第167回 フラワーしげる『ビットとデシベル』

性器で性器をつらぬける時きみがはなつ音叉のような声の優しさ
              フラワーしげる『ビットとデシベル』
 ついにフラワーしげるの歌集が出た。これは取り上げて論評せずばなるまい。「新鋭歌人シリーズ」を出している書肆侃侃房から「現代短歌シリーズ」の刊行が始まっていて、フラワーしげるの歌集はこの一巻として上梓された。ちなみにこのシリーズからは、千葉聡『海、悲歌、夏の雫など』、松村由利子『耳ふたひら』、笹公人『念力ろまん』、佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』がすでに刊行されている。出版のテンポといい歌人の顔ぶれといい、書肆侃侃房は文句なしに今いちばん元気のある歌集出版社である。
 さて、フラワーしげること西崎憲は、「かばん」購読会員を自称しており、「かばん」を購読はしているが、短歌の寄稿はしていない。フラワーしげるが短歌シーンに登場したのは、2007年『短歌ヴァーサス』11号の第5回歌葉新人賞の応募作品「惑星そのへん」である。「フラワーしげる」という人を食った筆名と同様に、「惑星そのへん」というタイトルも実に適当だ。ちなみにこのとき荻原裕幸が「短歌にたいする悪意を感じる」と選評に書いているが、本人はそんなつもりは微塵もなかったので、これを読んでびっくりしたという。
 フラワーしげるは続いて、2009年の短歌研究新人賞に「ビットとデシベル」、翌2010年に「世界の終わりとそのとなりの社員食堂」、2014年に「二十一世紀の冷蔵庫の名前」で応募し、候補作まで残ったが受賞は逃している。今回の歌集はそれらの応募作品を中心に編まれたものと思われるが、『短歌研究』誌に応募作品の全数が掲載されているわけではないので確認はできない。
 一読して気づくのは、短歌研究新人賞応募作には含まれていたのに、歌集を編む際に落とされた歌がたくさんあることである。
ただひとりの息子ただひとりの息子をもうけ塩のなかにあるさじの冷たさ
                      「ビットとデシベル」
死の影には驚くところはなにもなくただ病院の廊下をやってきて連れていった
南北の極ありて東西の極なき星で煙草吸える少女の腋臭甘く
ここが森ならば浮浪者たちはみな妖精なのになぜいとわしげに避けてゆく美しい母子よ
待つものも待たざるものもやがてくる花粉で汚れた草の姫の靴
                「世界の終わりとそのとなりの社員食堂」
この機は黒いヒタチだと痩せた声が言いエレベーター狩りの子ら去る
むかしガールスカウトを失格したきみの肩がプールをすこし隠して
網から逃げてゆく人間が手にもつビニール袋に見える人間
棄てられた椅子の横を通りすぎる 誰かがすわっているようで振りむけない
                    「二十一世紀の冷蔵庫の名前」
オレンジのなかに夜と朝があって精密に世界は動いていた 私はそこで生まれた
わたしが世を去るとき町に現れる男がいまベルホヤンスク駅の改札を抜ける
 もったいないなあと思う。いずれもフラワーしげるの歌の中でも良質なものだからだ。邪推するならば、「ビットとデシベル」で落とされた歌は、新人賞の選評で取り上げられた歌で、選考委員によってあれこれ分析されたため、色が付くことを嫌って落としたとも考えられなくはない。「ビットとデシベル」の三首目「南北の」は前回フラワーしげるをこのコラムで取り上げたときに掲出歌として選んだもので、「世界の終わりとそのとなりの社員食堂」の三首目「むかしガールスカウトを」も抒情的で好きな歌だ。落とされたのが残念でならない。
 「ビットとデシベル」の選考会で加藤治郎は、フラワーしげるの短歌は思想詠であると規定し、過去の口語自由律短歌とのちがいがどこにあるかと言うと、たとえば前田夕暮のころは、自分の生活感情を忠実に再現したいという動機があったが、フラワーしげるの場合は、はなから自分の生活感情を表現したいなどとは思っていない点だと述べている。また、「世界の終わりとそのとなりの社員食堂」の選評で穂村弘は、フラワーしげるの歌は結局は散文で、短歌に散文的資産が投入されているのではなく、散文に詩的資産を投入したものだと述べ、短い小説のように見えてしまうと締めくくっている。いずれも鋭い指摘であり、加藤と穂村の指摘をメルクマールとして以下に論を進めたい。それは「なぜフラワーしげるの短歌は長くなるのか」という問いである。
 この点で自由律俳句は自由律短歌と逆のベクトルを示しているのがおもしろい。自由律俳句は17音より短くなることを指向する。ミニマリスムに傾斜するためである。
墓のうらに廻る  尾崎放哉
春風の思い扉だ  住宅顕信
 逆に自由律短歌は31音よりも長くなるのが通例である。しかしそうはいってもフラワーしげるの短歌の長さは群を抜いている。次の歌など48音もある。
小さなものを売る仕事がしたかった彼女は小さなものを売る仕事につき、それは宝石ではなく  『ビットとデシベル』
 しかしこれだけの長さがあっても散文になっていないのは、「小さなものを売る仕事」が二度反復されることで内的なリズム感が滲み出るからだろう。呪文や民謡や唱歌を例に引くまでもなく、反復は詩的言語の原初的特性である。反復されることで言語は意味のくびきから解放されて、音の位相を自由に羽ばたく。
 さて、ではなぜフラワーしげるの短歌は長くなるのだろうか。穂村の指摘するように、短編小説を短歌の詩型に押し込もうとしたならば、31音に入る意味量には限界があるので、はみ出すのは当然だと考えることもできる。ではもう一歩進めて、なぜフラワーしげるは短編小説を短歌の詩型に押し込めようとするのだろうか。それはつまるところフラワーしげるが「セカイ系」だからではないだろうか。
 「セカイ系」とは、2000年代の初めころからサブカルチャーを論じるネット批評などを中心に使われるようになった用語で、〈私〉を巡る恋愛や悩みといった個人的問題が、世界的規模の最終戦争とか、宇宙からの来襲による地球の危機などの、個人を超えた人類レベルの問題に直結する物語群を指すとされている。中学生がある日気づいたら、人類の命運の鍵を握る戦士になっていたというような物語である。
 近代短歌の中核は〈私〉すなわち「個」であり、〈私〉が日々暮らす中でぶつかる問題や心情を詠むのが王道である。〈私〉の周囲には〈あなた〉や家族・学校・職場などがあり、これらは「近景」を構成する。「近景」のもう少し先には「中景」がある。「中景」は近景より少し大きなレベルの視野で、地域や国家が射程に入り、国と国との政治的摩擦や国を超えた環境問題や生物保護などもある。追い込み漁で捕獲したイルカを水族館で飼うことができなくなったなどというのは、典型的な中景問題である。その先にあるのが「遠景」で、もっと大きな世界史的レベルの出来事や世界経済・イデオロギー・思想・宗教がこれに属し、その特徴は生活実感から遠く抽象的だという点にある。「セカイ系」とは、「近景」が「中景」をすっとばして、いきなり「遠景」に接続する物語だと定義できるだろう。
 「セカイ系」という言葉ができてかれこれ15年経過して、この用語が意味する風景が日常普通に見られるようになったことに驚く。そのひとつは「世界観」という用語の氾濫であり、いまひとつは音楽グルーブ「SEKAI NO OWARI」のような、まるでRPGのような楽曲が人気を博していることである。
 フラワーしげるの短歌がこの流れの中にあるとは思わないけれども、西崎憲時代にファンタジーを書いていること、また近作の小説『飛行士と東京の雨の森』も大人向けの童話のような味わいがあることを考えても、フラワーしげるが近代短歌・私小説・自然主義と対局に位置していることは明らかである。「セカイ系」で行こうとしたら、一首の中にひとつの世界を作り出さなくてはならない。バラメータの設定が必要になるのだ。
登場人物はみなムク犬を殺したことがある 本の向こうに夜の往来を見ながら
ぼくらはシステムの血の子供 誤字だらけの辞令を持って西のグーグルを焼きはらう
底なしの美しい沼で泳ぎたいという恋人の携帯に届く数字だけのメール
 一首目、不吉な小説か芝居のト書きのようで、ここでは上句と下句の接続不良が詩的圧縮を生み出している。夜の往来を見ながらムク犬を殺すのではなかろうから、下句には夜の往来を見ている別の主体が想定されているのだろう。二首目は最も設定効果が高い歌のひとつで、「システム」「西のグーグル」あたりに近未来的SFが透けて見える。三首目は、底なしの美しい沼で泳ぎたいと言っているだけで、別に恋人がほんとうに底なしの美しい沼にいるわけではないのだが、上句の光景が残像のように残って下句の意味を支配する。確かにボエジーはまぎれもなく、まるで往年の夢の遊眠社の舞台で幕切れに野田秀樹が叫ぶ詩的な科白を思わせる。
 かと思えば掲出歌や、次のように設定より抒情が勝る歌もある。私はこういう世界を愛しているので、もう少しこのラインの歌があればとも思う。
小さく速いものが落ちてきてボールとなり運動場とそのまわりが夏だった
夜の回送電車ゆっくりと過ぎひとりで乗っている死んだ父
アコーディオンは昼の光に 捨てるから庭でそのまま父は弾く
 野田秀樹のことを書きながら考えたのだが、フラワーしげるのやたら長い短歌は舞台での朗読に向いているのではないだろうか。近代短歌の31音の韻律に縛られないフラワーしげるの短歌を、緩急・強弱のリズムを付けて朗読したら、紙の上で読んでいるときとはまたちがったボエジーが生まれるような気がする。また緩急を付けることによって、ひょっとしたらふつうに朗読した場合の31音の尺になんとか収まるかもしれないなどと考えたりもするのである。

