祐や鈴木ちはねの名を挙げている。「口語によるリアリズムの更新」は近年の山田の持論で、『短歌研究』2021年7月号では山田が企画・立案した特集を組んでいるほどだ。座談会での山田による2000年代の短歌の動向のまとめは、いささか我田引水の感がなくもない。

 佐藤による2000年代の俳句動向のまとめも興味深い。佐藤が編纂した『天の川銀河発電所』以降、「俳句好きによる俳句の時代」が訪れたという。それは「俳句の参照性」を軸に、積み上げられたものの上で俳句が書かれるべきだという考え方だという。佐藤が名前を挙げているのは、生駒大祐、岡田一実、西村麒麟、安里琉太、小津夜景といった作家たちである。生駒大祐『水界園丁』、小津夜景の『フラワーズ・カンフー は確かによい句集だった。

 本特集でおもしろかったのは、「詩人に聞く『刺激を受けた歌集・句集』」というアンケートである。詩人がこんなに歌集・句集を読んでいるのかという素朴な驚きがまずあった。そして句集より歌集を挙げた人が多かったのも意外だった。というのも詩人で短歌も作るという人は、詩人で俳句も作る人よりも少ないからである。今年の3月に泉下の人となった清水哲夫や『貨物船句集』の辻征夫は詩人で句集もある。感覚としても現代詩の生理は俳句の持つ言葉の飛ばし方と親和性が高いように思う。なのに歌集を読む詩人が多いというのは驚いた。

 アンケートに答えて挙げられている歌集・句集はばらけているが、句集では小津夜景『フラワーズ・カンフー』を挙げた詩人が二人いた。また歌集では服部真里子の『行け広野へと』と答えた人が二人いた。千種創一を挙げた人も二人いたのだが、『千夜曳獏』と『砂丘律』とで割れている。あとは笹井宏之『えーえんとくちから』、大森静佳『カミーユ 、藪内亮輔『海蛇と珊瑚』、𠮷田恭大『光と私語 など短歌の世界でも話題なった歌集ばかりで、詩人もよく情報収集していることがわかる。弱冠17歳で中原中也賞を受賞した文月悠光は、狩野悠佳子名義で同人誌『穀物』などに短歌を書いており、短歌愛が止まらないのか、「一冊を」と指定されているにもかかわらず十冊も歌集を挙げている。筆頭に掲げたのは平岡直子の『みじかい髪も長い髪も炎』だった。

 ほとんどの詩人が名前を挙げたのは話題になった歌集や賞を受賞した歌集ばかりだが、おやと思ったのは木下こう『体温と雨』(砂子屋書房)という知らない歌集を挙げた人がいたことである。引用されていた歌に惹かれて買い求めようかとも思ったが、古書価が高くて断念した。

夢の手もうつつの指もかなしけれ白ひといろの花瓶を洗ふ

ひえゆけば祈りの指も仄白きのかたちせむ雪ふりたまふな

 アンケートの第2問「詩作をする上で短歌・俳句の定型を意識することはあるか、影響を受けることはあるか」という問いに対する回答も興味深い。例えば鈴木一平は次のように答えている。

 優れた詩は、みずからにおいてのみ固有なものでありながら、当のテキストから転用可能な思考の論理を持っているように思います。このとき、俳句や短歌がその名に付随する定型概念を負っていることは、個人的にかなり重要なことだと感じます。というのも、定型は具体的な作品を通してのみ知覚される(定型そのものを純粋に知覚することができない)にもかかわらず、あたかも当の作品から独立して「定型なるもの」が存在しうることの確信を読み手に与えるからです。

 詩人たち一人一人の回答を読むとさまざまなことを考えさせられてこちらの思考も深まって行く。それがおもしろい。

 本特集のおそらく目玉企画は歌人と俳人に詩を作らせるというものである。歌人から大森静佳、千種創一、井上法子、川野芽生が、俳人から鴇田智哉、小津夜景、中嶋憲武、生駒大祐が挑戦している。千種創一は「遊ぶための園」という題名で、中東での過激派組織の指導者殺害という架空の新聞記事と、それに基づいた散文詩を寄せている。井上法子の作風はもともと現代詩に近い所にあるので、「沈石」(いかり)と題された詩はどこかの詩集に収録されていても不思議はない。

そらにはらわた

水は喃語をあやつって

玻璃には

いくつかの皮脂

かもめたちとぶ

わたしは岸を食み

朝、

たちどころに破れる郷里

 こうして書き写していると、井上の詩はどこか自由律の短歌にも見えて来るから不思議である。

無垢は

あなたが足を踏み出すとき

かわりに失われる新雪ではない。

という一節から始まる川野芽生の「その炎の白」はいかにも川野らしい断定に満ちた詩になっていて、短歌の世界と通底しているところがおもしろい。

 現代詩の詩人たちが「定型」を強く意識していることが感じられる特集である。

第328回 小佐野彈『銀河一族』

マーブルの光まばゆき煉獄にたつたひとりのをみな、わが母

小佐野彈『銀河一族』 

 本歌集は2021年も暮れようとする頃に刊行された著者第二歌集である。小佐野彈は1983年生まれ。作歌を始めたきっかけは、もやもやとした内面を抱えていた14歳の頃に俵万智の『チョコレート革命』を読んだことがきっかけだという。2017年に「無垢な日本で」により第60回短歌研究新人賞を受賞。翌年、第一歌集『メタリック』を上梓し話題になった。第63回現代歌人協会賞を受賞している。最近は小説の分野にも進出しているらしい。

 本歌集を一読して驚いた人はある程度の年配の人だろう。なんと小佐野彈はあの小佐野賢治に連なる家系の一人だというのである。歌集題名の「銀河一族」はその家系を指している。若い人は知らないだろうが、小佐野賢治といえば、戦後最大の疑獄事件と言われた1976年のロッキード事件に連座した政商である。ロッキード事件とは、全日空の新型航空機の購入がらみで田中角栄ら数人の大物政治家が逮捕起訴された汚職事件である。小佐野は国会に証人として喚問された時の偽証罪で実刑判決を受けている。ロッキード社のコーチャンとクラッターと、賄賂を意味する隠語のピーナッツを合わせて「コーチャン・ピーナッツ・クラッター(食らった)」という駄洒落がマスコミを賑わせた。詞書き付きの連作「政商の人生」に詳しく書かれているが、小佐野賢治の末弟の政邦が彈の祖父に当たるという。

諦念を振り払ひつつらんらんと野を駆けてゆけ 賢治少年

哲学を愛でる者らの行き交へる街でひたすらナットを絞る

二等兵・小佐野は進む まづ北京、そして漢口 砂塵の中を

政商といつか呼ばるる青年の前に強盗慶太あらはる

頂に立ちて見下ろすジパングは黄金もとい砂の帝国

判決は実刑 妻が「あら、さう」とつぶやきてぷくぷく花豆を煮てゐる

告げられし病名に濁音のなく耳障りよきひびき〈すいえん〉

 詞書きは略して「政商の人生」から引いた。山梨の貧農に生まれ、終戦後進駐軍相手に商売を広げ、田中角栄の「刎頸の友」となって政商として権勢と富を誇った小佐野の生涯が一代記風に詠まれている。彈の母は政邦の一人娘で、彈の兄と彈が生まれて後に離婚して実家に戻っている。弾は賢治の死後、国際興業の社長となった祖父と一人娘の母親と暮らし成長したのである。

父のなき日々はあかるく始まりぬ忘却といふ術を覚えて

夏近き夜の湿度のくるしさよ ひとりでゐてもうるさきわが家

銀の匙嘗めつつ生まれ出たるをとうに忘れてわれは鬼の子

マイセンの白まろやかな食卓をこの世ならざる場所として、いま

アイボリー色の令状畳まれてつましく家宅捜索終はる

カツレツに檸檬だらだら垂らすごと終はりなきものならむ 親子は

 彈がどのように成長したのかが歌からよく読み取れる。一首目、母親が離婚して父親が去り、小佐野家での暮らしは過去を忘却する明るさから始まる。二首目、思春期を迎えた彈にとって、家は自分を護ってくれるものであると同時に、抵抗と反発を覚えるものだったにちがいない。三首目、イギリスでは洗礼式を迎えた子供にスプーンを贈る習慣があり、裕福な家庭の子供には銀製のスプーンを贈るという。そこから「銀の匙をくわえて生まれて来た」という言い回しが出来て、裕福な家庭に生まれることを言う。彈もまさしく銀の匙をくわえて生まれたのだが、三首目は反抗期を迎えた気持ちを詠んだものだろう。四首目、マイセンはドイツ製の高級磁器で、それがふだんの食卓に使われるということから裕福さが知れる。五首目はロッキード事件で小佐野賢治が逮捕され、関係先として家宅捜索された折の歌。六首目は母親との関係を詠んだ歌である。親子関係はたとえ切ろうとしても、なかなか切ることのできないものと捉えられている。

 彈は実に特殊な家庭に生まれ育ったと言えるのだが、これらの歌を読んで私の頭に浮かんだのは仙波龍英である。仙波については、彼を短歌の世界に引き込んだ盟友である藤原龍一郎が『仙波龍英歌集』(六花書林、2007年)に書いた「メモワール仙波龍英」に詳しいが、藤原の文章は仙波との個人的交流に限っていて、仙波の家庭的背景には触れていない。仙波龍英の父親は、その訃報が新聞に載るほどの著名な人だったらしい。田園調布に豪邸があり、葉山に別荘があってマリーナにはクルーザーが停泊しているという暮らしである。12歳と10歳年齢の離れた二人の姉がおり、龍英は遅く生まれた長男だった。本名は龍太といい、小児結核を患って病弱だったようだ。「結核のくすりは苦し少年はマイジュースにて飲みくだしたり」という歌がある。