【余談】
 穂村弘の近刊『ぼくの短歌ノート』(講談社)を購入したら、表紙ともう一枚紙をめくった場所に、「はいしゃにいっていませんね?」という文と著者のサインが万年筆で書かれていた。インク吸い取り用紙まで挟んであるので、直筆だと思われる。穂村ほどの人気作家ならば、初版3000部は印刷するだろうが、ひょっとして全部に直筆で書いたのだろうか。それとも何冊かだけに書いてあって、当たった人はラッキーなのだろうか。また、全部に同じ文句を書いたのではなく、一冊一冊書く文句を変えたのだろうか。ちなみに「はいしゃにいっていませんね?」を読んでドキッとした。そういえば最近さぼって歯医者に定期検診に行っていない。どうして知っているのだろう。

第166回 河野美砂子『ゼクエンツ』

プルトップ引きたるのちにさはりみる点字の金色きんの粒冷えてをり
                    河野美砂子『ゼクエンツ』
 必ずしも河野の作風を代表する歌ではないのだが、一読して思わず「アッ」と叫んだ歌を掲出歌に選んだ。そうだったのか。プルトップの横のブツブツは点字だったのか。調べてみると、視覚障碍者がアルコール飲料とジュースなどの非アルコール飲料とを区別するために付けてあるのだという。知らなかったという衝撃がおさまると、あらためてこの歌を味わうことができるようになる。作者はピアニストなので、指先の感覚が一般人よりも遙かに鋭いと思われる。ピアノでは、指先で鍵盤を押すタッチが音楽のすべてを生み出すからである。ふつうの人はプルトップの横にブツブツがあることなどには気がつかない。たとえ指先が偶然触れても、一般人の指先の感覚は鈍いので知覚すらできまい。作者の感覚の鋭敏さをよく表す一首である。
 『ゼクエンツ』は第一歌集『無言歌』から11年の時を経て上梓された第二歌集である。題名の「ゼクエンツ」はドイツ語で、音程などを変えながら反復されるパッセージをさす。英語の sequenceに当たる。
 誰でもそうだと思うが、私は歌集を読むときに、すっと歌集の世界に入って行けることもあれば、入り口で行きつ戻りつを繰り返し、なかなか入って行けないこともある。歌のどの部分に波長を合わせればよいのかがわからず、何度も調律をやり直すのである。しばらく我慢して読み進むと、たいていはその歌人の基本波長と思われるものに行き当たる。そうしたら、その波長をベースラインに設定しておき、そこから上下への変化を感得することができる。河野の場合はどうかと言えば、なかなか入って行けない部類に属する。読者は言葉の世界の中で五感のセンサーを研ぎ澄まして読むことを求められるからである。
 河野の感覚の鋭敏さを示すのは次のような歌だろう。
階段の木が古いのですのぼりゆく音のむかしのその足の次
飼犬がしつぽをまるめ籠もりをり匂いはつかにいかづちがくる
ひらかれたノートの上をうすうすとよぎる翳あり魚の匂ひす
ゆびさきに凹凸感ず秒針のひびき影なす漆喰壁に
ひややかにローションのびてなにかしらてのひらうすくめくれるここち
骨切りの身にほのかなりこう透きて生身の鱧をしっとりと置く
植物に水をあたへてしばらくを耳すましをり濡れてゆく音
 一首目、木の階段がギシギシ鳴るのを聞いているのである。音感の鋭い作者ならばひとつひとつの音程を聴き分けることもできるだろう。「むかし」とあるから、過去にまで遡って音を記憶しているのだろうか。二首目、犬はたいてい雷を怖がるが、作者は雷に伴うオゾン臭に敏感に反応している。私は雨の匂いはよく感じることがあるが、雷の匂いは感じたことがない。三首目、「よぎる翳」が何をさすのか判然としないが、ここでもふと漂う魚の匂いが感覚されている。四首目、漆喰壁のわずかな凹凸を感じるのはピアニストの鋭敏な触覚だが、この歌にはもうひとつ「秒針のひびき影なす」という読みのポイントがある。素直に読めば「秒針の影」とは、秒針が文字盤に落とす影となるが、実は影を落としているのは秒針ではなくその「ひびき」である。常識的には音が影を作ることはないので、これは共感覚的表現ということになろう。五首目、手のひらにローションを伸ばして塗ると、手の皮が薄くめくれたような気持ちがするということは、手のひらの感覚がより鋭敏になったということだろう。六首目、はもは夏の京都を代表する食材だが、小骨が多いため、細かく骨切りしなくてはならない。骨切りしたら湯でさっとゆがいて、氷水に入れて身を締める。この歌では骨切りされた透き通るような白身にわずかに血の赤が滲んで見えると詠っている。繊細な観察と言えよう。七首目は驚くべき歌で、植物が濡れてゆく音が聞こえるというのである。想像もつかないがそのような音があるのだろうか。だとしたら河野ひとりに聞こえる音にちがいない。
 和歌には伝統的に、正述心緒と並んで寄物陳思という技法があり、形を変えつつも近代短歌に引き継がれている。物に寄せて思いを詠む方法であり、近現代短歌で重要な位置を占める喩はそのヴァリエーションと言ってよい。ところが河野の歌においては、詠まれている事物は自らの心情を仮託する対象ではない。「生クリームのやうな濃い闇ひとところ梔子匂ふ一角を過ぐ」という歌を例に取ると、「生クリームのやうな」という直喩は「濃い」にかかるが、その意味作用は局所的で歌全体に及ばない。また「濃い闇」や「梔子」が何かの短歌的喩として置かれているわけではなく、「暗闇から梔子が匂った」というのは、経験された事態そのままであって、それがもう一度位相を変えて別の意味作用を起こすことはない。
 このように河野の短歌では、事物から心情へと達するベクトル構造が不在なのだ。それでは河野の短歌世界を構成する基本構造は何かと言えば、それは「万物に感応する知覚の結節点としての〈私〉」というものではないだろうか。歌に詠まれたすべての景物は〈私〉の知覚というフィルターを通したものであり、〈私〉のフィルターでいったん漉されて再構成された世界に読者は立ち会うことになる。このため読者は感覚の肌理きめの目盛りをその世界に合うように微調整しなくてはならない。読みの際に強いられるそのような調整操作が、河野の短歌の世界を入りにくいものにしているように思われる。
 河野の短歌のベースラインは上に引いたような鋭敏な知覚を核として構成された歌なのだが、歌集後半になると少し趣の異なる歌が散見される。次のようにどこか奇妙な歌である。
舟を焼く歌書きしのち秋が来て呼びさうになる呼ばなくなつた名を
ふくざつな雲のすきまに六月のひかりさし貝釦かひぼたんをすてる
百合樹ゆりのきがあなたの夜に咲いてゐて門灯を消す一本のゆび
水平に耳に来てゐる夕暮れの橋を渡りぬ遠くなる耳
枯れ枝で春の地面に輪を描いてたれか入りゆけりその輪のなかに
 一首目、まず「舟を焼く歌」という出だしがよい。何か過剰な感情を感じさせる。呼ばなくなった名とは、別れた恋人の名と取るのが順当かもしれないが、他のどんな名であってもまたよかろう。意味を一意的に追い込むのではなく、下句に多義性を残すことによって謎めいた魅力を生んでいる。このことは二首目にも言えて、なぜ貝釦を捨てたのかを語らないため、いつまでも消えない残臭のように読後に空虚が揺曳する。三首目、電灯のスイッチを切るときは人はたいてい指一本で切るが、その指をことさらにクローズアップすることで何かの過剰が生まれている。四首目、夕暮れが耳に水平に来るという認識にまず驚く。そのうえ橋を渡ると耳が遠くなると言われると、どこかに耳を置いて来たようにも感じられてすこぶる奇妙である。五首目は奇妙というよりもミステリアスな歌で、地面に描いた輪の中に人が入って消えてしまうという。これらの歌は鋭敏な感覚を軸とする世界の再構築というラインとは方向性のちがう歌で、河野のもうひとつの可能性を示すものかもしれない。
 最後に心に残った歌を挙げておこう。

街なかにぶあつい昼の響きつつときをり井戸のかげ冷ゆる街
ふれがたく黒白の鍵盤キイ整列す美しい音の棺のやうに
ふかくさす傘のうちがは冥ければ新緑のあめうをびかりする
ついらくの距離やはらかく抱きよせて雨ふれり地に人に時間に
魚に降る雪はるかなれふる塩のなかにゆめみる鱈といふ文字
咲きかけの花しろじろととどけらる時かけて死は位置をるのに
橋の上に曇り大きな喪の野あり百合鴎らはなまなまと飛ぶ
道しろく風死んでをり秋蝶のはたたく音の聞こゆるまひる

第165回 松村由利子『耳ふたひら』

時に応じて断ち落とされるパンの耳沖縄という耳の焦げ色
               松村由利子『耳ふたひら』
 この歌集を読むとき、どうしてもこの歌を挙げずにはおられまい。島津藩から琉球処分を受け、戦後は米軍に長く占領されるという苦難を経験した沖縄を、時の為政者の都合によって切り落とされるパンの耳に喩えた歌である。「焦げ色」という形容には、山の形が変わるほど激烈な地上戦によって焦土と化した沖縄の大地への思いがこもっているのだろう。元新聞記者の作者の社会派歌人としての側面が強く出た歌である。
 全国紙の新聞社の記者であった作者がフリーとなった後に、沖縄に移住する決心をしたとき、周囲の人は驚いたが、師の馬場あき子だけは「あら、いいじゃない」と言ったという。なぜか心に残るエピソードである。『耳ふたひら』は作者の第4歌集で、石垣島に移り住んでからの歌が収められている。石垣島には俵万智と光森裕樹も移住しているので、歌人密度の高い島となっている。ちなみに東京電力福島原発1号機の過酷事故以来沖縄に移住する人が増えたのは、沖縄が環境放射能 (background radiation)が全国一低いからである。自然界にはもともと微量の放射能が存在していて、花崗岩から多く出るため、花崗岩がない沖縄が一番低いのである。沖縄で露出している岩のほとんどは珊瑚由来の石灰岩だ。
 私は10数年前に初めて沖縄を訪れた時に衝撃を受けて以来、沖縄が好きになり、その後幾度も訪れている。何も知らずにそうしたのだが、今から思えば関西空港発の飛行機で最初に石垣島に着いたのがよかった。たいていの人は沖縄本島にまず行くだろうが、本島は戦災がひどかったため古いものが残っておらず、都市化とアメリカ化が進行している。那覇のタクシーの運転手さんに那覇で観光名所はありますかとたずねたら答えに窮していた。それに比べて八重山諸島は琉球の古い文化と町並が比較的よく残っている。竹富島、西表島、小浜島、黒島、鳩間島などに、サザンクロス号に乗って次々と訪れるのも楽しい旅である。これから沖縄へ行こうという方は、本島ではなく八重山から始めるのがお勧めだ。
 さて、『耳ふたひら』に収録されている歌でまず目につくのは、本土とは異なる亜熱帯性気候の植物相と気候を詠んだものだろう。
半身にパイナップルを茂らせて島は苦しく陽射しに耐える
ねっとりと濃く甘き闇迫りくる南の島の舌の分厚さ
ハイビスカス冬にも咲きて明るかり春待つこころの淡き南島
湾というやさしい楕円朝あさにその長径をゆく小舟あり
ティンパニの中に入れられ巨きなる奏者の連打聞くごとき夜
 一首目、石垣島名産のパイナップルは、農園で即売していてその場で食べられる。島には広大なパイナップル畑があり、作者には島がそれで苦しんでいるように映ったのだろう。二首目、沖縄の夜の空気は本土とはちがい、たしかにねっとりとまとわりつくような空気である。月桃の香りがただようと一層密度が濃く感じられる。沖縄の冬は風が強く天気が悪いが、三首目にあるとおり本土に比べて四季の変化に乏しい。新しい土地に移り住んでまっさきに気づくのは気候のちがいである。四首目はとても美しい歌で、湾の長径は水平方向と垂直方向の両方の可能性があるが、ここでは水平方向と取っておきたい。鏡のように凪いだ湾を右から左に一艘の船がすべるように進んでいる。どこか本土とは異なる水深の浅い珊瑚礁の多島海の風景だ。海の色のちがいさえも感じられるようだ。五首目は台風の夜を詠んだ歌。風を遮る山のない石垣島では台風の風が直接に襲いかかる。
 しかし松村は元新聞記者である。観光客のように沖縄の自然に驚嘆するだけに終わることなく、その眼差しは移住者、すなわち余所者である自身へと向けられる。
南島の陽射し鋭く刺すようにヤマトと呼ばれ頬が強張る
島ごとに痛みはありて琉球も薩摩も嫌いまして大和は
言うなれば自由移民のわたくしがぎこちなく割く青いパパイヤ
サントリーホールのチケット購入し島抜けという言葉思えり
半身をまだ東京に残すとき中途半端に貯まるポイント
わたしくも島の女となる春の浜下りという古き楽しみ
 沖縄では地元の人のことをウチナンチュ、本土の人をヤマトンチュと呼ぶ。ヤマトは沖縄に苦難を強いてきた民族であることを沖縄の人たちは忘れていない。四首目と五首目は同じような想いを詠んだ歌で、完全に島人となったわけではない自分に対してどこかうしろめたい気持ちを抱いているのだろう。東京の店のポイントカードが残っているというのがリアルだ。六首目の浜下りとは、3月3日にみんなで浜辺に出て貝や海藻を採る伝統行事のこと。宮古島の八重干瀬やえびしが名高く、韓国にも同じ風習があると聞く。
 とはいえ集中で心に残るのは、ヤマトンチュの移住者としての葛藤を内心に抱えつつも、八重山の自然に自己を溶解させる次のような歌だろう。
アカショウビンの声に目覚める夏の朝わたしの水辺から帰り来て
月のない夜の浜辺へ下りてゆくたましい濡らす水を汲むため
鳥の声聴き分けているまどろみのなかなる夢の淡き島影
覚めぎわのかなしい夢のかたちして水辺に眠る鹿の幾群れ
海に降る雨の静けさ描かれる無数の円に全きものなし
 今まで引いた歌はみなどこか説明的な感じが残る。ところが上の歌群は説明的な部分が少ない分だけ言葉の圧力がポエジーへと向かっているように思う。説明においては視る〈私〉と視られる対象(=自然)の分離が前提となるが、ポエジーにおいては視る〈私〉と視られる対象が、時に入り交じり、時に入れ替わり、交感しあうことが必須となる。そんなことを感じさせる歌である。

第164回 竹内亮『タルト・タタンと炭酸水』

キャベツ色のスカートの人立ち止まり風の匂いの飲み物選ぶ
             竹内亮『タルト・タタンと炭酸水』
 最近立て続けに書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの歌集を取り上げているが、今回も同シリーズの一冊である。プロフィールによれば、著者の竹内亮は1973年生まれで、東大の国文科を出て新聞社に勤務した後、弁護士に転身した人である。東直子の短歌講座を聴いたことがきっかけで短歌を作り始めて4年になるという。歌集題名のタルト・タタン (tarte Tatin)はフランス風のアップルパイで、皮が下にあり上にリンゴが載っている。言い伝えによれば、タタン姉妹がアップルパイを作った時に、うっかりひっくり返したのがきっかけで誕生したという。生クリームをホイップしたものを添えて食べることが多い。タルト・タタンの横にペリエか何か炭酸水を注いだコップがある風景は実にお洒落である。
 お洒落と言えば、この歌集全体がお洒落な雰囲気を身にまとっていて、東直子の筆による海と黒白猫の表紙の絵もなかなか洒脱だ。このお洒落さは最近あまり見ない貴重なものなので、今回取り上げることにした。
 バブル経済崩壊以後の短歌はとにかく「不景気」(by荻原裕幸)で、穂村弘が「ゼロ金利世代の短歌」と呼んだように、お洒落からはほど遠い。「どこへゆくためのやくそく水色のオープン・カーではこばれる犬」(山崎郁子『麒麟の休日』1990)のようなキラキラした歌は遠い過去である。ところが『タルト・タタンと炭酸水』には光と色が溢れていて、モノトーンか淡色の印象の歌集が多い昨今では異色と言ってよい。冒頭に挙げた掲出歌にはキャベツ色のスカートが登場する。あまりキャベツ色とは言わないところがかえってユニークだ。薄緑色のスカートだろうが、ここは春キャベツのひときわ淡い緑がよかろう。そんな人が風の匂いの飲み物を選ぶのだ。他にも次のような歌がある。
夏の午後に君の瞳のコンタクトレンズの縁の薄さ見つめる
キッチンで知らない歌を口ずさみ君は螺旋のパスタを茹でる
川べりに止めた個人タクシーのサイドミラーに映る青空
左手のライ麦パンは光ってて猫は何度も瞬きをする
なめらかな布で磨かれそのまんま夜道を照らすジェリービーンズ
ジーンズの裾に運ばれついてきたあの日の砂を床に落として
 螺旋のパスタといい、サイドミラーに映る青空といい、ジェリービーンズの鮮やかな色彩といい、わたせせいぞうの原色を多用したイラストを思い浮かべてしまった。私の世代の人間にとって、わたせせいぞうのイラストに登場するオープンカーや洒落たカフェや白いワンピースを着た女性は「明るく豊かな青春」の象徴のように思えたものだ。本歌集にはどことなく似た空気を感じるのである。
 収録された歌のなかでは、細部に目を止めた歌と喩が効果的な歌がよいように思う。
試着室で君と選んだシャツを着る羽化してすぐの蝉が鳴く夏
水色のジャージで歩く女子たちのみな丸顔になっている国
旧市街を何も話さず歩きたい足音のよい道を選んで
カーディガンの少女の横で少年は片足立ちで靴はき直す
夜の海でかすかな光探すとき夏の魚は瞼を閉じる
涼やかな朝の地面に静止する誰かが置いたような青柿
 一首目では、「羽化してすぐの蝉が鳴く夏」が、上句の試着室でシャツを着る様子の喩となっている。季節は夏の初めで、「羽化してすぐ」が恋の初めであることを表し、同時にその恋の脆さをも表現している。二首目は祖父の法要のために田舎を訪れた折の歌で、「みな丸顔になっている国」がユーモラスだ。田舎の女子高校生は丸顔で頬が赤かったりする。三首目のポイントは「足音のよい道」だろう。何も話さないのは話す必要もないほど満ち足りているからである。四首目は青春グラフィティの一場面のようだ。少年は片足立ちで、体を支えるために片手を少女の肩においているのだろう。それにしても女子校の制服以外に今どき私服でカーディガンを着る少女がいるだろうか。その意味でも昔懐かしい青春を思わせる。五首目は他とやや趣のちがう幻想的な歌だ。ほんとうならばかすかな光を探すときには瞼を大きく見開くだろうに、逆に瞼を閉じるという。心眼で探すのだろうか。ちなみに魚には瞼がないので、いっそう幻想的な歌である。六首目は地面に青い柿が落ちていたという光景だが、それが誰かが置いたように見えたのがミソである。しかし「静止する」はやり過ぎだ。
 上に引いた歌は着眼点がよく、それを言語化して定型に収めるのもうまく行っている。しかし歌歴が浅いせいか未熟な歌も多い。「夏の田の緑の中で君を待つ栞の紐の紫の色」は「の」が多すぎる。「白い空坂を登って橋の上並んで歩き声に出す『あの』」には動詞が4つもあるがこれも多すぎる。一首に動詞は最大3つまでである。おまけに結句の「あの」が意味不明。また「吹く風は地面の草を燃え立たせ口ずさむのはみことのりです」の「みことのり」は天皇の詔勅なので誤解だろう。その前には神社に参拝する歌があるので、それを言うなら「祝詞」か「真言」か「マントラ」ではなかろうか。一首だけ「石段に一枚残る花びらに触れむとすれば飛び立てり蝶」という文語の歌が混じっているのも違和感を覚える。
 竹内も口語短歌を作っているのだが、前回も述べたのと同じことが当てはまる。結句が体言止めか倒置でなければ、すべてル形で終わっているのである。
線香を両手でソフトクリームのように握って砂利道を行く
海水の透明な水射すひかり大きな鳥が陸を離れる
 「ある」「いる」のような状態動詞のル形は現在の状態を表すが、動作動詞のル形は習慣的動作か、さもなくば意思未来を表す (ex. 僕は明日東京に行く)。このためル形の終止は出来事感が薄い。何かが起きたという気がしないのである。口語短歌の多くが未決定の浮遊状態に見えるのはこのためかもしれない。
水苑のあやめの群れは真しづかに我を癒して我を拒めり
                 高野公彦『水苑』
 高野の歌では完了の助動詞「り」が使われているため、きっぱりと何かが起きた感がある。文語には過去の助動詞「き」「けり」、完了の助動詞「ぬ」「つ」「たり」「り」があり、感動助詞の「かな」や「はも」など、文末表現が多彩である。現代口語では文末が「る」でなければ「た」しかない。文末表現の貧弱さが現代口語の大きな欠点なのである。現代の口語短歌はこの課題を解決できるだろうか。
 それはさておき、『タルト・タタンと炭酸水』は今時珍しいキラキラ感のある青春歌集になっている。作者の実年齢よりも若い時代が詠われているためか、いささかの懐旧感もある。作者が中年の屈折を味わったときにどんな歌を詠むのか見てみたい気もする。