〈ローニン〉の大姉〈ポンジョ〉の姉ふたり東洋の魔女より魔女である

「東大の医学部だけが大学よ」ふたりの姉にも接点はあり

戸籍には父のみの血を継ぐ姉があれば恐ろし本牧に佇つ

スティングレーのりまはす姉ワルキューレ狂ひのおほあね撲りあふ朝

葬列のなかに妾のむすめあり怒る姉妹をはあきれたり

 一首目には「’61葉山・姉21歳と19歳、少年は9歳」という詞書きがある。少年は龍英である。東大医学部をめざして多浪を重ねる長姉はシボレ-・コルベット・スティングレーを乗り回して慶応の学生たちと遊び、日本女子大学に通っている次姉は葉山にある別荘でヨットに乗るという家庭である。そんな家庭にあって仙波は「あるときは渋谷のそしてあるときは田園調布の憂鬱燿ふ」という歌を詠んでいる。龍英の内面の鬱屈が明らかな歌である。

 しかしどうやら小佐野彈は自らがその一員として生まれるよう運命づけられた一族にたいして、仙波とは異なったスタンスを取っているようだ。本歌集に収録された歌を読む限り、母親との関係の微妙さ・難しさは感じられるものの、仙波に見られたような反発と屈折は彈には見当たらない。いろいろな意味で華麗な一族を誇るでもなく、かといって恥じるでもなく、距離を置いて冷静に眺めるという精神の健全さを身に付けているようだ。この健全さが彈の持ち味であり、本歌集の魅力となっているように思われる。

 とはいうものの彈の内面に別の陰翳があることは、第一歌集『メタリック』を読んだ人はすでに知っていることである。

けんと君が好きと言へない春が来てちひさき窓に降る小糠雨

メデューサのやうにはだかり女教師せんせいは咎めき僕の性のゆらぎを

またひとり枯れてゆきたる一族のすゑにつらなり子をなさぬわれ

行き先のわからぬ舟にゆくりなくわれら乗り合はせてしまひたり

「女子は家庭科、男子は技術」と分かたれて土曜の朝の廊下うらめし

 しかしながら本歌集を貫く主題はあくまで銀河一族なので、上の歌に見られる陰翳に触れた歌は少数に留まる。

家族とふ長き真昼を終はらせて花降るなかを父は去りゆく

撫でられてますます曇るむなしさを映すでもなく金の手すりは

硝子とて武器となりうる家だからバカラは棚で眠らせておく

身悶えの果てに緋色の糸を吐き出して妖しきははそはのひと

サンタモニカの空の碧さを語るとき父の瞳に空はなかりき

真四角になりたる祖父を幾千の黒いつむじが取り巻く真昼

 最後の歌には「国際興業・帝国ホテル・日本バス協会合同葬」という詞書きが添えられている。祖父政邦の葬儀の折の歌である。「父のなきわれら兄弟ふたりにはとことん重い死の床でした」という歌が語っているように、一族の長であった祖父の病気と死は彈と兄にとって背負うのが重いものであったにちがいない。しかしながら祖父の死をもって銀河一族は事実上終焉を迎える。彈にとってそれを機会に自らの一族を語ることは、家族と血脈にひと区切りを付ける意味があったにちがいない。それは一族から自己を解放することになる。そういう意味で特異な歌集と言えるかもしれない。

 

第327回 嶋稟太郎『羽と風鈴』

シンクへと注ぐ流れのみなもとの傾きながら重なるうつわ

嶋稟太郎『羽と風鈴』

 場面は台所の流し台で時刻は夕食後だろうか。シンクに細い水の流れができているという描写から始まる。読者は「えっ、何が流れているの」と疑問を持つ。ふつうその水はきちんと閉まっていない水道の蛇口から出ていると思うだろう。しかし、水の流れの源を辿って行くと、食事に使った食器がまだ洗われずに重ねられている場所へと到る。それはたいして意外なことではない。食事が済んだ後、食器が流しに重ねて置かれているのはよくあることだ。この歌の巧みさは読者の視線の誘導にある。シンクに注ぐ水の流れから始まり、その源を辿る視線を誘導し、最終的に重なる食器で終わるその行程である。人気TV番組「プレバト」の俳句コーナーの毒舌先生、こと夏井いつきは俳句を添削するときに、語順の大切さを口を酸っぱくして説いている。語順は読者が言葉を読む順番である。それは映画のカット割りによく似ている。映画を見る人が監督のカット割りに従って物語を組み立てるように、俳句や短歌の読者も、作者が並べた順序に従って脳の中で映像を作る。作者の嶋は短歌における語順の重要さを熟知しているのだろう。

 嶋稟太郎は1988年に宮城県の石巻市で生まれている。2014年に短歌を作り始め、未来短歌会に入会。桜井登世子、大辻隆弘に師事する。2016年に未来年間賞を受賞。2020年に第3回笹井宏之賞の染野太朗賞を「羽と風鈴」50首で受賞。2021年に第64回短歌研究新人賞において「大きな窓のある部屋に」で次席に選ばれている。未来短歌会を辞めて現在は無所属。職業はブロダクト・マネージャーということだ。『羽と風鈴』は今年 (2022年)の1月に上梓された第一歌集である。栞はないが、帯文を大辻隆弘、小島なお、染野太朗が寄せている。

 あとがきには子供時代を過ごした石巻市の思い出の色は水色だということが書かれているだけで、本歌集の構成と成り立ちについての記述が一切ない。あまり自分を語りたくない人なのかもしれない。

 短歌研究新人賞の次席になった「大きな窓のある部屋に」は、本歌集ではそのまま巻頭に置かれている。しかし笹井宏之賞の染野太朗賞を受賞した「羽と風鈴」50首は、本歌集ではばらばらされてあちこちに収録されていて、「羽と風鈴」は歌集タイトルに格上げされている。その一方、「重なったポテトチップの一枚を舌で剥がしている日曜日」など3首が削られているようだ。「大きな窓のある部屋に」が巻頭に配されていることから、どうやら逆編年体を基本にして連作を構成し直しているらしい。

 さて、では嶋の作風はというと、それは次のようなものである。

開かれて窓の格子に吊り下がるビニール傘が通路に光る

蕗の葉がテニスコートの北側のフェンスの下に押し寄せている

建てかけのタワーの上にクレーンが動かずにある三月の朝

夕ぐれをさえぎるために紐をひく昼のキャベツを消化しながら

ハンドルをつつくリズムの軽やかに雨ふる朝の消防士たち

 一首目はよく見かける光景だが、マンションの通路に面した窓の格子に濡れた傘が吊り下げられている。もちろん傘を干すためだ。それをマンションともアパートとも言わずに、「窓の格子」「通路」という最低限の言葉で的確に描写している。二首目のポイントは「北側」だ。テニスコートの金網のフェンスの外側に蕗が繁茂していて、フェンスを越えんばかりの勢いだというから季節は夏だろう。これも珍しい光景ではないが、「北側」が歌にリアリティを与えている。三首目は少し説明が必要だろう。短歌研究新人賞の選考座談会で嶋を推した斉藤斎藤が解説しているように、この歌の背景には東日本大震災がある。作者はその時にはもう故郷を離れて東京で暮らしているのだが、地震と津波が起きた時、とっさに故郷の石巻を思ったにちがいない。斉藤の解説では建てかけのタワーは東京スカイツリーだとされている。地震のために工事が中断したのである。だからこれも一首の震災詠なのだ。四首目、紐を引いたのはブラインドかカーテンを閉めるためだが、それを「夕ぐれをさえぎるために」と表現している。まるで夕ぐれが好ましくないもので、外から部屋の中に侵入してくるかのようだ。下句の「昼のキャベツを消化しながら」もよい。五首目は交差点で信号待ちをしている消防車だろうか。緊急出動ではないので、消防士ものんびりと鼻歌を歌いながら、ハンドルに置いた手の指でリズムをとっている。下句の「雨ふる朝の消防士たち」がとりわけ詩的に感じられる。

 適切な言葉の選択と配列によって、静謐な水彩画を思わせる鮮やかな映像を描くところに嶋の作風の特徴があるように思う。言葉を五・七・五・七・七の定型に落とし込む技術は抜群で、言葉の連接に無理がなく、読んだときに抵抗や落差を感じることがない。斉藤斎藤は選考座談会で「写生がちゃんとうまい」、「瞬間を永遠にするというのは短歌の写生や、あるいは芸術の機能の一つですが、それを丁寧にやっている感じがします」と述べている。また笹井宏之賞の選考座談会で嶋を推した染野は、「対象への安定した眼差しが感じられる」、「地味なんだけど場面の描写やものの描写に安定感があって、最後までその安定感が続くんですよね」と述べ、野口あや子も、「絶妙な技術が効いた連作」で、「立ち止まるポイントが本当に綺麗に細かく」あると感想を述べている。この「安定感」というのは嶋の作風のポイントだろう。しかし見方によっては冒険心がないという評価もあるかもしれない。

 本歌集に収められている歌の多くは上に引いたような写生の歌で叙景歌が多いのだが、歌中の〈私〉を含めて人物が登場する歌もある。

母宛の手紙を君と分けて書く夏の初めの長い休みに

この国を選んだわけを聞きながら進む面談 浅くうなずく

われの名の付箋を剥がし借り物の椅子と机がわがものとなる

ネクタイは要らぬ会議と告げられて島つなぐ橋なかばを過ぎぬ

火の文字のように両手を上げたままわが子は眠るわたしの前に

 一首目の「君」はたぶん奥さんだろう。故郷の母親に二人で手紙を書いている。二首目は就職の採用面接の風景ではないだろうか。「この国」とあるので面接しているのは外国人だろう。三首目も職場の場面だが、作者は転職して新しい職場で働くようになったのだ。四首目は出張の歌。島を橋が結んでいるので、九州か沖縄かもしれない。五首目は珍しく家族を詠んだ歌。幼児は確かに両手をバンザイするように上げたままで眠るものだ。このように人物を詠んだ歌も水彩画のように淡く描かれていて、強い感情や心の迷いといったものは歌には登場しないのである。

 嶋の言葉遣いは現代の多くの歌人と同じく、文語ベースに口語を交えた文体である。私の癖でどうしても目が行ってしまうのは結句の文末処理と動詞の時制である。なかには次のように過去や完了の助動詞を用いた歌もなくはない。

さまざまに色をたがうるコンテナが一つの船に積み上がりたり

阿弖流爲アテルイの髭と名付けし一塊の炭を割りけり夏の宴に

氷山の深さを告ぐる頁にてオリエンテーション半ばとなりぬ

 しかし体言止めを除けば、やはり多いのは動詞の終止形の歌である。これは現代の若手歌人一般の傾向なのかもしれない。

 

桂の木いっぽんいっぽん立っている胸の奥にも夕ぐれの来る

欠伸して耳にたまった圧を抜くエレベーターが地下階に着く

赤い花かたちのままに水に浮く林試の森の公園をゆく

 

 岡井隆が「どうして助動詞を使わないのかね」と座談会で若手歌人にたずねたことが印象に残っている。助動詞を使った方が時間的に奥行きのある歌を作ることができるのは確かだ。

 

杉の葉を雨の滴が打つようにエンターキーは浅く沈んで

歩道橋を降りてまっすぐ歩いてる日陰まであと三歩の遠さ

踏切のへこみを越える自転車は一度沈んでそうして弾む

途中からツツジの色が白くなるセブンイレブン前の歩道は

たっぷりと蜜を満たして横たわる硝子の壜は照らされてあり

鉄柵の黒き柱を登り来て自然薯の葉は影を広げぬ

くるぶしの近くに白い花が咲く靴紐を結い直す時間に

水底の銀のひかりに沈みたるみずより重き実は傾きて

 

 特に印象に残った歌を引いた。こうして見てもやはり嶋の作る歌は低体温で描写が細やかだと強く感じる。未来短歌会で大辻隆弘に師事しているだけあって、ニューウェーヴ短歌からは遠く、ゼロ年代の若手歌人の作るフラット短歌とも一線を画していて、近代短歌を現代を生きる人に合わせてヴァージョンアップした歌と言えそうな気がする。

 

第326回 今井聡『茶色い瞳』

一枚の玻璃を挟みてそれを拭く男とわれと生計たつきちがへり

今井聡『茶色い瞳』

 おそらくゴンドラに乗った作業員がビルの窓の外側を清掃しているのだろう。歌の〈私〉はビルの中にいてオフィスワークをしている。一枚のガラスを挟んでの内と外という空間的対比は、事務職と肉体労働という仕事の対比に重ねられている。一枚の透明な窓ガラスによって人の境涯のちがいが鋭く表現されていて、印象深い歌となっている。

 今井聡は1974年生まれ。2003年にコスモス短歌会に入会し、奥村晃作を師と仰ぐ。2009年に本歌集にも収録されている連作「茶色い瞳」で第24回短歌現代新人賞を受賞している。『茶色い瞳』は今年 (2022年) 2月に上梓された第一歌集である。版元は六花書林、装幀は真田幸治、栞文は石川美南、内山晶太、奥村晃作。編年体で構成してあるが、2020年から21年の近作が集められている第III部が全体の4分の3を占めている。その割には付箋が付いた歌は歌集前半に多かった。

 今井が所属しているコスモス短歌会は、北原白秋の「多摩」を継ぐ形で宮柊二を中心に1952年に結成された結社である。宮が掲げた理念は短歌作品による「生の証明」で、その理念は師の奥村を通じて今井へと繋がっているようだ。

土中よりコンクリ片を掘り出せるショベルカーその動きくはしも

空をゆく雲のかたまり裂けはじめ千切るるほどにへりの明るむ

空疎なる会議なりしと椅子机片付くる時われは張り切る

宵闇に降りくる雨の滴々を犬はぬかに受けわれはに受く

道端の石蹴りし日はとほくして街灯のしたわが影の伸ぶ

 形式は文語定型で、文字は新漢字に旧仮名遣い、作風は写実を基本とし叙景と人事が半々くらいで感情は控え目である。一首目は工事現場を詠んだ都市詠で、「くはし」は細かい所まで行き届いて精密である様をいう。ショベルカーがコンクリート片を掘り出す動きに着目している。二首目はまるで古典和歌のような叙景歌。雲が千切れてゆくにしたがって、雲の周辺部から日光が差す様を詠んでいて、柄の大きい歌となっている。三首目は職場詠。会議は中身がなかったが、終了後に机と椅子を片づける時に、ようやく意味あることができると張り切る。四首目、降る雨は犬の頭にも降りかかっているのだが、犬が〈私〉を見上げているせいか顔に当たるのが目に止まる。一方、〈私〉はもっぱら頭に雨を受けているという歌。五首目、道端の石を蹴った少年時代は遠くに去り、現在の〈私〉は一日の労働に疲れてとぼとぼと夜道を帰る勤労者である。言葉遣いは端正でザ・近代短歌の趣があると感じる向きは多かろう。華麗なレトリックや言葉遊びには見向きもせず、実直に自らの生の現実を詠う作風は近代短歌のメインストリームと言ってよい。

 さまよえる歌人の会などで親交のある石川美南が栞文に書いているエビソードがおもしろい。師の奥村に初めて会うことになり、駅前で待ち合わせをした今井青年は真夏というのにスーツに身を固めている。そこへ自転車で現れた奥村が炎天下を疾走する後を、今井は汗だくになって追いかけたという。そのことが「おもひいづ師との出会ひは真夏の日、吾は上下共スーツ姿で」と詠まれている。実直な人柄を物語る挿話である。歌風も人柄を反映している。

人間の表情に心に点数をつけゆく仕事ああジンジロゲ

障害者雇用の部署に六年余やうやく為事を愛し始めつ

有休をいただきながらわがからだ「いつもの時間」に目覚めてしまふ

辞めゆかむひとぽつりぽつりその訳を語りて降りぬ市ヶ谷駅で

萎びたる苦瓜のごと垂れ下がり社に残りをり何かを恐る

新しき人のなやみを渋柿の渋とおもひて吾が聴きたり

 表情や心に点数を付ける仕事とは何かよくわからないが、作者はその後、障害者雇用の部署に異動になったようだ。詠まれているのは会社勤めをしている人ならば、誰しも覚えのあることだろう。このような労働詠は古典和歌には見られず、近代短歌が発掘した鉱脈である。ところが現代の若手歌人の短歌にはこのような労働詠は少なくなった。それと入れ替わるように出現したのは非正規雇用の現実を詠んだ歌だろう。

酒たばこのみ放題の方代と虚実綯い交ぜのその歌の華

『右左口』の混沌はながき時を経て『迦葉』で澄めり方代短歌

後代に「無用の人」とあらはされ黄泉に笑まふか方代さんは

素十の句一句一句を書き写す 虚子の賞せし謂われ知りたく

見たまんま俳句と時に揶揄されし素十の句師の御歌に重ぬ

 上に引いた歌にあるように、作者は山崎方代に心を寄せているようだ。「身を用なきものに思ひなして」都落ちした在原業平を始めとして、日本の文芸と無用者が切っても切れない関係にあることは、唐木順三の名著『無用者の系譜』に詳しい。山崎方代も紛れもなくその系譜に連なる歌人である。本歌集にも「安かるも善きものありて日々使ふ椀の底しろく剥げたるがよき」のように方代の境地に繋がる歌がある。今井も心のどこかで自分を無用者と感じているのかもしれない。「石塊のひとつとなりて眠りたし踏まるるもなき深き谿間に」のような歌にそんな気分が感じられる。

 高野素十は虚子門下で、水原秋桜子・山口誓子・阿波野青畝らと4Sと並び称された俳人である。虚子は「厳密なる意味に於ける写生と云ふ言葉はこの素十君の句の如きに当て嵌まるべきものと思ふ」と素十の句を真の写生と褒めた。

方丈の大廂より春の蝶  素十

まつすぐの道に出でけり秋の暮

朝顔の双葉のどこか濡れゐたる

 今井は素十の句を師の奥村晃作の短歌と重ねて見ているのである。

次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く  奥村晃作

わがめぐり次々と鳩が降り立ちて赤き二本の足で皆立つ

一定の時間が経つと傾きて溜まりし水を吐く竹の筒

 奥村の短歌はただごと歌と呼ばれ、時に認識の歌、また発見の歌と言われることもある。読んだ人は「言われてみればなるほどその通り」と感じるからだろう。しかし歌論集『抒情とただごと』(本阿弥書店、1994年)を読むと、ただありのままを詠めばよいと言っているわけではなく、一筋縄ではいかない歌人のようだ。

 本歌集に収録された歌の中では次のような歌にただごと歌の味わいがある。

あさめしにゆで卵剥きひとくちを食めばぽかりと黄味のあらはる

ミニ缶のサッポロビール黒ラベル一缶肴はうにくらげ少し

 集中では次のような歌が特に心に残った。

潦さらなる雨を受け入れて波紋生るるを跨ぎて過ぎぬ

曇天の秋の広場の陶器市うつはは内にみな陰持てり

夕どきのはかなごとわがレモン水飲みつつ一人駅階くだる

坂道をくだりくる夜のテニスボールたかく弾みてわが傍を過ぐ

みつしりと咲くアベリアの花をる足長蜂の空中静止ホバリングみゆ

晴れのなき休日のをはりゆふぐれて曇りの層の仄か明るむ

板橋区蓮根のみ空ひときはに澄みて跳ねたり雀子ふたつ

鶏頭の茎のふときを花器に活けふたつの花の鶏冠あかるし

 内山晶太は栞文で「みつしりと」の歌を引き、日常そうそうその前にとどまることがないものの前にとどまることにより、はじめて目にすることができるものがあると書いている。そしてそれらが「時間というものが本来的に備えているだろう幸福となって姿をあらわす」と続けている。なかなかに美しい分析である。