第163回 五島諭『緑の祠』

大いなる今をゆっくり両肺に引き戻しつつのぼる坂道
                 五島諭『緑の祠』
 坂道を登っている。両方の肺に引き戻すことができるのは空気に限られるので、「大いなる今」と喩的に指示されているのは空気にちがいない。坂道の傾斜が急なので、息が切れているのである。しかしなぜ空気が「大いなる今」なのか。ここでは指示が微妙にずらされている。それが歌人の修辞である。空気自体が「大いなる今」なのではなく、ぜいぜいと息を切らせて坂を登っている〈私〉の交換不能な現在性が「大いなる今」なのだ。この感覚には見覚えがある。「実存」である。そう考えると五島の歌のほとんどが現在形で書かれており(正確には動詞の終止形。日本語動詞に現在形はない)、また不動の定点があるように感じられることにも納得がゆく。掲出歌は句跨がりもなく、定型にぴしっと収まっている点においても、秀歌性の高い歌だと言えるだろう。
 五島諭ごとう さとしは1981年生まれで、早稲田短歌会の出身。現在は同人誌「pool」に参加して、超結社のガルマン歌会のメンバーでもある。『緑の祠』は2013年に刊行された第一歌集である。前回のコラムで取り上げた中畑智江の『同じ白さで雪は降りくる』と同じく、書肆侃侃房の新鋭歌人シリーズの一冊で、跋文はシリーズ編者の東直子。
 五島と永井祐は同年の生まれで、堂園昌彦は2歳下なのでほぼ同年代である。三人とも早稲田短歌会に所属していて、現代短歌シーンにおいてほぼ同じストリームの中にいると言える。ニューウェーヴ短歌を主導した加藤治郎・荻原裕幸・穂村弘の三人のうち、荻原と穂村は1962年生まれだから、ニューウェーヴ短歌と五島たちの間には20歳の年齢の開きがあることになる。20歳と言えばもう少しで親子の開きである。世代論的に見ても、五島・永井・堂園はポスト・ニューウェーヴ短歌と見なしてさしつかえない。その特徴をおおざっぱに言えば、口語短歌・低体温・フラット性とまとめることができるだろう。キャッチコピーを作るのがうまい穂村は、「ゼロ金利世代の短歌」と呼んでいる。
 本歌集を短歌ブログ「トナカイ語研究日誌」で取り上げた山田航は、五島の歌を評して、「限界を突き破れない不全感」と「時に世界を破壊する反転攻勢」というキーワードを使っている。「不全感」はバブル経済崩壊以後の短歌シーンに広く漂っている特徴なので、五島独自のものとは言えないし、「反転攻勢」に見られる攻撃性については、いまひとつピンと来ない。ポスト・ニューウェーヴ短歌にはどこか批評しにくいところがあるようだ。
 このことは『短歌研究』の2014年5月号の作品季評にも見て取れる。穂村と花山多佳子と小島なおが『緑の祠』を俎上に上げて批評しているが、三人とも五島の短歌を捉えあぐねている。小島は「これまでの短歌の良し悪しの基準では、うまく捉えられない、評価の難しい、新しい印象の作品」と述べ、穂村も「もっとつかめるつもりで読み始めて意外に捉えられなくてちょっと焦った」と言い、それを受けて花山も「けっこうわかるなと思ったり、結局のところわからないと思ったり」と読みに迷いがあったことを告白している。なぜ五島の短歌は捉えにくいと感じられるのだろうか。小島は穂村の問いかけに答えて、具体的な生活の場面のような、読者との通路になるものが五島の歌には希薄で、「ひとり別の世界に住んでいるような」気がすると述べている。
 小島が言っていることをさらに進めると、今までさんざん議論されてきた「短歌における〈私〉」と「リアル」の変容をめぐる議論につながるのだが、ここではその方向は控えて別の観点から五島の歌を見てみたい。それはポエジーの力点という観点である。
 短詩型文学としての近代短歌は抒情詩であり、その基本構造は永田和宏の言う「問いと答えの合わせ鏡」にある。
冷蔵庫にほのかに明かき鶏卵の、だまされて来し一生のごとし
                  岡井隆『神の仕事場』
 上句の「冷蔵庫にほのかに明かき鶏卵(の)」までが問いである。もう少し正確に言うと、それは〈私〉の外部に対象化された物や事象で、物や事象自体は問いを発することはない。〈私〉がそれに注ぐまなざしが問いを浮上させるのである。だからほんとうを言えば問いは〈私〉の内部にある。そして下句の「だまされて来し一生のごとし」が答えである。答えは〈私〉の感情・感慨であり、問いである物や事象が鏡のように〈私〉の感情を照射するところに抒情詩が成立する。読者はこの過程をみずから辿ることによって、作者の感情を追体験し、それに共感したりカタルシスを感じたりするのである。岡井の経歴を知る人ならば、下句を読んで日本共産党の六全協を思い浮かべたりするかもしれない。近代短歌におけるポエジーの力点は、問いとしての物や事象が〈私〉の感情を前景化するその関係にあり、それは同時に歌におけるリアルの源泉としても働くのである。
 このような近代短歌の読みに慣れた人にとって五島の歌が捉えがたく感じられるのは、ポエジーの力点が異なるからに他ならない。穂村の表現を借りると、同じOSのヴァージョンちがいではなく、そもそもOS自体が異なるということである。
美しくサイレンは鳴り人類の祖先を断ち切るような夕立
触れることのできるあたりに喋らない鸚鵡と水泳少年がいる
くもりびのすべてがここにあつまってくる 鍋つかみ両手に嵌めて待つ
息で指あたためながらやがてくるポリバケツの一際青い夕暮れに憧れる
はじめから美しいのだこの手からこぼれていったポップコーンも
 歌集冒頭の「サウンドトラック」という連作から引いた。いずれもなかなか美しい歌だと思う。一首目は近代短歌のOSでもいちおうは読める。それは「人類の祖先を断ち切るような」という喩があるためである。喩は問いと答えの合わせ鏡構造における答えの受け皿として働く。激しい夕立を見て、人類の祖先を断ち切るようだと〈私〉が感じたと読むことができ、そこから作者が抱いていると想像される孤独感や断絶感を感じ取ることができるからである。ところが残りの歌についてはそのような読みは成立しない。二首目は一首一文の形式で鸚鵡と少年の存在を述べるに留まり、仮にその全体が問いだとしても、その問いが照射すべきもうひとつの鏡がない。読者は鸚鵡と少年をはいと差し出されて、それをどうすればよいのかわからない。短気な関西人なら「どうせえちゅーんじゃ」と怒り出すところである。他の歌にもほぼ同じことが言える。
 ポエジーの力点がちがうのである。五島の短歌のポエジーの力点は、問いが答えを照らし出すという関係性にあるのではない。「五島さんの歌には、感情の浮き沈みや喜怒哀楽がほとんど出ていない」という小島なおの感想は鋭く本質を突いている。五島の短歌には、問いの鏡が照らすべき答えの鏡が不在なのだ。対象化された物や事象が〈私〉の心に問いを生み出し、その問いによって〈私〉の感情が照射されるという構造が欠けている。岡井隆が言った意味での、短歌の背後にいるたった一人の〈私〉という構図が成立しないのである。
 では五島の歌においてポエジーの力点はどこにあるのか。それは端的に言って言葉の組み合わせが生み出す美である。ここでもう一度上に引いた歌を見てみよう。一首目のポイントは美しく鳴るサイレンと激しい夕立の取り合わせである。何か危機的な状況が連想されるが、それは語られていない。二首目は喋らない鸚鵡と少年の組み合わせがポイントで、この歌は映像的にもとても美しい。鳥籠に入れられた極彩色の鸚鵡と、プールで一人黙々と泳ぐ白帽の少年の取り合わせは、まるでシュルレアリスムの絵画のようである。三首目は、雷の実験をしたフランクリンか、ニコラ・ステラを連想させる。曇天の日に丘の上に登って、両手に鍋つかみを嵌めて、まるで超自然の力を呼び寄せようとしているかのような場面が目に浮かぶ。四首目は修辞的にも凝っている。「やがてくるポリバケツの一際青い夕暮れ」の「やがてくる」は「ポリバケツ」に係るかと思えば、そうではなく「夕暮れ」に係るし、「ポリバケツの一際青い夕暮れ」は「ポリバケツの(ような)一際青い夕暮れ」の大胆な省略だろう。この修辞の工夫によって歌の言葉は日常語の地平を離れる。五首目は「あらかじめ失われている不全感」というキーワードを用いて近代短歌のOSでも読めそうな作品だが、ここでもやはり眼目は「手からこぼれたポップコーンが初めから美しい」という表現自体にあると思われる。
 堂園昌彦の『やがて秋茄子へと到る』を読んだときに、堂園の短歌と絵画の親近性を感じたが、五島の短歌も同じ匂いがする。別な比喩を使うと、からっぽの室内のどこにテーブルを置くか、そのテーブルは何色にするか、ソファーはどこに配置するか、白い壁にはどんな絵を掛けるかというインテリア計画を入念に考え抜いて、美しい室内を作る、そして出来上がった室内に座って静かな時間を過ごす。そんな感じと言えばよいだろうか。五島の短歌はこのようにして選び抜かれた詩語によって組み立てられた小世界である。
 五島はたぶんジョゼフ・コーネルが好きだろう。コーネルは繊維商のかたわら美術作品を作り続けた日曜美術家で、アメリカのシュルレアリスムの元祖とも言われている人である。コーネルの作品は、木製の小さな箱の中に、雑誌から切り抜いた写真やどこかで拾って来た人形などを配したコラージュで、手作り感の溢れる作品ながら、その前に立つといつまでも眺めていたい気になる不思議なものである。2010年に千葉県の佐倉市にある川村記念美術館で展覧会が開かれた。高橋睦郎が讃を寄せ、フランス装の凝ったカタログが作られた展覧会で、企画したキュレーターの意気込みが感じられた。
 失われたもの、美しいものの探求。魂の都市、ニューヨークと同じ空間を占める見えない都市を往くコーネル=オルフェウス。
 ネルヴァルは言った。「人類は永遠の美をじわじわと千もの断片に破壊し切り刻んでしまった」。コーネルはそれらの断片を都市のなかで見つけ、組み立て直した。
          (チャールズ・シミック『コーネルの箱』)
 コーネルの箱の中に〈私〉はない。ゴッホの厚塗り絵の具のうねるようなタッチを見ると、そこにまぎれもない画家の個性が感じられるが、コーネルはあちらこちらで見つけた郷愁を感じさせる品物を組み合わせて配置して独自の小宇宙を作った。
 五島にとってのポエジーの力点が〈私〉の前景化による抒情にはなく、詩語の選択と配置による作品世界の構成にあると思って読めば、本歌集にはたくさん美しい歌があることがわかる。
どこか遠くで洗濯機が回っていて雲雀を見たことがない悲しさ
寄せてくる春の気配に文鳥の真っ白い風切羽間引く
デニーズでよい小説を読んだあと一人薄暮の橋渡りきる
死のときを毎秒察知するようにホースの中を水が走るよ
頬から順に透きとおりつつ八月の水平線を君が歩くよ
目玉焼きを食べられないでいる間にも印刷されてゆく世界地図
やがては溶けるかき氷にも向けているひと差し指の先の銃口
雨の日にジンジャーエールを飲んでいるきみは雨そのもののようだね
 確かにゼロ金利世代のムードがうっすらと作品全体に漂っているのは事実であり、発火しにくい低体温と、試みる前から諦めているような諦念が滲んでいるのも事実である。遠くに押し殺した悲鳴が聞こえるような気もする。その点に着目すれば、山田の言うように、今まさにそのような青春を送っている若者が五島の短歌を支持しているのはもっともである。そのような読み方を否定するものではないが、ポスト・ニューウェーヴ世代に属する五島の歌が目指しているのは、詩語の組み合わせによる新しい美の創出にあるように思えてならないのである。