 私が上に引いた歌を読むときに強く感じるのは「現実の肌理」である。確かに上の歌では忙しく過ごす日常で、私たちがあまり目を止めないことが詠まれている。言ってみればそれはどうでもよいことである。そのような些事が適確な言葉によって陰翳深く彫琢されるとき、私たちの目の前に現実の肌理が濃密な存在感を伴って立ち現れる。それを読む私たちはふだん見過ごしていた現実の豊穣さにいっとき触れて、打たれる。一首を読む時間はごく短いので、目交に立ち現れた豊穣な現実の肌理は須臾の幻のように消えてしまう。しかしながらたとえ眼前から消えたとしても、その残像は歌を読んだ私たちの心の奥深くのどこかの場所に残り続け、それ以後、私たちが身の回りの世界を見る眼差しをどこか変えてしまう。今井の歌はそういう歌である。


 

第325回 竹中優子『輪をつくる』

ゆうまぐれまだ生きている者だけが靴先を秋のひかりに濡らす

竹中優子『輪をつくる』 

 竹中優子は1982年生まれ。プロフィールに早稲田大学第一文学部卒とあるので、てっきり早稲田短歌会の出身かと思えばそうではなく、大学を卒業して就職した二年目から短歌を作り始めたという。黒瀬珂瀾が2012年から2年間福岡に在住していた折に立ち上げた超結社歌会の福岡歌会(仮)に参加してから、本格的に作歌を始めたようだ。栞文によれば歌会の折に道を歩いていたときに、突然「未来短歌会に入ります」と宣言し、「未来」の黒瀬選歌欄に入会し選を受ける。2016年の第62回角川短歌賞を「輪をつくる」にて受賞。同時受賞は「魚は机を濡らす」の佐佐木定綱。『輪をつくる』は2021年に上梓された第一歌集である。栞文は、川野里子、東直子、黒瀬珂瀾。歌集はふつう編年体の場合でも、作った時期などでまとめて何部かに分けることが多いのだが、本歌集は部分けがなく、連作がずらっと並ぶというちょっと変わった造りになっている。

 角川短歌賞受賞作の「輪をつくる」も本歌集に収録されている。

教室にささやきは満ちクリップがこぼれてひかる冬の気配よ

目を伏せて歩く決まりがあるような朝をゆくひと女子の輪が見る

学校に来るだけでいいひとになり職員室に裸足で入る

屋上に出るためにある階段の暗さ、桜が満開だって

ホームの先に友達がいることが分かる、声で ひかりを通過していく

 この連作の作中主体は保健室登校になった女子高校生である。つまりは作者は女子高校生に擬態して〈私〉を立ち上げている。選考座談会では、作者の年齢と性別に拘る小池光が現役の女子高校生の歌と読んだと発言し、島田修三はいやもう卒業していて回想している、回想のグラフィティとしか見れないと返している。島田は立花開や野口あや子を引き合いに出して、それに較べれば高校生活の息詰まるような感じやストレスが見られず、これではまるでユーミンの卒業写真だと断じた。結果として島田の読みは正確だったわけだ。

 本歌集を通読すると、〈私〉を擬態した「輪をつくる」はやはりちょっと異色で、他の連作とは肌合いが異なると感じる。本歌集のベースラインとなっているのは次のような歌である。

さっきまで一緒だった友バス停に何か食べつつ俯いている

松たか子の写真が飾られていた部屋に電話をかければ父親が出る

慣れるより馴染めと言ってゆるやかに崎村主任は眼鏡を外す

はしゃがないように落ち込まないように会うそら豆に似た子を産んだ友に

ほそながいかたちではじまる飲み会が正方形になるまでの夜

生きていて早送りボタンの止めどころ分かる例えばエレベーターの会話

 これらの歌の〈私〉はほぼ作者と同じ等身大の人物で、歌によく登場するのは職場の同僚や上司や部下、女友達、そして父母である。それはつまり近代短歌が得意な領域とした〈私〉の近景と中景である。それを越える遠い視線の歌はほぼ皆無だ。そしてどれもなかなかにユニークな着眼点から細かいことを拾い上げて歌にしている。

 一首目はさっき別れた友人が通りの向かいのバス停でバスを待っているのだろう。かばんから取り出した何かを食べながら俯いている。それだけの歌である。しかしそこにはさっきまでにこやかに会話していた友人が〈私〉には見せない別の顔がある。それははっとするほどの発見というわけではないが、確かにかすかな違和感が残る。

 栞文で東直子が、竹中といっしょに短歌イベントに参加した折に、自分が聞き流していたカフェの店主の科白を竹中がおもしろいと報告したという経験をもとに、竹中にはこの世に漂う面白いものをキャッチする言語センサーがあると書いている。そう思って竹中の歌を見ると、なるほどと得心するところがあるのである。

 たとえば二首目、竹中と父母の関係は少し複雑なようだが、父親は一人で暮らしている。父親の暮らす部屋に松たか子の写真が飾られていたというのはどうでもよい情報だが、こうして詠まれると何かおもしろい。三首目は職場詠だが、「慣れるより馴染め」というどこかで聞いたことがあるような科白を真面目に部下に言っている場面と、崎村主任という固有名が愉快な雰囲気を醸し出している。四首目は出産した友人と久々に再会する場面。確かに新生児の頭はそら豆によく似ているのだが、「そら豆に似た子」に微量の悪意が感じられる。いじわる婆さん的なこの微量の悪意もまた竹中の短歌の味わいとなっている。五首目は職場の飲み会だろう。最初は長いテーブルの両側に並んでいるが、酒が回って来ると席を変えてかたまりとなり正方形に近い陣形となる。これも何ということはない瑣事なのだが、竹中はこういうところに気がついてしまうのだ。六首目もおもしろい。ふだんは人の会話などに注意することなく、まるでビデオを早送りするように聞き流しているのだが、同じエレベーターに乗り合わせた不倫カップルが密会の約束をしていたりすると、早送りボタンを止めて、耳ダンボ状態になるのである。

 一方、作者が親族のことを詠うとき、そこには複雑に内向し屈折した感情が垣間見られる。

小倉駅で祖母のこいびと待つ日中 金平糖を買ってもらいき

乳飲み子の姉妹とへそくり一千万円抱いて出奔した祖母の夏

ふたりの子のひとりの死までを見届けて祖母の口座の残金二万円

駅前のうどん屋を兄はあわく褒め母は嫌いと言う日曜日

言われたとおり戸棚の奥の箱に隠すテレビカードを父はよろこぶ

「まだ仕事?」と三度聞かれるそののちの解約が済んだ父の部屋のこと

 一首目は、祖母が恋人と会うために出かけるときに、孫と買い物に行くと口実を作ったのだろうか。二首目と三首目がもし事実だとしたら驚くしかない。作者が子供の時に父母は離婚したという詞書きの歌があるので、四首目は子供時代の回想だろう。五首目は父親が病気になり入院している場面。隠すのはテレビを見ることを禁じられているからか。五首目はおそらく兄との電話での会話で、父親が病院で亡くなり、住んでいた部屋を解約して片付けを業者に頼む場面だろう。

 職場詠も多くあるが、竹中の個性は登場する人物が抽象的でなく、まるで四コマ漫画のように活写されていることである。

朝の電車に少しの距離を保つこと新入社員も知っていて春

月曜日 職場に来られぬ上司のこと上司の上司が告げていくなり

派遣さんはお茶代強制じゃないですと告げる名前を封筒から消す

上手く行かないことをわずかに望みつつ後任に告ぐ引き継ぎ事項

体調が悪くて休むと言った人がふつうに働いている午後の時間

 一首目は新入社員と同じ朝の通勤電車に乗り合わせた場面。親しげに話しかけて来るのではなく、適度な距離を保つことをもう知っている。二首目、職場に来られなくなった上司はおそらくウツ病だろう。三度繰り返される「上司」がおかしみを醸し出している。三首目は非正規雇用が増えた現代らしい歌。どこの職場でもお茶代を集めるが、派遣社員は出さなくてもいいのだ。四首目にも少しの悪意がある。五首目は休みたくても休めないという労働事情の歌、

 部下らしい古藤くんという人物がよく登場する。歌から見るかぎり、古藤くんはなかなかの好人物のようだ。

残業を嫌がらなくなった古藤くんがすきな付箋の規格など言う

シュレッダーの周りを掃いている我の隣に古藤くんがじっと立つ

納得しましたから、が口癖になる古藤くんの眉間に春のひかりが降りぬ

 固有名詞を歌に織り込むこともまた、歌が抽象的になることを避ける効果がある。歌会などでよく「具体的な数字を入れるとよい」などと指導されるのも同じだ。ややもすればふわふわとどこかへ飛んで行く言葉を着地させて現実に繋留する役割がある。

額縁を壁から下ろす(そのように夕立が来る)果物屋にいて

どんな暴力に昼と夜とは巡りゆく 髪切ると決めて水から上がる

花を生かすために捨て去る水がある銀色の真夜中のシンクに

触るたび同じページがひとりでにひらくからだを生きる夕暮れ

殺したいと言うときも手は撫でていてあかるみに置く午後の人形

運動靴はバケツに浮かぶ秋の日の水の重さに押し上げられて

どの文字も微量の水を含むこと思えば湧き出でやまぬ蛍よ

 特に心に残った歌を引いた。中には押さえきれない内心の怒りを感じさせる歌もあり、竹中の短歌世界は決して単純で一様なものではない。家族、友人、職場の同僚や上司を登場させて、ユーモアを交えつつ〈私〉の近景を具体的にていねいに詠む作風は、近代短歌の王道と言えるだろう。竹中は永井祐とは一歳ちがいなのだが、その作風のちがいは大きい。この振れ幅の大きさが現代短歌シーンの特徴だろう。純粋読者としてはいろいろな作風の短歌があった方が楽しい。

 何と言っても美しいのは冒頭に引いた掲出歌だ。

ゆうまぐれまだ生きている者だけが靴先を秋のひかりに濡らす

 革靴の先が秋の光を受けてまるで水に濡れているかのようにきらきらと輝いている。それはこの世の光であり、命の輝きでもあるかのようだ。そして靴先を光らすことができるのはまだ生きている者だけだという冷厳な事実が美しく詠まれている。合掌。

 

第324回 toron*『イマジナシオン』

くちびるに触れるあたりをつと触れて盃ふたつ買う陶器市

toron*『イマジナシオン』

 書肆侃侃房から続々と刊行されている新鋭短歌シリーズの一巻として今年 (2022年) 2月に出たばかりの歌集である。ペンネームが変わっている。はてトロンとは、坂村健が作ったコンピュータOSか、ラドンの放射性同位体か、はたまた1982年に公開されたアメリカのSF映画か。ごていねいに最後にアスタリスクまで付いている。いぶかしみながら読み始めると、ぐいぐい引き込まれて最後まで一気に読んでしまった。素晴らしい第一歌集である。こんな歌集でデビューする歌人は幸福だ。通読して思ったのは、この世には詩心のある人とない人がいるということである。作者はもちろん詩心に溢れている人なのだ。

 短いプロフィールによると、作者はTwitterで短歌と出会い、「うたの日」や『小説 野性時代』の歌壇欄などに投稿するようになる。2021年の第32回歌壇賞で「犬の目線」が候補作品に選ばれている(ただしそのことはプロフィールには書かれていない)。塔短歌会、短歌ユニットたんたん拍子、Orion所属。『小説 野性時代』の歌壇欄を担当していた縁から本歌集の編集をしたのは山田航で、あとがきも書いている。タイトルの「イマジナシオン」はフランス語で想像力のこと。寺山修司から取ったそうだ。

たぶん、もう追いつけないな踊り場で見上げるきみがいつも逆光

周波数くるったラジオ抱えれば合わせるまでの手のなかは海

果てしない夜をきれいに閉じてゆく銀のファスナーとして終電

露店より買う万華鏡たわむれに街を破片にしてみる日暮れ

会うまでの日をていねいに消してゆく手帳のなかに降りやまぬ雨

 歌集冒頭付近から引いた。最初の印象は現代の若い人が作る典型的な口語短歌というものだが、詳しく見てゆくと随所にポエジーを立ち上げる工夫がしてある。一首目、「たぶん、もう追いつけないな」は作中主体の内心の独白で、置かれた読点によって初句が句割れになっており、そのせいで諦念の深度が深まる。詠まれているのは漠然とした恋の終わりの予感だろう。二首目、周波数が合っていないラジオから雑音が鳴り響いている。それを荒れ狂う海に喩えているのだが、その喩の作用で暴風雨の北の海で遭難しかけている船のイメージが重なる。たぶん〈私〉は誰かに助けを求めているのだ。三首目、銀色に輝く車体の終電がまるでファスナーのように夜を閉じてゆくと詠まれている。この終電は市街地を走っているので路面電車だろう。四首目、お祭りの縁日の露店で万華鏡を買う。万華鏡を覗くとあたりの風景がばらばらになって輝く。密やかな破壊衝動が匂わされている。五首目、恋人と会う約束の日が手帳に書かれている。その日までを一日ずつペンで消してゆくのだが、たぶん縦線で消しているのだろう。増えてゆく黒い縦線を降り続く雨に喩えている。

 まず注目されるのはきちんとした定型感覚と韻律の確かさである。五・七・五・七・七に言葉を嵌め込んでゆく感覚が優れている。そして下句の収め方がうまい。気が付いてみると全部体言止めの歌ばかり引いたが、実際に体言止めの歌が多いのである。「見上げるきみが/いつも逆光」では四・三 / 三・四、「銀のファスナー/として終電」は句跨がりだが三・四 / 三・四「街を破片に/してみる日暮れ」では三・四 / 四・三と音節が整えられていて、結句の着地の仕方が確かである。口語短歌の最大の問題は結句の文末表現の単調さにあり、実際に若い人の作る口語短歌は動詞の終止形(ル形)で終わる歌が多いのだが、toron*の作る歌は珍しくその弊から免れている。このことだけでも特筆すべきである。

 そしてtoron*の歌の最も大きな特徴にして最大の魅力は喩であることはまちがいない。そのことはあとがきで山田航も指摘している。多用されている直喩が単なるイメージの単純な衝突にとどまらず、もはや「変身」の域にまで達していると山田は書いている。「変身」とは、直喩によって喩えられた物に本当に変化しているという意味である。

 すでに見たように上に引いた歌にも喩がある。二首目ではラジオから流れる雑音が荒れ狂う海に、三首目では終電が閉じてゆくファスナーに、五首目ではペンの縦線が雨に喩えられている。山田はこのような喩が変身作用を発揮して、toron*の歌の世界をファンタジーに変えていると解説している。しかし私は喩が現実世界をファンタジーに変える装置というよりは、現実の彼方へと下ろす測鉛であり、それによってポエジーが立ち上げられているのではないかと感じるのである。

 よく知られているように、古典和歌は喩の宝庫だったが、子規による短歌革新運動によって「写生」が王道となったため喩は御法度となった。対象を正確に写生するのに喩は不要どころか邪魔になるとされたためである。喩を全面的に復活させたのは前衛短歌であり、なかんずく塚元邦雄は斬新な喩の持つイメージ喚起力を最大限に利用したことは周知の事実だ。

 短歌に限らず俳句においても詩においても、比喩はポエジーを作り出す有力な手段として使われている。たとえば松本たかしの代表句を見てみよう。

金魚大鱗夕焼の空の如きあり

 金魚鉢に一匹の大きな金魚が悠然と泳いでいる。鰭の大きなランチュウだろうか。金魚鉢も昔風の球形で、縁が切支丹バテレンの服の襟のように波打ったものだろう。球形の金魚鉢は凸レンズの働きをするので、中の金魚が実物よりも大きく見える。その様を西の空を真っ赤に染める夕焼けに喩えている。この句の眼目が「夕焼の空の如き」という直喩であることは言を待たない。アララギ派が喩を御法度としたのは歴史的に見れば例外的なことなのである。

 そのように詩や短歌にとって大事な比喩なのだが、その機能についてはあまり分析がなされていないように思う。例外は永田和宏で、第二歌論集『喩と読者』(而立書房、1986年)では第2章をまるまる比喩論に当てている。その中の「喩の蘇生」という文章で永田は「喩とは何か?」と問い掛けて、喩の効果について次のように書いている。

「これらの直喩の効果は、もともとは存在しなかった共通性を、作者の眼が独自に見つけだしてきて、それを、自分では決して直接に結びつけ得ない微妙さの中に架橋しようとしている・・・・・・・・ところにあると思われる」

 そして永田は次のように「能動的喩」を推奨する。

「世界が秘めている意味、潜在性として蔵している価値、それらを一回性のものとして剔抉してくれるような喩、それを私は、より巧みに表現するための喩と区別して〈能動的喩〉とでも呼びたいと思っている」

 「AのようなB」という直喩では、もともと遠い関係にあったAとBと結びつけるのだが、それは「お盆のような月」のような陳腐なものではだめで、作者の独自の目線が発見したものであり、それによって私たちの世界の見方が新しくなるような喩でなくてはならないと永田は述べているのである。それは確かにそのとおりなのだが、永田の文章でも比喩の機能が言い尽くされているとは言いがたい。詩や短歌に限らず私たちは日常の言葉でも比喩を使う。「錆び付いた鉄の扉を開けるような音がした」などと表現することもある。そもそもなぜ比喩は必要なのだろうか。

 私見によればその答は文化人類学者レヴィ=ストロースが提唱したブリコラージュ  (bricolage)という考え方にある。ブリコラージュ とはフランス語であり合わせの材料と工具でする日曜大工を意味する。レヴィ=ストロースはいわゆる未開民族の文化を詳細に分析して、彼らの文化の特徴をこの用語で特徴づけた。ブリコラージュ的思考では用途に合ったものを一から作るのではなく、身近にあるありあわせの物を利用して用を足す。重要なのは私たちが話している言語には、まさにこのブリコラージュ的な性質があるという点である。私たちが語ろうとする世界は無限に多様なのに、言語が提供する手段は有限だからである。

 例を挙げよう。人類は古くから航海していたので、船に関する語彙は豊富にある。しかし宇宙飛行はたかだか半世紀前に始まった新しい事態だ。このため宇宙飛行に関する語彙は、宇宙船 (space ship)、船長 (captain)、乗組員 (crew)、母船 (mother ship)など航海時代の語彙を転用している。古い語彙で新しい事態に対応する。これはまさしくブリコラージュである。フランス語で自動車の運転手はchauffeurという。これは蒸気機関の時代の釜炊きをさす語である。今のガソリンエンジン車ではもう石炭はくべないが、この語は「ボイラーを熱する」という元の意味を失い、乗り物を運転する人という意味に特化して生き延びた。ソムリエが曰く言い難い微妙なワインの味を表現するとき、その芳香を直接に表す語彙はないので、「苔とリンゴ酢の混ざったような香り」などと言い表すのも同じことだ。

 比喩が重要な働きをしているのはこのためである。初めて目にした光景や、心の中に湧き上がった経験したことのない感情に、既存の言葉を当てることができないとき比喩は輝く。例えば次の安永蕗子の歌の直喩がそうだろう。

つきぬけて虚しき空と思ふとき燃え殻のごとき雪が降り来る

 詩や短歌や俳句において比喩が重要な役割を果たしているのは、比喩が既知の現実の外部に拡がる広大な未知の領域に向かって垂らす測鉛だからである。toron*の歌において比喩はこのような働きをしているように思われる。