第162回 中畑智江『同じ白さで雪は降りくる』

生と死を量る二つの手のひらに同じ白さで雪は降りくる
          中畑智江『同じ白さで雪は降りくる』
 作者の中畑智江なかはた ともえは、1971年生まれで、中部短歌会所属。今までに歌壇賞や角川短歌賞の候補・佳作に選ばれており、連作「同じ白さで雪は降りくる」で2012年に第5回中城ふみ子賞を受賞している。連作と同じ題名の歌集『同じ白さで雪は降りくる』は、2014年9月に書肆侃侃房から新鋭短歌シリーズの一冊として刊行された第一歌集であり、中部短歌会叢書の一冊という位置づけでもある。跋文は中部短歌会主宰の大塚寅彦。
 他の新鋭短歌シリーズと同じ装幀と版組で出版されているが、中畑は他の若手歌人たちよりやや年齢が上で、また中城ふみ子賞受賞という受賞歴もあり、シリーズ内では別格の感がある。私は歌集を受領したとき、必ず中をパラバラと見て、何首かに目を通すことにしているが、このようなパラパラ読みでも中畑は別格という印象を強く持った。口語短歌全盛の中にあって、文語定型を守っていることもその理由のひとつだろう。
 一読して非常に爽やかな読後感を得たのは、作品の基調が光と明るさにあり、暗く鬱屈した歌がないためだと思われる。バブル経済が崩壊してすでに四半世紀以上経過しているが、90年代に青春期を迎えた人たちは「失われた世代」と呼ばれている。青春を謳歌すべき年齢に達したとき、すでに日本はデフレ基調の不景気に見舞われていたからである。中畑と同年生まれの嵯峨直樹は「髪の毛をしきりにいじり空を見る 生まれたらもう傷ついていた」と詠んだ。この世代の人たちは自己不全感満載の歌を詠むことがよくあるが、中畑がその弊を免れているのは驚くほどである。
レタスからレタス生まれているような心地で剥がす朝のレタスを
差し込める光くぐりて子は朝のいちばん澄んだところに座る
伸びあがる水を捕らえて飲み干せる少年たちに微熱の五月
夏やせの背中を上がりゆくファスナー 月色の服がわれを閉じ込む
淡青のひかりを水にくぐらせて小さき花瓶を洗う七月
 一首目の眼目は「レタス」の反復にある。剥いても剥いてもどこまでもレタスというあの感覚を、同語反復によって歌に移し替えている。「レタスの歌」特集を企画したらまっさきに引きたいような歌である。二首目に詠まれた子は少年である。この歌の手柄が「朝のいちばん澄んだところ」という表現にあるのは言うまでもない。朝は世界が作り直される時間だからもともと清澄なのだが、そのなかでもいちばん澄んだ場所があると感じる繊細な感覚が貴重だ。主題はもちろん少年の無垢である。一首目にも二首目にも暗い影はなく、明るい光が満ちた世界である。三首目の「伸びあがる水」とは、公園などに設置されている水飲み場で、蛇口が上を向いているものだろう。四首目は女性にしか作れない微量のナルシシズムを含有する歌で、「月色の服」とは薄いクリーム色の服だろうか。五首目にも光が溢れている。この歌では「淡青の花瓶」をその色と実体とに分解して詠んでいるところにポエジーがある。このように中畑の歌には至る所に光と明るさが満ちており、基調となる色を選ぶとすれば上の五首目にもある淡青(ライトブルー)だろうか。
 とはいえ中畑の歌に悲しみがないわけではない。この世は涙の谷であり、生きている以上、悲しみを負うことを何人も避けることができない。
幸せと言わねばならぬ虚しさに心はゆっくり折りたたまれる
君が呼ぶ旧きわが名はほうたるが向こうの岸に運びてゆきぬ
たまさかとさだめのあわい君おりて許し色なり冬のゆうぐれ
吾に九九を教えし父の唇にとぎれとぎれの九九がこぼるる
みどり子のわれを洗いし百合さんの手のひら今はひかりを抱く
 一首目と二首目は結婚生活に対する不満の歌である。集中でははっきりと詠まれてはいないのだが、三首目の歌やその直前の「合わさりて二つが一つになることも欠けて一つになることもあり」という歌を見ると、離婚を経験したのではないかと推察される。四首目は父親が脳梗塞で入院した折りの歌で、五首目は作者が慕っていた叔母が逝去したときの歌である。しかしこのような瞬間においても、作者は悲嘆に溺れることがなく、また前を向いて歩くのである。
 中畑のこの陽性の感覚は、わが子である少年を詠むときさらに輝くようだ。
湯上がりの少年 初夏の帆の音をさせて大判バスタオル使う
眼の中に巣を持つ少年はたはたと羽音のごとき泪こぼせり
あしたまた遊べばいいと片付けた玩具は今日と同じで違う
その影の濃くて短き七月にゆんと伸びたる少年の丈
流さるるそうめんほどに儚くて子はこの永き夏を疲るる
 わが子を詠むときも作者は母親としての愛情に溺れずに、冷静に観察している。その点において凡百のわが子可愛い歌とは一線を画しているのである。
海色を包みて揺れる寒天の奥には別の夏景色あり
星ひとつ消ゆる朝にも牛乳はいつもの時間いつもの場所に
橋はただ橋を続ける 夕ぐれの深度を計る物差しとして
紅鱒のまなこに地上の秋映えてすぐに閉じたる紅鱒の秋
まだ青きトマトの皮をむくような衣替えする初夏の雨ふり
向日葵のつづく坂道あの夏は昭和の消しゴムでしか消せない
しんしんとゆめがうつつを越ゆるころしずかな叫びとして銀河あり
 付箋の付いた歌を拾ってみた。これらに中畑の修辞の特徴がよく出ているように思う。 一首目、「海を包みて」ではなく「海色を包みて」とした瞬間にもうこの歌は成立している。ここにも色彩と実体の乖離があるが、これは古くから用いられて来た修辞技法のひとつである。「夏景色」という言葉もよい。稲垣潤一に「大人の夏景色」という名曲があるが、どこかノスタルジーを感じさせる言葉である。
 二首目の眼目は、毎朝の牛乳配達という日常の時間と、星が白色矮星と化して一生を終えるという天文学的な時間の対比にある。下句の「いつもの時間いつもの場所に」はもちろん日常の肯定である。
 三首目はなかなかおもしろい歌である。橋が橋であり続けるのは当たり前のことであり、橋がある日突然怪獣になったりはしない。しかし作者はこの「自己同一性の永続原理」にふと感じるものがあったのだろう。また橋は日暮れてゆくにしたがって、その輪郭を失い暗闇の中に溶解するため、それが夕暮れを計る物差しとなると言っているのだが、橋の喩としてはとてもユニークである。
 四首目はなかなか技巧的な造りの歌である。秋に産卵のために川を遡上して死を迎えるベニマスを詠んだ歌で、「すぐに閉じたる」はベニマスの死を暗示している。生命のはかなさが主題だが、結句の「紅鱒の秋」にかかる連体修飾句の中にもうひとつ「紅鱒」が含まれているため、メビウスの帯のように同じ所にまた立ち戻ってくるような循環的な印象を与える。
 五首目はひとえに喩の新鮮さにかかっている歌で、まだ梅雨寒の残る初夏に衣替えする様を「まだ青きトマトの皮をむくような」という巧みな喩で示している。
 六首目、「向日葵のつづく坂道」は追憶の中に残る子供時代の風景で、そのリアルさは昭和の消しゴムでしか消せない、つまり、もう一度あの夏にタイムスリップして、あの時代を生き直さないかぎり消すことができないという意味だろう。
 七首目は意味の取りにくい歌だが、「しんしんと」はふつう雪の降る様を表す擬音だから雪の夜。「ゆめがうつつを越ゆるころ」は寝入って夢の世界にいる時だろう。眠って銀河の夢を見ているのか。「しずかな叫びとして」も暗示的で意味が定かではないが、比較的意味の明確な歌が多いなかで、不思議に印象に残る歌である。
 巻末近くに中畑は「わが歌は今どの町をゆくらむか鳥の切手を付けて発ちしが」という歌を配している。歌人としての覚悟の表明であろう。今後ますますの活躍が期待できる歌人である。