拳へと固めた指をひとつずつほぐしてやるよう百合根を洗う

その喉に青いビー玉ひと粒を隠して瓶はきっと少年

きみもまた降りるイメージで語るのか螺旋階段を死に喩えれば

何処にもない国の祈りの所作に似る石鹸で手を洗うそのたび

 たとえば一首目、なぜ百合根が握り締めた拳に見えたかたというと、作中の〈私〉が激しい怒りを感じる体験があったからである。ここではその体験を直接に語らず喩へと昇華している。二首目はラムネの瓶を詠んだ歌。近頃ではプラスチック製の瓶もあるが、ここは緑色に輝くガラス瓶と取りたい。ラムネ瓶の口に封入されているビー玉を少年の喉仏に喩えているのだ。そんな比喩は今まで見たことがない。三首目は比喩そのものを歌にしている。螺旋階段を人の死に喩えると、限りなく天上に上昇してゆくイメージもあるはずなのだが、君は他の人たちと同じように降りてゆくイメージで語るという。そこに一抹の落胆と諦念が感じられる。四首目はコロナ禍の日常を歌にしたもの。石鹸で手を洗う動作を祈りの所作に喩えることで、私たちの心に灯る祈りの気持ちを表現している。それぞれを言葉にすれば、怒り、青春性、諦念、祈りとなるのだが、歌はそのような既知の言葉では捉えることのできない明滅するような感情の襞を表現している。

 第32回歌壇賞の候補作となった「犬の目線」は、第4章に独立して収められている。冒頭に寺山修司の『地獄篇』がエピグラフとして付け加えられている。

雨だね、とざらつく点字を撫でているまだ眼の見えている子供たち

百匹の犬ひき連れている母が受け止めていたあたらしい雨

山折りを谷折りにして蝶になる。そうだろう、そんな眼に合わせたら

飲み干したデカビタの瓶、重たくていつか捨てたくなるのか犬を

 選考座談会では、東直子と水原紫苑が○を付けている。東は「犬の歌だけどピックアップしてみるといろんな読み方ができる」と評し、水原は「強烈なイメージと言葉の組み合わせがおもしろい」と述べている。一方、吉川宏志は「比喩を重ね塗りしすぎているところがありわからなくなっている歌がある」と言い、三枝昻之は「『犬』が必要だっだたろうか」と疑問を呈している。

 本歌集に収録された他の歌と明らかにテイストがちがう。思うにtoron*は歌壇賞に応募するために連作を作らねばならないと考えて、軸となる主題を立てようとしたのだろう。それが「犬」だったわけだが、あまり成功しているとは言い難い。toron*のように一首ごとに喩を入れることで歌の地平を拡大しようとする作風は、結果的に一首の屹立性が高くなり、一首ごとに新しい物語が立ち上がるので連作には不向きなのだ。他の章に収録された歌のほうが断然いい。

花びらがひとつ車内に落ちていて誰を乗せたの始発のメトロ

鯖味噌煮定食だったレシートが詩に変わりゆく古本のなか

ベツレヘム。生まれてきてから知ることの遅さで届くこの遠花火

やわらかく抗うひとを思い出す目地の通りに割れぬ板チョコ

青缶のニベアを仕舞うそうやって夏のいつかをまた思い出す

はつ雪と同じ目線で落ちてゆくGoogleマップを拡大させれば

ぼくよりも濃い夏がありタイトルの茶色に焼けた岩波文庫

 二首目のようにレシートを詩集の栞に使うとそれが詩に変わるという発想や、六首目のマップのズームインを雪の降下に喩えた喩は新鮮だ。三首目もいろいろな読み方ができるが不思議と魅力的な歌である。

 最後に老婆心ながらtoron*という筆名はあまりいただけない。性別もわからない無機的な筆名は歌の想像力を刺激しない。短歌はどんなに遠くへ放っても、最終的にはブーメランのように人へと戻ってゆくので、できれば実在性のある名前のほうがよいと思うのだがどうだろう。

【追記】

 『短歌研究』2023年11月号の山田航との対談でtoron*は筆名の由来を明かしている。プレステ用ゲームの「どこでもいっしょ」に登場する「井上トロ」というキャラが好きでそこから取ったという。アスタリスクを付けたのは単にかわいいと思ったかららしい。「ラドンの放射性同位体」などと的外れの推測をしてご本人に迷惑をかけたとしたらお詫びする。(2023年11月4日)


 

第323回 松野志保『われらの狩りの掟』

ガラス器の無数の傷を輝かすわが亡きのちの二月のひかり

松野志保『われらの狩りの掟』 

 第一歌集『モイラの裔』(2002年)、第二歌集『Too Young To Die』(2007年)に続く著者の第三歌集である。第二歌集から実に14年の歳月が流れているので、久々の歌集ということになる。そっけない散文的なタイトルが多い昨今の流れに逆らうように、ロマンチシズムに溢れた題名である。「われら」とは誰なのか、何を「狩る」のか、想像が膨らむ。ヘミングウェイが前もって何通りもの小説の題名を用意していたのは有名な話だが、作品のタイトルは重要である。歌集のタイトル論を一度書きたいくらいだ。

 ある人がどんな場所に立っているかは、現在いる場所だけを観察していてはわからない。以前どこにいたのか、そして今後どこに向かおうとしているのかという変化を見ることで、今いる場所がわかる。人の本質は変化の中にこそ顕現するという側面があるからである。

 松野の短歌と言えばBLと打てば響くように答が返って来そうなくらいだが、本歌集を一読してBLの香りが薄れていることに驚いた。第一歌集では自分を「ぼく」と呼ぶ少女とやおいの世界との関係の緊張感が歌集を一貫して流れていて、第二歌集ではそれが「二人の少年」の紡ぐ物語へと変化していた。『われらの狩りの掟』ではそのどちらも影を潜めているのだ。もっとも歌誌『月光』の2021年12月号の特集で、松野はインタヴュアーの大和志保に、今回のBLの元ネタは「戦国BASARA」と「テニスの王子様」と「ゴールデンカムイ」だと明かしているので、私がその方面に鈍くて気づかないだけかもしれない。しかし松野は同時に「メイン食材ではなく隠し味程度に入っている」とも語っているので、やはりBLの香りは前作に比べれば少なくなっているのだろう。とはいえ次のような歌に依然としてそれを感じる人はいるかもしれない。

盲いても構わなかった蝶が羽化するまでを君と見届けたなら

プールのあと髪を乾くにまかせてはまだ誰のものでもないふたり

死もかくのごとき甘さと言いながら口うつされる白い偽薬プラセボ

 本歌集を読みながらあらためて私が感じたのは、「自分の世界」を持っている歌人とそうでない歌人がいるということだ。「自分の世界」と言うとすぐ頭に浮かぶのは、塚本邦雄、井辻朱美、紀野恵、松平修文、といった歌人たちである。初期の黒瀬珂瀾を加えてもいいかもしれない。その世界の立ち上げ方はそれぞれ異なる。塚本は古今東西の文学や映画についての博覧強記と日本の古典への造詣によって、他の追随を許さない美の世界を創り上げた。井辻はファンタジー文学を梃子としてどこにもない世界を描いているし、紀野も古典に立脚しながらフムフムランドという架空の国を作って君臨している。松平は絵画的な幻想に満ちたしかしどこか懐かしい世界を密やかに紡いだ。初期の黒瀬が立ち上げた世界はサブカルを梃子としている。大まかに言うと、このような歌人たちは近代短歌のメインストリームである「写実」と「リアリズム」に背を向けた人たちである。

 一方、近代短歌のメインストリームの上質な部分が実現しようとしているのは、写実を通しての現実の更新だろう。

円形の和紙に貼りつく赤きひれ掬われしのち金魚は濡れる

                  吉川宏志『青蝉』

石段の深きところは濡らさずに雨は過ぎたり夕山の雨

             吉川宏志『鳥の見しもの』

立ち読みをしているあいだ自転車にほそく積もりぬ二月の雪は        

 いささか古い例を持ち出して恐縮だが、こういう業の冴えで吉川の右に出る人はいない。「円形の和紙」は金魚すくいで使うポイだがそうとは言わず、「赤きひれ」というメトニミーで金魚を表す技巧もさることながら、この歌のポイントは、金魚が水中では濡れているように見えず、水から出て初めて濡れて見えるという発見である。同じことは石段の深い所までは濡らさず過ぎたということで驟雨の短さを表した二首目にも、雪が自転車のパイプの上部だけに細く積もっているという三首目にも言える。普段から見ている光景をこのように表現されると、いきなり焦点のピタリと合った眼鏡に掛け替えたように、目の前の現実が今までとは違ってみえる。これが「現実の更新」効果である。

 一方、「自分の世界を持っている人」がなぜ現実とは異なる世界を立ち上げるのかというと、その主な理由は端的に言って「浪漫を追い求める」ことにある。時に「浪漫」は「美」と置き換えてもよい。私たちが日常暮らしている日々にほぼ浪漫の影はない。唯一の例外は激しい恋である。浪漫を追究するためには、埃臭い現実を離脱して別の世界に行かなくてはならない。だから自分の世界を言葉によって立ち上げることになる。

 前置きが長くなったが、松野はもちろん自分の世界を持っている歌人である。松野は本歌集のあとがきに、「私にとっての短歌とはずっと、失われたもの、決して手に入らないものへの思いを注ぎ込む器だった」と書いている。決して手に入らないものの代表格は絶対的な愛への希求である。それに手が届かなければ届かないほど、遠くにあればあるほどそれは激しく美しく輝く。松野がやおいやBLに傾倒するのは、やおいやBLが描く世界が、女性である松野にとって決して手の届かないものだからに他ならない。

日蝕を見上げたかたちで石となる騎士と従者と路傍の犬と

武器を持つ者すべからく紺青に爪を塗れとのお触れが届く

革命を遂げてそののち内裏には右近のからたち左近の柘榴

荒天に釘ひとつ打つ帰らざる死者の上着をかけておくため

アストンマーティン大破しておりその窓にかこち顔なる月をうつして

 松野が描く世界の特徴は、どこの国かいつの時代かがまったくわからないという点にある。たとえば一首目では騎士と従者が登場するがもちろん現代にそんな者はいない。二首目は戒厳令か武装蜂起を彷彿とさせる歌だが、これもどこの国かわからない。三首目に到っては内裏と右近・左近が出てくるので日本のことかと思うと、配されているのは桜と橘ではなくからたちと柘榴である。歌の中に散りばめられているアイテムは現実に対応するのではなく、かといって単なる心象風景を描くためのピースでもなく、思う存分浪漫を注ぎ込める世界を押し上げるために使われているのだ。その意味ではこのメソッドはRPG的想像力と姉妹関係にあると言えるかもしれない。