第161回 田中濯『氷』

光年を超える単位を我ら持たず秋のナナカマド濡れていて
                     田中濯『氷』 
 第一歌集『地球光』(2010年)で第17回日本歌人クラブ新人賞を受賞した田中濯の第二歌集が出た。題名は何と『氷』で、盛岡暮らしを終えた作者が一番印象に残っているものだという。それにしてもシンプルなタイトルだ。このシンプルさに作者の現在の心のあり様が現れていると感じるのは深読みのしすぎか。
 『地球光』の評にも書いたことだが、田中は初期歌篇においては独特なシンタックスを用いた歌を作っており、その後「歌の別れ」を経て再開した歌では極めて平明な歌風に変化している。その傾向は本歌集にも顕著に見られ、全体を一読した印象は「体温の低さ」もしくは「熱量の少なさ」である。
夏去りて戻りし雪はさらさらと放置されたる自転車に降る
レシートを返す箱にはレシートがあふれおり白き花束のごと
ガムテープひときれ壁に残る夜を印刷室に淡き光源
週末のあるひとときは里者のただなかにいて憩うことあり
 田中の基本は近代短歌のリアリズムで、抒情は最低限に抑えられている。一首目、夏が去ってすぐ雪が来るというのは東北の自然なのだろう。情景を淡々と描いていて主情は希薄である。二首目はコンビニの風景か。レジに不要のレシートを入れる箱が置いてある。「白き花束のごと」という見立てに詩情はあるがこれまた極めて淡い。三首目はリアリズム短歌の王道である細部への着目が生かされた歌だが、これまた温度は低い。四首目は週末になって町に出て、喫茶店にでも入っている場面だろう。いずれも極めて淡々と事実を描くことに徹していて、「景」と「情」の組み合わせであるはずの短歌で「情」の含有率が低いのである。
 田中は理系の研究者であり、癌細胞が研究テーマのようだから、細胞生物学者ということになるのだろう。研究生活に題を得た歌も少なからずある。
細胞はディープ・フリーザより取り出され再分裂す 新年はじめ
科研費ののこりを精算するために購いし刷毛たおやかなりき
先のない我が研究に関わりなく宇多田ヒカルが歌辞めるらし
一本のバナナで耐えし三時間シャーレの底に細胞沈む
一年が任期削ってゆくときに深く狂いたる研究者たち
研究が五年残らぬ時代なり緑茶を淹れる間にも古びて
 田中はなかなか厳しい研究生活を送っているようだ。理科系では任期付きのポストが増えていて、三年とか五年しか同じポストに留まれない。更新なしの場合は、任期が切れたら次の場所に移らなくてはならない。なかには「深く狂う」人も出てくるだろう。短期間で成果を出すために、研究不正行為も後を絶たない。二首目は思わず笑ってしまったが、科学研究費は単年度予算なので、支給された研究費はその年度内に使い切ってしまわなければならない。そのために年度末になると特に必要でもない物品を購入して、帳尻を合わせるのである。
 田中が盛岡にいる間に東日本大震災が発生した。本書は二部構成になっていて、第一部は震災前の歌、第二部は震災後の歌が収録されている。しかし盛岡は直接の被害が少なかったせいか、震災をストレートに読んだ歌はない。
布団だけ敷きっぱなしにして店にゆけば百人すぐ列をなす
「釜石にいくためにガソリンが欲しい」リツイートできず涙流しぬ
どうやって仕入れたのだろう今週の「ジャンプ」が積まれ今日は月曜
原発の神があらぶるしずけさは眼にはみえないひかりのゆえに
汐とみなみかぜ浴びついにけがれたる尊き松を灰に還せ
 これらの歌には現場的緊迫感と動転する心の動きが表れている。そんななかでも本屋に積まれた「少年ジャンプ」に着目するところはやはり歌人である。五首目は、津波で倒れた松を京都の五山の送り火の薪にしようと計画したところ、放射能を怖れる住民からの反対で実現しなかったという出来事に憤る歌で、珍しく激情が迸る歌となっている。震災と原発事故関連の歌では、次のように出来事から少し時間をおいて、黙示録的想像力をめぐらせた歌にすぐれたものがある。
ひとならぬ忌み神占める土地ひろがり雲雀の声はふかくなりたり
あおぎみる天は燃えおり可視外の炎ともなう放射性降下物フォールアウト
濡れ髪に染むセシウムもくくられて月光に照る馬の尻尾ポニーテイル
融け落ちし炉心秘仏のごとくしてそらはかぶさる伽藍のように
 集中で異彩を放つのは、病を得て入院した折りの歌と、東電OL殺人事件の歌である。
病棟は左手ゆんで使えぬ人多し右手めてが利き手が大半なれば
よろぼいて詰所に薬うけとりに行くわれらいま月面にいる
カミソリは禁止もちろん紐状のものも厳禁自死防ぐため
一度きりくるしみて死ぬ初春の円山町のくらやみのした
切り込みの深き渋谷の谿に降る雨はあなたの鬢を濡らして
 東電OL殺人事件の歌は、東電福島第一原発が事故を起こしたことにより思い出されたものかと思う。ここへ来てあらためて感じるのは、本歌集を貫いているのが「死への思い」ではないかということである。田中は巻頭に「死は通りぬけるのがひじょうにむずかしい門です、傲慢なものが通れるようにはできておりません」というベルナノスの『田舎司祭の日記』の一節をエピグラフとして掲げているのである。
 最後に心に残った歌を挙げておこう。
ドーナツに糖のかがやき 並びたるひとに秘かな汗にじみけん
ハゼノキの蝋燭、蝋はそらに融けかすかに薫るこのゆうぐれに
マウスから血を絞るときわたくしのたなごころよりたちのぼる湯気
骨流れつく秋の入り江にたたずみしゾウの群れには古代の夕陽
セシウムのはつか含まれたる雨に打たれてすごすこの新世紀