巻き戻すビデオグラムに抱擁は下から上へと降る花の中

さきの世のついの景色かゆらめいて水の下より見る花筏

 しかしどこの国のどの時代かわからないアイテムを積み重ねても、単純に異世界が現出するわけではない。そこには一定の工夫が必要である。その工夫のひとつは視点の転換である。たとえば一首目では、ビデオの録画を巻き戻すと、降り散る桜の花びらが下から上に向かって降っているように見えると詠われている。それはいわば時間を巻き戻しているのと同じことである。二首目ではふつう上から眺める花筏を水中から仰ぎ見るという視点の転換が衝撃的だ。作中主体が潜水しているわけではなく、おそらくエヴァレット・ミレ描くオフィーリアのように土左衛門になって流されているのである。

ウェルニッケに火を放てそののちの焦土をわれらはるばると征く

わだつみの岸にこの身を在らしめて針のごとくに降り注ぐ雪

この掌のつぶての無力ほろほろとアイスクリームの上のアラザン

 一首目は歌集の帯に印刷されている歌である。ウェルニッケ野とは大脳左半球にあり言語理解を司る部位のこと。そこに火を放つとは、この世に溢れている無意味な言葉を焼き尽くせということだろう。そうして焦土と化した原野にこそ新しい詩の言葉は生まれるという覚悟の表明である。とは言うものの作者は自らの言葉の無力さも自覚している。三首目にあるように、自分が投げつける言葉の礫は非力で、氷菓の上に散らされたアラザンのようなものだと慨嘆するのである。

 本歌集を読んで「おやっ」と思ったのは、第2部冒頭の「放蕩娘の帰還」である。

絶えるともさして惜しくもない家の門前に熟れ過ぎた柘榴が

ピンヒールのブーツで萩と玉砂利を踏みしめ帰る また去るために

井戸水にひたせば銀を帯びる梨捨てたいほどの思い出もなく

秋茄子がほどよく漬かるころ祖母の遺言状に話は及び

午後の日に背を向けて座す伯母たちの足袋はつか汚れつつあり

 どうやら作中の〈私〉は、祖母が亡くなり遺産の分配を相談する親族会議のために、長年足を向けることのなかった故郷の生家に戻って来ているらしい。ここには異世界を立ち上げるアイテムはなく、松野の短歌にはかつてないほど現実に接近している。詠まれている内容はもちろん虚構だとしても、山梨県の甲府で少女時代を過ごし、大学に進学してここを出て行きたいと切望していた過去の自分がどこか投影されていることはまちがいない。

 『月光』2021年12月号の特集を読んで、松野の卒論が森茉莉だったと知ってなるほどと得心した。また短歌を始めたきっかけが雑誌『MOE』で林あまりが選歌を担当していた短歌投稿コーナーだとも語られていた。『MOE』からは東直子も世に出ているし、穂村弘のデビューにも林あまりが深く関わっていたのだから、今の短歌シーンにとって林の果たした役割は加藤治郎と並んで大きかったのだとあらためて思った次第である。

第322回 鈴木晴香『心がめあて』

桜花コンクリートに溶けてゆくひとひらにひとひらのまぼろし

鈴木晴香『心がめあて』

 桜の花びらがコンクリートの土台か何かに散っているのだから、季節は晩春である。風が吹くと花びらはいっせいに散る。コンクリートに散った花びらは、やがて雨に打たれて色と形をなくす。歌の中の〈私〉は、色褪せて形をなくした花びらの一枚一枚に花の盛りの幻を見る。惜春の歌であると同時に、失われてゆくものたちを惜しむ歌である。下句の「ひとひらひと/ひらのまぼろし」が句跨がりになっていて、「ひとひら」の反復がリフレインのように散り続ける桜の音的メタファーになっている。散る桜を詠んだ歌は数多いが、その中でも印象に残る歌だ。

 鈴木晴香は1982年生まれ。穂村弘が選句をする雑誌「ダ・ヴインチ」の投稿をきっかけに作歌を始めたという。全3巻の『短歌ください』としてまとめられたこの投稿欄は多くの歌人を生み出した。第一歌集の『夜にあやまってくれ』は2016年に書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの一巻として上梓された。『心がめあて』は2021年に出た第二歌集である。鈴木は一時フランスに在住し、パリ短歌会でも活動していたようだ。現在は「塔」の編集委員、「西瓜」の同人で、京都大学芸術と科学リエゾンユニットのメンバーだという。リエゾンとはフランス語で「つながり、連結」という意味。

 さっそく何首かランダムに引いてみよう。

まだ君と出会わなかったいくつかの冬に張られていた規制線

思うよりずっと遠くにあるのかもしれない雨の流れ着く先

誰ひとり未来の記憶を持たないでラストオーダー訪れている

初夏も遅夏もずっと閉じているショコラトリーから始まる九区

ブランコに坐って君を待っている天動説が新しい夜

 一首目の「君」は現実の、あるいは仮想の恋人だろう。君と出会う前の私の住む世界には規制線が張られていたという。規制線とは警察が立ち入り禁止の区域を示すために張り巡らせる黄色のテープのこと。これは〈私〉の心を縛り動けなくするものの喩だろう。〈私〉は「君」と出会うことで規制線から自由になったのだ。この歌にも「冬に張られて/いた規制線」という句跨がりがある。二首目、降った雨は地下に染み込み、排水路を通って川に流れ、やがては海に注ぐ。その行程は思ったより遠いものかもしれないという歌。字面通りに読んでもよいし、歌全体が短歌的喩だと読んでもよい。三首目、未来は字のごとくに未だ来ざるものだから、誰もそんな記憶は持っていない、ファミレスの座席に坐って飲食をしている私たちは、一瞬先すら見えない時間というジェットコースターに乗り合わせている乗客のようなものだ。そして気がつけば閉店の時刻が迫り、ラストオーダーを頼まなくてはならない。四首目はパリの歌。9区とはパリの右岸でガルニエ設計の旧オペラ座がある地区である。ショコラトリーとはチョコレート屋のことで、夏の間は店を閉めているところが多い。パリは緯度で言うと樺太くらいなので、夏でも30度を超すことは滅多にないが、それでも気温が高いのと、主要な客である富裕層がヴァカンスでパリから居なくなるためである。季節感と風物がうまく取り入れられた歌となっている。五首目、人気のない夜の児童公園でブランコに乗って「君」を待っている。恋人を待つ心は躍り、自分がいるこの地球が宇宙の中心だと感じられる。恋は地動説すら否定するのである。

 「ダ・ヴインチ」の投稿欄やインターネットで短歌を始めた人たちの短歌には、いくつか共通する特徴がある。その一つ目は短歌を自分の心を盛る器と見なしている点だ。鈴木もその例外ではなく、自らの淋しい心、悲しい心、嬉しい心を歌にしている場合が多い。俵万智も『短歌をよむ』(岩波新書、1993)で、「短歌を詠むはじめの第一歩は、心の『揺れ』だと思う。どんな小さなことでもいい、何かしら『あっ』と感じる気持ち。その『あっ』が種になって歌は生まれてくる」(p. 86)と書いているのだから、そう考えている人は多いだろう。ただし公平を期するために付け加えておくと、俵は心の揺れが種となると言っているだけで、そこから短歌が生まれるまでには長い距離がある。「あっ」をポエジーに昇華させるには技術が必要なのは言うまでもない。それがアート (art) というものだ。

 もうひとつの特徴は、近現代の短歌史から切れていることである。明治に始まる近代短歌やそれに続く現代短歌を読み、それを踏まえて自分の歌を作るということがほとんどない。近現代短歌運動は先行する世代の否定から始まる。「あんな歌はだめだ、私たちは新しい歌を作る」という運動が、モダニズム短歌や口語短歌や前衛短歌やニューウェーヴ短歌を生み出した。しかるに「ダ・ヴインチ」の投稿欄やインターネットで短歌を作る人たちには、先行世代の否定という考えはおそらくない。歌は個人消費されるに留まるのである。

 断っておくがそれが悪いことだと言っているわけではない。短歌観は多様であってよいし、人には人それぞれの短歌との接し方がある。だからそのようなものとして読むということに尽きる。

ハイウェイの入り口かもしれない道を黙って進むときのアクセル

思い出は増えるというより重なってどのドアもどの鍵でも開く

薄闇に向かって開いている扉うまれてきた日を覚えていない

雨の日のロストバゲッジほんとうのところ失われたのはわたし

 通読すると収録されている歌で最も多いのは、相手(君)に心が届かない、あるいは心がすれ違うという歌群で、その次に目に付くのは上に引いたように、自分が進むべき道を迷っているという歌群である。一首目ではさしかかった道が高速道路なのか自信が持てないのにアクセルを踏み込んでいる。二首目では誰かと過ごした日々がそれぞれ別の部屋のように記憶の中に保存されている。三首目では薄闇に向かって開いている扉がどこに続くドアなのかがわからない。それは誕生の記憶の欠落と対をなしているかのようだ。四首目は空港でスーツケースが行方不明になったのだが、実はロストなのは自分ではないかと顧みている。