第160回 『かばん』新人特集号

引き上げしスワンボートの首はづし杭に懸けおく冬のみづうみ
                嶋田恵一「スワンボート」
 「かばん」の新人特集号が出た。vol.6となっていて、前のvo. 5は2011年に出ているので、4年ごとの企画と思われる。前号まではB5版だったが、今号からはひと回り小さいA5版に変わっている。活字の様子も変化していて、vol. 5ではいかにもワープロで打ったものを複写したような誌面で、昔の名残か黒々としたゴチック体が目立っていたが、vol.6では標準的な活字と組版になっていて読みやすい。昔、「かばん」のゴチック体は目にきついので何とかならないかと苦言を呈したことがあった。しかし、こうして標準的な活字・組版になってみると、いかにも同人誌的でアナーキーな外観が薄れたことに一抹の淋しさを感じるのだから、人間とは勝手なものである。
 vol. 5の新人のなかには、2009年に角川短歌賞を受賞した山田航や、2013年に同じく角川短歌賞を受賞することになる伊波真人がおり、vol. 6には2015年に同賞を獲得した谷川電話がいる。どうやら「かばん」は角川短歌賞と相性がよいらしい。「かばん」の新人特集号は外部から招いた評者の豪華さでも際立っており、今回も加藤治郎・松村正直・笹公人・米川千嘉子・奥村晃作・堂園昌彦・光森裕樹などが名を連ねている。外部評は仲間褒めにならないので、苦言を述べたり添削する人までいて、それもおもしろい。ざっと読んで注目した人、感心した人が何人かいたので、少し書いてみたい。
 いちばん驚いたのは冒頭に挙げた嶋田恵一しまだ けいいちである。プロフィールによれば、短歌を作り始めて10年になるという。外部評の米川千嘉子が新聞歌壇でときどき目にしていた名前だと書いているが、私は知らなかった。驚いたのは嶋田の作る短歌が「かばん」調でなく、写実を基調とする文語定型であることだ。
ピアニスト退場ののち残りたるピアノと椅子とマズルカの影
父乗せし霊柩車ゆく飾られて祭りの準備すみたる街を
母と妻惑星ふたつの重力にしづかに歪むゆふぐれの虹
広がりし野火踏み消せば靴底のゴムの焦げたる匂ひのぼり来
恐竜の鳥となりし夜羽毛ある雛にまばゆき天空の川
あかねさす蟹のはさみのあひだほど海かがやけよぼくの発つ朝
 掲出歌「引き上げしスワンボートの首はづし杭に懸けおく冬のみづうみ」はおそらく実景と思われる写実である。シーズンオフの冬になり、行楽地の湖のスワンボートの首の部分だけが取り外されて、湖畔の木の杭に懸けれらているという光景で、叙景に徹していて心情は述べられていないものの、詩情が漂う歌になっている。上の一首目は、コンサート終了後の心地よい余韻を「マズルカの影」で表現したもの。二首目は、祭りの飾り付けが施された街と父親を乗せた霊柩車の対比がポイント。三首目は妻帯者にとっては膝ポン短歌で、母親と妻は楕円のふたつの焦点のように、子であり夫である自分を間に挟んで重力波を送りあうのだ。それを虹が歪むほどだと表現したところがコワい。四首目はアララギにでもありそうな叙景歌で、ここにも心情は述べられていないが、確かな感覚で捉えられた世界が立ち上がる。五首目は写実ではなく空想の歌で、最近になって羽毛のある恐竜の卵が発見されたいうニュースに触発されたものかもしれない。鳥になったものの、まだヒナなので空を飛ぶことはできないが、成長すれば空の住人となるのであり、夜空に輝く銀漢がまるで祝福しているかのようである。六首目は連作の最後の歌で、枕詞の「あかねさす」は「蟹」にはかからないが、蟹の赤さを表現したものだろう(余談だが、カニは茹でないと赤くならない)。「あかねさす蟹のはさみのあひだほど」までが「(ほんの少しの)あいだ」を導く序詞的に働いている。結句の「海かがやけよぼくの発つ朝」は、今どき珍しく明るい決意表明で、さわやかに連作を締めくくっている。
 米川も嶋田が「かばん」新人特集のメンバーと知って驚いたと書いているが、風景のなかからポイントとなる点を取りだして、それを核として歌を組み立てる手腕は実に達者な手さばきである。意味不明な歌がないものよい。
 次は川合大祐かわい だいすけの「グッド / バッド モーニング / ナイト」。
手のなかに握りしめたい虹がある三日月の下噴水浴びて
手をほどく眠りに噴き出す無意識をほんとうの無へ返せるように
海を見るための地図買うローソンで真黒い窓の自分は見ない
TV点けそこに映らぬ人生を噛みしめるようブロッコリー噛む
何もかも見えすぎる朝水盤に手指浸ければもう見失う
 嶋田とは真逆の作風と言ってよい。川合の関心事は「自分」すなわち〈私〉である。それは上の二首目、三首目、五首目に表れている。眠りに就くと無意識が頭をもたげる。それはもう一人の自分である。川合はそれを本当の無へ返したいと願っている。夜のコンビニの窓に映った自分の姿は見ないようにする。鏡像もまたもう一人の自分である。朝起きると、知覚・思考が研ぎ澄まされて見えすぎるという感覚に襲われるが、洗面するだけでその感覚は去る。川合は「短歌は短くて長い叫びである」と書いているが、そこに川合が短歌に向き合う真摯な思いがこもっているのだろう。連作題名の「グッド / バッド モーニング / ナイト」も、二値的な極を行き来する自分の喩と思う。
 次は桐谷麻ゆききりたに まゆきの「日と火と灯」。
天窓が割れるくらいのあかるさでそれでも迫りくる寒気団
寄宿生のように駅舎を行くひとはみんな揃いのつむじをつけて
夕映えのサラダボウルに異国語の名しか持たない野菜は群れて
平原の面影のこしその麦の宿命どおりに焼けあがるパン
パレードに踏みしだかれてゆったりと腐るつばさのかたちのレタス
パパ、あのひとはパパとよばれて雨粒は半濁音をひらかせて咲く
 内部評を山田航が書いているが、桐谷は山田と同郷で北海道出身らしい。山田によれば北海道の冬は明るいのが特徴で、それが桐谷の短歌によく出ているという。また札幌という街の「空白性」も反映していて、桐谷の歌には「中身のないからっぽのあかるさ」が感じられるとしている。
 言葉の選択と素材の配置に清新な詩情が漂う。たとえば三首目、「夕映えのサラダボウル」と情景を設定し、そこに「異国語の名しか持たない野菜」を配するのはなかなかである。具体的な野菜名を挙げずに表現しているところがよい。そういえば最近は八百屋にルッコラとかチコリとかロマネスコなどという野菜が並んでいて、「あなたはいったいどこの誰?」と思うことがある。「異国語の名しか持たない野菜」という表現に淋しさが滲む。四首目もおもしろい。麦はパンになって焼かれる宿命を宿していたという発想である。ただし「焼けあがる」は「焼きあがる」だろう。外部評を書いた堂園昌彦がこの歌を取り上げて、渡部泰明の『和歌とは何か』とからめて論じた文章がおもしろい。堂園がこんな本を読んでいるのが意外だった。五首目では「ゆったりと」が気になる。怖かったのが六首目で、これは妻子ある男との不倫の歌だろう。男の家族との団欒を物陰からこっそり見ている。舞台は雨の遊園地かショッピングモールの屋上がよかろう。初句の七・七・五が二音で切れるところに切迫性があり、結句の「半濁音をひらかせて咲く」という喩も美しい。美しいがコワい歌である。
 次は睦月都むつき みやこの「雲雀のワイン」。
八月の君の午睡が醒めぬよう街につめたく満ちるはちみつ
さざなみに揺れる琥珀の古代湖へ静かに垂らしてゆく栞紐
レプリカと呼ばれるときも微笑めば私を欠けさせてゆく様式美
帽子屋の娘の花ふる婚姻へ送るちいさなちいさな迷路
日々のことを素数をかぞえるようにしてたとえば豆腐を切り分けている
 独自の不思議な世界を展開している人である。三首目の「娘」に「レプリカ」とルビを振っているあたりに告白的な私性を感じるが、全体としてひとつの物語に収斂するわけではない。しかしながら詩情溢れる世界観で、どこか小林久美子の世界にも通じるところがあり、魅力的な歌人だ。
 巻末で総合評を書いた井辻朱美が、ある同人の歌を取り上げて、「この意識のあり方はツイッターのようだ」と書いているのが目に留まった。近代短歌のセオリーは「対象化」にある。日々の歌でも空想の歌でもよいが、ある情景なり出来事なりをいったん自分から切り離して対象化し、たとえ描く情景に自分自身が含まれていたとしても、それをもう一人の自分が視ているように描く。斉藤斎藤の言い方を借りれば「私性とはななめうしろから撮ること」ということになる(『短歌ヴァーサス』vo. 11所収「生きるは人生とは違う」)。対象化には必然的に一旦停止がある。しかしTwitterは「○○なう」が示すように、一旦停止のないなまの生きている時間をだらだらと垂れ流すものだ。近代短歌では詠まれた出来事時 (t1)とそれを詠んだ作歌時 (t2)の間に対象化に必要な時間が経過している(t1<t2)。しかしTwitterではその時間差がないのである(t1=t2)。今度の新人特集号を読んでいると、確かにTwitter的な、一旦停止のない歌、つまりは対象化のない歌が多いと感じる。それが現代の若い歌人の作る歌の潮流となっているかどうかは私にはわからない。それが主流となって新しい現代短歌の定型を作るかはもっとわからない。が、とまれ、近代短歌を愛する私にはあまり好ましいことではない気もするのである。

【補記】
 本日(2015年3月16日)の朝日新聞朝刊大阪版に掲載された短歌時評を読んで、穂村弘もついに「共感」から「ワンダー」に舵を切ったかと思うと、感慨ひとしおである。

第159回 藤田喜久子『青い仮象』

夏木立新緑の樹のたまきはるいのち濡れをり村雨の後
               藤田喜久子『青い仮象』


 作者の藤田は青森在住の「玲瓏」会員で、『青い仮象』は第一歌集である。「仮象」は哲学用語で、ドイツ語のScheinに当たり、客観的な実在を持たない主観的表象をさす。歌集題名に選んでいるところから、作者の歌世界を読み解くキーワードだと思われる。
 巻末に「玲瓏」の重鎮・島内景二が「『いのちの海』へ注げ」という長い解題を寄せている。島内は、世界の新羅万象を「仮象」と見ることで、世界を存立せしめている根拠としての「実在」を、自分自身の「生と死」として結晶させようとする試みが、『青い仮象』の本質だと論じている。
 まずいくつか歌を見てみよう。

過去すぎゆきをぬばたまの夜に塗りこめてほのかにしらむ東雲しののめの空
思ひそむたかむらの苔は深けれど翳をたたへて秋のおとづれ
楽譜なくほろびる茎にこぞのごと北より流る秋の口笛
窓あかり薔薇のつぼみは咲きいそぎ人なき部屋に時間ときなりわたる
いそのかみ古き藤蔓乾びてはむらさきの翳何かかなしき