奪うほどではない。冬の路上には麻酔の効いているような風

逆上がりもう永遠にしないだろう手のひらにまだ鉄の匂いが

小説を抱いたままで眠り込む白鳥を胸に乗せるかたちで

もうしばらく来ない世紀末のことを思うとき巡ってくる警備員

燃え尽きるまでが花火であるためにわたしたち青い夜の引き際

貯水池が雨を静かに受け入れるはじめからひとつだったみたいに

チョコレイト眠る冷蔵庫の中に贖罪のように白い牛乳

自転車は鉄パイプだと思うときその空洞に満ちてゆく海

記憶から滅んでゆくね指よりも多いアルファベットに触れて

 特に印象に残った歌を引いた。とりわけ八首目「自転車は」では幻想の中で自転車のパイプの中に満ちる海が美しい。九首目の「記憶から」は、アルファベットに象徴される文字を獲得したヒトという種の悲しみを詠んだ歌である。無文字社会の人たちは驚くほど記憶力がよいという。文字を得ると書き留めておけば忘れてもかまわないため、文字と引き替えに私たちは記憶力を失った。こういう主題を詠んだ歌は珍しいので注目される。

 最後に第一歌集『夜にあやまってくれ』から秀歌を一首引いておこう。

自転車の後ろに乗ってこの街の右側だけを知っていた夏

 

第321回 横山未来子『とく来たりませ』

夕風のいでたる庭を丈たかき百合揺れてをり花の重みに

横山未来子『とく来たりませ』

 次の歌集の出版が待ち遠しく、出たらすぐに読む歌人が何人かいる。横山未来子は私にとってはそんな歌人の一人だ。横山ほど短歌を読む喜びを感じさせてくれる歌人はそうはいない。第一歌集『樹下のひとりの眠りのために』(1998年)、第二歌集『水をひらく手』(2003年)、第三歌集『花の線描』(2007年)、第四歌集『金の雨』(2012年)、短歌日記の『午後の蝶』(2015年)、すべて読んだ。『とく来たりませ』は2021年に上梓された第五歌集である。歌集タイトルは、メシアの出現を待ち望む賛美歌から採られている。「とく」は「疾く」、つまり「早く」のこと。

 『樹下のひとりの眠りのために』について書いたコラムで私は「時間の重み」をキーワードのひとつとして挙げた。本歌集にもそれは依然として感じられるものの、一読して脳裏に浮かんだ言葉は「恩寵」である。本歌集には一首だけその言葉が使われた歌がある。

かなしみはかなしみのまま透明なる恩寵の降る木の間をゆけり

 恩寵とは神が人間に与える無償の愛であり、キリスト者である横山にとっては特別な意味を持つ言葉だろう。恩寵は天からあまねく降り注ぐものであるが、たとえば掲出歌を見てもそれが感じられる。掲出歌は一見すると単なる叙景歌である。「夕風」で時間がわかり、「庭」で場所が知れる。自宅の庭に咲く百合の花が夕方の風に揺れているという光景を詠った歌である。しかしそれは歌の表面的な意味にすぎない。叙景の裏側に隠れている意味は、「かく在ることの重み」であり、「かく在ることの有り難さ」である。ここで「有り難さ」というのは、存在することが難しく稀だという元の意味で使っている。〈私〉が今ここに居て、庭の百合の花が風に揺れているのを眺めていることが奇跡であり恩寵なのだ。

 思えばそれは近代短歌・現代短歌が手を変え品を変えて表現しようとしてきたものかも知れない。それは「一期一会」と呼ばれることもあり、穂村弘はそれを「生の一回性の原理」と呼んだ(『短歌の友人』所収の「モードの多様化について」)。それは誰も人生は一度しか生きられないという当たり前のことではなく、たとえ尾羽うち枯らして落魄していようが病の床に伏せっていようが、〈私〉が今ここに在るという瞬間の輝きは失せることがないというほどの意味である。掲出歌に限らず横山のどの歌からも濃厚に感じられるのは、この意味での「生の一回性」であり、今かく在ることの有り難さである。

水に触るるごとくにかをりにふれて見る薄日のなかの梔子の白

柘榴六つすべて色づきたるを見ぬ今年の秋にわれは立ち会ひ

去年の実の黒きをあまた垂らしをりあたらしき香の花のあはひに

三輪草群れゐるあたりゆるやかにみひらくごとく届く陽のあり

八月の夕ぐれの風ひろがりて蜘蛛の巣とほそき蜘蛛をあふりぬ

 本歌集に収録された歌のほぼすべてが叙景歌なのだが、上に述べたようなことが的を射ているのならば、横山の歌は何を描いていようとも「今かく在ることの有り難さ」という根源的な主題の変奏曲だとも見なすことができよう。『現代短歌100人20首』(邑書林、2001年)に短歌が収録された折に、編集委員の求めに応じて答えた「作歌の信条」に、「言葉の持つ力を活かしながら、生を基盤とした歌を作っていきたい」と横山は書いているので、あながち的外れとも思えないのである。

 とはいうものの根源的な主題を歌に変えるにはそれなりの技法と手腕が必要である。たとえば一首目、梔子の強い香りが漂って来る。それを「水に触るるごとくにかをりにふれて」と表現していてうっとりする。二首目は庭にある柘榴の木になった実がすべて紅く熟したという歌で、ポイントは「今年の秋」にある。三首目は今年咲いた花の間に去年実った実が残っているという歌で、ここにも流れる時間意識が表れている。四首目も美しい歌で、三輪草の群れるあたりに照る日光はそのまま恩寵である。

 本歌集を通読して改めて感じたのは、微細なことに気づく横山の感覚の鋭敏さである。それはたとえば次のような歌に感じられる。

卓を垂るる檸檬の皮のゑがかれて螺旋の内にひかり保たる

かすかなる音を聞きたり紙にあたり折りかへさるる穂先の跡に

テーブルの日差しは本をのぼりきて紙にありたる肌理をうかべぬ

ひとの靴のありにしあたりまはりたる風のかたちに枯葉のこりぬ

 一首目はおそらく展覧会で見たフランドル派の写実的な静物画だろう。銀色のナイフで剥かれたレモンの皮が螺旋形に垂れているのだが、その皮の内側に光が宿っているところに注目している。二首目は書の展覧会を見た折の歌で、筆の穂先が紙に当たるかすかな音がまるで聞こえるようだと詠っている。三首目は午後の陽が傾いてテーブルに開いた本にまで届くと、紙の表面の微細な凹凸が影を得て顕わになるという歌。四首目は庭先に訪問客の靴が脱いでおかれていたのだろう。もう客は帰ったので靴はないが、靴のあったあたりだけ枯葉が落ちていないという歌である。何かがあることに気づく歌は多いが、この歌のように何かがないことに気づくのは存外難しいことだ。これらの歌の描写の微細さは、「昼しづかケーキの上の粉ざたう見えざるほどに吹かれつつあり」と詠った幻視の女王葛原妙子を思わせるものがある。

 もうひとつ留意すきべきなのは、多くの叙景歌において歌中の視点主体の位置が明確だという点である。

肩で傘ささへてあゆむをさな子の後ろをゆけば傘の柄見ゆ

ゆふぐれは窓よりにじみゆふぐれを歩みてをらむ人をおもはす

座席よりあふぎてゐたり組みあはむとする両の手のごとき並木を

父親のせなに眠れるをさなごの靴の片方脱げゐるが見ゆ

褐色に朽ちたる花もかかげつつ幹ふとき木はわれを仰がしむ

 一首目、前を歩いている子供には傘が重すぎるので肩で支えている。すると傘が後ろに傾ぐので、傘の布面に描かれた図柄がよく見えるという歌。子供の後ろを歩く〈私〉の位置が明確である。二首目は室内にいて窓の外を眺めている歌。「ゆふぐれ」がルフランのように反復されて効果的だ。三首目では「座席よりあふぎて」によって、〈私〉が自動車の座席に坐っており、窓かルーフウィンドウを通して外を眺めていることがはっきりわかる。四首目では父親の背に負われて眠っている幼児を背後から見ているのである。五首目では結句の「われを仰がしむ」によって〈私〉が大樹の根方にいることがわかる。近年、視点主体の位置取りがわからない歌が増えたように感じるが、横山の歌ではたいてい視点主体の位置がはっきりとわかる。

 思えば明治期の短歌革新運動で、短歌が「自我の詩」と規定されたことにより、歌の中に〈私〉が入り込んだ。それと平行的に歌の主体の不動の視点が制度化されていく。このような経緯を考えると、横山の短歌は近代短歌が制度化した技法をいまだ忠実に守っている例と捉えられるかもしれない。そのためもあってか、横山が1996年に「啓かるる夏」で短歌研究新人賞を受賞したとき、選考委員の塚本邦雄に「隔靴掻痒の感がある」と評され、他の選考委員からも「新しさがない」と言われたという。新人賞では従来の短歌にはない新しさが求められることが多いので、近代短歌の王道を行くような横山の歌は新人にしてはおとなしすぎると感じられたのかもしれない。しかしながら、「新しさ」が本当に必要な美質なのかは一考の余地があろう。

 いつものように特に心に残った歌を挙げておく。

枯芝にまじるひらたき雑草に影ありてわが影につながる

アルミ箔破らむときに手にひびくあかるさとして星は死にたり

外光のふかく入る頃わがまへに置かれたる白きカフェオレボウル

滅びむとする夏としてことごとく雨に項垂るるしろき百合あり

丈ひくき草に入りたるしじみ蝶薄暮のいろの翅を閉ざしぬ

口あけたる無花果の蟻の這ふ日ぐれほろびへ向かふもののこゑせり

花のひかり落つる水面をすすみゆく水鳥に花の冷えは移らむ

木の下の落ち葉は雨にぬれずあり濡るるものよりしろき色にて

 最後の「木の下の」の歌などは、巧者吉川宏志を彷彿とさせるような発見の歌である。四首目「丈ひくき」の「薄暮のいろ」もなかなかに美しい。私が最も「恩寵」を感じ、本歌集を代表するような歌と思ったのは次の歌である。

充ちながらそこにあるべき木木のもとへ運ばむとせりけふのいのちを

 「そこにあるべき」と詠われているのだから、「そこにあるにちがいない」あるいは「そこになくてはならない」木は、今はまだそこにないのである。それは今ここに在ることに充ちている木であり、その木は自らのあるべき姿の喩として屹立している。〈私〉はそんな幻視の木に向かって今日も命を運ぶのである。