 歌の基本形は旧仮名・文語体で、ここではそのような典型的な歌を選んだ。「ぬばたま」「しののめ」「こぞ」など、古典和歌の用語を多用しており、石上神宮が奈良県天理市布留にあることから「いそのかみ」が「ふる」に掛かるという伝統的な枕詞も使っている。「玲瓏」の創始者・塚本邦雄がモダニズムから一転して古典和歌の世界に詩魂を遊ばせたことを思えば、本歌集も塚本が開いた歌の世界の延長上にあると言えるだろう。
 島内も指摘していることだが、本歌集に頻出する語は「翳、影」である。ランダムに選んだ上の五首のうち二首にそれが見える。なぜ「翳、影」なのか。それは歌集題名にもなっている「仮象」に由来すると思われる。本来、「仮象」とは、鏡像や虹のように、見えはするが実在世界に対応物を持たない表象をさすが、それを拡張してすべての物は〈私〉の主観の中に結像する表象にすぎないと考えれば、万物は仮象と化す。藤田の歌に詠まれた事物に実在感が薄いのはおそらくそのためであり、例えば上に引いた歌にある「竹叢」や「薔薇」は、作者が実際に眼差しを注いでいる実体というよりは、根拠なく中空に浮遊する物、あるいは作者が幻視した虚像であるかのようだ。上に引いた五首目ではそれがはっきりしており、藤の蔓は干からびているのだから花は咲いていないはずで、「むらさきの翳」は藤の花の虚像である。このように本歌集で詠われている事物はすべて影を帯びているのであり、ややもすれば実体よりも影の方が前景を占めるのである。
 このことは次のような歌においては一層明白である。

咲きみつるまぼろしの花さくら樹に枯れ枯れてゆく秋の深まり
底しれぬ孤独の仮象ひかりさす青磁の壺に牡丹一枝

 一首目は秋に葉が枯れてゆく桜の木に満開の花を幻視している。二首目について解題を書いた島内は、「牡丹一枝」は実際には存在せず空の青磁の壺だけがあるという読みを提示している。もしそうだとすれば牡丹は非在の仮象ということになるだろう。
 このように本歌集は古典和歌に多くを学びつつ、万物を仮象と観じることによって自らの生の実相を詠んだものと見ることができる。
 しかし読んでいて気になる点もないわけではない。

まぼろしの砧のおとに夢をみて涙にぬるる袖の月影
夜ふかく秋はかなしき久方の月に妻恋ふさをしかの聲
ながむれば中空さむく夢かよふ風に追はれる雪のひとひら
風わたる思ひのうちの悲しけれさむしろに待つ秋の夜の月

 このような歌ではあまりに古典和歌の型を使いすぎていて「嵌め込み感」が強い。今どき冬の夜なべに衣服を打つきぬたの音が聞こえるとは思えないし、「さむしろ」も現代では見るのが難しいだろう。これらはすべて古典和歌で使い込まれた語であり、その型を用いて言葉を嵌め込んでいる感じがしてしまう。そうするとよく出来た古典和歌のパスティーシュのようになり、作り物感が強く感じられるのである。
 もうひとつ気になるのは文語と口語の混淆体である。現代の歌人の多くは文語と口語の混じった文体を用いているので、口語混じり文語、あるいは文語混じり口語は珍しいものではない。むしろ一般的と言うべきだろう。しかしながらその場合にも、文語と口語の違和感のない融和が文体にも求められる。島内は、現代の話し言葉(口語)を殺し、古典の書き言葉(文語)をも殺すことで、新しい言葉の秩序が生まれていると評価しているが、私にはそうは思えない。藤田に限らないことだが、文語と口語の混淆のなかでも気になるのは助詞の「が」の使用である。

空たかく高層建築ビルがたちならぶ都会の秋の葉の美しさ
大いなる欅の列に極まれる秋のおとづれ雨が降りしく

 古典和歌の文語では「が」を主語として用いている例はない。「が」もともと属格であり、主語としての使用は近世のものである。だからこのように主語の「が」が用いられていると、「あかねさす」とか「あづさゆみ」が並ぶ世界から一気に近代にワープする。上に引いた歌などは完全な口語短歌にしか見えないのである。

ぬばたまの夜寒にならぶ街路樹に月かげさして蒼く夢燃ゆ
雪の精無の世界からまよひこみ水辺の鳥にふたたび出会ふ

 藤田の歌世界はこのあたりに最もよく表れているのだろう。ほとんどすべての要素がそろっている。雪が無の世界から降って来るという観想は美しく、水鳥に「ふたたび」出会うとところに、深い思想を読むべきなのだろう。

第158回 梶原さい子『リアス / 椿』

ああみんな来てゐる 夜の浜辺にて火を跳べば影ひるがへりたり
                  梶原さい子『リアス / 椿』
 作者の梶原は塔短歌会所属の歌人で、宮城県で高校の教員をしている。昨年 (2014年)の5月に上梓された『リアス / 椿』は第三歌集。作者は勤務先の高校にいたときに、東日本大震災に遭う。実家は気仙沼市唐桑にあり、一帯は大きな震災被害を受けた。本歌集には震災前に作られた歌と後にできた歌が、第一章「以前」と第二章「以後」の二章に別れて収録されており、あの震災と津波によって作者の人生が「以前」と「以後」にきっぱりと二分されたことを強く窺わせる。
 本歌集の圧巻は地震と津波到来時の様子を詠んだ「その時」と題された一連だろう。
来る。来る、来る、重き地鳴りにこみ上ぐる予感なりただ圧倒的な
倒れうるものはたふれて砕けうるものはくだけて長き揺れののち
校庭に地割れは伸びて雪の飛ぶ日暮れを誰も立ち尽くしをり
津波、来てゐる。確かに、津波。どこまでを来た。誰までを、来たのか。
 作者は塔の歌風である写実に立脚した端正な文語定型歌を作る歌人なのだが、「その時」の一連の歌のなかには大きく定型を外れたものがあり、それがかえって「その時」の緊迫感を強い臨場感とともに伝えている。一首目と四首目にそれが強く出ており、特に四首目の結句の「誰までを、来たのか」には、実際に津波被害に遭った人でなくては書くことのできない生々しいリアル感がある。
甥つ子を二階の窓より投げて受けて山を上へと駆けのぼりたり
地獄だと言ひてそののちおとうとの携帯電話は繋がらざりき
お母さんお母さんと泣きながら車で行けるところまでを行く
安置所に横たはりたるからだからだ ガス屋の小父さんもゐたりけり
配給のエビカツやつて来たりけり白身の中に赤身の混じる
 思わず息を呑む歌だが、重大な体験を詠むなかにも、作者が確かな短歌的技術を凝らしていることにも注意すべきだろう。たとえば一首目の「投げて受けて」の動詞のテ形の連続や「山を上へと」という表現によって、津波が迫っていて時間がないという緊迫感がよく出ている。また五首目の「白身の中に赤身の混じる」のリアル感覚は、日頃からモノに即した観察による写実を旨とする作者ならではだろう。
 この歌集を全体的に俯瞰すると、いろいろ問題を抱えながらもそれなりの日常を送っていた作者が、「その時」によって非日常の奈落に突き落とされ、時間とともに少しずつもとの日常を取り戻してゆく展開になっている。そのプロセスで重要なのは慰撫と鎮魂であり、そのいずれにも短歌が大きな役割を果たしていることには意味がある。人は思いを吐き出すことによって慰撫され、鎮魂の祈りを捧げることで悲しみを昇華するからである。これこそが文学の魂に他ならない。
ありがたいことだと言へりふるさとの浜に遺体のあがりしことを
入学式ができるしあはせ言ひながら式辞・祝辞・代表のあいさつ
流れ着くすべてのものがあの波の記憶のままに目開きてをり
受け取ることの上手ではなき人々があらゆるものをいただく苦しみ
 一首目、せめて遺体が上がるのがありがたいことだと言う人の悲しみに胸を突かれる。二首目のように、4月を迎えて入学式はなんとか行うことはできたが、いまだ日常は遠いかなたにある。四首目は読んではっとする歌だ。震災の後、全国から救援の手が差し伸べられたが、人からもらう苦しみを詠えるのは当事者だけにちがいない。
 この歌集を通読して最も心を打たれるのは、鎮魂の果てに悲しみが昇華され、それが神話的な空間に結晶したかに見える歌である。
潮を汲む 透きとほりたる腕を足をひらきしままのくちびるを汲む
従叔父をぢはこなた従叔母をばはかなたの湾の底 引き上げられて巡り逢ひたり
夜の浜を漂ふひとらかやかやと死にたることを知らざるままに
水底に根を降ろしたる死者たちのほのかに靡くひとところあり
 一首目は震災から半年ほど経た秋の神社の祭りの様子である。お神輿を船に載せて潮を汲む儀式を詠っている。津波に流されて戻って来ない人々が、「透きとほりたる腕を足をひらきしままのくちびる」と形象化されているのが美しく悲しい。二首目はもうほとんど神話の世界で、上句の対句構造が歌の神話性を高めている。最初に上げた掲出歌もこの部類に入り、上の三首目と似ていて、死者たちが亡霊となってこの世を彷徨っている姿である。岡野弘彦の「またひとり顔なき男あらはれて暗き踊りの輪をひろげゆく」という歌を彷彿とさせる。四首目は実は震災前の歌で、三陸海岸は過去に幾度も津波被害を受けており、その犠牲者に思いを馳せた歌なのだが、たくまずして過去の死者を詠って現在の死者に捧げる歌となっている。
 このように本歌集は、亀裂と修復、つまりは魂の死と再生の書であり、これこそが古今東西の文学が追究してきた永遠のテーマである。文学に効用ありとせば、この一点を措いて他にはない。この歌集を読むと、歌が魂の死からの再生にいかに力を持つかを実感することができる。それを前にしては、新しい表現の追求など何ほどのこともない。
 このように感じるのは最近胸ふたぐことが多いからかもしれない。私は昨年秋から大学で役職に就いたため、文部科学省や中央教育審議会など、要するに「お上」と「省庁」の情報にじかに触れることになった。阿倍政権下で大学は「日本経済再生の資源」と位置づけられて、「国立大学ではもう文科系の学部はいらない」などと公然と語られているのである。大学は経済界に使いやすい人材を供給すればよいということなのだ。「大学は学問の府であり、経団連のご用聞きではない」とじかに言ってやれないのが口惜しい。そんなときに本歌集を繙くと、荒野に泉を見つけたごとくに、あらためて文学の持つ大きな力に勇気づけられる思いがするのである。